教会の中の誰もが認める敬虔な神の信徒であった「私」には、誰にも言えない秘めたる衝動に駆られていた。神の信徒としてあってはならない、その「殺人衝動」に、己が許されてはならない存在であるのだと内なる自分が囁いているかのよう。
 ――そして私は、神の声を聞いた。

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シスターちゃんは狂気の中で神の声を聞く

 

 

 「神父様、(わたくし)は、善き人で在れているでしょうか」

 

 私は跪きながら眼前に御座(おわ)す神父様に、まるで懺悔をする信徒のように問いかけた。

 私は敬虔な神の信徒であり、この教会の修道女としてそれこそ物心ついた頃から暮らしている。物心、と言っても私は過去の記憶が朧気であり、孤児を引き取っているこの教会に来た当初の私はまるで魂を抜かれたかのように物言わぬ幼子であったと、他のシスターや神父様から聞かされた。

 故に私は、わたくし、というものを自覚したその時から、何時も敬虔な神の信徒であった。

 

 祈りを欠かさず、勤勉な修道女の模範とでも言うべき清廉な淑女、それが私という人間だと皆そう思っているらしい。

 だからこそ、そんな私が懺悔し、まるで自分に罪があるのだとでも言うかのように、自分の善性を確かめるかのような質問に神父様は驚きの表情を浮かべていた。

 ――何故そのようなことを申されるのです。

 神父様は私に困惑しながらも、そう優しく問い返した。

 礼拝堂のステンドグラスが朝日でチラチラと瞬くように輝きを放ち、最奥の彫刻へと朝の日差しを届け始める。彫像と共に輻射の煌めきを纏う神父様はどこか神々しさすら感じさせられた。

 私は目を背けるかのように目線を己の足元へと逸らし、神父様の質問への返答に詰まってしまった。

 眼前に伸びた自分の影が私を見つめていた。

私は、神々しきその光から目を背けてしまっていた。そんな資格すら持ち合わせてはいないのだと、内なる私がそう冷笑(せせらわら)っているかのような錯覚に陥っていたのである。

 私の中に存在している、所謂(いわゆる)善き人が持っていてはならないであろう衝動が、私は咎人であるのだと(そし)っている。

 ――私がどれだけ善き人であろうとしても、それは偽物であるのだ、と。

 そして、私はその事を神父様に打ち明けることが出来なかった。

 

 ――貴女が何を思い詰めているのか私には窺い知れませんが、神が貴女をお見捨てにはなりませんよ。

 神父様は黙りこくる私に優しく語りかけると、「どうしてですか」と問いかける私に言葉を続けた。

 ――聖書にも書かれているように、創造主がヒトを創り給うたのは創造主を称える為です。我々のこの祈りという営みこそがヒトを霊長たらしめる。故に、敬虔な貴女を神がお見捨てになることなど有りはしないのです。ほら、もうすぐ朝の礼拝の時間ですよ。

 

 それは神父様と語らった、いつかの夜明けの記憶であった。

 

 

 ◇

 

 

