フィリス
私は人を呪ってしまった。……人を呪えば穴2つ。私が早々に死ぬ事はきっと、運命によって定められていた。
きっと、きっとあの子ならば大丈夫。あの子なら生き延びてくれる。私は、そう信じて逝こう。
◇
私はイギリス魔法省大臣の座に就いた偉大なるシリウス・ブラックの長男、アケルナル・ブラックの第1の子にして、先妻が遺した唯一の娘であった。母、ビアトリクス・ブラック──グリーングラス家の令嬢は、生まれつき病弱であったと後に聞かされた。
私を産み落としたその日、彼女は静かに息を引き取った。
人々は口を揃えて言った。「グリーングラスの娘ならば、致し方ない」と。それは慰めではなく、冷え切った諦めの響きを帯びていた。
父アケルナルは、当然のごとく政略結婚を強いられた。母の死からわずか半年足らずで、新たな伴侶──スーザナ・ダンブルドアを迎え入れたのである。スーザナは聡明で、あらゆる学問に通じた才媛であった。
先妻の娘である私にも隔てなく愛情を注ぎ、その柔らかな手は幼き私を一度も突き放さなかった。私は15歳になるまで、彼女が生みの母ではないことに気づかぬほどであった。
やがて私は、将来この人のような母となりたいと願うようになり、そのために研鑽を積んだ。学び、礼節を磨き、振る舞いを整えた。スーザナはいつも私を褒め、励ましてくれた。産みの母ではなくとも、彼女は間違いなく私の母であった。
ホグワーツを卒業した私は、しばし魔法薬学の研究に没頭した。
そして23歳の年、ひとつの縁談が持ち込まれた。
相手はスリザリンの血を継ぐゴーント家の長子、イーサン・ゴーント。名門の名を背負いながらも、無学、乱暴、傲慢──そして金に卑しいという悪評が常に付きまとっていた。スーザナは烈火のごとく反対し、父さえ渋い顔を見せた。
それでも私は承知した。愛など必要ではなかった。家の存続と権力のためならば、この身を差し出すことを躊躇わなかったからだ。
それは純血主義の名家たちが表では誇らしげに掲げ、裏では彼らの嫌うマグルの
妹であるメロペーは最後まで反対したが、私はその言葉に耳を貸さなかった。メロペーは悔し紛れに私の結婚を祝福した。
そして、その年の夏、私はイーサンの妻となった。
だが婚儀から間もなく、フランスよりやって来たマルフォイ家の娘、コルネリアが妾として屋敷に迎え入れられた。この時代、男が妾を取ることは珍しくない。私は構わなかった。ただ、ゴーント家の血を後世へ残せればそれでよかった。
やがて私の懐に命が宿った。イーサンも、そしてコルネリアも祝辞を述べた。コルネリアは特別に喜び、絢爛豪華な香り玉や化粧品を贈ってきた。甘やかな香りと色彩は、毒にも似た魅力を湛えていた。
だが、懐妊から三か月目の夜、私は血の海の中でその命を失った。理由は分からぬ。何故あの子を守れなかったのか、私には見当もつかなかった。
さらに一年後、再び授かった命も、半年を待たずして水の底へと還っていった。
──丈夫な子を産むことこそ、この家での存在意義。
それを二度も果たせぬ私は、影のような存在となった。
二度目の流産の折、人々は私の背に向かって囁いた。
「グリーングラスの娘ゆえ、呪われているのだ」
その言葉は、亡き母を辱める刃であった。私は激しい怒りに震えた。
けれど何よりも、イーサンの冷ややかな視線、そしてコルネリアの侮蔑を含んだ微笑みは、静かに、確実に私の心を削り取っていった。
3度目の命を失ったのは、冬の星の綺麗な夜だった。
医師は形だけの慰めを述べ立ち去る。夫は言葉すら投げかけなかった。
暫くの沈黙がこの部屋を外気よりも冷たく、鋭いものにした。この部屋に、暖炉の火が灯っているとはとても思えなかった。
その沈黙を破ったのは、嘲るような声だった。
「やはり、貴様には
イーサンの吐き捨てるような声が、凍てついた空気を裂く。途端、視界が歪む。怒りと屈辱が同時に押し寄せ、声が喉を突き破った。
「
