ふと気が付けば、エリスは見知らぬ場所に立っていた。
いや、よく見れば懐かしい記憶が蘇る。
そこは、かつて存在したロアの街、その中心であったボレアス邸。
これは、そこで出会う、思いもよらない人物たちとの交流の物語――
※これは無職転生の二次創作小説です。
※ツイッターで以前うpしたSSを大幅加筆・再構成したものです。
※原作ネタバレを含みますので、原作web版を読み終えてない方は回れ右を推奨します。
※作中で「こんなネタあったっけ?」という部分は書き手の味付けです。うっかり信じないように。
※出来るだけ原作準拠の雰囲気で書いてるつもりですが、あくまでも、てんちょっぷ風味です。
※それでは、お楽しみください。
気が付けば、見知らぬ場所にいた。
いえ──違う。私はここを知っている。
「まさか──ロアの街のボレアス邸?」
そんな筈はない。
あの家は、あの街は、なにもかもすべて消えてしまった筈──
私はそれをこの目で見た。
だから、絶対に違う。ここがあの屋敷な筈がないのだ。
だけど──
私は周囲を見回した。
あの壁、あの渡り廊下、あの窓、あの屋根の色。植木のひとつひとつ。
どこを見ても、どれを見ても、朧気ではあるものの、懐かしい記憶そのままの光景だ。
「ここは中庭……よね」
いつもギレーヌと剣の稽古をした、あの広場だ。
ギレーヌと私、そしてルーデウスと三人で稽古をした場所。
思わず深呼吸をする。
そんな事をしたって何かわかる訳でもない。
でも、どこか懐かしい空気、懐かしい匂いがした。
嗚呼──
思わず口から吐息が漏れた。
同時に、フッと笑ってしまう。
自分にこんな感傷的な部分があっただなんて。
もう二度と戻れないと思っていた場所。それなりに胸に来るものがあるわね。
──その時だ。
「ちょっとアンタ! どこから入ってきたのよ!」
空気を読まない……違う、空気をつんざくような怒鳴り声が上がった。
振り返れば、赤い髪の少女が腕を組みながら仁王立ちでこちらを睨んでいた。
クリスティーナ? いいえ、違うわね。あの子がここにいる訳がないわ。
──わかったわ!
閃いた。
流石に頭の悪い私でも、ここまでくればなんとなく理解できる。
──これは夢ね!
夢だから、消えてしまったボレアス邸にいるんだわ。
そして、夢だから、幼い頃の私が目の前にいるんだわ。
うん、なにもおかしくはないわね! ルーデウスもよく言っていたもの!
「ちょっと! 人の話を聞いてるの!?」
幼い私が喚きつつ殴りかかってきた。
ん、ずいぶん思い切りが良いわね?
感心しながらも顔面に飛んできた拳を軽く払っていなす。
「~~ッ!? このォッ!!」
つんのめるも踏みとどまり、更に殴りかかって来た。
クスッ──顔が真っ赤だ。私、こんなに喧嘩っぱやかったのね。
「このッ! 大人しくッ!! 殴られなさいよッ!!!」
何度も何度も矢継ぎ早に攻撃が繰り出される。
子どもにしては鋭い突きや蹴り。
でも修練されきっていない。
本能の動き、感情の赴くままの攻撃。
惜しいわね。ちゃんと稽古していれば、もっと強くなれていただろうに。
この頃の私は飽きっぽくて、疲れると手を抜いたりもしていた。
ルーデウスと一緒に稽古するようになって、彼に良い所を見せたくて、手抜きするのをやめたのだ。
「このッ! このッ! このぉッ!」
「そんなんじゃ当たらないわよ! もっと考えて動きなさい!」
なんとなく、幼かった子ども達に稽古をつけてあげていた頃の気持ちに戻る。
ほら、そこは踏み込みが甘い。もっと緩急をつけて。フェイントはもっと巧みにやりなさい。
「んぎぃっ……」
疲労からか、段々と幼い私の動きが鈍くなってきた。
歳の割に、頑張ったほうかもしれない。
そうは言っても幼い私。荒い息を吐きながらも、まだ諦めるつもりはないようだ。
さて、これはどう決着を付けたものか。そう思案しかけた時である。
「──エリス、どうした」
懐かしい声が聞こえた。
振り向くと、ギレーヌが立っていた。
……やっぱり、彼女もずいぶんと若い。
がっしりとした筋肉で、身体が一回り大きく見える。
彼女は訝し気にこちらを見ていた。
フフッ、それはそうよね。幼い私と、大人になった私が目の前にいるんだから。
「お前、誰だ……いや、まさか」
フフン、私を誰だと思っているのかしら?
