君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 番外編二話です。
 次話で番外編最終話とし、渋谷事変に入ります。

 また目次に啓君の挿絵を入れました。
 お恥ずかしい限りですがAI生成なので、外見のイメージが定まり切っていない方のみ参考までにご覧ください。
 

 ※以下、自分で人物の音声を考えるのが面倒だなという方のみ参考にしてください。



 ・幼少期の神童(理想CV:内山夕実)





第B話 死産感情

 

 

 

 

 ある日。

 お姉ちゃんが阿頼弥家に連れて行かれた。

 いつも怖い顔をしてるお父さんですら、あの家に対しては内心怯えてる様子だった。

 

 

 だからこそ、私はお姉ちゃんが心配だった。

 私は風邪を引いて行けなかったから。

 

 向こうの人を殴ったりしてしまったら、今度こそ怒られるだけじゃ済まない。

 普通にやりそうだけど。

 

 

 

 

 ……でも、帰って来たお姉ちゃんは意外にも平然としていて。

 聞けば、向こうの人達は想像の何倍も優しい人ばかりなのだという。

 次は私も連れてってやると言っていた。

 それにしたっていつもよりずっと静かなのは、別の理由がある気がした。

 

 

 

 

 

 すぐに次がやって来た。

 どうも阿頼弥家の人達からの強い要望らしかった。迎えも向こうから出してくれるみたいで、負担は殆ど阿頼弥の人達が負っていた。

 

 あまりに都合が良過ぎる気がして、私はお姉ちゃんの違和感もあってまだ完全に信用できていなかった。

 当然、お姉ちゃんと二人で阿頼弥家へ行く事を決めた。

 

 

「お久しぶりです、扇殿」

「お久しぶりにございます玄殿。本日もまたお招き頂き感謝いたす」

「いえいえ、お気になさらず。……真希ちゃんも久しぶり。それと、君が妹の真依ちゃんかな?」

 

 

 ……ちゃんと都合が良いだけだった。

 彼らに私達をどうにかしようなんて考えは一切無かった。

 

 入口で私達を迎えた「玄」というおじさんが見た事も無いくらい優しい笑顔をしていて、私はそう確信した。

 隣の奥さんらしき人はとっても綺麗で、肌や髪は着ている白い着物よりも真っ白で、そこに緑色の眼が浮かんでいて、もう人間とは思えなかった。

 私の幼い警戒心は、一瞬にして絆された。

 

 

「あ! 真希ちゃんいらっしゃい!! 来てくれてありがとう!」

「お、おう……」

 

 

 そして追い討ちのように、「彼」は現れた。

 母親の血を色濃く受け継いだ美しさと、父親に似た日だまりの笑み。

 

 お姉ちゃんの妙な大人しさの正体に、私はすぐに気付いた。

 

 

(あ。お姉ちゃん、"そういうこと"なんだ……)

 

 

 その時は何とも無かった。

 その時はむしろ嬉しかった。

 お姉ちゃんを好きになってくれる人が、やっと現れた事に喜んでいた。

 お姉ちゃん頑張れ、とさえ思っていた。

 

 

 ……それすらも呪いだったのだろうと、後の私は思うのだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 二度目の訪問から、暫く期間が空いた。

 どうも今年の「夏」の間、玄さんの手が離せなくなる程の何かがあったらしい。

 けどその間、禪院家での私達の扱いが酷くなる事は無かった。

 

 二度阿頼弥家を訪れたという事実は、私達が思っている以上に大きいようで、すれ違う侍女の人やお母さんだけじゃなく、お父さんや"あの人"でさえいつもと態度が違っていた。

 実際、同じように阿頼弥と交流を持てたのは同じ御三家の人の一部、あるいは特級術師のような例外ぐらいと聞いた。

 

 

 再び阿頼弥家が落ち着いて来た辺りから新たに二回阿頼弥家の招待を受け、更に翌年の春。

 ……今日はいつもの逆だった。

 

 

「阿頼弥家の皆々様。ようこそ禪院家へ」

 

 

