メジロ家の使用人やってます。あ、彼女募集中です。   作:shch

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10.もしも

 

 

 

あれは……いくつの時だっただろうか。

 

たしか中学に上がる直前くらいの頃だったと思う。

 

じいやに執事としての礼儀や作法を叩き込まれて、ようやく「人前に出しても恥ずかしくない」って言われるようになってきた時期だった。

 

その日、俺は生まれて初めて『レース』というものをこの目で見た。

 

いつものテレビ越しでは感じられないターフの芝の匂い、観客の熱…すべてがその場にあった。

 

その日は姉のように慕ってきた、ラモーヌ様のデビュー戦の日だった。

 

関係者席で、じいやや他のメジロの人たちと並んで座り、ターフの上のラモーヌ様を眺める。

 

初めての観戦にワクワクしてたのを今でも鮮明に覚えている。

 

そして…スターターが旗を振り下ろす。

 

一斉に飛び出すウマ娘たち。

 

鳴り響く蹄鉄の音と並んで駆けるウマ娘たちの姿に、最初はただ圧倒されて声も出なかった。

 

でも、次の瞬間…俺は気づいた。

 

一人だけ、まるで光を纏ったみたいに輝いて見えるウマ娘がいた。

 

深い藍色の髪を風にたなびかせて、

 

力強くも美しく、しなやかに走る姿。

 

あの普段は静かで近寄りがたかったラモーヌ様があんなに楽しそうに、活き活きとターフを駆けていた。

 

その瞬間、俺は知った。

 

『レース』というものは人をここまで変えるのだと。

 

そして…なにかを愛し、熱中している人の姿は、こんなにも美しいのだと。

 

気がつけば俺は関係者席を飛び出して、ターフに一番近い、フェンス前の最前列まで走っていた。

 

できる限り近くでその姿を見たかったから。

 

ただ、夢中で走っていたせいで肝心のゴールシーンを見逃してしまった。

 

けれど、俺の目に映ったゴールした後のラモーヌ様は、息を切らす俺の方を見て、一瞬だけ微笑んでくれたような気がした。

 

そこで俺は思ったんだ。

 

もしこの人に仕える日が来るのなら、例え短い期間でも俺は全力でやろう。

 

じゃなきゃこの人の愛も、覚悟も、努力も……俺ごときの中途半端で汚してしまう気がしたから。

 

それで全力でやって、もし俺が彼女の……いや夢のために努力する彼女たちの支えに、役に立てたのならそれは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれほど幸せなことだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと見てましたかルドルフさ………ん……?…」

 

(…あ、あれ?…見間違えか…?あそこにいるのって……)

 

贔屓にしていたウマ娘が勝利しウキウキでルドルフの元へ戻る学の視界に入るのは、何とも言えない表情で微笑むラモーヌの姿であった。

 

「………」

 

「………」

 

ポカンと口を開く学とそれを目を細めながら見つめるラモーヌ、2人の間に沈黙が流れる。

 

だが…

 

「…ら、ら、ラモーヌ様!?ラモーヌ様ではありませんか!!」

 

すぐさまその硬直は解け、学は一目散にラモーヌの元に走り出した。

 

「お久しぶりでございます!お元気でしたか?御足の調子はいかがでしょうか?いやそんなことよりも何故此処に!?」

 

少し頬を紅潮させながら顔を寄せる学に、ラモーヌは表情を変えずに冷たく言い放つ。

 

「煩わしいわ、少し離れなさい」

 

「…あ、ああ…すいません…つい」

 

学はそう言いながら数歩後退した。

 

そして、背筋をピンと伸ばし胸に手を当てると、恭しくラモーヌに向けて頭を下げる。

 

「少々…いやかなり久方振りだったもので少し興奮してしまいました…」

 

頭を上げて少し照れくさそうにそう呟く学にラモーヌは口を開く。

 

「ええ、本当に久しぶりね……」

 

 

 

 

 

 

「貴方が本邸を去ったあの日から、全く私に会いに来ないから」

 

「…へ?」

 

ラモーヌがそう口にした瞬間、周囲の温度が一気に下がる。

 

(……あ、あれ?怒ってる?久しぶりに会えて嬉しかったの俺だけ?)

