運命は絶対的で在るべきか   作:ややや

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ディアボロ「予定では二巡目の魂達に肉体を作り続けてもらうつもりだった」
ジョルノ「貴方を殺人罪で訴えます(全ギレ)」


悪魔が住みつく土地の名は

 グリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所。国連が設立した『特別犯罪者』を管理する場所であり、『金を産む鶏』を作り出す養鶏場(ブロイラー)の異名を持っている、史上最高の刑務所である。

 

 異名の通り、刑務所は名前から連想出来る水族館(鑑賞物)ではない。この刑務所は実利を以て人材を育成しており、出所後の再犯率の皆無さと平均年収の莫大な向上から考えても、この場所を観光地と称せる者はいなかった。

 

「所長のロッコバロッコです。新しく入る皆様に、或いは忘れてしまいがちな物覚えの悪い方々に、この刑務所の生活に当たっての『心構え』を説明します」

 

 月に一度行われる全囚人を集めた朝礼では何百回と聞かされる説明が所長から行われる。普段ならばそらで誦じれるほど耳に聞かされた内容も、今回だけは全員が半信半疑で彼を見ていた。

 

「この刑務所ではこの国の概念と同じく『自由と平等』を重んじます。自由に所定の敷地内を歩いて、或いは運動したりも、電話やシャワー、読書や勉学、大学に入ることも可能です。――責任と義務を学べば」

 

 悪行を重ねた凶悪犯罪者を管理するトップは非常にアクが強い。ロッコバロッコは片手にワニのマペット人形を携帯する変人である。しかし、今回だけは違う。いつもならふざけ半分に行う人形劇を取りやめた立派な公務員としての丁寧な朝礼。刑務所を知る重鎮ほど警戒するのは当然だった。

 

「新人の皆様もお分かりのように、この刑務所は大半がスタンド使い、即ち超能力者です。手指が長い人がピアノを習うように、超常現象をコントロール出来る皆様は特別な義務を与えられます。囚人番号FE-18081、貴方の義務は?」

 

 囚人番号を問われた左右の目下に刺青を入れた女、グェスが回答するために手を上げる。囚人である彼らには看守に対して両手を広げる義務があるのだ。気だるげにあげたその腕にはファッションブランドのロゴが刻印された高級アクセサリーが複数個巻きつけられていた。

 

「精密機器の開発支援でーす。ナノとかミリとか毛穴の先を測るような機械を作るのにあたしのグーグー・ドールズを使えば家具作りと大差なく出来るからバンバンお仕事が来るわぁ!見るからに堅物な職人ちゃん達が着ぐるみしてくれるのもきゃわいいし!」

「所長の立場からすればビジネス相手のモチベーションも考慮してほしいのですがね。ですが、正しい。彼女の『他人の縮小化』は多額の金を生み出しています。被害者に賠償を支払えばご覧のように浪費すら可能です。ここにぶち込まれた皆様は『勝ち組』になる可能性を秘める金の卵なのです」

 

 ごくり、と新入りの受刑者である女囚人は息を呑む。チンケな轢き逃げで捕まった時はどうなるかと懸念したが、運は尽きていないと彼女は浮かれた。事実、彼女が後に発現するスタンドは治療に関して現代の医療技術ではなし得ないモノに成長することになる。彼女は運命に関係なく、更生して出所することになるだろう。

 

「また、本日だけ『囚人番号MA-00666』が外出します。看守以外の皆様はくれぐれも『予言区域』に立ち入らないようお気をつけください」

 

 ついでのようにロッコバロッコが口にした気にしなくてもいい警告に空気が騒ついたのを彼女は気付くことはなかった。

 

 加速し、加速して、自己満足の世界の果てが尽きて、我欲のためにその速度が急激に戻る。一見して何も変わらない世界が。

 

 時の流れが、元に戻る。

 

「こ、ここは」

 

 ()()()()()()()でエンポリオは自らが全裸で這いつくばっていることに気が付いた。世界が崩壊し、光が生まれ、肉体だけを残した生物達がそこに飲み込まれた。

 

