二十六話です。
投稿遅れてしまってすみません。
またまた都合の良い展開が続いてしまうかもしれませんが、ご了承ください。
22:00。
渋谷駅。井の頭線アベニュー口から降りた先の、マークシティ内連絡通路にて。
日常的に人が往来する場所にあるのは、非日常の体現たる黒い半球状の壁。
その中に広がっているのは、なおも幻想的な浜辺であった。
蒼い海。白い砂浜。深緑の森。
……そして空飛ぶ巨大な魚群と一体の異形。
名を
「海は万物の生命。その源。『死累累勇軍』は、際限なく湧き出る式神だ」
空中へと殴り飛ばした禪院直毘人に、更に式神の群れを殺到させる陀艮。
その隙を突き背後へ回る真希であったが、直毘人と同様に式神の群に攫われ、体勢を崩す。
「弱い。オマエが一番!」
陀艮は更に背後へと周り、強靭な赤肌の脚を真希へと叩き付け、樹林の中へ蹴り飛ばす。
「弱えって言うならよぉ……一撃で殺せやタコ助」
「ならばオマエも、二人のように食い尽くしてやる」
咄嗟に呪具の薙刀で蹴りの直撃を防いでいた事もあり、戦線離脱する事なく真希は浜辺へと復帰する。
むしろ陀艮の発言によって戦意は更に燃え上がっている。
(クソっ、しくった!……先に恵と合流しとくべきだった! いやそもそも持ち出し許可なんて待たずに私が……っ!)
だが真希の戦意とは裏腹に、攻めあぐねているのも事実。
薙刀は折れ、新しい得物は無い。
火力が呪具に依存する真希にとってそれは死活問題であった。
目当ての呪具を持っている後輩も、今この渋谷のどこにいるかさえ分から。
「領域展開──嵌合暗翳庭」
その筈だった。
遠く沖の海中から黒い水めいた物が魚雷炸裂のように噴き上がった。
それが一体何なのか。
真希が正体を知るのは、直後の事だった。
「真希さん!!」
「恵!」
黒い水流の中から顔を出したのは、先程脳裏を過った呪具を有する後輩。
タイミングとしては最高。真希はこの好機を逃すまいと声を飛ばそうとした。
しかし次の瞬間思わぬ声が続き、真希の言葉はあっさり中断される事となった。
「助けてください!!」
「……は?」
明らかに救援しに来た筈の向こうが全力で助けを求める姿に、真希は思わず呆れた声が出た。
また伏黒だけでなく、真希にとってはより見慣れた女性──麒麟もまた猪野を運び終え、この領域に乱入していた。
彼女は真希の姿を見つけるなり、伏黒と同じように叫んだ。
「真希様! 唐突ですみませんが、貴女の力が必要なんです!」
「何なんだ、一体……」
禪院家の呪いを継いで生まれた者。阿頼弥家に仕える者。
そして──阿頼弥家の呪いに愛された者。
彼らは目撃する。
全てを背負わされた者の、剥き出しの魂。
その躍動を。
シネ。 シネ。
シネ。
シネ。
シネ。
シネ。
シネ。
シネ。
シネ。
シネ。
コロセ。
コロセ。
コロセ。
コロセ。
コロセ。
コロセ。
コロセ。
コロセ。 コロセ。
コロセ。
コロセ。
ホロベ。
ホロベ。
ホロベ。
ホロベ。
ホロベ。
ホロベ。
ホロベ。
ホロベ。
ホロベ。
ホロベ。
ホロベ。 ホロベ。
重なった海鳴りのようにぼんやりとした声達が響いていた。
聞くだけで呪われてしまいそうな程、怨み辛みの込められた輪唱。
肌の黒く爛れた、骨と皮だけを纏った骸めいた声の主達。
彼らは群がっていた。
真っ暗な闇の中に浮かぶ純白の髪の少年の手足に絡み付き、肌にへばり付き、全身にのし掛かり、体を焼くようにしがみ付いていた。
明らかに異物でしかないソレらが一つに戻っていくかのように、同化してしまいそうな勢いがあった。
『アラヤダ』
瞬間、朧げだった声が纏まりを持った。
一際強く、厳かで、しかし無数の声色が重複しているかのようで。
彼ら全員が怨嗟の根源であって、千年以上を掛けて寄り集まった無数の術師達の魂である。
