君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 二十八話です。
 ここ数日時間が取れず、投稿が遅くなってしまいました。
 申し訳ありません。






第二十八話 最強VS最強VS儂

 

 

 

 

 ──22:12。

 井の頭線入口エスカレーター付近。スクランブル交差点前。

 謎の男に、訳も分からず外へ連れ出された伏黒。

 今は一旦の理解を諦め、眼の前の相手への集中を深める。

 

 

(呪力なしでこのスピード。恐らくコイツ、真希さんの完成形だ)

 

 

 そのスピードは伏黒が過去に対峙した宿儺以上。今もこちらを窺うように前方を歩いていたのに、少し振り返った途端後方へ回り込まれている。

 

 

(阿衆の人達や狗巻先輩のお陰で一般人も改造人間もはけてる。想像(イメージ)するんだ。コイツに勝つ想像(イメージ)

 

 

 全霊を尽くすのでは足りない。

 少し先の未来の、強くなった自分を体現しなければ生き残ることはでき。

 

 

「ん……伏黒くん、と……誰?」

 

 

 その時、男の後方から声が割り込んだ。

 スクランブル交差点側から走って来た、伏黒よりなお小さい背丈。

 帽子とパーカーとショートパンツがワンセットの、今は棍棒を携えた少年。

 

 御宙久遠(みそらくおん)は、困惑した表情で伏黒との間にいる男を見やった。

 

 

「御宙……何でここに」

「えっと……北側が大分片付いた、から……こっち来てみた……で。これどういう状き──ょう」

 

 

 突如。

 久遠の眼前に現れた三節棍の上段振り下ろし。

 

 線状に歪んだ像として映るそれを久遠は何とか知覚し、即時反射。

 地面を叩き割る一撃を紙一重で躱した。

 そのまま伏黒の隣へと合流して再度質問。

 

 

「はっや……ホントにあの人何?」

(今……スピードほぼ同じくらいじゃなかったか?)

「……どうかした?」

「っ、あ、いやすまん。……アイツは天与呪縛で呪力ゼロだが特級呪霊を圧倒するフィジカルモンスターだ。会話は通じないし理由は分からないがひたすら襲ってくる」

「了解……フィジモンね……」

「……こんな時に冗談は止めてくれ」

 

 

 最低限の情報共有を行いながら軽口を零す久遠に苦言を呈する伏黒。

 

 若干緩い空気を醸す二人の一方で、男は徐ろに游雲同士を擦り合わせ始めた。

 金属をなすり付けたような、甲高い音が大気を伝って伏黒達の耳朶を打つ。

 

 

(游雲の形が……)

(槍みたいに尖ってく……っていうか、実際槍みたいに使いたいのか……)

 

 

 最終的に三節棍を繋ぐ真ん中の部分を引きちぎって、男は先端の尖った部分のみを両手に持った。

 

 その昔、三節混の扱いに苦労し棍棒を選んだ久遠には、言語を介さない男の気持ちが理解できた気がした。

 

 

「目標は無力化……僕が前衛で大体の攻撃を捌くから……伏黒くんは式神で隙を作るか、僕の動きをサポートして……」

「了解した」

 

 

 男は両手の槍を構える。

 伏黒は掌印を組み、久遠は消えた。

 伏黒の目にはそう見えた。

 

 実際は刹那の内に男の懐へと肉薄し、棍棒を突く……までの動作を行っている。

 だが何故か男ではなく手前の虚空を突いており、更に何故か突いた部分に波紋のような物が一瞬浮かんだ。

 

 

天子威令(てこいれ)

 

 

 男は木の葉のように吹き飛んだ。

 波紋のような空気の揺れと同時に強烈な衝撃波が発生し、男の体を弾き飛ばしてしまった。

 

 

(サポート……できるかこれ……?)