喉が焼けるように熱い。怒りか、絶望か、自分でも判別がつかない。
「私を、
取り乱している私に対して、イーサンはこれ以上に攻撃をする事を決めたようだった。
「貴様の母親は既に亡くなったそうじゃ無いか。その母親が
「私の母上はグリーングラス家の者です。
その瞬間、背後で小さな笑い声がした。
柱の影に立つ侍女が、コルネリアと視線を交わし、口元を歪めている。
視界の端で、コルネリアの指先がきらめく――あれは、私に贈られた香り玉と同じ色合い。
血の気が引く。
──!? 嵌められた。
胸の奥が燃えるように熱く、同時に全身が凍るように冷たい。
その瞬間、使用人の一人がふと目を逸らした。もう1人も、そしてもう1人も──皆、私を見ようとしない。誰も私を慰めない。
これで全て理解した。この屋敷に仕える全ての者が、
十中八九、この家に興味を持てなかったからだろう。
笑いが漏れた。
乾いた音のそれは、泣き声と酷似していた。
笑いが漏れた。
乾いて、割れた陶器のような音だった。
それは笑いなのか、泣き声なのか、自分でも判別がつかない。
胸の奥で何かが裂ける音がした。
もう、理性という薄氷は持ちこたえられない。
残されたのは、憎悪と呪詛だけだった。
「えぇ、分かりました。分かりました。子が産めぬ女は不必要な
言葉を吐き捨てた瞬間、胸に残っていた最後の糸がぷつりと切れた。
夜明けを待たず、私は屋敷を飛び出した。あの家に留まれば、次に奪われるのは、子ではなく──私の命だと直感していた。
冷たい夜気の中を歩きながら、足がふらつく。
……子を3度も守れなかった母の命に、果たして価値などあるのだろうか。
その問いは、答えを出す間もなく、胸の奥で澱のように沈んでいった。
「……私は、どうすれば……良いのでしょう。我が主よ……」
辿り着いたのは、人の気配のない森の奥、ひっそりと佇む無人の館だった。
暖炉も火もない空間の床に身を横たえ、一夜を凌ぐ。
その夜、夢は容赦なく私を踏み躙った。
あの優しかった母は私を軽蔑し、妹は冷笑を浮かべ、父は一片の情もなく私を勘当する──目覚めた時には、心臓が痛むほど早鐘を打っていた。
気付けば、私は見知らぬベッドの上にいた。
反射的に杖を握り、周囲を見回す。壁紙、窓の造り……客室らしいが、人影はない。ここはあの館の部屋の1つなのだろうか。
「おや、お貴族のお嬢様かい?」
不意に現れたのは、中年の女性だった。
「杖を下ろしてくれないかね? 私は、今杖を持っていない。貴女様に攻撃する術を持っていませんよ。」
「……っ貴女は、魔法を……知っているのですか?」
女性はニコリと笑みを返す。
「この村じゃ内緒さ。私も昔はホグワーツに通っていたんだよ。マグル出身者だったけどね……」
その後、彼女は語ってくれた──ここはトワイグフェレストという村であること、20年以上前にホグワーツのハッフルパフ寮にいたこと、そして、なぜか私のことを少し知っているらしいこと。
「お前さん、ブラック家のお嬢さんじゃないのかい? そんな方が、どうしてこんな辺鄙な村へ?」
そう言って、彼女はどこからか蜂蜜酒を取り出し、私の手に渡した。その仕草は、あのスーザナを思わせる穏やかさを纏っていた。──気づけば、私はこの女性に心を開き、口を開いていた。
「……私は、ゴーント家に嫁ぎました。けれど、子を3度も流し……それが、あの家の妾の仕掛けた罠だと知ったのです。あのままでは、私は殺されるでしょう。ですが……帰る場所もございません。……ここに置いていただけないでしょうか?」
女性は深く息を吐き、気の毒そうに私を見つめた。
「……大層つらかったろうね。私には想像もつかないほどの苦しみに、揺蕩ってきたんだろう。この館は、昔この辺りに住んでいた魔法使いの家だが、今は誰も使っていない。自由に使いなさい。そして……よければ私にも、名を教えておくれ」
「私は……フィリス。苗字は、もう捨てました。……貴女の名前は?」
「私は、メアリーだよ。よろしくね。」
