君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 よろしくお願い致します。
 原作完結に伴い、やったろとなりました。
 具体的には最新刊のパンダ先輩の加筆エピソードで脳が痛くなりました。
 


 ※以下、自分で人物の音声を考えるのが面倒だなという方のみ参考にしてください。


 ・白髪の主人公(理想CV:入野自由)
 ・父(理想CV:小山力也)
 ・母(理想CV:高山みなみ)
 ・秘書(理想CV:楠大典)






家族と入学と条件
第一話 光陰燃ゆる


 

 

 

 

 初めて会った時言った言葉は、綺麗。

 君を一眼見た瞬間に。網膜に君の光が届いたその時に。

 そこからの世界は、いつもよりずっと鮮やかで。

 

 その言葉の意味を、僕はあの日痛感した。

 人生で初めて見た、「綺麗」な人。心臓が潰れるくらいに。

 僕がどうなろうと、この気持ちだけは忘れない。

 

 

 

 

 ずっと傾いた天秤を戻す日々だった。いずれ、そういう人生になる筈だった。

 貴女はそんな僕の前に現れて、天秤を蹴り上げてしまった。

 

 

 

 

 

 とんでもない人だ。

 おかげで僕の世界は傾き過ぎて、ひっくり返ってしまった。

 

 

 

 

 

 だから、貴女が好きです。

 この先どれだけ呪われても、ずっと貴女を愛しています。

 

 

 


 

 

 

 

 

 午前五時半。

 部屋中央の布団に臥す少年──阿頼弥啓(あらやけい)の意識が点く。

 覚醒である。

 

 最初に感じるのは枕の感触。いつも通りの、滑らかな肌触り。

 少し暑い。寝返りを打つ。耳元で布の擦れる音がする。

 布団や部屋、熱気の独特な匂いが、僅かに鼻を抜ける。

 

 

 薄らと眼を開ける。

 まずは指が視界に入って、次に腕、自分の長い白髪、布団。

 そして──。少女。

 

 

「…………………………ぇ」

 

 

 情けない声だと、後になって思った。

 数秒硬直してから、啓は飛び上がり高速で後退った。声も出なかった。

 そのまま手を滑らせて頭から転げて、障子を突き破って止まった。

 ガタガタ。ドカ、ドゴン。騒がしい音が鳴る。

 

 

「んん……るっせぇなぁ」

「グフ、いや、悪いとは思ってるけど、元凶がその言い草は無いと思います……」

 

 

 啓はフラフラと立ち上がりながら、布団の方へ悪態を飛ばす。

 同じように起き上がる少女には全く聞こえていないだろうが。

 

 

「ったく……人の睡眠邪魔しやがって」

「真希ちゃんそれ僕が言うやつね……」

 

 

 緑がかった髪。真珠が混ざったような白い肌。長い睫毛。

 少女の名前は禪院真希(ぜんいんまき)

 理不尽な真希に啓はしっかりツッコんでおく。

 

 

「つーかまだ六時前じゃねえか、ふざけんなよ」

「それもこっちのセリフだからね……」

「…………」

「二度寝しないで」

「……朝は鮭の気分だな」

「挙げ句の果てに朝ご飯のリクエストいやまぁ用意するけどさ……!」

 

 

 我儘というか自由というか。

 相変わらずな彼女に呆れはするけど、不思議と嫌な気持ちにはならない。

 

 

「あーもう……」

 

 

 真希の顔を見たら不満が消えてしまう自分が、真希に怒ったりできる訳が無い。

 とりあえず許すかという考えになって、右手が勝手に真希の頭を撫で始める。

 

 

「お、おい……」

「良いでしょこれくらい。宿泊費です」

 

 

 不意打ちのせいか、少し照れながら啓を睨む真希。

 だが真希を許す見返りとして、啓は堂々と頭を撫でる。

 

 真希は一息吐いてから、啓の膝に頭を乗せ直した。

 

 

「で、いつこっち来たの?」

「今日の0時ぐらい」

「え、そんなに遅いなら寮で良かったんじゃ……」

「ここで寝てぇと思ったんだよ、悪ぃか」

「最高です」

 

 

 良い意味で心臓発作を起こす啓。今日は朝からダメージが多い。

 

 

「つーか入学今日だろ? 迎えに来てやってんだから感謝しろよな」

「あー……いや、だからって連絡しなくて良い訳じゃないからね?」

 

 

 膝上の真希を嗜める啓は、まるで母親のようだ。

 華麗に無視して、真希は続ける。

 

 

