砲撃陣地と化した通路を抜けた
ディオニュソス。第1次侵攻で送還されたはずの神の名を彼女が告げたものの、当のエニュオはケープもローブも取らずに両手を軽く広げて肩をすくめる。
まるで『何の脈絡もない解答は無効』と言いたげな仕草にロキは少しだけイラッとくるが、『それなら』と用意してきた答えを話し出す。
エニュオは表と裏の顔を使い分け、日常と非日常を渡い歩いていたこと。その『非日常』を本格的に始動させたのは、今から遡って
次々と答えを語っていくが、未だにエニュオは正体を晒さない。それどころか、『続けろ』と言わんばかりに体を揺らしていた。
「まだ足らんか。なら、とっておきの答えをぶつけるしかないなぁ」
そう言ったロキは空中とディアンケヒトがもって来た瓶を交互に指差す。緑肉が放つ腐臭の他に脳髄さえも蕩けそうな芳醇な香りを吸い込みつつ、『ペニアをスケープ・ゴートにしたやろ』と結論付けた。
第1次侵攻の直近で姿を消した神は4柱。その中でロキが見たのはタナトスのみで、ディオニュソスはいつの間にかはぐれた先で送還されていた。
本来であれば
──他の人の認識を捻じ曲げることが出来るのは、魅了だけじゃない!
そこでロキは『
神々を酔わせる
これらすべて、
ここまでくると、エニュオも観念──否、正体を明かす気になったのだろう。ケープを取る仕草をしていると、今まで不快そうに袖を口元に寄せていたディアンケヒトが口を挟んできた。
「だが、誤算もあった。
「は、ははは。ロキ、素晴らしい答えだ! そしてディアンケヒトも。医神としての知見。恐れ入ったよ!」
上機嫌な声と共にケープが取り払われ、エニュオ──ディオニュソスの顔が露わになる。
しかし、その表情はオラリオで見た優男のそれではない。悪意を煮詰め、そこに神特有の外界の子供を退屈しのぎの玩具にするような下衆い考えをブレンドしたような……。
「全部嘘……。いや、"
「報われんな」
怒りを露わにするロキとディアンケヒト。しかし、ディオニュソスは彼女たちをあざ笑いつつ、今度はローブを脱ぎ出した。まるでスポットライトが当たった役者のように大袈裟な動作で見るからに重そうなローブをテキパキと脱いでいき、後は情熱的に放り投げるだけーーだったのだが。
その一連の行動を非常に不愉快に思っていたロキが茶々を出してきた。
「まぁ、この推理が出来たのもアクスが情報集めてくれたおかげやからなぁ」
「アクス……だと?」
アクスの名前を出した途端、ディオニュソスは動きを止める。優雅に放り投げようと思っていた紫紺のローブを強く握りしめたまま痙攣する彼に対してディアンケヒトが『飲み過ぎで躁状態にでもなったか?』と見当違いの診断をしていると、いきなり手に持ったローブを床に叩きつけた。
「あんのパルゥム! 何度も何度も私の下準備を邪魔をしてぇ!」
「お、おう……」
「こんな閉所じゃからな。気でも触れたんじゃろ」
唐突にキレだすディオニュソス。どう反応すれば良いのか分からない2柱を余所に、彼はサスペンスドラマの終幕のように自らの行いについてベラベラと語り出した。
ディオニュソスは、それこそ暗黒期からこの計画を夢想していた。
27階層の悪夢で協力体制を敷いた『穢れた精霊』を見せ札に散り散りになった邪神やイヴィルスを纏め、
しかしながら、いよいよ本格的に計画を始動させようとした時──ちょうどアクスがランクアップし、そこから始まった『往診』という行為で歯車が狂いだす。
「邪魔者をダンジョンで消そうとした時も! 往診とかふざけたことをぬかしたあいつが回復させてからにぃ!」
「アクスならそうするな」
「するわなぁ、あの子は」
「暗殺者に【イシュタル・ファミリア】のアマゾネスたちを掃除をさせた時も! 何処からともなく現れた挙句、大半が生き残ってしまったじゃないか!」