 パァン、という乾いた炸裂音が空間内に反響し、カランという小さな金属音を立てて小さな中空の金属が転がり落ちた。

 私の眼前には中心に穴が開いた真円の射撃用の的――少なくとも私以外にはそう見えている事だろう。ここはただの一般人が立ち入れる有りふれた普通の射撃場なのだから。

 しかし、私には全く違って見えていた。拳銃を構える私の目には、凶悪な面構えをした男の顔が幻視する。

 別に私がこの悪人面の男の事を殺したいほど憎んでいる、なんていう事実がある訳でもない。というよりも、正確にはどこの誰なのかも私は知らないのだ。

 息をついて再びトリガーを引くと同時に――パァンという炸裂音。そうすれば目の前の男の眉間には風穴が開き、鮮血が華のように飛散した。

 そんな私の妄想の中でのみ存在している彼が絶命する姿を見て、私の欲求のようなものが満たされていくのを感じる。

 そう、私は顔も知らぬ男に対する怨みや憎しみではなく、ただ“殺したい”という純粋な殺意で拳銃を握っていた。

 ――両目を。

 ――肩を。

 ――腕を、足を、腹を、胸を。

 トリガーに掛かった指が動かなくなり、ふと手元に視線を戻せば拳銃はブローバックしないでチャンバー(薬室)が開ききった状態になっていた。

 オートで装填される拳銃の薬室が開ききっているという事はつまるところ弾切れという事だ。十数発装填されていた筈の薬莢は全て今や全て足元の床の上である。

 

「やや? 一射目からど真ん中的中でとてもお上手だと思ったら、それ以降はからっきしですね!」

 

 射撃場のスペースは間仕切りが立てられているのだが、私の背後からひょいと女の子が潜り込ませるかのようにして顔を覗かせた。

 拳銃を置くための簡素な板のようなテーブルに手を突いて、彼女はぐいとこちらの顔を覗いている。間仕切りのせいでとても窮屈な事になっているのだが、彼女はそんな事気にする素振りもない。

 しかし当然こんな危険行為が許されるわけもないので、次の瞬間には係員が血相を変えて彼女の両脇を羽交い締めにすると、私から彼女を引き剥がそうとする。

 実際、不審者が急にこんな事をしてきたら私は()()()()()()()()()間髪入れずにその眉間に鉛玉を叩き込んでいたかもしれない。

「な、なんとか許して貰えました……」

 そんな結末に至っていないのは、(ひとえ)に手元の拳銃が弾切れだった事もあるが、目の前で満身創痍になっているこの少女が私の顔見知りであったからだった。

 ――シスターさん、なんで私が捕まってる時知らない人のフリしたんですかぁ!

===

 そう(わめ)きながら、私の肩辺りをポカポカと殴っている彼女はガヴリエラ・ジャクソンという。

 近頃、教会にあしげく通う占い屋の一人娘である。しかしながら彼女が信心深い少女なのかというと、そうでも無いらしい。何せ神父の説教の最中に頭が舟を漕ぐような始末で、たとえ起きていてもその様子は専ら上の空といった具合である。

 時折ちらちらと私の方へと視線を向けていたり、今のように何かと私に話し掛けてくる事からも彼女が教会に通うのは私目当てであるらしい事は明白であった。

「いや、知らぬフリも何も私と貴女は友達では無いですからね?」

「そんなぁ! 来る日も来る日も私はシスターさんの幸せを願ってるのに! それこそ毎日日課でシスターさんを“視”てるんですから!」

「いや、他人(ひと)を無断で占うなんてプライバシーの侵害も甚だしいのでは無いですかねっ!」

 しれっととんでもない事を白状したガヴリエラ。

 彼女、熱烈な視線を送るだけに飽き足らず自慢の卜占(ぼくせん)でプライバシー侵害、更には今日の()()をみるにストーキングまでしていたようであった。

「尤も、なんで私に執着するんですか。まさか運命の人とか言わないですよね? 同性ですよ?」

 私の質問に対してガヴリエラは何故か惚けた様子で、質問の意図を理解しかねているといった様子だった。

「え、運命の人? やだなぁ私の運命の人がこんなちんちくりんなわけないじゃないですかぁ」

「は? ちんちくりんって私の事ですか。今私の身長バカにしましたね?!」

 私の推測をばっさりと否定するばかりか、ついでのように私をちんちくりん呼ばわりするガヴリエラ。弁明という訳では無いが私の身長はこれでもおよそ

一六〇センチ、平均身長はある筈である。目の前のガヴリエラが私以上に子供体型で女児といって差し支えない容姿をしているのを加味すれば、コレにちんちくりん呼ばわりされる義理はない……筈だ。