「にしても入学の手続きとかしてたの三週間くらい前だろ? 時間かかり過ぎじゃなかったか?」

「あぁ。それはあれだね、家庭の事情ってやつ」

「……もしかして邪魔されたのか? 誰にだ?」

 

 

 真希の眼が僅かに細まる。少女らしからぬ鋭い眼光をする。

 威圧感のある眼に啓は狼狽えて、苦笑する。

 

 

「いやいや、そうじゃないよ。お祖父ちゃんがいた頃だったらそうなったかもだけど。……父さんがね、初めて阿頼弥から高専生が出るんだから、少しくらい箔付けて行けってさ」

 

 

 そう言って、啓は一枚のカードを出した。それには真希も見覚えがある。学生証だ。

 寝転がりながら手渡された学生証を見ると、写真の横には「一」の字がある。それは、呪術師一級を表すものだった。

 思わず起き上がった。

 

 

「一級って……まさかっ、取ったのか? 三週間で?」

「正確には二週間とちょっとだね。せっかく真希ちゃんと同じ学校に通えるんだからなるべく早く済ませたくて。結構無理しちゃった」

 

 

 父さんにも色々手伝ってもらっちゃったしと、笑い混じりに言う。

 真希は思う。そんな軽いもんじゃねえだろうが。

 

 

 一級は全ての術師が通る高い壁だ。

 才能があろうと無かろうと、誰しもに立ち塞がるそれは等しく現実を突き付ける。

 一握りの強く、飛び抜けた者だけがその壁を壊し、あるいは乗り越えられる。

 

 それを二週間で。

 デラタメかよ。とも思うし──

 

 

「しちゃったじゃねえんだよ当て付けかテメェおい」

 

 

 とも思って、胸ぐらを掴んでぶら下げた。

 

 

「あ……ごめんなさい」

 

 

 


 

 

 

 歳が近いから──。

 

 

 私に白羽の矢が立ったのなんてきっと、その程度の理由で。

 本当はたぶん、私じゃなくても良かった。

 

 私より一つ下の子供が、向こうにもいるのは聞かされてた。

 子供の仲を切り口にして取り入る、ってのが親父達の狙いだったんだろう。

 

 

 

 最悪だった。

 家の道具にされるのもそうだが、禪院(ウチ)と同じ腐った名家のボンボンにゴマすりとか。

 憂鬱で仕方なかった。ブン殴って台無しにして帰ってやろうか。

 

 

 ……って。

 最初はさ、思ってたんだ。

 

 

 

 


 

 

 

「えー……っと、喧嘩した?」

 

 

 場所は同じく阿頼弥邸の中。縁側から枯山水の見える広間。

 

 中央の座敷には四人の男女。

 一人は緑掛かった黒髪と眼鏡の少女──真希。

 一人は白髪の襟足を一つ縛りにした少年──啓。

 あとは茶髪を中分けにした男と、背中まで伸びる白髪の女性。

 彼らの前にはそれぞれ、美しい料理の乗せられた膳がある。

 一目で家柄が分かる朝食だった。

 

 

「してねぇ」

「してない……」

「意見一致してる割に全然顔違うよ少年少女や」

 

 

 男はおでこを掻きながら、不思議そうに吸い物を啜る。

 多忙な男にとっては、それだけで心が安らぐ気分だった。料理長(やなぎ)さんの料理は日々の癒しだ。

 奥さんの耳掻きと奥さんの膝枕と笑顔と寝顔の次に好きだ。

 

 目の前にいる少年少女のせいで、大体全部台無しではあるが。

 片や無愛想な少女。片や絶望の少年。後者は息子だった。

 

 

(……まいっか)

 

 

 男の方。阿頼弥玄(あらやげん)は、黙考の末育児放棄した。

 その開き直ったような表情を、隣の女性はしかし見逃さなかった。

 綺麗だが鋭い翠の瞳が、横眼に玄を射貫く。

 

 

「諦めが早いですよあなた。親権没収されたいですか?」

「ギクッ……な、なな何の事だい母さん! 僕ぁこの二人めんどくさいなぁとかこれっぽっちも思ってなかっ、え? 何か親権とか一番怖い言葉聞こえた気がするなぁ?」

 

 

 父親終了勧告に慄く夫はさて置き。

 今度は憂慮の眼で、女性は真希を見やった。

 

 

「真希ちゃん、私達は何も聞きません。それは二人の問題です。けれど、私達は貴方達に睦まじくあって欲しい。今の貴方達を見て悲しくなるのは、私達も同じですから」

 

 

