読み切りハウス   作:甲乙

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この話は、ikos様によるアーマード・コアⅥの二次作品「621がV.Ⅸになるifルートの話」の三次創作です。
https://syosetu.org/novel/328795/
詳しくは、そのif番外編である「もっとも昏きは夜明け前」の更にif展開を書かせていただいた物となります。作者様に投稿の許可はいただいていますが、一部に設定の齟齬などもありますのでご了承ください。

10秒でわかるこの話の前提(あらすじ)
・レイヴンとフロイトがアーキバスを寿退社。
・スネイルとメーテルリンクが駆け落ち。
・一度生まれたものはそう簡単には死なない。


三次創作
V.ⅡとV.Ⅵが好きに生きるifルートの話


 

《このシャトルは、ただいまからおよそ30分で大気圏に突入、ヴィルフィール空港に着陸する予定でございます。ただいまの時刻は地球標準時間で午前9時30分、天気は晴れ、気温は――》

 

 三層ガラス越しに見える青い惑星。人類発祥の地でもあるそこは、かつては深刻な環境汚染によって廃星の危機にすらあったという。だが奇しくも、同時代より急速に発展した星間航行技術の確立により人類の生存圏は遥かに広がった。そしてあの惑星――地球もまた、遥か以前の姿を取り戻したのだと。

 そんな昔話はともかく、ライブラリでしか見たことのない「水の惑星」の姿に、女は完全に目を奪われていた。理屈ではない、単純に綺麗で美しい。それをそう感じることに何の疑問があるというのか?

 だがしかし、窓から振り向いた先にいた同席者は、相も変わらず端末の小さな画面ばかりを覗きこんでいる。それに憤るでもなくただ苦笑した女は、ただ声をかけるのみに留めた。

 

「ス……あなた、たまには外の景色でも見てはいかがですか?」

 

「地球を見るのは初めてでしょう?」と続けた女の言葉に同席者――年齢不詳な顔立ちが目を引く男は、いかにも神経質そうな顔を更に顰めた。

 

「現地の情報は既に入手してあります。我々は観光に行くわけではないのですよ、それをお忘れですか」

 

 相変わらず険ばかりに満ちた言葉を返し、座席の端末を操作して新たなコーヒーを注文しようとする手を叩いて止める。代わりにビタミンの豊富な合成果実のジュースを選択しておいた。

 

「……何の真似です」

「本日のカフェイン摂取量が規定を超過しましたので」

 

 恨めしそうな視線を涼しげに受け流しながら、かつてV.Ⅵメーテルリンクのコールサインで呼ばれていた女は窓に視線を戻す。これも「妻」の役割だと、熱を持ち始めた頬を窓だけに向けて。

 対して、V.Ⅱスネイルのコールサイン――あるいは悪名を轟かせていた男は、いつものように苛立ちを溜め息で散らした。

 

 

 

***

 

 

 

 惑星ルビコン3におけるコーラル争奪戦。一進一退の攻防はあれど、アーキバスの戦況は充分に安定していたと言える。封鎖惑星においては物量戦こそを是としていたベイラムは充分な戦力を揃えられず、反面アーキバスは強化人間部隊であるヴェスパーの早期入星に成功していた点も大きい。

 特に首席隊長のフロイトは稀代のエースパイロットであり、更にはその同類であり「運命の人」でもある独立傭兵が実質的なヴェスパー入りを果たしたのだから、もはやアーキバスの勝利は揺るがないものと思われていた。

 事件が起きたのは、ルビコンの主戦場が中央氷原へと移ろうとする直前だった。

 独立傭兵レイヴンの、まさかの妊娠。そしてその相手であるV.Ⅰフロイトの離職。部隊の最高戦力二人を同時に喪失するという、この信じがたい「寿退社」の影響は決して小さくなかった。

 

「まあ正直、困る、っていうのが本音だけど……でも、おめでとう、レイヴン」

「……ありがとう」

 

 同じ女性パイロットということもあり、何かと気も合った友人の門出を本心から祝福する一方、どこか浮かない顔のレイヴンを案じる気持ちがあったことは確かだ。だが二人を見送ってすぐに、更なる凶報が舞い込んできた。

 

《メインブースタがいかれただと!?》

 

 アーレア海の観測不能海域に現れた敵性機体「ケートス」により、アーキバスの先遣艦隊が全滅。護衛についていたV.Ⅳラスティは機体ごと水没し生死不明。なし崩しとはいえ、単純な実力ならヴェスパーの新たなエースとも言えた男まで失ってしまった。

