君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 今何話目だろ。分かんなくなってきました。
 ……よし。渋谷事変開始です。
 





渋谷事変
第二十話 渋谷事変 開廷


 

 

 

 

 Q. 阿頼弥啓の強さの秘密は?

 

 

 

 

 

 A. 術式の数……とか? 任務行ってて思うけど、相手の手数が多いとステゴロで対応しなきゃいけないこっちは大変だよ。まぁ五条先生はそういうゴリ押しも強いって言うけど。

 

 

 

 A. ……個人的にはあの眼、三千世識(さんぜんぜしき)ですかね。やっぱり五条先生と同レベルの呪力操作ができるっていうのは相当なアドバンテージだと思います。

 

 

 

 A. 神決呪法(かむはかり)だっけか? 何回か見たけどあれが一番ズルだろ。一級以下にはほぼ必中だし。いつか啓がパンダの可愛さに気付いたら何させられるか分か──(強制終了)

 

 

 

 A. ふむ。恋愛に興じているようでは女の趣味はまだまだだが、木の特級呪霊と戦っていた時に見たあの女神の式神……あれは悪くない。デカい事は良い事だ。しかし欲を言えば尻の大きさがもっと──(強制終了)

 

 

 

 A. ま、三千世識、真蹟、神決呪法、呪力量、呪力操作に体術。いくつかあるけど、僕は"呪力の質"かな。これ知ってる人は少ないし。阿頼弥には結構いるんだよそういうの。あの家の人達は大体頭のネジ外れてるから負の感情の"質"が常人より良いの。啓なんてその代表例でしょ? 彼らの呪力は常人より肉体強化や術式の効率が高い。啓に限って言えばたぶん同じパフォーマンスでも僕の半分の呪力量で済む。で僕と同レベルの呪力操作な訳だから?……後は想像に任せるよ。

 

 

 

 

 A. 自己評価が異常に低い所ですかね(by脱サラ七三術師)

 

 

 

 A. 自分の事何とも思ってない所じゃない?(by唯一の紅一点)

 

 

 

 A. 物の考え方が異常な所かしら(by実母)

 

 

 

 A. 頭おかしい所だね(by実父)

 

 

 

 A. 狂ってる所(by許嫁)

 

 

 

 

 

 

 

 Q. ……アナタにとって阿頼弥啓とは?(by現代最強目隠し)

 A. あ"? 黙れ死ね(by許嫁)

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 記録──

 2018年。10月31日。19:00丁度。

 

 

 東急百貨店、東急東横店を中心に半径およそ400mの"帳"が降ろされる。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「"一般人のみが閉じ込められる帳"です。一般人は侵入のみ。"窓"には個人差が。術師は補助監督役含め出入りが可能です」

「電波は?」

「断たれています。連絡は基本的に『眼』の方か補助監督役を経由して下さい。緊急時であれば"帳"を出て行うようお願いします」

 

 

 ──20:14。

 東京メトロ渋谷駅。13番出口側。

 歩道橋の上で向かい合う五人の人影。

 

 七海班。

 七海建人(一級術師)。

 猪野琢真(二級術師 / 昇級査定中)。

 伏黒恵(二級術師 / 昇級査定中)。

 御宙久遠(阿頼弥家所属 / 阿衆)。

 

 

「随分と面倒なことになっていますね」

「……。あの……後ろ……」

「の副次的効果であって、”帳”の結界術式そのものには電波の要否は組み込めないんだぜ」

「あ、はい。知ってます」

「猪野くん、彼は優秀です。先輩風は程々に。今は阿衆の方もいるので」

「どーいう意味すか七海さん!?」

 

 

 

 


 

 

 

「人がいない!? 駅前のスクランブル交差点に!? ハロウィンの渋谷よ!?」

「そこで何かがあったみたいッス。皆散り散りに帳の縁まで逃げてこう訴えています。『五条悟と阿頼弥啓を連れて来い』と」

 

 

 ──同刻。

 渋谷マークシティ。レストランアベニュー入口。

 やはり向かい合い、渋谷で起きる騒動についての調査報告を受けている。

 

 禪院班。

 禪院直毘人(特別一級術師)。

 禪院真希(四級術師 / 昇級査定中)。

 釘崎野薔薇(三級術師 / 昇級査定中)。

 祝屠祝(阿頼弥所属 / 阿衆)。

 