「!?き、君!そんなところでどうしたんだ!?」

「あら、女子監前でだいたーん。男前ねぇ坊や」

「合法…いや、違法ショタよ!お玉ちゃんみれば丸わかり!私の子宮『ズンズン』きてるわァア!!」

「だめよぉその歳で性癖捻じ曲げちゃうのは。それともお姉さんとイイコトしたいの?」

「させねぇよ倒錯者ども!!そもそも少年院は別館だ!近寄る─スタンドも無しだからな!そこで待機しろ!分かったな!!」

 

 刈り上げた頭に看守服を着た筋骨隆々の男が女囚達に叱責しながら防弾ジャケットを脱いでエンポリオへ近づいた。制服の肩にあるマークはエンポリオの良く知るグリーン・ドルフィン・ストリート。安心させるためか強面に笑みを貼り付けた彼は、未だ混乱状態のエンポリオの肩に手を置き、そばで散らかっているエンポリオの服を回収し始めた。

 

「オレはヴィヴァーノ・ウエストウッド。看守をやってる。そんでここは刑務所だ。一応少年院はあるが、坊主は…別口だよなぁ、この服も一昔前のモンだし」

「う、うん。世界が加速して…プッチっていう糞の塊みたいな根性を持つエセ神父にみんなやられちゃって、ぼくは徐倫おねえちゃんに助けられた」

 

 エンポリオも現状を把握しきれていない。端的にウエストウッドへ自己診断の序でに今までの激闘の経歴を話し出す。プッチにより世界が加速し、それを止めようとした仲間達が次々に殺され、たったひとりとなったエンポリオが崩壊した世界を見たことを。

 

「マジかよ。初めて見たぜ、『崩壊世界』のサバイバーで当事者は」

「サバイバー…そうか、ぼく以外にも沢山の人が巻き込まれてた」

「ああ。ある時から世界中に露出狂が現れてな。お偉いさんの見解では世界が崩壊するまでに生き延びた人が別世界に()()()()()()って話らしい」

 

 着替えのために近場の面会室に入ったエンポリオはウエストウッドから缶ジュースを受け取った。エンポリオはその中身をひと息に飲み尽くした。空腹の身体に甘い液体がエネルギーとして満ちていくのを感じながら、ウエストウッドへ謝礼を述べた。

 

「彼ら曰く、未来から来たっつう話だが、まあ近年の歴史も全く違うし別世界ってのが学者様達の結論さ。あちらの神様は慈悲深く無事な世界に人々を方舟としてお連れしたわけだ。エンポリオ…だったか。坊主もコミュニティに歓迎されるはずさ」

「コミュニティ?」

「坊主みたいに()()から出てきた連中はオレ達の世界では存在しないんだ。死んでたり性別が違ったりな。詳しくは同僚に調べて貰うが、あまり期待はしないでくれよ」

「あ!それなら、『エンリコ・プッチ』を先に調べてッ!アイツはまだ死んでない!この世界を不快に感じればきっとまた」

 

 エンポリオが願う言葉は鉄扉を叩く音に中断された。ウエストウッドが神妙な顔で腰に付けている無線機と緊急連絡ボタンを作動させる。流れる動きで拳銃を扉に据えたウエストウッドは、顎でエンポリオを反対側の扉へ向かうよう指示した。

 

「こちらは拳銃を構えている!そこのイカれ野郎!あるいはイカれ女!脳の処女を捨てたくねぇならおとなしく扉にへばりついて背中を向けろ!」

「…プッチだ」

「何?」

「ウェザーの、ぼくの仲間が遺した『ウェザー・リポートのDISC』が反応している…!アイツもこの世界に到達してきたんだ…!!」

 

 エンポリオは腹部に隠してある熱を発したDISCに手を触れた。扉に与えられる衝撃音はマシンガンを乱射するよりも速く鳴り響いている。咄嗟にエンポリオは時計を見たが、()()()()()()()()()()()()()()。本能的に、エンポリオは部屋の時計を撃ち壊した後、自らの腕時計を内側に回した。

