悪役令嬢ハーレム 〜乙女ゲームの負け役"正ヒロイン"に転生した俺は、死なないために悪役令嬢たちを堕としにいく〜 作:椿乃朱華
レイナさんが出て行った練習室は、花が抜かれた花瓶のように、物寂しさを感じさせてしまう。
それだけ、彼女には存在感があるということですわね。
明るく、尽くしてくれそうな雰囲気の、立場が危うい女の子。
守ってあげたくなるだけでなく、献身して貰いたくもなるような、そんな雰囲気をまとっている。
だからミリアルド様も、彼女に惹かれているのでしょうか?
最近、私にあまり構ってくれず、レイナさんばかり見るようになったミリアルド様。
長年見てきたから分かることもあって、彼のお心が、私から離れて行っているのが感じとれてしまいます。
それでも、と奮起して、から回って……焦っていたところに、こたびの告白。
女同士であるというのに、本気だとわかる彼女の態度は、私の心を大変かき乱していきました。
曰く、予知夢での私に惚れたとのことですが……それは私であって、私ではありません。
今の私とは、程遠いはずです。
ここに生きる私は、嫉妬深く、嫌味で、わがままな女。
こんな女のどこに惹かれたのかは存じ上げませんが……似て非なる私に惚れたというのならば、説明がつきます。
ありがたくもあり、迷惑でもあって、まるで今の私を否定されているような気さえしてしまいました。
果たして、レイナさんが好きなのは、どこのどなたなのでしょう?
少なくとも、ここにいる私ではございません。
憧れという幻に目を焼かれ、いない者に恋をしている。
私には、彼女がそう見えてしまうのです。
唯一の救いは、本人にミリアルド様を横取りする気がないということでしょうね。
その気があったならば、とっくに取られていたと思いますし。
本人が無自覚というのも、タチが悪いことではございますが。
こんなことなら、
『もしかして、迷い始めているわけじゃないでしょうね?』
私の中から聞こえる声。
最近になって、私の身体に相乗りするようになった、異質な存在。
「目的は変わりません。ですが、あなたに手を貸すつもりもないと言ったでしょう。勝手に入り込んで来て、いつもやかましいですわね」
それもこれも、私の心が弱かったせい。
隙を突かれて、寄生されてしまった。
とても厄介な存在に。
『いやねぇ。私はあなたの味方よ。……でもぉ、あの小娘はちょっと目障りね。早く排除したいのだけれど、どうにかならない?』
「あなたの思い通りにはいきませんわ。私の中で、指を咥えて見ていてくださいまし」
『あなたの心が折れる日が待ち遠しいわねぇ。いつになるかしら?』
「そんな日は永遠に来ませんわ。せいぜい私の中で、無駄な時間をお過ごしくださいませ」
正直に言えば、最近は危なかったのですけれど。
レイナさんの告白を聞けて、少しだけ持ち直せましたわ。
私に対する敵意はなく、ただ親愛があるのみだと知れて。
彼女が見ているのは私を通した誰かだとしても、その好意だけは本物。
ミリアルド様のことなど、眼中にないご様子でした。
そんな方に、醜い嫉妬を向けていたのは恥じるばかりですが、ミリアルド様を取られるかもしれないと思ったのも事実。
だからこうして、邪な存在の甘言に耳を傾けてしまったのですから。
この事実が明るみになれば、死罪は免れません。
良くて私だけ。最悪、一族郎党皆殺し。
お父様とお母様に迷惑をかける訳にもいきませんから、この事実は墓場まで持っていかなければ。
……この厄介な存在が、私から興味を失ってくれたら、話は早いのですけれど。
『その強がりもいつまで続くか見ものだわ。しばらくは楽しめそうね』
……それは難しいというのもわかっております。
私にできるのは、折れず、屈せず、自身を貫くのみ。
レイナさんが褒めてくださった、あり得る私を体現すれば、自ずとこの災いは過ぎるはずです。
なにせ私は、どんな絶望的な状況でも挫けないそうですから。
私自身も、そうであれたら、と思います。
そのためには、ミリアルド様を振り向かせるという目的を、速やかにこなさねばなりません。
いつまでも、手をこまねいている訳にもいきませんから。
「あいにく、ご期待に添えないと思いますわ。退屈させることになると思いますので、そこは少し申し訳ないですわね」
『その虚勢がいつまで続くか楽しみだわぁ。……そうだ。いいことを思いついたわぁ。あなたたちの努力を無駄にしてあげる。そうすれば、少しは動揺するかしら?」
「なにをなさるおつもりですか?」
この存在が何を考えているかは分からないですし、分かりたくもないですわ。
けれども、とても嫌な予感がするのだけは事実。
何も起きない、というのは望めないのでしょうね。
『それは当日になってからのお楽しみよぉ』
それだけ告げて、彼女の反応が途絶えた。
どうあっても教えるつもりはないということですわね。
せめて、何を企んでいるか分かれば、対処のしようもあったのですけれど。
あの程度の情報では、わかることは多くありません。
あなたたちの努力を台無し、というからにはダンス練習のことを指しているのは分かるのですが……その手段まではわかりません。
レイナさんは怪我をしていたので、さらに大きな怪我をさせるか、はたまた当日に欠席させるようなことを起こすか。
いずれにせよ、予測で動くことしかできず、後手となってしまいます。
それから、何も起きないまま日々が過ぎ。
事が起こったのは、ダンスパーティー当日のことでした。