年末のカウントダウンライブでAZKiとやるはずだったシャッフルメドレーが中止になり、いろはは彼女の衣装を返しに行くが…?
~2024年12月~
「はあ…今年はシャッフルメドレーできなかったなあ」
そう呟きながら、いろははAZKiの衣装が入ったバッグを片手に事務所に向かっていた。
─今年の年末にまたシャッフルメドレーがあるらしいから、一緒にやろうね。そうだ、お互いの衣装に慣れるために、今から借り合いっこしようよ。
AZKiがそう提案して、二人はそれぞれ予備の衣装をお互いに預けあっていたのだった。
ところが、予想外の会社の事情によりシャッフルメドレーは中止となり、その代わりにユニットごとにオリジナル曲を歌う企画が新たに組まれ、いろははそれに参加することになった。
そんなわけで、借りていた衣装を実際に使う機会は得られず、今日会うことになっているAZKiに返すつもりで、ホロライブの事務所に持ってきたのだった。
(残念だけど、こればかりは仕方ないでござるな…)
そうして事務所のフロアに着いたエレベータの扉が開くと、そこには見慣れたAZKiの後ろ姿があった。
「あずきち!」
「あっ、いろは!」
いろはのよく知る、天使のような微笑みを浮かべたAZKiが振り返る。
大先輩でありながら、全く気兼ねすることなく話せる人。そんなAZKiは、引っ込み思案ないろはにとっては特別な存在の一人だった。
「あずきち、借りてた衣装持ってきたよ」
「衣装?」
「うん。ほら、この間シャッフルメドレーの話をした時に借りた…」
そう言って、いろははAZKiの4th衣装をバッグから取り出した。オフホワイトと薄いピンク、ブラックとシャンパンゴールドが配された、上品かつ清楚で、とてもエレガントなAZKiらしい衣装だ。
しかし、AZKiからの返事は意外なものだった。
「あ、そのことなんだけど。いろはちゃん、その服しばらく持っててくれない?」
「えっ? でも、替えがないと不便じゃ…」
「同じ衣装はまだ何着もあるから。それにね」
そう言って、AZKiはいろはの手を取ると、
「今回はシャッフルができなくて残念だったけど、また次の機会があるかもしれないでしょ? フェスだってあるし、ひょっとしたら、私達どっちかの生誕ライブの時とかに披露できるかもしれないし!」
と、輝くような笑顔を浮かべて言った。
「普段からお互いの衣装をたまに着てもっと慣れておけば、本番でもっと良いパフォーマンスができると思うの。だから、衣装は借り合いっこしたままにしておかない? 私もいろはちゃんの衣装、良かったらそのまま借りておきたいな」
「あずきち…」
自分と一緒にステージに上がることを楽しみにしてくれているのが嬉しくて、胸にこみ上げるものを感じる。
「そ、そこまで言ってくれるなら…風真の衣装も、あずきちに預けておくね!」
「良かったぁ! ありがとね、いろはちゃん」
まだまだAZKiの背中を追いかけている未熟な自分を、同じステージに立つ仲間と認めてくれることが、いろはには何よりも嬉しかった。
「ところで、いろはちゃん」
「? 何でござるか?」
唐突に、AZKiが顔を近づけてきた。
「AZKiの衣装の着心地は、どうだったのかなぁ…?」
「きご…こち?」
「もう着てくれたんでしょ? AZKiの衣装」
そう言われて、家でAZKiの衣装を試着した時の事を思い出した。
彼女が普段身にまとっている衣装は、見た目だけでなく肌触りもとても心地良かった。
シルクのような肌触りは、まるで肌を伝って流れる清水の流れのように、とても柔らかで心地がいい。
恐らく、一流どころの仕立て屋さんで、一流の素材を使って仕立てているのだろう。
彼女の衣装を身に着けて軽く歌ってみると、彼女が自分に乗り移ったかのように美しく歌えている気がして、不思議な高揚感を感じた。
そして、何よりも…
(あずきちの、匂いがする……)
いろはの鋭敏な嗅覚が、その衣装の持ち主特有の、仄かに薫る甘い香りを嗅ぎ分けた。
几帳面な性格のAZKiだから事前に洗濯はされているはずだが、それでも感じることができた。いつもAZKiと親しく触れ合っているいろはだからこそ気づく、他の人とは違う、花のように香る優しい匂い。
その香りに包まれていると、まるで、AZKi本人に後ろから身体を優しく抱きしめられているかのようで──はっと我に返った時には、もっとその香りを嗅ごうと、衣装の布地に思い切り顔を埋めてしまっていた。
「〜〜〜!?!?」
急に自分のしていることが恥ずかしくなり、慌てて衣装を脱いで綺麗にハンガーに掛けてクローゼットに収めると、それ以降は今日まで一回もその衣装を着ていない。
そのことを思い出して、急激に顔が上気して顔が真っ赤になるのが自分でもよく分かった。
「い、いや、なんというかその〜、大変結構なお点前と言いますかなんというか〜!!」
「え~?何それ~? いろはちゃん、私の衣装で何かしたの~?」
AZKiはいろはの顔を下から覗き込むように、くすくすと笑っている。
「ひょっとして…私の衣装の匂いを嗅いだりした…とか?」
「え!? あ…あう…」
まるで、こっちは全部お見通しだよ、と言われているようでドキドキする。
いつもは心優しいAZKiだが、いろはをからかって反応を楽しむのが好きな、いたずらっぽい一面もあるのだ。
なんで服の匂いを嗅いでしまったことがバレているのだろうか。単なる当てずっぽうで、たまたま図星に当たっただけなのかな?