◆
その後、私は村の中で使える薬草を集め、薬を作り村人に配った。最初こそ、信用されなかったが、次第に信用されていき、私の事を賢女とまで言ってくれる人まで居た。
自分の人生に初めてやりがいを感じられた。人から感謝される事が、何よりも楽しいと幸せだと感じられた。
この村にやって来て半年が経った頃だった。
あの日以来、解いて居ない荷物を解こうと唐突に思った。特に意味の無い行動だった。意味の無い行動の筈だった。
「えっ……」
荷物の中には、ゴーント家の家宝。スリザリンのロケットが乱雑に入れてあった。
血の気が一気に引いたように思えた。これだけは急いでゴーント家に送らなければ面倒な事になるのが一目瞭然の品だった。
「ふくろうに、送らせるか……」
手紙を書こうとした時、私の中の悪意が暴走した。少し経って、善意を取り戻した頃には既に、ロケットを梟に託していた。
「──私は、きっと碌な末路を辿らないだろう……ね」
ロケットに呪いをかけた。子孫がどんどんと没落していく呪い。あんな、気の狂った家は……滅んでしまえばいい。それが100年経とうが300年経とうが、500年経とうがどうでもいい。
いつの日か、没落して荒ら屋で暮らせばいい。いつの日か、その家宝として大切にしてきたロケットすら質に出さなければならないようになれば良い。
「アハハハ……」
人生で一番心が爽やかな日だった。……なんて虚しい人生だろう。人を呪ったその日が一番、心が爽やかだっただなんて。
◆
それから暫くは、変化の無い毎日を送っていた。
「お姉様! どうか、どうか戸を開けてください!」
とある春の夜更け。館の扉をドンドンと叩く聞きなれた声が聞こえた。私は、既に床に入っていたが急いで玄関に向かい扉を開ける。
「メロペー!? 一体、こんな夜更けにどうして……」
そこには、メロペーとメロペーに使えていた侍女であるコーデリアが居た。コーデリアは馬を引いており、2人とも非常に焦ってここまでやって来た事が良く分かった。
「フィリス様!?」コーデリアは驚いて声を上げた。
「娘を……娘を助けて下さい!」
メロペーはそう言って涙を流し始めた。私はあまりにも話について行けなかった。メロペーがネクロタフィオ家に嫁いだ事は風の噂では知っていた。彼との子なのだろうか?
「落ち着きなさい、メロペー……この子は……?」
「生まれてからまだ一度も産声を上げていないのです!」
そう言って生まれたばかりの娘を姉に見せた。
「メ、メロペー……
「この子は死んではおりませんわ。お姉様。この子は私と彼との娘ですもの。きっと美しい娘へと育ちますわよ。なんて言ったって、ブラック家とネクロタフィオ家の血を継ぐ子ですもの。
……──この子は生きているだけでいい。生きているだけで尊い……。愛おしい。どうか、お姉様。お姉様! この子を……この子の命を……助けてやって下さい!」
私の目から見て、赤子は死んでいないように見えた。呼吸は確かに弱いが、それでも生きている。今、メロペーに現実の話をしても彼女の耳には入らないだろう。処置をすると言って一旦引き取り、少し様子を見よう。そうすれば、全てが順調にいく筈。
「……分かりました。貴女とアルバート・ネクロタフィオ伯爵の子の助命を致しましょう」
私はそう言う。メロペーは大切そうに赤子を渡した。私は、家の中へ入って行く。
「貴女達も入ってきてください。そこは寒いでしょう?」
そう言った頃には、すっかりメロペーは憔悴しきっており、私の言葉など聞こえていないようだった。代わりに、コーデリアがメロペーの背中を押して、家に入って来た。すぐに魔法で机と温かい蜂蜜酒を用意したが、メロペーは暫くしない内に眠ってしまった。
「……フィ、フィリス様。フィリス様であれば、分かりますよね? その赤子は亡くなっていないと。」恐る恐るコーデリアは聞いて来た。
「コーデリア、貴女は分かっていたのですか?」
