君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 二十二話です。
 ……何だかんだUA10000突破、超々嬉しいです。お気に入りもジワジワ増えてるの見てニヤニヤしてます。

 皆さん応援ありがとうございますっ!!
 これからも頑張るのでよろしくお願いします!







第二十二話 夢

 

 

 

 

 ──21:03。

 渋谷ソラスタ。

 および渋谷DTビル前交差点。帳外。

 

 帳周囲の連絡網を構成する阿頼弥の「眼」の内の一人。

 名を鳴屋忠司(なりやただし)

 

 索敵に特化した組織である「眼」の中で数少ない"三千世識"を有する貴重な人員であり、鳴屋の他に「アルファ」「ブラボー」「デルタ」として三名が参加している。

 

 

「定期連絡、定期連絡。こちらチャーリー。B班応答求む」

 

 

 管制である当主の指示により、どの地点からの襲撃も敏感に検知できるよう三千世識所有者が班間での定期生存確認を行う。

 三千世識で視覚と聴覚を遠隔操作し、他人員の視認と応答を以って生存確認とする。

 

 

『こちらB班。欠員および周囲に異常なし。監視を継続する』

「チャーリー了解。こちらも依然として不審な影は見当たらない。また十分後に連絡を行う」

 

 

 淀みないやり取りから問題なしと判断し、術式効果を元に戻す。

 再び周囲の監視を開始して……しかしふと、今の会話で感じた違和感が脳裏を過った。

 

 

「……。何か今までと声が違ったよう──なきっ」

 

 

 瞬間、鳴屋の頭を何か鋭い物が刺し貫いた。

 血飛沫と共に鳴屋は倒れ伏し、地面に巨大な血痕が叩き付けられる。

 

 それは阿頼弥と呪術高専の監視網を蝕む「蟲」の、悍ましい軌跡の第一歩であった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 駆ける。

 とあるビルの中。暗いオフィス。整然と並べられたデスクの横を走る。

 外の小さな光を反射して、白髪が淡く光を残す。

 

 高速の移動の中で、「眼」が床から飛び出す砂埃の線を捉えた。

 脚を止める。直後、フロアの端から端までの長さを持つ刃が眼前を上っていった。

 数十階分の高さを持つビルの一角を、()()切り落とす規模。

 

 続いて啓は姿勢を落とす。

 胴体を横一文字に断つような虹色の光線がビルを水平に両断した。

 途端に外の光が入り、一気に景色が開けて啓は外からの警戒を強める。

 

 視えた。

 左方向に影。

 

 

「『止まれ』」

 

 

 高速で空中機動している全空を三千世識と神決呪法で停止させる。

 だが全空はもう常に"術式を乱す光"を纏っており、神決呪法の効果も一瞬である。

 

 啓もまた一瞬(それ)を前提に動いている。

 即座に肉薄し、「光」の影響を受けない自らの拳を振りかぶる。

 

 

「※冒涜的な言葉。※冒涜的な言葉──『Aza』」

 

 

 だが再び、理解不能な呪詞。

 鼓膜を削るような音の後、啓の視界と脳裏に押し付けられる──言葉にできない程の狂気映像。

 

 

 ブツン。

 脳をプレス機で圧壊されたかのような、真っ白な衝撃。

 

 一瞬、意識が()ぶ。

 確実に発狂死した──それだけの強烈な"実感"を得た上で、すぐに意識は現実に戻る。

 

 

「ぶッ、がはっ、ぁ……ッ!!」

 

 

 術式は全て解除され、数え切れない痛みとダメージと、理由の無い恐怖が体を襲っている。

 その状態から体勢を整える間に、全空は余裕の仕草を見せてから攻撃に移る事さえできる。

 

 

(これ、本気で勝ちに来てるな……)

 

 

 防御の上から殴り飛ばされながら、啓は内心で呟いた。

 久々の感覚だった。ごく少数の「あっち側」の存在と対峙した時にだけ感じる、この緊張感。

 

 序盤の醜悪な権謀術数を除けば、真正面から戦っての互角。

 油断を排してなお接戦を強いられる状況に、啓の思考は焦りを纏いながら深く沈んでいく。

 まずは神決呪法で吹き飛ぶ体を空中で止める。

 

 

「HAHAHAHAHAHA!! これだよこれ! これがしたかったのだ阿頼弥啓!!」

 

 

