君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 二十五話です。
 本話ではついに、皆さんの大好きな彼が登場します。






第二十五話 渋谷事変 乱

 

 

 

 

 

 別にお前の事が嫌いなんじゃあないんだよ、玄。

 家族として、兄として親しみを持っていると断言しよう。

 

 それでも、お前は俺の人生に介入し過ぎだ。

 これは俺の人生なんだから、お前は邪魔しちゃいけない。

 なのにお前は、産まれた時から俺の兄で、神決呪法を持って生まれた俺よりも更に多くの才能を持っていた。

 

 それだけじゃない。

 術式のセンスや呪力量や操作や体術、全てにおいて俺より優れていた。

 俺は別に強くありたかった訳じゃないのに日ごとにお前は「俺より優れた兄」になって、いちいち俺の人生に現れた。

 

 それにお前は俺より明るくて、俺より優しく、俺より勇敢で、俺より気さくで、俺より聡明で、なのに俺よりどうでも良い所が天然で……そんなお前を慕う人間は着実に増えて行った。

 毎日比較された。お前自身と話すと何ともないのに、他人からお前の話を聞くとじんわり耳が腐っていくようだった。

 

 

 

 やがて俺は第二分家に移った。

 俺は少し嬉しかったんだ。これからは年に数回お前と会うだけで、後は俺一人の人生を送れるんだって。

 

 んな訳無かった。

 お前は真っ直ぐ自分の道を歩き、革新派として勢力を伸ばし、お前を嫌う者も好む者もお前の名前を出さない日は無かった。

 そして父が死に、お前はついに当主となって阿頼弥の改革を始めた。

 

 新時代の英雄。中立の破壊者。

 阿頼弥を変えた傑物。使命を忘れた愚物。

 みーんなお前の事を指して言ってたよ。

 でな。俺は流石に思う訳だ。

 

 

 

 

 何か。目障りだなー……って。

 

 

 

 

 もう一度言う。お前の事は嫌いじゃない。

 家族として兄として、親しみを持っている。

 それでも俺はお前に死んで欲しくて、死んでもあんまり悲しくない。

 

 俺の人生には、お前は「もう死んでる兄」くらいがちょうど良いんだ。

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……ってのがまぁ、大元の理由だな。どうだ、そこそこキモい動機だろ?」

「あぁ。大分キモい」

「大分とまでは言ってねえよ」

「いや正直めっちゃキメえ」

「おい」

 

 

 オブラートのかけらも無い兄に、俺は静かにキレながらツッコむ。

 と言っても、一方的にやられて片膝を付いてしまってる今の俺には、大声を出す余裕が無いだけだった。

 

 クロスタワーの屋上から降りて、舞台はタワー前の首都高速の上。

 もう今何時だ?……21:53……結構やったな。

 

 

「んだよその俺に対するクソ曖昧な嫌悪。正直嫉妬とかの方が断然分かりやすいわ」

「ははは、悪かったな不出来な弟で」

「……なぁ。そういう笑い方とか普段の態度も、全部演技だったのか?」

 

 

 俺は思わず笑うと、何やら神妙な顔付きで玄が聞いてきた。

 この兄は、こういう表情を使い分けるタイミングが病的に上手い。

 無意識かどうかは知らないが、こっちが油断してる時に限って、こうやって雰囲気を作ってくる。

 

 真剣な顔でも、明るい顔でも。

 だから、俺もきっと。

 

 

「……別に。お前と話してる時は何ともなかったって言ったろ。それ以上でも以下でもない」

「……。そうか」

 

 

 俺がそう答えると、玄は腑に落ちた表情で短く返した。

 どこか満足げで、仄かに安心したような。

 たぶん、弟の俺にしか気付けないレベルの僅かな機微。

 

 だってこんな顔、奥さんや子供の前じゃ絶対しないだろコイツ。

 

 

「じゃ。続きやるか」

 

 

 ああ〜嫌だ嫌だ。

 直接やりに来たのは間違いだったかもな。

 