「アクスじゃからなぁ」
「アクスやもんなぁ……」
広間全体に自供が響く。しかしながら、どの供述もロキとディアンケヒトとしては『アクスだから』としか言えなかった。
『犬も歩けばなんとやら』ではないが、それぐらいにはオラリオとダンジョンに傷病が蔓延している。なので、
それでも、ディオニュソスは不服らしい。ぼけーっと感想を言い合っていた2柱に噛みついてきた。
「ロキ、ディアンケヒトも! それしか言えないのか! あんなバグ紛いなチートキャラ使って恥ずかしくないのか!」
「いや、あやつも出来んことはあるぞ。調剤とか、販売とか、まぁ、"はずれ値"なのは間違いないがな」
「せやな、フィンと同じでパルゥムの"はずれ値"みたいなもんやろ。むしろ、あれでバグとかチート言うとったら、ゼウスとかヘラの眷属はどうなんねん。特にヘラの【静寂】とか理不尽の権化やん!」
ディオニュソス基準で完璧超人のように言われているアクスだが、実を言うと地上では中々に残念な子である。
調剤は
私生活ではたまにぽけーっと何を考えているか分からないような姿勢で空を見ている時もあれば、深夜に睡眠欲と食欲がぶつかったせいで
さらには心優しい性根も相まり、ダンジョンや戦い以外は暴力事は好まない。そんな幼い狸のような存在を『バグキャラ』などちゃんちゃらおかしい話だ。
「たまに治療院に来る野良犬どころか【デメテル・ファミリア】で飼われている子供の羊にも追いかけられとるぞ、あやつは。先の【イシュタル・ファミリア】を襲撃した暗殺者でも使えばすぐさま殺せるじゃろうて」
「せやな。ただでさえ人懐っこいねんで? "おいで"言うてサクッてやればイチコロやろ。自分の実力不足を棚に上げるのはあかんやろ」
先ほどの怒りはどこへやら。アクスが中々殺せなかったディオニュソスを煽り散らかしつつ、ロキたちは彼の周辺を注意深く観察する。
彼の周囲には合計6本のポールが立っている。6本──フィンたちが戦っている
ここから遠隔で何か小細工を仕掛ける
「そりゃ、殺そうと思ったさ! だけどあのパルゥム、報酬すら受け取らずにそのまま人混みに消えていくんだぞ! 挙句の果てにはせっかく虫の息にして放置した冒険者をすれ違った瞬間に回復させて、そのままどこかへ消えるんだ! スキルか? スキルなのか!?」
「いやー、アクスって目を離したら勝手にどっか行く常習犯やで。なぁ?」
「左様。何も用件がない状態だと、手を繋いでおかねば簡単にどこかへ行くぞ?」
どこからとも無く現れ、用件を済ませたら人知れず消える。全知を持つ神々であっても捕捉が容易ではない
それに、幾度となく教育はしてきたが、アクスはすっかり『消費するのはすぐに回復するマインドとかじゃん。なら、魔法は無料でよくね?』という認識で染まっている。なので、本来は治療費の中に
そんなアクスの考えが透けて見えたディアンケヒトは『また魔法について説明せねばならんか』と頭を悩ませる一方、ロキは空気を入れ替えるべく大きく息を吐き出した。
「まぁ、アクスや自分が苦労した話はそろそろえぇやろ。ひとまず、お約束といこか。……ディオニュソス、なんでこんなことをした?」
「おいおい、ロキ。そのお約束ならまず、断崖絶壁を用意するところだろう?」
「なぁ、どついてえぇ? むっちゃ馬鹿にされた気分なんやけど」
『断崖絶壁』に過剰反応したロキが朱眼を開きながら殺意を向けると、流石のディオニュソスも少しばかりたじろぐ。しかし、すぐさま気を取り直した彼は、『朝になればすべて終わるだろうしね』とこれまた
今の下界は『不純』だ。
様々な神が降臨したことで国家が興り、組織が設立され、集団が出来上がると共に、それらが神の言葉通りに動き、神の興味で町や村や国を滅ぼしている。
