君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 十三話です。
 本話で交流会編は終了となります。

 



第十三話 初

 

 

 

「……捕らえた呪詛師は如何でした? 何か情報は吐きましたか?」

 

 

 特級呪霊二体による交流会襲撃。その当日の事。

 高専校内のある一室。八畳ほどの広さがあるだけのシンプルな部屋。

 

 今回は騒動の調査結果について会議を行う場として選ばれた。

 補助監督の伊地知が司会となり敵勢力情報、学生の安否、物的被害と続いて議論は巡り、向かい合う面々の表情が着実に重くなっていく。

 

 そして現在、人的被害の説明の後に夜蛾が問いを投げた。

 視線の先は楽巌寺でもなく、歌姫でも冥冥でもなく、そして五条でもない。もっと言えば高専職員ですらない。

 

 和服の男だった。真ん中で分けた黒髪と剣呑な蒼色の瞳。

 ……知る人ぞ知る、呪術界の超重要人物。

 

 

神決呪法(かむはかり)使って吐かせたんでしょ? 呪詛師イジメって言ったら玄さんがオンリーワンでナンバーワンだよね!」

「褒めてんのかそれ……まぁ実際神決呪法使ったしな、信憑性は保証する」

 

 

 阿頼弥玄。阿頼弥家第十三代当主。

 重い空気は、被害者数や事件の重大さだけが理由ではない。

 学長の経歴も長い夜蛾や、夜蛾以上の古参である楽巌寺さえ圧倒的に若い玄の存在感に息を呑む。

 冥冥や歌姫、伊地知もまた同様に。

 

 

「氏名、組屋鞣造。四十三歳。殺した人間を素材に雑貨や家具を造る小悪党で、今回はハンガーラックを作りたかったの何だのほざいてやがった。結論から言うと、命令された事以外は何も知らねぇ指示されてただけの小間使いだった。交流会での役回りは帳の設置と高専術師の妨害。帳に関してはまた後で詳しい報告書を出すが、なんでも帳を降ろす『楔』みてぇな呪具を渡されたらしい。で、当の命令役は『男か女か分からない白髪オカッパのガキ』との証言が取れた。こっちの氏名は不明だ」

「ふむ……氏名性別不詳の白髪オカッパのガキんちょ。心当たりは?」

「なーし。ちょいちょい玄さん真面目にやったの?」

「やったわボケ。ちなみに、阿頼弥家の記録にも白髪の呪詛師に関する情報は無かった」

 

 

 つまり今回の騒動に向けて、つい最近活動を始めた呪詛師という事。

 そして襲撃以前は兆候すら見せていない。並の呪詛師の思考ではない。言ってしまえば、天蓋の呪詛師に近いタイプ。

 玄の思考の途中で、歌姫が手を挙げた。

 

 

「交流会襲撃には組屋以外の呪詛師も一人参加してました。私と二人の学生が確認してます。組屋含め、交流会以前の動向は掴めてなかったんですか?」

「……それは里桜高校事件の時と同じ、ウチの分家勢力が呪霊一派に協力してるせいでね。組屋達に関する情報を隠匿、偽装されて対応が遅れた」

 

 

 阿頼弥啓の入学前の時点でも阿頼弥の造反勢力は勧誘した呪詛師を匿う、情報を改竄する等の手口で各地の呪詛師を駒として収集していた。

 

 要するに今回の件も同様という事である。

 玄達宗家は今、阿衆や一部の分家等、信頼できる筋からでしか呪詛師の動きを辿れていない。

 情報網の穴を突かれ、撹乱される結果となった。

 

 

「で、つい最近情報の精査に区切りが付いた矢先にこの騒動だった訳。いやぁ阿頼弥(おれら)を裏切るだけあって徹底してるわ」

 

 

 そう言って玄は笑っている。

 ちゃんと笑えている事が、歌姫は素直に怖かった。

 

 

「情け無い限りだが、阿頼弥は今この様だ。……すまん。それでも協力してくれると、助かる」

 

 

 永年の使命、歴史に背いてまで呪術界に提携を申し出たのは、玄自身である。

 だがその本人の組織内部が既に腐敗を始め、こうして東西高専と学生にまで牙を向いた今、玄の自責は更に肥大している。

 

 かくなる上は呪術界から再び離れ、玄単独で事態の収拾に当たる事も覚悟している。

 

 

「……協力しない」

 

 

 玄の覚悟を吹き飛ばしたのは、五条の言葉であった。

 

 

「なら僕達は今会ってないよ。ね、学長」

「悟の言う通りです。元よりご子息達の入学を受け入れたのは我々ですから」

 