 

「フッ。非術師が奴らを知っている訳がない。言わさ」

「百パー言わされてるね。帳は壊せないのかい?」

「おい遮んじゃねえよババア……!」

「何か言ったかい禪院ジジイ……!」

「おおん?」

「あ?」

「祝さんストップ、今喧嘩してる場合じゃねえから。明さん、そのまま続けて」

「は、はいッス……」

 

 

 

 


 

 

 

「高度な結界術に五条悟と阿頼弥啓を指名したこと。これは阿織桔梗祓除任務の襲撃犯、里桜高校事件正犯、交流会の襲撃連中と同一犯だ」

 

 

 ──同刻。

 JR渋谷駅。新南口。

 帳を観察しながら歩道を歩く三人組。

 コートの男と、あとはパンダと全身黒包帯の男。

 三分の二が異様な格好をした集団だった。

 

 日下部班。

 日下部篤也(一級術師)。

 パンダ(準二級術師 / 昇級査定保留中)。

 六道虹弥(阿頼弥家所属 / 阿衆)。

 

 

「上は被害を最小限に抑える為に五条悟・阿頼弥啓の二人による渋谷平定を決定したっちゅーわけだ」

「仮に五条悟や"少年"がこぼれ球を出しても、俺を含め阿衆を投入した四方各班と、その四方の隙間を埋めるように包囲配置した阿頼弥の『眼』の人員や補助監督陣で可能な限りカバーする……という訳か」

「あぁ。特級呪霊以外にも雑多な呪霊に改造人間、呪詛師を敵方がどんだけ保有してっか分かんねえからな。奴らの被害に遭った行方不明者の数を考えりゃこういう自然と配置になる」

 

 

 天蓋の呪詛師による拉致被害は氷山の一角に過ぎない。

 改造人間を集めるツギハギ面の呪霊はもちろん、直近では八十八橋の霊山に巣くう呪霊の被害に遭った人間も「その為」に仕組まれたものと考えることができる。

 これまでの犠牲者数と阿頼弥の造反勢力が集めた呪詛師がそのまま相手方の保有戦力となる。

 

 

「なぁ……アンタ何で包帯してんだ?」

「それを言うなら何故パンダが喋っている?」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「何か、こうして二人で話すのって久しぶりですね」

「そうだねぇ、僕も啓も出張ばっかだったし。疲れてない?」

「全然大丈夫です。昨日真希ちゃんに会ったので」

「それ理由になってなくない?」

 

 

 渋谷。文化村通り。

 "帳"へと続く道を、啓と五条は二人並んで歩いていた。

 

 周囲には誰も居ない。

 車も走っていない。

 突如渋谷の日常に紛れ込んだ異様な光景。

 その中をまるで散歩のような雰囲気で二人は日常会話に興じている。

 

 

「にしても、敵サンも随分と派手な事してくれたもんだ」

「これ後から誤魔化し利くんですかね」

「うーん……ま、そこはプロが勝手にどうにかするでしょ。クソ大変だろうけど」

「あはは……」

 

 

 口の半分を吊り上げて、五条は軽口を叩く。

 啓もまた呑気な口調ではあるが、両者共に足取りは軽くない。

 平時は軽薄極まりない五条すら、終始視線を"帳"へ向けている。途切れる事の無い観察だ。

 それ程の事態である。

 

 

「……先生。変な事聞くようでアレなんですけど」

「ん?」

 

 

 故に話せる時間は少ない。

 

 

「先生って、今まで負けそうになった事とかありますか?」

 

 

 脳裏に浮かべるのはつい数週間前の、八十八橋近くでの出来事。

 悍ましい悪意の策謀に晒されるも、いつも通りのやり方を捨て領域の構築に成功したあの日。

 

 今日は確実にそれ以上の権謀術数が詰まっているに決まっている。

 また自分の前に壁が現れて、苦しい戦いを迫られるのだろう。

 

 

「……」

 

 

 五条は真剣な表情の啓を横目で見た。

 六眼を持つ彼には、布越しですら様々な事が分かる。

 

 

「そんな事聞いてるけどさぁ、最終的には真希や人の事しか考えてないんだから啓ってやっぱイカれてるよね」

「貴方本当に教職ですか?」

「まぁまぁ落ち着いて。そりゃ僕にだって苦戦した経験はあるよ」

 