コーデリアは、失言してしまった。と言う表情で私を見ていた。
「いいのです。先ほどまでのメロペーは何を言っても聞く耳を持たなかったでしょう。……この子は時期に目覚めます。特に何の処置もせずに目覚めるでしょう。……メロペーに色々と聞かれたは面倒です。〝不思議な事が起こった〟とお答えなさい」
そう言った頃には、既に赤子が息をし始め、大声で泣き始めた。それでも、メロペーは起きない。よっぽど疲れたようだ。
私は、赤子をあやし眠らせる。赤子は想像以上にすぐに眠ってしまって驚いた。
「──私も、あんな事が起きなければ……赤子を抱けたのでしょうか?」
「フィ、リス……様。その、ご不幸が……重なった、と聞きました。えっと、心よりお悔やみ申し上げます。」
眉をハの字にさせながら、そう言った。私の余計な独り言が、彼女を困らせてしまったようだ。
「別に、もう良いのです。2年は、過ぎ去りましたから。それに、私はもう既に全ての背負うべき立場と運命を捨て去った者。……私を敬う必要などございません。」
「は、はい……えぇっと、そのフィリス様。一体、何が……あったのでしょうか?」
「コーデリア。知るべきでは無い真実と言うものがある事はご存知ですか? 貴女は、その領域に足を踏み入れようとしております。それ以上の言及はお止めなさい。」
「ご、ごめんなさい」
そのような会話をしている時、赤子は小さないびきをかきながら寝ていた。
──もしも、私があの家で子を無事に産む事が出来ていればどうなっていたのだろうか? もし、私の腹から子供が産まれていたならば、なんという名の子供になっていたのだろうか?
「いいえ、もう、過ぎ去った事。もう、御忘れなさい。フィリス」
そう独り言を言った頃には、コーデリアも眠っていた。また彼女を私のつまらない独り言で困らせてしまう事にならなくて良かった。
メロペーは朝焼けが目に刺さる頃に目を覚ました。メロペーが目覚めるとそれに呼応したように、赤子も元気よく泣き始めた。
「メロペー。貴女の娘は息を吹き返しましたよ」
「あぁ……良かった。良かった! ありがとうございますお姉様! こ、このお礼をどう申せば……」
「いいのですよ。メロペー。私は当たり前の事をしたまでです。寧ろ、私は贖罪として人の命を救わなければならないのですから……」
そうして、メロペーはコーデリアが引く馬に乗って帰って行った。あぁ、主よ。あの愚かしき母子に幸せが在らんことを。
◆
あの日、メロペーが私の住まう館にやって来て、丁度1年が経った頃だった。
「お姉様!」
戸が強く叩かれた。あの懐かしいメロペーの声だった。今度は、一体どうしてしまったのだろう? 既に休んでいた私は、素早く身支度を整えて、外へ出る。
「ど、どうされたのですか……?」
「取り敢えず……中へ。中へ。今からの話は、誰にも、森の動物達にも聞かれてはなりませんから……」
メロペーは息も絶え絶えだった。一体、何があったのだろう? 私はメロペーを介抱しながら家の中に引き入れた。
「次はどうされたのですか? メロペー……」
「この子を……どうか、この子を私の代わりに育てて欲しいのです。まるで実子のように愛してやってほしいのです。」
意味が分からなかったどうして、メロペーは、我が子を手放さなければならないのだろう?
それと同時に欲が湧いた。私は、もう諦めた筈の子を育てると言うチャンスを手に入れてしまった。……この欲は醜く汚らしいものだ。穢れている。欲をどうにかどうにか心の奥底に押し込んで、メロペーを見る。メロペーの目は既に涙に溺れていた。
「ま、待って下さい。話が読めません。一体、どうしてこの子を……私が育てるのですか? この子の母親は貴女で父親はアルバート・ネクロタフィオ伯爵でしょう?」
「……この子は、生まれながらに身体の弱い子だったそうです。
嗚呼、私達姉妹はどうしてこうも上手く行かないのだろうか? 私達姉妹の結婚生活はどうして、こんなに散々なものなのだろうか?
