君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 二十七話です。
 最近反転術式について考える毎日です。
 どこかのコメントで見た五条先生は周囲を「花」として線引きしてるから他人を治せないって説がすごくしっくり来てるんですけど。
 じゃあ宿儺は?ってなってグルグルです。アイツ他人治せない日本代表みたいな性格なのに。






第二十七話 異魂

 

 

 

 ──22:11。渋谷。

 プリメーラ道玄坂前。渋谷中央通り。

 

 ホルスターに銃を入れた細身の老女が周囲を警戒しつつ、その場に佇んでいた。

 彼女の周囲には、まばらに残った改造人間とそれを処理する「分身」が大量に動いていた。

 

 

(帳が上がった分カバーする範囲は増えたが、今の所敵主力は駅構内に固まってる。一旦そっちは六道か久遠に任せるとしようかね)

 

 

 "百人孤独(ワンマンアーミー)"。

 最大百人の分身を生み出す機能。

 分身の数を増やす程本体が動けなくなるというデメリットがあるが、現在のような人海戦術を要する状況には有用である。

 

 帳突入後、予想よりも遥かに多い改造人間の数に真希達との合流を止め、手薄な駅の北西・南西部の一般人保護を始めて既に三十分弱。

 "術師を入れない帳"内部の改造人間の数も漸く減り始めた。

 

 

「にしても、坊ちゃんの状態が気がかりだね。坊ちゃんが健在ならこんな状況にはなってないんだろうが、こりゃ相手方も相当本気って訳だ」

 

 

 補助監督役はともかく、『眼』の連絡網は帳によって断絶されない。

 それでもなお啓に関する情報は来ていない。

 敵方の情報規制がそれだけ徹底されているか、あるいは、情報はあるが共有すると全体の士気に関わるレベルの内容であるか。

 

 決して好転しているとは言い難い現状を思えば、嫌な想像も働いてしまう。

 

 

「当然だ。こちらの予定は相当狂っているのでな、必死にもなる」

「っ!」

 

 

 その沈み掛けた思考に、頭上から割り込む声があった。

 建物の屋上に立つ人影を見ると、雪のような白い着物と白髪が目立つ少女……か少年がいた。

 祝の脳内にある情報と、その容姿は迅速に合致した。

 

 

「白髪の呪詛師……!」

氷凝呪法(ひこりじゅほう)

 

 

 既に相手も臨戦態勢。

 吹き出す冷や汗も凍る程、辺りの気温が急激に低下していくのが分かった。

 

 

霜凪(しもなぎ)

 

 

 一足遅く、そこで祝の視界は氷に閉ざされた。

 凍り切る前に銃の引金を引けたのは間違いないが、発射された銃弾の行方がどうなったのか。

 祝には、決して知る由のない事である。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ──同刻。

 渋谷駅。マークシティ内連絡路にて。

 

 

(本当に……本当に阿頼弥君だった。今になって、漸く彼の呪力が分かる)

 

 

 七海は表情に現れる以上に、内心で驚いていた。

 ほんの少し前まで、七海はそこに立っていた人型を頭でしか啓だと認識できていなかった。

 呼吸を挟む僅かな間に、"彼"は啓へと変貌していた。

 

 だがその実、気付けなくとも仕方の無い状況ではある。

 外見はもちろん、人語を介さず獣めいていて、感じる呪力は人間の物でも、まして呪霊の物でもない。

 啓だと判断できる方がどうかしている。

 

 

(けれど真希さんは気付いた。事前情報も聞かずに)

 

 

 七海は真希達と合流した際、彼女には伝えるべきだと思い、啓の現状を切り出そうとした。

 だが真希は、その続きを聞く事を拒んだ。

 

 

『この時間まで敵に主導権がある以上、バカだけじゃなく啓にも「何か」あった事は何となく解ってます。……でも、啓なら大丈夫なんで』

 

 

 その発言と、眼の前の現象に改めて驚く。認め難いが現実である。

 不可能に限り無く近く、不可能ではない奇跡。

 一体どのような絆が、想いがあれば為し得るのだろうか。

 

 

「啓様……」

「今眠りました、相当深手負ってると思います」

「直毘人さんの治療も含め、急いで家入さんの下まで運びましょう。私が護衛を」

「七海さんも十分重傷でしょう? 護衛は私が致します」

 

 

 再び意識を落とした啓の容態を案じ、真希の下へ寄る麒麟。

 この渋谷において啓の治療は急務である。

 七海は自身が護衛となる事を提案するも、七海の身を案じた麒麟がそれを遮る。

 

 