──そう、
だからこそ、ディオニュソスは変えたかった。神々がのさばる今の下界から、『人類が主導の下界』へと。
神々が降臨する以前。太古の英雄たちは、ファルナもなしに地上に進出したモンスターに立ち向かっていた。初めのうちは蹂躙を許していたものの、時代を経る内に拮抗し──
ただ、神々の先兵たる精霊の介入があったことは事実。それでも、世代から世代に受け継がれた『意思』によって
ディオニュソスはそんな『英雄神話』に頭を焼かれたらしい。だからこそ、全てを『ゼロ』に戻して神々から下界の子供たちへとバトンを渡す。
それを天界からゆっくりと鑑賞すればいい。それこそが彼の悲願と
「嘘やな」
「あぁ、よく治療院に来るオラリオの外から来た詐欺師の声だな。儂には分かるぞ」
ロキたちは彼の悲願を一周する。それほどまでにディオニュソスの言葉は軽かったのだが、ロキだけは少し前に話した
「自分もファミリアとか
「しかも、"これ"が儂らと同じく子供たちを愛しとるときた。だが、"愛し方が儂らと違う"。それが決定的な差じゃな」
「自分、アミッドたんに色々しとるやん。この前もガラス張りの所で
「やめぃ!」
あれやらそれやらとかなり失礼な物言いで談笑する2柱であったが、唐突にロキが指を立てながら『あ、そうそう』と思い出すように語り出す。
「たしかに自分がエニュオや推理した多くの根拠は、アクスをはじめとした色んなところからの情報や。ただ、他にも容疑者が居るかもしれへんと思っとったらドツボにはまってな……。結局、確信に至った理由は"ドチビ"や」
「……ドチビ。ヘスティアのことかい?」
自分の思いを見透かされたことで醜悪な笑い顔を浮かべていたディオニュソスの顔が一瞬にして引っ込む。その変わりように『そういったところもなんやろな』と
「ドチビは自分の闇を気づいとったで、ディオニュソス。あいつはな、"おかしい神"と一括りにするんやなくて、"恐い"って言うとったわ」
人に分け隔てなく接する善神相手に絶対言わないであろう感想。しかし、原始的な魔除け手段ともいえる『火』を内包している炉の女神だからこそ、彼女はディオニュソスの根底に眠る『闇』を無意識ながら気づいていた。
たかが──たかが一言。しかしそれが、ロキの推理を後押しする『決定打』となった。
「気に食わんけどな、うちはドチビを信じた。だからこそ、自分やと判断したんや。ディオニュソス」
言うべきことは、もう言い尽くした。
ロキは一仕事を終えたかのように、ふぅ、と息を吐く。その一方でディオニュソスもまた、諦めたような、それでいて心底うんざりしたような溜息を漏らした。
「あぁ……、またヘスティアかぁ……」
声音は、とてつもなく優しかった。
まるで、聞き分けのない子供に困り果てた大人のような、穏やかで、慈愛すら感じさせる声色。
しかし、その優男然とした顔には、徐々に青筋が浮かび上がっていく。
「まったく……天界にいた頃から、あの女神は私の目論見を台無しにしてくれる……!」
言葉こそ穏やか。声色も柔らかい。
けれど、こめかみに浮かぶ青筋は増える一方で、口元の笑みもぴくぴくと引きつり始めていた。
そして、ついに──。
「あの忌々しい女神めぇぇぇッ!!」
爆発した。
先ほどまでの紳士然とした態度は、どこへやら。ディオニュソスは額に青筋を浮かべ、身振り手振りを交えながら、堰を切ったように不満をぶちまけ始めた。
せっかく神々が殺し合える口実としてオリュンポス12神の席を巡っての諍いを始めた時も、ヘスティアが席を辞する発言をしたせいで有耶無耶になった。
さらには
なにより、アクスと同じく当の本神はそれらを意図的に企てたことではないのが、特に腹立たしい。
