番外編、三話です。
何だかんだ遅くなってしまいすいません。
今後はマジで計画的に話書こうと思いました。
Episode of 禮麒麟。
私がそれを目の当たりにしたのは、"私達"の同僚が増えた日だった。
私達。とは【阿衆】のこと。
一ヶ月前。御館様が第十三代当主に相成られたと同時、
当主直属、要するに御館様の私兵。
という事は当然、その御子息である啓様にも謁見を賜る機会がある。
丑谷さんが最初で、次が私。その次が久遠で。
七年前。その日も、そういう日だった。
「……分かっちゃいたが、こりゃまた随分と綺麗なツラだねぇ。"坊ちゃん"」
「父親から何も聞かされてないという感じだな。こんな子供にも阿らなきゃならないのは流石に困るんだが」
ソファにお座りになった啓様。その向かい。
御前にも関わらず、尊大な態度で堂々と私語を喋る二人。
長身細身の老女、
全身黒包帯のスーツ男、
二人は今日から私達の同僚になる訳だが。
ではそれ以前は、一体何をしていたのか。
丑谷さんのように分家の術師だった訳ではない。
私のようにフリーの術師だった訳でも、久遠のように身寄りが無かった訳でもない。
抹殺対象だった二人を、御館様が独断と偏見で引き抜いたのだ。
「……。御前につき一度は見逃してやる」
だが御館様の御眼鏡に適ったとはいえ、一度は踏み外した者達。
触れてはいけない逆鱗も知らないらしい。
「だが次啓様への侮辱を吐けば、推して刎ねる」
「ハッ、中々元気の良い子だねぇ」
「侮辱のつもりは無かったが、しかしお守りをする為にここに来た訳でもないんでな」
減らず口。老女の方はわざと。男の方は天然。
本当に刎ねたくなってきた。でも御館様の許可無しにはダメだ。
ああでも、うーん……と悩んでいると。
「……百二」
不意に。
啓様が奇妙な呟きをなされた。至極真剣な眼差しで二人を見られている。
「百二。何の数字か分かりますか?」
「?……何だ、おねしょの数かい?」
あまりに要領を得ない質問過ぎて、老女が茶化すように返した。
つまりは、完全に油断していた。
興味の無さそうな包帯男の方も、きっとそうだった筈だ。
「百二人。──今まで殺しました」
既に知っている筈の私ですら、未だ九歳の啓様が事も無げに仰る御姿に畏敬の念を抱かざるを得なかった。
まして気を抜いていた二人にはまさに寝耳に水。
「……………は?」
「命令されて強制的に、ではないです。大体全員自分の意思でやりました」
「…………っ」
「……」
老女の方は目を見開いている。
包帯男も、包帯の下の冷や汗が手に取るように分かる。
阿頼弥の異常性。そして啓様の異常性。
綺麗な御尊顔は、血を拭った後のものだったのだと。
二人はこの時、確信した。
「大半が人を殺したのに反省もしないその自覚すらない、動機もくだらない人達ばかりでした」
口元は笑っている。眼も笑っている。
声が笑っていない。ゴミを見るような声だ。
「父さんが連れてきたんだから、貴方達は違うって知ってます。話も聞きました。僕は好きですよ、貴方達」
一方、目の前の二人にはまるで友人家族のような慈悲深い御言葉と笑みを向けていらっしゃる。
心の底から二人を好いているのが分かった。
「貴方達は呪詛師だった事を気にしてるかもしれませんが、僕は気にしません。例え過去に何万人殺していても、僕は気にしません」
啓様は淡々と述べる。
罪を赦すと。罰は与えないと。
「これから先。善い人々を誰一人殺さない限り、僕は貴方達を好きで居続けます」
その代わり。
一生お前達を視続けている、と。
「けどもしまた、一人でも殺してしまったら。その時は」