 

 何なら一回死に掛けたし、とそれは心の内に留めておく。

 十二年前の夏の出来事を今ここで話す事は無い。

 言いたくない事まで言ってしまいそうだからだ。

 

 

「そん時はひたすら必死で良いんだよ。必死に頭回して、呪力掻き集めて技術を総動員して、できなくても無理やりにでも、壁の先に立った自分を想像する。ほんの少し先の未来の、強くなった自分を思い描く。そんなんで良いんだ。特別な事なんかしなくて良い」

 

 

 できない事をしようとする時、余裕を感じる人間なんていない。

 五条でさえも例外ではない。

 死に際の土壇場で、必死になって漸くできる事もある。

 

 だからそのままの啓でさえいれば大丈夫。

 啓が他人の為に必死にならない訳が無いのだから。

 

 

「……何か雑過ぎません?」

「厳しっ」

 

 

 ぬるっと毒を吐く未来の最強によって少なくないダメージを負う現代の最強。

 いつか至るべき高みへと、啓は微笑んで言った。

 

 

「でも何か、元気出ました」

「そ、そう? なら結果オーライだね……」

 

 

 五条がそう返すのと二人が"帳"へ辿り着いたのは、ほぼ同時だった。

 気を取り直して、五条は口火を切る。

 

 

「じゃ行こうか」

「はい」

 

 

 ──20:31。

 呪い渦巻く闇の中へと、二人は脚を踏み入れる。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「阿頼弥と五条先生だけでやらせるぅ!?」

 

 

 ──20:39。

 青山霊園。

 

 明かりの無い夜空の下。墓石の群れの中に、四つの人影があった。

 傍らには斧めいた物も見え、内二人は子供だった。常人からすれば非常に不気味極まりない光景であるが。

 

 冥冥班。

 冥冥(一級術師)。

 憂憂。

 虎杖悠仁(一級査定保留中)。

 禮麒麟(阿頼弥家所属 / 阿衆)。

 

 しかし虎杖の人間味ある大声のおかげで、人々が彼らを不用意に恐れる事は無かった。

 虎杖はそのまま続ける。

 

 

「理屈は分かるけどさ、俺達にもできる事があるでしょ! バックアップとか!」

「うん。だからそれをしに今から渋谷へ行くんだよ」

「あっ、そーなの?」

 

 

 墓に腰掛ける女性──冥冥は優雅に返す。

 それに言葉を返すのは、子供らしからぬ憂いを帯びた表情の子供だった。

 名を憂憂といった。冥冥の実の弟である。

 

 

「姉様にバックアップをさせるなんて。五条悟に阿頼弥啓……贅沢な男達ですね」

「彼らをその辺の男と同レベルで考えてはいけないよ」

「姉様だって、その辺の女とは違いますっ」

「嗚呼、憂憂……お前は本当、愛い奴」

「また思ってもない事を……姉様が──」

「早く行こうよ……」

「暇ですね……啓様の好きな所で山手線ゲームでもします?」

「その類のゲーム提示してくる人五条先生以外にもいるんだ……」

 

 

 虎杖達が割り込む暇無く突如始まる姉弟愛劇場。

 いつ渋谷に行けるのか、と不安を覚える虎杖と麒麟。

 暇潰しにこれまたマニアックなゲームを提案される虎杖であったが、そこで運良く冥冥のスマホが鳴った。

 

 

「はい、冥冥……へぇ。虎杖君、麒麟さん。行先変更だ。明治神宮前駅に渋谷と同様の"帳"が降りた。私達はそちらに向かう」

「……あの、そういう事でしたら私一足先に現着してもよろしいですか?」

「というと?」

「このタイミングで渋谷周辺から我々を引き離すアクシデント、即刻解消すべき事案だと愚考します。私、"速さ"にだけは少しばかり自信があるので、先行調査をしている補助監督役の方と合流し私が調査を引き継ぎ、補助監督の方は状況伝達の為地上へ戻り待機……というのは如何でしょうか?」

 

 

 渋谷駅の東部に位置する青山霊園。

 一時的とはいえ渋谷駅の包囲を崩すような事案に時間を掛けるのはあまり良い対応とは言えない。

 であれば暫し単独行動を許してでも"速さ"に心血を注ぐべき、というのが麒麟の意見だった。

 