 遠くからでも響く嘲笑と共に、全空の手元から黒々とした物体が肥大化していた。

 自在に形状が変化し、先程の刃にもなった黒く輝く多面体。

 それは突如として肥大化の速度を上げ、啓の方へと伸びてきた。また物体の先端には醜怪な「顎」が付いており、啓を飲み込もうとしている。

 

 啓と「顎」が衝突する、寸前。

 斜め横から飛来した巨大な"光の矢"が、「顎」とその周辺を円状に貫通した。

 真蹟の左手にある天秤がクロスボウのように水平に傾き、弦を張っている。

 

 

「お前を嘲笑って嘲笑って嘲笑って(Aza)笑って(Aza)笑って(Aza)笑って!! 冒ッ! 涜ッ!!」

 

 

 多面体の破片の影に隠れて、全空は接近している。

 同じく多面体で形成した真蹟の如き大剣を振りかぶっている。

 

 

(ここでわざわざ距離を詰めてくるって事は、さっきの脳即死技には長い呪詞以上のデメリットがある。呪力消費も相当だろうし。けどそれらを補って余りある威力。しかも必中っぽい。あと二回も喰らえば術式の同時運用ができなくなる)

 

 

 特に厄介なのは、術式の強制解除と感覚器官の瞬断、そして脳への甚大なダメージである。

 喰らえば術式による浮遊の再開から始まり、平衡感覚や体勢を整える為に必ず数秒の隙が生まれ、喰らう度にこちらの術式の精度は下がる。

 

 例えば今、三千世識の精度低下により死角が増え、全空を迎撃しようとする真蹟を上空から竜が連れ去るのを許してしまう。

 

 

「チッ」

 

 

 そのようなミスをしてもなお、どの術式も解除はできない。

 既に眼前の敵は、あの五条悟と同じ「側」の存在になってしまった。

 出し惜しみや温存ができる相手では決してない。

 

 

(でも絶対殺す。絶対に)

 

 

 解除はしない。

 だが調整はする。よりこの戦況に適した効率的な構成へと。

 

 

「む?」

 

 

 そして振り降ろされた全空の大剣は、啓の横を紙一重で逸れていった。

 それはこれまでの結果と似ているようで、何かが決定的に違う。

 

 掌印も呪詞の詠唱も無く、阿頼弥啓は直立しているのみで神決呪法を発動させていた。

 

 

「A──HAHA!! まだ進化するか!!」

 

 

 その僅かな隙を的確に突く啓。

 全空の懐へ潜り、呪力を込めた渾身の蹴りをぶつけ、吹き飛ばす。

 即座に神決呪法で加速し、全空に追い付く。

 

 

(うん、暫く攻撃に神決呪法は使わない。今出せる燃費の中ならこれが最適解だ)

 

 

 攻撃手段は「光」の影響を受けない体術のみ。

 三千世識は「膜」の形となり、センサーとして啓の周囲に常在。

 膜を通過した"刺激"を契機に、神決呪法が発動するよう要件変更。

 

 複数の術式を同時運用できる啓にのみ許された術式同士の連携。

 

 

("似非無下限呪術"。止まりはしないけど)

 

 

 三千世識の「膜」に触れたものを逸らすだけの神決呪法。

 しかし負担を減らす上ではこれが最善であると判断した。

 

 全空があの「光」を纏った大剣を再度振るってくるが、神決呪法が効く一瞬さえあれば、逸らすくらいは機能する。

 

 

(で。浮いた処理能力を全部三千世識と呪力操作に当てる)

 

 

 発動。

 三千世識。極ノ番──呪内(じゅだい)

 あらゆる情報と呪力を見る超共感覚。

 

 節約の為、範囲は全空と周囲の空間のみに限定。

 全空に巡る呪力と温度、周囲の気温や湿度に合わせ拳に込めた呪力を微細に調整。

 それを思い切り振り抜く。

 

 

(──黒閃)

 

 

 渋谷の空に閃く漆黒の輝き。

 狙って出せる筈のない百万分の一の光。

 

 九十度方向を変え、尋常ではない速度で殴り飛ばされる全空。

 遠く二つのビルを貫通した先、建物の外壁にめり込んで止まった。

 

 

(できるだけ時間は与えない……!)

