君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 二十三話です。
 渋谷事変の一つ目の山が終わりました。
 これからの展開についても、どうか寛大な心で見守ってください。





第二十三話 愛愛愛愛愛死テル

 

 

 

 

 

 昔は髪を縛っていた。

 だからさりげなく、髪を切った。あの人に似てきたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 21:22。

 JR渋谷駅。新南口。帳外。

 

 日下部班。

 眉を顰めた日下部はチュッパチャップスを取り出して、戦況を考察する。

 

 

「チッ。確かに人口密度の低さ考えりゃ帳の中にも改造人間出てくるわな」

「でもこのタイミングで外からも呪詛師って何か臭わないか? 日下部」

「あぁ。同時に降りた"術師を入れねえ帳"なんかモロに怪しい」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 同刻。

 渋谷マークシティ。

 レストランアベニュー入口。帳外。

 

 禪院班。

 真希は不承不承に、自身の叔父である直毘人に声を掛ける。

 

 

「どう思う?」

「どうもこうも、中と外で同時に事が起こっている以上こちらも同時に対処せにゃならんだろう。例えそれが敵の狙い通りだとしても」

「じゃあアンタは外やれよ。言いたかねえがそっちの方がちったぁ早えだろ」

「同感だ。中々楽しめそうなのが一、二……八か。贅沢なものよ」

「よっぽど中で起こってる事を邪魔されたくないみてぇだな」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 同刻。

 東京メトロ渋谷駅。

 十三番出口側。帳外。

 

 七海班。

 伏黒と七海が議論を交わし、猪野は敢えて外野に徹している。

 

 

「五条先生と阿頼弥が現着してからそこそこ時間が経ってる。今まで全くアクションを起こさなかったのに、何故このタイミングなんでしょうか」

「うんうん」

「帳内外でのこの淀みない動き方からして戦略的なものでしょう。現時点でも向こうの戦略通りに事が進んでいるというのは頭の痛い話ですが。とにかく、二人は中で片っ端から一般人を保護し──」

「いや……七海さんも帳の中入っていいですよ……」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 同刻。

 場面は戻り、JR渋谷駅。

 新南口。帳外。

 

 日下部班。

 阿衆一翼。コードネーム「阿鼻(あび)」。

 六道虹弥(りくどうにや)

 

 準一級レベルを悠に超える力量の呪詛師を前に、一人相対する。

 

 

「呪詛師の相手ならまだ我々の方が心得ている。君らは早く中に入って、一般人の保護を始めてくれ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 同刻。

 場面は戻り、渋谷マークシティ。

 レストランアベニュー入口。帳外。

 

 禪院班。

 阿衆一翼。コードネーム「阿吽(あうん)」。

 祝屠祝(のりとはふり)

 

 腰のホルスターに差していた銃を構えながら、肩越しに振り返って告げる。

 

 

「ボスとしてはまーた阿頼弥のワンオペになるのは不本意らしいんだが、今の状況じゃ仕方ない」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 同刻。

 場面は戻り、東京メトロ渋谷駅。

 十三番出口側。帳外。

 

 七海班。

 阿衆一翼。コードネーム「阿僧祇(あそうぎ)」。

 御宙久遠(みそらくおん)

 

 この場の誰より小さい背丈に、その帽子と長大な棍棒が不思議な程しっくりきていた。

 

 

「大丈夫……五分で終わらせろって、ご主人からの命令。……すぐ合流する」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 帳外にて阿衆交戦開始。

 タイムリミット、五分。

 および七海班、禪院班、日下部班、帳内に突入。

 

 

 

 


 

 

 

 

「おわっ!?」

「っ、虎杖さん? どうしました?」

「いや、何か耳に……」

 

 

 同刻。

 明治神宮前駅。

 麒麟は虎杖、冥冥、憂憂の三名と共に地下鉄路線を走っていた。

 

 その道中、突然虎杖が声を上げた。

 よく見ると、彼の耳に謎の物体が取り付いていた。

 それは声を発した。

 

 

