相変わらずろくに説明もされないままだが、どうやらフレヤに起こった一連の変化は魔法使いたちにとっては不都合なものらしい。
何人もの、いかにも歴戦といった風体の魔法使い・魔女たちに杖を突きつけられながら、フレヤはそう推測した。
先程フレヤのいる病室に押し入ってきた彼らは、入室するなりフレヤに向けた
しかしそれらは全て、硬質な音を立ててフレヤの肉体に弾かれたため、被害は部屋の調度が破壊されたのみにとどまっている。
動揺を押し隠すように杖をフレヤに突きつける彼らを、フレヤは堂々と睥睨して思考を回す。
見た目から受ける印象が正しいなら、彼らは魔法使いの中でも戦闘を専門としているような輩と思われる。そして彼らが構えているものが魔法の杖だと仮定するなら、先程の光線は何らかの魔法。更に着弾した物品が破壊されていることから鑑みて、本来は当たればろくなことにはならないものなのは火を見るより明らかだ。
……これはもしや。フレヤは今、マフィア共が出会い頭に銃を乱射してきた時と同程度には物騒な事態に陥っているのではないだろうか。
今回は何故か相手の攻撃が直撃しても何の痛痒もないので、実際の危険度はいくらか下だが。
「あー、貴様らはどんな用でここに───」
とりあえず、出来る限り友好的に口火を切ってみる。
するとその瞬間、再び色とりどりの光線が……今度は口内を狙って放たれた。
フレヤはマフィアとの銃撃戦で鍛えられた反射で以て咄嗟に仰け反り、光線を避けた。
鼻先を掠める光線を見送った後、下肢で毛布を跳ね上げながら後転の要領でベッドの上に立ち上がる。そして三度放たれた光線を横っ飛びで回避しつつ、動線上にいた不運な魔法使いの喉仏に飛び
これで一人、戦力を削った。
それから姿勢を低めて飛び出し、魔法使いたちの足元を突破しようと試みる。
部屋の扉に届くかどうかは賭けだが────
「アバダ・ケダブラ!」
緑の閃光が走る。
フレヤの意識が闇に沈んだ。
一瞬だけ。
フレヤは
「おや、」
老人は、警戒する猫科の猛獣のように全身を強張らせたフレヤに対し、あくまで穏やかに語りかける。
「どうかなされたかの?お嬢さん」
フレヤは目の前の老魔法使いが、見た目通りのか弱い老人でないことなど一瞬で看破していた。
何せ好々爺然とした微笑みには計算され尽くした動作特有の胡散臭さが漂っていたし、半月型の眼鏡の向こうにあるきらきらしい厭な輝きを宿した眼は、こちらの魂胆を見透かす様で頗る不愉快だったので。
フレヤは即座に察していた。この老人のことは好きになれそうにない。こういう手合いには──この老人ほど傑物じみてはいなかったが──会ったことがある。彼の老人もまた、今まで出会ってきた似た雰囲気を持つ輩たちと同じく、あるいはそれ以上に一廉の人物ではあるのだろう。不世出の傑物でさえあるかもしれない。
だが嫌いだ。
こういう、情に篤くありながら冷酷さと傲慢さを以て大義のために邁進するような人間は。
それはフレヤの個人的な好き嫌いの問題であるが、それがゆえに容易には覆されない。
そもそも加えて言うなら、後ろ手にした彼の手が何か──おそらく魔法の杖──を握っているだろうことを察していたので、フレヤは老人を前にして警戒を解くことはなかった。
「いやなに、少し……
フレヤはあくまで落ち着いて返答を返す。
こういう相手と話す時に感情的になるのはあまりうまくないのだ。
「ふむ?……無礼な、とは?」
あくまで好々爺然とした相好を崩さずに問い返す老人を前に、フレヤは思考を回す。