人を許す指針。人を罰する指針。
その両方があって、更にそれを実行するだけの力と慈悲もある。
罪の無い者は無条件にその加護を受け、事情ある罪人も等しく許される。
あの御方の眼の届く範囲で、もう一度罪を犯さない限りは。
かくして私は目の当たりにした。阿頼弥啓という存在を。
間違いない。
この御方は「法」そのものだ。
Episode of 丑谷三。
東北地方。
山形県のある一般家庭に丑谷三は産まれた。
父は運送会社の課長。母は専業主婦。ごく普通の優しい両親。
だと思っていた。
五歳頃。彼に呪術の兆候が現れ始めた際、両親は一切驚かず、子供心に解るように言った。
『それは特別な力なんだよ』
『この国を守るとても素晴らしい力なのよ』
丑谷三の最初の「法」は、両親だった。
戸惑いながらも、彼は両親に力の扱い方を教わった。
やがて両親の仕事が"普通でない"事、それを命じる「誰か」がいる事を理解していった。
ある日。
父親は息子をその「誰か」の下へ連れて行った。
という、術師の名家の分家だった。
彼には術師の素養があった。
子供らしからぬ大きな体も、呪術の能力も、両親の教えを取り込む素直さも。
阿頼弥家に仕えるに相応しい「器」だと、父親は語った。
その日から彼は阿頼弥家に取り立てられ、阿頼弥家が次の「法」になった。
それに従い、多くの任務をこなした。
人を殺す仕事だった。社会に仇なす呪詛師を殺す仕事。
すぐに両親の仕事も"そう"だったのだと理解した。
……それから十五年後。
彼の"処理"した人の数が三桁を超えて暫くした頃。
「お前が丑谷か。噂通りデケぇな」
「……。どちら様でしょうか」
来客用の広間でも何でもない分家の縁側で、後ろから声を掛けられた。
なんでも「阿頼弥をブッ壊すから手伝え」との事だった。
それを阿頼弥の頂点に当たる宗家の嫡男が言っている事に眩暈がした。
……そして恐らく、彼はまだ眩暈が治っていないのだろう。
阿頼弥玄という「法」に、丑谷三は魅入られてしまった。
以来ずっと、彼の「法」は大きく傾いたままだ。
Episode of 祝屠祝。
その昔、フリーで術師をやっていた。
依頼は主に呪霊退治。結構繁盛していた。
だが男ができて、三十過ぎて辞めた。
ひ弱だったが、フリーの界隈では珍しく信頼できる奴だった。
それからは普通に暮らした。
子供ができて、その息子が結婚して、孫ができるまで。
長い年月の間も、あの世界に戻りたいと思う事は無かった。
でもある日。
息子と孫が呪詛師に殺されて、息子の嫁が自殺して、夫が心を病んで精神科に入院した。
私はいとも簡単に、
「
私は呪詛師になった。
呪霊ではなく、人を殺す仕事を請け負うようになった。
自分の家族を殺した連中と同じ「側」に堕ちた。
だから阿頼弥の刺客がすぐにやって来た。
二十代程度の若い男だった。
「だが私情による殺しはその一回だけ……以降殺したのは軒並み凶悪な前科のある連中か悪徳政治家、不祥事塗れの大企業社長……しかも一般人からの復讐代行。進んで殺しはせず、仕事を選ぶ理性がある訳だ」
……その阿頼弥について、最近妙な噂を聞いた。
阿頼弥の人間にも関わらず、問答無用で抹殺せず対象の内情を知り「話」を聞く異端児がいると。
私の前で、まさに同じ事が起きていた。
「なぁ、ウチ来ねえか?」
「……あ? ナンパにしちゃ下手過ぎないかい? 誰が? どこへ行くって?」
「旦那さんの入院費は俺が負担する。その分アンタには俺の仕事手伝って欲しいんだ。阿頼弥を変える仕事を」
目がマジだった。
私がもう入院費ぐらいしか金の使い道がない事も知っている。
これを阿頼弥の人間が言ってるって所が一番胡散臭いんだがね。