 

そう言ったラモーヌの表情は普段と同じでも鋭く光る眼光に学は何かを感じながら恐る恐る口を開く。

 

「…えっと…その、想像以上に忙しくてですね、北海道まで出向く暇が…」

 

「あら、ルドルフとレース場デートをする暇はあるのに?」

 

「…うっ…怒ってますか?」

 

「怒ってないわ…そうね、怒っていると言うよりは…」

 

「『失望した』と言った方が良いかしら?」

 

ラモーヌの発言にまたしても、周囲の温度が一段下がる。

 

「し、失望ですか?」

 

「ええ、私から離れた半年そこそこの期間でよくもまあそこまでつまらない男になれるわ、私といた時の貴方はもう少しマシな男だった」

 

「……」ガーン!

 

(普通にショック…!)

 

ラモーヌの言葉に肩を落とす学であったが、そんな学の隣から手が伸びてその肩にポンと乗せる。

 

学が手の方を確認すると、そこにはルドルフの姿があった。

 

「少し言い過ぎなんじゃないか?ラモーヌ?」

 

ルドルフは学の肩からそっと手を離すと、腕を組み直して静かに言葉を紡ぎ始めた。

 

「ラモーヌ、少しは察してやれ…学はまだ高校生だ。学校に通いながら執事としての務めも果たしている。北海道まで足を運ぶ余裕など、そう簡単に作れるものじゃない。今日だって本来なら数少ない休日を潰して、ここに来ているんだ…なぁ学よ?」

 

(うん、やっぱカッコいいわこの人…)

 

ルドルフの言葉に学は小さくうなずきながら、心の中でルドルフを賞賛する。

 

だがラモーヌは表情を変えず、鋭い視線をルドルフに向けた。

 

「ルドルフ、貴方は口を挟まないでくださる?メジロのことは、シンボリの貴方には関係のない話でしょう?」

 

「…ま、まぁそうだが……いや、そうだな」

 

組んでいた腕を解き、肩を落としながら一歩後ろに下がるルドルフ。

 

(…え?なんか弱くない?ルドルフさん?嫁さんに強く言えない夫みたいになってるけど?)

 

やけにあっさりと引き下がるルドルフに首を傾げる学。

 

そんな学にラモーヌは再び視線を移す。

 

「学、貴方は夏休みの期間は何をしていたのかしら?貴方が仕えるマックイーンは夏合宿に行っていたはず…その期間くらいなら帰れたんじゃなくて?」

 

「ギクッ…」

 

(……夏休みの期間中はじいやに頼み込んでずっと怪我してるアルダン様のとこに行ってたんだけど……いやぁ…あれは天国みたいな時間だったなあ…アルダン様は美人でなによりも優しいからなぁ………)

 

「……その顔は…そう、アルダンのところにでも行っていたのかしら」

 

ラモーヌの声は冷ややかに響き、アルダンとの生活を振り返り鼻の下を伸ばしていた学の背筋にぞわりと悪寒が走った。

 

(…当たり前の様に心読まれてるし)

 

「…貴方…自分が本来『誰の』執事だったかすら、忘れたようね」

 

そんなラモーヌの言葉に学は唇をきゅっと結ぶ。

 

(『誰の』…か)

 

「あの頃の貴方に見た情熱や愛も…私から離れてから、どこかへ忘れ去ってしまったのではなくて?」

 

「……」

 

ラモーヌの厳しい言葉を受けた学はしばし視線を落としたあと、少し真剣な表情で口を開いた。

 

「……私は今、マックイーン様の専属使用人です…まぁ、あくまで『今は』、ですが」

 

ラモーヌの瞳が細く揺れる。

 

「……私があの時、高校へ進学する際に貴方から離れ、マックイーン様に仕えるようになったのは……大奥様からの指示や、マックイーン様の希望があったから。それは確かです」

 

一度息を整え、言葉を選びながら吐き出す。

 

「けれど……もちろん、それだけじゃありません。これは、ちゃんと考えて決めた、俺自身の意思でもあるんです」

 

