オルクセン王国国有鉄道 ~鉄道員(ぽっぽや)物語   作:M☆E☆T☆A

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乗務前点呼

 オルクセン王国東南部のパラストブルク州とその西隣のペアグルンド州は、石炭と鉄鉱石を中心に各種鉱山の多い資源地帯である。

 

 星暦八七六年の初め。春を迎えても未だあちこちに雪が残るアスカニア~オスタリッチ国境沿いの山岳地帯。

それに沿って、王国内を東西に結ぶ国有鉄道南部本線の途中に、シルトローテンベルグという街がある。

 ここは両州を結ぶ鉄道の結節点であり、山越えを控えた機関区と、操車場、更に軍の兵站集積所も備えた鉄道の街でもある。そのシルトローテンベルグ機関区に付随する運転所の点呼室に出頭したクルトとペーターは、いずれもオーク族のベテラン機関士だ。

 

「敬礼。六一〇列車、乗務点呼願います。正機関士クルト、体調等異状ありません」

「副機関士ペーター、同じく体調等異状ありません」

 

 オルクセン国有鉄道の乗務員に、機関助手は少なくない。だが魔種族の特徴として、出生率が低いため新人の割合が低く、また長命種故に熟練機関士も増えるため、列車本数が多くない路線では、正副機関士による勤務体制が組まれることもあるのだ。

 その機関士二人への点呼執行は、当直運転助役コボルト族シェパード種のヴァルターの役目。

 

「点呼、まず重要連絡事項。六一〇列車だが、駅からの連絡によると換算二十六(牽引重量二六〇トン)になるが、あいにく罐(機関車)が無くてな。本務機だけの運行でやってもらうことになる」

 

 六一〇列車とは、パラストブルク州のザルツストランド炭鉱から、南部本線を経由して、ペアグルンド州のドラッヘンブルーム操車場へ向かう貨物列車のこと。積荷はすべてこの炭鉱で採掘された石炭、すなわち石炭専用列車なのだ。

 これより六一〇列車が行く南部本線はここ、シルトローテンベルグから西へ山越えとなり、中でもブックスボイムまでの途中、ヘルム峠を越える区間は千分の二十五という勾配が続く難所である。この峠越え区間は通常、牽引重量二五〇トンを超える列車には、後押しする補助機関車が付いて重連運転となるのだが、今日はそれに充当するはずの機関車が無く、補機が付けられないという。

 

「そうですな…雪の心配はなさそうだ」

 

ちらり、と横目で点呼室の窓の外を見やる正機関士を務めるクルト。

 

「…まあ、天気が大丈夫なら、後は罐次第ですかね」

 

副機関士を務める相棒、ペーターは、これは貸しだぞ?と言わんばかりの顔つきである。

 

「罐は七号型三式をあててある。その点は大丈夫だ」

 

わかっていると言わんばかりに、ヴァルターは答えた。

 

 七号型三式機関車とは、オルクセン国有鉄道の輓馬とも言われる汎用機、七号型機関車を、勾配線区の重量列車用に改造増備した形式である。

 七号型の台枠をそのままに先輪を付け、輪配置を二-八-〇とした。そうすることで、やや大きくした火室とより高圧に耐えうるボイラーが搭載出来、蒸気圧を一四キログラムフォースまで上げることで、牽引力を増すことに成功した。もちろん機関車全体の重量も増えたが、車軸数も増えたため、軸重負担は従来機よりも一割以上軽減された。その結果、線路状態の良くないB線区でも重量列車の運行が可能になったのだ。

 

「なら、なんとかやってみます」とクルト。

「しかし、罐が無いとはいったいどうしたんです?」とペーターがヴァルターに問う。

「三日前の六一列車でヴィルトシュヴァインへ行った罐が、向こうで軍の臨時列車に引き抜かれてな。そのせいで、しばらく戻って来れぬのだ…」

 言い淀みかけたヴァルターが、すっ、と顔を二人の方へ寄せて声を潜ませた。

 

「…なんでもエルフィンドから闇エルフ共が大勢逃げて来たらしい」

「闇エルフが?」

「大勢?逃げて来た?」

 

 クルトもペーターも、そしてヴァルターもデュートネ戦争には従軍したが、それ以前のエルフィンドとの戦いは未経験である。それでも父祖から聞かされてきた、「先王の物語」は今も魔種族の誇りであり、「我らが王」を討死にせしめたエルフィンドは彼ら臣民にとっては王の仇。それを放置しておくことは、いささか国民感情的に許しがたいものがあるのもまた事実。ましてやここは国軍の兵站を担う鉄道なのだ。一旦事あらば彼ら鉄道員は軍属、もしくは後備兵として軍に召集される可能性が高い。常に軍事輸送の最前線に置かれる故、そこから立ち上る「戦の匂い」には敏感にならざるを得ないのである。

 

「まあとにかく、これはココだけの話に留めておいてだな。それもあって、フラッハシュロス到着後の折り返し乗務に変更が発生した。四五列車が運休となり、戻り乗務は六一三列車に割り当てられた。五時間ほど向こうで待機となるが、しっかり休憩を取って、くれぐれも万全の体調で望むようお願いする」

念を押すように、ヴァルターはクルトにそう告げるのだった。

 

「戻り乗務変更、承知しました。……にしても相変わらず管理局もいきなりですな」

「まあ事情は分からんでもないが、しわ寄せが来るのは現場のこっち側だしな」

「……臨時輸送は結構だが、偶には色々とやりくりする方の身にもなってほしいものだと機関区長もぼやいておってなあ」

 

 オルクセンでは、鉄道も軍事機構の一組織であるがために、軍の命令はもちろん、参謀本部鉄道部からの急な要請を受けて、変更を伝えてくる管理局からの通達、連絡も度々である。もちろん頭で理解はしているものの、気持ち、感情というのはまた別のモノである。その都度対応に振り回されるのも現場なのだ。故にこうして愚痴の一つも言いたくもなるというもの。

 

「…では時計の整正、ただいま九時四〇分三五秒」

「はい、九時四〇分三五秒、時計の整正よし。それでは本日も無事故でお願いする。点呼終わり」

 

クルトとペーターはサッと敬礼をし、無帽のヴァルターは軽く礼をして点呼は終わりである。

 

 

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