「そう難しく考えんなよ。最近もアンタと同じ面白え呪詛師誘ったんだ。一人ぐらい増えても変わんねえって。それに今女の子の部下が一人だけでよ、その子も元フリーだし、アンタが来てくれたら何かと助かるんだわ」
「……阿頼弥ってのは意外と同好会みたいな所なのかい?」
胡散臭さが突き抜け過ぎて、一周回って面白く感じてきた。阿頼弥へのイメージが大学サークルみたいになっていく。
だが断れば確実に殺されるだろう。老体なのは認めるが、流石に未だ死ねない。
それに、今の私にとっては真逆の立場に当たる奴だが、周囲から浮いたその物珍しい性格は。
「ハァ……まぁせっかくだから引っ掛かってやるよその
……旦那に少し、似ている気がした。
Episode of 御宙久遠。
子供の頃の記憶というのは得てして淡い。
まばらに残る鮮明な記憶の中で、一番端っこにある年代を「物心ついた頃」と人は言う。
物心ついた頃の最初の記憶は、目の前で「おとうさん」が笑っている映像だった。
長野県。松本市。
児童養護施設「ゆかり園」。
【園長】
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【所属児童】
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・
園長が「おとうさん」で、皆が兄弟姉妹。
毎日暖かいご飯を食べて、晴れた日はお外で遊んだり散歩したり、頑張って勉強もして、掃除と洗濯を手伝って、夜にきれいなお布団で眠る。
おとうさんはいつも笑っていて、誰も怒ったところを見たことが無い。
一番年上なのに怖がりな聡美に、いつも絵本を読み聞かせていた。
ある日。
僕は八歳になった。
夜中。おとうさんの部屋まで来るよう言われた。
「綺麗だね、怜」
そこには"化物"がいた。
一部兄弟の中でも女の子じみた外見の僕に恍惚とした表情を浮かべる「おとうさん」。
ベッドの上。僕に覆い被さって、"化物"は笑っている。
僕は逆らわなかった。
おとうさんはいつも笑っていて、誰も怒ったところを見たことが無い。
誰もが怒らせないようになっていた。
怜、と呼ばれて。
僕の名前は久遠だよ、なんて言えなくなっていた。
……最近元気が無い聡美の本当の名前は、一体何なんだろう。
「大丈夫? 君、名前は……?」
一年後。
おとうさんは殺された。
おとうさんは社会にとっても"化物"だった。
呪術という力を私欲に使い、僕の親と同じように皆の親を殺して僕らを「ゆかり園」に連れて来たらしい。
ちなみに"ゆかり"というのは、昔死んだおとうさんの奥さんの名前で、僕らは彼女にとても似ているそうだ。
「あ、僕の名前は阿頼弥啓。よろしくね?」
僕と同じ、九歳くらいの男の子だった。
女の子みたいに綺麗だった。
「……久遠。御宙久遠。僕の……名前」
吸い込まれそうな緑色の眼に、僕は答えた。
数年ぶりに、自分の本当の名前を。
Episode of 六道虹弥。
少年──
彼の連れて行かれた先は、相当に後ろ暗い組織だった。
しかも単に反体制というだけでなく、虹弥の先天的な"症状"についても知っていた。
脆い肌に失明した左目、左腕の不随。
代わりともいうべき超常の力。「天与呪縛」というそうだった。
「お前、"呪力"は使えるか?」
「知らない」
「あと三日で覚えろ。仕事だ。できなきゃ殺す」
「いや、死にたくはない」
「じゃあ死ぬ気で覚えるんだな」
虹弥は嘆くでもなく憤るでもなく素直に、そういうものか、と思った。
だからそのようにした。
三日後。
十四歳の少年が父親と同じような境遇の男を殺した。