ラモーヌの目が僅かに鋭さを増す。

 

その視線を受けながらも、学は口を止めなかった。

 

「……もちろん、できることなら貴方にずっと仕えたかった。俺が『使用人』という職に誇りを持てるようになったのは、紛れもなく貴方のおかげだから」

 

思い返すのは、初めてその目で『レース』を見たあの日のこと。

 

学は拳を強く握り、さらに言葉を重ねた。

 

「だけど……レースを愛し、覚悟を持って夢を追うのは、貴方だけじゃない。マックイーン様もまた、必死に夢を追っている。その姿を、俺は知ってしまった」

 

心に浮かぶのはレース場で自分が必要だと嘆くマックイーンの姿であった。

 

「レースに復帰するという夢を叶えた、強くて美しいラモーヌ様とこれからメジロの悲願という大きな壁に挑もうとする、まだまだ未熟なマックイーン様」

 

「この二人を見比べた時……俺は考えました。どちらに仕えるべきか。どちらに仕えれば、貴方にもらった『誇り』を胸に生きていけるか」

 

学は深く息を吸い、決意を込めて告げる。

 

「……その答えが、今の俺です」

 

ラモーヌを捉える学の瞳が力強く輝いていた。

 

その瞳の色はかつてラモーヌに仕えていた頃の学となんら変わらないものだった。

 

「…そのくらい知っているわ」

 

「え?」

 

「貴方がどんなことを考え、私の元を離れたか…それくらいの事は全部知っていると言ったのよ」

 

「え、そうなんですか?俺はてっきりほとんど何も言わないでこっちに来ちゃったから、それで怒っているのかと…」

 

「全部おばあさまから聞いているに決まってるわ、正当な理由も無しに私が所有物を手放すとでも?」

 

(大奥様…!?あの人ラモーヌ様に話してたのか!?)

 

「その上で貴方が私に会いに来ない、半年以上も私を放置した…それが気に食わないわ」

 

腕組みをしながらそう言ったラモーヌはジトっとした視線を学に送る。

 

「……たはは(何も言えない)」

 

そんな視線を受けて学は気まずそうに頭に手を当てる事しかできなかった。

 

実際、学は高校に入学して新しい生活に慣れてなかったり、思った以上にマックイーンが学にベッタリだったり、一緒に住む他のメジロのウマ娘に仕えなくてはいけない日もあったり、年上の先輩に恋をしてみたりと…ラモーヌのことを考える隙がない日々を送っていたのも事実だからだ。

 

さらに本邸から送り出された時、大奥様に「本邸には優秀な使用人が沢山いるからラモーヌの怪我の事は気にしないで大丈夫ですよ」と言ってもらったのも後押しをしているかもしれない。

 

まぁその後に「しかし、ラモーヌにはちゃんと連絡を返したり、たまに会いに来なくてはダメですよ?」とも言われたのを学が覚えているかは分からないが…

 

(…あれ?)

 

学が言い訳を考えていたその時…ラモーヌのある部分が学の目にとまる。

 

「…ラモーヌ様…髪伸びましたね」

 

ぽろっと学の口から言葉が溢れた。

 

「半年前までは肩にかからない様に纏めていたのに…今はもう背中に届きそうです」

 

一度開いた学の口は止まらない。

 

「やはり、ずっと前から思っていましたが、ラモーヌ様には長髪の方がお似合いです、誰よりも美しいその藍色の髪が日に輝いて映える」

 

「…そんな口先だけのお世辞で私の機嫌をとれるとでも?」

 

ラモーヌはそう言いながらも、手を髪にやって軽く前髪を整えた。

 

その手元を見て、学は再び口を開く。

 

「…ネイルも変えましたね、以前は淡いピンクだったはずですが…今は競技用の爪が傷が付きにくい透明なものを使っていますね」

 

「淡いピンクは以前の美しいラモーヌ様にお似合いでしたが、今のネイルはレースに復帰された強いラモーヌ様本来の魅力が出ていて大変お似合いだと思います」

 

瞬きをしたラモーヌの長いまつ毛がわずかに揺れる。

 