「聞こえるカ、虎杖悠仁」

「!」

「よく聞ッ──待て待て待テ! 味方だバカ! 京都校のメカ丸だ!」

 

 

 呪具。呪物。何者かの術式。

 この渋谷で一切の油断はできない。即座にその物体を握り潰そうとした虎杖の判断は間違っていないと麒麟も思う。

 

 しかし人間のように焦る声や、害意の無い様子、そしてメカ丸の名前から虎杖は力を弱めたようだった。

 そして何用かと、耳を傾ける。

 

 

「時間が無イ、一度で聞き分けロ」

 

 

 麒麟はどこか、続く言葉に対して甘い考えを持っていた。

 起伏の無い機械音声だからだろうか。

 あるいは、自身の主達に対する絶対的な信頼がそうさせるのか。

 

 メカ丸は無慈悲に告げたこの国の未来に、麒麟は目を見開いた。

 

 

「五条悟が封印され──阿頼弥啓が死んだ」

 

 

 

 


 

 

 

 

 21:25。

 神宮通り近辺。首都高速三号渋谷線上。

 広範囲に降りた術師を入れない帳のギリギリ縁に当たる位置。

 花凛はしゃがみ込んで、愛おしそうにそれを眺めている。

 

 やがてそのままの体勢で、目の前に誰かがいるかのように会話を始めた。

 それは普段の花凛よりも少しだけ、フランクな口調だった。

 

 

「いやぁ〜正直な所ですね、この仕事言い渡された時何言ってんだ絶対無理じゃんバカかよこの天蓋野郎って思ってたんですよ。だって全空さんは強いけど流石に啓従兄さん程じゃなかったし、実際交流会じゃボッコボコにされてたし、戦闘で集中しまくった啓従兄さんに接近して奇襲って正味荒唐無稽な無理難題ですよ。私が呪力なしで吉○沙保里さんに勝つ方がまだ確率高いです」

 

 

 吐き捨てるように、呆れまくった様子で肩を竦める花凛。

 そこから少し、少女の声に艶やかさが混じり始める。

 

 

「でも全空さんは貴方と同じ『側』まで達した。おかげ様で貴方は全空さんに注視せざるを得なくなり、私は楽に接近できた。後は私の三千世識で削りに削られた啓従兄さんの五感にお邪魔して、近距離まで私の姿が見えないよう誤認させてもらいました。ビックリしたでしょう?」

 

 

 今回の騒動において、呪霊側の戦略は非常に対照的である。

 

 五条悟に対しては周囲に非術師を多数配置して全力が出せない状況に持ち込み、かつ非術師を助ける選択肢を突きつけ、思考を疲弊させる「戦力を削る」環境を提示した。

 阿頼弥啓に対しては領域を封じる帳と同等の実力を持つ全空のみを当て、全空を倒せば終わり、という偽のゴールを用いた「注意力を削る」環境である。

 

 

 そして実際に全空を倒し、油断し切った啓を花凛が奇襲した。

 花凛の誇る三千世識。極ノ番・亜種──他者の五感を弄り、情報を誤認させる「遺棄写(いきうつし)」。

 術式効果の射程が短く、近距離まで接近する為に全空一人を犠牲にする形となった訳だが。

 

 

「え? あぁこの呪具ですか?」

 

 

 ふと、花凛が左手に持っていたものを指して言った。所々黒い鯖のようなものが付いた片方の皿が無い天秤である。

 誰も質問はしていないのだが、花凛は楽しそうだった。

 

 

「啓従兄さんも実物見るのは初めてでしたね。これは例の第二分家が保管している秘宝、阿頼弥家成立以前から存在する特級呪具『傾世天秤』です。我々阿頼弥家による呪詛師抹殺で生じる呪力の放出や呪詛師からの怨み、後は他家からの畏怖を発端とする呪霊多発を防ぐ為の避雷針として用いられてきた代物で、具体的には天秤に刻まれた"呪いを集める呪い"によって巨大な負の感情の流れを制御するんだそうです。と言っても全ての呪いが集められる訳ではなく、あくまで阿頼弥家に所縁ある呪いのみに限定する事で成り立っているとか」

