オルクセン王国国有鉄道 ~鉄道員(ぽっぽや)物語   作:M☆E☆T☆A

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発車

 シルトローテンベルグは、ランゲンフェルト州からアスカニアとの国境となる山脈の麓に沿って、パラストブルク州とを結ぶ南部本線の中途にあり、ここから更に南東方面、オスタリッチとの国境へ向かう支線が分岐する鉄道の要衝である。元はデュートネ戦争時に、オルクセン国内最大の会戦にして「諸種族の戦い」とも称される一大激戦の勝利を支えた兵站集積地だった。

 駅の施設は、やや小振りではあるものの高い天窓を持つ瀟洒にして品のある待合ホールを備えた駅舎。その南側に直結する優等列車用単式ホーム一面一線に、跨線橋で結ばれた各方面発着線用島式ホーム二面四線を持つ。

 またホームの無い中線に加え、貨物側線に貨車引上線、留置線、待機線など多くの側線を備え、更に西側には機関区、操車場、保線区、車掌区、国軍の兵站集積所をも併設した広大な敷地を持つ基幹管理駅で、勤務する国鉄職員、国軍関係者だけでも千近くに上る。

 

 ザルツストランド炭鉱を出た六一〇列車は、旅客ホームを通過してその先、シルトローテンベルグ操車場貨物発着線へと入線し、当直助役ヴァルターの通達通り峠越えに備えて機関車を交換する。ここまで列車を牽引していた州都近郊、ライスタル機関区に所属する七号型機関車は、ここで小休止の後、兵站集積所に待機する補給列車用客貨車を連ね南部軍兵站管理駅へ向かう七一五列車の牽引に充てられる。

 機関区へと引き上げる機関車が、軽く汽笛を鳴らして貨車列から離れ、引上げ線へと遠ざかっていった。一方でこの後を引き継ぐクルトらが運転する機関車は既に点検、出庫を終え、隣の機回し線上で待機中である。

 ほどなくして機回し線先の入換信号機が、その腕木を斜めに上げて進行を表示した。

 オルクセン国鉄は右側通行なれば、各蒸気機関車は右側に運転台がある。その運転台窓から顔を出して、前方の入換信号機を見つめていたクルトが相棒に声を掛けた。

 

「よし、行くか」

「おう、いつでもいいぞ」

 

 と、ペーターの心強い返答。

 

 クルトは汽笛レバーを引いて、角笛の様な響きを長く緩く鳴らす。単式ブレーキ弁を緩め、逆転ハンドルを前進位置一杯に回し、ドレン排水弁レバーを開くと正面左側にある加減弁を軽く押し込んだ。シリンダー圧力計の針が目盛二つを超す頃には、ピストンから盛大に蒸気を吹き出しながら、黒鉄の塊はゆっくりと前へと進み始める。

 頃合いを見て排水弁を閉じると今度はバイパス弁レバーを開き、加減弁を元の位置へと引き戻す。速度計の針が構内制限速度を越えぬよう、力行と惰行とを切り替えながらゆるゆると機関車が進んでいく。

 先頭のステップに乗るコボルト族の操車係が前後に振る、せわしない手旗の動きに合わせるよう機関車は信号表示に従い引上げ線へと入っていく。じきに停止表示板が見えた所で制動をかけて停車。すかさず操車係は後ろの炭水車へと向かい、再び連結部のステップに足を掛け、構内信号取扱所との間で安全確認の為の魔術通信を行う。確認が取れた所で、操車係が手旗を掲げ、入換信号の切替を待つ。

 

 すぐに引上げ線用入換信号機がその腕木を真横から斜め上へと上げた。クルトは短く汽笛を鳴らすと操車係が振る手旗に合わせ、今度は機関車を後退させていく。分岐器を渡る際の横揺れを気に留めることもなく、後方ステップに立つ操車係からは視界を外さない。機関室の真ん中では、相棒のペーターがブロワーバルブの調節や水面計を見つつ、焚口から火室内の様子を見、石炭を投げ入れる。

 やがて列車の先端がある程度の距離まで近づくと、操車係の旗が、今度は上下に振られ始めた。ブレーキを調節して更に速度を落とす。

 貨車列が迫るに従い、その距離に合わせて操車係の旗の振りも小さくなっていく。クルトはブレーキ弁を締めて機関車の歩みを更に落とし、旗の動きが止まったのを見計らうように歩みを止めた。と、その瞬間に炭水車の後方、緩衝器(バッファー)から伝わってくるのは重い金属音に貨車列を軽く押し込むような衝撃。どうだとばかりに相棒へ目をやれば、そこにはニンマリとして親指を立てて見せるペーターの姿があった。

 車列横で待機していた連結係が、連結器のリンクを掛けてターンバックルを締めていく。後はブレーキ配管を繋げば、それで六一〇列車ドラッヘンブルーム行の仕立てが完了する。