「……それと真希様」

「?……何すか改まって」

「この度は啓様を救けていただき、ありがとうございました。やはり啓様の隣は貴女しかいらっしゃいません」

「っ、止めてください……私は何も……っ」

「茶番は」

 

 

 真希が頭を下げる麒麟と止めようとした、その時だった。

 低く厳かな声が、麒麟の後ろから響いた。

 火山頭の異形が、死んだ仲間の死骸を前にしゃがみ込んでいた。

 

 

「終わったか?」

 

 

 死骸の一部を手に取って静かに眺めていた。

 まだ敵意は向けられていない。人間であるかのように、感傷に浸っている。

 

 だが動けない。

 緊張が走っている。凄まじい呪力量がそうさせるのか。

 誰もが確信する。速さでは勝るであろう直毘人でさえ思った。

 ……陀艮という呪霊より、遥かに強い。

 

 

「阿頼弥啓を渡せ。そうすれば殺しはしない」

 

 

 威圧的な口調と態度で手を差し出す特級呪霊──漏瑚。

 阿頼弥啓がここにいるという事は、もう一人の同胞も逝ってしまったのだろう。

 

 誰よりも可能性のあった彼が為し得なかった阿頼弥啓の抹殺を、自分が代わりに為さねばならない。

 

 

「渡す訳ねえだろハゲ。ナメんじゃねぇよ」

「真希様、ここは私が抑えます。七海さん達を連れてお早く」

「いえ、私も残ります。直毘人さん、貴方の速度で二人を運んでください」

「……。相分かった、行くぞ真希」

 

 

 彼我の戦力差を考えれば直毘人も残るべきではあるが、それを承知で依頼されている事も理解している。

 割れた後方の窓ガラスからの脱出を試みるべく、重心を落とす直毘人。

 

 真希も直毘人の言葉に頷き、今まさに一触即発の空気。

 緊張が張り詰め、炸裂するその瞬間。

 

 

「いや待った待った。その殿作戦は無茶でしょ」

 

 

 真希はその声に、心臓を奪われたかのような感覚を与えられた。

 声の発生源は自身の右肩。寄り掛かる最愛の少年である。

 にも関わらず、声色は全く聞き覚えのない透明感のあるものだったから。

 

 真希の肩に掛かっていた重みはゆっくりと離れ、少年は徐々に体を起こしていった。

 

 

「君達が死ぬのは()()()()()()()的にナシだ。ここは大人しく"私"に任せて、早く治療に行ってくれ」

 

 

 火山頭の呪霊の方へ振り返る寸前。真希は最愛の少年の眼を、一瞬見た。

 その右眼は、虹色に輝いていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「…………オワった。マジでオワった。阿頼弥啓戻っちゃった。全部台無しだ」

 

 

 ──同刻。

 渋谷。神宮通り前。

 楠本ビル。屋上。

 

 頭を抱え、渋谷駅を外から見つめる一つの影。

 彼の声には絶望にも近い感情が込められているが、今日も今日とて天蓋によりその表情を窺い知る事はできない。

 

 

「禪院甚爾が来たせいで結局誰も殺せなかったし……クソッ……! どうする、マジでこっからどうする……?」

 

 

 現時点までの衝撃的な経緯を、法坐はあまり覚えていない。

 暴走した阿頼弥啓と術師達を同士討ちさせる狙いが、禪院甚爾の存在によってあれよあれよという間に法坐の手に負えない状況へと変化していった。

 気が付けば渋谷駅構内の陀艮の下へ乱入し、戦闘へと発展。

 程なくして、法坐は仲間を一人失ってしまった。

 

 

 そして何より──禪院真希。

 あの女の存在が想定外過ぎた。

 あの女さえ居なければ、阿頼弥啓の暴走状態もまだ利用できた筈だ。

 

 あの女さえ居なければ。

 あの女さえ居なければ。

 あの女さえ。

 

 

「ふぅ〜〜〜……せめて、せめてアイツだけは逃がす。こればっかりは僕の責任だ」

 

 

 大きな大きな溜息で"たられば"を掻き消し、思考を現実へ戻す。

 既に劣勢の極みと化した戦況。下手を打てば今日一日であらゆる目論見が潰える。

 

 それでも。

 それでも、千年前のあの日から今日まで手を貸してくれた旧友だけは、何としても。

 

 

「手段は選ばない」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 22:14。

 ヒカリエ改札内。

 エスカレーター近辺。

 

 陀艮の遺体が朽ちたあの通路から場面は大きく移り、ついに漏瑚の戦場はこの狭い通路まで追い詰められた。

 地面に片膝を付きながら、漏瑚の意識は困惑に満ちていた。

 

 

(阿頼弥啓の術式は聞いている。警戒すべきは事象の禁止と強力無比な式神だと……だが何だアレは!)

