名もなき褪せ人の手記   作:上代わちき

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夜の森【2】

 

 

 

 魔術師塔。

 狭間の地では、基本的に魔術師達が後進のための宝を隠していた場所だ。

 

 基本的に生活の場として使用されていた痕跡はあれど、実際にその場面を見たことはなかった。

 

 

 

 もしかしたら、俺はとても貴重な場面を目撃したかもしれないな。

 

 

 

 夜の森で、傀儡の少女を無力化した後。

 まったく同じ姿をした少女と出会った。

 

 彼女からの提案で、一晩彼女の魔術師塔に泊まったんだ。

 本やら天球儀やらが並ぶ塔の一室を借りてな。

 

 

 

 

 彼女の魔術師塔は、蜃気楼によって形作られたものだ。

 ごくごく最近作り上げたもののようで、普段は霧に隠されているが、必要に応じて姿を現す。

 

 この森に魔的な濃霧が立ち込めているのは、彼女の魔術師塔を隠すためらしい。

 つまり、彼女には敵がいる。

 

 

 

 

 

 彼女は「サリア」と名乗った。

 やはりというべきか、魔術街サリアに連なる星見だそうだ。

 故に夜の魔術や、サリアに縁のある名刀月隠を武器とする。

 

 かなり特殊な事情があるため、本名は記さない。

 だから、この手帳では仮の名である「サリア」で通す。

 

 

 

 さて。

 そんなサリアの特別な事情だが、実は普通の人ではない。

 

 先の傀儡の少女が、傀儡にされる前。

 同人物を完全に模倣した「写し身」であるそうだ。

 

 

 

 

 辺境の村近くに広がる"夜の森"。

 かつて古い王の墓場だったこの森には、当時の王家の遺産が遺されていたらしい。

 

 

 王たる写し身。

 写し身とは、他者の姿を模倣するものだ。

 こいつは森の王家に由来すると思わしき遺産で、従来の写し身とは異なり「意志をも模倣できる」ものだ。

 

 狭間のノクローンで見つけた写し身が「意志の模倣ができない」シロモノだったことを考えると、とんでもない遺産だ。

 仮にこれがノクローンにあれば……そもそもこの"王たる写し身"の存在が知られていただけでも、狭間の歴史は大きく変わっていただろうな。

 

 

 

 王たる写し身の詳しい出自はわからない。

 ノクローンの文明から派生した王家が、独自の研究の末に生み出した……というストーリーは想像できるが、証拠がない。

 

 そもそも時空の歪みによる被害と改葬によるゴタゴタが相まって、当時の資料の殆どが失われているようだ。

 だからかつてこの森にどのような文明があり、どのような王がいて、どのような経緯で"王たる写し身"が生まれたのか、それらの詳細はすべて不明だ。

 

 

 

 

 

 だが判然とわかっていることはある。

 

 

 改葬の際、当時の資料がなかったことも相まって"王たる写し身"の存在は明るみに出なかった。

 故に"王たる写し身"はごく最近まで、この森に放置されていた。

 

 そのことを、何らかの手段で知ったのだろうな。

 噂の魔術師は、この"王たる写し身"を求めてこの森に入ったそうだ。

 

 

 

 故に。

 "王たる写し身"であるサリアは、この魔術師から身を守る必要がある。

 

 

 

 

 塔や付近の探索をしていると、塔の目の前に敵が現れた。

 俺の目と知識に狂いがなければ、そいつは"祖霊の民"だ。

 

 

 

 祖霊の民。

 狭間の地の、特にリエーニエや地下世界にいた奴らだ。

 

 文明と金属を否定する、角の民。

 独自の霊術に通じており、そして斧や剛弓を使いこなす。

 

 

 

 この辺りは森だが、祖霊に関する痕跡は殆ど見受けられなかった。

 サリアがすぐ、この祖霊の民も「傀儡」だと看破したよ。

 

 つまり、噂の魔術師の使いってわけだ。

 

 

 

 

 

 祖霊の民は、先述通り剛弓を使いこなしてきた。

 まともに射抜かれたら体が吹き飛んでしまう。

 

 そこで、サリアが夜の魔術で姿を消して奴に近づく作戦になった。

 俺はその間の囮役だ。

 

 

 

 まぁそれなりに修羅場を抜けてきている。

 ちゃんと無傷で囮役をまっとうした。

 

 サリアも、きちんと敵に近づいて名刀を奴に叩きつけていた。

 

 

 

 

 

 だが、祖霊の民は強靭だ。

 一度の奇襲で仕留めきるには、そいつは強すぎた。

 

 奇襲を耐えた祖霊の民は、斧を取り出してサリアへの反撃を試みたんだ。

 

 

 

 そいつが持つ「歯列の斧」は、草食獣の頭蓋で造った斧だ。

 刃の代わりに臼歯を並べたその斧は、敵をすりつぶすことができる恐ろしい打撃武器だ。

 食らえばひとたまりもない。

 