「執着する理由ですか……? それならはじめに言ったじゃないですか」

「幸せを祈っていると? 執着の理由がそうだとしても、その執着が何処から来ているのか分からないんですよ」

「……何処からと言われても、シスターさんには分からない話ですよ」

 そう言ってガヴリエラは俯いてしまった。私としても好意を持たれる事が不快な訳ではないし、邪険にしている自覚はあるが彼女を突き放して悲しませたい訳ではなかった。私はわなわなと狼狽している指先を彼女の肩に添えて釈明の言葉を掛けようとしていると、先に口を開いたのはガヴリエラであった。

「シスターさんには悪い話なんですが、私は神様って本気で信じてはいないんです」

 俯いたままそう語るガヴリエラ。

 しかし私は知っている。彼女が毎朝教会で祈りを捧げていることを。それは誰がどう見ても神を信じる信徒の姿に他ならなかった。

「祈っても祈っても、私の祈りは届かない」

 そんなことは無い。彼女が私の為に祈ってくれると言うのなら、その祈りは届いているだろう。私は今この瞬間に、想われている事に歓びを感じているのだから。

「神なんて、ほんとに居ると思ってるんですか?」

 今にも泣きそうな彼女の瞳が私を映していた。

「主は御座します。必ず」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 2

 

 教会の夜は早い。シスターは十七時に湯浴みを済ませ、二十二時には夜の祈りを済ませて教会の戸締りをして就寝する。そして日が昇る前に起床して朝の祈りをするという毎日を繰り返しているのであるが、普段ならもう人も掃けて戸締りをしようという時間に一人の人影が赦しの秘跡――俗に言う懺悔室に入っていくのが見えた。

 懺悔室で懺悔をする人のプライバシーは守られているという体裁であるため、懺悔室に誰が立ち寄ったのか此方は知らないようにしているのだが、この時私は偶然にもその男の顔を目にしてしまっていた。

 そう、全てが偶然であった。その男の相貌が私のよく知る人物、この手で何度も殺した空想の人物のものと同じであったこと。

 そして、偶然にも懺悔室を閉める時間であった為に本来は常駐していた神父様はお部屋にお戻りになられている。つまり、私は彼の告白を盗み聴く事が出来るということ。

 神の思し召しかのようなこの二つの偶然に、私は本来修道女に有るまじき行動をとることに何の逡巡も持ち合わせなかったのである。

 それこそ、その日最後にガヴリエラと去り際交わした、

 “今日一日、そう、今日一日だけシスターさんは何もしないでください。そうすれば、私も神様の事……少しは信じられるかも知れません” 

 一言彼女が語った、そんな簡単な約束事をこの瞬間だけは忘れてしまっていたくらいに。

 ――でも、それも仕方の無い事でしょう? だって主はそう思し召したのですから。主の御心のままに、私は今置かれたこの偶然に身を寄せているだけなのですから。例え彼女との約束を反故にしても、修道女としての規範を越えた行いをしてしまっても、主は赦して下さるに相違ないのですから。

 そんな言い訳にもならない言い訳を心の中に並べながら、私は自分の欲に屈していた。

 もしも誰かが私の行いを見ていたのならば、人に罪を犯させる甘い甘言を囁くのは神ではなく悪魔の囁きであると、誰かは私に諭すだろう。だがそうはならなかった。

 誰も私を罰さない。罰せない。だって私は善き人であるのだから。主を信じ、崇拝するシスターである私が導かれる道は全て主の思し召しである。

 そうして私は何かに惹かれるように懺悔室の扉を開けたのだった。

 

 

 ――神父さんか。ああ、済まないな。こんな時間に悪いと思ってるよ。

 なんでこんな時間なのかって思うかもしれないけど、俺ァ今明るい街中を歩ける身じゃあ無くてね。いや、なに、もう随分昔の話で知ってる人なんて居ないだろうとは思ってるんだけどさ、それでもやっぱり街中歩くのは今でも少し怖いのさ。