 

 

 間髪なく突貫し、反撃の暇を潰す。

 特に精神即死のあの技をもう一度喰らう訳には。

 

 

「──『Aza』!!」

 

 

 ……啓がそう考える事を、全空は想定している。

 故に体術で一方的に反撃を喰らっている間、下手な反撃はせず呪詞の詠唱に徹した。

 

 

 ドクン。

 残り三メートルで啓は急激に速度が落ち、眠るように空中で倒れ始める。

 

 すぐに浮遊を再開するが、そうして体勢と思考を整えるのが精々。

 血を撒き散らし、嘔吐し、呼吸が乱れに乱れる。

 それだけ甚大なダメージを脳とその周辺に負っている。

 

 しかも既に三度目。

 満身創痍も良い所である。

 要するに、これ程千載一遇の機会は無い。

 

 

「AHA……AHAッッHAHA!! ようヤく殺せル、ヨう厄穢セる!! 冒涜デきRUッッ!!」

 

 

 歓喜を振り撒きながら全空は剣を形成し、振りかぶる。

 壊れた笑いも言葉のアクセントも、今はどうだって良い。眼の前の化物をブチ殺せるなら全てが些事。

 

 天災より産まれた同胞達の為に。

 百年後の呪霊の未来の為に。

 間を置かず、剣を啓の首へと振り──

 

 

「HA?」

 

 

 全空の視界に差す、巨大な影。

 それは大剣の影。全空の頭上寸前にまで迫る女神の剣。

 先程の意識瞬断で消えた筈の女神が、制御できる筈のない状態で動いている。

 

 

 本来式神術とは、術師に従属し制御を離れる筈のない術式。

 だがその中で唯一、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして──悪と判定した者を自動的に攻撃する。

 

 

「ガハ──ッ!!」

 

 

 無防備の状態に叩き付けられた隕石の如き大剣の一撃。ベイパーコーンを残しながら、白い像の線となって急降下。

 ビルの半分にも届く土砂を噴き上げて、全空は地面に激突した。

 

 

「ゲッホ、カッ、ハァ、ハァ、ハァ……っ、はは」

 

 

 五体満足である事以外ボロボロの啓が、荒い呼吸をしながら地上へと降りて来る。

 倒れ伏す全空よりはマシというだけだが、それでも自身の読みが当たった事で、啓の気分は決して悪いものではなかった。

 

 

「あの技……ハァ、っ、デメリットは長い詠唱と大量の呪力消費、理性と肉体の摩耗って所か……」

 

 

 先刻の一連の攻防。

 啓は敢えて体術での猛攻を仕掛け、"あの技"を喰らいたくないと全空に思わせた。

 その後わざと喰らう事で竜と戦闘している真蹟を解除させた。

 

 そして意識の回復に伴い、浮遊の再開と真蹟の起動に全神経を注ぎ、全空の背後へ()()()()()()()()()真蹟を召喚。

 

 後は真蹟が自律的に奇襲が行う。

 その結果が今である。

 

 

「ケホッ、最初触れた時より肉体が柔くなってたし、真蹟が叩けた以上光の出力も相当落ちてる。そろそろ思考もままならないだろ」

 

 

 そして"あの技"を使えば使う程肉体の強度やその他の術の出力が落ちた為、式神である真蹟の攻撃も乱されず、重傷を与えられた。

 

 

「もうその技は使えない……というか使って苦しむのはお前の方だ」

 

 

 啓は念の為、真蹟以外の術式を解除している。

 少しでも処理を減らしつつ、真蹟の極ノ番を当てる準備をする。

 

 当然真蹟の制御も取り戻している。油断はない。

 確信を込めて、啓は大きく息を吐いた。

 

 

「…………HAHAHA」

 

 

 直後。

 蚊の鳴くような笑い声と、"それ"が響いた。

 

 

「※冒涜的な言葉。※冒涜的な言葉。※冒涜的な言葉。※冒涜的な言葉──」

 

 

 啓は目を見開いた。倒れ伏す全空に戦慄した。

 ()()と肉体の摩耗──自ら吐いた言葉の別の恐ろしさに気付いた。

 

 それは啓とは違う方向性で、()()()()()()()()()()思考を生む。

 更に恐るべきは、この状態で全空の持つ呪術センスが全く損なわれていない事である。

 

 術の仕様を即興で変更。

 掌印の追加と手掌によって対象を指定する事で、詠唱を半分まで減らす事に成功。

 

 

「やば──ぐ、かっ、ハ」

 

 

