名もなき褪せ人の手記   作:上代わちき

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 番外編の最終話です。


三話「悪夢」

 

 

 

 

 サイモンは目的を果たした。

 目に宿る、狂い火の病を治療できた。

 

 後は、街と牢獄から脱出して地上に帰るだけだ。

 

 

 

「お待ちなされ。貴方は、正しい王の道を歩んでおられます。混沌の王たるその道を」

 

 だがそんなサイモンの前に、一人の男が立ちはだかる。

 そいつは血炎の牢獄で戦い、そしてサイモンが殺した筈の「蟲憑きのイヌヒコ」であった。

 

 

「この街をのぼりなさい。そして、玉座に座るのです。それで、貴方は真に次代の王となる」

 

 イヌヒコは嘯く。

 今のサイモンこそが王に相応しく、そしてそのために進むべきであると。

 

 

 

「断る。私には、なすべきことがある」

 

 だがサイモンは、王になるつもりはない。

 彼には、地上にいる妹と再会しなければならない。

 彼女の子供を、一目見るためにここまで戦ってきたのだから。

 

 

 

「いいえ。いいえいいえいいえいいえいいえ。貴方は王となれ。王となれ。王となれ王となれ王となれ」

「……君。まさか病が伝線したのか」

 

 だがイヌヒコは話を聞かない。

 その両目を黄色く輝かせ、ただサイモンに「王となれ」と迫るのみ。

 

 

 もうまともに話は通じないようだった。

 

 

 

「ああ、世に混沌のあらんことを!」

 

 

 

 

 蟲憑きのイヌヒコ。

 黄色い目をした彼との再戦が、手帳に記されているサイモンの最後の戦いだ。

 

 

 

「火を点けるのです。……燃え残った全てに!!!」

 

 イヌヒコは、目から黄色い火をまき散らす。

 まぎれもなく、サイモンから狂い火の病が伝線していた。

 

 なぜ殺された筈のイヌヒコが生きているかの疑問は解消されないが、もはやサイモンにその疑問を追求する余裕はなかった。

 

 

 

「さぁ、王となれ!」

 

 イヌヒコがサイモンに掴みかかろうとする。

 だがサイモンはうまくローリングして脇をすり抜け、そのまま駆け出す。

 

 向かう先は「黄金と調香の街」の大通り。

 あそこから「血炎の牢獄」へと登り、元来た道を使って地上へまで逃げるつもりだ。

 

 

 

 手帳の文に曰く、今のサイモンはもう祈祷「狂い火」を使えないそうだ。

 目の病が治ったのだから当然である、と綴っていた。

 

 故にイヌヒコという脅威に対抗する術はなく、今はただ逃げるしかないのだという。

 ともあれ、サイモンはイヌヒコからの逃走を選んだ。

 

 

 

 

「嫌だ……もうあんな熱くて痛いのは、ごめん被る!」

 

 サイモンは駆ける。

 イヌヒコの狂い火から伝染されたくないと、その一心で黄金の大通りを駆ける。

 

 大通りは柱が崩れていたり瓦礫が横たわっていたりと、何かと障害物がある。

 だが大雑把な道はきちんと繋がっていて、だから道そのものは通り抜けることが出来たそうだ。

 

 

 

「ぐ、あぁ?!」

 

 だが、サイモンは背中に狂い火を喰らってしまった。

 伝染のリスクを喰らってしまう。

 

 

 

 幸い、この時は運がよかったようだ。

 背中こそ焼けたものの、目に痛みはないらしい。

 

 

 

 

「っ……。なんだ、あれは……」

 

 

 だが思わず振り返った先で、己が目を疑ったそうだ。

 

 

 

「あああああああぁあぁあ!!! 我らを別け、隔てる全てを侵し、焼き溶かしししししぃぃぃぃぃいいぃぃ??!!!」

 

 黄金の大通り。

 その中心で、イヌヒコが頭を抱えながら「堪えきれぬ狂い火」をまき散らしていたそうだ。

 

 都市を黄色く穢すその火は、さながら巨大な"三本指の手"のような有り様だったという。

 

 

 

 

 サイモンは、イヌヒコが狂い火をまき散らしている間に「黄金と調香の街」を脱出した。

 再び「血炎の牢獄」へと突入したのだ。

 

 ここさえ登り切れば、地上へと帰れる。

 

 

 

 

「っ! ……松明を灯しなおすのも時間がかかるというのに!」

 

 だが忘れていないだろうか。

 「血炎の牢獄」は、正気を蝕む暗闇に沈んでいる。

 進むなら、松明という光が必要だ。

 

 灯せば、その光で後ろから追ってくるイヌヒコに居場所を晒し続けることとなる。

 そうでなくとも、松明を灯しなおすのにもそれはそれで手間がかかる。

 

 

 それでも、サイモンはリスクを承知で松明を燃やすしかなかったそうだ。

 幸い、その作業の内に追いつかれることはなかったようだ。

 

 

 

「どこだ? 私が通った道は、どれだ?」

 

 

 だが追跡される恐怖と焦りは、サイモンから冷静な思考を奪う。

 ましてや「血炎の牢獄」はどこまでも赤く血に染まっていて単調な景色が続く。

 そこから湧き出る蝿の音も、当時のサイモンの正気を蝕んだことだろう。

 

 サイモンの逃走は、決してスムーズなものではなかった。

 

 

 

 

 