 

 

 久遠の術式。天子呪法(てこのげんり)

 術式の影響下にある全ての物理的運動に梃子の原理を適用する。

 すなわち、あらゆるものを梃子と化す。

 力点、支点、作用点。三つの点を任意に設定し、物理法則を改変する。

 

 その術式の精度は筋繊維の一本一本に適用できる程であり、全身に術式を適用した久遠の白兵戦闘力は。

 

 

「にしても……あれがご主人の言ってたフィジカルギフテッド……」

 

 

 ──鬼人「禪院甚爾」にも比肩する。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ──22:18。

 渋谷ストリーム前。

 

 屋内外を徘徊するトレンチコートの似合う男と、全身に黒い包帯を巻いたスーツ男と……パンダがいた。

 パンダはコートの男、日下部へと少し痺れを切らしたように提案した。

 

 

「日下部〜もう屋内はよくないか? 帳内ではあるけど、棘と他の阿衆連中のおかげで避難は殆ど済んだし、悟のとこ向かおうぜ?」

「個人的には少年の動向も心配だ。できれば俺も駅へ向かいたい」

「なぁ六道、地下五階ってどう行けば良いんだ?」

「む……そうだな、ここからなら──」

「五条五条阿頼弥阿頼弥って……世の中の人間はあの二人だけじゃないでしょーがッ!!!」

『ッッ!!』

 

 

 "他称"一級最強の男、日下部篤也の主張に外見奇抜二人組は電撃を受ける。

 

 

「今まさにこの瞬間、渋谷の片隅で震えている命があるかも分からん。具体的には小学校低学年女児で想像してくれ。それを見落としでもしてみろ、儚い未来を摘み取るのに俺達が加担したと言っても過言ではないっちゅー話よ!!」

「そ、そうかも……!」

「確かに一理ある……閣下や少年ならそうするかもしれん」

「分かったら各建物各階便座の裏まで調べろバカヤロー」

 

 

 そう締め括ると外見奇抜天然二人組は、蜘蛛の子散らすように再度捜索を始めた。

 

 ちなみにこの場合、バカヤローは当然ながら日下部の方である。

 死にたくない、一人になりたくないという理由で一級最上位戦力である自身と、()()()()の戦力を前線から引き離してしまっているからである。

 目が利く分、虹弥の近くなら安全だと確信している為タチが悪い。

 

 

「やってられるかアホらしい……ん?」

「っ……」

「呪詛師か……」

「高専と阿頼弥の術師だな」

 

 

 その時だった。

 建物間を繋ぐ渡り廊下の上から声が掛かった。

 若い男の声で、振り返って見上げてみれば隣には若い女性も立っている。

 

 そして、その仲間であろう者達が既に周囲を張っていた。

 何者かは定かではないが間違いなく……敵。

 

 

「投降しろ。できれば術師は殺したくない」

「後ろに三人……たぶんもっと隠れてる……」

「……。俺も殺されたくはないが、はいそーですかって訳にもいかんのよ。話を聞かせてくれ、長〜〜いやつを」

「何故だ? 呪詛師は問答無用で抹殺すれば良」

「一回静かにしててくれ六道」

「………分かった」

 

 

 物騒な発想をしながら純粋に疑問をぶつける虹弥に対して日下部は有無を言わさず言葉を遮る。

 

 虹弥は何を思ったか、呪詛師の話にも耳を傾ける日下部に、かつて呪詛師だった自らを引き抜いた玄の姿を重ね、黙考の後に頷いた。

 全然日下部は時間を引き伸ばしたかっただけなのだが、そんな天然の思いは知る由もない。

 

 

「私達は夏油様の遺志を継ぐ者。高専関係者ならそれ以上語る必要は無いでしょ。投降するの? しないの? ハッキリしない男は嫌いよ」

「俺はパンダだから関係ないな」

「日下部、お前の判断に任せる」

(え何か六道からの好感度高いんですけど……? 何で? 好都合だけどめっちゃ怖い……!)

