再投稿です。
『おはようございます、チーフ! 本日はどなたとダンジョンへ向かわれますか?』
いつもダンジョンの入り口付近に待機している、くせっ毛の長い青髪が特徴的な一人の少女。
話しかけた彼女はいつもそんなセリフでこちらを出迎えてくれていた。
ナビゲーター──平たく説明すれば彼女はそれに該当する。
ダンジョンの概要、もしくは仲間にしたい
それが彼女、情報屋見習いのイトであった。
イトは序盤から最終ステージまでのあらゆるダンジョンの前で情報提供やアイテムの売買をしてくれる存在であり、星空のフリューゲルというゲームをプレイするにあたり全てのプレイヤーが最初から最後までご尊顔を拝むことになる唯一のキャラクターだ。
そのゲームは現代日本に突如多くのダンジョンが出現してから数十年後という世界観で、その内容は遊ぶプレイヤーの選択次第でストーリーにおける主要キャラが多様に変化するゲームシステムになっている。
そのためラスボスや武器強化などを行うサポートキャラですらも固定されておらず、ルート分岐があまりにも膨大な作品として世に認知されていた。
そんなある意味無限の自由度を誇る星空のフリューゲルの中で”情報屋見習いのイト”というキャラクターだけは、どんな特別なダンジョンへ入ろうとも入り口に出現し、仮に本筋を無視して主要人物を全て倒す虐殺ルートに進んだとしても必ず主人公の味方として
このゲームはほぼ全てと言っていいほどあらゆるキャラクターを主人公のヒロインとして攻略することが可能となっている。
パッケージや裏表紙を飾っているメインの女性キャラたちだけではなく、特殊な武器を提供してくれる研究所、という物語中に数回しか訪れないマイナーな施設に常駐するサブキャラや、もはやキャラというよりステージギミックと言ったほうが正しいような巨大なバケモノの敵に改造されたただの女子高生という中ボスですらも、短くはあるが個別ルートが存在している妙にこだわりが強い作品となっていた。
そんな中で、たった一人。
ダンジョンに出現する敵の種類やステージギミックのヒント、ヒロインの攻略情報に加え場合によってはアイテムの提供や道案内までしてくれるような、本筋にはあまり関わらないが常にプレイヤーサイドに立ってサポートしてくれるナビゲーターの"情報屋見習いのイト"。
立ち絵のある登場人物の中でたった一人彼女だけが、本ゲームにおける
──そんな事実は知らなかったので。
ゲームを一通りクリアした後、好感度アップの贈り物をとにかく彼女に貢ぎまくっていた。
しかし最初から主人公に好意的なナビゲーターのイトにはそもそもアイテムや行動で変動する”好感度”というシステム自体が適用されておらず、募金や贈り物をする回数で多少豪華になる提供アイテムのグレードアップ程度しかプレイヤーの介入できる余地がなかった。
チュートリアルでダンジョンのモンスターに襲われているところを助けて以降、どんなルートでも必ず会うことができて、会話の回数こそ少ないが常に主人公を支えてくれるナビゲートキャラ──そんなキャラだけが攻略できない煩わしさはこのゲームの王道なシナリオやバトルから得られた爽快感を軽く凌駕し、一介のプレイヤーでしかなかった俺をゲーム会社に質問のはがきを送る厄介オタクへと変貌させてしまう程のものであった。
俺だけではない。
実はクソ難しいだけでイトも攻略可能なのではないか? と攻略掲示板が日々更新され続けるほど、彼女に狂わされたプレイヤーは数知れなかった。
そうなってしまってもおかしくないほど星空のフリューゲルは攻略できるキャラクターが多すぎたのだ。
そこまで出番の多くないサブキャラでも、プレイ次第では個別ルートに向かえるという痒い所に手が届くゲームだった。
だが、一番痒い部分をかくことができない。
なまじ流行ったゲームであったばかりにその反響はとどまるところを知らなかった。
どうしてナビゲートキャラだけ攻略できないんだ、と嘆きながら眠りについた──その翌日。
俺は情報屋見習いのイトに
◆
