前回に負けず劣らず閲覧注意。夏油傑の自己解釈を含みます。
ほとんど夏油の独白です。
「なあ、コレ隠蔽してやるから一つ頼まれちゃくれねぇか?」
血溜まりの中で2人の子どもを抱きあげた夏油の背中にそんな声がかけられた。ほんの少し首を回したら視界の端にやつれた男が村の入り口を塞ぐように立っている。
「オマエ、夏油傑だろ。このまま帰れば呪詛師になっちまうぞ」
「……だから?」
「俺は呪詛師の仲介屋をしててな、こういう現場の処理には慣れてんだ。どんな惨状だろうとそれなりに誤魔化せる」
「ああ、そう」
「こんだけ派手にやらかしたら、高専に帰ることもできねぇ。困るだろ?」
「別に、どうでもいい。高専に帰るつもりもない。呪詛師になるのもありかもしれない」
指で血を拭う。男が「何言ってんだ、お前に呪詛師はムリだろう」と言った。「コロシに理由を求めてるガキじゃ、アングラで生きていけない」とも。
「何が言いたい」
「両手に子ども抱えて凄まれても怖かねぇな。もっと怖いものを見たことがある」
流れるようにタバコを咥え、安いライターを取り出そうとして手を止める。咥えたタバコを箱に戻し、胸ポケットにしまった。
「いや、俺が悪かった。初対面から変に条件をつけるのはよくない。
何が言いたいと言ったな? 俺はな夏油、アンタを探してたんだ。アンタなら【あの子】をなんとかできるかもしれないから。金なら出す」
「断る。なんの話だか知らないけど、私は忙しいんだ」
「古戸行李を知っているか?」
会話にならない。勝手に話し始めた男にため息ついて一拍、「知ってるよ」と険のある口調で返す。古戸行李。去年交流会で対面したやつ。歌姫の同期だったらしいが、高専の呪物を根こそぎ奪って失踪。その後の足取りは
「俺は去年、アイツの依頼を受けた。うっかり縛りを結んじまってな、実質脅迫だったが。依頼内容を聞くならば絶対受けるよう念を押された。それが縛りになると思うか? まあ、俺も悪い。念を押されたのに聞いちまったから、共犯になるしかなかった。
俺はな、やりたくなかったんだよ。あんなことやりたくなかった。やっちまった後で、俺が取り返しのつかない事をしたって理解した。俺が死ぬのはいい。だが被害者は別だろう」
声音は怒りと悲壮に塗れているのに、詩でも朗読しているような単調さで男は語る。独白のように言葉を重ねながら徐にアタッシュケースを開ける。
「言い訳はしない。俺は依頼に従って、死ぬほど善良な非術師の子どもに呪物を食わせた。今頃、不幸にも死なずに生き残ったあの子の腹の中で満足そうにしてんだろうよ……くそったれ」
「は?」
意味が、分からなかった。目の前の光景も、語られた内容も。
「依頼したいのはその子の保護だ。夏油傑、アンタならあの子を助けられるんじゃないか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
ケースの中身は半透明の45Lのゴミ袋。「角」が当たって白く伸びた、ギチギチに詰まった見慣れた紙の束。闇取引でしかお目にかかれない量の札束。
「なんなんだ、なんなんだお前は。何がしたいんだ、私になにをさせたいんだ」
「あの子を、虎杖悠仁を助けてほしい」
アタッシュケースの蓋を閉めて、私のそばにおく。続けて、分厚いクリアファイルをケースの上に置いた。ホチキス止めされた資料の一枚目には溌剌とした笑顔が眩しい少年の写真。
「特級被呪者と言っても過言ではないんだ。俺がやった、言い訳はしない。依頼通り、
ヤツの目論見は見事に成功して、虎杖悠仁は呪われた。何も、何も悪いことをしていないのに……呪術師のせいで」
先ほど保護した少女たちが震えていた。何に怯えているのか分からない。碌な扱いをされていない、ボロから同然の服だから寒さに震えているのかもしれない。それとも、この非術師の怒気を感じ取ったからなのか。
「その子どもを育てるにしても、高専を離れるにしても。何をするにも、金は必要だよな。七千万と二千……いくらだったかな。ちゃんと数えちゃいないが、大体一億くらいある。全部アンタにやる。心配さなくても後始末もちゃんとやる」
「……金を差し出して、その村の始末もして。それだけの価値が非術師にあると?」
「あるに決まってんだろ。本当に、泣きたくなるほどの善人なんだ、虎杖家はよ。虎杖倭助は偏屈だとか言われてるけど、優しいから。だから古戸みてぇなクズに付け込まれる」
「なにを」
「イカレてんだよ、古戸行李は。
じゃなきゃ
「……は?」
脳が理解を拒んだ。何が、何で、何だ?