 つってもやっぱり神父さんならこんな話も何度もされてきたから慣れっこなんだろうけど、そうさ、俺はお尋ね者なのよ。

 ゲロっちまいたいなんて一度も思った事ないのに、なんだか今日は無性に誰かに話を聞いてもらいたい気分になってね。

 

 そう語る男の口ぶりは、まるで罪を懺悔しに来た罪人というにはあまりにも軽いものであった。あの男が私を悩ませてきた殺人衝動にも似た欲求の根源に深く関わっているのではと思ってこの懺悔室の扉を開けたが、男の軽薄さに私は若干の苛立ちを募らせていた。

 しかし私は慈悲深い神の信徒、主に祈りに来た咎人に個人的な苛立ちをぶつける事などしないと己を律する。

 そして、彼は己の過去を語り始めた。

 

 ――もう十年以上前になるのかな。俺ァ何人かの仲間と一緒に強盗事件を起こした事があったんだ。当時は金が無くてよ、若い故の万能感って奴? 俺たちはなんでも出来ると思ってた。だから手っ取り早く強盗事件を起こして金をせしめてやろうと思ったんだ。上手くやれると思ってた。こっちは人数も居たし、何より武器も準備して完璧に計画していたんだ。

 そう、本当に完璧な計画だった。金がありそうな家、それもセキュリティが余り厳しくない狙いやすい家庭を絞り込んで、夜に忍び込んで強盗を働くつもりだった。それこそ中の家族は皆殺しにしてやるつもりだったのさ。

 でもこの計画は失敗した。敢行してみれば何も予定通りにはいかなかった。まるで知ってたかのように家の住民に気取られちまっていた。下調べした時よりもガキの数が多かったのが少し気になったが、そんな事を気にする余裕もなく親が抵抗してきたもんだから手元の銃で黙らせたのさ。

 想定外ではあったが、元々殺すつもりだったんだからこれくらいなんの支障でもない。こちらに被害がなければ多少計画が慌ただしくなっただけだ。警察を呼ばれる前に殺ってしまえばもう残すはガキだけだと高を括ってた。

 今思えばここでもう俺達は気を抜いちまってたんだ。

 ――俺以外、みんな死んじまったんだよ。

 アレは悪夢だ。とても現実に起きた事とは思えねえ。

 

「それで、貴方はその時に後悔をしたと?」

 

 ――んあ? ああ、そうだったな。そういえばココはそういう場所だったか。いや、その時は必死でそんな事すら考えなかったよ。いや、今までも考えたことなんて無いんだけどな。でもそんな俺でも神は許して下さるんだろう?

 なら懺悔するさ。なぁカミサマ。

 にしても若々しい声の神父様だな。神父様というよりもシスターみてえな……。

 

「ああ、もう分かりました。もういいですよ結構です」

 

 私はそうして懺悔室の扉を開いた。

 本来してはならない事。向こう側から開かれる事なんて無いはずの扉をおもむろに開いた私の姿を見て男が狼狽していた。

 ――そういえば。私は先程二つの偶然があったと言ったのだが、厳密にはもう一つ偶然があった。

 否、必然であったのかもしれないが、この瞬間に私の手元にこれがあるのは神の意思であると私は確信していたのである。

 ああ、そういえばこの赦しの秘跡は防音で告解の内容が外に漏れないのだったな、とそんな事を考えていた。なんたってコレがまた「おあつらえ向き」であったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()が、私の手に握られていた。

 男の血相が変わったのは拳銃(ピストル)を突きつけられたからなのか、それとも私の顔を見て過去を思い出したからなのか。

 

 ――お前っ……あの時のガキじゃ、

 