 

 

 パンダは我関せず。

 虹弥は直前の勘違いもあり日下部の意思に従う意思を見せる。

 

 そして当の日下部は、虹弥の従順さに困惑しつつもチャンスと捉えた。

 飴をその場に吐き出した後しゃがみ込み、刀を構えた。

 ……かつ、虹弥に混ざられては一瞬で決着してしまうので。

 

 

「六道、ここは俺達が抑える。お前は先に駅へ行け」

 

 

 という返答となった。

 その魂胆は、時間いっぱい適当にいなしてのらりくらり行きたい!……というだけなのだが、傍から見ればそれは交渉決裂の意。

 少し残念そうに、夏油一派の男は手を翳した。

 

 

「それが答えか……」

 

 

 直後だった。

 夜が昼に思える程の爆発が、遠くで舞い上がった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 宿儺はビルの外壁に沿うように飛んでいる。

 飛行の術式などでは決してなく、純粋な肉体強化のみで実現している。

 

 

「クハッ」

 

 

 大通りを挟んで左向かいのビルの壁。

 白髪の少年が壁を蹴ると、窓ガラス全てが割れ恐ろしい速度で宿儺の下へ飛来する。

 その飛び蹴りの威力、殺意と呪いに思わず吹き出す宿儺。

 

 享楽的でありながら十分な脅威であると認識し、ビルの壁を蹴って翻り、神童の蹴りを躱す。

 代わりにミサイルの如き一撃はビルに直撃し、砂塵が炸裂する。

 

 道路の上に降り立ちながら、宿儺はその威力を分析している。

 

 

(千年蓄積した膨大な呪力(えんさ)……総量は当然俺より上……出力が同等なのが幸いだな。目を見張るべきはむしろその呪力特性)

 

 

 啓が突っ込んだビルから、何やら黒い影が六つ飛び出してきた。

 高速で迫るその物体は、黒い呪力で形成された立方体だった。

 

 しかしその全てが正確無比な斬撃で弾かれ、地面に着弾する。

 

 

(一つ。"(かい)"でも切れない硬度)

 

 

 着弾した立方体には僅かな傷が付いているのみである。

 横目でその硬度を確認した直後、ビルの穴から呪力の熱線が宿儺に向かって飛来する。

 

 だがそれも細かな斬撃群が熱線を拡散させ、後方に流れた一部が爆発する。

 立ち昇る火と黒煙を背景に、宿儺は笑う。

 

 

(二つ。鉄を融解させる程の高熱)

 

 

 その時、宿儺の右方向から巨大な爆炎が津波のように疾ってくる。

 

 

「おっと。貴様も忘れてはいかんな」

 

 

 炎の発射元は当然漏瑚。

 やはりというか、両者の戦闘の隙を狙う戦略を採っている。

 しかし単調な攻撃が呪いの王に当たる筈もなく、跳躍で難なく回避される。

 

 むしろその隙を啓に利用される結果となり、空中の宿儺に黒い呪力の糸が何重にも巻き付いて、拘束する。

 糸は強烈に縮み、もの凄い速度で啓の下へ引き寄せられる。

 

 

(三つ。多様に可変する流動性。……そして)

 

 

 代わりに硬度の低い呪力の糸を即切断し、眼前の啓と拳を激突させる。

 

 真反対に吹き飛ぶ両者。

 それぞれが対向のビルの壁を突き破っていく。

 

 

()()。呪力を介した精神への作用。これが地味に面倒だ。僅かだが意識が割かれる)

 

 

 劇毒ともいうべき呪力に触れて"僅か"で済んでいる辺り、流石呪いの王に相応しい精神力であるが、今はその一瞬すらも惜しい。

 

 ほんの須臾でも許せば、階下から昇ってきた爆炎に当たっていたかもしれない。

 ビルを呑む炎の侵食より速く、宿儺は天井を突き破り屋上へと達する。

 飛び出た先には漏瑚が待ち構えている。

 

 

「ぬぁっ!」

 

 

 高熱を帯びた左右の拳が繰り出されるも、いとも容易く手首を掴んで止める。

 止められた手の内からさらに業火を放とうとするが、細かく乱切りにされ不発に終わる。

 

 