 顎に手を当て沈思の表情を見せる冥冥。

 二秒後、顔を上げていつもの怪しげな微笑みを浮かべて言う。

 

 

「……良いねそれ、採用だ」

「ありがとうございます。ではまた後程」

「うおっ!?……速え~」

 

 

 その返答を皮切りに、麒麟は雷光と共に尋常ならざる速度で出発した。

 移動の軌跡に雷電の余韻がまだ少し残っている。

 白髪から覗く流し目は冷静にそれを解析している。

 

 

(雷を操る術式。速さを自負するだけはある……しかもまだ全力じゃない。流石阿衆って所かな)

 

 

 鍛え抜かれた阿頼弥の術師の中でも指折りの実力者である「阿衆」。

 実物を見た所、一級上位陣とも全く遜色ないレベルだ。

 

 

(でも、五条君と阿頼弥君はそこから頭五つ抜けた存在)

 

 

 五条悟。阿頼弥啓。

 この世界に生まれ落ちた二人の鬼才。運命に呪われた寵児。

 彼らと繋がりを持てる術師は、それだけで幸運と言って良い。冥冥も豪運なる者の一人だ。

 五条に関しては、彼が学生の時から面識を持っている。

 

 だが啓については、冥冥もまだ一度しか顔を合わせた事が無い。

 ただでさえ最大級の秘匿性を持つ阿頼弥の神童。

 そんな啓との初対面は仕事で、しかも同じ呪詛師を奪い合ったという曰く付きだった。

 

 

『阿頼弥啓君……君にとって命の重さは何に比例するんだい? 君にとっての命とは何かな?』

 

 

 その時の会話を、冥冥はまだ覚えている。

 仕事の完遂よりも、啓との繋がりを得る方が将来的に有益であると判断しての問い。

 用益潜在力を命と豪語する彼女らしい引き際だった。

 

 

『全部です。僕以外の全部』

 

 

 未だ鮮明な記憶として残る啓の答え。

 自分よりも常軌を逸したそれに、鳥肌が立ったのも記憶に新しい。

 

 

(……恐ろしい思想だが分かりやすくて嫌いじゃない)

 

 

 明治神宮前駅まで、残り僅か。

 冥冥の金の為だけの戦いが始まる。

 

 

(ねぇ阿頼弥君。君以外の彼らを、君にとって破格の価値がある彼らを守れば……それは一体いくらになるんだろうね)

 

 

 

 


 

 

 

 

 ──20:40。

 "帳"内。渋谷セルリアンタワー。

 駅前のスクランブル交差点で五条と別れた後、啓は今、身の丈の百倍以上ある天辺の、更に上を見上げていた。

 

 暗き闇夜に閉ざされた天空。

 身に覚えのある莫大な呪力を感じ取っている。

 

 

「そりゃ二人一緒に戦わせてくれる訳ないか」

 

 

 それが啓と五条を引き離す為の策略である事は当然分かる。

 元より想定はしていた。幾ら特級呪霊の集団と言えど二人を同時に相手にすれば、一縷の勝機が水泡に帰す事を自覚しているのだろう。

 

 故にこうして互いが干渉し得ない距離まで二人を分断しようとしている。

 唯一渋谷駅ではなくこの場所にいる凶霊を、啓が見逃せないという事を解っているが故の戦力分散。

 

 

「……目障りだな」

 

 

 静かに零して、啓の脚は地面から離れる。

 人ではない事を証明するが如く、人の手の届かぬ空へと昇っていく。

 地平が人の限界だとするのなら、正しく啓は人域の遥か上に位置していると言えた。

 

 百メートル近い高さを超えた辺りで、啓は止まる。

 視線の先には、空色の和服を纏った青年が同じく宙に立っている。

 

 

「久しぶりですね」

「はは……あぁ。暫くだな阿頼弥啓」

「別に会いたくありませんでしたけど」

 

 

 空の特級呪霊。全空。

 彼は以前会った時と何一つ変わらぬ姿で、啓と再び邂逅した。

 

 啓は心の底から困ったような声を零した。

 啓でなくとも、悪意を持った天災に生きていて欲しいとは思わないが。

 

 だが生きている。

 まさかあの「茈」から生き延びていたとは思わなかった。

 それは間違いなく警戒すべき事実である。

 

 

