名もなき褪せ人の手記   作:上代わちき

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灰都ローデイル編
六十一ページ目「灰の都市にて」


 

 

 

◆一「燃える黄金樹」

 

 王都ローデイル。

 狭間の地の中心にて聳え立つ、輝ける黄金樹。

 

 かの偉大な世界樹が、赤く燃え上がっている。

 これこそが、黄金樹の者達が恐れた大罪の果てだ。

 

 

 黄金樹から降り注ぐ火の粉は狭間の全域に降り注ぎ、いよいよ世界の終わりを予感させる。

 ま、実際はそんなことないけどな。

 

 これは拒絶の棘を焼くために必要なことで、転じて次代の王のための儀式だ。

 黄金樹の炎上は、しかし新たな時代の予兆だ。

 

 

 

 だが、それを知らない者達にとっては、やはり絶望を具現化したような景色にしか見えないようだ。

 

 一般の者にとって、黄金樹とは完全だ。

 即ち、終わりなき永遠を象徴するものだ。

 

 そんな完全が燃えているんだ。

 

 

 

 ある者は発狂し、ある者は燃えてなお聳え立つ黄金樹の姿に縋っている。

 

 

 全員が全員、強いわけではない。

 だからこそ、やはり王は必要なんだ。

 

 "彼"がどのような采配・選択をするかにかかわらずな。

 

 

 

◆二「祝福ルーン」

 

 金仮面卿という人物がいる。

 その界隈ではかなり有名な人物だ。

 

 やがて来たる祝福の導きを正確に予見し、そして狭間の地で黄金律を探求する大学者としてな。

 

 

 彼とは灰都にて出会えたが、その時には事切れている様子でな。

 彼とは「黄金樹と火」の関係について議論してみたかったんだが、どうにもその機会には恵まれなかった。

 

 俺は異端者である。

 それを開示するリスクを承知で、話をしてみる価値があったと思っていたんだがな……。

 

 

 

 他方で、事切れた彼の遺体には「修復ルーン」が浮かび上がっていた。

 これは、エルデの王が壊れかけのエルデンリングの修復に用いるものだそうだ。

 デミゴッドの大ルーンとは別に用いるもので、即ちエルデンリングを「どういう形で」修復するか……その方向性を決めるためのものなのだろう。

 

 金仮面卿のものは、黄金律をより完全にするものだ。

 ただエルデンリングを修復するよりも、より強固な律を世界にもたらすものとなる。

 それが具体的に何を意味するかは、実際にエルデの王が修復するまではわからない。

 

 

 こういった修復ルーンは、他にも種類があるそうだ。

 聞いた限りでは「死に生きる者たち」に関連するものや、呪いを肯定するようなものがあるらしい。

 いずれも褪せ人が見出すものだそうで、全員が伝承に語られるような実績と能力を持ち合わせていて、それぞれが使命に殉じた先にそのルーンを生み出すのだという。

 

 俺のような等身大には無理な話で、まさしく遠い世界の御業のように思える。

 だからこそ、次代の王にそれぞれの選択肢を与えることができるのだろう。

 

 

 

 それぞれの修復ルーンを選ぶか否か。

 そもそも使うかどうかは、即ちエルデの王の選択によるだろう。

 

 

 

※追記

 

 俺が見つけた修復ルーンは、気が付いたらなくなっていた。

 どうやら、別の時空にずれている"放浪騎士の彼"が持って行ったのだろう。

 

 俺の知る次代の王とは、即ち彼のことだからな。

 あるべきところに収まったということだろう。

 

 

 

 余談だが、修復ルーンとはそれぞれの律を代表するものだ。

 だが律の中には、デミゴッドが見出すものもある。 

 

 あるいは、デミゴッドに由来する修復ルーンがあったりするかもしれない。

 そしてそれは、案外ルーンとは別の形をしている可能性がある。

 

 

 

 つまり、修復ルーンだけが王の選択肢というわけではないのさ。

 俺は、俺の信じる王の選択を見届けるつもりだ。

 ただの友人としてな。

 

 

 

◆三「壊れた円卓」

 

 メリナが滅びの火を燃え上がらせた時、円卓が壊れた。

 あの城館の内部のような景色に、火の粉が舞い散るようになったんだ。

 