 

 異口同義、同じ表情。

 呪術界の意思意向が、今この場で示された。

 

 阿頼弥と彼らが手を取り合う。目の前の光景が、玄の望む世界だ。

 目が潤むくらい、眩しい世界である。

 

 

「……。ありがとう。感謝する」

 

 

 


 

 

 

 

 同日。同高専内救護四号室。

 壁際にベッドが一つと、プライバシー保護の玉のれん。

 交流会襲撃で発生した負傷者、重傷者は全てこの区画に運ばれた。術式の過剰使用により倒れた阿頼弥啓も同様である。

 

 病院のように他の患者の同室が無く、一人一部屋の個室。

 その為見舞いがしやすく、人目を憚っていた真希も抵抗なく入室し、啓の目が覚めるまで安否を見守る事ができた。

 

 そして目が覚めた後も、啓の白い手を握り続ける事ができた。

 

 

「まだ寝てなくて良いのか?」

「うん……むしろ起きてたい」

「そうか。頭は重さとか、痛みとかねえか?」

「今の所は」

「目は見えるか? 私の事見えてるか?」

「ふふ、バッチリ。今日も可愛いです」

「体は? 少しでも痛い所ねえか?」

「問題なし。オールグリーン」

「そうか…………。そうか」

 

 

 ゆっくり生存を確かめるような質問も、誰にも聞かれない。

 家入か五条か。大人の計らい、あるいは余計なお世話に今日だけは感謝した。

 

 

「真希ちゃんの方は大丈夫?」

「ああ。傷も残ってねえよ」

「良かった、流石家入さん」

「だな。本音を言や、傷は残しときたかったが」

「戒めって事?……家入さんにダメって言われたんじゃない?」

「馬鹿とも言われた。お前の気持ち考えろってよ」

 

 

 真希の声色は変わらぬままだ。手を握る力だけが、少し強くなった。

 傷を戒める程に真希が強さを求める意味を、啓は知っている。

 

 

「ごめんね……でも、僕も強くなりたい気持ちは分かるよ」

「……え、お前……強くなりたいとか思うのか?」

「え、言い方」

 

 

 阿頼弥家の神童。力と運命に呪われた鬼才。

 強くなりたいという思考がある事に、真希は新鮮な驚きを抱いた。

 

 

「……僕、今日初めて術式使い過ぎて倒れたんだ」

「いや、そりゃあ……」

 

 

 帳のせい。

 分かり切っているが故に、真希は言葉を続けなかった。

 もし全力であったなら、そのような結果にはならなかった筈だ。

 

 啓も分かっている。

 だが十年前の暴走──()()()()()()()()()()()()()()()あの事件が、使用を躊躇させてきたのも事実だ。

 

 敵への強い怒りから、一度は降伏に成功した。

 だが恐怖は拭えなかった。へばりついた恐怖が、啓の心を掻き乱した。

 

 負傷した脳を反転術式で治す、その余裕を与えなかった。

 真蹟の手綱を放してしまうかもしれないという思考が、常に意識を過った。

 それが弱さでなければ、何なのだろうか。

 

 

「強くなりたい。もっと強くなりたい。悟さんみたいに。一緒に頑張ろ? 真希ちゃん」

「……。当たり前だ」

 

 

 意志を示すように手を握って、啓は笑顔を浮かべた。

 真希も頬を緩ませ、優しく握り返した。

 

 強さが欲しい。ありったけの強さが。得られるなら幾らでも。

 たった一人、血を分けた妹を守れるくらいの。

 叶うならば、愛する少年の隣に立てるくらいの。

 

 

「でももしそうなったら悟さん三人分か。ちょっと多過ぎるかな」

「ハッ、そん時は一人くらい居なくても平気だろ。あのバカ目隠しは排除だ」

「引退って言ってあげて……」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「や……」

「野球ぅ〜〜〜!?」

「どういう事だ、夜蛾」

「いや私は確かに個人戦と……待て悟!!」

「ねぇ悠仁、野球って何だっけ?」

「え、阿頼弥さん? マジで言ってる?」

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「やっと昨日の続きができるな阿頼弥啓! 俺と野球で一騎打ちの勝負だ!!」

「明君、なんか野球って団体戦なんだって」

「む、そうなのか……?」

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「花凛。貴女に術式の使用を許可するわ……良い? 貴女のその"眼"でホームラン&アウトを大量生産して東京校もとい五条のやつに完全勝利すんのよッ!」

「歌姫先生目が怖いです」

 