先の襲撃が、この老人の関知するところなのか否か。或いは襲撃によってこの老人が何らかの利益を被るのか否か。今現在の状況下ではそれが一番肝要だ。
もしも襲撃が老人の手の内であるか、そうでなくともこの老人に利するなら、はっきり言ってすこぶる不味い。この老人が敵対者であることが確定すると同時に、間違いなく曲者であるこの老人と事を構える必要性が湧いて出る。
正直言って、未だ未知だらけの魔法戦に相当熟達しているのはまず間違いないこの老人と戦いを繰り広げるのは分が悪いどころの話ではない。控えめに言って最悪の展開である。
では襲撃が老人の関知するところでなかった場合、または老人にとっての利がなかった場合はどうか。
この場合は一旦安心だ。おそらくこの老人、ファーストコンタクトから察するにまだ積極的に敵対する意思はない。襲撃者たちをどう扱うかはわからないが、少なくともこの老人と交戦する必要は無くなると思っていいだろう。
まあ、襲撃者たちを撒くか始末するかする必要は残るが。そこはまあ、今までの人生で出会してきた修羅場と同じく全力で対処すれば何とかなるだろう、多分。
さて、どう出る。
「いやな、大勢で押しかけてきて、一言の断りもなく一斉に攻撃能力があると思しき魔法を繰り出してきた奴らがいるのだよ」
老人の眉が僅かに顰められる。……これはセーフな方か?
「私は『マグル』故に魔法使いの間の礼儀については詳しくないのだが……想像するにあれは、マグルでいうと出会いざまに銃を乱射するぐらい無礼な行いなのではないかな?」
老人は顔を顰めたまま口を開いた。
「……全く、おっしゃる通りじゃ。本来それは……いわゆる重犯罪者などに対してとるべき態度であって、今のところ特に何か罪を犯したわけでもない貴女にするべき行いではないはずのもの。全く嘆かわしい限りじゃ」
老人はそう言いながら、後ろ手に隠したままだった杖を優雅に振るい、フレヤの背後から追い縋ってきた何発かの魔法を防いだらしい。
バリア状の何かによって弾かれる光線を振り返って眺めつつ、フレヤは老人に問い掛ける。
「……貴方が私を守ってくれると思っていいのか?」
「そうじゃの」
端的に答えた老人は、何故か揃って表情を引き攣らせながら駆け寄ってくる魔法使いたちに向けて杖を構えた。
こちらに向けて魔法を放ちながら駆け寄ってきていた魔法使いたちは、老人の姿を目にするなり目に見えて狼狽を強めた。
やはりというか、この老人は有名人らしい。
「…………ダンブルドア翁、
魔法使いたちのリーダーと思しき男が、魔法の乱射を止めて困惑している集団から一歩進み出て言う。
……何やらものすごく失礼な形容をしてきたが、フレヤは浮かびそうになる青筋を気合いで押さえ込んだ。ここで事を荒立てるべきではない。この老人が何とかしてくれるならとりあえずそれに任せるべきだ。
「他人に向かってその形容は関心せんの。それにそもそも、闇払いが揃いも揃って……何故彼女を襲撃した?その必要はどこにもないはずじゃが」
穏やかに、しかし毅然と問いかけた老人の言葉に男は色めき立った。
「『その必要はどこにもない』?!あるに決まっているではありませんか!マグルが!ただのマグルが!魔法力を手にするなどあってはならない!彼女は即刻神秘部に連行し、しかるべき研究を施されるべきです!これは魔法省の総意ですぞ!」
捲し立てられた聞き捨てならない言葉に、フレヤは驚愕しつつも反応は抑える。
……
そんなフレヤを置き去りに、言葉の応酬は続く。
「
「いいえ、決定はなされました!……そもそも、その化け物を守る必要があるとは思えませんな!それは……そいつは!