 歯が抜けるように減っていく戦力にスネイルは頭を掻きむしり、ただでさえ少ない睡眠時間が二時間の大台を切ろうとした頃、遂にとどめの一撃がアーキバスに放たれる。

 

《繰り返す、例外はない》

 

 惑星封鎖機構による、不法進駐者の強制排除。その対象に例外は無く、ベイラムはもちろんアーキバスにも多大な被害が齎された。もはや海越えどころではなく、致命的な損害を被る前にべリウス地方まで退避できただけでも奇跡だっただろう。

 故にそれは、当然の結末だったのだ。

 

「撤退……!?」

 

 スネイルではなくホーキンスから告げられた言葉に、メーテルリンクは絶句した。

 

「アーキバスはルビコンから手を引く。上層部はそう決定したそうだよ。……今さらね」

 

 重々しいため息を聞きながら、だがどこか納得した心地ではあった。こうも立て続けに戦力を失っては、このままルビコンで戦ってもコーラルを手に入れられる勝算は薄い。封鎖機構との全面的な対立前に一時撤退するべきだと、大方そのような判断だったのだろう。

 元より、この惑星に来たことも上層部からの命令でしかない。撤退しろと言うならば、それに異を唱える理由も権限もメーテルリンクには無い。心中に蟠るのは、もっと別のことだ。

 

「……スネイル閣下は、」

 

 どうなるのか、とまでは聞けなかった。ホーキンスの目が全てを物語っていた。故に、だから、彼の執務室まで走り出す足を止めることはできなかった。

 

 

 

 これは全てが終わった後、オキーフから聞いた話だ。

 上層部は最初からスネイルを潰す気だった。例えコーラルを手に入れたとしても、その功績を彼の物にするつもりはなく、ファクトリーの非人道性を理由に失脚させる腹積もりだったのだと。

 当然、スネイルもそれを予期して方々に根回しをしていたようだが、流石にここまで早期にルビコンから退くことになるとは予想していなかっただろう。封鎖惑星に多大な資金と戦力をつぎ込んだ上での、何の成果もあげられないままの撤退。その責が誰に背負わされることになるのかは、考えるまでもない。

 

「閣下、メーテルリンクです。入室の許可を」

 

 ノックに返事は無く、扉のロックが解除される気配も無い。中にいることは間違いない。ならばもう、躊躇っている時間は無かった。

 近くの配電盤を叩き壊して、電源ケーブルを引き千切る。通路の照明が消えたことを確認してから、電磁ロックが停止したスライドドアを力尽くでこじ開けた。強化人間のオプションには人工筋肉への置換もある。それが初めて役に立った。

 そうしてから入室、いや侵入したメーテルリンクを、部屋の主は当然の形で出迎えた。つまりは、ハンドガンの暗い銃口を向けて。

 

「何の用です、V.Ⅵ」

 

 照明の消えた室内。ひとり佇むスネイルが冷厳と告げる。完全に、敵を見る目だった。

 スネイルは敵の多い男だ。敵を作ることを躊躇わず、ただ己の信じる合理性にのみ基づいて、利用できる者は利用し、利用できない者は切り捨ててきた男だ。それによって生まれる全ての不都合を、成果と結果で黙らせてきた男だ。

 己の権力こそがスネイルを守ってきた。なら、それを失えばどうなる?

 

「……私を、殺しに来たのですか」

 

 上層部も、スネイルを殺しはしないだろう。()()()()()()()()()。次席隊長の座から引きずり降ろされ、一介のAC乗りとなった男を守る者はいない。いつか誰かが起こす「不幸な事故」で死んでくれればそれで良いのだろう。その「誰か」を、スネイル自身が何人も生み出してきたのだから。

 故に、メーテルリンクはまず行動で示してみせた。拳銃をホルスターごと外して床に投げ、両手を頭の後ろで組む。完全に武装解除した上で、はじめて口を開いた。

 

「退きましょう、閣下」

「……は?」

 

 銃口は外さないまま、スネイルが気の抜けた声を漏らす。強化されたメーテルリンクの視力は暗い室内でも、理解できないモノを見つめる彼の目を捉えていた。

 

「このままここにいては危険です。早急にルビコンからの脱出を」

「自分が何を言っているのか理解していますか」

 

 理解している。もはやスネイルを守るものは無く、そして逃げるチャンスは今しか無いということも。突然の撤退命令により、アーキバス進駐部隊そのものが混乱している今しか。