 

「別世界では、決して無い。…加速した世界の行き着く先は『宇宙の一巡』。人類はひとつの終焉に到着し『夜明け』を新たな世界に迎えたのだ」

 

 耐えきれなくなった鍵が壁にあるコンクリートごと粉砕してエンポリオ達の足元へ転がった。ゆっくりと傾いていく扉から現れたのは、十字架をあしらった服を着た剃り込みが特徴的な男だった。

 

「最初にキノコを食べた者を『ただの幸運なバカ』か『飢えで追いつめられた必死さが切り開いた勇者』かを議論することも必要ない。人類全員がそれを知っている!『加速した時』の旅で自分が『いつ』事故にあい、『いつ』病気になり、『いつ』寿命が尽きるのかをすでに体験してここに来た!頭脳や肉体ではない、精神がそれを体験して覚えて知っているのだ!」

 

 右目に深々と抉られた裂傷はエンポリオを逃した仲間達が付けた傷跡だった。未だに出血が続く顔を隠しもせず、プッチは陶酔した表情で自らのスタンドを顕現させた。メイド・イン・ヘブン。人馬が醜く合体したその姿はプッチの他責思考の歪さを表現するような形をしていた。

 

「そしてそれこそ『幸福』であるッ!独りではなく全員が未来を『覚悟』できるからだッ!『覚悟した者』は『幸福』であるッ!」

「つまりは命懸けで人を害するイカれやろうか」

 

 ニュースや噂話で聞くサバイバーの大多数は精神を病んで暴走することが少なくない。精神の安寧のために訳の分からない理屈で世界を否定する陰謀論者も多数現れた。そして助けを求めたガキ。それだけでウエストウッドの覚悟は固まっている。ウエストウッドは無線機に対して三回指を叩いた。『救援はいつ来る』の暗号に対して返ってきたのは五回の接続音。ウエストウッドは長く息を吐いた。

 

「貴様の未来は既に決定しているのだッ!」

「それにしちゃあオレのスタンドを警戒してないようだがなぁ?」

 

 面会室の小窓から鉄格子を突き破って隕石がプッチの右肩を抉る。次々と窓から入る攻撃にプッチは思わず仰け反った。隕石はウエストウッドに磁石のように浮遊して近づいた後、衛星のように彼の周りを回り始めた。数は八。彼を中心とした惑星は熱を持って超高速で室内を温めていた。

 

「─な、何ィッ─!?」

「スタンド!?貴方もスタンド使いだったのか!」

「プラネット・ウェイブス!!此処は『スタンド刑務所』ッ!テメェのような極悪人でも子猫にしちまう理不尽と暴力に溢れた開拓地だ!!」

 

 ウエストウッドは敢えてスタンドを誇示するように顕現させた。その練度はプッチが一巡目の彼に与えた同じスタンドよりも遥かに、より便利に使いこなされている。僅かな睨み合いの後、プッチは忌々しげに下唇を噛み締めた。

 

「…確かに、私が加速した世界にいた以上、私の運命は宙に浮いた存在になった。私が集めていたスタンドDISCがこの刑務所に存在した以上、D()I()S()C()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()。だが、だが!エンポリオを始末した後に消えゆく泡末の夢に過ぎない…!」

 

 スタンド能力は思い込みに影響するが、狂った盲信は愚かさと紙一重である。

 

 プッチは『一巡目の運命』を読み取り、ウエストウッドの攻撃を予測して反撃を繰り出した。はるか昔に死んだモノを読み取ろうと発狂した。運命の無いこの世界の住民にその行為はただの山勘にしかならない。ウエストウッドの肝臓を狙った一撃は、横槍によって容易く無力化された。

 

ハイウェイ・トゥ・ヘル。オレとアンタは共同体だ」

 

 ウエストウッドと同じ制服を着た男がばらばらとスタンド攻撃を受けた状態で面会室へ叩き込まれる。手足の首部分がゆるゆるとネジで仮止めされた身体はプッチより余程重傷だったが、男に痛みを感じる様子はない。彼の顔を見たプッチが『一巡目』を想起するのは、一手どころではない遅れだった。