そうして、ヘスティアに対する恨み辛みをロキたちが聞き流すこと数分。ようやく気が済んだのか、ディオニュソスはふう、と芝居がかった溜息を吐いた。
先ほどまでの愚痴が嘘だったかのように、乱れた襟元を整え、優雅に胸元へ手を添える。その立ち居振る舞いは、どこからどう見ても紳士のそれだった。
もっとも、本人が本気でそう思っているのか、周囲を苛立たせるためにやっているのかは定かではない。
「さてさて。無駄話もこの辺にして、本題に入ろうじゃないか」
そう言いながら、ディオニュソスはさりげなく左足を半歩下げた。
ガコン、と。
何かが噛み合うような音が、広間の床下から響いた。
「な、なんや?」
「くっ、やはり何か企んでおったか」
ロキとディアンケヒトが即座に警戒を強める。対するディオニュソスは、2柱の反応にきょとんと目を丸くした。
まるで、道端で小銭を拾っただけなのに泥棒扱いされた──とでも言いたげな顔である。
「いやだなあ。そんな怖い顔をしないでくれよ。私はただ、話すだけの退屈を紛らわせたいだけなんだから」
「その足の動きは何やったんや?」
「さあ? 何のことだろうね?」
即答だった。
「おい」
「ははは、冗談だよ。ちゃんと説明するさ」
まるで反省の色がない。そのことがロキたちをさらにイラつかせたものの、ディオニュソスは人差し指を真上に向ける。
「これからは『これ』を交えて話そうと思ってね。上の方から無事な物を持ってきたんだ」
言葉を終えると同時に、ジャラジャラと鎖の擦れる音が響き始めた。続いて、重々しい駆動音。床の一部がせり上がり、その下から何かが姿を現そうとしている。
ロキたちが音の出所へ視線を向ける一方、ディオニュソスはといえば、妙に弾んだ足取りでその場をくるくると回っていた。
両腕を広げ、片足を軸に軽やかにターン。最後には芝居の幕が上がる瞬間を待ちわびる役者のように、両手を大きく掲げてみせる。
「さあさあ、ご覧あれ! お立ち会い! 神々の退屈な口論に、ちょっぴり刺激的な余興を添えてみようじゃないか!」
「なにが余興やねん!」
ロキの怒声さえ、彼にとっては舞台を盛り上げる楽しい掛け合いでしかないらしい。
やがて、ひときわ大きな駆動音と振動が広間を揺らした。
床から姿を現したのは、酒場に置かれていそうな四人掛けの丸テーブルほどもある、微妙な大きさの水鏡だった。
それも1台ではない。
2台、3台、4台……。
最終的に並んだ水鏡は、合計6台。こちらもポールと同じく
これから何を見せられるのか。何を突きつけられるのか。嫌でも想像がついてしまう。
そんな2柱の反応を楽しむように、ディオニュソスは口元を吊り上げた。
「おやおや、もうお気づきかな? さすがは年の功。説明の手間が省けて助かるよ」
「自分、ほんまに1発殴られたいんか?」
「おっと、それは困るなあ。それに、"現在進行形で戦っているのは私たちじゃない"だろ?」
そう言って、彼はひょいと肩をすくめる。その言葉が本心でないことなど、誰の目にも明らかだった。
「では、開演といこうか!」
パチンッ、と。
ディオニュソスが小気味よく指を鳴らす。美麗な指鳴らしの音が広間に響き渡ると、6台の水鏡が一斉に淡い光を帯びた。
水面が波紋のように揺れ、その奥にぼんやりと何かの映像が浮かび上がってくる。
「
映像を目にしたロキが、低く呟いた。
「ああ! 君たちの眷属が、今まさに懸命に戦っている相手だよ!」
ディオニュソスは、まるでお気に入りの演目を紹介する劇場主のように、満面の笑みを浮かべた。
「いやあ、それにしても大した迫力だねえ。魔法はドカン、剣はギラリ、あちらこちらで命懸け! 実に結構、実に結構!」
両手を叩き、愉快そうに水鏡を眺める。
しかし、次の瞬間には、その顔にわざとらしい落胆が浮かんだ。
「……でも、拍子抜けだね」
「何やと?」
