バイオハザード・メトロ   作:ハン…

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三話

 

 

 

 

 パニック映画でありがちな無能な兵士というものは、この場にはいない。各々が最善を尽くし、出来ることをやり尽くして、それでも運に左右される。戦場とはそういうもので、僕もそうやって何人もの仲間を失ってきた。

 僕がこうして生きているのも、運が良かったからとしか言えないのだ。ミュータントに襲われて死ぬような場面に何度も出くわしたし、銃弾で貫かれたこともあったし、何より敵対勢力の捕虜になったこともあった。

 

 だから、僕達はよくやっているのだ。

 たまたま()()()()()()()()で。

 

 

 

 

 ─数分前─

 

 

 

 

 

「アルチョム、敵は見えるか?」

 

 ミラーの問いに、僕は頭を横に振って答える。暗所を探索する際に非常に有用なナイトビジョンゴーグルは、電力を大食らいする事で知られる。索敵に隙間を作らないために僕は、頻繁に万能充電器を動かして暗視装置を充電していた。

 

「《不気味だぜ。驚くほど静かだ》」

「《警戒を厳にしろ。この人数で奇襲など、目も当てられんことになる》」

 

 今の陣形は、ミラーと機動隊長を中心に前方を僕と三人、後方を機動隊員三人で固めている。どこから敵が現れても対処可能だ。僕はというと、進行ルート上の異常を察知するため斥候を買って出ていた。斥候とは言うものの、中央との距離は10メートルも離れてはいない。

 

 誰かの喉が唾を飲み込むような音を鳴らす。

 フラッシュライトがなければこの空間は、非常灯の明かりさえかき消されるほどの暗闇だ。彼らのライトは乾電池と呼ばれるものを使って用いるもので、コンデンサー(蓄電器)が存在せず、僕達メトロ市民の使う万能充電器では充電できないものだ。

 

 ただでさえ広い町を繋ぐ地下鉄駅。駅と駅の間の空白は、アメリカ人の普段ならば音楽でも聴きながら優雅に通勤するために使っていたのだろう。だが、今はひたすらに空虚な暗闇を見せつけられ、いつ襲われるかも分からないプレッシャーに引き潰されそうになっていた。

 

 荒い息と、喉を鳴らす音。静かに、だが酷く反響する足音。この空間を支配しているのは、人間でもミュータントでもない、何ら先の見えない恐怖だった。

 

「《隊長…我々はどこを目指しているんです?》」

「《…?聞いていなかったのか。警察署最寄りの駅だぞ》」

「《いえ、分かってるんです。ただ。なんか…》」

 

「《どうした?》」

 

 何か会話が繰り広げられている。隊長と、後方を確保している隊員とのやり取りのようだ。

 

「《すみません。なんだか、気分が悪くて…はぁ…》」

「《しっかりしろ。署に着いたら休める》」

 

 どうにも、言葉の合間合間に咳き込みや嗚咽が入り交じっている。 暗闇を歩くストレスで気が滅入ってしまったのだろう。同僚の一人が肩を貸しながらも歩き続ける。

 

 そんな事があってか、怖さを紛らわせる為に会話が増えた。定期報告だけでなく、隊員同士の雑談だ。その殆どは、僕は理解することも出来なかった。

 

 そうして歩き続けて、30分ほどが経ったろうか。

 遂に明かりを見つけた。非常灯のような頼りない光では無い、本物の光源だ。ナイトビジョンが仄かに眩しくなり、ゴーグルを上げてヘッドライトに電力を切り替えた。

 

 大佐に明かりを見つけたことを報告する。

 

「よくやった!ようやくこの地のまともな司令官と話せるのだな」

「《なんだ? …明かりだ!》」

 

「《早く行こうぜ、もうこんな暗闇はおさらばだ!》」

 

 何人かが僕より先んじて走り出し、明かりへと向かっていった。

 

 …それがいけなかった。

 

 ナイトビジョンゴーグルを外し、騒音を撒き散らし、警戒が疎かになる。まるでそのタイミングを狙っていたかのように、走り出した隊員の一人が転んだ。

 

「《痛ぇ、何かに足を引っ掛けちまっ───》」

 

 言葉を遮るような、呻き声。そして──

 

「《いっ…がぁぁあああっ!!》」

 

 絶叫。助け起こそうとした隊員が、彼の足を引っ掛けた何かに対して銃に付属するフラッシュライトを当てた。

 そして、それに驚いたように引き金を引く。

 