 

 

 前方から歩いてくる阿頼弥啓の姿。

 加えて漏瑚の思考を奪うように迫る、ギロチンめいた()()()()()()()()

 非常に速い。瞬きの内に腹まで伸びて来た。

 

 漏瑚は咄嗟に身を捻り、腰斬刑を回避する。

 そしてよろけながらも術式を発動する辺り、流石特級呪霊である。

 

 壁から生成した噴火口から灼熱の奔流を浴びせ、様子を伺う漏瑚。

 

 

「ぐっ、うぅっ……やっぱ"無効化"は人間の体で使うもんじゃないな」

 

 

 だが炎が晴れた先。

 そこに焼け焦げた神童は見当たらず、無傷のまま独り言を零していた。しかも声は明らかに女のそれだ。

 

 漏瑚の思考は更に混沌を極めた。

 確実に直撃した筈だ。逸らされてもいない。

 一体どうやって。一体どんな力で。一体──。

 

 

(一体此奴は何者なのだ……!?)

 

 

 迫り来る正体不明の極みに対し、漏瑚は内心で叫んだ。

 解らない。術式の詳細は疎か、眼前の神童の身に今何が起きているのかさえ。

 

 まとまらない雑多な思考が刹那の内に駆け巡る。

 考えが浮かんでは消え、どれだけ頭を回しても納得のいく答えは一向に──。

 

 

「っ!」

(……この気配)

 

 

 その瞬間。

 相対する両者の意識に、巨大で邪悪な呪力が無理やり割り込んできた。

 漏瑚はその方角を見て即座に気づき、"彼女"の方も肉体の記憶から気配の種類をすぐに察する事ができた。

 だが、そこに決定的な瞬発力の差があった。

 

 

「っ、おい待て!!」

 

 

 ただでさえ直毘人に次ぐ速さを持つ漏瑚。出だしが遅れれば、今の「啓」に漏瑚を止める事などできなかった。

 距離を離されず背中を追うのが精々であった。

 

 

「退けガキ共っ!!」

 

 

 故に"彼女"がその場に辿り着いたのは、漏瑚が事を済ませる直前だった。

 

 "彼女"の視界に映る、幾つかの情報。

 突き飛ばされた見覚えのない二人の少女。焦燥を浮かべる漏瑚。

 その漏瑚に口を抑えられた……虎杖悠仁。

 

 体の持ち主の記憶から、それは友人である事を把握し。

 同時に──呪いの王、両面宿儺の器である事を理解する。

 

 

(もう両面宿儺(この鬼札)に、阿頼弥啓の殺害を賭けるしかない……!!)

 

 

 漏瑚が取った行動は、あまつさえ自身の命すら危険に晒しかねない博打である。

 

 だが漏瑚は信じている。

 死すら恐れず目的の為に自らの道を突き進む自分達こそが……人間であると。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ──22:15。

 渋谷。東急東横線。渋谷Rビル前。帳外。

 

 

「そもそも神決呪法しかねえお前が、三千世識も持ってる俺に勝てる訳ねえだろ……何でわざわざやりに来た?」

 

 

 ビルの外壁に寄りかかる満身創痍の雹霞を、一切無傷の玄が見つめている。

 当主として、兄弟として、敵として、数多の感情を含んだ顔をしている。

 

 

「ハッ、今しっかり後悔してるよ」

「……死にたかったのか?」

「さぁな……」

「ハァ……そこで俺を殺しに来たって返せねえなら図星だろ。……ったく」

「っ〜……あぁもう相変わらず口の上手い兄貴だよお前……っ!」

 

 

 軽々と真意を見抜かれ、半ばヤケクソに悪態を吐く雹霞。

 術式を放つ余裕も無い今、もうそれぐらいしか反撃の手段が無かった。

 玄もそれを察して言葉を続ける。

 

 

「……大罪人になったお前を俺が殺して、そのまま大罪人として処分しちまえば、こんだけの騒動に阿頼弥の一角が関与した連帯責任として当主の俺は疎か、阿頼弥家全体の組織が崩壊する……お前らの狙いは大体んな所だろ?」

「…………」

「黙ってたいならそれでも良い。その代わりよく聞け」

 

 

 玄はしゃがみ込み、雹霞と目線を合わせた。

 深海のように暗い藍色の瞳を、蒼穹を湛えた青色の眼が射抜いた。

 

 

「だったらお前がやった事、()()()()()()()()()()