「…………なん、じゃと?」
男の放った言葉を受けた老人は目を見開いて驚愕した。
その場に降りた一時の沈黙を、無遠慮な声が切り裂く。
「そりゃァ当たり前だろ、【人魚】の肉喰った奴にアバダなんか通じるかよ」
のんびりと、欠伸混じりに発せられたその声の主にその場の視線が集中する。
その男は、いくつかの旅行鞄を携えて老人の背後に立っていた。
小豆色と白の見慣れぬ装束──フレヤが見たところ、日本の着流しという服だ──に身を包んだ若い男。
だがその耳は短い毛に覆われた獣のそれであり、腰の辺りからは三本の尻尾が生えてゆらゆらと揺れていた。
ここ聖マンゴの患者かと勘違いをしそうな容貌ではあったが、その場のものたちの本能は告げている。
あれは人ではない。
ソレは尖った歯を見せてニヤリと笑い、さらに言葉を継いだ。
「荷物は確保しといたぜ、フレヤ」
馴れ馴れしくそう告げられたフレヤが見れば、男が持つ旅行鞄はみなフレヤのものだ。
あんころもちを探している間、預けてそのままだったはずのそれ。
何故この男が……と、考えたところで引っかかるものがある。
改めて男をまじまじと見る。
特に耳と尻尾の、黒と茶のまだらの毛並みを。
…………まさか。
「……あんころもちか?」
男が……いや、四十年を共にした相棒が、見覚えのある笑い方で笑う。
「正解!あの時は目ェ離しちまって悪かった。大丈夫だったか?」
白々しくそう言う相棒に笑みと答えを返す。
「ああ、見ての通り絶好調さ。……おかえり」
「そりゃァよかった。……ただいま」
初めて言葉を交わす、長年の相棒。
ヒトの姿を得ても、どうやらその性根は変わらないらしい。気づかれていないと思っているのがいじらしかった。
まあ、何はともあれ──────再開は喜ばしいものだ。
フレヤはここ数日ぶりに、心からの笑みを溢した。
と、廊下の向こうからどたばたと騒々しい誰かの足音が聞こえてきた。
咄嗟に向けられたその場の全員の視線が捉えたのは、
「あー!!!!!!君!!ここにいたのか!!!!」
こちらに向かって全力疾走してくる、目をキラキラと輝かせたエネルギッシュな老人であった。
ダンブルドアよりもいくらか若いその老人は何事か叫びながら、そばかすと小皺が散った顔を真っ赤に上気させて走り寄ってくる。
あんころもちが見慣れたドン引き顔をするのをちらりと見て、フレヤが口を開いた。
「…………知り合いか?あんころもち」
「……ここに招いてくれた奴だ。魔法生物学者らしい」
フレヤが己の腹毛に顔を埋めている時と全く同じげんなりした顔をしているあんころもちはそう答え、駆け寄ってくる老人を一瞥する。
「俺の腹毛を吸ってる時のフレヤみたいなテンションがデフォルトな感じのジジイなんだ。フレヤのところまで来る時に撒いてきたはずなんだが……執念で付いてきたらしい」
「……あやつはニュート・スキャマンダー、昔からの知り合いじゃ。…………すまん、魔法生物に関して彼は少々……興奮しやすい傾向がある」
少し前まで興味深げにあんころもちを眺めていたダンブルドアが、走り終わって息を整えている老人、改めニュートをそう評した。
そして困惑しっぱなしの闇払いたち、魔法のことについては何もわかっていないフレヤ、何やら腹に一物ありそうな
「……とりあえずは、皆の認識のすり合わせが必要だと思うのじゃが。」
その言葉に、その場の誰もが同意した。
フレヤは一瞬にして場の流れを掌握したこの老人がすでに嫌いだったが、合理的な提案なのは確かなので文句はつけない。いや、つけられない。
いかにも曲者な彼のことだから、そのことまで想定しているのだろう。
フレヤはダンブルドアがさらに嫌いになった。
彼女のそんな内心をも見透かしている当の老人の胃は、既にしくしくと痛みを訴え出している。