とはいえ蛇岩ほどの奴はそうそう描けないので、今回は控えめに全二話構成です。
これは狭間の外、はるか東を旅していた時の記録。
熱帯雨林が広がる寺院の国で出会った、"虫の姫"とその"従者"の物語だ。
その国を訪れた時の俺は、とにかく食べ物を食べまくっていた。
各地の市を巡っての食べ歩きさ。
あの時は……確か、魚や鶏肉をカレースパイスで煮込んだっていう"アモック"が印象に残っている。
他国のカレー料理は強烈な味だが、アモックはマイルドな味だった。
この辺りは香辛料の原産地でもあるらしく、よく料理に使われている。
俺の故郷じゃ香辛料は貴重な高級品だったから、とても新鮮な体験だったよ。
それだけじゃない。
景色も気候も文化も何もかも、故郷や狭間とはまるで異なっていた。
露店で売っていたこの指輪なんか、人には解せぬ文言がびっしり刻まれていて、特に効果はないとわかっていてもついつい買っちまった。
そういうわけで、次の街へ行くのが楽しみでな。
その街のアモックを堪能したら、すぐ町はずれの道へ向かったのさ。
本題はここから。
当時のその町はずれの道には、とある噂話があった。
曰く「虫憑き」が出るという。
◆
当時から見て半月ほど前から、町はずれの道で行方不明事件が多発していた。
曰く「虫憑き」が刀で人を切って回っていたという。
だから当時の旅人は、その道を避けていた。
次の街への近道になるというのに、わざわざ別の回り道を行くしかなく、もしくは大商会の馬車なら強力な護衛を雇っていたようだ。
だが、俺はあえてその道を行った。
もしかしたら、個人的に追っている葦名の関係者……つまり「蟲憑き」なんじゃないかっていう期待を寄せてな。
時空のずれの先で葦名一心が治めていたというあの国には、蟲憑きと呼ばれる存在がいたらしい。
運が良ければ、以前葦名一心について取り上げた時以上の葦名の情報が得られるかもしれない……そう思っていたんだ。
結論から言おう。
「虫憑き」は、葦名の「蟲憑き」ではなかった。
実際に町はずれの道で出会った「虫憑き」は、黄色いたまごを頭に被っていた。
右手には噂通り刀を構えており、問答無用で襲ってきた。
「虫憑き」は俺にとって、この国で戦った"類稀な強者"だったのさ。
実際の戦闘だが、「虫憑き」はやはり刀を主体とした技量戦士だ。
その刃の鋭さは侮れるものではない。
何人もの人が、その刃によって敗れていったのだろう。
繰り返すが、「虫憑き」は人を切って回っていたからな。
相当な血を吸っていたに違いない。
だがまぁ、俺の敵ではなかったよ。
仮にもラダーン祭りを生き延び、火の巨人と立ち回り、神殺しの一戦を目撃してきたんだ。
それ相応に修羅場を潜り抜けてきている。
「虫憑き」はそれ相応の強さを兼ね備える兵だったが、それでも俺の方が上だった。
容赦なくロングソードで斬り殺した。
だが、「虫憑き」は死ななかった。
一度は地に伏しても、すぐ立ち上がってきた。
最初に復活してきた時なんかは、不意を突かれて頭のたまごから虫が飛び出してきたもんだから、攻撃を喰らいかけたぜ。
多分、あれが「虫憑き」という名の由来だろう。
うまく避けてやったがな。
「虫憑き」は、不死だった。
ただ殺すだけでは、殺せない。
当時はとても困ったもんだ。
普通の怪物や坩堝騎士辺りを一捻りできる程度の装備は整えていたが、流石に不死を殺す術は備えていない。
だが「虫憑き」はしつこくて、逃げることは難しい。
結局、崖から落としてやることでようやく一息つけた。
まず間違いなく崖下で生きているだろうが、ひとまずは勝利できたってわけだな。
◆
襲ってきた「虫憑き」を退けたはいいが、謎は残ったままだ。
葦名の「蟲憑き」とは具合が違うのはすぐ気づけたが、その時は虫の頭突きを喰らいかけたショックで頭が回ってなくてな。
奴の正体を推理できなかった。
そこで新たな情報を得ようと付近を探索していると、また不思議な出会いに恵まれた。
木々と茂みに隠された、小さな広場。
何らかの地殻変動があったらしく、森の地面に遺跡が飛び出しているような有り様だ。
その中心には、暖かくもどこか普通ではない"篝火"があった。
そこに"虫の姫"がいた。
上半身は美しい少女、だが下半身は恐ろしい巨大な蜘蛛の姿だった。
そしてその肉体には、大量のたまごが浮き出ていた。
"虫の姫"は、病に蝕まれていたんだ。