 今玄さん達はウチの一番大きな広間に通されていると言われた。

 啓君が案内されるまで、私達は別室で待たされていた。

 

 

「いつも真希と真依が世話になっている分、本日は心ゆくまで寛いで行かれよ」

「あぁ、堅苦しい挨拶は抜きで良いっすよ。啓がもう我慢できない様子なんで」

「む?……ブワッハッハ! それはそれは、あまり待たせ過ぎてはよろしくない。おい、案内して差し上げろ」

「はい。では阿頼弥啓様、こちらへどうぞ」

 

 

 一度目のやり取りが、私達の知らないその間に行われたらしかった。

 

 

「あれ? もしかして……」

 

 

 "あの人"は本当に、いつどこにいるのかよく分からない人だから。

 例えば、私達の部屋に来るまでの通路の角とかでバッタリ出会ったのかもしれない。

 

 

「君があの阿頼弥啓クンやったりする?」

 

 

 きっといつものように、人を全身まで馬鹿にしたような目と、何か別の意味しか含んでいない声で話しかけてきたのだろう。

 案内の侍女の人が足を止めずに無視するなんて事はあり得ないし。

 

 

「えっと……はい。初めまして、阿頼弥啓です。本日は禪院家のお屋敷にお招き頂いてありがとうございます」

 

 

 ……それに啓君も話しかけられて無視する、という性格ではない。

 

 

「何や、悟君らと違うてえらい礼儀正しい子やね。女の子みたいに綺麗な顔やし()()()()()()()()可愛いわぁ」

「はぁ……ありがとうございます?」

「……君が悟君らと同じ『側』やなんて、全然そんな感じせぇへんな」

 

 

 "あの人"が、誰に対して何をどう言ったのかはその時の私達には知る由も無かったけれど。

 

 

「……悟さん、って五条悟さんの事ですよね? それは流石に比較対象がおかしいっていうか、比べちゃいけないと思うんですけど……」

「アッハハ! 謙虚なんやねぇ、ホンマええ子や。まぁそんな事言わんで今度俺に呪術の手解きでもしてや? じゃ、ほななー」

 

 

 どうせ碌でもない事を言っていたのだろうと容易に想像が付く。

 

 

「お、来た来た。遅かったな啓。何してたんだ?」

「ううん、ちょっとお庭見てただけ。何でもないよ」

 

 

 ……ただ私達の部屋に案内された時の啓君は何事も無かったような顔をしていて、当初私達は何も気付けなかった。

 

 

「それで、今日は何しよっか?」

「特に考えてねえけど、まぁ何やっても大丈夫だろ」

 

 

 その後も一切の違和感を感じさせず、とても楽しい時間が流れていった。

 

 大好きなお姉ちゃんと優しい啓君。

 家の嫌な空気に縛られず、思う存分やりたい事ができた。

 初めて禪院家に来た啓君はいつも以上に楽しそうで、はしゃいでいて、その暖かい空気に私もお姉ちゃんも釣られていた。

 

 

「ブッハハハハ!! すっげえ何だその手札! 啓お前運無さすぎ!」

「プッ、フフフ……フフッ」

 

 

 おかげでただの花札やトランプが異常なくらい盛り上がった。啓君の運の悪さにお姉ちゃんは爆笑していた。私も笑いを堪え切れなかった。

 そういう意外な一面を見ると、本当なら話すこともできなかった立場の彼にも弱点と呼べる部分はあって、普通の男の子のように感じた。

 

 大切な時間だった。

 それは間違いない。

 

 

「ごめん。ちょっとお手洗い行ってくるね」

「おーう」

「じゃあ僕ら部屋で待ってるから」

 

 

 でも同時に、胸の奥に根付きつつある「痛み」を私はずっと無視していた。

 少しずつ少しずつ、思えば去年から根を張っていたような気さえする。

 

 

(急いで戻らなきゃ……せっかくの時間がなくなっちゃう……っ)

 

 