「メイクも…目尻のラインを変えましたか?印象が鋭くなって、でも以前よりずっと大人らしい魅力に溢れていて素敵だと思います」

 

学は言葉を区切り、柔らかく微笑んだ。

 

「…はは、半年会わないだけで、こんなにも新しい貴女の魅力を見つけることができる…そんな貴方に毎日仕えられていた過去の私はかなりの幸せ者だったのかもしれません」

 

「…そしてその半年の変化に気がついて、楽しむことのできる今の私も幸せ者です」

 

「……」

 

「…貴方は私に失望したのかもしれませんが、私の貴方への想いは変わりません……貴方はいつだって強くて、美しい私の自慢のご主人様です」

 

そう言って笑いかける学に、一瞬の沈黙を挟んだラモーヌはゆっくり口を開く。

 

「……口の減らない男になったわね」

 

そう言うとラモーヌは視線を逸らし、学に顔が見えないように後ろを向いた。

 

「ラモーヌ様?」

 

突然後ろを向いたラモーヌに不思議そうに声をかける学であったが、近くに立っていたルドルフがそんな学の言葉を遮る。

 

「ははっ…どうやら今回はキミの負けのようだな、ラモーヌ」

 

「別に、勝負していたつもりはないわ」

 

ラモーヌは若干拗ねたような口ぶりで、後ろ姿のまま答える。

 

「えっと……俺、変なこと言っちゃいました?」

 

「きみと言うやつは…」

 

惚けた表情の学にルドルフは困ったように苦笑いを返す。

 

その時…

 

prrrr!!prrrr!!

 

ポケットに入っていた学のスマホが震えた。

 

「すいませんルドルフさん、ラモーヌ様…電話に出ても大丈夫でしょうか?」

 

「ああ、気にするな」

 

ルドルフがそう答えたのを確認すると、学はポケットからスマホを取り出して耳にあてがう。

 

「…どうかした?じいや?………え?マックイーン様が自主トレ後の俺の手作りスイーツが無いからってすごく悲しんでるって?……スイーツなら作り置きが……あ!ルドルフ様と出かけるのが楽しみすぎて作り置きするのを忘れてた!!」

 

「…今すぐ帰って簡単な物でいいから作ってくれないかって?…スイーツなら専属の料理人がいるんだから…俺じゃなきゃマックイーン様の機嫌が悪くなる?……でも今は…」

 

学はそう言いながら、ルドルフとラモーヌに目線を移す。

 

「…私たちのことは気にするな、行ってくると良い」

 

学の視線に気が付いたルドルフが優しく笑いながらそう言った。

 

「ですが…せっかくのお出かけなのに」

 

「気にするな、この後は私とラモーヌでどこかにご飯でも食べに行くさ、積もる話もたくさんあるしな……そして何より……」

 

 

 

 

 

「学、キミはメジロマックイーンの専属使用人なんだろう?……『今は』」

 

「……」

 

学はしばし黙り込む。

 

(いや帰りたくねー……いや、でも……)

 

やがて深く頭を下げる。

 

「……はい。では、失礼して帰らせていただきます」

 

そう言って身を翻そうとしたその時。

 

「待ちなさい」

 

凛とした声が学の背中に突き刺さる。

 

学は思わず足を止め、振り返った。

 

そこには相変わらず冷静な表情を浮かべながらも、どこか探るような光を瞳に宿したラモーヌが立っていた。

 

「……ひとつだけ聞かせてくださるかしら?」

 

「……ラモーヌ様?」

 

ラモーヌは少しだけ間を置いてから続けた。

 

「……貴方は、マックイーン…あの子が本当にメジロの悲願を…達成できると思っているのかしら?」

 

まるで学を試すような口ぶりだった。

 

アメジストの如く輝く瞳に西日が反射している。

 

だが、それに対して学は迷うことなく口を開く。

 

「……私はトレーナーではありません。ですので、レースの勝ち負けだとか、専門的なことについては分かりません」

 

そこまで言って、一度言葉を切る。

 

だが、視線は真っ直ぐラモーヌを捉えたまま。

 

「けれど……彼女は必ず、メジロの悲願を叶えると信じています」

 