 そして、自分がやろうとしていることは、明確な背任行為であるとも。

 

「閣下こそ理解されていますか、ご自分の状況を」

 

 カチリ、と引き金に指をかける音がした。不可視の熱を額に感じながら、それでも説得を止める気にはなれなかった。

 

「いいえ、きっと理解されている筈です。もう、ここが退き際なのだと」

「……黙りなさい」

 

 スネイルは合理的な男だ。ならば、今のこのルビコン……いやアーキバスそのものが死地でしかないのだと理解しているだろう。

 だが一方で、スネイルは感情的な男だ。

 

「ここまでです。これ以上は、もう無理です」

「黙れ」

 

 プライドの高い男だ。自尊心の塊のような男だ。他者を見下し、自身だけが正しいと信じてしまえるような男だ。そんな男だからこそ、ここまで上りつめた。そして、そんな男だから、ここで終わってしまうのだ。

 それを認められるほど彼の自尊心は安くない。故に必要なのは、背中を押す者の存在だ。その為にメーテルリンクは、ここに来た。

 

「あなたは、もう終わりです、閣下」

「黙れと、言って……ッ!」

 

 震える銃口から弾丸が吐き出されることは無かった。その前にメーテルリンクは間合いを詰め、彼の手を取っていた。銃も握ったままの手を。

 

「だから……退きましょう?」

 

 情緒不安定な男が、すこし指を動かせば胸を撃ち抜かれる。そんな状況にも関わらずメーテルリンクの心は凪いでいた。いっそ撃たれる覚悟でここに来たのだから。

 

「私で良ければ、手伝います。お手伝い……させてください」

 

 じっと目を見上げる。眼鏡ごしの目は、やはり理解できないモノを見つめていた。

 

「……あなたに、何の利があると」

「レイヴンにも言われました、“趣味が悪い”って」

 

 献身は時に毒となる。それがこんな、好意を好意と受け取れない男なら尚更だ。だが元より献身とは、見返りを求めないことにこそ本質がある。

 自覚もある。つまりこれは、メーテルリンクと呼ばれた女の自己満足。一方的で身勝手な「趣味」なのだと。

 

「私の“趣味”に、付き合ってはいただけませんか……スネイル」

 

 沈黙は三分ほど続いた。長いとも短いとも言えないその黙考で、スネイルと呼ばれた男は答えを出した。

 

「…………プランは、あるのでしょうね」

 

 

 

***

 

 

 

 それからは怒涛のように過ぎていった。

 実は全くのノープランで押しかけた事を白状した結果、激昂したスネイルに本気で撃たれそうになった事は序の口だ。まずはオキーフに接触と説得を試みた。

「いざという時にはきっと頼りになる」と、そうレイヴンから聞いていたことを伝えれば、苦り切った溜め息と共に脱出の手引きをしてくれることになった。同時に、オキーフ自身もこれを期に雲隠れするつもりだったのだとも。スネイルは終始、頭痛を堪えていた。

 ホーキンスは全てを黙認してくれた。「元気でね」と、ただ一言だけを添えて。

 アーキバスの輸送船が原因不明の墜落……そんな陳腐な「事故」によって、星外へ脱出する筈だったヴェスパーの番号付き二名は生死不明となった。

 そうしてスネイルとメーテルリンクの戦いは終わり、そして男と女の旅は始まったのだ。

 

 

 

「これは始まりに過ぎませんよ。まずはルビコン星系を脱出した後、新たな身分を手に入れます。もはやこの体も無用の長物ですから、再手術も済ませなければ。この際、顔も全て変えてしまうべきか……」

「えっ」

 

 型落ち品だろう古臭い輸送船の座席で、隣に座る男の顔を見る。強化人間の体は定期的なメンテナンスを必要とする以上、もうACに乗ることは無いだろう二人には確かに不要だ。だが顔まで変えてしまうのは……。

 

「何か不満ですか。……この際に言っておきますが、今のこの顔も生来の物ではありませんよ」

「ええぇっ!?」

 

 曰く、「機能美」を追及して整形した顔なのだと。なら元はどのような顔だったのか、画像データは無いのかと散々に追及した結果、心の底から嫌そうに答えてくれた。

 

「……あの男なら、持っているかもしれませんね」

 

「まあ、もう会うことはありませんが?」と勝ち誇る男に、女は残念そうに溜め息をついた。

 

 

 