「ウラノスの玩具はまだ頑張っているけれど、君たちの部隊は立て直しは上手いが碌に有効な攻撃ができていないじゃないか。いやあ、困ったものだ。これじゃあ、せっかくの見世物も盛り上がりに欠ける」
水鏡の向こうでは、オラリオ屈指の実力者たちが死力を尽くしていた。
剣や槍が閃き、魔法が轟く。
そして、最前線を支えているのは、この日まで苛烈な鍛錬を積み重ねてきた
その中に
そこに『余興』などという軽い言葉が入り込む余地はない。命を懸けた、まさしく最終決戦と呼ぶにふさわしい激闘だった。
それを見てなお、ディオニュソスは口元の笑みを崩さない。
「おや? おやおや? どうしたんだい、二人とも。そんなに怖い顔をして」
ロキとディアンケヒトが黙っていることをいいことに、彼はわざとらしく首を傾げた。
「せっかく僕が親切にも実況解説をしてあげているんだ。少しくらい感想を聞かせてくれたっていいじゃないか」
腹立たしい。
心の底から腹立たしい。
だが、ここで怒りを露わにすれば、目の前の狂人を喜ばせるだけだ。そう理解しているからこそ、ロキたちはどうにか怒りを飲み込み、口を閉ざしていた。
──『とある侮辱』が飛び出すまでは。
「
『あ゛?』
『あ、もう二つ名変わったで』と言えるような空気は一気に霧散し、2柱の声がぴたりと重なった。
先ほどまでの軽薄な空気が、嘘のように消え失せる。
フィンは、できる限りの準備を重ね、考え得る限りの計略を巡らせた。勝利を手繰り寄せるために知恵を絞り、仲間を動かし、己の身すら危険に晒してきた。
そしてアクスもまた、それを理解していた。
この局面を乗り越えるために必要なのは、フィン・ディムナという男の知略だ。彼にしかできないことがある。だからこそ、アクスは自らの身を挺して彼を救ったのだ。
その努力を。
その覚悟を。
その献身を。
『犬死』だの『頼りない』だのといった言葉で片づけられてたまるものか。そんな思いが2柱の胸中で、怒りが燃え上がる。
眷属を侮辱されたから、というだけではない。彼らが何を背負い、何を犠牲にし、何のために戦っているのか。それを知ろうともせず、結果だけを眺めて嘲笑う。その無神経さが、何よりも許し難かった。
──しかし。
「おやおや」
ディオニュソスは2柱の怒気を前にしても怯むどころか、わざとらしく眉を下げてみせた。
「怖い怖い。いやあ、これは失礼。どうやら私は何か、気に障ることを言ってしまったらしい」
「……お前なあ」
「だけどね、ロキ。ディアンケヒトも。事実と感情は別物だろう? 君たちが腹を立てたところで、向こうの戦況が好転するわけでもない」
ひらひらと手を振り、彼は悪びれもせずに続ける。
「まあ、怒りたい気持ちも分かるよ。大切な眷属を悪く言われたんだものね。うんうん、実に麗しい家族愛だ。感動的だねえ」
そういった彼は、ハンカチを手に取りながらわざとらしく目元を拭う仕草まで添えてみせる。
「……殺すぞ、ホンマ」
「おっと、ロキ。いくら神殺しが君の専売特許だと言っても、ここは天界じゃない。暴力はよくないよ?」
どの口が言うのか。ロキの額に青筋が浮かぶ。ウラノスもまた、もはや隠そうともせずにディオニュソスを睨み据えていた。
そんな2柱を前に、ディオニュソスはやれやれと呆れだす。
「まったく、これじゃあ平行線だね。僕は事実を述べているだけ。君たちは感情で反論するだけ。いやあ、困った困った」
困っている人間の顔ではない。むしろ、相手を怒らせるという目的を見事に達成した道化の顔だった。
そして彼はぱん、と軽く手を打つ。
「さて! 不毛な口論はこの辺にしよう。けど、このままそっちが蹂躙される光景を見ているのもつまらないものだね。……そうだ、ディアンケヒト! "楽器"を貸してもらえるかな?」
「楽器? ディアンケヒト、音楽やるん?」
