十六話です。
ちょっとした過去話のようなものになります。
阿頼弥宗家屋敷。
西邸。
赤い西陽が美しく差し込むよう設計された風情ある区画。
縁側からは広いスペースを存分に使用した職人謹製の枯山水が臨まれ、夕暮れ時には使用人も思わず足を止める事があるとか。
「うおーすっげぇ!! ガ○ダムだー!」
「でしょ! よくできてるでしょ!? 俺の親父のお気に入りだったんだけど全部改造しちゃった!」
……それが、つい三ヶ月前の光景である。
今やもとあった岩や砂を再利用して魔改造された枯山水イラストと化していた。
見渡せる一面には代表的な機体のみならず、アッ〇イ等のマニアックな量産機まで描かれている。
目を輝かせる虎杖と困惑の釘崎。
伏黒は密かに写真を撮り、啓は苦笑いで釘崎の横に佇んでいる。
そしてこのご満悦おじさんは一応阿頼弥家第十三代当主でもあった。
「ちなみに作者は何と! そこにいる
「マジで? 丑谷さんすげぇーー!!」
(この人も苦労してるわね……)
(伊地知さんみたいだな……)
(あでも褒められて嬉しそうだな丑谷さん)
そして一行は移動を始める。
現在、虎杖達の為に屋敷を案内中である。
玄関で玄と邂逅した当初は、虎杖達も思わぬ重要人物の登場にギクシャクしていたものの、気さくな玄の対話術と虎杖の相乗効果、また嫌でも目を引く屋敷の景観が徐々に緊張の糸を解いていった。
やがて一行は足を止める。西邸と中央邸を繋ぐ廻廊の只中。
そこは竜のように天を衝いて伸びる大樹が生えた中庭であり。
「何かいるわね」
「いるな」
「ト○ロだぁ〜〜!!」
「初めてジブリ映画見た時啓がこの木の周り探して止まなくてね。記念に置きました」
「父さん……ッ!」
大樹の隣に設置された、傘を持つデッカいモフモフの人形と、足下のちっさいモフモフの人形。
啓は顔を両手で覆っている。
そして次。
中央邸。客室二之間。三之間。
表立って外部と関わりを持たない阿頼弥においては、ここ数年で設けられた新しい部屋である。
「ほわぁ〜綺麗〜〜……!」
「昔から所蔵してる分と真希ちゃん用に追加した分の着物、好きに着てみて良いよ。着付けは使用人の子達がしてくれるから」
「釘崎様、お次はこちらなど如何でしょう?」
「その次はこちらを」
「更に次はこちらも」
「ウチ女性陣少ないから使用人の子達が着付けした過ぎてウズウズしてるんだよね」
(眼怖……)
複数の衣桁に掛けられた色鮮やかな着物と、それを試着する虎杖達。
女性側の客室で釘崎は女性使用人達の熱意に戸惑っていた。
その後も各所を玄本人の案内で巡り、程よく時間が経過した。
予定通り休憩とし、現在。
中央邸。第二応接室。四十畳はある大広間。
奥の方に玄と啓、対向に虎杖達が座り、各人の前には丑谷が淹れたお茶が置かれている。
「どう? そこそこ楽しめた?」
「はい! めちゃ楽しかったです!!」
「わぁ思ったより反応デカくてビックリ……まぁそれなら良かった良かった」
「はい! 質問良いですか!!?」
「どうぞ悠仁くん」
「五条先生の面白い昔話とかないすか!?」
「おーあるある! いやぁこれ悟と僕の奥さんの話なんだけどさ──」
思いの外センスの良い質問に伏黒達の耳も大きくなり、玄はここぞとばかりにテンションを上げた。
廊下側の襖がガッと開いた。
姿を現したのはスーツ姿の女性、玄が今最も鉢合わせてはいけないであろう人物。
腰まで伸びる美しい白髪。翡翠の瞳。均整の取れた細長い手足。
かの阿頼弥の神童を産み育てた女傑。
「悟くんの恥ずかしい話と私に一体何の関係があると言うんです? あなた」
「か……ッッッッ!!?」
当主阿頼弥玄の妻にして、啓の母親である。
「かかか篝ちゃん!? 今日任務のはずじゃっていやいやいやいや違う違う違う全部違うんだってばもう〜! ホント全然違うからマジで! かんぷら煮とガンプラぐらい違う!」
「ふぅ〜〜〜ん………?」
「お願い信じて! Believe me!」
その姿に慌てふためき、両手を合わせて力強く懇願する阿頼弥の当主。
怒涛の勢いで遜る玄の様はあまりに唐突で、当初その威厳に緊張していた虎杖達にとっては、え誰?という感じだった。
「まぁ良いでしょう。お友達の前で身内の恥を晒される啓が不憫ですし」
