君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 十五話です。
 本章は前半オリジナル、後半起首雷同編の構成になります。
 本話と次話がオリジナルです。




嵐の前の嵐
第十五話 友達の家


 

 

 

 この世では平等な死が、不平等に与えられる。

 誰しもに訪れる結末は、タイミングも、それまでの過程も全てが異なる。

 

 どんな死が、いつやって来るのか、それは誰にも分からない。

 だが曰く──呪術師に悔いの無い死などないという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 そう考えた時、あの一族は一体どんな死を迎えるのか。

 呪詛師なら誰しも想像する。懇願する。彼らの死を。

 他者を思うがあまり傲慢と狂気と善性を以って、他者を拒絶し監視し排斥する彼ら。

 

 

 どこまでも深い業を背負う一族。

 彼らは一体、どのような結末を迎えるのか。

 

 

 


 

 

 

 東京都立呪術高等専門学校。

 薄暗い廊下の先。無機質な色合いのタイル、簡素な椅子、蛇口と排水溝。

 ステンレス製の台が並ぶ検死解剖室。

 

 横たわる実験用ラットのケースの前で、念じるように手を翳す人影が一つ。

 その様子を傍らで見守る人影が、もう一つ。

 

 

「く、ぬぅ、う、うぅッ、ぐぅ……!」

 

 

 翳す手と、呻く声の主は阿頼弥啓。冷たい白色の光の下、珍しく苦悶の表情を浮かべている。

 徐々に表情筋の力が高まり、眉間や口元に寄る皺が折り重なっていく。

 

 

「ぬぅぁぁあ……!」

「あー待った待った。そんなボォンって感じじゃなくてさ、ヒューっとやってヒョイね。力んだってアウトプットはできないよ」

 

 

 やがて見かねた様子でアドバイスを差し入れる白衣の女性──家入硝子(いえいりしょうこ)

 

 彼らが行なっているのは、既に第四回目となる反転術式アウトプット訓練。

 日にほんの十数分か数分か、あの阿頼弥啓に他者の治し方を教えるのが、最近の隙間時間の使い方だった。

 

 と言っても生粋の感覚派故か、時間に対して中々成果が得られていないのが現状であった。

 家入は至って真剣に指導をしているつもりだが。

 

 

「にしても、五条だけじゃなく君も躓くとはね。天才故の欠点、と言いたい所だが乙骨はできるしな。少なくとも才能の有無が原因じゃなさそうだ、私も含めて」

「ちなみに、五条先生の時はどんな感じで訓練してたんですか?」

「ん? センスねぇで一蹴してやったよ」

「無情過ぎません?」

 

 

 僕だったら泣いてるな、と一人思う。

 戦慄の表情で家入を見るが、彼女はむしろ懐かしそうに微笑んでいる。

 世の男性が見れば、一瞬で釣り上げられそうな程に魅惑的な微笑であった。

 

 

「才能による差違じゃないとするなら……そうだな。阿頼弥、君は何か精神的な病に罹ってはいないか?」

「とんでもない質問ですね何ですか急に」

「いや、意外と精神面が作用してるんじゃないかと思ってな。つまる所、呪いは感情(こころ)だろう?」

「……。別に大丈夫ですよ。僕が罹ってるのは恋煩いだけです」

「そうだった。元から重病だったよ君は」

 

 

 反転術式は呪力同士を掛け合わせ正のエネルギーを生む技術。

 肉体の再生が可能なその力は、しかし自身と他者とでは圧倒的に難易度が異なる。

 

 家入は興味本位で不能の原因を探ろうとするが、特に収穫は無かった。

 ……というより、今のは「壁」を作られたなと本能で察する。

 そして啓は無意識か否か、話題を変えた。

 

 

「そう言えば、真希ちゃんの傷治してくださってありがとうございました」

「あぁ、そりゃ治すのが仕事だからね。治さないでと頼まれても困る。……ま、次から君が治してくれるなら残業減って助かるけどね」

「あはは、なら一層頑張ります」

 

 

 そうして華やかに笑う阿頼弥啓。の深層心理。

 そこには何かがあって、反転術式に関係あるかは分からないが、少なくとも。

 他者を許し、他者に心を許し、全幅の善意を振り撒く男の、そこは唯一触れられない領域。

 

 

(大丈夫って……大丈夫じゃない奴の言い草なんだけどな)

 

 

 家入は医師。数千を超える患者、傷病者を相手にしてきた。

 本人の「大丈夫」が、一番当てにならないと知っている。

 

 