「医神がそんな物を持っているわけなかろう」
「よく言うよ、あれだけ綺麗な音を出す"鐘"を持ってる癖に」
何のことだか分からないディアンケヒトが文句を言うのも聞かず、鳩が豆鉄砲を喰らったように目を丸くしながらも口を歪ませたディオニュソスは『あぁ、"これ"だね』と左手近くのポールに手を向ける。
そして、ポール上部に備え付けられた球体に手が触れようとした──次の瞬間。
「ぐぅっ!」
「させんと言うとろうが。医神を舐めるなよ?」
ディアンケヒトの投擲した小型の刃物がディオニュソスの左腕に突き刺さった。小型ゆえに貫通まではしなかったものの、かなり深く突き刺さったようで血で球体を濡らしながらディオニュソスは後ずさる。
その投擲技術に『やっぱり黒男やん』というツッコみを余所にディアンケヒトが次の刃物を構えていると、いきなりディオニュソスが高らかに笑いだした。
「ディアンケヒト、こちらがやりやすいようにしてくれてありがとう! 助かったよ!」
「どういうことだ」
「私だってそれなりに戦い方については理解しているからね。これはダイダロスにちょっと吹き込んで、イコルに反応するよう作らせた"
そう言いながらディオニュソスは『見なよ』とアミッドの居る部隊が映っている水鏡を指差した。
***
触手を用いた物理攻撃や大火力の魔法を繰り出すだけの、
それは、アミッドが所属する第4部隊も例外ではない。
ついには、砲撃が
「まずい……! 次が来るぞ!」
「盾を寄越せ! 俺がい──ぎゃあああ!」
悲鳴にも似た叫びが、あちこちから上がっていた。しかし、誰もが目の前の脅威に手一杯で、この窮地を覆せる者は一人としていない。
治療が追いつかない。それどころか、次々と傷ついていく仲間たちを前に『全滅』という最悪の結末さえ脳裏をよぎる。
取れる手段がほとんどない現状にアミッドが唇を強く噛んだ──その時だった。
ズズッ、と。
戦場を埋め尽くす怒号や破壊音を押しのけるように、奇妙な音が響いた。地の底から何かを引きずり出すような、重く湿った音。その異様な響きに、アミッドは思わず顔を上げる。
音の出所は、
幾重にも絡み合った太い根。その隙間から一本だけ……、場違いなほど小さな木の芽が顔を出している。背丈はせいぜい子供ほど。戦場に現れたところで、脅威になるとは思えない。
それでも、アミッドの目はなぜかその芽に引き寄せられた。
傷ついた者の治療を続けながらも、意識の片隅でその姿を追い続ける。すると、やがて小さな芽に異変が生じた。
「えっ……?」
魔法と魔法の合間。次の治療に移るまでの、ほんのわずかな空白。その瞬間に目の当たりにした光景に、アミッドは思わず声を漏らした。
木の芽が、急速に成長し始めたのだ。
伸びた枝は、何かに引っ張られるかのように不自然な方向へと広がっていく。そこへ絡みついたのは、鮮やかなピンク色の蔓だった。
生々しい肉を思わせるそれは、枝の表面を這い回ると互いに絡み合いながら幾重にも重なり、骨組みを補強するかのように硬く結びついていく。
さらに、その上から緑色の蔓が這い寄った。肉のようなピンク色を覆い隠すように全体へと広がり、やがて体調の悪い人間の外皮にも似た青白い層を形作っていく。
その間にも、細い枝は成長を続けていた。新たな枝が次々と分かれ、伸び、複雑に絡み合う。まるで、人間の骨格を組み上げているかのように、枝は関節の位置を定め、肉を伴いながら徐々にその形を整えていった。
左右へと伸びた枝には、腕を模した蔓が巻きつき、中央の枝には頭部を形作るように蔓が幾重にも重なっていく。
その異様な光景を前にアミッドが息を呑む。その間にも変化は進み、やがてそれは辛うじて人型と呼べる姿へと変貌を遂げた。
それは、冒険者に対抗するモンスターの習性か。それとも、