 女性の優しさに、真希はやはり嬉しくなる。毒気を抜かれる。

 真希と啓が家族ではないように、その母である彼女とも、当然真希は家族ではない。

 真希自身にも、妹を除いて家族は居ない。それは変わらない。

 

 だから。

 この家族のような情愛には、何度も救われた。

 

 

「……うん。ありがと、(かがり)さん」

「はい。どういたしまして」

「ヘイ篝たん? 俺の言い訳聞こえてる?」

 

 

 玄の訴えを亡き物にしつつ。

 優雅に笑いながら、阿頼弥篝(あらやかがり)は「あ」と言って、指を一本立てた。

 

 

「でも啓が何言ったのか知らないけど、本当に許せない時は絶対自分から折れちゃダメよ? 泣きながら土下座して謝るまで一切口も聞かないくらいしないと男ってすぐ調子乗っちゃうから」

「う、うす……」

「え? それ俺に泣きながら土下座して謝れって言ってる? ちょ、篝さん?」

 

 

 光を呑むような笑顔だった。綺麗で、恐ろしい。

 篝を怒らせてはならない。この家で真希が学んだ事の一つであり、最優先特記事項だ。

 篝と長年連れ添っている玄は、正直尊敬する。

 

 

(何でこんな人からコイツが産まれるんだよ……)

 

 

 首の冷や汗を感じながら、真希はチラリと左の少年を見る。

 父親の情けない姿も母親の威圧も無視して、一人メソメソ泣いている。

 もう一度、その母親を見てみる。

 

 

(似てねー)

 

 

 遺伝子サボってんなぁ、と思う。同じなのは髪と眼の色くらいか。

 むしろ父親の遺伝子のせいか、一見頼りない様はよく似ている。

 

 

(ま、そういう奴だって知ってんだけどさ……)

 

 

 泣き過ぎだろとは言わない。泣いている理由は分かり切っている。

 

 向こうは楽々一級を取って、こっちは自分の弱さが嫌になって、ちょっと怒鳴ったら余計に謝られて。

 そんな自分が更に情けなくて。

 で。喧嘩……っぽい空気になった。

 

 口を聞いてもらえない。辛い。

 そういう気持ちが……真希の中にも無い訳ではないからだ。

 

 

「……おい」

 

 

 禪院真希。

 御三家、禪院の血の結節点。呪いなき少女。

 ……ただ一人、阿頼弥家に呪われた少女。

 

 

 

 だが少女の方もまた、十分阿頼弥を呪っている。

 曰く、"それ"より歪んだ呪いは無いという。

 

 

「さっさと飯食って、一緒に高専行くぞ」

 

 

 少し頬を染めて言い放った真希は、全然眼を合わせてくれない。

 ぶっきらぼうで素っ気無い言い方だったが、完全に照れ隠しだ。

 家族のように接してきた三人には、笑えるくらいバレていた。

 

 

「……っ」

 

 

 特に、真希ちゃん大好きラブマシーンに限って言えば。

 

 

「うわーん真希ちゃん好きーー!!」

「わっ!? ちょっ、バカお前っ! 何抱きついてんだッ!」

 

 

 数十分といえど、真希に口を聞いてもらえなかった反動が大きかったのか大泣きしている。

 ついでにハグもしている。真希は顔を赤くして慌てている。

 

 ……父と母の眼が見開かれた。

 すかさずスマホを取り出し、ボタンを長押し。

 カシャシャシャシャシャ。

 

 その後写真の出来栄えを確認し、父母の両名はニンマリと満足げな表情を浮かべた。

 

 

「……………」

「……………」

「あの、その顔イラつくんでやめてもらっていいすか。あと啓はそろそろ離れろ」

「まだ充電三十パーなんだけど」

「黙れ」

 

 

 ……いつも通りだった。

 いつも家のどこかから聞こえて、家のどこかで目に入る光景がそれだった。

 

 漸く元に戻った。と玄は思った。

 その様を見て、確信と共に笑った。悪戯な笑みだった。

 

 

「よし、じゃ無事仲直りも済んだ所で一つ朗報」

『?』

 

 

 一拍。

 

 

「──君達、許嫁になりました」

 

 

 沈黙。長い沈黙。

 何気ない玄の言葉の意味を真希が理解するには、一度脳を再起動させる必要があった。

 

 なうろーでぃんぐ。しばらくお待ちください。

 四秒経過。

 

 

「はああぁぁぁ!!?」

「うーん良いリアクションだねぇ。こりゃ今決めた甲斐があったってもんだ」

「軽々しく決めてんじゃねえよブッ殺すぞ!!」

「俺にそんな事言えるの君ぐらいだよね、あと篝ちゃんと啓と悟と甚爾……あぁ結構いるな」

 