「ギレーヌ! こいつ侵入者よ! 捕まえるのよ!」
いきなり幼い私が叫んだ。声うるさっ!
その声に反応し、ギレーヌが戸惑いながら動こうとする。しかしやや鈍い。
──ッ!
ピーンと来た!
「ギレーヌ! この子を止めなさい! 今すぐ!」
私は命令口調でそう叫んだ。
途端にギレーヌがビクリとし、瞬時に私と幼い私の間に割って入る。
獣族の本能──自分より強い個体の命令に、瞬間的に服従してしまう傾向がある。
前にリニアだかプルセナだったかに聞いた獣族の古い習性。
そうはいっても、強い個体は我も強いので、そうそう服従したりはしない。
だけど、今さっきのギレーヌの気構えは隙だらけだった。そこを私は突いたのだ。
思った以上にすんなり行ったから、自分でも驚いたわ。
「……まさかとは思うんだが、お前、もしかしてお嬢様……なのか?」
私を頭からつま先まで眺め、それから目を見据えてギレーヌはそう言った。
彼女の頭の出来は私と大差ないと思うけど、そこはそれ。勘の良さは流石ね。
「そうよ、私は私よ!」
腕を組み、仁王立ちになって高らかに宣言する。
ギレーヌはそれを見るや、ぽかんと口を開いた。
彼女のこんな顔、初めて見たわ。面白いわね。
「ギレーヌ! ちょっと! 放しなさいよ! 聞いてるの!?」
キーキーと幼い私が暴れている。両手はギレーヌに拘束されて動かせない。
ギレーヌはその姿勢のまま、私から目を放さずにこう言った。
「……あ、あぁ。お嬢様。あたしは、この女と少し話がしてみたい。いいだろうか」
──────ー
その後、私たちは中庭から、離れのテラスに移動した。
暴れる幼い私はギレーヌに拘束されたまま連行。
今は私を睨みながら、茶菓子を貪っている。
「不思議な事もあるものだ。未来のお嬢様とはな」
ギレーヌの癖に理解がいいわね。
テラスに来てから経緯を話した。
「大人になった、未来の私よ」と言ったら「そうか」と素直に頷かれた。
彼女が言うには「迷宮の中には、転移する魔術の罠があるんだ。難しいことはよくわからんが、世の中にはそういう不思議なこともあるのだろう」と。
難しく考えるより、受け入れた方が合理だろう、という事だった。
確かに、魔力災害で魔大陸に飛ばされたのだって、ルーデウスにも説明出来ない事だった。
そもそもこれは夢なのだから、何が起きたって不思議じゃない。なんだっていいわ。
「みらいって何よ! っていうか、強いわねアンタ」
お菓子を頬張りながら幼い私が言う。
当たり前だが、この子は一切話を理解していない。だって私だもの。
でも、そうね。難しい事はルーデウスに任せればいい。
私はただ、剣を振るって、彼の牙となり盾となれればそれでいいのだ。
「それにしても、随分あっさり納得するのね?」
私がそう問うと、ギレーヌがフッと笑う。
「先日、不思議な少年と出会ってな。そのうち、大人になったエリスが少し厄介になるかも、と」
先んじてその少年に言われていたので、すんなりと受け入れられたのだという。
ふぅん。誰なのかしら。でも、夢だからなんでもありね。
「しかし……随分と育ったものだ」
じろじろと私を値踏むように見るギレーヌ。特に胸の辺りを見ていた。
フフン。育ったのは胸だけじゃないわ。
「剣の方も腕が上がったわよ。試してみる?」
「フッ、いいだろう。実は、さっきからウズウズしていたんだ」
私だって、若いギレーヌとは一度勝負してみたかったのだ。
弟子が強くなる。それは師匠にとっても誉れな事。
今の私が出来る最高の恩返し。
それは、ギレーヌより強くなった私を見せつける事。
──腕が鳴るわね!