どちらにせよ、まともな存在でないことだけは明らかだった。ティオネたちもそれを察したのだろう。即座に標的を定め、他の敵を差し置いてでも仕留めようと動き出す──が。
「──ァ……。ァア──。ォ……チ”ャ」
「喋った!?」
木の人形から漏れ出したのは、言葉とも呻きともつかない音だった。
モンスターが喋る。
その異常事態に、冒険者たちの足がわずかに鈍った。かつて同様の事態を経験している【ロキ・ファミリア】の面々こそ即座に動きを止めることはなかったものの、それ以外の者たちは突然の出来事に動揺を隠せない。
アミッドもまた、信じられないものを見たかのように目を見開いていた。
だが、木の人形はそんな周囲の反応など意に介さず、ぎこちなく頭部の口らしき部分を動かした。
「オ……ネ……エ──チャ”……ン。タ”──ケテ。タス”……ケテ。イタ”……イ、イ”……タイ……ヨォ”」
まるで、死者が墓の底から這い出し、忘れ去られた言葉を無理やり口にしているかのような、たどたどしい声だった。
それでも、その言葉の意味は理解できた。
お姉ちゃん。
助けて。
痛い。
その声を聞いた瞬間、アミッドの脳裏に、これまで目にしてきた光景が濁流のように押し寄せた。
緑色の肉に呑み込まれ、命を落とした者たち。
通路に散乱していた、冒険者たちの無惨な亡骸。
そして、遺品のゴーグル以外見つからない
バラバラだった記憶の断片が、最悪の形で結びついていく。
理解したくなかった。気づきたくなどなかった。
けれど、一度つながってしまったピースは、もう元には戻らない。
目の前にいるものが何なのか。目の前に居るのは
その答えにたどり着いた瞬間、アミッドの顔から血の気が引いた。
「いやあぁあぁああ!」
ついに耐えきれなくなった聖女の絶叫が、戦場に響き渡る。
直後、全てを焼き尽くさんと燃え盛る炎が、彼女を呑み込まんばかりの勢いで迫ってきた。
パルゥムとしても、冒険者としてもはずれ値。いったいどういう教育してきたんだよ、生産者ぁ!
つまり、どういうことだってばよ
ちょっと往診でワイン型の
彼女から『最近増えた眷属』から
魅了より遥かに人を操る難易度が低い『
ワイン型からデメテルの関与が疑われた瞬間、【デメテル・ファミリア】の構成員が少なくなっているかつ、デメテルの元気がなかったことを話して。(アクス以外の証人として豊穣の女主人(シルのしょくば)のウェイトレスを紹介)
蘇生というジョーカーを使って、デメテルを寝返らせた。
これぐらいしかしてないのに、命狙われるとか……。神様も心が狭いっす。
※なお、暗殺しようとしても神出鬼没でちょこまか動くために捕捉がしにくい。仮に見つけても、近くに大抵セコム(たまにオッタル)が居るので、手を出しにくい。
※しかも、殺したと思ったら何故か生きてるというおまけつき。何というタフネス、バイタリティ。
ロキとディアンケヒト
おちゃらけてはいるものの、この場に神以外──モンスターや怪人が出て来たら終わるのでヒヤヒヤ。
アクスのやらかし
作者の子供の頃の話も混ざってる。羊ってね、よく突っ込んで来るんよ。幼児にはクッソ危険なのよ。
え、空軍パイロットが倒された? あれはタヌキだから。
水鏡と
オリジナル展開。神と言ったら実況好きとか、ギミック好きみたいなところがあると思うんで。
水鏡は緑肉に包まれたクノッソス内で無事な物をエイン(フィルヴィスの分身魔法の片割れ)が必死に集め、それぞれの祭壇に再設置した物。
楽器
もちろん、アミッドのこと。
なお、ディオニュソスは彼女の様子をコミカライズ版のウザい(誉め言葉)顔で眺めています。
ネタバレになりますが、彼の最高到達点はここまでです。彼の気持ちの良い勝利を願っていた皆様、申し訳ありません(ハナホジ)