<ノア視点>
今日はユウカちゃんと二人でシャーレに向かう。
「ユウカちゃん、今日はいつもより楽しそうですね♪」
ユウカ「え?私顔に出てた?」
「はい♪すっごく楽しそうな表情してましたよ?」
ユウカ「やだ、私ったら浮かれすぎてるのかもしれないわ」
「可愛いから私は良いと思いますよ?」
ユウカ「もう、ノアったら」
彼女は恥ずかしそうに顔を腕で隠す。
私はそんな彼女が好きだ。
コンコン
ユウカ「先生~早瀬ユウカです。いらっしゃいますか?」
"入ってもいいよ~"
扉の奥から間延びした先生の声がする。
"いらっしゃい、ってあれ?あっ、今日は二人だったね"
「私のこと忘れてたんですか?酷いですね」
"ご、ごめん..."
「うふふ、冗談ですよ?」
ユウカ「ノア、先生いじめるのは程々にしてよね」
「わかってますよ♪」
私たちは先生の仕事を手伝う。
ユウカちゃんは領収証をチェックしながら先生と話す。
ユウカ「2万4800円...これは課金ですね。え!?じゅ、10万円!?それに毎月払っているじゃないですか!何をしたらこうなるんですか!?」
"いやぁ...それは..."
先生はいつものようにユウカちゃんに怒られている。
ユウカ「ノア?どうしてこっちを見て笑ってるの?」
「いえ、とっても仲がいいなと思って」
ユウカ「ちがっ、ノア!」
「ふふふ、ユウカちゃんは先生が大好きなんですね♪」
ユウカ「ノ~ア~!」
"ちょっと水飲んできてもいいかな?"
ユウカ「あ、いいですよ。怒鳴っちゃってすみません...。」
"全然気にしてないよ、いつものユウカで安心したよ"
ユウカ「え?それってどういう意味」
"し、失礼"
先生はそう言い足早に立ち去る。
「......。」
よく見ると先生は冷や汗をかいておりどこか顔色も悪い気がする。
私は先生をつけることにした。
ユウカ「もう...こんなに無駄遣いして...」
「私もお水を飲んできますね」
ユウカ「いってらっしゃい」
「はい♪」
私はこっそりと顔を出し先生を観察する。
彼はポケットから薬のようなものを出し口に放り込み水で流し込む。
"はぁ..."
"え?ノア?"
私は振り返る先生と目が合ってしまった。
"ノア、どうしてここに?"
「私もお水を飲みに」
"そ、そっか"
「ところで先ほど飲んでいたお薬は?」
"さ、最近寝不足で頭が痛くて...痛み止めを飲んでいたんだよ"
「それにしては大きな錠剤でしたよね?」
"だ、大丈夫だから。気にしないで...げほっ!"
「せ、先生?」
"ただの咳だよ"
「ち、血が...」
"え?あっ...い、いや実はドッキリで、ごほっ!ごほっ!うっ..."
ビチャチャチャ
「先生!」
彼は赤黒い液体を吐き出す。
"ノ、ノア...き、気にしないで...私は、大丈夫だから"
遠くから声がする。
ユウカ「先生~?ノア~?遅いから見に来たわよ~?」
「ユウカちゃ...」
"大丈夫だよ~!もう少しで戻るから!"
「先生どうして...」
ユウカ「そうですか?なら先に仕事してますからね~!」
"は、はは...ノアには話したほうが良いかな..."
「え?」
"私はね、あの時に大きな代償を払ったんだ"
私には分かる。
あの時とは、多分、空が赤く染まりユウカちゃんやゲーム開発部、それに先生が戦った時の事だろう。
"本当はね、隠しておきたかったんだ。心配をかけてしまうし、みんなの事だから、きっと私の為に時間を割いてくれるだろう。でもそんな大切な時間を私に割いてほしくないんだ。"
「先生は...死んでしまうのですか?」
"いや、ノアが卒業するまでは死ぬことはないと思うよ"
「そ...んな...治療法はないのですか?」
"あるにはあるよ"
「では...!」
"でも、できないんだ"
「どうして...」
"それは...神秘...一人の命から神秘を取り、私に注入するというもの"
「じゃあ私が!」
"ノア!ダメだよ、自分の命を無下にしちゃ。こんな死に損ないの大人に生徒の命を消費するなんて、私が望んでいない"
「じゃあ...先生は助からないのですか?」
"...そうなるかな...私も色々薬を試しているんだけど...どれも効き目がなくてね"
"ノ、ノア?どうしてそんなに泣いてるの?落ち着いて..."
私は絶望した。
愛する一人が死んでしまう。
助かる方法はこの世に存在しない。
そんなの絶望するには十分すぎるものだった。
「うぐっ...ひぐっ...先生」
"大丈夫、落ち着いて。ノアは悪くないよ。"
先生は私を優しく抱きしめ頭を撫でてくれる。
"ユウカには、言わないでくれるかい?彼女は強気なところがあるけど、ノアより繊細だから"
「......。」
先生はユウカちゃんのことをよく知っている。
もちろん私のことも、きっと、先生は多くの物を見てきて体験してきた。
本当に泣きたいのは先生の方だろう、でも、彼は私たち生徒の為に気丈に振舞っている。
"先に戻ってるからね。ユウカには休んでるって伝えておくよ"
遠のく革靴の音。
その足音は、私たちには届かない遠くへと行っているような気がした。
<ユウカ視点>
"ただいま"
「随分と遅かったですね!あれ?ノアは?」
"体調が悪そうだったから休憩させてるよ"
「おかしいわね...朝は随分と元気だったのに」
まぁそういうこともあるかと思い、私たちは仕事を進める。
30分後...