「王となれ」

「っ?! ……ぎぃぃぃいいいいいいいいいいぃいいい??!!!」

 

 そしていつのまにか、イヌヒコはすぐそこにまで迫っていた。

 

 彼はサイモンに掴みかかり、黄色い目でサイモンの目を見つめだす。

 その目は狂い火で燃え上がり、それは伝染してサイモンの目も焼き溶かす。

 「発狂伝染」だ。

 

 

 

「王となれぇぇええええええぇえええぇぇえ!!!!!」

「がっあぁあああああああああああぁあ??!!!」

 

 その効果により、両者ともに"発狂"。

 両目が黄色く燃え上がり、溶けていく絶大な苦痛で頭を抱え悲鳴をあげる。

 

 それはお互い身動きが取れなくなるほどの痛みであり、故にその場で形成された景色は酷く悍ましい絵となっただろう。

 

 

 

 

 最後の立ち合いだ。

 

 お互い同じタイミングで"発狂"した。

 ならば同じタイミングで"発狂"から復帰し、体勢を立て直すこととなる。

 

 

 

 そこから先の行動で、互いの命運を分けることとなる。

 

 

 

 

「王となれ」

 

 イヌヒコは相も変わらずの文言を叫び、再びサイモンを掴もうとする。

 また「発狂伝染」を試みるつもりだろう。

 

 

 

「こと、わる……!」

 

 それに対して、サイモンは黄金の木盾を用いたパリィを仕掛けた。

 その手を振り払うための、とっさの行動だ。

 

 それで実際に振り払える保証はない。

 一歩間違ったらまた"発狂"だ。

 

 

 

 

 俺は、ここでまたコイントスの音が聞こえた。

 カードの音、と表現してもいい。

 

 どちらにしろ、ここがサイモンにとって最後の運試しだ。

 

 

 

 

 

「っ?!」

「とった……!」

 

 勝負は、サイモンが勝った。

 どうやら、サイモンは運に強い男だったのかもしれないな。

 

 

 

「我は混沌。決して死ぬことはない……ああ、世に混沌のあらんことを!」

 

 サイモンのパリィにより、イヌヒコは体勢を崩す。

 その隙を突き、サイモンはショートスピアで致命の一撃を食らわせた。

 

 

 それで、ようやくイヌヒコは止まった。

 サイモンの、勝利だ……!

 

 

 

 

 

「ぐ、あぁあぁあぁあああぁああ??!!!」

 

 だが無傷での勝利とはならなかった。

 イヌヒコにトドメを刺したサイモンは、しかし頭がひび割れるような頭痛によりその場に沈んだ。

 

 自身は今どこにいるのか。

 何を目的に動いていたのか、もう何もかもわからなくなる。

 

 全部一つに溶けてしまうような、そんな痛みにもだえ苦しんだそうだ。

 

 

 

 

 最終的に、サイモンは「血炎の牢獄」から脱出できたそうだ。

 どうやら"脱出"という目的は、なんとか果たせたそうだ。

 

 だが当初の目的である「妹の子供を一目見る」ことができたかどうかは、定かではない。

 何せ、彼の手帳にその結果は一切記されていなかったからな。

 

 

 

 代わりに、牢獄の脱出以後は"悪夢"を見るようになったと記されていた。

 それは血炎に追われる悪夢であり、仮称触れ得ざる翁に追われる夢であり、イヌヒコが放つ三本指のような狂い火に追われる夢だ。

 

 最終的に"発狂"したのか、文字にもならない落書きのような何かで手帳は埋め尽くされて、それで彼の記述は終わりとなる。

 

 

 

 以上が、サイモンの旅だ。

 どうやら、文句なしのハッピーエンドとはいいがたい末路を辿ったようだな。

 

 地上への帰還だけは果たせたから、実は故郷にも帰れて当初の目的も果たせたかもしれない……そういう可能性はまだ残されている。

 ただ、それでもかなり痛みの残る明日を送ることとなるのは確実だろう。

 

 

 

 一方で、この手帳を記したサイモンは、かなり狂気に侵された状態で文を記していたようだ。

 実際どこまでが本当のことなのかは、正直わからない。

 

 手帳を書き記すことだけは確実にできたようなんだが、一方でそれ以外の末路がどこまで事実かはわからない。

 もしかしたら外に出たのはただの幻覚で、牢獄の脱出すらできずただ彼の遺した手帳が"時空の歪み"で狭間に流れて来ただけ……という可能性も否定するべきではない。

 

 

 

 ただ、それでも俺はこれを後世に残す価値があるとは思っている。

 

 狂い火にかかわっていいことはない。

 サイモンのこの話は、それを補強する貴重な資料となるだろう。

 原本の読みにくい手帳も、一応大切に保管しているしな。

 

 

 

 これにて以上だ。

 

 君達も、狂い火には気を付けてくれ。

 もし狂い火の病を患ってしまったら、彼のような末路を辿るかもしれないからな。

 

 

 

 『真実の探求者』トニー

 

 

 




 ※補足
 「発狂伝染」をパリィするような描写がありますが、実は実機で同じことができるか検証できていません。
 他の方のデータを調べても明確なデータを得られず、筆者自身も実機こそ所有しているものの諸事情につき検証できる環境ではないため断念しました。
 そのため、本作では"そういうもの"と割り切って描写しました。ご了承ください。


 改めて、番外編「とある預言者の末路『血と火の悪夢』」は以上となります。
 ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
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