 いくつかの惑星を経由しながら目的地へと向かう。その道中で再手術を済ませ、久しぶりに動かす生身の感触に慣れる為にある程度の定住もしていた。整形によって顔も変え、別人となった自身の姿に慣れる為でもある。

 

「あなたまで変える必要は無かったのでは? 私ほど顔が知られていた訳でもないでしょう」

「それは、まあ……でもほら、前よりは美人にしてもらえましたし!」

 

 強化手術を受けることを決めた時点で、親から貰った体は捨てたも同然だった。それでも顔だけはそのままだったのだ。それすら捨てたことに思うことが無かったわけではない。多分に空元気を見せる女の姿に、男は。

 

「そんな事をせずとも、前から……、」

 

 ゴホゴホと急に咳き込み始める男に対し、続きを聞き出そうと女は躍起になった。

 

 

 

 男女の二人旅というだけで、誤解を招くことはある。そして多くの場合、誤解されたままの方が都合が良いことも確かだった。

 

「お連れの方は奥様でしょうか?」

 

 宇宙船の搭乗手続きの際、乗務員から言われた何の含みもない確認に対して、男は。

 

「……はい、妻です」

 

 手続きは滞りなく進んだ。女の内心はともかくとして。他意は無かったと、そう言い訳を繰り返す男の言葉をどこまで聞いていたのかも定かではない。

 

 

 

 男は野望を諦めた訳ではない。アーキバスの頂点に上りつめ、より完璧なアーキバスを作り上げるという生涯の野心を一片たりと捨てたつもりは無い。

 一度目はAC乗りとして軍事部門から上層部に食い込もうとして失敗した。ならば次は別の方面から挑む。二人の目的地――地球にもアーキバスの支社はある。まずはそこに入りこむ。それが、男の立てた大まかなプランだった。

 

「私はあの男とは違います。武力以外の能もありますからね」

 

 折に触れてはそう口にする男に苦笑しつつ、女は宇宙港の大型モニターに視線を戻した。流れているニュース映像が地球のものが中心となっていることからも、旅の目的地が近いのだと再認識する。

 

《次のニュースです。旧チャイニーズ上海エリアにて、イミネント・ストームを名乗るテロ組織がモノレールを破壊し――》

《当該エリアのガード組織が現地の対応にあたり、独立傭兵の――》

《――なおこの所属不明ACは戦闘用ではなく、農作業用だったという情報が――》

 

 当然だが、ルビコン以外の星でも戦火は常にある。地球という特に治安の良い惑星であっても、このようなニュースは日常茶飯事だ。

 だったのだが。

 

「……今のAC」

「……見間違いでしょう」

 

 

 

***

 

 

 

 初めて訪れた地球という惑星は、良く言えば「空気が綺麗」、悪く言えば「生臭い」といった印象だった。豊かな人口と多様な動植物、それらが織りなす独特のにおいだ。

 農業地帯らしく、広大な畑が広がっている。それを宇宙船ではなく前時代的な乗り合いバスの窓から眺めながら、女は感嘆の息を漏らした。

 

「すごい……綺麗……」

「アーキバス地球支社の農業プラントです。管理が行き届いているのは当然でしょう」

「相変わらずですね、閣下」

「その呼び方は止めなさいと……」

 

 既に新しい名前も得て久しい二人ではあるが、未だに以前のコールサインを口にしてしまう事があった。この旅の最中、命のやり取りをする機会は無かったことを鑑みても気の緩みを実感する。

 ルビコンを脱してから、二年が経とうとしていた。

 

「ようやくここまで来ました。ここからが本番です」

 

 別の顔となっても変わらない神経質な表情を浮かべながら、男が目と気配を尖らせる。その言葉通り、男にとってこれは始まりに過ぎない。今度こそ野望を成就するのだと。

 

「……えぇ、そうですね」

 

 女が微かに顔を曇らせたことに男は気付いただろうか。いや、気付いたところで何も変わりはしなかっただろう。それで良い。ただ傍にいて支えられれば良いと、そう決めたのだから。

 バスが停車する。多くはない荷物を下ろしながら、二人は旅路の最後を自らの足で歩き始めた。

 カラカラと、スーツケースの車輪が鳴る音だけが聞こえる。見上げた空は青く、赤く濁っていたルビコンのそれとは似ても似つかない。だが何故だろう、女にはその青空が寒々しく感じてもいた。それは、旅の終わりが近付いてきたからだろうか。

 カラカラと車輪が鳴り、最初に男が口を開く。

 

