名もなき褪せ人の手記   作:上代わちき

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 番外編第六弾です。
 今回は三話構成となります。


夜の森【1】

 

 

 

 これは、とある星見との出会いの物語。

 

 俺は「蛇と岩の街」を探索し、「虫の姫」と出会い、「鈴の記憶」を垣間見た。

 極東への遠征を終えて、西に戻ってきた後の話だな。

 

 

 

 

 旅の最中、"辺境の村"に立ち寄った。

 二つの川に囲まれるようにある農村だな。

 

 村の中央には、教会を中心にいくつもの建物が建ち並んでいる。

 その中にある酒場に寄って、色々飲み食いしたり聞き込みしたりしたんだ。

 

 

 

 酒場は中々にぎわっていたぜ。

 何故かレアルカリアの人形がそこにいたり、"竜の学院"の生徒と思わしき少女がその人形を整備していたり。

 

 

 だがそれよりも、そこで出て来たピタパンが美味しかったのが印象的だ。

 香ばしい匂いがして、じんわりと甘じょっぱい。

 

 ピタパンは本来"風鳴り丘"の食べ物と聞いていたんだが、酒場を手伝っていた男が偶然そのレシピを知っていたんだろう。

 彼は本来鍛冶屋の所で働いているそうだが、定期的にピタパンを焼いて酒場を手伝っているとのことだ。

 

 

 

 

 

 さて、そんな酒場で少し気になる話を聞いた。

 レアルカリアの人形による曲芸を尻目に、件の彼が話してくれた。

 

 ここ最近、国を追われた魔術師がこの辺りにまで逃げて来たらしい。

 その魔術師が村に訪れた痕跡はないが、その代わり村近くの森が怪しいとのこと。

 だから、その森には近づくなと警告された。

 

 

 

 本来なら、それで話は終わりだろう。

 だが、好奇心は俺の商売道具でな。

 

 警告してくれた彼には悪いが、翌日取材へ出かけることにした。

 

 

 

 

 "夜の森"と呼ばれる森がある。

 先述した辺境の村の近くにある森の通称だ。

 

 

 

 もともと"夜の森"は、古い王達の墓場であったらしい。

 だが墓場としては放棄されて久しく、墓の類は皆近くにある別の地下墓地へと改葬したそうだ。

 

 そもそもこの辺りは、つい半年前まで時空の歪みがさらに深刻だったそうだ。

 その関係でいくつもの集落などが放棄されて、霊園の管理が難しくなった経緯があるらしい。

 

 

 "夜の森"の改葬もその一環らしく、だから本来ならもう見るべきものは何もない。

 

 

 

 

 だが実際に"夜の森"に入ってみると、かなり異様な雰囲気に包まれていた。

 

 一見して、湿り気があって瑞々しい匂いが立ち込める以外はただの暗い森だ。

 だがこの森にかかる濃霧は、明らかに普通の霧じゃない。

 

 

 

 なんとなくだが、アルター高原の"豊穣の森"を彷彿とさせた。

 ミミズ頭が大量にいたあの霧が濃い森だ。

 

 だが夜の森にミミズ頭はいない。

 あの濃厚な死の気配は感じられない。

 

 

 

 だがその代わり、魔的な蜃気楼の気配を感じた。

 魔術師が潜伏しているという前評判があるせいか、妙に魔術の気配が濃い。

 

 

 

 

 

 さて。

 そんな怪しい森の中で、俺は一人の少女と出会った。

 

 見た感じ、星見のようだ。

 魔術師の前身、あるいは末裔だ。

 

 

 もしかしたら噂の魔術師かもしれないと思い、早速接触を試みた。

 

 

 

 

 少女は、魔術街サリアの"夜の魔術"の使い手だった。

 

 なんせ出会ってすぐ、何も言わずに「奇襲のつぶて」を使ってきたからな。

 ある意味わかりやすい。

 

 

 

 奇襲のつぶてを避けてやると、今度は「見えざる姿」で姿を消して、どこかから「夜の彗星」を放ってきた。

 それらはすべて、先述した"夜の魔術"だ。

 

 夜の魔術とは、魔術街サリアの魔術師達が使う魔術だ。

 彼らは同胞たる魔術師を狩る"刺客"であり、故に敵方の視覚を騙す魔術が揃う。

 