 

 オーク族の中でも些か厳つい顔をした運転係助役が、「鉄道員(ぽっぽや)オークの首飾り」とも揶揄される「皮を巻かれた大きな弦輪がついた、蓋付ポケットの形状をした革鞄」を持って機関車の傍らへとやってきた。これから本線を進むにあたり、隣駅ヒルシュミットグロッケ間の閉塞を示す通票(タブレット)が入った通票鞄だ。些細な所まで口煩いと評判の助役が、それを運転台の真下からずいっとクルトの方へ輪を突き出すなり、つっけんどんな口ぶりで言った。

 

 「おい、ヒルシュミットグロッケの通票だ。確認しとけ」

 

 機関士仲間の内では気難し屋と呼ばれる運転係助役に、今日はこいつかよとげんなりし、また普段と変わらぬ態度に、いささか辟易した内心を表に出さぬよう表情を繕いつつ、黙って受け取り確認、呼称する。

 

 「ヒルシュミットグロッケ、通票、マル確認」

 「ヒルシュミットグロッケ、通票、マル」

 

 ペーターの複唱もクルト同様に無表情だ。

 受け取った通票鞄の正面に開いた窓には、真鍮製の丸い「金属板(タブレット)」が見えており、その中心に「丸い穴」が穿たれている。一方、運転台の正面に掲げられた運行時刻票には、各駅の発車到着時刻の他に、様々な表記や注意事項が書かれており、各駅間の通票表示もその一つ。

 

シルトローテンベルグ

 ● 

ヒルシュミットグロッケ

 ■ 

ヘルム

 ▲ 

 

のように、上から順に並んだ駅名の行間には数種類の通票表示のうちどれか一つが記されており、その記載された図形と通票鞄のタブレットの穴の形状が同一か否かを確認する。この指定されたタブレット通票を出された列車のみがこの駅間を運行でき、それ以外の列車はこの区間に進入できない決まりであり、これにより列車の衝突を防ぐのだ。これを閉塞といい、オルクセン国鉄で一般に採用されている「通票閉塞」という安全運行のための信号保安方式である。かつてこの閉塞方式が導入された頃には、通票鞄を受け取り損ね「二度と忘れないよう、弦輪を首から掛け、通票がよく見えるよう胸元へ下げられた」機関士の逸話が「ぽっぽやオークの首飾り」と呼ばれる由来でもあるのだ。

 

 これから始まる「本務機だけの峠越え」という難しい仕事を前に、いささかげんなりした気分にさせられて、なんだかなあとなるクルトたちだが、それでも時間は過ぎてダイヤグラム通りの発車時間が近づいてくる。次のヒルシュミットグロッケまでの閉塞は既に完了しているので、既に構内信号機、場内出発信号機は共に進行を現示している。列車の傍らで、何を考えているのか、手にした懐中時計をじっと見つめたまま発車時間を待つ助役との間にはこれと言って会話も無く、気まずい時間だけが過ぎてきたが、それもようやく終わりだ。

 

 「時間だ…」

 

 短い言葉と共に、発車を指示する旗をさっと上へ掲げた助役がクルトへと顔を向ける。厳つい顔は相変わらずで、手を振るのも厭わしく思ったクルトはそれを無視することにした。

 が、ぼそりと発した声が耳に届く。

 

 「…頼んだぜ」

 

 返事をする代わりに、いつもより余分に汽笛を鳴らすことで答えることにした。

 

 「出発信号表示、進行。発車!」

 「出発信号表示、進行。発車!」

 

 復唱するペーターの声と同時に、加減弁をゆっくりと押していく。

 鉄道車両というのは、その構造上、車輪が回りだす瞬間が一番負荷が掛かる。重量貨物列車は貨車を一両ずつ引き出してやらないと、動輪が空転し列車全体の動揺につながりかねない。そうなればスムーズな発車が出来ず、旅客列車なら乗り心地も悪くなる。コツは機関車を連結した際に出来た僅かな緩衝器の圧縮を利用して、各車両の車輪が回りだすタイミングを少しづつずらしてやること。ホイジンガー弁を備えた機関車なら、その微妙な操作も十分に可能なのだ。繊細な牝のように扱うことが出来る機関車は、繊細な牝のような反応を返してくれる。

 

 「まあ、ちったぁ俺らの腕を見とけってこったな」

 

 後方から響く貨車の連続した衝撃を感じながら、そう独り言ちるクルト。

 

 機関車が吐く黒煙が長く尾を引き、その下を左右にうねりながら本線へと続く渡り線の分岐を越えていく六一〇列車。

 その最後尾に連結された緩急車(ブレーキ車)の赤い後部標識を、今も線路際に佇む運転係助役は独り見やっていた。

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