 そう男が口にした所に銃弾を叩き込んだ。

 口内から一直線に喉を突破った弾丸が懺悔室の壁に当たって鈍い音を立てる。喉から貫通した弾丸は恐らく頚椎を破壊しただろう。苦しむまもなく致命の一撃である。

 そう、思い出した。あの夜を。彼が罪を犯す瞬間も、私が初めて罪を犯した瞬間も。

 しかし私は生まれ変わったのだ。何も怒りに任せて復讐の為に人を殺めたりなどはしない。私の弾丸は主の慈悲。祈りを失った人間、許されざる罪を犯した咎人を私が主に代わり浄罪する為に、主は私にそうお命じになられたのだ。

 そう、これは救済なのだ。

 ――ああ、主よ。主の導きよ。嗚呼、嗚呼。

「ああ、主よ! 望んでおられるのですね……! 私が罪人を救済する事を!」

 主がそう仰せられる。そう、だから仕方がない。あの時のような復讐心からくるものでは無い。

 そう、これは救済。今私が感じているのは迷える羊の魂を解放して差し上げた事への満足感と悦びに違いないのだから。

 嗚呼、ああ、楽しい、たのしい、愉しい、タノシイ。

 主の声が聞こえる。ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ。

 祈ろう。主よ、主よ。彼を賛美し、魂からこの悦びを主に祈るのだ。ハレルヤと。

 ――ハレルヤ(主よ)ハレルヤ(讃えよ)ハレルヤ(祈りを)ハレルヤ(悦びを)

 ほら、主の御心を感じるでしょう? 主がそう望まれる。

 だから、ガヴリエラ。神は御座しますよ。

 

「――シスターさん」

 

 神の声の中に彼女の声を聞いた。悲しそうな顔をして私を見つめるその双眸が私を貫いていた。

 ガヴリエラが、()()懺悔室の扉を開いて私を見つめていた。

「悪い子ですね。ガヴリエラさん」

 ――見られたからには生かす訳にはいきませんもんね。だって知られてしまっては罪人を救えないんですもの。心苦しいですが、仕方ありません。

 

 

 ◆

 3

 

 ――ほら、私の言った通りだった。神様なんて居なかった。

 懺悔室の扉を開けば真っ赤に染まった手と血飛沫の付着した顔をして恍惚の表情を浮かべて嗤うシスターさんの姿がありました。うわ言のようにカミサマに祈る姿は余りにも痛々しく感じられて、目を背けたくなる気持ちを抑えながら、私はそんな彼女を見つめていたのです。

「シスターさん」

 そう問いかければ彼女はこちらを向いて、いつものように笑いかけてくれるんです。

「悪い子ですね。ガヴリエラさん」

 そうして彼女は私に銃口を突きつけました。

 

 この光景を見るのは二度目でした。いいえ、三度目ですか。シスターさんを占い、そして見てしまった今日の惨劇。私の言葉なんて未来を変えるのには無力で、なんの力にもなれやしない。そんな事、とっくの昔に分かっていたはずなのに、それでも、彼女は私に神は居るとはっきりと言った。

 私はそれに縋ってしまった。これはきっと私の弱さが引き起こした事でした。占いで知ったこの光景。そしてもう一つはもっと昔、私の悔やんでも悔やみきれない忌まわしい過去の光景です。

 

 あの日も彼女は、血に染まっていた。私のせいで、彼女はその全てを失ったといっても等しい、あの夜の悲劇。

 

 ――あの日の私は、彼女にベッタリでまるで本当の姉妹かのように仲の良い友達でした。

 シスターさんと私は幼馴染なのです。

 年は私の方が下ですが、両親同士がとても仲の良い友達で、そんな娘の私たちもまた同じくらいの仲良しだったのです。

 そんなある日のことでした。まだ両親からはまともに占いの事など教えられていないのに、隠れて占いをしていた私は友達の家族が悪い人に襲われてしまう未来を知ってしまいました。でもハッキリとは見えず、かといって両親に隠れて占いを真似て居ることも伝えられなかった私は、一人でこの問題を解決しようと心に決めたのです。