まったく分からない。急に、先程までの天使のような笑顔が、小悪魔のように見えてきた。
(うぅ…こうなるとあずきちのペースなんでござるよなぁ…)
ああ、いつもからかわれてばかりだし、たまには風真もあずきちをからかい返せたらいいのに…。
(…あっ)
その時、いろはの灰色の脳細胞が、思わぬ反撃の糸口を掴んだ。
「……てこと」
「えっ?」
「そんな風に言うってことは…あずきちも、風真の服の匂い…嗅いだりしたってこと?」
「…え」
ぽかんとしていたAZKiの顔に、ぽっと紅が差したのが見て取れた。それを見て、いろはは心の中でニヤリとする。
「いや…そんな、こと…」
思った通りだった。里にいたころ、お婆ちゃんに悪口は自己紹介なんだと教えられたことがある。
自分に後ろめたいことがある人は、ついつい同じことで他人を責めてしまうものだと。AZKiの場合は別に悪口ではないけれど、自分も同じことをしたから、そんな風に言ったのではないかと思ったのだ。
そして、ここからがいろはのさらなる反撃の始まりだった。
「ほ、本当に嗅いだんでござるな…あずきちはお淑やかで、清楚で、風真の憧れのお姫様のような人だったのに…そんな事してたなんて、ガ、ガッカリでござる…」
「あ、あうう…」
顔を赤らめたAZKiの手を握ったまま、いろはは強気に彼女を壁際に追い詰めた。
「…ま、まあ、それは別に、い、いいでござるが…? それより、あずきちのこの衣装…」
「え…?」
「この衣装、あ、あずきちの匂いがすごくて…ビックリしちゃった。もしかして、洗ってない、とか…?」
「~~~!?!? そ、そんな事ないよっ!?」
一転攻勢。面白いくらいAZKiの顔が真っ赤になった。
「そ、その服はちゃんとお洗濯してから渡したはず…えっ!? まさか私、身体の匂いが…!? ウソウソ、ウソだよねっ!?」
そう言って、AZKiは自分の服や衣装の匂いを交互に嗅ぎなおしている。
(やったぜ……)
反撃成功。
いろはがとっさに思いついた反撃とは、思い切って普段言わないような事をドストレートに言って、AZKiを恥ずかしがらせることだった。
どうせ衣装の匂いを嗅いだ事はバレてしまっている(多分)のだから、逆にすごい匂いがしたなどと言えば、お淑やかなAZKiなら確実に恥ずかしがると思ったのだ。
それに、あずきちだってホロライブでは、普段はどちらかといえばマリン先輩やおかゆ先輩のような癖の強いメンバー達にからかわれている側なのだ。ならば、全体的な強さでいえば風真とそれほど大差ないはず!
(どうだ、見たかあずきち…!正直、こっちも物凄く恥ずかしいけど…たまには風真だって、あずきちをからかいたいんだ…!)
とはいえ、あまり長いこと本気で照れているAZKiを見ていると気が咎めてしまいそうだったので、そろそろネタばらしをすることにした。
「冗談でござるよ、あずきち。全部冗談」
「え…」
一瞬ポカンとしたAZKiが、顔を真っ赤にしたまま、ポカポカといろはを叩く。
「も、もう! いろはちゃんのバカ!」
「ヘヘ…びっくりしたでござるか?」
いつもしてやられているAZKiを今は自分が手のひらで転がしていると思うと物凄く気持ちがいい。今日は枕を高くして眠る事が出来そうでござるな、といろはは思った。
「…いろはちゃん」
そんな風に達成感に浸っていると、いつの間にかAZKiの顔に、黒い笑顔が浮かんでいることに気がついた。
「え?」
「…明日、いろはちゃんの他の衣装も持って、スタジオに来て。明日からシャッフルの構成を見直して、また練習しよ?」
「ふぇ? あ、明日でござるか?別にいいけど、さすがに気が早すぎるんじゃ…」
「いいから。スタジャンと魔法少女と、あと制服の衣装も持ってきてね。いい?」
「は、はい…」
何やら嫌な予感がしたが、AZKiの不思議な圧を前にしては、断れそうになかった。
~翌日~
「あ、あの…あずきち、これは一体どういう…」
次の日。練習用に貸し切りにしたスタジオの中で、いろはの前に、彼女のストリート衣装を身に纏ったAZKiがいた。
「えへへ。どう、似合うかな!?」
自分の衣装ながら、シャツとハーフパンツの隙間からのぞくお腹と、太ももがとても眩しい。
「た…大変その、よくお似合いで…その、スバラシイデス…って、そうじゃなくってっ! こ、この、この衣装は一体!?」
いろはは、震える手で自分が今身に着けている衣装を指さした。
「あれ? いろはちゃん、その衣装見たことなかったっけ? AZKiの2nd衣装だよ?」