「………は?」

 

 

 その言葉に、随意反射で間抜けな声が漏れた。

 雹霞はマジで何を言ってるのか分からないといった顔だった。

 当然そういう反応を予想していた玄は矢継ぎ早に語る。

 

 

「勘違いすんなよ? 公の罪が無くなっただけで俺はお前の事一生許さねえし、内密には諸々の責任取らせるし、牢にブチ込んで終身懲役にしてやるから覚悟しとけ!」

 

 

 怒りマークを浮かべながら、指を突き出す玄。

 甘やかしている訳ではないと釘を刺し、これが厳正な処分である事をしっかりと述べる。そして。

 

 

「俺の人生にゃ、テメェなんか『無実(バカ)の弟』くらいでちょうど良いんだよ」

 

 

 無造作に、粗雑に、荒っぽく、雹霞の頭に手を乗せて、ワシャワシャした。

 雹霞は玄に何をされているのか理解できず、一瞬呆けてしまうが、その後すぐに目を伏せた。

 

 目元から何か、変な物が流れた気がしたから。

 直視した玄の表情が今日見た中で最も、昔の兄のように見えてしまったから。

 

 

「うっせぇ。真似すんなバカ兄貴……」

 

 

 顔を伏せたまま頭に乗った兄の手を払いのけ、雹霞はワシャワシャを中止させる。

 

 悪態を吐けるくらいには元気が戻ってきたかと判断し、玄はやおら立ち上がる。

 そして、雹霞の前へ自分の手を差し出す。

 

 

「おら、サッサと立て。まだまだやる事あんだからよ」

 

 

 雹霞は目元を拭った後それに気付き、様々な意図を含んだ玄の手を見つめた。

 

 

(いや……何だかんだ言ってやっぱ啓君の親だなコイツ……十分頭おかしいわ)

 

 

 そう思って、雹霞は小さく笑った。

 もちろん呆れ笑いである。この子にしてこの親ありの極致だと思う。

 だからこそ、強制的に毒気を抜かれてしまう。

 

 ──だがそれでも、雹霞は決して玄の手を取らず首を横に振る。

 

 

「雹霞……?」

「悪い……チャラにしてくれるのはありがたいが、せめて"折衷案"にしてくれ」

「あ? どういう意味だ……?」

「要は俺が無実になるのと、俺が死ぬのとの間」

 

 

 このまま兄の手を取れたなら、それは雹霞の望んだ人生になったかもしれない。

 かつての自分からは浮かびもしなかった、兄と共に生きる道。

 

 だが、雹霞は既に意思を決めている。

 虚無僧の呪詛師と手を組んだ際に誓ったのだ。

 例え兄が自分を許したとしても、自身は兄の敵であり続けると。

 過去の己を裏切るような虫のいい事を一瞬でも考える自分は、兄の傍に居てはいけないから。

 

 

「……明と花凛の事、よろしく頼んだぜ?」

 

 

 ……雹霞は、虚無僧の男に掛けられたとある一つの"呪い"を思い出す。

 

 "それ"は、阿頼弥の「力」の象徴である。

 "それ"は、あらゆる事象を禁止する事ができる。

 意思を奪い、行動を強制する命令語。

 

 それは……阿頼弥雹霞が阿頼弥玄によって殺されなかった際に発動する、時限型の高度な神決呪法。

 

 

「じゃあな──兄貴」

 

 

 直後。

 雹霞は短刀を首に当てた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 呪いの王。"両面宿儺"。

 それは遥かな千年前、確かに実在した一人の人間であって、術師の頂点に坐す男を指す。

 

 呪術全盛期。平安の世。

 歴史に名を連ねる呪術師が数多く存在した時代。

 だが彼らの総力を以ってしても、王に及ぶ事は無かった。

 現在は二十の屍蝋の指となって、朽ちる事無く現代にまで残存している。残存してしまっている。

 

 そしてたかだか指一本ですら、災害の如き理不尽に他ならない。

 かの屍蝋は、そこに在るだけで数多の呪いを呼び寄せ、取り込むだけで呪いの力を格段に上昇させる。

 

 正しく王。

 彼は強過ぎる。一人でも、独りでも、あまりにも強過ぎる。

 たった一人で全てを蹂躙せしめる絶対的強者。

 彼の生きる指針は、愉快か否か。

 

 

「ぐうっ、ぬ、うぅ……っ!」

 

 

 今も彼の何かを満たす為なのか、二人の少女は惨殺され、漏瑚は脚を切り落とされ強制的に地面を這うような体勢になっていた。

 脚の代わりに腕を支えに、漏瑚は王の御前に蹲っている。

 そこから動けない程の威圧感、恐怖、緊張が漏瑚の体を蝕む。

 