 猟犬のステップがあったから、金属盾での防御が間に合ったけどな。

 

 

 

 後はそのまま奴の近くに張り付いて、あの恐ろしい剛弓を封じたまま仕留めるだけだ。

 棍棒で殴り続けて、それで戦闘は終わりだ。

 

 

 

 

 祖霊の傀儡を無力化したが、おそらく敵に塔の位置を悟られた。

 祖霊の民が襲撃した時点で夕方だったから、おそらくは明日の夜明けが勝負となる。

 

 ひとまずは迎え撃つ準備を整える方針となった。

 

 

 

 だが、サリアには件の魔術師とは別の悩みがあるようだった。

 

 

 

 

 

 繰り返すが、サリアはもともと王たる写し身だ。

 

 

 サリアのもととなった少女は、魔術街サリアに連なる魔術師狩りであり、任務として例の魔術師を追っていた。

 だが少女は返り討ちにあってしまい、傀儡となってしまった。

 しかしその一方で、その時近くにあった"王たる写し身"は、事故でその少女の能力と意志を模倣してしまった。

 

 それが、サリアと名乗る少女の正体だ。

 

 

 だからこそ、サリアは自己同一性に関する悩みを持ってしまった。

 なまじ同じ意志を有するが故に、「自分」がどこにあるのがわからなくなってしまったらしい。

 

 

 

 

 

 複雑な問題だ。

 簡単に答えを出せるものじゃない。

 

 けど、不安になっている女の子を放置できるほど俺も大人じゃなくてな。

 おせっかいなのは承知で、俺の持論を展開させてもらった。

 

 

 

 もし俺の目の前に、俺と全く同じ見た目・能力・意志を持つ模倣人間がいたとしよう。

 そいつは間違いなく「俺じゃない」といえる。

 多分、お互いに気持ち悪いと感じてしまうだろうな。

 

 けど、可能な限り俺は"その俺"を尊重しようと考える筈だ。

 

 

 

 本当に俺の"意志"を模倣しているのなら、その模倣人間は俺と同じように真実を探求して、手記を綴る筈だ。

 俺が今まで記してきた手記の情報をもとに、新たな真実を得る筈だ。

 そうして新しい真実を手記に記して、"俺の生きた証"を後世に残すこととなるだろう。

 

 それは、俺がこの手記を記す意味そのものといっていい。

 

 

 

 ならば、その事実はとても素敵なことだと思う。

 いびつな在り方に対する嫌悪感を飲み込もうと試みる価値は、きっとある。

 

 少なくとも今の俺はそう考える。

 

 

 

 

 まぁそれがサリアの慰めになるかどうかは、わからないがな。

 今でも、先の話を彼女に聞かせて良かったかどうかわからない。

 

 

 けど、結論から言えば彼女は何とか立ち直ったよ。

 後は件の魔術師を迎撃するだけだ。

 

 

 




 模倣人間についての思考実験に思いをはせた時、筆者としての答えはともかく、トニー君ならこういう答えを出すのだろうと考えました。
 実際もう一人の自分に出会った時にも同じことがいえるかどうかはまた別の話かもですが、それでも思考実験の件に限らず、今のトニーは色々と強いなと思う今日この頃。
 やはり、狭間を生き延びたのが大きいのでしょうね。



 ・トニー
 いつもの視点主。
 サリアの魔術師塔に寝泊まりして、色々情報収集して、塔へ襲撃してきた祖霊の傀儡を迎撃した。

 自己統一性については、既に一定の答えを有している。
 真実の探求は一人でできるわけではないと知っているからこそ、きっともう一人の自分を認めようと試みる。

 余談だが"猟犬のステップ"については、あの後改めて回収した模様。システム的には弱体化していても、一個はもっとくと便利。



 ・サリア
 噂の魔術師と敵対する、赤髪の少女。夜の魔術と「名刀月隠」を主兵装とする。
 蜃気楼の魔術師塔を作り上げる何らかの術を持ち、それを拠点としている。

 その正体は特別な写し身による、模倣人間。
 本来の少女は傀儡と化して無力化済みだが、その彼女の意志をも模倣してしまっているため色々悩みがある。

 簡単に解決できる問題ではないが、トニーの文を読む限り、何とかはなったらしい。



 ・祖霊の民
 突然サリアの魔術師塔を襲撃してきた、祖霊の戦士。
 斧と剛弓を使いこなす。
 その正体は、噂の魔術師による傀儡。

 メタ的に言うと、本エピソード二人目の"類稀な強者"枠。もしくは二日目ボス枠とも。
 多分これがゲームとかまともな作品だったら、ネームドとして超強化されてた。一応作中的にも狭間の雑魚個体よりはある程度強いイメージ。
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