 

 ハイウェイ・トゥ・ヘルのスタンド能力は『自身の肉体的損傷の共有』。普段ならばカウンセラーやリハビリに利用される能力は、対個人の制圧に関して圧巻だった。別のスタンド使いによる『バラバラに人体を解体する』能力。無痛かつ即座の復元が可能な肉体の変化にプッチの肉体は関係しない。

 

 結論として、プッチは手首足首からネジ状に肉片が吹き飛び、無様に倒れ伏した。

 

「取り敢えずぅぅ。『かっ飛んで』無力化したけどぉお。…あってるよなあ、子供が対象じゃあないよなぁあ。余り運は良くないんだぁあ、オレ」

「良くやったマックイイーン!!貸してたツケはチャラにしてやるッ!!」

「よかった…」

 

 扉にめり込んだ状態のままマックイイーンは力無く息を吐いた。状況を整理しようとウエストウッドはエンポリオへ振り返り、吹き飛んだ足首の痛みを感じる前に壁に寄りかかった。手足が使えない筈のプッチが繰り出した手刀─正確には腕刀─による超速の斬撃。本来ならあり得ない結果の前に、プッチは下唇を噛み切った。

 

「何だ…!?コレは…ッ!!」

 

 メイド・イン・ヘブンは世界を加速させる能力の筈だった。決してプッチ自身が高速化する能力ではない。()()()()()()()()()()()()()()と思考したプッチは、無理矢理その疑問を振り払った。そうしなければ自分の芯が壊れてしまう気がしてならなかった。

 

「…小僧ッ!そこの扉から出て『右の階段の隙間』に体を突っ込め!!『予知のスタンド使い』がそこに居る!!」

「予知…!?」

 

 俯くプッチを他所にウエストウッドはスタンドで強引にもう片方の閉まっていた鉄扉を破壊した。返す刀でプッチに対して一撃を振るうが、ビデオテープを速回ししたかのようなプッチの退きにより当たらなかった。プッチが睨みつける先はエンポリオ。明らかな殺意にウエストウッドは痛みに脂汗を流しながらエンポリオを部屋外に投げ捨てた。

 

「普段閉じ籠っているアイツが今日だけ外出した!『予知』していたんだ!アイツはガキに甘い!!()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

「増援はまだかぁあ!?ウエストがぁ死んじまうよぉお!!」

「こんな…簡単に!『運命』を変えられる私がそこらの三下如きにィ…!!」

 

 痛みなど気にしていられない。アドレナリンの赴くままにエンポリオは立ち上がり走り出した。五十メートルにも満たないはずの階段への道が山頂に幻視した。数秒も経たない内に、新たな傷を複数増やしたプッチが狂った顔で咆哮した。

 

「エンポリオォォォォ!!」

 

 背後からプッチが四肢を這いつくばらせて追ってくる。看守達の追撃を強引に突破し、血を撒き散らしながら四つん這いで蠢く姿は出来の悪い三流映画の化け物のようだった。憎しみと怒りに苛まれた狂気の表情を顔に貼り付けたまま、プッチは血反吐と併せて口を開いた。

 

「この『運命の夜明け』にわたしの『因縁』だけは持ち込めない…!」

 

 エンポリオは答えない。彼の出来る最善を熟すには言葉は不要だからだ。一秒一瞬でも早く目的地へ到着する。雑念と怯えと妄念が本心に隠されているプッチにはそれが行えない。言い訳に世界を犠牲に出来る男が建前を無くすことは出来ないから。

 

 因縁(ジョースター)』が亡くなった結果、二巡目の世界は『新たな世界』を創り出した。

 

 だからこそ、プッチは誰かが書き連ねた貼り紙を見過ごせなかった。エンポリオを無心で追いかけるべき場面で、プッチは心をかき乱す紙切れに時間を割いた。一枚目の紙を、プッチは血塗れの手首で文字を塗りつぶした。