「《化け物の待ち伏せだ!!》」

 

 それに全員が臨戦態勢に入り、ミュータントに対して明かりをぶつける。照らされたミュータントは、先程僕達が戦った人型のやつだが、その存在に僕が気付かないわけがない。

 だが、こいつは待ち伏せを成功させた。一見してそんな知能があるようには見えないのにだ。

 

「《撃て!》」

「《あぁぁあああっ!うぁぁぁああ!!》」

 

 銃弾を受けても一心不乱に隊員を貪るミュータントに、その場の全員が恐怖する。それこそ、まるで不死身かのように、僕達には見向きもせず隊員の腸を無心に食い散らかす。

 

「《あ……あ…》」

 

 薬莢が転がる。ミュータントの四肢は最早ちぎれ飛び、 それでもなお、頭だけで食らいつく。ずっと続く食欲に身体を委ねるかのように、ただただ貪欲に身を窶したその姿は、生存の為に食料を溜め込むラーカーやノサリスのような野生のミュータントとは違い、まさに食らう為だけに存在しているような悍ましさを晒していた。

 

「《射撃停止!撃つな!》」

 

 付近からの銃声が止む。

 ミュータントも、隊員も既に事切れていた。彼が流れ弾に当たらないよう、わざとミュータントの手足や下半身を狙っての銃撃で、実際にそれは弾幕によって腰から下を肉塊に変えるほどの威力があった。

 なのに、このミュータントは生きたままこの隊員を貪っていた。文字通り胸と頭だけになってもだ。

 

「《クソ…ウィリアム…》」

 

 僕とミラーは、無駄に弾を使えない。頭を狙わなければミュータントは死なないが、あの状況で頭を狙えば隊員に弾が当たっていたし、あの弾幕の中をナイフでとどめを刺すために飛び出す訳にもいかなかった。

 

 これで残りはメトロ組が二人と、機動隊員が六人の、合計八人。

 彼の死は回り回って警戒の必要性を説き、油断がどのように危険を及ぼすかの教本となってしまった。

 

 だが、悪いことばかりではない。ミュータントに殺されなかった残りの八人は、運良く生きた駅に辿り着けたのだ。

 

「《…奴の事は忘れん。その為にも地上に出るぞ》」

 

「アルチョム。いよいよ地上だ。経験を元に考えると地上にはいい思い出が無かった。彼らを守るぞ」

 

 機動隊と僕達は、無人駅から地上へと飛び出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 深夜。誰の声も無く、あれほどビル群が燃え、人々が絶叫していたのが嘘のようだ。

 新聞が風に吹かれて僕の視界を塞いだ。それを手で払おうとして、ミラーが新聞を摘み上げた。その内容を読み込んでいるらしい。

 

「…なんだこれは。人喰い病が蔓延だと?」

 

 その言葉はまるでヤマンタウ山で僕達を騙して食おうとした、食人族の住処を彷彿とさせた。僕もミラーも、その出来事が記憶に新しくてつい顔をしかめる。何せ食人族に僕やミラー、アンナが襲われたのは僅か半年前の事だったからだ。

 

「《ああ…それ、あの化け物共に市民が襲われたっていうニュースだろ。ラクーンシティ全域で頻発しているから、俺たち警察は休む暇も無い》」

「《頻発か…アメリカもアメリカで、ミュータントに苦しめられているようだな》」

「《まさか!こんな事件は生まれて初めてだぜ。ヤク(麻薬)のジャンキー共がとち狂って同じ人間に噛み付いたって話なら聞くが、ここまで規模が広いのはヤクなんてレベルじゃねえ》」

 

 彼らの雑談を尻目に、機動隊長の後ろを歩く。確かに深夜ではあるものの街灯は生きているし、何よりメンバー分のフラッシュライトやヘッドライトが残っている。光源の確保には事欠かない。

 

「《不気味だ。早いところ署まで急ぐぞ》」

 

 機動隊長の着いてくるように促すようなジェスチャーを受け取り、全員が駆け足で警察署へと走った。

 あんな数のミュータントが群れを成していたのだ。何処に敵が隠れているとも知れない、薄気味悪い夜の街は、暗黒の閉鎖空間に閉じ込められるメトロとはまた一味違う恐怖を齎してくる。どこから魔の手が伸びるかわからないというのは、恐怖感を増すと共に疲労を蓄積させた。

 