「来たぞ呪霊。耐えてみろ」

 

 

 その一連の隙を狩る神童。

 二人まとめて狙った左の回し蹴りは、しかし置き去りにされた漏瑚のみに直撃し、遠方のビルを二つ程貫通させた。

 当の宿儺は漏瑚の腹を蹴って華麗に回避していた。

 

 そして中空に晒された神童の僅かな隙を突いて、振り抜いた脚から巨大な斬撃を飛ばす。

 

 

「クハハッ」

 

 

 だが咄嗟に腕を覆った呪力の装甲で防がれ、ビルの反対側まで吹き飛ばしたものの無傷である。

 その反応速度は流石であるが、ここまでのやり取りで宿儺は確信しつつあった。

 

 

(やはり奴は今術式を使えるまで回復し切っていない。相当の深手だったと見える。まぁそれでも本気には違いないが)

 

 

 元より脳の修復が高度な技術である上、修復を行ったのは啓本人ではなく経験の浅い少女の魂だ。

 呪力操作で戦えるだけでも十分と言っていい。

 

 

(この短時間で術式使用まで回復するか否か……見物だな)

 

 

 屋上の柵に着地し、宿儺は跳んだ。

 バヂンという破裂音が鳴って、柵が脚力の反動だけで破砕した。

 ほぼ真横に近い軌道を描く速度でビルの中を突っ切り、空中の啓の下まで肉薄。

 その顔をしかと掴んだ。

 

 

(はち)

 

 

 触れて発動する斬撃が、ゼロ距離から啓を襲う。

 ──と同時。啓もまた宿儺の腹に手を翳しており、その掌から結晶めいた呪力の塊が溢れる。

 

 真下へ放たれた斬撃は啓を地上まで連れ去り、一方、射出された呪力塊は宿儺をビルの上層までブッ飛ばした。

 互いに小さなダメージが入ったようで、啓は重傷は避けるも右目を切られ、宿儺は骨や内臓の負傷を察知する。

 

 

(捌でも切断し切れんとは……呪力の装甲と肉体強化だけではない。奴に移行された呪具の術式の影響も少なからずあるか)

 

 

 呪いを集める呪いによる術式効果の低減。

 啓を殺し切れない要因はそこにもあると宿儺は判断する。

 とはいえ概念やルールめいた術式効果ならともかく、斬撃のような物理力に対しては効果が少ないと考えられる。

 

 

(つまり瞬間的に大量のダメージを与える方法ならば……)

 

 

 殺せる。

 そう結論付け笑った直後、後方で膨大な呪力が噴き上がった。

 

 同時に眩い赤色の光を放つ溶岩が災害の如く噴火した。しかも三箇所同時に。

 三本の溶岩の柱は上空で放物線を描いて都市へと降下してくる。

 

 宿儺がいたビルも含め、灼熱の柱が都市一画をまるごと呑み込んでいく。

 

 

「ケヒッ、奴も温まってきているな」

 

 

 回避した先のビルの屋上で、宿儺は眼下の神童を見やる。

 彼は硬化させた液体金属のように呪力を地面から建物の外壁まで張り巡らせ、溶岩の津波との間に壁を形成していた。

 

 ……そして一人、何かを呟いているようだった。

 

 

「いや、大丈夫だって桔梗さん……心配しないで」

 

 

 その声を判別できる距離に宿儺は居なかったが、もう一つの声は確かに聞こえた。

 

 

「余所見をしている場合か宿儺!!」

 

 

 蛇を象った溶岩が建物を溶解させながら迫るが、一発二発三発四発と容易に躱す呪いの王。

 ……躱した際の僅かな空中の隙を突いて、溶岩でできた腕が合掌の如く左右から挟んでくる。

 更に頭上からは溶岩の腕が掴んだビル一棟が金槌のように振り下ろされている。

 

 

「解」

 

 

 王は巨大な腕を容赦なく輪切りにし、頭上のビルも一刀の下に両断せしめた。

 