だめだ、分からない。この非術師が何を言っているのか何も理解できない。呪術師が、自ら呪物になり、非術師に受肉し、そして世界滅亡級の呪術師を作る?
おかしい。言葉はちゃんと脳に入っているのに意味がさっぱり分からない。だが、その非術師を放っておいたら悍ましいことになるということは理解ってしまった。
「シュレディンガーの箱なんだと。自らを「箱」に見立てて盗んだ呪物を全部「入れ」て、呪物蠱毒をやって呪物に転じた後開封されずに受肉する事で「何があるか分からない」「何が起きても驚かない」、そんな状態にしたかったらしい。
「古戸行李は何がしたいんだ」
「クソペド野郎の考えることなんてわかるかよ。今言ったことも、全部依頼金と一緒に後出しで渡された情報だ」
だから、と。再度、だめ押しするようにアタッシュケースを押し付けられた。
「今の話を聞いて、まずいと思ったよな。俺もそうだ。だから俺らしくもなく、こんな無謀な事をしている。
普通に考えれば虎杖悠仁を殺すべきだ。だが、それはあんまりじゃないか。あの子は何も悪い事をしてない。ただ、呪術師の凶行に巻き込まれただけの、ほんの5歳のこどもなんだよ。あの子は古戸行李を信頼し切っていて、このまま唆されて高専に敵対可能性だってある。呪術師も非術師も大勢死ぬ。そして悪意は全てあの子に向けられて……そんなのアイツの思う壺だ。
頼む、アンタ特級だろ? なんとかできないか?」
もう、頭がおかしくなりそうだ。見つけた大義に石を投げられたような、信念になりうる理想に泥を塗られたような、そんな気分だ。込み上げる胃液に逆らえず、私は吐いた。何も考えたくなかった。でも思考放棄は許し難い、めちゃくちゃな情緒。
殺せばいいと思う。元は非術師なんだ、殺してしまえと。呪物を飲むなんて気持ち悪いと。しかし、それは「ダメ」だと自分自身が訴えている。
「私に、何を期待してるんだ」
「彼の、救済を」
そんなの無理だ、私に出来ることは何もない。そう言ってしまえば、楽になれるのだろうか。だが私はどうしようもない見栄っ張りで、それをいうことはできない。
「やればいいんだろう。どうにかすれば、いいんだろう……っ!」
呪術師を守りたい。それは間違いなく本心。だけど、呪術師がどうしようもなくイカレていて、一般社会では生きていけない「異常者」だと私は知っている。
自分の異端を隠すために、爪弾きにされないように身につけた「弱者救済」という建前。弱い自分、傲慢な自分。割り切ることが下手くそなガキ。無意識のうちに入れ替えてしまっていた弱者と強者の天秤。それに気づいた。ただ、それだけ。
それだけのことが、吐くほど受け入れ難いとは思わなかった。
ーーーーー私の大義は
だから、非術師の依頼を私は受けた。自己矛盾と自己憎悪で死ぬと思ったから。
「君が、虎杖悠仁くん?」
私は君が嫌いだ。殺してしまいたい。君という絶対的な被害者を知らなければ、ただ非術師を恨むだけで良かった。本心じゃなくても笑って生きられた。でも知ってしまったから。
「君を助けにきたよ」
「みなさん、ご愁傷様です」