 啓はまだ、三度目のダメージから回復し切っていない。

 

 

「※冒涜的な言葉──『Aza』」

 

 

 四度目。

 啓が術式成立の閾値として定めた回数。

 決して喰らってはいけなかった一撃。

 

 

「ガッハ……っ!! ハッ、ハッ……がふ、う、う"え"ぇぇ……ハッ、ハァッ、フーッ! フーッ!」

 

 

 両膝から崩れ、肘を突き四つん這いの状態で大量の血と吐瀉物を吐く啓。

 痛みもダメージも体の震えもあり得ない域まで達している。

 

 視界は真っ赤に染まり、爆発しそうな状態で。

 耳は殆ど聞こえない。むしろ内側からの心臓の音がうるさ過ぎる。

 頭が重く、肘を付いている地面が上になってずっと落下しているような感覚さえする。

 

 今の一撃で、これまで蓄積したダメージが一気に決壊した。

 

 

「AHA、AッHAHA! AHAHAHAHAHA!!」

 

 

 啓には聞こえない耳の外では、今までにない程の狂った嘲笑が響いていた。

 

 逆再生された人形のように、ゆっくりと全空が立ち上がる。

 しかし間髪入れず自傷を選んだその精神は、既に並みの自我を保っていない。

 その現れなのか、その声には機械のような雑音が混じっている。

 

 

「見えタMiエた……! キラ嫌のすっゴくKi麗な汚ソラ……Aaa〜〜イイ夢♪♪♪(ミレソ)──」

 

 

 それでも、それ故に、全空はその境地に至る事ができたのかもしれない。

 

 

「Ryo閾輾k@遺」

 

 

 印を組む。

 立てた二本の指ごと、無い首を締めるかのような。

 

 

「──(はくち)

 

 

 瞬間。

 全空を基点として現実とは異なる世界が滲み出し、渋谷の景色が上書きされていく。

 全空の心に広がる"そら"が、現実を蝕み顕現する。

 

 最初は周囲を闇が覆った。

 次に領域の中心から白を基調とした鮮やかな色彩と鏡のようなものが現出し、万華鏡の中のような空間を構築していく。

 

 そして、鏡の只中。

 木造のベッドが一つ、ポツンと現れ、異界の創造は終了する。

 暗闇に眠る巨大な上位者の頭の中に鏡の空間が浮かぶ、異様な風景であった。

 

 

「YOコそ、永enのアク夢へ」

 

 

 結界に付与された術は当然「アレ」。

 対象の精神と魔王の「夢」を一瞬だけ同期させる瞬間的白痴。

 

 を。

 絶え間なく浴びせる勝ち確定タイプの領域。

 その一点においては、啓の領域を上回っている。

 

 

(なぁ、頼むよ)

 

 

 万華鏡の上で蹲る啓。

 今度こそ即死の瀬戸際、睡眠に近い意識の深層で彼は思考していた。

 そこでしか話せない奴がいる。

 

 

(お前だってコイツ殺したいだろ)

 

 

 渋谷に現着し、戦闘を開始し、領域を禁止されてからずっと考えていた事があった。

 自身の領域は術式付与のプロセスが無く、結界と生得領域の構築のみを行う。

 

 呪力操作が生きているなら構築自体は可能。

 つまり禁止の効果は結界術の処理に寄っているのではないか。

 

 ならば──結界構築の処理をすっ飛ばして、生得領域の構築さえできれば。

 

 

(今だけで良い。今回だけで良いから)

 

 

 今の自分一人で、そのような神業は天地がランバダを踊ってもできない。

 

 しかし啓は一人ではない。

 同じ肉体に内在する呪術的同一人物。

 魂を切り分けたかのような、もう一人の「啓」がいる。

 

 

(肩貸してくれよ……!!!)