それからも仕事を受けた。
「お前、
「いや、舐めてはいない」
不始末をやらかし逃亡した傘下組織の元幹部。
殺した。
「こんな子供までこの世界にいるのか。……悪いが容赦はしない。恨んでくれるなよ」
「分かった。恨まない」
近年名前が広まり出した一匹狼の呪詛師。
殺した。
「スーツ姿に顔半分の黒い包帯……お前が噂の始末屋か。だが……一人でこの数の術師相手にできんのか?」
「さぁな。今試してみよう」
取引先の競合組織。総勢十八人。
殺した。
少年が青年に、青年が成人になるまでの期間、虹弥はひたすら命令通りに仕事をこなしていった。
醜いと言われ付けた包帯は全身を覆うまでに至り、虹弥の外見の奇抜さに拍車を掛け、更なる噂となって一人歩いた。
曰く「寅が飼い慣らした獅子」「顔の無い怪物」。
小規模の組織が抱える戦力として過剰になりつつあった虹弥は、しかし従順に寅井組に所属し続けた。
少年期に結んだ縛りもとい契約も理由の一つだが、自らが取引の下売買され、己の所有権が組織にある事を虹弥は素直に受け入れていた。
その強さに反した異様な従順さに、組長が疑念を抱く程だった。
そうして組織内外で小さくない不安が渦巻く中、それは唐突に訪れた。
──阿頼弥家の到来である。寅井組はその日の内に崩壊した。
(これが噂の……)
裏社会に生きる虹弥にとってもその存在は当然耳にしている。
いつかこうなる事は想像できた。
虹弥が今日まで彼らと遭遇しなかった理由は、ひとえに虹弥の戦力が阿頼弥家にとっても脅威であったからなのだが、虹弥がそれを知ることはなかった。
「で……何故俺を殺さない?」
それよりも、自分以外の寅井組構成員だけが殺された事をこそ虹弥は問うた。
問いの先は、茶色掛かった髪を真ん中で分けた和服の男。
「何だ、殺して欲しかったのか?」
「別にそういう訳ではない。気になっただけだ」
「……まぁお前の事独自に調べたら、借金をカタに仕事押し付けられてただけみたいだったし。会ってみた感じ、殺しが好きそうな奴にも見えなかったしな」
「……。そういうものか」
虹弥は内心で思ったことをそのまま口にした。
阿頼弥家全体が"こう"だとは思わないが、少なくともこの世界にもこういう人物がいるのかと自身の中に銘記した。
「つーか、俺が殺したいタイプの奴は雑談なんてしねぇよ。……お前、よく天然とか素直とか言われねえか?」
「……そのせいで上司に離反を疑われた事もある」
「ははっ、何だそりゃ」
阿頼弥家の刺客である男は柔らかく笑った。
その光景にふと、人生で初めて人並みの会話をしているような感覚を虹弥は覚えた。
「お前さ、今後行く当てとかあんの?」
「あるように見えるか?」
「だよな。……じゃあ俺んとこ来ねえか? お前みたいな奴放っとくのちょっと心配だし、今個人的に仲間探しててな」
「……。正気か?」
「正気じゃなきゃ嫌か?」
「いや、気にしたことはないな」
だとしても、十分な奇人だと思う。
阿頼弥の人間が呪詛師を引き入れるというのは、それだけ前代未聞の所業だ。
「おっし決まり! じゃ、これからよろしくな」
「……あぁ。よろしく頼む」
故にこそ、この男が気になった。
この男と生きる日々は、一体どんなものになるのか。
少なくとも、死にたくないという思いで始めたこれまでの人生とは決定的に違う。
暴力団の始末屋を始めて八年。
誰かの意思や命令ではない。
八年ぶりに、自分の思いに……素直になってみようと思った。
番外編、三話読了ありがとうございました。
次話から渋谷事変に入ります。
改めて、遅くなってしまい申し訳ありませんでした。