名もなき褪せ人の手記   作:上代わちき

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十四ページ目「湖の東部にて」

 

 

 

◆一「夜の騎兵」

 

 湖のリエーニエの夜は、息が白くなるがとても美しい。

 なにせ空に満天の星空が浮かび上がるのだ。

 

 門前町の街道を南東の方へ進み、崩れた橋を登った先の景色なんて最高だ。

 霧の湖と満天の星空の間に浮かぶ、魔術学院の姿を見ることができる。

 

 

 古来より星は学者を虜にしてきた。

 星に運命を見出そうとした「星見」は、輝石の魔術師の末裔だという。

 あるいはその前身ともな。

 いずれにしろ魔術師にとって星とは特別なもので、だから満天の星空を浮かべるこの場所こそが魔術学院に相応しいのだとされたと思われる。

 

 

 星の動きから見出せるものは少なくない。

 世界の動きは星から読み取ることができるそうで、そういう学問も存在する。

 だからこそ、満天の星空には神秘的な何かを美しさがあるのだろう。

 

 それに、こうして祝福と焚火を囲みながら見上げる夜空はいいものだ。

 獣の肉を焼くのを待つのもいいし、放浪商人のように楽器があれば吟遊詩人時代に覚えた音楽も奏でるのも悪くない。

 今度、楽器でも探そうか。

 

 

 ……ここだけ見るとただの日記だな。

 だが、手帳に記すに値する出来事がこの時にはあった。

 本題はここからだ。

 

 

 

 門前町の反対側の空を見ると、巨大な満月を見上げることができた。

 それはそれでまたいいもんだが、その下にいるのがまずかった。

 

 空の下の街道の向こうから、化け物が現れたんだ。

 

 

 

 そいつは、黒い布を被った馬を駆り、斧槍を振り下ろしてきたんだ。

 たまらず応戦したが、馬から振り下ろしてくるリーチの長い武器はなかなか驚異的だ。

 まぁ、何とかはしたさ。

 

 

 そいつの名は夜の騎兵。

 文字通り夜にのみ現れる怪物で、つまり以前紹介した死の鳥と似た性質を持つ存在だな。

 

 こいつは忌み鬼に率いられた存在として知られている。

 ……つまり、ストームヴィル城の前で何人もの褪せ人を倒したあいつだ。

 

 

 

 実はあいつを協力者と共に退けた時に負け惜しみの言葉を吐かれてな。

 確か、忌み鬼の手がお前を逃しはしないとかなんとか……。

 多分この夜の騎兵が、忌み鬼の手だったというわけだろう。

 

 

 ただ、こいつらは夜の闇を利用するのが生業だ。

 馬も鎧も黒づくめなのがその証左で、つまり暗いところから奇襲するのが目的の騎兵だ。

 

 逆に言えば、昼間であればその脅威を回避できるわけだ。

 

 

 

 尤も、奴らも戦士の一員だ。

 倒せれば、奴ら自身の強さの秘密を暴けるかもしれない。

 奴らの宝を狙う時は、あえて夜の道を行くのも手だぜ。

 

 

 

◆二「絵画」

 

 湖の東部を旅していると、不思議な絵画と出会った。

 一軒のボロ家の中にあったそれは、何故か不思議な光を放っていた。

 

 絵画には「再誕」という題名がつけられていて、そしてどこかの景色が描かれていた。

 これは……どこかの墓地から、魔術学院レアルカリアを見上げているな。

 小黄金樹も描かれている。

 きっと、湖のリエーニエのどこかの景色だな。

 

 

 この絵画は、放浪の画家の作品のひとつだという。

 だがただの絵画と言うわけでもなく、その記憶であるとか。

 

 この画家について知っている文献は、こう嘯いていた。

 「その画家は 死して消えゆく者たちの最後の景色を描くという」

 「今でも、その絵が描かれた場所にいけば、画家の霊と、最期の名残が見出せよう」

 

 

 精度の低い円卓の文献から抜粋した文言だが、しかしこれは"当たり"の匂いがするぜ。

 この絵画が描いた場所を見つけ出したら、何か冒険や真実の手掛かりが得られるかもしれない。

 

 

 

◆三「火の僧兵」

 

 リエーニエには火の僧兵と呼ばれる者達がいるかもしれないと以前紹介した。

 そんな俺の見立ては正しかったようだ。

 