ノア「戻りました」
「ノア!大丈夫?先生から体調が悪いって聞いたけど」
ノア「大丈夫ですよユウカちゃん。そんなに私のことが心配でしたか?」
「当り前じゃない!どれだけ一緒にいると思ってるのよ!」
ノア「ユウカちゃん...私もユウカちゃんが大好きですよ♪」
「んなっ!先生がいるんだから!」
"ははは、仲がいいのは素敵なことじゃないか"
「先生まで...」
「はぁ...休ませたいのは山々なんだけど...仕事手伝ってくれないかしら...」
ノア「もちろんですよ」
私たちは黙々と仕事を進ませ、かなりの量が片付いた。
「ふぅ...随分と片付いたわね。そろそろ時間だし、ここらへんでお暇させてもらうわね」
"ユウカ、ノア、お疲れ様"
「先生もお疲れ様です。」
ノア「失礼します」
私たちはミレニアムへ帰る。
「ノア、本当に大丈夫なの?顔色がちょっと悪い気がするのだけど」
ノア「私は大丈...夫...うっ...ごほっ!」
「ノア!?」
ノア「ちょっとむせただけですよ」
「ねぇ...本当に大丈夫なの?それにちょっとだけ...」
ノア「本当に大丈夫ですよ。私のことが大好きなんですねユウカちゃんは」
「はぐらかさないで!どれだけノアのことが心配か分かってるの!?」
ノア「本当に、本当に大丈夫ですよ」
「そう...」
その日を境にノアの顔色は悪くなっていった。
<ノア視点>
私は眠れずにいた。
目を閉じると今日のことが瞼の裏に鮮明に映し出される。
("ごほっごほっ!ビチャチャチャ")
「うっ...ハァ...ハァ...」
寝ようと目を閉じるたびに吐きそうになる。
そんなことを4時間はやっている。
「こんなときは...」
私は日々付けていたメモを読む。
○○月○○日(○:○○:○○)
今日はこのキヴォトスに先生がやってきた。
大人の男性らしいが、どのような人なのだろう。
○○月○○日(○:○○:○○)
今日はシャーレの当番で先生に会った。
彼は不思議で掴めない人だが、どこか惹かれる。
ユウカちゃんが最近ぼーっとしているのはこの人のせいだろう。
先生との思い出(アーカイブ)を一枚一枚目を通していく。
気づけば空は明るくなっていた。
私は執務室へと向かう。
「ユウカちゃん、おはようございます」
ユウカ「おはようノア、ってどうしたのよ!その酷い隈!」
「ちょっと眠れなくって...」
ユウカ「その様子じゃご飯も食べていないでしょう!?私が作るのでそこで座って待っててくださいね!」
「ありがとうございます、ユウカちゃん」
...
......
.........
ユウカ「私が作り過ぎちゃって残ってた昨日のやつだけど...胃に優しいと思うから」
彼女は食器が乗ったトレーを持ってきた。
「ユウカちゃんの手料理楽しみです♪」
ユウカ「お口に合うといいのだけど...」
そう言いトレーを机に置く。
「とても美味しそ...はっ...はっ...はっ...」
そこには野菜などの具材がドロドロに溶けたトマトのスープ。
私は昨日の記憶が一気に呼び起こされ過呼吸になる。
ユウカ「ノ、ノア?無理して食べなくても...」
「だ、大丈夫です...と、とっても美味しそうですね」
私は震える手でスプーンを持ち、スープを口に近づける。
「うっ...」
ユウカ「ノ、ノア!!!」
スープを近づけると、先ほどまで漂っていた美味しそうな香りと違い、あの時の嫌な生臭い血の匂いが鼻を刺す。
私はその衝撃で吐いてしまった。
ユウカ「ノア!!!大丈夫!?どうしちゃったのよ...」
ユウカ「今すぐ保健室に行かないと、私が運ぶわ!」
私はユウカちゃんにお姫様抱っこをされて保健室へ運ばれる。
ユウカ「ノア大丈夫?安静にしてて」
「すみません...迷惑をかけてしまって...」
ユウカ「そんなこと思ってないわよ!」
「ユウカちゃん...その...恥ずかしいのですが、頭を撫でて頂けませんか...?」
ユウカ「別にいいわよ、そのくらい」
「ありがとうございます」
私はユウカちゃんに撫でられ安心したのか、いつの間にか眠っていた。
...
......
.........
「...おはようございます」
ユウカ「大丈夫?もうちょっと寝ていてもいいのよ」
「十分寝れましたから」
ユウカ「今日はお休みを取っているわ。しっかり休んで」
「...ありがとうございます」
ユウカ「ノア、顔見せて」
私はユウカちゃんの手で顔を挟まれ強制的に目を合わせられる。
ユウカちゃんの瞳は透き通っていて瞳孔が綺麗な赤...に...。
「あ...いや...やめて...ごほっごほっもう見たくない...血がっ...」
ユウカ「ご、ごめんなさい」
「はぁっはぁっはぁっ...」
私は赤いものを見ると、あの時の記憶が鮮明に蘇ってしまうようになった。
鼻を刺激する血の匂い、タイツ越しに伝わる跳ねた血液の生暖かさ。
私は...きっとこれからもこの真っ赤な記憶(アーカイブ)と共に人生を歩むのだろう。