 

 

 どこにも居ない聞き手の不安を煽るように、少し声の調子を暗くする。

 

 

「ただ、それでも術式対象の範囲があまりに広く、呪詛師のみならず阿頼弥家の内輪揉めや他家との諍い、果ては個人が阿頼弥の個人へ向けた強い呪いにまで影響は及び、想定以上の莫大な呪力……人々の怨嗟、あるいは魂そのものと呼ぶべき呪力が集約してしまった為、平安の八百年頃には当時京都にあった第一分家での厳重な管理が施行されました」

 

 

 目を伏せながら、安心させるような調子で語り聞かせる花凛。

 

 

「ただ千年も経てば由緒ある器もやがて朽ちます。なのでこの呪具には呪いを別の受け皿に移し替える機能も備わっていまして、先程私がしたように『開廷』すると、まず対象を別空間へ飛ばします。その後、対象の受け皿としての強度を確かめ、判決を下し、やがて『閉廷』します。判決が"可"であれば、このように集めていた呪力と術式の移行を開始するんです」

 

 

 そう言って、再度花凛は目線を上げた。

 とても黒い。黒より暗い黒々とした漆黒。

 

 呪力と呼ぶ事も憚られる程の真っ黒な怨嗟の溶液が、虚空より落ち続けている。

 見ているだけで気分が悪くなる程の、不気味極まりない泥が際限なく湧き出ている。

 

 

 ──啓はその真下にいた。

 決して逃れられないよう、天秤の機能によって磔にされている。

 唯一泥から突き出た両手は痙攣していて、彼の生存と苦痛を示している。

 

 

「で。これで私が何をしようとしているのか、という事なんですが。これは謂わば移行先の器物を呪具化させる儀式……すなわち『浴』な訳です。ただ通常のものとは少し異なり、本来は十月十日掛かる所をほんの十数分に圧縮させて行うので」

 

 

 そして漸く紙芝居調じみた語りを止め、花凛本来の朗らかな口調で話し出す。

 あるいは自分のやりたい事を……夢を語りたがる少女のような。

 

 

「仮に生物へ適用した場合、器となる生物は魂の髄まで怨嗟(じゅりょく)に侵され、単なる呪具としての魂無き肉塊になるんです──それが例え、阿頼弥の神童たる貴方であっても」

 

 

 花凛は嗤った。

 暗くもなく、明るくもなく、捻くれてもいないが、真っ直ぐでもない、良くも悪くも普通の少女。

 

 だが。

 たった一つ、普通ではない激情を隠していた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ──同刻。

 渋谷クロスタワー。帳外。

 

 帳内外で発生したアクシデントに対して、何ならちょっと暇を持て余していた玄はやっとかよ、と思いながら指示を飛ばしていた。

 

 

「おい二村。どうだ? 啓の所間に合ったか?……あぁー、帳降りてる? 入れない?……そうか……分かった、サンキューな。そこはもう良いから、一般人の保護に徹して今後は坂上の指示を受けてくれ。じゃあな」

「おい」

「だあ〜待てって。──坂上?……おう良いかよく聞いとけよ。今から渋谷での阿頼弥人員に対する全指揮権をお前に渡す。……あぁ大丈夫だ、念の為に三を護衛に送る。伊地知君も安心……あ? 麒麟が来てる? 悠仁君をお姫様だっこだ?……いやよく分かんねえけど……明治神宮前から麒麟の速さで向かってるって事はやっぱ帳内で何かあったな。ま、詳しくは麒麟から直接聞け。あぁあと"奴ら"もそろそろ投入して良いぞ。じゃ後は頼んだぜ」

「おい玄」

「ぬぁぁぁ〜〜、クッソ! 割とすぐに鳴屋側の異常に気付いたと思ったんだけどなぁ〜〜……天蓋野郎のせいか? いやいやアイツ対策でどんだけ三千世識持ち投入したと思って」

「おい!!」

 