 リエーニエ東部を旅している途中で、野営地を見つけた。

 その野営地はたくさんの炎を焚いていて、中央にはちょっとした祭壇か何かみたいになっていた。

 その野営地を運用していたのが、火の僧兵だ。

 

 

 彼らは赤い衣を身に纏い、胸当てには異形の面を象っているのが特徴だ。

 そしてその手には炎の姿を象った戦槌を持っている。

 実際に戦うと、火の祈祷をも使いこなしてくる難敵だ。

 

 この狭間の地において火の祈祷とは黄金樹の禁忌"滅びの火"に由来するものとされるが、彼らはその監視者であるという。

 だが本来は、狭間の地でも北に位置する"巨人たちの山嶺"にて滅びの火を監視している。

 にもかかわらずリエーニエの地にやってきたのは、火を盗んだ逃亡者を追っているからだそうだが、詳細は不明だ。

 

 

 

 一方で、俺は彼らとの"交渉"の末により確実な知識を得ることに成功した。

 

 火の癒しよ。

 これは火の僧兵たちが使う祈祷の一種で、自らの内に火をおこすことで病毒を焼く。

 毒だけでなく"朱い腐敗"すら癒すもので、つまり俺はケイリッドに赴くための備えを得たことになる。

 ここに寄って正解だった。

 

 この朱い腐敗すら癒す祈祷だが、他方で術者自身をわずかに焼く性質を持つ。

 これは火の恐れを忘れないためのものであるらしい。

 

 

 

 俺は旅の最中で火投げの祈祷に頼っていたりするし、これからもケイリッドの方で火の祈祷に頼るつもりだ。

 即ち俺には火の祈祷について一定の縁があるものだが、扱いを間違えると己の身を滅ぼす性質があることは重々承知しているつもりだ。

 

 だが、せっかくの忠告だ。

 改めて、気を引き締めよう。

 

 

 

◆四「結びの教会」

 

 湖の東に建つ、一軒の大きな教会がある。

 

 教会の名は結びの教会。

 かつて敵対していた黄金樹と月、二つの王家が和睦を結び、そして赤い髪のラダゴンと満月のレナラが契りを結んだ場所なのだという。

 そう、教会の司祭が教えてくれた。

 

 

 赤い髪のラダゴンは、黄金樹の軍勢を率いた英雄だ。

 そして満月のレナラは、レアルカリアの統治者にしてカーリア王家の女王だ。

 

 敵対していた両者は、しかしその争いを悔いて結ばれたのだという。

 だが最初のエルデの王であるゴッドフレイが追放されたとき、ラダゴンは第二のエルデの王となるためにレナラを捨てたそうだ。

 この辺りは比較的有名な話だが、結びの司祭は「結びは、それを反故にされたとき、より惨たらしく壊れる」と説いていた。

 

 レナラは魔術学院の奥で心を失くし、大書庫の虜囚となった際、ラダゴンから贈られた"琥珀のタマゴ"に執着し、おぞましい産まれ直しの秘術に耽っている。

 それは結びが反故にされたが故であると、そう言いたげな口ぶりだった。

 

 

 話が変わるが、この結びの教会では「星の雫」なるアイテムがあると贖罪が行えるそうだ。

 それは、かつて黄金樹と月の運命が結ばれたとき、争いの傷がすべて清算されたという奇跡に由来するそうで、そしてその奇跡はまだ教会に残っているからだそうだ。

 それ故に、星の雫を用いた贖罪を行った際、傷ついて壊れた人間関係は、あるべき穏やかな姿へと帰るのだとも。

 

 

 

 ……俺は、この話が恐ろしくてたまらない。

 それはつまり、人の心を変える所業に等しい。

 奇跡による贖罪が行われたなら、人はその人の罪を許さないといけないことになる。

 

 神や王家にとってこれは尊い文化なのかもしれないが、等身大の視点でしか物事を見れない俺には大きすぎる力にしか見えない。

 

 

 それは、デミゴッドのミケラによる「愛するを強いる」力にも通ずるものがあるように思う。

 ミケラがラダゴンの子供であることを考えると、案外その力はこの恐ろしい奇跡に由来するのかもしれないな。

 

 

 




 本作は「誤情報あり」です。
 間違った情報を掴んだり、誤った考察をしてしまう場合があります。

 ……という建前のミケラ解釈。
 ふと冷静に考えると、歴代の贖罪システムって結構怖いと思うのです。
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