 

 落ち込む玄に対し、怒り心頭の真希は彼我の立場も忘れて荒れている。

 だが、顔が赤いのはきっと怒りのせいだけではない。

 

 

「あなた」

「何だい篝ちゃん」

「真希ちゃんが可愛い……」

「だよねー。この子もうすぐ俺達の義娘になるらしいよ最高だね」

「よっし決めたここで阿頼弥家終わらせてやる」

 

 

 阿頼弥家存亡の危機が迫る。

 どこからか薙刀を持ち出して当主狩りを始めようとする真希。顔は真っ赤っかである。

 

 程なくして当主と少女、もとい次期花嫁の取っ組み合いが始まった、その時。

 

 

「ねぇ父さん」

「え、何っ? 今ちょっと殺されそうだから聞くなら早めにお願い!」

「許嫁って、今と何が違うの?」

 

 

 それは啓にとって、至極純粋な疑問だった。

 ピタリと、玄の動きが止まる。今だと真希が隙を突くが、寸前で篝に止められる。

 天与呪縛の真希を易々と羽交締めにしている。恐ろしい。

 

 ズルズルと真希が玄から離れていき、解放された玄はその場で胡座をかいた。

 

 

「そりゃあお前ぇ、結婚を約束された仲になんだろうが」

「それは知ってる。僕が聞いてるのは今の話。ていうか言われなくても結婚はしたさ」

「その惚気は良いとして……何が言いてぇ」

 

 

 森を宿したような翡翠の眼に対し、玄は蒼穹めいた青い眼で返す。

 

 啓と真希は仲が良くて、啓は真希の事が大好きだ。

 許嫁なんて所詮飾りだ。禪院家と縁を持ってまでなる必要は、どこにも無い。

 

 

「お祖父ちゃんが居た時の方がマシ、なんて事にはならないよね?」

 

 

 阿頼弥家。

 呪詛師を殺す為だけに存在する一族。

 

 呪詛師を殺し、正規の術師すら疑いが掛かれば処分する。

 その為にあらゆる呪詛師、術師の動きを監視し、呪術界を「視る」阿頼弥は、それ故に呪術界と密接な繋がりを持たない、唯一無二の中立存在。

 

 

 約一ヶ月前。

 中立派筆頭にして先代当主、阿頼弥命(あらやみこと)の死と共に、当主が移り代わった。

 革新派の中心であった、息子の玄へと。

 

 

「一丁前に言いやがって……生意気なんだよ、ガキの癖して」

 

 

 見た事も無いくらい、剣呑な父の顔。

 彼の目的は中立破棄。呪術界との提携。その一環が啓の高専入学である。

 そして、この政略結婚もまた──。

 

 

「ま、お前が考えてる事全然違うけどね☆」

 

 

 玄はあっけらかんとして笑った。

 数瞬前までの表情とはあまりにもかけ離れた、朗らかな笑み。

 啓も思わず驚いた顔をする。

 

 

「心配しなくても変な事は考えてねぇ。許嫁なんてのは単にお前らの外堀埋めただけだ。無理にでもくっつくようにな。俺の目的とは関係ねぇ」

 

 

 我が父ながら、悪どい笑みをしていると思う。

 それが妙に似合っていて、可笑しくて、啓も安心する。

 

 

「あの御三家(バカ共)と縁ができたとしても、俺はそっちのが良いと思った。俺だって親なんだ。息子の幸せぐらい、お膳立てさせろ」

 

 

 口を非対称に吊り上げて笑う玄に、啓は改めて安堵を覚える。

 

 啓は怖かった。

 父が禪院家と関係を築いて、何か良からぬ事を企んでいたのではないか。

 今まで慕っていた父は、全て虚像だったんじゃないか。

 いつか愛する父が、自分と真希の敵になるんじゃないか。

 

 違った。

 阿頼弥玄という男は、どこまで行っても、何よりもまず。父親だった。

 

 

「うん。ありがとう、父さん」

「おう」

 

 

 適当で、超短い返事。

 けれどその応えが、今は何よりも信じられた。

 

 

「つーかもうこんな時間か。お前らもう着替えた方が良いんじゃねぇの?」

「ぇ、あっ、ホントだ。父さんごめん、もう行くね!」

「行ってらー」

 

 

 玄は意にも介していない風で、手をヒラヒラとさせて啓を送り出した。

 それを追うように一度は真希も走り出すが、ふと、足を止めた。

 そして、肩越しに振り返って。

 

 

「過保護っすね」

「ハッ、君に言われたくないねぇ」

 

 