「…僕達は、モスクワに帰れるでしょうか」

 

 僕の呟きに、ミラーは返してくれた。

 

「オカルトはわからん。だが、こっちに来たという事は向こうに帰れるという事でもある。諦めるな。お前の為にも。何よりアンナが待っているからな」

 

 彼の励ましのおかげで、彼女の顔をより鮮明に思い起こした。そうだ、僕にはアンナがいる。ミラーも同じだ。夫として、父として、守るべき人を置いてきているのだから、帰らなくてはならないのだ。

 

 警察署は近い。

 

 

 

 

 

 

「《うえぇ…酷い悪臭だ》」

「《肉が腐った…いや、燃えた匂い…か?》」

 

 僕がメトロの中で何度も嗅いだ臭いだ。鼻の曲がるような悪臭、人の肉に膿や蛆が湧いた時の、あの腐敗臭だった。

 

「警戒しろ。絶対に何かある。《…この臭いはあのミュータントが近くに居る臭いに違いない。待ち伏せを警戒しろ》」

 

 ミラーの言葉に、気が引き締まる。警察署はもはや目と鼻の先であり、短い裏通りを抜ければ本当にすぐの距離に目的地があった。

 だが、ここで焦って死んだ仲間がついさっき現れてしまったばかりだ。僕達の中に、油断する人間はもういない。

 

「《クソ…早く中に入りてえ》」

「《落ち着けよウォード。ウィリアムがどうなったか見たろ》」

「《そうだったな…ああ、思い出させるなよ!》」

 

 一人が苛ついたように吐き捨てる。元々仲が悪い訳では無いようでそれ以上の口論が続くことはなかった。

 しかし、一難去って…という言葉があるように、非常事態はいくらでも起こるものだ。

 

「《うぅ…ぐ、げほっ…ゲホッ!ゲホッ!》」

「《お…おい、どうした?どこかわるいのか?》」

 

 一人が咳き込んだかと思うと、屈み込んで胸を抑え、何度も嗚咽と咳を繰り返している。持病かとも思ったが、そもそも持病を持つような人間が体力勝負となる仕事に就くとは思えない。

 これは明らかに、常識の範疇を超えていた。

 

「《苦し…オエ、ゲホッ…俺、どうなって…ぐ…!!》」

「《尋常じゃねえなこりゃ…!》」

 

 隊長が駆け寄り、容態を確かめる。その視線は深刻そうに忙しなく動き、全員に指示を飛ばす。

 

「《かなりまずいぞ。アイアンズとウェストウッドは前進して警察署前を確保しろ!ブライアンとハリソンでオコーナーを運べ。トムソンは私とミラー、アルチョムでオコーナーの護衛だ。ミラー、伝えてくれ》」

 

「《わかった》…アルチョム、あの男は何やらまずいことになっているらしい。我々は陣形を変え、護衛をしつつ署まで強行するぞ」

「わかりました、大佐」

 

 短く敬礼をし、機動隊員が容態の悪い一人を抱えたところまでを見届け、銃を構えて暗闇を照らした。何も見えない。

 二人の隊員が先行し、ミュータントがいないことを確認して、全員で裏通りを抜け、大通りをひた走る。

 

 彼らが鉄格子のゲートを開き、僕達を中に招き入れた。そしてその騒ぎを聞き付けてか、警察署の中から拳銃やらショットガンやらで武装を固めた制服警官が姿を見せる。

 彼らは先んじて到着した傷病者に一瞬銃を向けそうになっていたが、彼らが待ちわびていた相手だと知るとすぐにその手を下に降ろした。

 

「《誰だ!?…おい、オコーナー!?こりゃ一体何があったってんだよ!》」

 

「《説明はあとだ!ハーブを接種させろ!》」

 

 署内に運ばれていく彼らについて歩く。署内は入り口を複数の警官が固めており、窓や殆どの扉にはバリケードが張り付けられていた。恐らくミュータント対策なのだろう。

 署内を物珍しい目で見回す僕達と、一人の男が目を合わせた。男も同じように制服を着た警官で、警官隊に指示を下しているところを僅かに見ていた。

 

「《知らない顔だ。俺はブラナー警部補。あなたは?》」

「《私はミラー、モスクワ特殊部隊の大佐だ。訳あって彼ら機動隊と行動を共にしていた》」

「《モスクワ…モスクワ?ロシアの特殊部隊がここに何の用だ。見ての通りラクーンシティは半壊状態でね。署長も半ばおかしくなってしまっている。今は俺がここを指揮しているが…》」