──────ー
「まさしく夢のようだな。大きくなったお嬢様と剣を交えられるとは、な」
「私もよ。若いギレーヌと、一度本気で勝負してみたかったんだから」
お互い木剣を持ち、距離を取って向かいあう。
ギレーヌは得意の居合の構え。私は上段。
流石ね。立ち姿に隙が無い。
「いい? ……勝負、始め!」
幼い私が一丁前に審判気取りで腕を振る。
だが、そんなものはもう見えない。関係ない。
見えているのは目の前のギレーヌただ一人。
剣神流の剣王。
この世界でも指折りの強者。
たとえ今の私ですら、一瞬たりとも目を逸らすことは出来ない剣豪。
ピィンと張りつめた空気。……良いわ、凄く。
いつしか、顔がニマニマとしてしまう。
ギレーヌの尻尾の先がクイクイと誘うように動く。
……いいわ、乗ってやろうじゃない!
「──ッ!」
「──シィッ!」
ほぼ二人同時に光の太刀を放った。
いや、居合のギレーヌの剣速は私より速い──「光返し」?
カァンッ──
木剣が空を飛ぶ。
遠くに飛んだ木剣がカラァンと甲高い音を立てた。
「……クッ」
ギレーヌは痺れた手を押さえ、私の切っ先は彼女の喉元に突き付けられていた。
彼女の剣速は私以上だった。そして狙っていたのは奥義「光返し」。
私の切っ先が最高速度に達する前に、剣の横っ面を引っ叩いて跳ね飛ばそうとしたのだろう。
しかし結果は真逆──跳ね飛んだのは、ギレーヌの剣の方だった。
「驚いた。まさか、光の太刀の二連撃とは」
そう──「光返し」への私の解答。
それは光の太刀の二連撃だったのだ。
ガルから剣神の座を奪い取ったあのジノ・ブリッツの独自技。
あいつに一度喰らわされてから、自分の物にしようと練磨した技がここにきて活きた。
「ほとんど同時に光の太刀を二つも放つとは……考えてもみなかったな」
「フフン、私もなかなかやるでしょう?」
他人の猿真似だけどね。気に入らないけど、最後に勝てばいいのよ。
礼をしてから飛んで行った木剣を取りに行く。
戻ってくると、幼い私が無言でこちらを凝視しているのに気が付く。
彼女は手を握り、プルプルと震えていた。よく見ると頬も上気している。
「凄い! 凄いわ! ギレーヌをやっつけちゃうなんて!」
ギレーヌに木剣を返したところで、感極まったであろう幼い私が叫んだ。
何度も何度も、凄い凄いと大はしゃぎだ。フフッ、なんだかクリスティーナみたいね。
「いつか、あなたにも出来るわよ」
「本当!?」
「ギレーヌの言う事をちゃんと聞いて、真面目に稽古すればね?」
「わかったわ!」
幼い私は早速、木剣を取って素振りをし出した。頑張りなさい。
「エリス、身体が……」
その時、ギレーヌが息を飲んだ。
見れば、私の身体は徐々に輪郭を失い、解けるようにポロポロと燐光が零れ出していた。
嗚呼──私はなんとなく理解する。どうやら時間のようだ。
「お別れみたいね、ギレーヌ。楽しかったわ」
「あぁ、あたしもだ」
「小さい私の事、頼んだわよ?」
「任せておけ。達者でな」
師との最後の握手を交わす。
そして、私の意識は薄れていった──
──────ー
「──おはよう、エリス」
そんな囁きに瞼を開けると、ルーデウスの顔が見えた。
「おはよう、ルーデウス?」
なんだったかしら、あぁそうだ。
お昼を食べた後、ウトウトして寝入ってしまったのだ。
「楽しい夢でも観れたのかい?」
彼が悪戯っぽく笑う。そうね、とっても楽しかったわ。
「えぇ、今度は一緒に観れるといいわね」
ー完ー
初夢っぽい感じなのでアップしました。
楽しんで頂けると嬉しいです。