 

「悪いな呪霊。わざわざ指十本用意してもらった手前言いづらいのだが、貴様の番は後だ」

 

 

 全く申し訳なく思っていないツラで王は漏瑚に言い放った。

 そしてすぐに対面の少年へ視線を移し、興味深そうにマジマジと観察を始める。

 その眼は決して、六眼のように呪力は見えないのだが。

 

 

「さて、阿頼弥啓の肉体に内在する"娘"よ。名乗れ。この小僧の記憶にも貴様の情報は無かった」

「……怖。呪いの王だからって何もかもお見通し過ぎでしょ……」

 

 

 その体の持ち主がした事のないような、明らかに嫌そうな表情で吐き捨てる"少女"。

 しかし相手が相手である為、名乗らない訳にはいかない。巨大な溜息の後、少女は口火を切った。

 

 

「"私"の名前は『阿織桔梗(あしきききょう)』。ただの十六歳の元女子高生だよ」

「"ただの"という表現は疑問だが、まぁ良いだろう覚えておく」

「はいはいどうも光栄ですよ……で。アンタのお目当てはこの体の持ち主の方だろ?」

 

 

 心にもないお世辞を言いつつ、少女──阿織桔梗は宿儺に問い掛ける。

 すると宿儺は今よりさらに口角を吊り上げて返した。

 

 

「ククッ、話が早いな。……だが邪魔はしてくれるなよ」

「そりゃもちろん。私じゃアンタの遊び相手は無理だし。この体ちょっとずつ修復してるからあともう少しで……は? もう良いのかよ?」

 

 

 体に刻まれた経験から手探りで反転術式を回していた桔梗。

 ある程度回復の目処が立ってきて、宿儺に待つよう進言していた様子だったが。

 何やら"中で"揉めているようだった。

 

 

「……あっそ。どうせ無茶する癖に……あぁ、じゃあ今"代わる"から、後は二人でごゆっくりどうぞ王様」

「ケヒッ、生意気な娘だ。生きているなら奴も味見してみたかったものよ……なぁ? 貴様もそう思うだろう?」

 

 

 宿儺は込み上げる笑いを隠そうともせず、項垂れた肉体に話し掛ける。込み上げる期待と好奇に打ち震えながら。

 本来の体の持ち主は、酷く冷徹に返答した。

 

 

「いいえ全く」

 

 

 柔らかくも底冷えするような少年の声。

 翡翠の双眸。邪悪に対する絶対的敵意。善人の極限値。

 

 別の魂ではなく、紛う事なき神童の魂がその肉体に宿っている。

 名を阿頼弥啓、という。

 

 

「クハハッ、まぁそう荒立つな。今用があるのは貴様だと言ったろう?」

「あの時の"縛り"の件ですよね。良いですよ。貴方の事ブッ殺す良い機会だと思ってたんで」

「そうこなくては」

 

 

 ついに復活した神童に高揚しながら、王は指を鳴らす。

 彼がこれまで見てきた術師や、強者や、天才とは根本的に何かが「異なる」少年。

 

 初めて彼と邂逅したあの夜を、宿儺は思い出している。

 少年の強さに対する興味とは別に、理解の及ばない異質さを感じた。

 

 それに魅入られたか、あるいは「もったいない」と感じたからか。

 宿儺は"縛り"を提案した──死合うてみないか、と。

 

 

「一応確認しますけど、『制限時間五分』『手加減なし』『領域は禁止』でしたよね?」

「あぁ。まぁ今の貴様は領域が使えるようだが、仕方ない。それも一興だ」

 

 

 もし時が満ち、廻る呪いによって再び相見えたその時──全霊で()ると。

 それが「快」であると、王の中の指針が示した。

 

 

「おぉそうだ呪霊、貴様も混ざると良い。指の礼だ」

「っ……何だと?」

「俺に一発でも当てられたら、俺が呪霊(オマエら)の下についてやる。阿頼弥啓との闘いの最中であれば当たるやもしれんぞ?」

「……。二言は無いな?」

 

 

 それもまた、「快」であるが故に。

 

 

 

 

 








 二十七話、読了ありがとうございました。
 死の間際、啓君への呪いを残した桔梗さんは天秤に蒐集されてしまいました。
 蒐集されて日が浅い事や阿頼弥の血が関係し、魂が摩耗せずに啓君と再会する事ができました。流石ですね。

 さて、次話はVS呪いの王です。
 ぜひお楽しみに。



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