「阿頼弥啓。あの日お前より受けた屈辱、世は忘れておらんぞ」

「僕だって貴方達がした事忘れてませんよ」

 

 

 警戒はするが、出し惜しむつもりは一切無い。

 怒りが内臓で蠢いて、啓は目を見開く。

 淀みなく、その掌印を結ぶ。

 

 

「領域──」

 

 

 そこで気付く。

 視線の延長線上。全空の更に奥。

 一回り小さいビルの屋上に何かが見える。

 

 

 

 

 

  人。       人。      人。

     人。     人。

   人。  人。 人。      人。

 人。      人。         人。

   人。        人。   人。

  人。   人。  人。      人。

     人。        人。

 

 

 

 

 である。

 屋上の縁に立つ何人もの人影。血の気が一気に引いていった。

 視線を移せば周辺のビルにも同じような影が見受けられた。

 

 彼らは体を傾ける。

 ニュートンが見たリンゴのように、それは重力に従って。

 

 

 

           屋上

-----------------------------------------------------------------

   ↓    ↓    ↓    ↓

   人    ↓    ↓    ↓

        人    ↓    ↓

             人    ↓

                  人

 

 

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを」

 

 

 約五十人近い人間がパフォーマンスのように並んで自由落下していき、異口同音の詠唱を唱えている。

 付け加えれば、全員が笑顔である。

 

 啓は即座に神決呪法による転移を決行。

 この際呪詞は省き──。

 

 

「ハハハ」

 

 

 眼前に嗤う和服の青年。速い。

 三千世識で転移先を注視するあまり、掌印を結ぶ腕を掴まれる距離まで接近を許してしまう。

 迫る全空の左手が、防御の上から叩き込まれた。

 

 啓の体は大きく吹き飛び、遠くの高層タワーへと突っ込んでいった。

 

 

「この『禁令(きんれい)の帳』は神決呪法(かむはかり)と帳を組み合わせた法坐と夏油の合作結界術でな」

 

 

 そこはとある飲食店のスペース。

 テーブルを蹴散らした先の壁に啓はもたれている。

 既に啓の眼前まで全空は接近しており、右脚が振りかぶられている。

 

 

「『止まれ』」

 

 

 だがその命令語は更に速い。

 たった一言で、特級呪霊の膂力をも容易く上回る事できる。

 

 

 できなかった。

 確かに一瞬、間違いなく停止した。

 だが全空の脚から「黒い光」のような物が瞬いたのと同時、止まった脚が再度動いた。

 

 停止前の速度で強かに啓の側頭部を打ち、左側の壁へと蹴り飛ばす。

 

 

「その際、強力な禁令を齎す場合は先程のような贄を要する」

 

 

 タワー側面。

 渋谷駅西口近辺。首都高速三号渋谷線上空。

 宙へ放り出される啓の頭上に全空は素早く移動。

 しかし啓の意識は依然全空を向き、吹き飛んだ体勢で掌印を組んでいる。

 

 その意志の強さに戦慄を覚えつつ、全空は握り締めた左手を振り上げる。

 すると啓の真上にある一帯の空気が消失し、真空が生じる。

 それにより空中にある啓の体は吸い込まれ、勢いよく上昇。

 

 予期せぬ移動で視界がズレ、全空への視認が外れ神決呪法が中断する。

 

 

「法坐なら他者に命を懸けた縛りを強制でき、そして嘱託式故に帳は死後も継続する」

 

 

 同時に啓の頭上から現出した式神──人工衛星のパーツでできた四足獣の如き式神──が振り抜いた腕が啓に直撃。

 弾丸のように落下し、地面へと激突。土煙が噴き上がる。

 

 

「よい働きだ。"くろゆり"」

 

 

 自身の式神を労いながら全空は地上へ降り立つ。

 砂塵の中、ゆっくり立ち上がる啓へと笑い混じりに語る全空。

 

 

「ちなみに前回襲撃した時の贄は十六人だったが、今回は貴様の領域を禁ずる為五十三人が贄となっているぞ」

「……十九」

「ん?」

()()()だ……」

 

 

 痛みが蓄積した上半身を項垂れさせながら、啓が冷徹に呟いた。

 その数字の意味に、全空は遅れて気づいた。

 

 

「まさか」

 

 