 例えば、お手洗いの時間すら惜しむような忙しない性格でなければ。

 例えば、せめて走って戻りさえしなければ。

 例えば、私が心無い呪霊だったら。

 

 この輝かしい時間を、今日の思い出の全てを。

 焼き捨てたい気持ちに駆られなくて済んだのだろうか。

 

 

「わっ!?」

 

 

 縁側の通路の角。

 急いた子供心に、見えない角の向こうを意識する余裕などない。

 

 飛び出してきた影に対して止まる事は叶わず、尻餅を突く。

 慌てて見上げると、壁のように高い足が聳えていた。

 

 

「……ひっ」

 

 

 禪院直哉(ぜんいんなおや)

 ……"この人"は本当に、いつどこにいるのかよく分からない。

 けれどいつも、こっちが油断している時に出会ってしまう事が多い気がする。

 

 昔の悪辣な態度とは違って、あるいは最近のいないものとして扱う態度とも違って。

 明確に、悪意を持って、私の事を心底気色悪いもののように見下ろしていた。

 

 

「何や。随分と楽しそうやね真希ちゃん……いや、真衣ちゃんの方か」

 

 

 声。

 馬鹿にしているとかそんな次元ではなく、人間に話しかけている声色とは思えなかった。

 唾を吐き捨てているかのような、そんな感じ。

 

 

「君らぁ……神童クンに気に入られて勘違いしてるんとちゃうん?」

「……っ、あ」

「小判鮫の癖して自分が強うなったって勘違いして我が物顔で家ん中ちょろちょろちょろちょろ……」

 

 

 募っていく。

 徐々に募っていく。

 捲し立てられた言葉と共に、私に浴びせられるであろう……悪意と呪いが。

 

 

「目障りや、消えろカス」

 

 

 次の瞬間。

 足が動いた。私を蹴り飛ばす為に振りかぶられて。

 

 

「あの、カスって誰の事ですか?」

 

 

 ピタリと止まった。

 そして何気なく上げた足を下ろして、肩越しに振り返った。

 

 直哉さんの背後には啓君がいた。

 彼へ向けて、直哉さんは子供をあやすような身振りと人が変わったような声色で口を開いた。

 

 

「あぁ〜〜っ、ははっ、あれぇ? 啓クンおったん? いや別に大した話やないから気にせんといて」

「いえ。僕の大事な人達の話なので気になります」

 

 

 しかし啓君はそんな嘘に流される事なく、直哉さんに対してもスッパリと言い切った。

 その言葉に、私の心臓は病気みたいに震えた。

 

 逆に直哉さんは一瞬動きを止め、打って変わって冷静に語り出した。

 

 

「……。君もホンマ物好きやなぁ。優しさ突き抜けすぎて流石に怖いで?……知っとる? この子、君と違うて才能の欠片もない役立たずやで。しかもそれでまだマシな方や、この子の片割れなんて呪いも見えん役立たず以下の無能(ゴミ)やで? ハッキリ言って……君が一緒におってええ人間とちゃうよ」

 

 

 直哉さんが語った事は、言い方は別として全て事実だった。

 私に何の呪術の才能もない事、お姉ちゃんは呪いが見えない事。

 

 ……本当なら私達は、啓君と一緒にいられる筈のなかった人間である事。

 

 

「知ってますよ」

 

 

 啓君の返答は、一瞬私の心臓を握り潰した。

 烏滸がましくも、裏切られたのかと思ってしまった。

 

 

「せやろ? やったら今日はもうそいつらとおるん止めて──」

()()()()()()()()()()()のせいで、二人はずっと苦しい思いしてたんでしょう?」

 

 

 けれど啓君は、疑念を抱いた私の浅はかさを突き付けるように再び言い切った。

 

 "呪術師に非ずんば人に非ず"。

 その信条を掲げる名家の嫡男に対して。

 

 

「何やて……?」

「……真衣ちゃん。ちょっと下がってて……あの、貴方お名前は?」

「……。直哉や、禪院直哉」

「じゃあ直哉さん。こっち来てください」

 

 

