エルフのいない世界で自分を最後のエルフだと信じ込んでいるスラムの孤児(人間)。命を狙われていると勘違いして無関係な悪の組織を理不尽に潰す   作:フーツラ

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第1話 彼はエルフではない

 ラング帝国の帝都ラングリアは中央大陸で最も活気のある都市の一つであった。その中心に聳える帝城は世界一高い城といわれ、隆盛の象徴となっていた。

 

 民は帝国の繁栄を疑わず、表情は明るく足取りは軽い。大通りに並ぶ商会の店舗はどこも繁盛していて、多くの人々にとって暮らしは確実に豊かになっていた。

 

 しかし、光があれば影もある。帝都でいえば、スラム街が影に当たる。

 

 饐えた臭いが漂う暗い路地裏。地面に胡坐をかいて座るのは、スラムの孤児にしてはいささか整い過ぎた顔をした少年だった。

 

 年齢は十三ぐらいだろう。少年はフードを深くかぶっているが、その容貌を隠しきれていない。

 

 切れ長の青い目に細く通った鼻筋。金糸のように美しい髪。そして少し尖った耳。

 

 ボロボロの服を脱がせて風呂に入れ、身綺麗にした後に燕尾服でも着させれば、大貴族の令息にしか見えないだろう。

 

 しかし実際のところ、彼は身勝手な娼婦と女好きな冒険者の間に出来た子供であった。

 

 生まれて直ぐに帝都の孤児院の前に捨てられた時、彼の身に着けていたものといえば産着代わりのタオル一枚。そこには「ロミオン」と書かれた紙が挟まれていた。

 

 これは娼婦ロミと冒険者ミオンを合わせただけの安直な名付けであった。

 

 しかし、この「ロミオン」という名前と母親譲りの美貌、そして父親から引き継いだ少し尖った耳が彼の人生に大きな影響を及ぼすことになったのは間違いない。

 

「おい、ロミオン! こんなところにいたのか!」

 

 ロミオンは眉間に軽く皺をよせながら、路地を駆けて来た少年に顔をむけた。

 

「……ガスタか」

 

 ガスタはロミオンと違い、いかにもスラム育ちといった野卑な顔つきをしている。

 

 ロミオンの前まで来ると、ガスタは息を整える間も惜しむように、唾を飛ばしながら怒鳴る。

 

「ザックの奴が殺されたんだ!!」

「ザックが……? まさか……。いやしかし……それしか考えられない……。ついにこの時が……」

 

 ここでロミオンは知り合いの死を惜しむよりも、ある妄想を優先した。

 

 その妄想とは「自分はおとぎ話に出てくる伝説の種族エルフの末裔であり、そのことがバレれば世界中から嫉妬され命を狙われる」というものだった。

 

「ロミオンは何か知っているのか?」

「教えることは出来ない。これを聞けば、ガスタは巻き込まれる可能性が高い」

「……おう、そっか……」

 

 意味ありげに呟くロミオンに、ガスタは「また始まったよ」という顔をした。

 

 孤児院から付き合いのあるガスタはロミオンのことを「ちょっと頭のおかしい奴」として認識していた。

 

 ロミオンはある時からやたらと周囲の目を気にしたり、自分の顔を隠したり、意味不明なことを呟いたりするようになったのだ。

 

 それはロミオンとガスタが五歳の頃のことで、孤児院の院長から空想上の種族エルフの英雄「ロミオン」のおとぎ話を聞かされた後のタイミングだった。

 

 ガスタにとってエルフの件はただのおとぎ話であり、翌日には内容を忘れるようなものだった。

 

 しかし、ロミオンにとっては違った。様々な魔法と巧な剣術であらゆる種族間の問題を解決するエルフの冒険活劇に夢中になり、自分と重ね始めた。

 

 主人公の名前が自分と同じであり、エルフとロミオンの容姿の特徴が一致していたことも事態に拍車をかけた。

 

 院長が「ある国の王様の嫉妬により、エルフの英雄ロミオンは殺されたのでした」と語り終えた頃には「自分はエルフの末裔」とロミオンは信じ込んでいた。

 

 そしてその妄想は今もなお、継続中なのだ。

 

 ロミオンは立ち上がり、ガスタを押しのけるようにして歩き始めた。

 

「お、おい! どこに行くつもりだ? ザックをやった奴がスラムをうろついているかもしれないんだぞ? 喧嘩も出来ないロミオンが一人でいたら危険だろ……!?」

「あぁ。そうだな。しかし、それでも俺はいく……。俺が止めないと、いずれ同胞にも被害が及びかねない……」

「どうなってもしらねーからな!」

 

 ガスタはロミオンの背中に声をぶつける。しかし、ロミオンが振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 ロミオンはザックの死を「エルフを狙う組織による犯行」と断定していた。

 

 実際のところはスラムの縄張りをめぐって発生したギャング同士の抗争に巻き込まれただけだったのだが……。

 

「ザックは俺の素性に気が付いていたのかもしれない。それで、俺のことを庇って……。馬鹿な奴だ……。しかし、仇はとってやる」

 

 深夜。スラムのあばら家の中でロミオンは独り言ちる。そして、よごれたバッグからあるものを取り出した。それは木製の仮面であった。

 

 ゴムバンドを結び、ロミオンは仮面を装着する。それはピッタリと嵌って、ロミオンの美しい顔を覆った。更にフードを被る。どこからどう見ても怪しいやつだった。

 

 ロミオンは手鏡で自分の容姿を確認し、満足そうに頷く。そして、静かにあばら家を後にした。

 

 月明りがあるだけの暗い路地裏。普通の人であれば、灯がなければ歩くこともままならないほど闇は深い。

 

 しかしロミオンは昼間と変わらない様子で歩く。別に暗視の魔道具を使っているわけではない。魔力を目に集め、無理やり視力を強化していたのだ。

 

 魔力の密度が上がったことにより仮面の奥では青い瞳が輝いていた。暗闇のなか、二つの青光が宙を漂っているように見える。

 

 その光は急に建物の屋根へと移った。ロミオンが魔力で脚力を強化し、大きく跳躍したのだ。

 

 通常、魔力による身体強化には限度がある。どれだけ魔力を籠めたところで、人間の身体の限界を超えることは出来ない。

 

 しかしロミオンは自分を人間だとは思っていなかった。

 

「伝説の種族エルフに限界などない」という思い込みの力で身体の限界を突破していた。

 

 また、「エルフの魔力は無限大」という思い込みの力で人並外れた魔力も獲得していた。もちろん、そのことは周囲に秘密にしていたのだが。

 

「……血の臭いがする……」

 

 身体強化によって人間の何万倍もの嗅覚を得ていたロミオンは、風にわずかに含まれた血の臭いを逃さず捕まえていた。

 

 風上を睨み付ける。

 

「あそこだな」

 

 抗争の気配を感じ取ったロミオンは屋根から屋根へと大きく跳躍した。

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