 今思えばこれは子供故の無知からくる全能感です。あの頃はマーベルのヒーローだって信じていたし、本気で占いで世界が救えると思っていたんですから。

 でも結果はというと、もうお察しの通りだった訳です。

 警察を呼ぶくらいしか出来ず、せいぜい悪い人が来ると伝えられる程度、しかも庇う子供が一人増えて逆にお荷物になる始末です。

 今でも忘れませんよ。目の前で両親を撃ち殺された瞬間に、隣に振り向いた時に目に映った彼女の顔が。

 ――深い絶望、悲しみ、恨み、そんな混沌とした感情の嵐があの一瞬で瞳の中を渦巻いていたのですから。

 そして、無力な私を置いて彼女は駆け出すと、彼女の両親の腕から暴漢に備えて持っていた拳銃を抜き取るとそのまま暴漢へと発射したのです。私は無力なただの世間知らずな娘でしか無かったのに、彼女にそんな選択をさせてしまった事を理解してしまった瞬間、私の心は潰れそうな程に痛んで、占いで人を救いたいなんて言っていた自分の何と大言壮語な事かということを思い知らされたのです。

「ギャビーちゃん……ギャビーちゃん、ギャビーちゃん……あ、ああ、パパ、ママ、」

 そう呟く彼女に、現実に引き戻されます。私に絶望する権利も、嘆く権利も無いのですから。彼女の前で泣くなんて、そんな権利はありません。

「ごめん……ごめんね。――ちゃん。私の、私のせい」

 私は彼女から拳銃を奪い取ると、自分自身に向けて銃口を向けて――

「ダメっ、ギャビーちゃんッ!」

 刹那、飛びかかった彼女に手を引かれ、弾かれた弾丸はあらぬ方向へと暴発したのです。彼女の(こめかみ)を掠め、額から血が流れていました。

「あ、わた、私、そんなつもりじゃ……」

「ギャビーちゃんまで、居なくなったら……わたしイヤだよ……」

 これが()()との最後の会話だった。

 心的外傷ナントカ、なんていう難しい治療の為に彼女は私と離れ離れになってしまった。肉親が居らず、引き取り手の居ない彼女の行先を知る術なんて有りはしなかったのです。

 だからこそ、()()にも彼女を一目見た時、私は本当に救われた気がしたんです。

「初めまして。(わたくし)は――と申します。見ない顔ですが、こちらは初めてですか?」

 私は嘘偽りなく、あなたの幸せだけを()ってきました。その笑顔の為に、貴女に祈りを捧げていたんです。

 こんな未来を見せる神様なんて信じないけれど、それでも、私はあなたが幸せになれる未来を信じたかった。未来()じゃなく、私はあなたを信じたかった。

 

 

 

 ◇

 4

 

「シスターさん、私にも罪があります。友が地獄に落ちるのを知っていながら、二度も同じ過ちを繰り返したのです。ほんとうに、ごめんなさい……ごめんなさい――」

 

 懺悔し、手を合わせ私に向かい祈りを捧げ赦しを懇願する彼女に、私は慈しみの弾丸を撃ち込んだ。それを彼女が望むのなら、主の代行者として私が彼女を赦しそして導こう。

 どうして彼女は最期に何時ものシスターさんでは無く、私の名前を呼んだのだろうか。私には分からない。あのどこか遠くを見つめる悲哀に満ちた瞳が、何故か最期私を突き刺していた。

 あの瞳を思い返すと、私は何か大切なものを切り捨ててしまったかのような感覚に襲われる。しかし、その故を私は知らない。

 だからせめて、彼女の罪が許されますように。あんなに優しい目をした彼女の次の旅路を、私は主に祈る。

 私は善き人で、主の教えの代行者なのだから。

 ああ、主よ。私は幸せです。

  ――ハレルヤ(主よ)ハレルヤ(讃えよ)ハレルヤ(祈りを)ハレルヤ(悦びを)

 ガヴリエラの祈りは、きっと主に届き給う事でしょう。ああ、主よ。そして彼女に、良き旅路のあらん事を。




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