 

「空条徐倫はもういないッ!魂さえも…承太郎も消滅したッ!…アナスイもエルメェスも『死人』は来れないのだッ!」

 

 善と悪は表裏一体とは誰が言ったか。DIOはジョースターがいてこその悪だった。生粋の悪など存在出来ない。滅びるはずの悪のひとりは、逃げた矮小者より遥かに運命を理解している『予知能力者』だった。

 

 予定された運命通りに、プッチは天井にある貼り紙に声を張り上げた。自身が悪くないと思考する回路に受け入れられる文章ではなかった。真上に吐き出された血反吐は、紙片と併せてプッチの顔面に汚らしく垂れ落ちた。

 

「わたしに相反する因縁は全て『向こう』に置いて来たのだ!!」

 

 相性という意味で、プッチと予知は最悪の関係だった。悲惨な運命を言い訳に他者へ押し付ける男に未来を変化させる器などあるはずもない。弱体化し、数年以上の未来を大まかにしか予知出来なくなった能力にすらプッチは抵抗出来ない。無関係の塵のような情報がプッチの眼球に映し出された。

 

 パッショーネは健在だ。ブチャラティをトップにスタンド使いの駆け込み寺として上手くやっている。世界は広い。俺の知らない在野のスタンドが神がかりな能力を腐らせたりしている。パッショーネの名声は世界に広まり、俺の手出しなど不要な組織へ成り上がった。

 

「おまえ以外はだッ!!エンポリオッ!」

 

 プッチが自身の運命に従って口にした声は覇気の薄れた主張となった。エンポリオとの距離は開いている。プッチはエンポリオを追いかけるのではなく、背後からやってくるスタンド使い達から逃げるために前進していた。

 

 娘は一巡目のあの女と一緒に歌手になった。慰謝料代わりに活動費をせしめてきたのは驚いたが、中々上手くやっているらしい。営業に俺を使う強かさは…可愛らしさと言い換えておこう。

 

「『過去』はわたしが一新したのだッ!新人類は先を変える権利など有りはしない!貴様達は神の啓示に粛々と従い続ける『義務』を有したのだッ!!」

 

 プッチはエンポリオを見ていなかった。たかが数枚に記載された貼り紙に対して大仰に喚くさまは品性がまるで足りていない。プッチが覚悟して突き進めば容易く変更出来る予知による貼り紙の言葉に、彼はまともに解答する事ができない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()。喚くのはおかしいだろうに。ならば貴様が捨てたジョースターを教えよう。ポルナレフは半公式に引退して俺の看守に専任した。俺を殺せる数少ない抑止力として此処にいる。今日はヤツの娘が訪問する日であり、この部屋に本来いた男だった。お前が生きているのは、『後悔』くらいは与えるべきだと俺が思ったからだ。

 

 会話が成り立つ違和感にプッチは気付けない。読んでいるのはプッチで、脳内で煽り倒しているのもプッチだ。エンポリオを追いかけることすらままならない事実が、プッチの魂の奥底に沈み込んだ何かを軋ませていた。

 

 ジョルノは息子が出来てから完全に親バカになった。わざわざ子供達の健康のために杜王町に移住するまでとは思わなかった。奴もある種、ジョースターに呪われていたのだろう。所詮、運命とはその程度なものだ。

 

 エンポリオは階段へ到達し、追いついたプッチはエンポリオが入ったであろう『幽霊の部屋の入り口』を向いた。階段の中間、入り口の横にある全身鏡がプッチを映し取った。半泣きで醜い形相を浮かべた、惨めな化け物がそこに映っていた。

 

「─そして俺は罪を贖うべくこの刑務所の囚人となった。悪に負けた末路を俺はどこまでも知っていた。予知を持つスタンド使いとして断言しよう。どれほど逃避をしても、貴様の『罪』は消えない」

 

 入り口の隙間から聞こえる口調は義務的でやる気のない声だった。プッチの幸せのために配慮しておこうとした、お為ごかしな口ぶりだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ジョースターの『因縁』により生き延びた貴様に『運命』は微笑まない。貴様は『覚悟』して『因縁』を抱えて心中するべきだった」