 コイツと話すとホントに何ともなくなっちまう。

 ここに来るまでは絶対あった、堪え切れないあの嫌悪感さえも。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 同刻。

 渋谷駅東部。

 宮益坂。渋谷郵便局前。

 

 虎杖を渋谷駅最外の帳前へと届けた後、坂上から大まかな報告を受け、帳内へ突入した麒麟。

 そして人手の足りていない東側へ向かい、当初は単独で改造人間の対処と一般人の保護に尽力していたのだが。

 

 

(御館様を疑ってた訳じゃないけど、ちゃんと機能して良かった。これならここら一帯は"彼ら"に任せても良いかもしれない)

 

 

 現在は麒麟のみならず、十数名の術師らしき人物が麒麟と協力しつつ、一般人を襲う改造人間を倒していた。

 彼らの服装は高専関係者のものではなく、またフリーの術師という訳でもなかった。

 

 彼らは()()()

 改造人間を倒す側ではなく、まして市民を助ける側では決してない筈の人種。

 敵方が集め続けた呪詛師に対抗し、調査の一環で玄が従えた呪詛師達。

 ここだけでなく、帳内の各方面でも同じように呪詛師達が投入されている。

 

 

「貴方達、私は今からセルリアンタワー側へ向かいます。なのでここの改造人間を倒し終えた後はこの場で待機。"術師を入れない帳"が上がり次第、補助監督の護衛担当以外は突入して同様に一般人を保護しなさい」

 

 

 改造人間の数は残り僅かとなり、殆ど消化試合と化している。

 一般人の方も建物内に避難させ、護衛として呪詛師を数人配置している為、麒麟は手の回っていない南西側へ向かおうと判断した。

 

 

「私が居ないからといって、良からぬ事は考えないように」

「こちとら一方的に奴隷契約みてぇな縛り結ばされてんだ。考えられる訳ねぇだろ」

「おや、これは失敬」

 

 

 麒麟が分かり切った事を言うと、呪詛師らも自分達の状況は理解できているのか、大人しく従う様子であった。

 一抹の不安はあるものの、麒麟は主を信じて出発する事にした。

 今は何よりもまず、一般人の保護と帳の解除を優先しなければならない。

 

 

「……さて。祝さんが分身向かわせてくれてるかもしれないけど安心はできない。……急ごう」

 

 

 マークシティ側に配置されている祝なら南西側の手薄を案じて手を回している可能性は高い。

 だがカバー範囲の広さを考えれば、自分も向かうのが最善だ。

 

 できるだけ多くの一般人が救われる事を、主達は望んでいる。

 

 

「啓様……どうかご無事で」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 ──21:55。

 神宮通り前。東急プラザ渋谷。五階。

 様々な店舗が誘致されたショッピングモール内をその虚無僧は一心不乱に駆け抜けていた。

 

 十分程前は屋外で粘っていたのだが、いかんせん見通しが良く逃げ隠れするにも限界があった為、法坐は屋内に"彼"を誘き出す事とした。

 周囲の建物の幾つかが既に倒壊している中、複雑な構造のこの建物が残っていたのは幸運だった。

 

 

「ハァ、ハァ……ったく、どうやって僕のいる場所を把握してるんだか」

 

 

 横合いの通路の壁に隠れて一息吐く。

 普段この天蓋の呪具によって優れた隠密行動を可能にしていた法坐であるが、今日だけは一切気が抜けなかった。

 

 

「っていうか、いつまで逃げればいいんだこれ──っと!」

 

 

 凄まじい速度で伸びてきた黒い呪力の腕が鞭のようにしなり、地面ごと法坐が隠れていた壁を抉り取った。

 

 間一髪で身を伏せ、回避する法坐。

 その流れで駆け出し、吹き抜けから上のフロアまで跳躍する。

 床をブラインドにして、とにかく向こうの視界から外れながら逃げる。

 

 

「……。妙だな。攻撃の間が長過ぎる」

 

 