 

 三千世識によるリモート会話で、まるで一人劇場を行っているかのような玄。

 こんな状況でさえどこか賑やかさがある。

 一人でいる時も全然変わらないなと、後ろで待たされている男は思った。

 

 

「あ、悪い。待たせちまったな」

「本当だよ、めっちゃ悪党らしく振る舞って暗がりから登場したのに普通に意味分かんねえよ。恥ずかしかったわ」

 

 

 黒の長髪を一つに縛った男。

 玄よりも濃い藍色の瞳。一見女性のようにも見える容姿。

 

 阿頼弥雹霞(あらやひょうか)

 阿頼弥第二分家第十四代当主。

 阿頼弥玄と血を分けた、たった一人の弟。

 

 

「いや悪党らしくってか悪党だろ。そこは誤魔化すな」

「……急な正論やめろ。切り替え早えわ」

 

 

 玄の調子に合わせて言った軽口に対していきなり厳しく詰められる雹霞。

 ちょっとイラッとして、雹霞もまた冷たい声色で返す。

 

 

「啓はどうなった? まさか花凛ちゃん連れて来てねぇよな?」

「分かり切った事いちいち聞くなよ」

「いい加減テメェの口で吐きやがれ……っ、もう言い逃れできねえんだ」

「……。それもそうだな」

 

 

 この状況。その他言動。

 もはや現行犯といって差し支えない所まで来ている。

 

 しかし、今日の騒動を起こさせた時点で。

 今日まで一切尻尾を掴ませなかった雹霞がこの場に姿を現した時点で、玄は負けたと思っている。

 きっと弟は、既に目的を達してしまっているのだろう。

 

 

「啓君は死んだよ。花凛が殺した。……あぁ勘違いするなよ、俺は話を持ち掛けただけ。あの子は啓君に相当ご執心だったからさ」

「分かってて持ち掛けたんならお前が元凶だよ、持ち掛けなきゃ花凛ちゃんは道を踏み外さなかった」

「どうだかねぇ。踏み外したんじゃなくて、花凛には最初からその道しか無かったと思うけどな。何せ俺の子だ、よく分かるよ」

「どの口が……………ん? 待て。啓殺したって言った?」

「え今? 嘘だろ? おっそ」

 

 

 まるで啓が死んだ事を覚悟していたかのような反応の無さであった為、雹霞も雹霞でガッツリ流してしまっていた。

 だが実際な所、玄が前半部分を何も聞いていなかっただけのようだ。

 

 

「だ、だってあまりにもあり得ねえ事言うもんだからよぉ。お前それアレだぞアレ、悟殺すって言ってるようなもんだぞ?」

「似たような奴で似たような例えすんな。全然変わってねえよ」

 

 

 もっと他にあるだろ、と雹霞は内心でツッコむ。

 何やら相手のペースに乗せられているような気がしないでもないが。

 

 

「……まさかとは思うが、その為に傾世天秤盗んだとか言わねえだろうな」

「だったらどうだってんだよ……」

 

 

 めちゃくちゃ呆れたように玄が言うものだから、雹霞は少し……というか割と不貞腐れながら吐き捨てる。

 そして、玄は即答した。

 

 

 

 


 

 

 

 

「貴方と出会ってもう十四年になります。沢山の思い出を、事細かに思い出す事ができます」

 

 

 場面は戻り、「浴」の儀式場と化した首都高速三号渋谷線。

 喜びに満ちた花凛の声色は一変する。

 氷のようであった。

 

 

「……対してあの人の付き合いは十年にも満たない。懐かしむ程の思い出も時間も無い」

 

 

 花凛はやおら髪を握り締める。

 髪を縛っていた頃の自分を、もう思い出せない。

 

 

「私の方が先に出会った。私の方が貴方を愛してる。私の方が強い。私の方が貴方を守る事ができる。……ですが貴方は彼女を選んだ」

 

 

 表情は更に暗く、夜に佇む湖のようで。

 怨嗟の滝を睨みながら、呪文めいた恨み言を吐く。

 