「母さん言い方」
「冥冥さんのお手伝いもあって今日は早々に任務も終えられました。私に内緒で!……こんな楽しそうな事をしていた件も水に流しましょう」
「っ、あ、ありがとうございます……っ」
そのまま黄金比の土下座を決め込む玄と仁王立ちの篝の構図は、この家の勢力図を簡潔に表していた。
少なくとも啓以外の一年ズはこの時点で大体を察した。
「今日冥さんと共同任務だったんだ」
「ええ。啓とも面識があったからか快く支援してもらえたわ。無償で」
「すごい直接的な表現」
「あぁそういえば自己紹介まだだったわね。私は阿頼弥篝、啓の母でこの人の妻です。啓からよく話は聞いてるわ。皆よろしく」
『よろしくお願いします!』
いつの間にか丑谷が敷いた座布団に座り、雅な様で篝は挨拶を行う。
その気品と先刻の冷酷さに心臓を掴まれ、虎杖達はそれはそれは綺麗なお辞儀で返事をした。
「あら皆緊張してる? あなた、一発ギャグでもしたらどう?」
「母さんそれ一番タチ悪いから。父さんも止めて……!」
冷や汗すら浮かべる虎杖達を見かね、土下座の体勢から恐る恐る座布団に座ろうとしていた玄を捕まえて最悪な無茶ぶりをする篝。
啓は無言でおっぱじめようとする父と意地悪な笑顔の母を慌てて止める。
「あそうだ! せっかくウチに来たんだし、皆夕飯でも食べていかない? 私も皆と色々お喋りしたいわ」
「ちょっと母さん……?」
「いや、流石にそこまでしてもらうのは……」
「あら? 私のお弁当気に入ってもらえたって聞いたのだけど……」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「ふふ、決まりね」
「え、俺それ知らない……!」
もてなされ過ぎて罪悪感が湧いてきたのか釘崎は口で、伏黒は顔で訴えるも、かつて口にした阿頼弥弁当の作者を思い出し、光の速さで掌を返した。
篝は満足そうに笑い、虎杖は謎の弁当エピソードに困惑している。
「じゃあ啓、私着替えて夕飯の支度してくるわね」
「え、任務終わりなんだし柳さんに任せたら?」
「嫌。貴方が友達を連れてきた日の夕飯は私が作るってずっと前から決めてたの」
「っ……じゃあ、よろしくお願いします」
「任されました。……あ、あとこれ。忘れる前に渡しておくわ」
息子のお願いに小さく敬礼する篝。
と同時に、思い出したように手元の角形茶封筒を差し出す。
受け取った啓は差出人の機関名を見て顔をしかめた。
「げっ」
「総監部の昇級内定通知書、貴方ずっと無視してたでしょ? ウチに直接来たってことはもう待てないって事よ?」
「……」
「学長さん経由で返事してもいいらしいわ。今の内に電話して来たら?」
「はい……って事でごめん、ちょっと席外すね?」
「じゃあ皆、また後でね?」
嵐のように去って行く篝と、電話の為不承不承に席を外す啓。
……残されたのは、黙りこくった玄と掛ける言葉の見つからない虎杖達の四名。
前半とは比較にならない気まずさを感じていた高専生トリオだったが、意外な事に口火を切ったのは玄の方だった。
「今日まだ詳しく聞いてなかったけどさ……啓は、学校じゃどう? 楽しそう?」
「え、まぁそうっすね……任務の時以外は大体楽しそうです」
「あはは、任務の時以外か……よく見てるね」
玄の問いに虎杖はサラッと答える。
その答えは玄の予想よりも鋭いもので、思わず笑ってしまう。
「やっぱ君らが友達で良かった。報告じゃ啓の顔に打ち覆い付けるくらいには仲良いみたいだし」
「いっいや!? そ、その件については山よりも深い事情がありましてですね……」
「海な」
元凶といえばまた別だが、実行犯である釘崎は思わぬ追及に慌てて弁明を始め、真反対の誤用を伏黒に冷静にツッコまれる。
しかし当の玄は責めるどころか笑って手を振っており。
「あー良いの良いの、俺それ聞いた時爆笑したし」
(えぇ……)
(それで良いのかこの親子)
玄は徐々に徐々に、顔を変えていく。
明るさと慈愛の含まれた笑顔はやがて、悲哀と自虐めいた何かが混じり始めて。
「ウチってほら、超特殊でしょ。呪詛師がどうの中立がどうのって、息苦しい風習ばっかりでさ。まぁ楽しくない家なんだよ」
阿頼弥とは、呪詛師を殺し続ける一族。