 敢えなく防がれた攻撃に、漏瑚は全く動揺していない。切断されたビルの残骸をむしろ好都合に捉えていた。

 

 

「極ノ番──(いん)!!」

 

 

 その手の内に、ビルの残骸や溶岩に呑み込まれた自動車や瓦礫まで全てを溶融させて球状へ凝縮させていく。

 さながら太陽のような光輝を放つそれは、地上へ破壊のみを齎す小恒星である。

 

 

「……っ、待った待ったこの方向……!」

 

 

 道路上からその星を見上げる形で啓は気づいた。

 漏瑚が狙う宿儺の射線の先は、渋谷ストリーム前。そこには啓の知る呪力の気配が幾つかあった。

 即座に、啓は極小の太陽へと跳躍した。

 

 

 

 一方の日下部班。

 最も初動が速かったのは、日下部だった。

 

 流れるように刀を抜き、敵の手下を二人斬ってみせた。

 殺してはいない。今はそんな事をしている場合ではないからだ。

 

 

「パンダ、六道! サッサと逃げ」

 

 

 近辺で巻き起こる特級同士の戦闘から少しでも距離を取る為である。

 意思を持つ災害と言っていい彼らの破壊は、渋谷を離れても安全圏ではないかもしれない。

 

 だからこそ日下部は必死で逃げた。

 逃走できた距離は二メートルにも満たなかった。

 

 

「ならん」

『っ!!?』

「今阿頼弥啓との戯れの最中でなぁ、貴様らも動かず見ていると良い。あの男の在り様はどこまでも()()で味わい深いぞ?」

 

 

 物実に愉快そうな表情で、星の落下に横から割り込む影を見上げる王。

 宿儺とは真逆の、圧倒的な利他を体現する少年。

 

 

「……おい」

 

 

 それを「憐れ」と形容した事が、その男の地雷だったのかもしれない。

 

 

「あの少年の、どこが憐れだ?」

「動くなと」

 

 

 呪いの王へと向き直ったのは、虹弥だった。

 平時より僅かに怒気を含んだ口調で、王に対して一切臆さず問いを放った。

 次の瞬間、虹弥の首を斬撃が叩いた。 

 

 

「言った筈だが?」

 

 

 甲高い音が鳴り、虹弥の首が飛んだかに思われた。

 

 ……甲高い金属音だった。

 肉が切断される鈍い音ではない。

 警戒する宿儺に、再び声が掛かった。

 

 

「あれだけ高潔な魂を憐れだと? その四つ目は腐っているのか?」

(硬い奴の多い事よ……)

 

 

 虹弥が啖呵を切るのと同時、彼らの頭上で小恒星が四散した。

 少年の一撃によって、圧倒的大質量の塊が粉々に破壊されたのである。

 降り注ぐ火山弾の中、宿儺は答える。

 

 

「人の身に人ならざる精神が生まれながらに与えられた。これを憐れでなくて何という?」

「…………日下部。パンダ。悪い」

「は……?」

「え?」

「キレた」

 

 

 瞬間。

 虹弥は宿儺を掴んだ。

 

 素手ではない。

 自身の右腕を基点として大気を"硬化"させた、不可視の巨腕である。

 最適かつ最小かつ最速の動作で、虹弥は呪いの王を投擲した。

 

 

「捌」

 

 

 上空の神童。未来の主の下へと。

 投擲の瞬間。右肩に浴びせられた大量の斬撃により、右腕一本を犠牲にして。

 

 

「ありがとうございます、虹弥さん……っ!!」

「チッ」

 

 

 宙を舞う虹弥の右腕に苦悶を浮かべつつも、啓は間合いに入った宿儺を強かに蹴り付け、ぶっ飛ばした。

 

 

(いける……っ、体術と呪力操作だけを散々アピールした)

 

 

 今、宿儺の思考からはその選択肢が抜けつつある。

 戦闘開始からずっと、呪力のみの戦いを意識させ続けた。

 

 

(火山頭もまとめて殺す。虹弥さんの分まで……!)