 

「ずっと真希さんが羨ましかった」

「ずっと真希さんが妬ましかった」

「ずっと真希さんが恨めしかった」

 

 

 今の今まで溜めていた思いを吐き出しているにも関わらず、花凛は機械のように正確に、同じ声音で一定に、平坦に述べる。

 

 

「生きている貴方の傍には居られないと早々に確信した。だから死んだ後の貴方と一緒にいる為の方法を考えた。それは貴方を殺す方法を考えるのと同じくらい、無謀で途方もない事だったけど。それでも父から阿頼弥家転覆の企てを聞かされて、取引相手の方々が啓従兄さんを殺そうとしていると聞いた時」

 

 

 そして、冬を越えた種が萌芽するかのように。

 爆発した。

 

 

「私の胸は酷く()()()()!! 啓従兄さんへの好意を自覚した時のように、世界が再び色付き始めた!!」

 

 

 胸に手を当てて、更に続ける。

 畳み掛ける。

 

 

「流石の真希さんでも啓従兄さんが死ねば諦めてくれますよね? 従兄さんの死に泣き叫んで、苦しんで、それでも悲しみを乗り越えて、死を悼んで、心の中の啓従兄さんと生き続けてくれますよね? 啓従兄さんの遺体には興味ないですよね? だったら遺体(それ)は私のものでいいですよね?」

 

 

 蕩けるような表情で。

 大袈裟な手振りで。

 情熱溢れる声色で。

 最後は呼吸を整え、告げた。

 

 

「貴方を愛しています。物言わぬ貴方の遺体ですら」

 

 

 その時、広げた手の内にあった天秤が一人でに動いた。

 弾かれるように宙を飛び、滝の上で止まる。

 天秤は黒く染まり、一際大きな怨嗟の怒涛となって激しく降り注いだ。

 

 今まであった両手の痙攣は、それを契機に止まった。

 その濁流は十秒も流れた。

 

 

「ああ……っ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!! 殺せる殺せる殺せる殺せるッッ!! ハァァァァ〜ッ、ドキドキしちゃう!! さぁ逝きましょう! さぁ息絶えましょう! さぁ! さぁ! さぁ! 啓従兄さん! この世界に! この人生に! 真希さんに! 何より貴きさようならを!」

 

 

 声高らかに。天を仰いで、花凛は言い放って眼を閉じた。

 瞼との間から涙が溢れている。

 愛する人の死因そのものでありながら、花凛はそのように悲しむ事ができた。

 

 歪んでいる。濁り切っている。

 悍ましい涙を拭いて、花凛は眼を開いた。

 

 

「そしてこれからは、私と共に生きましょう」

 

 

 

 


 

 

 

 

 闇夜の帳の下にあって、その瞳は眩しいくらいに青空を湛えていた。

 むくれる雹霞に対して、正面切って玄は即答した。

 

 

「お前は啓の事分かってねぇよ。たった千年ぽっちの呪詛だか怨念だかじゃあ、アイツの魂は堕ち切らねえ」

「は?……いやいや、そりゃ親バカが過ぎるってもんだろ」

 

 

 阿頼弥の神童がどれ程のものだとしても、たった一人で数億の呪詛の奔流に勝てる訳が無い。

 それどころか永年を経たあの呪具は、もはや負の感情ごと対象の魂を収集する程強大なものとなっている。

 

 

「……ま、親だから分かるってのはあるな。俺が花凛ちゃんを理解しきれなかったのと同じで」

「っ……」

「もう一度言う」

 

 

 阿頼弥啓、対、無数の自我。

 なす術なく、魂を侵蝕され尽くして死ぬ──筈なのに。

 雹霞は玄の確信を持った表情に困惑した。

 その答えを聞くよりも前に、怖気が体を疾っていた。

 

 

「啓は死なねえ」

 

 

 

 


 

 

 

 

 ──21:29。

 場所は変わらず、首都高速三号の上。

 