「私は、この子を自らの手で殺める。と嘘を吐いて館を飛び出して来ました。お姉様、貴女に頼る為に。私の代わりにこの子を育ててやって欲しいのです。まるで実子のように大切に育てて欲しいのです。きっと、きっと貴女ならば上手くいくものでしょう。貴女はいつだってそうでしたから……」
私に子を育てる資格など無い。子供を3度も水に流した女だ! ……このままでは、産めなかった子への裏切りに、冒涜になってしまう! 何よりも、何よりも私は人を呪った魔女だ。悍ましい魔女だ。そんな女が……?
「……私には、子を育てる資格など──「あります! 貴女は聡明です。貴女は美しいです。きっと貴女ならば、この子を立派に育てられる筈です!」
……──このチャンスを? このチャンスを私が、私が手に入れていいのだろうか?
「この子の名前は?」声が震えた。
「アルテミシア……です。ギリシャの月女神であり、魔女達の女神。美しい名前でしょう?」
嗚呼、なんてめちゃくちゃな話だろう。狩猟と貞潔の女神アルテミスの侍女であるプレイアデス七姉妹の
私の妹は愚かだったのか? 否、一族の名前にギリシャ神話に登場する神の名しか頑なに付けないブラック家の風習の所為か? もう、訳が分からない。
私は、どうすればいいのだ? きっとこの後、メロペーはアルバート・ネクロタフィオに殺されるだろう。子は母と死ぬ運命にある? そんな不条理あってはならない?
『──引き取れ、その子は貴女の宝になる』
そうね、きっときっと。私は、この子をアルテミシアを引き取る事を
「えぇ、そうですね……」
私は、彼女からアルテミシアを引き取った。アルテミシアはこんな澱んだ心を持つ
「それでは、私は帰ります……」
「ど、何処へ? まさかとは思いませんが、アルバート・ネクロタフィオ伯爵の元へ?」
「えぇ、その通りです。」
何を言っているのか、何を言っているのか? 神は運命を知らぬのか? 猟と貞潔の女神アルテミスの侍女であるプレイアデス七姉妹の
「貴女は……貴女は! 娘を捨てにここまで来たのですか!? 何度も子を産み損ねた都合のいい女が居るから、その女の元に捨てに来ようと私の元を訪れたのですか!?」
私が気が付いた頃には、妹の頬を叩いてヒステリックな叫び声を上げていた。
「……私は……あの人を愛したのです。もし、死ぬのであれば──あの人の腕の中がいいのです。けれども、この子の事もまた愛しているのです。この子にはどうか……生き延びて欲しい。」
「──見下げ果てました。貴女がそこまで……愚かな女だとは思ってもいませんでした。──貴女が自らの娘を捨てる罪人だとしても、この子には罪はない。えぇ、いいでしょう。私はこの子を育てましょう」
私は、全てを割り切る為にそう言った。妹は健やかそうな笑みを浮かべていた。この子は……この子は、この子は!