 

 

 その上で、啓は貪欲に敵を殺す手法を選択する。

 傾世天秤から啓に移行された膨大な呪力。

 例え猛毒の如き怨嗟が千年に渡って積み重なり、呪いの王にさえ影響を及ぼす程の代物であったとしても。

 例え負の領域の遥か延長にあって、正の領域からも遥かに乖離しているのだとしても。

 

 

「神決呪法」

 

 

 前提として、それは呪力である。

 呪力であるならば、()()()()()()()()()()

 

 

「術式──(じゅん)転」

 

 

 位置関係としては、吹き飛ばされた宿儺へ追撃を掛けようとしていた漏瑚との中間に「ソレ」は現れた。

 否。宿儺へ接近していた分、若干漏瑚の方が近かったかもしれない。

 ……故に避け切れなかった。

 

 

 

 黒い星だった。

 その全容を正確に表すとするなら、それはそう形容すべきものだった。

 絵の具のように、全てを塗りつぶすような黒が現出していた。

 

 建物を。車を。地面を。

 世界を飲み込み、侵食する凶星が渋谷に発生した。

 

 

「何という……」

 

 

 残ったのは無だった。

 現実が球状に抉り抜かれて、星があった部分にはもう大気以外の何もかもが無い。

 漏瑚の姿すらも。

 

 左の肘から先を犠牲に辛うじて離脱し得た宿儺をして、息を呑むような光景だった。

 宿儺は、少年の才に深く感嘆した。

 

 

「まさかあのようなゲテ物の呪力で術式を成立させるとは」

 

 

 術式順転。"存在の禁止"。

 対象を「弾く」のではなく「消し飛ばす」事でその場に"居る事"を禁止する、限りなく別物に近い術式効果。

 元となった呪力の「他を侵し殺す」特性を術式が物理的に再現した恐るべき現象。

 

 

「相当な代償や反動があるだろうに……そこまで俺を殺したかったのか?」

 

 

 宿儺は三日月のような笑みを浮かべながら、球状の更地に降り立った啓を見下ろす。再び上下の構図で睨み合う両者。

 

 

「そりゃ殺したいに決まってますよ。僕の友達の体乗っ取る悪魔なんて」

 

 

 とは言うものの、正直な所、あの術式効果は啓にも予想できていなかった。

 本来の衝撃波同様、アレは術式が自動的に起こす結果論的現象である。

 その上、規格を超えた呪力を流した為か領域展開後のように術式が焼き切れている。

 

 ともすればデメリットの方が大きい博打。

 それでもなお、啓はそうしたかった。

 どうしても宿儺を殺したかった。

 

 

「クハッ、随分嫌われたものだ……だが、ちょうど五分経過だ」 

 

 

 再生させた左手を見せ、時間切れである事を告げる宿儺。

 その手は痙攣していた。その肉体の中で、もう一つの魂が暴れているのだろう。

 

 宿儺は殺せなかったが、今は彼が無事帰って来てくれる事を素直に喜ぼうと思う啓。

 

 

「非常に良い戯れだった。また()ろう、阿頼弥啓」

「ええ。ぜひ」

 

 

 冷たい表情で啓が答えた後、宿儺の顔にある紋様と四つ目が消える。

 啓の大切な友達と史上最悪の呪いの王との違いは、ただそれだけの些細なものだ。

 

 二呼吸もする内に王は居なくなっており、そこに立っているのは紛れもなく──。

 

 

「とりあえず」

 

 

 啓は彼のいる建物の屋上まで跳んで、声を掛けた。

 帰ってきた彼に言うべきなのは、まずその言葉だと思った。

 そう言ってもらえる事がどれだけ嬉しいのか、どれだけ安心できるのかを、啓は知っている。

 

 中身が代わり、彼は項垂れていた顔を上げた。

 

 

「おかえり。悠仁」

「…………うん、ただいま」

 

 

 

 







 二十八話、読了ありがとうございました。
 時系列が原作より一時間程早いですが、展開は大きく逸れませんので悪しからず。


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