「おっと。私はそろそろ時間だ。今日はこの辺でお開きだな」

「あ、ホントですか? 奇遇ですね、僕もこれから用事なんですよ」

「?……また任務か?」

「いえ」

 

 

 常に任務を終わらせてからここへ来る啓に更なる任務かと思いきや、様子を見るにそうではなさそうだ。

 むしろ朗らかな笑顔さえ浮かべて、啓は答えた。

 

 

「今日友達が来るんですよ! 僕ん家に!」

「おや」

 

 

 


 

 

 

 それは昨日午前中のこと。

 一年ズ四名、任務終わりの車内にて。虎杖が不意に発した一言から始まる。

 

 

「阿頼弥の家に行ってみたい……!」

 

 

 釘崎、虎杖、啓の順に座る後部座席。運転席の伊地知と助手席の伏黒。

 突如言い放った虎杖にまず真っ先に反応を示したのは。

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 

 ご本人、阿頼弥啓その人であった。

 めちゃめちゃご満悦そうな表情であった。

 

 

「ぃやったーーーーー!!」

「は? え、いいの? 阿頼弥家って、あの阿頼弥家よ? あんた知ってる?」

「落ち着け、阿頼弥の人間に何言ってんだ」

「まぁ父さんが当主になる前だったらまずかったけど、今は大丈夫」

「えぇ? でもこいつ、新しくできたコンビニみたいな感覚で言ってるわよ?」

「いや言ってねえよ、偏見すごいな」

 

 

 釘崎がさらりと罪を捏造してきた為、虎杖は迅速かつ冷静にツッコむ。

 虎杖も呪術界新米とはいえ、流石に阿頼弥家をコンビニ扱いなどしない。ただ世界遺産くらいの認識ではある。

 

 

「野薔薇さんは、あんまり行きたくない……?」

「ぐっ……な、なに? そんなに来て欲しいの? もしかしてこれ人呼ぶの初?」

「……御三家の人除いたら初、かも……?」

「御三家て。年明けの集まりかよ」

「あぁうん、そうだけど、よく分かったね?」

「……こういう例えが当たるってまぁまぁ癪に障るのよね」

「恵くん、なにゆえ僕は睨まれてるですか?」

「大丈夫だ、お前は悪くない」

「……っ、あーもー仕方ないわねぇ……!! 分かったわよ、行けば良いんでしょ行けば!」

 

 

 と。

 まぁこのような流れで話が進んでゆき、約束は明日の昼前と相成り。

 

 

 時は流れ、現在。

 約束の時間。隊列を組んだ針葉樹林を真っ直ぐ抜けた先に、鳥居めいた巨門はある。

 ロータリーのような半円状のスペースを回って、黒塗りの車から降り立った、同じく黒服の学生四名。

 

 阿頼弥宗家屋敷。北大正門前。

 高専生による歴史上初の、阿頼弥家訪問。

 高い木製の塀が横一面に伸びて、その奥を窺う事は叶わない。

 

 

「お、おぉ……ぉ……これ、仙台パルコ何個分?」

「ごめん、その単位初めて聞いた」

「せめて東京ドームだろ」

「つーかパルコで例えるあたりエセ田舎者よね、田舎モン舐めてんの……?」

「分かった分かった分かったから人ん家の前で争いはやめよう釘崎」

 

 

 都市部の大型モールやアミューズメントパークではない為、はしゃぐことはしないが少なからず驚きや興奮はあるようで。

 入る前から騒ぎ立てる虎杖達、主に虎杖と釘崎。

 

 その後ろには、嬉しそうに微笑んでいる啓がいて。

 さらに後ろには、車を車庫に入れ終えた運転手──もとい秘書の大男が立っていた。

 

 傷だらけのスキンヘッドを深々と下げ、男は三人の前へ姿を見せた。

 

 

「啓様のご学友の皆々様」

「うおっ!? ビックリした!!」

 

 

 ヌッと視界に入り込んだ強面屈強おじさんに虎杖はもちろん、伏黒や釘崎も驚愕、あるいは圧倒されていた。

 だが秘書はむしろ不安を取り除くため、より一層丁寧に胸中を述べた。

 

 

「私、阿頼弥家当主秘書の丑谷三(うしやみつ)と申します。本日屋敷の案内役を務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」

(でっけぇ……この人東堂よりでかくね?)