「ありがとうございます。お姉様。……どうか、どうか……幸せになってください。」
そう言って、メロペーは立ち去った。それが、私が見た最後の
暫くして、メロペーは、アルバート・ネクロタフィオ伯爵に。伯爵は自身の弟であるセバスチャンに殺された。と風の噂で聞いた。本当か嘘かは知らない。嘘であってほしいと言う感情と同時に本当であってほしい。と言う感情が交錯した。
◆
「お母様。お薬の仕分けが出来ました!」
アルテミシアは、そう言って誇らしげな笑みを見せる。この子はメロペーが言った通り、確かに身体の弱い子だった。1人で家から出る事も憚れるような虚弱体質だった。それでも、村の人々は優しかったし、アルテミシア自身も幸せだった。
それでも、私の心は曇るばかりだった。あの子に、本当の光を空気を触れさせてあげたかった。
……嘆いているばかりではいられない。私は、あの子の為に出来うる限りの全てをやり遂げた。私は、幸運にも魔法薬に明るかった。あの子の苦痛を、あの子を少しでも救ってやれる薬を……。
私の時間もそこまで長くない。きっと、グリーングラス家に刻み込まれた呪いが発動するのも、遠くない未来だろう。
◇
私の努力が実を結んだのか、それとも神の気紛れかアルテミシアの症状を少しでも軽くする薬を作ることに成功した。
「じゃあ、お母様行ってきます!」
「えぇ、夕方になる前にはかえって来なさい。」
この子は、ミーシャは1人で薬の配達の為に、村を歩き回れるぐらいには元気になれた。
私は、このトワイグフェレストの近くに住まう従妹。ペーネロペーが嫁いだプリンス家に協力を仰ぐ事によって、最悪を回避しようとしていた。
今考えられる最悪。それは、ネクロタフィオ家の現当主であるセバスチャン・ネクロタフィオにこの子が目を付けられ、殺される事だった。親族殺しをした彼にとって、兄の子であるこの子を殺す事は造作もない事だろう。
それでは、全てが台無しだ。全ての背負うべき立場と運命を捨て去った者である私には、後ろ盾が無かった。出来るだけ、強力で信頼出来る後ろ盾を作らなけばならない。
プリンス家当主のサミュエル・プリンスの返答は、いつの日だって芳しい物とはいえなかった。
しかし、丁度アルテミシアと同い年のクリフォードとアルテミシアは、仲の良い関係になってくれた。この関係は、いつの日か役に立つのかも知れない。
それに、ネクロタフィオ家に生まれた子供は2人とも娘だ。ネクロタフィオ家の影響力は、いずれ失われるだろう。
全てが、平和だ。私は、平穏な日常を下さった主に感謝の祈りを行ってから、今日の調剤を始めた。
◇
「ただいま戻りました! お母さッ──」
娘の、ミーシャの声は途切れていた。声が聞こえた方を見れば、帝国からの商人を名乗る2人組の男が居た。2人組の片割れは、ミーシャの首筋に剣ヲを当てていた。あまりにも信じられない状況で視界がグラリとした。
「ミーシャ!? 貴方達は一体何者ですか!?」
「悪魔と契約した忌まわしき魔女め! 少しでも動いてみろ! お前の娘の首と胴体は分かれる事になるぞ!」
嗚呼、主よ。人を呪えば穴2つとはこの事でしょうか?
「一体、何事なのですか?」
それでも、私は気丈に振舞おうとした。
「貴様達魔女の母子の所為で、この村の作物の実りが悪くなったんだ! 悪魔と契約した魔女が居るからだ!」
嗚呼、主よ。人を呪った魔女への罰とはこの事でしょうか? ならば、この者達が言う魔女に私はなりましょう。
「そうですか……ならば、そう言う事でしたら……」お母様は苦し気な表情をしていた。そして、何かを覚悟した表情になる。
「フィリス・ブラック。堕ちてもブラックの血筋。そこに居る愚かで醜い魂を持つ商人よ、覚悟しろ!」
私は、武装解除魔法と失神呪文を発する。3本の光線が杖から発せられ、ミーシャの首元に当てられていた剣は後方へと飛んでいき、それと同時に2人とも気絶した。
「さぁ、ミーシャ。逃げましょう。この村から逃げましょう。」
私は素早く身支度を整え、ミーシャの手を引いて家を出た。外は、雪が降り始めており、とても寒かった。手は悴んでいたが、ミーシャの手の温もりがあったから、何も怖く無かった。
「はい。」
バシュッと風を裂く音が聞こえた。突如、足元に何かが突き刺さったような激しい痛みが走った。自分の足を見れば、足に矢が突き刺さっていた。私は痛みと衝撃から、地面に倒れ込んだ。
『立ち上がれ! 私の魔女よ。私の偉大なる魔女よ。貴女は、まだ立ち上がり娘の手を取る事が出来る!』