 直哉さんの奥から私に笑い掛け、啓君は何故か私に距離を取らせた。

 大人しくその言葉に従った私を見届けてから、啓君はお庭の方へ歩いて行った。

 

 十分広いスペースの奥の方で止まり、啓君は直哉さんを見据えた。

 

 

「何やの急に」

「……この前言ってましたよね、手解きしてくれって」

「あ?」

「今してあげます」

 

 

 ぶちっ。

 そんな音が私にまで聞こえるようだった。

 目を見開いて、一瞬で走り出す体勢になった直哉さん。

 

 

「っ────調子乗んなや」

 

 

 走り出した初動すら、私の目には見えなかった。

 それが彼の術式によるものである事だけ、何となくで知っていた。

 

 

("あっち側"やない分際で!!)

「『止まれ』」

 

 

 決着は一瞬だった。

 啓君が何かを呟いたのと同時、見えない速度で動いていた直哉さんの姿が、啓君の目の前に現れた。

 拳を突き出す寸前の体勢で、微動だにせず止まっている。

 

 

「は?……くっ、何や……これ……っ!」

 

 

 直哉さんが見えない拘束を解こうと歯を食いしばっているようだったが、結果は一切変わらない。

 私達にとって理不尽の象徴である直哉さんが、啓君の意思に従っているかのようだった。

 ……それにしても胸が「痛い」。

 

 

「……二人は、親戚の人以外でやっとできた僕の大切な友達です。それに僕は真希ちゃんの事が世界で一番好きなので、貴方みたいに呪いがどうとかで考えた事一回もないです」

「っ……待て。お前、何する気や」

 

 

 啓君は火を見るより明らかに怒っていた。

 私の目に映る啓君の呪力が怖いくらいに拳へ集まっていく。

 直哉さんも何かを察しているようだった。

 

 ……あれ。というか啓君今、お姉ちゃんの事好きって言った?

 

 

「そうですね。まずは二人に謝らせて、二度と二人を苦しめないと誓ってもらいます。あぁでもその前に」

 

 

 それは要するに、お姉ちゃんは両思いという事だろうか。

 その事実に一人辿り着いて、私は感激していた。

 立場の複雑なお姉ちゃん達の思いが報われて、私は本当に嬉しかった。

 

 こんなにも嬉しいのに、胸の「痛み」は一向に収まる気配が無かった。

 

 

「一発殴ります」

 

 

 そう言って、啓君は直哉さんの鳩尾に拳を叩き付ける。

 鈍重な音が響き、直哉さんの体が一瞬浮いた後、ドサリと地面に倒れ込んだ。

 

 直哉さんは一切動かない。今度もまた、啓君が原因だった。

 彼の気絶を確認し、啓君は表情を切り替えてこちらを向いた。

 

 不安を感じさせない柔らかな笑顔だった。

 更に「痛み」が増した。

 

 

「真依ちゃん大丈夫? 怪我とかしてない?」

「う……うん」

「良かった」

「……ね、ねぇ啓君」

「ん、何?」

 

 

 この「痛み」は、ずっと無視しなきゃいけない気がする。

 この"気持ち"は自覚しちゃいけない気がする。

 だってそれは、お姉ちゃんが啓君に抱いてるのと同じで。

 

 ……啓君がお姉ちゃんに向けてるものだから。

 自覚したら、死ぬって決まってる。

 

 

「何で……来てくれたの? 部屋で待ってるって言ってたのに」

 

 

 だけど私の口は私の意思に逆らって、自然と動いていた。無意識に、彼の真意を知りたいと思ってしまった。

 

 すると、啓君は照れくさそうに返した。

 胸の「痛み」は最高潮に達した。

 

 

「だ、だって今日すごく楽しかったから……真依ちゃん早く来ないかなって思って……」

 

 

 ……。

 ……同じ事考えてたんだ。

 

 

 そして。

 産まれた瞬間に死ぬ事が確定している感情が、私の中で産声を上げた。

 

 

 

 

 







 番外編、二話読了ありがとうございました。
 次話はもう少し早く投稿できると思います。


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