 

 

 目の前の彼女も、その優れた使い手のようだ。

 夜の彗星も避けてやると、今度は魔術で見えなくなった武器を振るってきた。

 

 刀のようだ。

 それも月光の光波を飛ばす、特別な刀だ。

 

 

 

 「名刀月隠」

 狭間の地でも見つけた、サリアの刀匠の手になる輝石の刀。

 その影打か、あるいは真打なのかもしれない。

 もしくは時空の歪みによる、同一品かもな。

 

 

 

 

 

 だがまぁ、その辺りでネタ切れのようだ。

 

 

 それに。

 使う魔術や武器の高度さに反して、それらの使い方が稚拙だ。

 

 どうやら少女はまともな状態ではないらしく、言葉を発することもなければその目に意志も感じない。

 さながら人形だ。

 

 

 

 だから、あっさり何とかなったよ。

 「黒炎の儀式」で少女の視界を潰して、ロングソードで無力化した。

 

 

 

 

 夜の魔術使いを無力化した。

 そのうえで彼女を調べたが、どうやら普通の人間ではないらしい。

 

 ただの亡者とは具合が違う。

 どちらかというと、さっき記した通り人形然としているな。

 

 

 

 が、当時としてはお手上げだったよ。

 まるで心当たりがない。

 

 

 

 

 だが、運のいいことに天啓が降りてきた。

 そのタイミングで情報提供者が現れてな。

 曰く、先程の少女は「傀儡」であるとのことだ。

 

 

 傀儡ってのは、永遠の都に由来する技術だそうだ。

 特殊な精薬を用いて、人を文字通り人形のようにしてしまうそうだ。

 その技術はカーリア方面の魔術師によって見出されたらしく、少ないながらも現存している。

 

 先の少女は、その犠牲者になったのだという。

 

 

 

 つまり、夜の魔術使いの少女は、傀儡技術を使う誰かの使いってことだ。

 俺の睨んだ通り、この森には垂涎に値する情報が隠されているようだ。

 

 

 

 

 

 だが、それ以上の衝撃があった。

 傀儡についての"情報提供者"だ。

 

 驚くべきことにその"情報提供者"は、先の少女と全く同じ姿をしていた。

 

 

 

 赤い髪を持ち、夜の不可視の魔術を強化する「喪失の杖」を携え、腰には「名刀月隠」を指している、一人の少女。

 だがその瞳には、しっかりと意志が宿っている。

 

 

 

 意志なき、傀儡の少女。

 意志を持つ、もう一人の少女。

 

 どうやらこの件は、一筋縄ではいかない何かが眠っているようだ。

 

 

 




 ・トニー
 いつもの視点主。ロングソードや棍棒、そして祈祷を主軸に立ち回る信仰戦士。
 とりわけ「黒炎」「黒炎の儀式」といった神肌の祈祷を用いる異端性が特徴。

 "夜の森"に潜伏する魔術師への取材を目的とする。
 その道中で夜の魔術を使う少女に襲われて応戦。だが直後、全く同じ姿をした少女が現れて大困惑。



 ・少女
 "夜の森"を彷徨い、トニーを問答無用で襲った赤髪の少女。
 魔術街サリアの"夜の魔術"や、名刀月隠の戦技を行使するが、曰く「傀儡」であるらしい……。

 本エピソードにおける一人目の"類稀な強者"枠。もしくは一日目ボス枠。



 ・もう一人の少女
 トニーが傀儡の少女を無力化した後に現れた、全く同じ姿をした少女。
 彼女はいったい……?



 ・辺境の村
 二つの川に囲まれた農村。
 酒場で出されるピタパンのおいしさが特徴。
 またレアルカリアと何らかの縁があるらしく、人形による曲芸も楽しめる。

 半年前、時空の歪みによる被害に悩まされていた。
 現在、その被害の原因については解決済み。

 だが当時の時空の歪みの酷さは他地域の比にもならないレベルであったらしい。
 トニーの見立てでは、近くの"夜の森"に隠された何かに原因があるかもしれないらしい。


 ちなみにこんな意味深な登場だが、基本的にこれ以上は登場しない。
 本エピソードの本懐は"夜の森"の方にある。
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