『阿頼耶ノ人間ダ』
声と同時。
纏わり付いていた魂達の手は更に勢いを増し、少しずつ少年へと侵蝕を始める。
『殺セ。阿頼弥ハ殺セ』
未だ奇跡的に動く心臓へと手を伸ばし。
ほっそりとした白い喉を掴み。
彫刻のように美しい顔に手を触れた。
『殺セ』
『殺セ殺セ』
『殺殺セ』
『殺セ殺セ殺』
『セ殺セ殺セ。殺セ殺セ』
『殺殺殺殺殺』
『殺セ────殺セ』
数億の呪詛が殺到している。
音が幾重にも幾重にも重なり束なって、それはもはや「音」としての体裁を保っていない。
聞くだけで脳が破裂するような漆黒の音が、依然増幅し続けている。
その意を表すかのように、怨嗟の魔の手が少年の体へ溶け込むように沈んでいく。
太陽のように気高く高潔で侵し難い魂を蝕み、穢れた怨嗟で染め上げて、やがてその命を──。
『させるかよ』
その時、怨嗟に塗れた魂達とは明らかに異なる声が闇の中に浸透した。
綺麗な声だった。
とても綺麗な声だった。
魂達の動きが一斉に止まり、少年の前の道を開けるように左右へ避け出した。
その人物は奥から魂達の間を歩いて、少年へと近づいて行く。
歩くだけで目を奪われる程の、美しい魂だった。
『──何だ。珍しくボロボロじゃん』
少女の魂は少年の前に立った。
かつて、名前を呼んでくれた少年。
それは今も魂の奥底に根付いている。
『……また逢えたな』
(増援……わざわざ領域を破って入ってくるとは豪胆な)
陀艮は身構える。
今し方領域内に侵入した面々に対して、自然に警戒を向ける。
だがそれはそれとして、どうしても無視できない疑問があった。
(……増援、なのか? あの二人は)
最初に領域を突き破って来た少年達の後から侵入してきた二人の人物。
一人は黒髪の男。結界を透過するように入って来たのが気になるが、呪力が感じられない為、警戒度を少し下げる。
もう一人は"一人"とも呼び難い外見の、異質な呪力を持つ人型。未知──困惑。
両者は領域に侵入するなり、何故か当然のように闘争を始めた。
男の方が空中からあり得ない速度で移動し、黒い人型をラリアットで浅瀬へと飛ばす。
(否、男とアレは敵対関係……だが男の方が術師側だとしても)
思考が完結しない。
元より想定していなかった状況に重なった更なる想定外。
仮に男が術師陣営だとして。
あの黒ずくめの人型が彼ら術師と敵対関係にあるとして。
それでも、あのような怪物がこちらの味方になるとは到底思えなかった。
「いずれにしろ、纏めて片付けるのみ」
陀艮は新手の面々にリソースを割き、術式を発動する。
成人を丸呑みできる程の鱓型の式神が、浅瀬に立つ"彼"の背後から牙を剥く。
"彼"の後ろ姿が式神に隠れ、飲み込まれる寸前。
「何っ!?」
振り向き様、"彼"は腕を振り抜いた。
その尋常ならざる膂力は、式神の頭部を霞のように消し飛ばした。
一撃で式神を屠った拳の余波で、浅瀬の海水が捲れ上がり、陀艮までの海底が道のように現れる。
次の瞬間。
真っ黒な人影が消えた。
そして陀艮の顔に、先程と同じ悪夢のような拳撃が突き刺さった。
「ゴハッッ!!?」
樹林の中へと小石のように殴り飛ばされる陀艮。
やがて樹林の中央から土煙が高く昇る。
誰の眼にも留まらぬ内に、そうなっていた。
否。
ただ一人だけ、"彼"の姿をずっと追い続ける瞳があった。
「お前……」
陀艮が自身を無視して式神を放っている間も攻撃を仕掛けられない程、真希はその姿に見入っていた。
「──啓か?」
真希の対面に立つ'彼"の様相は、明らかに通常の人間や術師のそれではなく、もはや呪霊等の人外に近い。
七海と合流した際、啓の生死や暴走に係る情報を敢えて聞かなかった真希にとっては、それは導き出せる筈の無い答えなのだが。