既存の呪詛師や潜在呪詛師はまだしも、仲間であるはずの術師さえ、阿頼弥の「眼」は全てを視ている。
術師の任務時の動向や普段の生活をも逐一監視し、疑わしきを罰する傲慢にして狂気の血族。
そして、阿頼弥の威光を盤石なものとする力を持った子が産まれた。
「啓の周りは一際異常でさ、四歳から呪術の徹底教育で屋敷から一歩たりとも出られないし、五歳になる頃にやっと任務で外に出られた。それから古参の呪詛師も新規の呪詛師も呪詛師予備軍も、体制傾ける奴らを片っ端からやっつけて、まぁ目も当てられないような生活だった」
通常阿頼弥に産まれた子供が通る過程を飛び越え、本来善い道へ導く立場の大人から、魂の髄に中立と狂気を教え込まれていった。
傾いた世界の天秤を元に戻す人生を強いられていった。
「啓にはその為の力と、精神力があった。アイツは誰よりも阿頼弥の器だった」
そう。精神力。
人を殺す為の。狂った教えを受け入れる為の。天秤を戻す役割を背負う為の。
恐るべき魂が、産まれた時から完成していた。
「でもある時、アイツが力を扱い損ねて俺は傷を負っちまった。腕を一本丸ごとやられた。……結果的には啓の反転術式のおかげで奇跡的に元通りになったんだが」
啓が所有する三つの相伝。
三千世識を呼吸のように扱い、神決呪法すら容易く使いこなして、そして。
神童に与えられた術式の中の最たる異質。
明らかに規格外の力を持つ真蹟だけは啓の支配を離れ、愛する父を無慈悲に襲った。
「啓は俺の腕を切った責任を感じて
『………っ』
「真希ちゃんが必死に止めても無駄だったら……って。その先を考えると今でも震えるよ」
子の親としては見るに堪えない光景だった。
今でも夢に見る吐き気を催す記憶である。
「啓は物の考え方が俺らとは決定的に違う。出自も特異だし、周りの子に受け入れられてるか超心配だった……なのにそんだけ打ち解けてたらそりゃ笑うしかないよ」
息子が同級生に打ち覆いを付けられて叱られている。しかも楽しそうに。
信頼する部下からその報告を聞いた時、玄は爆笑と同時に泣きそうになった。
死ぬ程心配だった事が杞憂に終わった時の嬉しさというのは、得てして言語化が難しい。
玄の込み上げたような笑顔を見て、虎杖は自然と口を開いていた。
「……阿頼弥は」
「?」
「阿頼弥は、良い奴なんで。友達にならない方が難しいっス」
「……良い奴過ぎですけどね」
「同感です」
虎杖に続き、釘崎、伏黒も淡々と述べる。
この年代の子供には珍しい、鮮やかな断言に玄は目を瞬かせる。
頬杖を突きながら笑い交じりに玄は言う。
「ホントいい子だねー君ら」
「アザッス!」
「こりゃおじさんも超安心だなっと……ちょっとお手洗い行ってくる。そろそろ啓が戻ってくると思うけどさっきの話は内緒ね。あと」
満足気な表情でよっこらせと立ち上がる玄。
席を外すだけにしては、やけに穏やかな空気を滲ませている気がした。
そして襖を開け、出ていく直前。
玄は肩越しに青い眼を向け、告げる。
「……絶対。絶対生きて、ずっと啓の友達でいてあげて。お願い」
赤らんできた陽光が美しく映える西邸とは異なり、東側は西日が薄く差し込み、仄明るい穏やかな風景を作っている。
東邸。
書斎。奥の間。地下倉庫。
そこに地上の光は一切届かず、人為的な灯火だけが暗闇に浮かんでいる。
「いやぁ~、こんな気分良いのマジで久々だな」
言葉通りの晴れやかな顔で、玄は地下への階段を降りる。
階段の先には、真っ黒な包帯を全身に巻いたスーツの男が立っており、何やら書類に記載をしている。
玄は手を振りながら声を掛けた。
「
「閣下か。順調だ。現時点で数は三十一。最終的には六十強まで集める予定だ」
「さっすが。けど悪い、数はもう少し抑えてくれ。そうだな、今は四十いれば良い。減り過ぎると奴らに勘付かれる」
「なる程……了解した」
包帯男──
蝋燭の火で僅かに浮かび上がるのは、一様に項垂れた状態で座る三十人以上の人影。
目と口は布で塞がれ、手足を赤い糸のようなもので縛られ、等間隔で並んでいる。
よく見ると滝のような汗を掻き、小刻みに震えている。
──これら全員、
「御前様のご明察通り、やはりコレらは『蟲』の息が掛かっていませんでしたね」
暗闇の奥からスキンヘッドの巨漢、丑谷三が姿を見せる。