学の声には、揺るぎない確信が宿っていた。

 

「へぇ……」

 

そう言葉を漏らすラモーヌに学は続けて口を開く。

 

「だってラモーヌ様……」

 

その表情に、ほんの一瞬だけ少年の頃の純粋な眼差しがよぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様を信じない執事が、どこにいますか?」

 

 

 

 

その言葉にラモーヌの瞳が微かに揺れた。

 

 

「ではラモーヌ様、ルドルフさん、私はこれで失礼します…………あ、今度まとまったお休みが取れましたら、必ず本邸の方に顔を出すと約束します。なのでこれ以上は私に失望しないでいただきたいです、貴女にこれ以上嫌われてしまうと、普通に悲しいので…」

 

学はそう言い残すと、踵を返してその場を去った。

 

しばらく沈黙して、その背を見送るラモーヌであったが、やがてその肩が揺れる。

 

「……ふふっ」

 

そして、小さな笑い声が零れた。

 

普段の冷たい響きとは違う、どこか懐かしい温度を帯びた微笑だった。

 

「……変わってないのね、貴方は」

 

学の背中に向けたその小さな呟きは隣にいるルドルフにすら届かず、ゆっくりと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学の背中が完全に見えなくなったあと、沈黙を破ったのはルドルフだった。

 

「……ふふ、やはり言っていた通り面白い男だろう、学は」

 

腕を組み直しながら、どこか楽しげに呟く。

 

ラモーヌは表情を変えず、ただ無言で消えていった学の背中を見つめていた。

 

やがて、ルドルフは軽く咳払いをして言葉を続ける。

 

「さて……積もる話もあるだろうし、ここで立ち話というのも何だ。どこか店に入って、ゆっくり話さないか?」

 

その言葉に、ラモーヌの眉が僅かに動く。

 

「……貴方から誘ってくるなんて珍しいわね」

 

そして、唇に淡い笑みを浮かべた。

 

「いいわよ」

 

だが次の瞬間、その瞳が鋭く細められる。

 

「……それに」

 

声色が冷ややかに変わる。

 

「貴方と学の関係についても、詳しく聞かせてもらわないといけないわ」

 

「……」

 

「こんな休日に二人で『逢瀬』なんてして……さぞ仲がよろしいんでしょうね?」

 

氷のような声音と突き刺さる視線。

 

ルドルフは苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「……はは……参ったな」

 

額に冷や汗を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「…美味しいですわ!!美味しいですわ!!」パクパク

 

「マックイーン様…そこまでがっつかなくても…はしたないですよ?」

 

「それはわかってますわ!!でも手が止まりませんの!!…美味しいですわ!!」

 

(…どんだけ美味いんだよ俺の手作りスイーツ)

 

学は心の中でため息をつきながら、スイーツのお供である紅茶をテーポットを傾けて注ぐ。

 

カチャ…

 

マックイーンの前にティーカップを置きながら、幸せそうな表情でスイーツを頬張るマックイーンを眺める。

 

(…まぁ、こんだけ美味しそうに食べてくれるなら、カロリー制限とか面倒だけど、作った甲斐があったな………いや、やっぱりルドルフさんとのお出かけを中断されたのは普通に許さないけど)

 

…とそんなことを考えていると、目の前のマックイーンはいつの間にかスイーツを食べ終えており、学が淹れた紅茶を優雅な仕草で嗜んでいた。

 

「大変美味しかったですわ、学……でも、今日はお休みだったのに急に呼び出してしまい申し訳ありませんでしたわ」

 

マックイーンは本当に申し訳なさそうな表情でそう言ってティーカップを置くと、学に頭を下げた。

 

「顔を上げてくださいマックイーン様、私は貴方の従者です、それも専属の…マックイーン様のお願いなら、私は槍が振っても駆けつけますよ」

 

「ふふっ…それでこそわたくしの学ですわ!」

 

(…そんな笑顔を見せられたら…本当にどんなお願いも聞いてあげようと思っちゃうんだよなぁ)

 

何故か少し得意気な表情で笑うマックイーンに学の表情が緩む。

 