 ついに怨嗟の滝が終わりを迎え、真っ黒な呪力は啓を包む球体となり、唐突に渦を巻き始めた。

 千年に及ぶ膨大な呪いの全てが、一人の少年に収束していく。

 

 台風の如き激しい渦巻きが十秒、二十秒と回転し続けて、やがて止まった。

 渦が止まり、一瞬で蒸発したかのように、悍ましき泥が忽然と消失した。

 唯一残ったのは、漆黒の泥がへばり付いた啓"だった"人型。

 

 

「フ、フフフッ」

 

 

 それを見て、花凛は恋する乙女のように微笑んだ。

 花凛は愛する人の下へ歩いて行く。

 彼女にとってそこはさながらバージンロードだった。

 ついに花凛の夢が叶う。

 

 彼を縛り付けていた十字架も程なくして塵となり、消えていく。

 阿頼弥への呪詛を一身に背負わされた贄が十字架から落ちて。

 

 

 

 ──立った。

 

 

「え」

 

 

 花凛は思わず声を零した。

 眼を開いて、見開いて、花凛はそれを疑った。

 あり得べからざる現象を、彼女は「眼」ではなく肉眼で見た。

 

 二本の足で立っている。

 魂無き肉塊になる筈のそれは、意思を持つ生き物のように立っている。

 脳が処理をして、認識して、判断して、しかし理解も納得もできなかった。

 

 

「え、ええ……っ、え? な……っ、なん、で……そんな、事って……」

 

 

 まさか、未だ生きているというのか。

 数百万、数千万、数億。怨念塗れの魂の津波に呑まれてもなお。

 

 

「──■、■」

 

 

 黒く塗り潰された貌がこちらを見た。

 死ぬ、と安直に思った。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 同刻。

 渋谷。

 ヴェラハイツ道玄坂。屋上。帳内。

 

 "ソレ"を見て、唖然として、愕然として、目を見開いて、理解を拒んだのは、決して花凛だけではなかった。

 

 

「は?……何だそれ」

 

 

 ずっと。

 今日までずっと、今見ている現実とは真逆の結果を追い求めてきた。

 追い求めてきて、それが失敗に終わって、全てが終わった。

 

 法坐は今日に、これまでの人生の全てを懸けていた。

 失敗した以上、今日以降は無い。

 

 

「何だそれ何だそれ何だよそれ」

 

 

 胸にポッカリ穴が空いたような感覚が法坐の体を襲った。

 自分の努力が全て水泡に帰して、全身に満ちていた希望が粉砕された事で、法坐の体を支えていた何かが跡形もなく消え去ったのだ。

 

 

「ハァァァ……もう嫌なんだけど。結局夏油の言った通りって事?」

 

 

 特大の溜息を吐きながら、遣る瀬無い声色で悪態を零す。

 そしてふと、マンションの中の海浜で旧友に言われた事を思い出す。

 

 本当にそのやり方で殺せるのかどうか、みたいな事を言われたと記憶している。

 阿頼弥啓は異常だから不安、とも言っていた気がする。

 

 全くその通りだった訳だ。偉そうに大丈夫だと言った自分を殺したかった。

 そして今度は、息を大きく吸って。

 

 

「ッッッざっけんなぁ!! マジでどうなってんだよお前!!!」

 

 

 

 

 







 二十三話、読了ありがとうございました。
 花凛については、元々啓従兄さん好き好きド変態として書くつもりでした。

 八十八橋の件で一見罪悪感で泣いていたような描写がありましたが、あれは自分のような犯罪者すら赦す啓従兄さんの聖人じみた精神性に性的興奮を覚えニチャニチャ笑っていただけです。
 実際「見せられる顔」ではありませんでしたし、私も「泣く」「涙」といった表現は控えました。交流会の一件で真希に対し「敵」と述べた事も嘘ではなかった訳です。
 あと途中ビルの上で法坐と話していたのも、鳴屋さんを奇襲したのも花凛です。

 なのでコイツいきなり意味わかんねえ行動してんじゃねえよ、とは言わないであげてください。
 彼女も私も必死なんです。


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