 それは、法坐に強制された自死の縛りを履行できた人間の数。

 今の数十秒の間に、阿頼弥啓が救えなかった贄の数である。

 

 逆に言えばそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事の証左。

 その恐るべき献身と善性に全空は吐気を催した。

 

 

「ッ、クッ、クク、ンフフフハハハハハッ!! 流石だ阿頼弥啓……! 通りで手応えが無いと思えば己の事など二の次だったか……」

 

 

 否。

 問題は、二の次であった啓にすら全空は重傷を与えられなかった事。

 それもやはり恐るべき事実である。

 だからこそ全空は笑うのだ。

 

 

「だがすまん──()()()()()()()()

 

 

 瞬間、起き上がる啓の動きが止まる。ピタリと停止する。

 過半数を助けられた気休めの安堵を、得も言われぬ不安が一気に塗り潰す。

 

 事実、啓が半数を助けてもなお、帳は降りてしまっていた。

 規模は一般人を閉じ込める帳とほぼ同じ。この帳内全てと考えて良い。

 

 

「あれらの贄達は氷山の一角。というかまぁ囮だ。追加の贄を貴様の目の届かぬ所にも配置していただけの事」

 

 

 ……あの虚無僧のやりそうな事だ、と啓は努めて冷静に結論付ける。

 

 

「ハハッ、領域で手早く決着を付けて五条悟の加勢に向かいたかったか? 悪いがまだまだ」

「──後悔するぞ」

 

 

 当然。

 そのような所業がこの少年の前で赦される筈も無く。

 髪を握り締め、吸い込まれる程に美しい翡翠の眼が射殺さんとばかりに罪人を睨んでいる。

 

 

「僕の前でこんなっ、こんな恐ろしい事をして……やっぱり呪霊(お前達)はダメだ。お前達みたいな邪悪は全てが×(バツ)だ。性格が×。外見が×。生き方が×。在り方が×。存在が×。×××××××××罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰──」

 

 

 怒り。

 怒りである。

 犠牲となった人々を想って噴き出している。

 

 狂った念仏のように呪詛を吐き出し続ける啓。

 しかし吐けども吐けども次々に腑から溢れ出て、吐き出す量が間に合わず、啓の中でそれは徐々に蓄積していって。

 

 

「罪には罰を与えます」

 

 

 程なくして、臨界点に達した。

 一転して、驚く程平坦な声色で判決を告げた。

 

 

「真蹟──励起」

 

 

 啓が持ち得る全てを使って目の前の呪いに何をしようとしているのか、一切想像が付かない程の激情。

 曇天が現れ、烈風が吹き荒ぶ。

 怒れる啓の化身のように、女神が背後に降臨している。

 

 

「──悪傾。──『止まれ』」

 

 

 それは、以前までの啓であればあり得ない光景。

 ()()()()()()()()()()()()()()、神決呪法の行使。

 応報を司る天秤の呪詛に重ねて、一切の動きを禁ずる威令が発令される。

 

 

「真蹟。極ノ番──議式」

 

 

 更に啓は畳みかける。

 式神の剣が天を衝く。全空の遥か頭上。曇天の只中に巨大な穴が空く。

 穴から覗いたのは光無き宙。闇より暗い宇宙。

 そこに輝く六つの星。天秤の名を冠す十二星座の一つ。

 

 執行。剣が振り下ろされる。

 六星は一際煌いて、全空の視界を染める。

 

 

断罪星座(だんざいせいざ)

 

 

 ギロチンの刃のような、六連の光。

 それは瞬く光の速度で、地上の全空へと降り注いだ。

 

 

 

 

 

 瞬間。

 全空の顔を覆う、「天」の字が書かれた黒い布。

 

          その。

          白字が。

          歪んで。

       血液のように滲んで。

         ──笑った。

 

 

 

 

           ◠ ‿ ◠

 

 

 

 








 読了ありがとうございました。
 申し訳ありませんが、啓君と五条先生は共闘させられません。
 啓君なら副都心線ホームの非術師の方々を神決呪法でホーム外に転移させられるからです。
 啓君一人ならまだ特級呪霊の皆さんもその隙を狙えるかもしれませんが、五条先生もいたらまぁ無理でしょう(と、思ってます)。

 という訳で全空とのタイマンになります。
 全空も頑張って創ったキャラクターなので、応援よろしくお願いします。


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