頭の大きな傷痕が今この場では一際恐ろしさを感じさせる。
「あぁ。天蓋野郎は神奈川の一件から大人しくしてるし、"アイツ"もクソ遅え内部調査を進めなきゃならねぇ以上、『蟲』は手下の分家を使った呪詛師集めしかできねぇ。その場合呪詛師はある程度
この場合、最もインスタントなのは神決呪法の使い手が片端から呪詛師を従わせる方法である。
だが天蓋の呪詛師は単体なら高い隠密性を誇る反面、他者の誘拐中は阿頼弥の『眼』でも捉える事が可能である。
第二分家もここで騒動に関する呪詛師との繋がりが明るみになれば、今までの潔白が無意味となる。
故に残るのは、阿頼弥分家のマンパワーを使った順当な取引で呪詛師を引き込む方法。
バックに阿頼弥の一勢力がある以上、理解力のある呪詛師ならば取引を断れない。
……が、既に一桁の分家や都市部の分家は凍結させている為、その手法にも限界がある。
「だがこちらは騒動に関する調査の大義名分で問題なく呪詛師に接触し、神決呪法で無条件に駒を増やす事ができる。という訳ですね」
隣の丑谷が玄の思考を丁寧に補足する。
取引の手間無く呪詛師を無条件に引き入れられる利点は大きく、第二分家は呪具紛失の内部調査が終わっていない為に、この調査を宗家に一任せざるを得ない。
「まぁ反撃としちゃまずまずな状況だ。けど本当なら"アイツ"らの動きは全部こっちで誘導したかったな」
ある程度目処は立ったにしても、阿頼弥も呪術界も今日まで散々敵の侵攻を許してきた。
阿頼弥家の革新に伴い、必ず動き出すであろう内部の造反勢力を想定していた玄であったが、様々な第三勢力が一斉に動き出した為に、敵勢力の挙動は現状予想外も良い所である。
「くソッ、クソ……! んだよそれ、ざけんなよテメェら!」
「ん?」
その時、口を縛っていた布が外れたのか一人の呪詛師が声を荒げて悪態を吐き始めた。
眼を塞ぐ布はそのままで、呪詛師は虚空の先にいるであろう玄達を睨んでいる。
「今まで散々俺達の自由を邪魔してきた癖して今度は俺達をゴミ扱いかよ! 力があるからって好き勝手しやがって!! いい加減にしろよ!」
「ハァ……」
「っ、御前様……」
泣くように喚き散らす呪詛師に、頭を掻きながら玄は近付いていく。
丑谷の呼び掛けは、玄を一秒たりとも止める事ができなかった。
「……許さねえ、絶対許さねぇ!! お前ら一族まとめて呪──っ!?」
訴えは止み、くぐもった声だけが部屋に響く。
玄の腕がするりと伸びて、呪詛師の口を塞いでいた。
ぎりっ、と腕に筋を浮かばせながら玄は呪詛師の頭を引き寄せる。
「俺ぁ今めちゃくちゃ気分良いからよ、今は口封じすんの勘弁してやる」
玄は笑っている。
愛する息子のように。
「けどな、基本的に俺はお前らみたいな呪詛師は老若男女軒並み頭おかしくなるくらい嫌いなんだ。何でか知りてえか??」
「ッ、〜〜……ッ!!」
笑う。思い出すように笑う。
この後、奥さんの作った夕飯を息子達と一緒に食べなければならないのだ。
しっかり笑って練習しておかなければ。
「ちんけな悪意と欲に負けて人を呪うお前らゴミ共のせいで
「〜〜〜ッ!? ンン〜〜ッ!!」
玄もまた阿頼弥の家に生まれた一人であり、紛う事なき天才だった。
父が旧体制の中枢だった事もあり、玄は阿頼弥の風習、使命、思想を啓よりも高い濃度で教え込まれた。
そして愛する息子もまた、玄と同じ道を辿っていった。
その大本の原因は、太古より湧き続ける醜く愚かな人間そのものの悪意。
それらの一端が目の前にいると思うと、腕の力は決して。
「何で生かされてるかよく考えろ。俺は今すぐにでもテメェら殺してぇんだからよ」
「ッ〜、ガハッ!! ゲホッケホ……ッ!!」
そして放り投げるように手を離し、玄は呪詛師を解放する。
どうやら無意識に鼻も塞いでいたようで、呪詛師は涎を垂らしながら深い呼吸をひたすら繰り返している。
だが玄は意に介した様子はなく、立ち上がって周囲を見渡す。
「他の奴らも良いかよく聞け。お前らは俺達の駒だ。断る余地は無い」
まだ玄は、笑って。
「『死ぬまで従え』」
十六話、読了ありがとうございました。
次話から八十八橋周りのストーリーになりますが、幼魚並みに主人公を入れるのが難しいので、何卒広い心で読んでいただけると嬉しいです。