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ここらの改造人間は一旦品切れかな。お疲れ麒麟さん。働き通しですまないね」

「支障ありません。それに、我が主達が戦っていらっしゃる間は手足が千切れようと剣を振るうと決めていますので」

「ンッフフ。阿頼弥家の人らしい答えだね」

 

 

 21:11。東京メトロ。

 明治神宮前駅。地下四階。

 現在、冥冥・憂憂両名と合流を果たし周囲の改造人間を掃討し終えた麒麟。

 

 先んじて駅に到着し、地下四階の帳を守る呪詛師を倒している彼女は、冥冥やもう一体の呪霊を祓っている虎杖より実働時間が多い。

 コスパの良い働きをしてくれた麒麟を労うと、中々どうして面白い返答が来て冥冥は微笑む。憂憂は悶える。

 

 

「まぁ実際阿頼弥君はここからでも分かるくらい派手に戦ってくれてるからね。……それが気がかりでもあるんだけれど」

「確かに、啓様がこれ程全力で戦われているのは産まれて初めてかもしれませんね」

 

 

 虎杖との合流へ向け移動しながら、地上の大戦争の趨勢に思いを馳せる二人。

 

 それ程の規模の戦いでありながら、相手が生存しあまつさえ戦闘を続けている事は驚愕に値する。

 この場合、相手方の力量を素直に褒めるべきだろうと冥冥は断じる。

 

 

「だがそれでも阿頼弥君が勝つ……そうだろう?」

「もちろんです」

 

 

 ここへ来る前に感じた一抹の不安を払うように、冥冥は麒麟へ問いを投げた。

 そして冥冥の期待通りに、麒麟は即答した。

 

 

「あの方は特級や強者としての地平すら超越した──"法"そのものですから」

 

 

 

 


 

 

 

 

 啓が成したのは、結界を閉じずに生得領域を構築する領域展開。

 空に絵を描き、宙に水を溜め、種無しに花を咲かせるに等しい絶技。

 

 どころか、生得領域の()()()()を中空に展開せしめる神業中の神業。

 

 

「HA、HAHA……」

 

 

 それは術式を付与していない未完の領域。

 だが歴史上唯一、()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()

 

 

 世界に黒が滲んでいる。眼をくり抜かれるような漆黒。

 訳も分からない程に巨大であったが、それはガベルの形をしている。黒い袖口から覗く黒腕がガベルを振り上げていた。

 理性の崩壊しかけた全空には、全てが分からなかった。

 

 

「魔っタク、嗤エNAヰ」

 

 

 分かったのは、自分が負けるという事だけ。

 ゆっくりと、惑星めいた極大の黒が自身の体に触れた。

 

 

 閉じ込める事に特化した結界が、炸裂したように容易く砕かれた。

 全空は水切りのように地面を跳ねて、建物を三つ程貫通して。

 

 抉れた地面の線の先でついに、倒れた。

 原型はギリギリ保っているが、当然虫の息である。

 

 

「ハァ……ハァっ、助かったよ、ありがとう……ゴブッ、ブフッ、ガホッ、ウぅッ……」

 

 

 終始横たわったままの啓。

 領域を解除した途端、目、鼻、耳、口から鮮血が溢れる。

 積み重ね、後回しにし続けた脳と身体への多大なるダメージと反動が、緊張の解けた体に一緒くたに襲い掛かる。

 

 意識を保っていられるのも奇跡に等しい重傷。

 家入の治療を今すぐ受けても、後遺症は残るような気がする。

 

 

「ハァ、っ……まぁ、生きてるから良しって事で。許してよ真希ちゃん」

 

 

 苦笑して、言い訳のように零す。

 啓を心配してくれる人達からは、きっと怒られるだろう。

 

 それが良い。

 生きて、怒られたいと思っている。

 

 そうやって大好きな人達の事を考えると、少し気分が楽になった。

 地面に倒れたまま、啓は柔らかく笑った。

 

 

「許します」

 

 

 その時、思ってもいない方向から鈴のような声がした。

 感覚器官がボロボロとは言え、ついさっきまで、そこには誰も居なかった筈なのに。

 

 啓は何とか首だけを動かして、声がする方を向いた。

 驚きとは裏腹に、声は殆ど出なかった。

 

 

「……ぇ」

「どんな貴方でも私は許しますよ、啓従兄さん」

 

 

 微笑む彼女の名は、阿頼弥花凛。

 啓が尊敬する女性の一人である。

 

 

「──傾世天秤(けいせいてんびん)。開廷」

 

 

 

 







 二十二話、読了ありがとうございました。
 全空戦これにて終了です。最初は主人公足止め要員として作ったキャラクターでしたが、思いの外強くしちゃいました。啓君にダメージボイス出させたの今の所彼だけですし。

 にしても原作で空の呪霊さん出なくて心底ホッとしてます。式神の名前とか領域展開の名前とか結構凝ったので。


 ただ渋谷事変は全空を倒しても終わりません。
 第二波到来です。


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