私は。きっと死ぬのだろう。あの怒り狂った村人たちに殺されるのだろう。……私は、人を呪ってしまった。人を呪えば穴2つ。私が早々に死ぬ事は運命によって、定められていたんだ。
「ミーシャ。私の愛しい娘よ。お逃げなさい。この……杖を持って。……この森から抜け出しなさい。」
私は、ミーシャに杖を渡した。
私は、ミーシャに未だに魔法を教えた事が無い。ミーシャの虚弱体質の原因は、1人の幼子が抱きかかえるには大きすぎた魔力が原因だった。魔力の所為で身体を内側から蝕んでいた。
私は、出来る限り魔法からミーシャを遠ざけていた。それが、今となって悪影響になるとは夢にも思わなかっただろう。
「お、お母様は……? お母様は……どうなるのですか!?」
私の娘は泣き叫んでいた。
「いいから、お逃げなさい! あの村人達が来るより前に!」
私はそう言って娘の背中を押した。ミーシャは走る。あの村人達から逃げ、この森から抜け出す為に。
『娘は、弱い。あの娘は弱い。立ち上がれ、お願いだ、立ち上がってくれ! 孤独なアルテミシアを助けて!』
「魔女が居たぞ! 捕らえろ!」
村人たちは挙って私を取り押さえた。嗚呼、痛い。痛い。けれども、それでいい。人を呪った愚かな魔女の末路としては、真っ当なものだ。
『アルテミシアは、1人ではこの森から抜け出せない。愚かすぎるぐらいには、純粋だから。お願いします。お母様! 立ち上がって!』
気が付けば、私は村の広場に運ばれていた。広場には、木で作られた十字架が高々と置かれていた。これは、火刑台。私は今から燃やされるのだ。私の身体は最後の審判の時に残らない。嗚呼、なんて恐ろしい事か……。
「フィリスは魔女だ! 異端には業火をもって裁きを! 悪魔と契約した穢れた女を殺せ! さぁ、魔女に鉄槌を! 正義の断罪を!」
「魔女に鉄槌を!」「魔女に業火を!」「魔女に天罰を下せ!」
マグルよ。愚かな者に扇動され、凶行に走る愚かな人々よ。きっとあなた達の罪は神が赦そう。
私の足元に置かれた藁に火が灯された。焦げた藁の匂いが次第に高々と挙がって来る。一瞬にして、私の視界は黒い煙に覆われる。人々は、歓声を上げ始めた。
『お願いします。お母様。これは……これは、いけない。あの子の為にアルテミシアの為に、貴女は運命に抗って……!』
──きっと、きっとあの子ならば大丈夫。あの子なら生き延びてくれる。私はそう信じて……逝こう。
◇
「アルテミシアは魔女だ! 異端には業火をもって裁きを! 悪魔と契約した穢れた女を殺せ! さぁ、魔女に鉄槌を! 正義の断罪を!」
「違う……違う……私は……わた……」
──どうして……どうして、ミーシャが? 私の娘が火刑台に居るの!?
「魔女に鉄槌を!」「魔女に業火を!」「魔女に天罰を下せ!」
村人たちは各々にそう叫び始めた。
ミーシャは、逃げていた筈では……?
『アルテミシアは、森から逃げられない。貴女が、生を否定してしまったから。貴女が、生を否定してしまったその時から、アルテミシアは火刑台に向かう事は運命によって定められていた。』
私が、私の所為で……アルテミシアの未来は……?
「も……もう、やめて。私が、私が……私が、何を……何をしたって言うの?」
「どうして、どうして……ミーシャが、私の娘が何をしたって言うの?」
『貴様達ハ何モシテイナイ。愚カデ醜イ人間ハ、自ラノ利益ノ為ニ凶行ニ走ッテイルダケダ……』
「あ、あがっ……グっ、ど、どう……どうして……?」
ミーシャは苦しみ始める。火はあっという間にミーシャを包んでいた。揺らめく炎の向こう側に嗤う商人の男たちが見えた。アイツの所為だ。アイツらが来てからこの村はおかしくなった。
『憎ラシイダロウ。人間ガ憎ラシイダロウ! 人間ナド……否、此ノ地上デ生キ永ラレテイル命アル者ハ、全テ滅ンデシマエバ良イ!』
「「……お前らが私を魔女と呼ぶならば、私は世界を呪う
『ナラバ、我ノ力ヲ貸ソウ! 復讐ハ罪ガ故ノ者。愚カナル人間共ヨ、ソノ罪ノ罰ヲ粛々ト受ケ入レロ!』
「「燃エロ、燃エロ、ソノ穢レタ魂ヲ全テ燃ヤシテ仕舞エ! アア! 燃エテシマエ、全テ燃エテシマエ! コノ永遠ノ喜劇ニ花ヲ咲カセヨウ!」」
◇
昏い森を〝ワタシ〟は彷徨っていた。
〝私〟は遠い昔に肉体を燃やされ、〝わたし〟の魂はこの森を永遠に彷徨う事になった。
守るべき者の為に〝ワタシ〟は彷徨い続ける。守るべき者の名前は忘れた。けれども、唯一覚えている事がある。〝神聖で偉大なる意志を継いだ愛しい娘〟である事である。
この森に未だ根深く残る穢れた意思が見せる幻想。何度覚めても覚めない悪夢。〝トワイグフェレストの悲劇〟
また、〝私〟が〝わたし〟を否定しようと、わたしを追いかけてくる?