(ビビったぁ〜……一瞬ガチ野生ヒグマかと思ったわ)

(改めて見ても、やっぱ強いなこの人……)

「ではどうぞ、こちらへ」

「ほら皆! 早く行こ?」

 

 

 快活に歩を促す啓の裏で、何やら大きな音を立て自動的に巨門の扉が開いていた。

 試しの門みてぇ……ひっそりと虎杖は思った。

 しかし声には出さず、促されるままに三人は敷地内へと足を踏み入れた。

 

 

 門から玄関まで続く石畳の道。まっすぐでなく、稲妻のように方向が変わり、歩きながら見える景色も変化する。

 道の両側はまるで湖の上のように一面の池が広がっており、遊泳する魚、池に点在する石や苔の小島、松の木が美しい景観を作り出している。

 

 そんな荘厳な景色も、前を行く啓と丑谷にととっては見慣れたもの。

 ……しかし、後ろの三人はというと。

 

 

「……………釘崎さんここホントに人ん家? 人ん家なの? 有形文化財とかじゃなくて?」

「ば、馬鹿ね……ここには一世帯以上の人間が住んでんのよ……つまり、数十人によるシェアハウスと考えれば、辻褄は合う……ッッ!」

「あんた天才ね釘崎……!!」

 

 

 訂正。二人である。

 グレードの高過ぎる庭の造詣に気圧されオネエまで発生する始末であった。

 

 

「合ってねえよ天才バカ二人。雰囲気に当てられ過ぎだろ」

「う、うっさいわね……! こちとらいきなり高級レストランに放り込まれた気分なんだよちょっとは察しなさいよ!」

「そうだ! 心の準備ってのがあんだよ!」

 

 

 対照的に落ち着いた様子の伏黒。

 生来の冷静な気質と、恐らく五条の近くにいた事などがこの落ち着きの根幹だろう。

 

 

「いや、山入る時の結界で相当敷居が高いのは分かってただろ。少なくとも釘崎は」

「………へ?」

「結界……?」

「マジかお前ら」

 

 

 伏黒の発言に目が点になる二人。

 虎杖に至っては、自らが論外になっている事にもツッコめない程であった。

 

 開いた口の塞がらない二人に呆れる伏黒であったが、そこへ前方から割って入る声があった。

 

 

「いえ。僭越ながらこの場合は、伏黒様の感覚が鋭過ぎたという方が正しいでしょう」

「え?」

 

 

 肩越しに言う丑谷の説明に驚く伏黒、そして耳をデッカくさせる二名の男女。

 

 

「屋敷を中心としてこの山に張られた結界は古来より改良を重ねてきた高度なものです。招かれざる者達にそもそも結界を『認識させない』という力に特化しております。そうして結界に気づかせぬまま敵を外へ追い出すようになっているのです」

「……。天元様の『隠す』結界ともまた違うんですか?」

「はい。この結界には結界内を正常に通過する為の手順、儀礼があります。それを損なう輩は忽ち山の外へ吐き出されてしまう……言うなれば敵を『惑わす』結界ですね」

「なる程、呪霊が使う結界に似てますね……ていうか」

 

 

 腑に落ちたような表情から一変。

 伏黒は隣から刺さる視線二つに向き直った。

 

 

「そろそろ呪詛飛ばすの止めろ」

「謝れ謝れ謝れ謝れ……」

「えー被害者の虎杖さん釘崎さん両名は迅速な謝罪を要求しているそうですが、えー、それに対してどのように対応されるおつもりでしょうか? 伏黒さんお答えください」

「おら、もう玄関着いてんだ。切り替えろ」

「チッ、命拾いしたな」

「俺だって傷付くんだからな?」

 

 

 片やひたすら呪詛を唱える釘崎、片や謝罪会見を求める虎杖。

 とりあえず無視するに限ると判断し、黙って靴を脱ぐ伏黒。

 続く二人も流れには逆らわないようだが、不満はしっかり残っていそうだった。

 

 だが次の瞬間、両者の蟠りは容易く吹き飛ばされる事になった。

 

 

「おう、やっと来たか啓。待ってたぜ?」

「あれ、父さん。帰ってたんだ」

「…………ん?」

「…………ん?」

「…………ん?」

「御前様っ!!?」

 

 

 玄関先に突如として現れた着物の男性。

 波を描く黒髪に青の瞳が映え、若々しい見た目に反した存在感を放っている。

 

 男の名は阿頼弥玄。

 啓が口にした「父さん」という言葉、一貫して物静かだった丑谷の慌て様に客人三人は瞬時に察した。

 虎杖が裏返った声で問う。

 

 

「あ、あの、阿頼弥クン? こっこの方、もしかして阿頼弥家の当主的な人っデス?」

「的な人っていうか、本人だね」

 

 

 瞬間、電撃と共に三人は白目を剥く。めっちゃ愕然としている。

 激動の阿頼弥家訪問が、今始まる。

 

 







 十五話、読了ありがとうございました。


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