 

 その後の会話も終わり、黒人警官の名がマービン・ブラナーである事と、警官隊の臨時指揮を取り持っている事、そして車両確保と脱出の為に警官を署内に散らしてミュータントの掃討と探索を行わせている事。

 そして、ミュータントの大群を鎮圧し市民を助ける為、選抜警官隊が組織される事を聞かされた。

 

「《そうか…。脱出の手立てはあるのか?》」

「《プランは幾つかあるがな…どれも安定しない》」

 

 ブラナー警部補は署内の地図を広げてみせる。

 

「《まずまともに考えられるのはハイウェイを使ったルートだが、これは既に頓挫している。署内の避難民を全員乗せるだけのトラックやバスを確保出来ていないし、道路が避難に失敗した市民の車両で埋め尽くされている。ヘリコプターによる脱出も右に同じだ。これらは数人を逃がすことは出来ても、化け物に襲われるか助け出せる人数が少ないかのどちらかだ》」

 

「《その他には?》」

 

「《次に、地下水路を使うルート。こっちはまだ希望があるが…調査に向かわせた警官数人と連絡が取れん。俺の部下ともはぐれてしまっている》」

 

「《連絡が取れんのは気にかかるな。次は?》」

 

「《これで最後だが、鉄道からハイウェイを経由するルートだ。恐らく一番現実的で、もし機動隊が全員無事ならすぐにでも避難民を逃がすための道を確保するつもりだった》」

 

「《実際はミュータント共のせいで安全ではないと分かり、地下鉄を使うルートは打ち切ったと。そういう事だな?》」

 

「《ああ…。後は署内の武器弾薬をかき集めて化け物を掃討し、州軍の保護を待つくらいだな。こっちは本当の意味で最後の手段だが》」

 

 ミラーとブラナーが話を進める中、機動隊は床に座り込んで休憩し、先程酷く咳き込んでいた隊員を制服警官が手厚く看護している。

 

「《まあ、見ての通り状況は芳しくない。来てもらってすまないが、我々が出来る援助は無いぞ》」

 

「《構わないとも。アメリカでもロシアでも、困っている人々に手を差し伸べるのは変わりない。簡素な作業台とそこそこの物資だけ受け取れれば、なあに装備の補充など容易いとも。》そうだろうアルチョム?」

 

 英語の部分では何を話していたか分からないが、わざわざ僕にロシア語で聞くのだ。

 

「はい、大佐。我々なら必ず生き残れます」

 

 それぐらいの意気込みは、きっと求めているはずだ。

 

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 日記

 

 9月26日

 

 どうやらアメリカの地下鉄道もロシアのメトロも、さほどの違いは無いみたいだ。スパルタンには欠かせない、暗所で活躍するヘッドライトとナイトビジョンの組み合わせは、どれも電力を大食らいしてしまう代物だが、万能充電器にかかれば頼れるスーパーテクノロジーに早変わりだ。

 

 だが、大変な事が起きた。僕の索敵をすり抜けて待ち伏せをしていたミュータントに、先行した機動隊員が食われたのだ。

 どうにか助け出そうと機動隊員達はミュータントに銃火の雨を浴びせたが、驚異的な生命力でそれらを耐え切り、その隊員を食い終わるまでしぶとく生き延びてみせた。

 

 恐ろしいミュータントだ。頭を潰さない限り死なないというのは、相手が緩慢な生物であっても対する相手にプレッシャーを強いる。

 僕達はひょっとすると、想像以上に恐ろしい相手と戦っているのかもしれない。

 

 だが、僕は絶対に生き延びてみせる。

 スパルタンの一員として、オーロラの一員として。

 





 登場人物書き

 メトロ陣営
 アルチョム・チョルニ(メトロ主人公)
 スヴャトスラフ・メリニコフ(ミラー)

 機動部隊陣営
 マーカス・フィッシャー(隊長)
 ウォード・ヘイグ・ウェストウッド(以下隊員)
 ジェームス・ハリソン
 フランクリン・O・ブライエン
 グレイオット・アイアンズ
 ジョシュ・オコーナー
 フレディ・トムソン

 チャック・ヘリング・キース(別行動)
 ベンヤミン・ルーク・カーマイン

 ウィリアム・ジャック・マーカー(殉職)

 ラクーン警察署所属
 マービン・ブラナー(警部補)
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