「……■■、■■■」
"彼"が何かを呟いた、その瞬間だった。
"彼"の姿が消えた。ように見える速度で、左へ吹き飛ばされた。
その犯人は、赤い三節棍を持った黒髪の男である。
「啓ッ!!」
真希の声など歯牙にも掛けず、再び二人は死闘を再開する。
砂浜から海上へと戦場を変え、当然のように水面を駆けながら激突を繰り返す。
もはや戦争と言って差し支えない光景。
真希は疎か誰の目から見ても、それは常人の域ではなかった。
「真希さんっ……今の状況は? まさか、"アレ"が阿頼弥君ですか?」
(あっちの男は……甚爾か?)
「七海さん、無事だったんすね……まぁ詳しい事は私もよく知らねえっすけど、とにかく今は動かない方が良いです」
伏黒の領域のお陰か、式神の攻勢が止み前線へと復帰する七海と直毘人の両名。
全く経緯を把握し切れていない様子だが、今は何もせず見守るのが賢明だと真希は思う。
"彼"が啓であるのなら、終わりはそう遅くないと確信している。
「"
怪物二人の激突。当然ながら、それを見逃す海の化身ではない。
横合いから水の巨腕をぶつけ、黒髪の男を突き飛ばす。
その先に更に腕二本が現れ、両腕で吹き飛ぶ男をキャッチし、包み込むように拘束する。
一方の"彼"は、暗い水中から浮上してきた巨大な鮫の式神に飲み込まれていた。
それと同時に陀艮が樹林から飛び出し、水面を滑りながら接近していく。
「"
鮫の式神は一瞬で腹を突き破られ、胴に空いた穴から"彼"は脱出するが。
間髪入れず現れた大蛸の式神が口から発射した高圧水流が直撃し、海面へと衝突する"彼"。
海面が爆ぜ、降り頻る海水。
を。裂くように海面を疾る黒い影。
高圧水流の傷も海面に衝突した傷も無く、速攻で海面を走り陀艮へ肉薄する。
「グァッ!!」
殴り飛ばされ、水面を跳ねる陀艮の先。
海水の巨腕の内部。
不規則に渦を巻く水流に拘束されようと、徐々に体が慣れ始める黒髪の男。
腕を振りかぶった体勢から三節棍を振り抜き、水の腕を破裂させ脱出する。
「ガハッ!?」
すぐさま海面を蹴り、尋常ではない速度で陀艮へと接近。
游雲による一撃が陀艮を砂浜まで吹き飛ばす。
陀艮は崩れた体勢を素早く戻し、前方へ視線を戻した。
戻した直後、顎に強烈な衝撃が加わり、陀艮の体は空高く撥ね上げられた。
一瞬にして懐へ潜り込んでいた男が、游雲を振り上げた体勢から、すかさず高跳びのように跳躍する。
「ぬぅっ、まだ終わ」
まだ終わらない。
中空にある陀艮の体を足で挟み、男は三節棍を振りかぶる。
先は全く尖っていないが、男は力任せに游雲を杭のように陀艮の頭部へ突き刺した。
更に追撃。──と思いきや、男は陀艮の体を蹴って咄嗟に後退する。
「■■」
陀艮の真後ろまで肉薄していた"彼"の手から、灼熱の黒い呪力が放射された。
黒炎。
怨嗟の焔。
離れている真希達にも酷く伝わる程の熱が、陀艮を容赦なく灼いた。
焼死体。
それが陀艮の最期だった。
残ったのは静寂だった。
「領域が……っ、伏黒さん、大丈夫ですか?」
「ハァッ、はっ、ハッ、俺は問題ないです……っ、でも……」
「っ……ええ。ですが今は任せるしかありません」
領域が消える。
壮大な海の景色は、無機質な渋谷駅へと戻っていく。
死闘の緊張から解放され、誰もが息を取り戻す。
特に伏黒は慣れない領域展開の為に、一際疲労を覚えている。
伏黒の無事を確認しながら、麒麟は問題の種を見やる。
(だが、まだ問題は……)
七海もまた、同様の事を考えている。
特級呪霊が消えても、彼らにとっての不穏分子が全て消えた訳ではない。
人間と人型。二人の怪物。
自分達を追い詰めた特級呪霊を、まるで三級呪霊か何かのように取るに足らない存在へと貶めて、蹂躙した不条理の権化。
(彼らは、味方なのか……?)