 

 一巡目に存在した『運命』を知れた男の説法に、プッチの噛み締めていた奥歯が全損した。口から噴出した血と唾が、今の彼の魂を的確に表現していた。

 

「「おまえはここに来てはならなかったのだ」」

 

 重なった言葉は誰に向けたものだったのか。プッチは震える手足を叱咤し、精神力だけで立ち上がった。部屋から流れる曲は下手くそな聖歌。近所の孤児達に依頼したかのような、雑で声量だけが目立つ歌に無限大にプッチのボルテージが上がっていった。

 

「仮に。理想通りに貴様の望んだ世界に辿り着いたならば。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして世界は再崩壊する。疑問に思わなかったのか?最初から破綻しているんだ。貴様が我欲を捨てられなかった時点で、貴様の理想郷は崩壊した」

 

 世界に覚悟を強いるならばプッチはその世界に存在してはならない。プッチが『新たな世界を創り出す運命』を抱えた時点で、プッチの世界は永遠に加速して再構築し続ける世界となる。プッチの理想は、初めから詰んでいたのだ。

 

「「ここで今。絶対に消えなくてはならない」」

 

 再度重なった言葉は正反対の顔をしていたとプッチは頑なに信じた。スタンドにより作られた入り口は数センチの幅程度の細い隙間で、顔を覗くのは不可能だった。

 

「二巡目のプッチは貴様が捨てた『因縁』により死んだ。『運命』を変えるには力がいる。既に死ぬ運命の貴様が常に変えなければならないのは─自らの『運命』」

 

 明らかな罠である。プッチにはエンポリオ達を投げ捨てて逃げる道が存在した。しかし、その選択はプッチが望まない未知への覚悟を強いる道だった。プッチの精神が限界へ向かう。全身の痛みが余裕を減らし、新世界で上手くいかない事実が破綻を招いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。他人の運命を変更するには、貴様の魂はあまりにも器が足りない」

 

 プッチは能力を全開にして階段を飛び降りた。一瞬でも早く自らを傷つける存在を誅伐しようと怒り任せに突貫した。逃げるために他人を害する。それがプッチの本質であり、憐れな本性だった。音速を超え、光速に近い速度を発揮する前に、敵に見せしめとして伝わるように叫んだ行為が、その現れだった。

 

「やめろォオオオ!知った風な口をきいてんじゃあないぞオオオオオ!このちっぽけな」

 

時が吹き飛ばされる。

 

「あぁぁ─!!」

 

 重い肉質な音が部屋の中にふたつ響いた。

 

 気が付けば、部屋の中にいたエンポリオと坊主頭の中年の男がプッチを見下ろしていた。不敬さに怒りを再燃したプッチは能力を振り絞ったが、身体はぴくりとも動かない。プッチは頭と胴体が数十センチ離れたように感じた。

 

「トドメは不要だが─やるべき事か」

「はい。ぼくはぼく自身のために─決着を付ける」

 

 目の前にいるエンポリオが男の勧めを否定して拳銃をプッチへ向けた。プッチは何かを叫ぼうと口を動かしたが、そこから音は出ることはない。エンポリオの冷たい視線だけが、プッチを恐慌へ導いていた。

 

 弾丸が眉間から脳幹を貫いた。既に首下から切断されていたプッチの頭部がくるくると部屋を汚していった。世界は崩壊することなく、エンポリオは一筋の涙を静かに流した。

 

「名を聞こう、勇敢な少年よ」

 

 未来を知る男はエンポリオに問いかけた。

 

「エンポリオ」

 

 新たな世界に踏み入ったエンポリオは、覚悟を秘めた瞳でその男を─ディアボロを見つめた。どんな苦難も覚悟を持って乗り越えられる、黄金の意思を受け継いだ、素晴らしい顔つきだった。

 

「ぼくの名前は─エンポリオです」




完結です。
今までありがとうございました。
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