「……ここまで来られました」

 

 歩みを止めないまま隣を見上げる。男の目は前だけを見ていた。

 

「もう、付き合わなくても良いのですよ」

 

 

 

「お断りです」

 

 車輪の音が止んだ。

 同じく歩みを止めた女が口を開く。顔立ちこそ変わってしまっても、きりりとした目元だけは変わっていない。その性根も。

 

「お忘れですか? 私の“趣味”に付き合っているのは、あなたの方です」

 

 カラカラと、車輪の音が遠ざかっていく。それが遠くに聞こえるまで呆けていた男は、ひとり吐き捨てた。

 

「……勝手にしなさい」

 

 

 

 

 

 

《おーれーはー、ファームマーン》

《農場のー守り屋ー》

 

 最終目的地である古びた空き家。そこまであと50メートル程のところで聞こえてきた歌……おそらく歌? に二人は足を止めた。

 

《おーれーはー、ファームマーン》

《いーつーもー、水やりー》

 

 やたらと大きいばかりで不鮮明な声質には聞き覚えがある。ACの外部スピーカーが確かこんな音をしていた。

 ガッションガッションと、広い畑の合間を大きな影が歩いてくる。人を模した形の、中量級二脚型と、そう分類される機動兵器。アーマード・コア。

 

《ブンブン、ブブーン、ブンブン、ブブーン……》

 

 歌詞を忘れたのか知らないのか、あるいは元から無いのか。適当極まりない鼻歌と化した騒音を響かせながらACが脚を止める。そのまま膝立ちの姿勢になり、肩部にマウントされていた散水ポンプらしき装備を倉庫に収める。その滑らかな機動には、見惚れるほどに無駄が無い。

 男と女が固まり、顔を見合わせる。そのどちらもが、引きつった顔をしていた。農業用ACが見せた動きと、そして聞き覚えのある声に。

 そんな二人の姿を、ACの頭部が捉えた。ベイラム製ACの型落ち品である頭部にはどこか、MELANDER(メランダー)の面影がある。特徴的な単眼がキュイィと、男と女にピントを合わせる様もよく見えた。

 やがて動力を落したACのコアが前後に割れ、せり出したブロックから搭乗者が顔を出す。コクピットの中でもかぶっていたらしい麦藁帽子も脱いだ顔は、日に焼けた小麦色。

 それ以外に目立った特徴も無いその顔を、二人はよく知っていた。

 

「あー、そう言えばお隣さんが越してくるって……今日だったか?」

「――フ」

「ふ?」

 

 ぼそりと、男が呟く。その声の震えは、いかなる感情によるものか。

 女もまた絶句していた。この時代、この広い人類の生存圏で、こんな偶然があり得るのかと。よく似た他人の空似、その方がまだ可能性は高そうだ。そう祈りたい。

 だが祈りは届かなかった。

 

「ねえ、フロイトー!」

 

 今度の声はACからではない。倉庫の隣に建てられた一軒家から、そして女の声。玄関らしき扉から現れたのは、胡桃色の髪をゆるく編んだ若い女。ゆったりとした衣服に包まれた体は、腹部が大きく膨らんでいた。

 がしゃり、とスーツケースを取り落とす音が二つ重なり、それらを完全に無視したACの搭乗者が素早く駆け寄った。その動きの俊敏さと言ったら、クイックブーストもかくやの勢いだ。

 

「おい、あまり出歩くなよ。転んだらどうする」

「心配しすぎよ。それより、バターの買い置きってあった?」

「戸棚の右だ。また菓子作りか? 次は妙なものを混ぜるなよ」

「その節は! ご迷惑をおかけしましたっ! ……どうしてもあの味にならないのよね……ところで、あの人たちは?」

 

 ようやくこちらを向いた二人の瞳は、完全に見知らぬ相手に向けられるものだ。男も女も、あの時とは姿が違うのだから。

 だが、声はその限りではない。

 

「フ、」

「フ……っ」

「フロイトォぉ――――っ!?」

 

 いつか聞いた、何度も聞いた男の絶叫に女は笑う。何事かと目を瞬かせた友人と、何も分かっていなさそうなその夫の姿にも。

 さて、何をどこからどう説明したものか。どんな感想を抱くのかと思うと、楽しい気分になる。

 見上げた場所には青い空が、晴れ晴れとした透明度で広がっていた。

 








つづきはこちらよ!
https://syosetu.org/novel/328795/45.html
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