 床を貫通した攻撃も想定して縦横無尽に逃げ回る法坐であったが、何故か一向に攻撃の気配が無く、不審に感じる。

 だが足を止める事はなく、走りながら思考に耽っていると。

 

 

「っ、うおっ!? 何だ、今の……」

 

 

 法坐が走っていたフロアの床が唐突に()()()

 建物ごと、というよりは達磨落としのように間にある支柱か何かが、いきなり抜け落ちたかのような。

 

 

「……あー、嫌な予感する」

 

 

 法坐には見えない一つ下のフロアで、"彼"は高熱の呪力を放出していた。

 

 水平に、建物を貫通するまで真っ直ぐ。

 そして砲門と化した腕を三百六十度回転させ、建物を半ばから二つに溶断した。

 仕上げに、呪力を集約して巨大化させた腕を床に叩き付け、今のフロアから下の土台まで全てに破壊を波及させた。

 

 支えが崩壊し、乗っかっていただけの上層は重力に従い落下を始める。

 

 

(何か、呪力の扱いが段々上手くなってる気がするんだけど)

 

 

 落下後の崩落に巻き込まれる前に、法坐は「眼」の範囲が外まで届く距離へと走り、神決呪法で空間を跳んだ。

 かつて啓が、下水道の崩落から脱出した時と同じように。

 

 建物外の中空で浮遊した所でちょうど上層が地面に激突し、崩落を始めた。

 

 

「ふぅ〜……幾らダメージが無いからってめちゃくちゃ過」

 

 

 その崩落した壁の一部が炸裂して、土煙の中から何かが法坐の下まで飛来して来た。

 

 黒い手足。黒い体。

 黒い皮膜。黒いのっぺらぼう。

 嫌な予感の根源。

 

 

(マジで怖い。理性蒸発してこれって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 死を齎す拳が迫る。

 その圧倒的な速度も、三千世識のお陰で何とか捉えられている。

 法坐は咄嗟に神決呪法で急降下し、死の直撃を躱した。

 そのまま重力に従い、法坐は地上へと降り立つ。

 

 

「いってて……避けたつもりだったんだけどな」

 

 

 ギリギリで致命傷は避けたものの、左肩の一部を抉られる結果となった。

 動けない程ではないが、このままではジリ貧で殺されるだろう事は用意に想像できた。

 

 さてどうすべきかと悩んでいたその時。

 法坐に転機が訪れる。

 

 

「げっ、帳が……」

「っ……何だ」

 

 

 頭上を覆う帳の一つ、この渋谷の戦いにおいて中核を成す"術師を入れない帳"が消えた。

 

 法坐がとても嫌そうな声を零したのと同時、後方から声がした。

 とても若い声だ。十代半ば。

 法坐はバッと振り返り、その声の主を見つけた。

 

 

「その格好……お前、天蓋の呪詛師か……!」

「……アッハ!」

 

 

 そこにいたのは、呪術高専一年生。伏黒恵。

 何やら負傷者を連れているようだった。

 

 向こうが法坐の正体に気付くのと同時、法坐の脳裏に一つの案が浮かんだ。

 天蓋の中では裂けるような笑みも浮かんでいた。

 

 

「友達が来たようだよ阿頼弥啓君。良かったね」

 

 

 そう言い残して、法坐は神決呪法を発動した。

 移動の過程の無い空間跳躍で、姿を消してしまった。

 

 ……その場には、伏黒と"彼"だけが残された。

 先程までとは違って、"彼"に法坐を追い掛けるような気配は無かった。

 

 

「……まさか、これが虎杖の言ってたやつか……?」

 

 

 法坐よりもずっと、"彼"の本能を刺激する存在が現れたから。

 "彼"は伏黒の方を真っ直ぐ凝視している。

 

 

「阿頼弥……っ」

 

 

 

 


 

 

 

 

 昔々ある所に、呪術師の兄弟がいました。

 二人は性を「阿頼弥」と言い、それはそれはとても有名な呪術の使い手でした。

 