まぁ、恐らくは夢だろう、と。
とりあえず朝起きたら俺が借りてた大学付近の賃貸の数倍はボロい質素なアパートの一室の中で。
自分が立っているはずの全身鏡の前には、見覚えのあるモサモサな長い青髪の少女が困惑顔で立ち往生していて。
ベッドの上には元の姿──平均的な男性の肉体の俺が寝ていて、その傍らには白衣を羽織った神妙な面持ちの女がいるものの、とりあえず夢でなければあり得ない事態であることは分かるのでこれは間違いなく夢なのだろうと、そう一人で納得した。
つまり、アレだ。
夢を夢と自覚できる明晰夢というやつだ。
まさかゲームへの思いが募り過ぎて当該キャラクターに成ってしまうとは思いもよらなかったが、これはこれでなかなか面白い体験かもしれない。
「──突然の事でとても混乱していると思うのだけど、落ち着いて聞いてほしい」
白衣を着た同い年くらいの──二十歳くらいの女がそう言ったが混乱などしていない。
夢というのは往々にして順応するどころか違和感を覚えないものなのだ。
明晰夢ではあるが、俺はこの状況を俯瞰することができているので問題など何もない。
「……あなたの世界は異界の王の手によって封印されてしまった。時が止まってしまったの」
重苦しい表情で語る女を見ていると、気づいたことがあった。
こいつ、特殊武器を製造してくれる研究所にいた攻略可能なサブヒロインであるあの研究者にそっくりではないか。
キャラクターが夢の中に出現するだなんて、流石に当該ゲームに対して感情を向けすぎだ。
もしやこれから出てくる夢の登場人物も全員あのゲームのキャラクターになってるのだろうか。
「星空のフリューゲルだったかな。私たちの生きる世界に酷似した物語が貴方の世界にあったことは知ってる。それで言うところの……えっと、ハーレムルート? のラスボス。恐らくアイツの仕業であなたの世界以外にも数多の異世界が封印されて、ヤツに掌握されてしまっている。
助けることができたのは──貴方だけ」
慎重に言葉を選びながら俺に事の重大さを教えてくれる、サブヒロインことドクター。
ドクターはプレイヤーによっては顔すら知らない程出てくるルートが少ないキャラだ。
研究所の中での自由行動が許可されるには面倒くさい特殊武器の製造依頼を十数回ほどやらなければならないため、研究所で序盤から唯一出入りできるエントランスホールにいない彼女は実は結構レアキャラなのだ。
「知っての通り日本中に出現したあのダンジョンの中には魔素が含まれた空気の影響で女性しか入れない。ゲームでは主人公だった"彼"を除けばね。
……だからもし自分の世界を取り戻したいのであれば、貴方がいま入っているそのホムンクルスの肉体を使って協力してほしいの。極力ハーレムルートに近い道筋に進ませることができれば、今は姿すら見せない黒幕を倒せる可能性も上がるかもしれない」
一拍置いて、彼女は続ける。
「……もちろん強制はしないけれど。嫌だと言うのであれば、それもまた一つの選択だわ。男性の肉体に意識を戻して研究所で面倒を見ることもできる。すべてはあなた次第──」
「いいですよ」
──えっ? と。
俺の返答に、ドクターは困惑を返してきた。
なんだ、意思を問うているからそれに答えたというのに。
別に、内容自体はいたって普通の夢ではないか。
非攻略対象のナビゲーターのロリになったとはいえリスクがあるわけでもないし、楽しまなければ損というものだろう。
非常に珍しい……というか人生でほぼ初めての明晰夢なのだ。
つい目が覚めてしまうその時までは、めちゃめちゃアクティブに動いてやろうと考えるくらいにはモチベーションがある。
というわけで、俺は攻略対象外のナビゲーターになった。
せっかくだからこの際夢の住人である主人公くんを惑わせまくって、ルートが無い事実に泣き崩れた俺たちと同じ苦しみを味わわせてやろう。せいぜいハーレムルートで満足しておくがいい。
ヒロインやステージの情報に関してはゲームを全クリしたこの俺に任せておけ。
おっ、きたきた──
「おはようございます、