 

 

 


 

 

 

 

「そういや篝さんは元気?」

「ん? あぁ。元々男勝りな性格だし、年がら年中元気だよあの人は」

 

 

 呪術高専の広い敷地の中には、教育機関のそれとは思えない規模と数で、宗教系学校としての装いが設置されている。

 突如開催された呪術甲子園の審判を歌姫に任せ、グラウンドから少し離れた建物の縁側で五条は玄と会話をしていた。

 

 

「ま、玄さんを尻に敷く人だしね」

「ハッ、お前も結婚したら分かる。お前の嫁さんもお前より強えよ」

「そりゃあ楽しみだね」

 

 

 五条が初めて篝に会ったのは、まだ高専三年生の時。玄の紹介で阿頼弥家に訪れたあの時。

 玄と同じく、敗北の二文字を過らせるような人だった。五条ですらあの人を怒らせるのは避けたいと思っている。

 

 意地の悪そうな笑みのままで、五条は雰囲気を変えた。

 

 

「ちなみに、分家の調査ってどこまで進んでんの?」

「……。九割の洗い出しが終わった所だ。西側の分家は殆ど、中部の分家も幾つか黒かったな。逆に関東と東北の分家とはもう連携を取れてるから、一桁台で虚偽報告の増えてきた分家だけ凍結させて代わりの人員を派遣させてる。あ、あと第二分家だが」

 

 

 予想していた話題だったのか、玄は流暢に情報を開示する。

 

 分家の反乱は、関西方面が主要である事。

 その影響力は東側の分家にも及んでいる事。

 宗家に次いで権力の強い第二分家は関西……京都に居を構えている事。

 

 

「不審点はほぼ無し。書類の捏造、偽装工作、呪詛師への接触や幇助。何一つ自分の手ではやっちゃいねえ。何なら普通に任務こなして自分達は潔白だってアピールしてきやがる」

 

 

 宗家の手が届きにくく、かつ自分達の力が及びやすい分家に水面下で活動させ、自らは手を汚さない。

 それが第二分家のやり方。

 

 

「黒かった分家の人達から黒幕自供させられないの? それこそ神決呪法でさ」

「神決呪法だと()()()()もさせられるからな。使った術の証拠なんて出せねえだろ? 分家連中から辿るなら現行犯か呪術抜きの物証だけだ。そんなもんねえだろうけどな」

 

 

 神決呪法が「強制」の術式であるために、"証言"や"証人"は意味をなさない。

 大抵の事はできてしまう術式の強みが、ここでは裏目となる。

 

 

「ってか待って……"ほぼ"って言った?」

「……。よく聞いてんなお前」

「なぁに見つけたの? 言ってみ言ってみ?」

 

 

 耳聡い五条に忌憚なく嫌な顔をしてみせる玄。

 五条はむしろ口角を吊り上げ、楽しそうな声を抑える事をしなかった。

 重苦しい溜息が玄の口から溢れた。

 

 

「……六月二十七日。第二分家保管の呪具が何者かに盗まれた」

 

 

 高専忌庫の呪具、御三家所有の呪具と同様、阿頼弥にも呪具が所蔵されている。

 一つは東の宗家。一つは西の第二分家。それが古くからの慣わし。

 

 

「特級の中でも相当な厄ネタだ。あんなもん無関係の奴が気軽に手ぇ出せる代物じゃねえし、このタイミングで持ち出したなら確定だろ」

 

 

 売って金にしようだとか、軽い気持ちで私的利用しようだとかの範疇で収まる物でない事は、玄がよく知っている。

 必ず意図と目的があって、碌な事に使われないと断言できる。

 

 

「犯行が可能なのは第二の人間だけ……って状況証拠が第二分家唯一の鯖だな」

「結局、根本に繋がる訳じゃないのね……」

「特にあの呪具は『第二の管理』って風潮が強くてな、アイツら勝手に単独犯で方針固めて内部調査始めてやがる。たぶん一生終わらねえよ」

 

 

 暗躍している事は確実だ。結果として様々な事実が発覚している。

 だがその痕跡は何一つ、決定的に犯人を示す物にはならない。

 これだけの被害、妨害を受けてなお未だ解決に至らない。

 

 狂おしい程の自責と苦痛が玄を苛み、その表情を暗転させている。

 五条は無駄と知りつつ、あえて指摘する。

 

 

「別に玄さんのせいじゃないよ。悪いのは実際にしでかす奴らさ」

「……少なくとも俺がキッカケだ。責任の一端がある。絶対に」

「やけに言い切るんだね……じゃ、とやかく言わないけどさ」

 