〝ワタシ〟はいつになったら、この森から出れる?
嗚呼、夜空を自由に飛び交う梟よ、〝私〟の思いをあの子に届けておくれ……。
結局魔女は森を抜け出す事は出来ませんでした。
……されど、憐れむ必要はないのです。
ワタシもアナタもこの
めでたし……めでたし……
Phyllis
『嗚呼……この世界でも、アルテミシア・カーライルは……生まれない』
フィリス:
シリウス・ブラックの孫、アケルナル・ブラックの第一子であり、長女であり、先妻の子。母は、ビアトリクス・ブラック。グリーングラス家の血を継ぐ者で、フィリスを生んだのと時同じくして亡くなる。
ゴーント家に嫁ぐが、諸々あって離脱。トワイグフェレストという村に辿り着き、たまたま出会ったメアリーと言う中年女性に助けられた。純血主義者ではない。
その後、更に諸々ありアルテミシアを引き取る。数年後、火刑にされる。
この世界線の場合、もしかしたらヴォルデモートの時代にゴーント家が没落していたのは、この人が原因かも知れない。
イーサン・ゴーント:
当時のゴーント家の人。無学で乱暴で傲慢。そして金に卑しいという悪評が常に付きまとっていた。
フィリスを娶った直後に他の女を娶るが、この時代的にはもしかしたら普通かも知れない。
コルネリア・マルフォイ:
フランスから移り住んできた魔法族、マルフォイ家の娘。
フィリスが3度子供を流産させたのは、この人の所為。
メアリー:
トワイグフェレストという村に住んでいるマグル生まれの魔法使い。フィリスの事を何となくしている。20年前にホグワーツに属しており、その際ハッフルパフだった。
メロペー・ネクロタフィオ:
シリウス・ブラックの孫、アケルナル・ブラックの4人目の子供であり次女。
そして、アルバート・ネクロタフィオの妻でアルテミシアの母。
不器用な人。
結構、フィリスに怒られている。
アルテミシアをフィリスに預けて、自分はアルバートに殺されている。フィリスの心の声から娘の名付けについて突っ込まれていたが、アルテミスとメロペーの関係を単純に知らなかった。
アルバート・ネクロタフィオ:
殺人卿と呼ばれた人。妻であるメロペーを殺した後、弟であるセバスチャンに殺されている。
アルテミシア:
身体の弱い可哀想な子供。フィリスの薬のお陰でどうにかなった。
しかし、人に騙されて魔女狩りに遭い、最終的に殺されてしまう。
余談語りパートです:
みてもみなくてもどうでもいい作品の余談、裏話、解説みたいな事を書いています。
https://privatter.me/page/68a3845cf1d04
新生活が始まってもう半年ぐらい経っているのに、慣れないのかよ。と突っ込みを受けそうですが、中々慣れません。その為、9月以降の投稿はどうなる事やら……。と言った具合です。
一応、Twitterの方で進捗報告やら、絵やらその他戯言やらを言ってたりします。そちらもよろしくお願いします。→https://x.com/Kayama_Hari
また、感想返信が全く出来なかった事をここで謝らさせていただきます。何を言っても、ネタバレに繋がりそうで、怖くて何も言えませんでした。感想はいつも見て、ニタニタ笑みを零させていただいております。ネタバレにならない程度に返信出来る能力を会得し、返信していきたい所存です。