 あの時の時点で黄金樹に火の粉が移っていたから、即ち黄金樹と円卓は何らかの繋がりがあるのだろう。

 また、円卓はエルデの王のための場所ということだから、"彼"が使命を果たせば円卓は用済みとなる……という見方もあるらしい。

 一応合わせて記しておく。

 

 

 さて。

 そんな円卓には、褪せ人のために武器を鍛えてくれる鍛冶屋がいた。

 手帳ではあまり記す頻度は多くなかったが、その実かなり世話になった。

 

 そんな鍛冶屋は、実は神殺しの武器を鍛えることを使命としていたらしい。

 ファルム・アズラにもあった「古竜岩の鍛石」を見せてみると、頑固な性格に似合わない表情をしていたのが印象的だった。

 

 

 円卓が壊れると、彼もまた壊れる。

 どういう理屈かわからないが、そういう呪いがかけられているようだ。

 だがそれを承知で、鍛冶屋は俺や"放浪騎士の彼"の武器を最後まで鍛えてくれた。

 俺達がその原因であるのに、それを知ってか知らずか、役目を果たし続けてくれたんだ。

 

 それだけ「古竜岩の鍛石」は、そんな鍛冶屋の使命と選択に大きな影響を与えるキーであったようだ。

 ぜひとも、武器を鍛えてもらったよ。

 

 

 

 今の壊れた円卓に、かつての賑わいはない。

 書斎を牛耳っていた老人は姿を消し、その他いろいろと情報交換してくれた者達も皆消えてしまった。

 "彼"曰く調霊師だけは鍛冶屋と共に円卓に残ってくれているらしいが……どうにも俺とは縁がないらしい。

 

 残るは、鈴玉の商品を売ってくれる物言わぬ双子像ぐらいで、本当に寂しい景色となってしまった。

 それはやはり、避難所としての意義が失われてしまったからだろう。

 

 

 だがそれでも円卓に残ってくれる者は、まぎれもなく"彼"や俺の味方だと言っていい。

 実に心強い限りだ。

 

 

 

◆四「円卓の指導者」

 

 放浪騎士の彼と合流した先で、一人の褪せ人と対立することとなった。

 

 

 ギデオン=オーフニール。

 百智卿の名で知られており、その界隈では有名な人物の一人。

 そして、今まで俺達が世話になった円卓の指導者だ。

 

 とりわけ「知る」ことについて重視する姿勢を持つが、その具体的な方針は俺とは大きく異なる。

 俺は他者とのつながり、持ちつ持たれつの精神を重視しているつもりだ。

 だがギデオンの場合は、必要なら他者を斬り捨てることを厭わない方針であるらしく「役に立たない」「価値がない」相手に対してはすぐ切り捨てる悪癖の持ち主だ。

 

 それでも次代の王の器を持つ"放浪騎士の彼"に対しては、その方針を曲げて適切に付き合っていたようだが……都が灰になる際に、また方針を変える何かを体験したようだ。

 

 

 

 ギデオンは嘯いていた。

 「褪せ人は王になれない」と。

 そして「人は、神を殺せぬ」ともな。

 

 それが"放浪騎士の彼"と敵対する動機だったのだろうか……?

 今となってはわからないな。

 

 

 

 敵としてのギデオンは、あらゆる祈祷とあらゆる魔術に精通していることが特徴だ。

 「知る」ことを重視しているだけあって、信仰も知力もまんべんなく高い。

 そして、それぞれの祈祷・魔術の出自を問わず使いこなしてくる。

 

 どうやら情報収集能力については、まぎれもなく"本物"のようだな。

 

 

 ただしデミゴッドほどのフィジカルを有しているわけではない。

 ファルム・アズラを制した俺達の敵ではなかったよ。

 

 

 

 片や「神殺しの武器」を鍛え、次代の王に味方した鍛冶屋。

 片や「人は、神を殺せぬ」と嘯き、次代の王と敵対した円卓の指導者。

 

 それぞれの動機をすべて把握したとは言えない状況だが。

 この戦いは、ある種"円卓との縁"を清算するための儀式だったのかもしれないな。

 

 

 




 今にして思えば、DLCの「針の騎士、レダと同志たち」との戦いとは、このギデオン戦のセルフオマージュだったのかもしれません。
 このレダ戦は、DLCで出会ったNPC達との縁を清算するものである……という説を伺ったことがあります。
 逆に言えば、そのオマージュ元かもしれないギデオン戦もまた「狭間もしくは円卓のNPC達」との縁を一部清算する側面があったのかもしれませんね。
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