 それもその筈、元を辿れば彼らの家系は三つの特別な血筋が混じり合ったものなのです。

 

 

 飛鳥の時代よりも更に前。

 一つは物事を禁ずる力を持った、"阿"の字が入ったお家。

 一つはとても強い式神を従える、"頼"の字を有する血統。

 一つは広く世界を見通す眼を持つ、"弥"の字を賜った者の末裔。

 

 

 

 廻る呪いと縁によってか、彼らは結び付き、混ざり合い、やがて一つの歴史を形作りました。

 それぞれが受け継いできた強力な呪術で以って邪を祓い、平和を築き、帝から認められる程の大家となったのです。

 そして兄弟は阿頼弥の象徴たる「力」を、帝と市井の為に振るいました。

 

 

 二人は天才でした。

 二人は誰もが認める英傑でした。

 二人は逆光の影となって、煌々と輝く歴史を歩んで行きました。

 

 

 しかしある日。

 二人の戦友の一人がさながら妖のように振る舞い始め、民草に呪詛を振り撒き、帝に仇なそうとしました。

 それは歴史上、国の守り手から初めて呪詛師に堕ちた者でした。

 二人はこれを鎮めるべく、すぐにその者の下へと赴きました。

 

 二人は終始声を掛け、説得を試みるも、その者は耳を貸しません。

 熱心な説得も虚しく、ついにその者は天才二人によって倒されました。

 

 二人は倒れ伏す仲間の体を故郷である京の土に帰し、戒めとして墓を建てました。

 帝も二人の活躍を喜び、褒美として二人のお願いを聞いてあげる事にしたそうです。

 

 

 

『もう二度と仲間の中から裏切りを生みたくありません』

『すべての仲間が不安なく戦えるよう、我々の一族がずっと裏切りの種を排し続けます』

 

 

 

 そうして帝は阿頼弥の一族に特別なお役目を与えました。

 

 そのお役目通り、彼らは今も戦っているのです。

 いつまでもいつまでも、仲間達が安心できるように。

 

 

 めでたし。

 めでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というのが建前上の歴史です。

 二人を裏切った戦友なんて人はいないのです。

 それ以降の当主は皆知っています。

 

 

 兄を裏切ったのは弟で。

 弟を殺したのが兄である事を。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「おーおー丁度よく阿衆も来た。思ったより上手くいってて笑うね。てかあの子、僕の天敵の子じゃん。こりゃ良い見世物だ」

 

 

 近くのビルの屋上まで離脱して、縁に座りながら眼下の戦況を見やる。

 法坐が離れた事で、高専生の少年はいきなり"彼"の標的となり、今し方その絶望的な暴力に晒されかけた。

 偶然通り掛かった阿衆の禮麒麟によって助けられたものの、概ね法坐の狙い通りだった。

 

 理性の無い"彼"に今後やって来る術師達をぶつけ、少しでも戦力を削ってもらう。特に主力の阿衆や一級術師はその方が殺せる確率が高い。

 

 

「あれ、雷の子に負傷者運ばせるんだ? まぁ確かにそっちの方が速いけど、あの男の子すぐ死んじゃわないか心配だなぁ……っと」

 

 

 大きく伸びと深呼吸をして、先刻の逃亡劇で溜まった疲労を吐き出す。

 眼下の彼が殺されるまで束の間の休憩だなと高を括り寝っ転がろうとする法坐。

 

 

「ぁ?……誰だアレ」

 

 

 しかし、この首都高速上から巻き起こる呪い合いは更に波瀾万丈を迎える。

 もはや法坐の手の内に収まり切らぬ複雑怪奇な運命の外から、「その男」が因果を壊しにやって来た。

 

 

「……禪院甚爾(ぜんいんとうじ)?」

 

 

 

 

 








 二十五話、読了ありがとうございました。
 という訳で、パパ黒参上です。
 暴走状態の啓君を相手できる現状唯一の存在なので、ものすごく助かってます。



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