 

 十年近い付き合いの五条は、容易くその違和感に気付いた。

 第十三代阿頼弥家当主。その言葉は不自然な程、確信に満ちていた。

 

 

「肩重くなったらいつでも言ってよ。……もう僕も大人だ」

 

 

 初めて会った時、まだ五条は十代だった。最強に成ったばかりの頃だ。

 

 

「……フッ、一端の口ききやがって……元気出るだろうがこの野郎」

 

 

 吹き出すように、頬を緩ませる玄。

 いつの間にか、一人の父は阿頼弥の長になり、若き最強が成人を迎えた。

 あの天上天下唯我独尊極まりなかった男が、こうも機微を心得るとは。

 

 驚嘆を通り越して笑う。を飛び越えて、玄は顔を伏せた。

 表情筋に現れない嬉しさが、声を震わせた。

 

 

「悟……啓の結婚式、楽しみだな」

「うん、その為にもサッサと終わらせなきゃね」

 

 

 暫くしてから顔を上げて、玄は小さく零した。

 他愛もない世間話のようで、彼らにとっては絶対に掴み取らなければならない未来。

 立ちはだかる呪いを祓い続けた先にしかない、真っ暗な茨の道。

 

 大人達は、誰よりも先に踏み込んでいく。

 

 

 


 

 

 

 そうならない理由が無かった。

 罵詈雑言を放つ母、殺意を向ける父、迫害を楽しむ親戚。

 悪意の吹き溜まりに生まれた私達を、ある日突然、救い出してくれたから。

 

 

 夢のようだった。

 他人の善意に触れた事も、悪意を忘れて笑顔になれた事も。

 全部が初めてで、温かくて、優しくて、ずっと泣きそうだった。

 

 

 そう(好きに)ならない理由が無かった。

 だからそれは、必然的な初恋で。

 

 

「真依ちゃん」

 

 

 化物のように無慈悲な失恋だった。

 

 

「……。……」

 

 

 東京都立呪術高専。やや西に位置した場所。

 交流会が終わり、この時間帯になると、そこには決まって一定数の生徒が集まる。

 

 京都校一行の帰還である。出迎えの際と同じ場所、同じ面々。

 言葉で別れを告げる子も、言葉以外で告げる奴もいる。

 別れではなく雑談に興じる奴も、別れではなく因縁を付けていく人もいる。

 

 私はその、どれでもなかった。

 全員がそれぞれ、思い思いの別れを告げる中、私は一人立ち尽くしていた。

 

 

「おーい、真依ちゃん?」

 

 

 ……この時まで。

 何となく、こうなる気はしていたが。

 

 

「あら。私は真希じゃないわよ。自分の恋人との見分けも付かないなんて、信じられないわ。失礼じゃない、私に」

「そういう皮肉とか煽りがスッと出てくるのすごいよね」

 

 

 本心だ。本心からの言葉をぶつけてやる。

 どうせ大したダメージも無いと分かってるから。

 

 

「今更何の用? 交流会で真希を狙ったのを根に持ってるとか?」

「そんな訳ないでしょ。単なる別れの挨拶じゃダメなの?」

「少なくとも、他意があった方がマシだったわ」

「え、そんなに?」

 

 

 私に嫌われていると知り、阿頼弥啓は今更ショックを受ける。

 何も思わない。コイツが嫌われたくないと思っていたと知っても、嬉しくも何ともない。

 その「嫌われたくない」は、私を苦しめるだけだ。

 

 

「ま、まぁ今は置いとこう……そろそろ時間だし。じゃあ真依ちゃん、またね」

「………」

 

 

 考えるのを止めて、周囲の空気から終わりの兆しを察する阿頼弥啓。

 嫌われていると知ってなお、別れではなく再会を笑顔で告げた。

 私は無言で踵を返す。サッサと帰りたかった。

 

 

 けど、何故だかすぐに歩き出さなかった。

 ……気が付けば、口が開いていた。

 

 

「……まぁ、アンタの事だからあんまり心配してないけど」

 

 

 徹底的に、あらゆる人に笑顔を向けられるこの男に、嫌味すら吐けない程の恐怖を抱いたからかもしれない。

 

 

「アイツの手、離すんじゃないわよ」

 

 

 どんな理由でどれだけ嫌おうと、無駄なのだと。

 植え付けられた気がしたから。

 

 

 







 十三話、読了ありがとうございました。
 次話は私の自己満足として用語や各話不明点の補足とします。
 本編はその次の話からです。



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