 指を差して玄は不敵に笑う。それはもう、心からの皮肉であった。

 

 

「……。行ってきます」

「ん。行ってらっしゃい」

 

 

 そのようなやり取りをしていても、彼女達に血の繋がりは無い。

 だけど今日から、家族にはなった。

 

 

 

 


 

 

 

「さーてと。じゃあもう一仕事してきますか」

 

 

 家の外で息子夫婦を見送って、玄は大きく伸びをした。

 数ヶ月ぶりの家族団欒を終えた直後であっても、多忙な立場が体を強制させる。

 前途ある子供達の為にも、須く為さねばならない事がある。

 

 一緒に朝ご飯を食べる為に根を詰めても、まだ終わらない。

 

 

「……もうですか。やはり当主は大変にございますね。……ではどうか、よろしくお願いします」

 

 

 篝は願うように言った。

 背中に添えられた細指の離れる感触が、酷く惜しかった。

 

 篝はきっと分かっている。子供達が背負う複雑で醜悪な運命を。

 ならそれを少しでも肩代わりしてやるのが、親である自分の役目ではないだろうか。

 

 

「はぁ……」

 

 

 自室の柔らかな椅子に座り、肺にある嫌な空気を吐き出す。

 それは、思考の転換を表している。

 

 

「進捗はどうだ?」

「は。調査の結果、ここ二週間で不自然な点が確認できた報告書は累計二十四件。これらの傾向は第六分家、第十三分家、第十八、二十二……関西方面の分家で顕著であり、全て『蟲』の影響と見て間違いないかと」

 

 

 いつの間にか傍らに立っていた屈強なスキンヘッドが、淡々と報告を始めていた。

 玄は疲れた様子で目頭を押さえた。

 

 

「そうか……」

 

 

 阿頼弥家は全国各地に、分家という形で間諜を配置している。その数は実に四十以上。

 索敵や監視に長けた術式とその組織力を以って彼らは「眼」と形容される。

 

 その権威は数字が若い程強く、当然「一」は宗家を指す。

 宗家が脳となり、全ての「眼」が機能する。

 

 

 

 だが。

 約一ヶ月前。「眼」が不調を訴えた。

 

 

 

 当主になってからだ。不穏な動きが阿頼弥家の中で続いている。

 当然だろう。変革には常に反作用が伴う。現状が好きな者は必ずいる。

 

 "宗家に次ぐ力"がそういった者達を煽り、『蟲』となって阿頼弥を蝕んでいる。

 

 

「内訳は虚偽の呪詛師抹殺三件、遺体損壊九件、消息不明十二件。御前様の予想通り、死を偽装されている呪詛師は全て『蟲』の下に迎合されていると思われます」

「……肝心の証拠は無えがな。状況的に怪しいだけじゃ責任追及程度しかできねえ」

 

 

 阿頼弥家。

 呪詛師を殺す一族。それがあまつさえ、()()()と。

 もはや単なる謀反には収まらない。一切の誇張無く、阿頼弥家存亡の危機だ。

 

 

「ま、今そいつらは無視して良い。そうだな、各分家十件までは泳がせとけ。それ超えたら該当分家を凍結。宗家や別の分家から人員を派遣して『眼』を補完。いいな? とりあえず目下の最優先は『蟲』への対処と"例の呪物"の紛失だ。調査はどうなってる?」

「此方に」

「……………。かぁー、何でこうなるかねぇ」

 

 

 書類には「その人物」の犯行実現性、状況証拠が羅列されていた。それはもう詳細に。

 敏腕過ぎる秘書に、思わず悲しくなる。

 

 

「……この件、啓様にはどのように伝えるおつもりで?」

「ばっかお前、入学したての息子にんな事言う親があるか」

「かしこまりました」

 

 

 全ての報告を終えて、男は部屋を出た。

 秘書であれば、主の心境を推察する程度は容易い。

 十数秒程して、玄は鋭い眼を開いた。

 そこに当主としての覚悟は宿っていない。

 

 

(俺はアイツ()の親だ。親としてやれる事は、全部やる)

 

 

 阿頼弥家の内で燻るのは、まだ火種。

 小さくて、取るに足らない、火にもなっていないただの熱。

 けれども、着実に大きくなろうとしている。

 いつか世界を丸ごと覆い尽くす、悪意の火種。

 

 その矛先は、自分の息子達に向かっている。

 

 






 はい。
 一話読了してくださった方、ありがとうございます。

 個人的にオリジナルキャラの多い描写は避けたいと思っているのですが、無理なものは無理でした。
 次話はある程度改善します。良ければどうぞ。


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