「いや、それは知ってるけど…!」
そう。いろはが今身に着けているのは紛れもなく、AZKiがかつて纏っていた、あの2nd衣装だった。
この衣装の特徴は、なんといってもピンクのワンピースである。このワンピースはビニールに似た半透明の素材で作られていて、その下の黒のブラやハーフパンツ、そして素肌が完全に透けて見えてしまっている。
上からダボッとした黒のコートを着用するとはいえ、今のAZKiの衣装からは想像もつかない、正直に言ってかなりセクシーな仕上がりの衣装だった。
「ほら、ちゃんと背筋を伸ばして立って。手は後ろに。うん、よく似合ってるよ♪」
そう言って、AZKiはスマートフォンでパシャパシャと写真を撮る。
「う、ううう…」
何を着るのか全く聞かされず、いいからいいからと衣装を手渡されてとりあえず着てみたら、これだった。
あまり露出の多い衣装に慣れていないいろはにとっては、これを着てパフォーマンスをしろというのはなかなかにハードルの高い要求だった。
「どうしたの、いろはちゃん? 顔が真っ赤だよ?」
「い、いや…その…なんだか露出が多いような気が…」
「そうかなあ? ホロライブサマーの水着衣装もこれくらいだったと思うけど…?」
「でも…正直通常衣装でこれはちょっと恥ずかしいというか…」
「恥ずかしい…?」
一瞬、AZKiの笑顔が凍り付いたように見えた。
「…そっか。AZKiの衣装、恥ずかしいんだ。ごめんね、そんな恥ずかしい衣装着せて…。そうだよね、他のみんなの衣装と違って、露出も多めだし、雰囲気もアイドルっぽくないよね…?」
「エ…」
「でも、残念だな…。いろはちゃんなら、分かってくれるって思ったのに。昔はこれでも結構大変だったんだよ? 注目を集めるために色んな事に挑戦して、私だってそりゃちょっと恥ずかしかったけど…でもあのころはいつもみんな必死で、自分に何ができるかって…」
目を伏せて悲しそうに切々と語るAZKiに、いろはは大慌てで訂正する。
「ちっ、違うでござる!恥ずかしいというのは言葉の綾でっ!!た、確かに露出はちょっと多いけど、それは風真が慣れてないから恥ずかしいという意味で!決してあずきちの衣装が変とかおかしいとか、そういうわけでは~!!」
「そう? なら良かった! この衣装でね、いろはちゃんに私の『猫ならばいける』を歌ってほしいの。リリースした時は、この2nd衣装だったから!」
「は…はぁ…」
途端にぱあっと明るく話し出すAZKi。
絶対嘘泣きでござる…と思ったが、ここまで来るともういろはにはAZKiを止められなかった。
「それでね。できれば衣装ごとに1曲ずつ、全部で4曲は歌いたいと思ってて! AZKiはこの衣装でいろはちゃんの『夢嵐』と、制服衣装で『ハードモード』も歌いたいんだけど、いろはちゃんには『フェリシア』か『Fake.Fake.Fake』も歌ってほしいの。だから、こっちも着てもらわないとね!」
「へ…?」
そう言って手渡されたのは、紛れもなく、AZKiがデビューした当時に着用していた最初の衣装…1st衣装だった。
「さっ、衣装の様子を見たいから、早く着替えて!ここには私達しかいないから、恥ずかしがらなくて大丈夫だし!」
「え、え!? ちょ、ちょっと待、いくらあずきちでもそれは恥ずかし、~~~~っっ!?」
そう言うや否や、いろはは抵抗する間もなくAZKiに2nd衣装を脱がされ、1st衣装に着替えさせられてしまう。
1st衣装は、立体的に造形された真紅の布地が首元から身体に巻き付くように伸び、腰から膝下までを螺旋状に半分覆うという非常に前衛的な形状をしていた。AZKiの一筋縄ではいかなかったこれまでの活動の歴史を、ありありと物語っているかのようだ。
そして、これも2nd衣装にも負けず劣らず…いや、それ以上に露出が多かったりする。
「わあ、いろはちゃん、やっぱりこっちも似合う! それにほら、この襟元のところ、見て。この衣装には和風のテイストも盛り込んであるから、いろはちゃんには絶対似合うと思ってた!」
「う…うう…もう、お嫁に行けないでござる…せめて3rd衣装にして~~っ!!」
「3rd衣装も後から着てもらうよ♪」
あずきちには、やっぱりまだ敵わないみたいでござる…。
そう思いながら、いろははAZKiと二人で、秘密のシャッフルメドレーの練習をしたのだった。
それが発表されるのはいつの日か? 二人以外は、まだ誰も知らない。