直後。
構内の窓が大きく割れた。
黒髪の男が伏黒を駅の外へと拉致したのだと、僅かに遅れて周囲は理解した。
だがその後を追おうにも、動き出せる者は居なかった。
残った"彼"の存在が、懸念要素としてあまりにも大き過ぎた。
「伏黒君……!!」
「……七海さん、ここは任せてください」
「なっ、真希さん……っ?」
七海は眼を見開いた。
自らの真横から"彼"へと一直線に歩き出す者がいたからだ。
ツカツカと、真希は決して迷いの無い歩みで近づいて行く。
程なくして、"彼"の眼前でピタリと止まる。
深い集中を湛えた表情で、"彼"の顔を見ている。
"彼"は動かない。
静かに真希を見つめ返している。
「ったく。こんなになるまで無茶しやがって……」
心の底から呆れた声を零して、真希はスッと手を伸ばした。
元の面影を一切残していないその顔に、その頬にこれ以上ない程優しく触れた。
「■、■……」
やがて妙な呻きを上げ、"彼"は錆び付いた玩具のようなぎこちなさで手を動かし始めた。
熾烈な本能と真希に対する感情の狭間で揺れながら、できるだけ慎重に、できるだけ丁寧に。
蝶よりも。花よりも。
その白い手を暖かく握った。
「おう。それ私の名前呼んでたんだな……まさかずっとか?」
真希はまるで声が聞こえているかのように返し、慈愛に満ちた表情を浮かべた。
今の彼女に一切の恐怖は無く、このまま殺されても良いと思える程の、狂気的な
……故にこそ。
「マジでどうかしてるよ、お前」
これ以上なく優しい声を掛ける事ができる。
彼の頭を自身の肩へ抱き寄せる事ができる。
……闇の奥深くに沈んだ
黒く染まった面貌に、何度も見た穏やかな眼があるように思えた。
真希は心から笑っているが、泣きそうな声で言った。
「おかえり、啓」
次の瞬間。
硬く体を覆っていた呪力に罅が入った。
罅は徐々に波及して、やがて全身へと広がる。
鎧めいたそれらは次々に剥がれ落ちていき、剥がれ落ちる度に塵のように霧散していく。
最初に見えたのは対照的な、黒に映える白髪と白肌だった。
真希はどこか懐かしさすら感じてしまった。
痛みを伴う暖かい気持ちが心臓を締め付けている。
次いで真希と同じ黒服も顔を出し、全身が解放されて、彼は真希の肩にもたれ掛かった。
真希は強く……強く抱き留める。
「……ただいま、真希ちゃん」
二十五話、読了ありがとうございました。
二対一なので、陀艮の術式を少し盛りました。
アニメはアニメでもちろん素晴らしかったですが。
Q. パパ黒はいつの間に游雲をゲットしたのですか?
A. 当然のように息子の影から引き抜きました(勘で)