「今は休日の片方しか学に会えませんからね、1日で学の成分を充電しておかないと平日のトレーニングにどうしても身が入りませんの」

 

「…もうすぐ菊花賞ですから、トレーニングも忙しい様で」

 

学がそう言うと、緩んでいたマックイーンの表情がきゅっと引き締まる。

 

「ええ、今は最終調整に入りつつあります、この一年ずっと菊花賞を目標にしてきました…菊花賞を制するのは…ステイヤーとしての第一歩…ここで落とす訳にはいきませんわ」

 

鋭い視線で一点を見つめるマックイーン。

 

「…クラシックレースですから、当然ライアンも出走します…わたくしに課せられたメジロの悲願のため…負ける訳には…」

 

(…相当煮詰まってるな…こりゃ)

 

菊花賞の話を出した途端に、どんどん表情が険しくなるマックイーンを学は心配そうな表情で見つめる。

 

(…マックイーン様はどうもプレッシャーを感じすぎる節があるんだよな…本当はその重圧を少しでも俺が背負えたらいいんだけど…そんなの一介の執事の俺が言葉にしたってマックイーン様には響かない)

 

そんなことを考えながら、学はゆっくりとマックイーンの元へ歩き始める。

 

そして、マックイーンの座る椅子の隣まで足を運ぶと、その場に膝をついて視線をマックイーンに合わせる。

 

「マックイーン様…こっち見てください」

 

「どうしたの学…ってええ!?」

 

学は両手でマックイーンの柔らかい頬をそっと挟み、親指でちょんと口角を持ち上げる。

 

「なっ、何をしてますの!?学!?」

 

「マックイーン様は、笑っていた方がずっと可愛らしいですから。そんな怖い顔せずに、笑ってください」

 

「なっ…!?か、可愛らしいだなんて……っ」

 

マックイーンのモチモチの白い頬は、持ち上げられながらますます赤く染まっていく。

 

「だ、第一、わたくしはウマ娘ですのよ!レースに勝つことこそが使命であって……笑顔がどうこうなど……っ」

 

「いやいや、あまり怖い顔をしているとウイニングライブでファンが減ってしまいますよ?マックイーン様」

 

「も、もうウイニングライブのことを考えてますの!?気が早すぎますわ!」

 

「ええもちろん、私にはマックイーン様がセンターで踊る姿が鮮明に思い浮かびます……ですから、マックイーン様ご自身がさっきのように不安になってしまった時は、マックイーン様の勝利を信じてやまない一人の男がいることを思い出してください」

 

「…ふふっ…なんですのそれ」

 

学がそう言うと、マックイーンが呆れた様に笑った。

 

学はその様子に柔らかく笑みを浮かべ、ゆっくりと両手を離した。

 

「……やっぱり、笑ってるマックイーン様が一番素敵です」

 

「うっ……そ、そんなこと……軽々しく言われたら……もう…」

 

マックイーンはそう言うと、紅茶のカップを手に取り、口元を隠すように視線をそらす。

 

(…多少は緊張を和らげただろうか?)

 

学は立ち上がりながら、そっとその横顔を見つめる。

 

「……」

 

やっぱり、マックイーン様が抱えている重圧も、その中にある孤独も……全部を受け止めてやりたい。

 

(……けど俺はただの執事だ。支えられる範囲にも限界がある)

 

その時、胸の奥に、どうしても消えない想いが浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…もしも、俺が…執事じゃなくて『トレーナー』とかだったら、もっと近くで……もっと強く、マックイーン様を支えられたりしたのだろうか…)

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの一瞬、本当に一瞬だけ、唐突にそんな考えがよぎる。

 

だが、すぐにブンブンと頭を振って、学は苦笑した。

 

(…あれ?何考えてんだ?…俺は生涯使用人として過ごすんだろ?…トレーナーだなんて…ああ、疲れちゃってんだな俺も…)

 

 

「……紅茶のお代わりを淹れてきますね」

 

 

そう言って部屋を出ていく学の背中を、マックイーンは紅茶を口に運ぶふりをしながら、じっと見送っていた。

 

 

 

 

 

 

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