二十九話です。
またまた投稿遅くなってしまいすいません。
書いてて改めて思いますが、リゼロの先生の投稿速度ってやっぱり異常なんですね。
──22:20。
八幡橋近辺。ドトールコーヒーショップ。渋谷新南口店前
既に避難が完了しており、一般人の気配は一切ない。
「ごめん阿頼弥」
数秒の静寂を最初に破ったのは、虎杖だった。
嬉しさと罪悪感の入り混じった、この上なく複雑な笑顔だった。
「……俺、また負けた……宿儺にも負けた。お前を傷付けた。……ごめん、ホントに──」
自分の犯した現実から、縦に切り裂かれた啓の右目から目を逸らすように、罪の重さで頭が下がっていく虎杖。
下げる途中で、何やら指が視界に入り込んできた。
「おりゃ」
「ぶっ!?」
デコピンだった。
しっかり虎杖にも効くよう呪力を込めた痛いやつだった。
体ごと浮く程頭を弾かれ、額を抑えてのたうち回る虎杖。
に、啓はすかさず胸の内を語る。
「ぐぉぉぉ〜っ………!!!」
「それを言うなら僕だって一回暴走しました。色んな人殺しかけました。僕に比べたら君は何て事ないから! この目も反転術式で治せるし! 分かった?」
「いやごめん待って今それどころじゃ」
「分かった!?」
「はいっ、分かりましたっ!!」
痛みと詰問で頭がおかしくなりそうだったが、とりあえず「イエス」と返事しておく。
恐らく、このヒートアップした啓に罪比べでは勝てないと思う。
「よろしい。……全くもう、ガンコちゃんなんだから悠仁は」
「懐かしっ」
頬を膨らませながら虎杖に手を差し出す啓。
中々マニアックなワードチョイスは家柄の関係かなと思ったが、今は触れないでおこうと判断する。
「よし。じゃあ悠仁も戻って来たし駅向かおうか。さっき祓った火山頭の特級も入れたら、後はあのツギハギロン毛クソ野郎とゴミクズ天蓋だけだね。今の戦闘で僕の領域を禁止する帳も消えたみたいだしちょうど良いや」
「あ、阿頼弥クン? 爽やかな笑顔でサラッとエグいあだ名言ってるよ? 誰の事言ってるか分かんないくらい私怨入りまくってるし」
危うく聞き流しそうな程さりげなかったが、何だかんだものすごい発言をした啓。
内容には非常に同意したい虎杖ではあるが、いかんせん自分より過激な人を見ると落ち着いてしまう。
早めに移動を促そうかと思った、その矢先。
「っ!」
「この呪力……伏黒……っ?」
遥か遠方。
駅の北側に、突如として巨大な呪力が現れた。
それは全く身に覚えのない敵か味方かも分からない謎の気配であったが。
同時に、その付近で身に覚えのある気配が著しく小さくなったのを二人は感知した。
困惑は一瞬。直後にはアイコンタクトを取っていた。
「すまん、そっち任せた阿頼弥」
「任されました!」
時は二分前。──22:18。
井の頭線エレベーター口近辺。エスパス日拓前。
轟音。砂塵。烈風。
二つの影の線が建物の間を縦横無尽に駆け抜け、交差する度に周囲を破壊し過ぎ去っていく。
影の内の一人は両手に短い槍のようなものを持った白セーターの男。
もう一人は棍棒を携えた帽子の少年で、そのような高速戦闘を行っているとは思えない程小柄な体格である。
(二人の速さ・パワーはほぼ同じ。俺は追いつけないが、御宙が動きを誘導してくれてる)
そして両者の戦闘を建物の上から追随する少年が更に一人。
少年──伏黒恵は、二人の行く先を予測し先回りする事で離されずにその戦闘に割って入ることができる。
彼の両手は兎を象った形をしている。
「脱兎」
帽子の少年と男の距離が空いた瞬間に小兎の大群が二人の間を横切り、壁を作るように聳え立った。
帽子の少年──御宙久遠は僅かに口角を上げ、流れるように地面を棍棒で叩いた。
「
その衝撃は梃子の原理を押し付けられた地面によって、壁の向こうに立つ男の真下から伝達した。
男は弾かれたように真上へ飛ばされ、宙に身を晒す。
すかさず蛙の式神が舌で絡め取り、その弾性力で建物の外壁へ叩きつける。
「天子威令」
間髪入れず男へ肉薄し、久遠が棍棒を大気にぶつける。
細かな空気の一つ一つが梃子の原理で連鎖的に威力を増幅させ続け、それは炸裂したように衝撃波となって男へ殺到する。
しかし間一髪で男は壁を蹴って回避。代わりに建物が陥没する。
「鵺」
だが回避する先を、伏黒は読んでいる。
帯電する翼が男を待ち構えている。同時に破壊した建物の瓦礫を蹴って、久遠も男の背後から接近する。
身動きの取れない空中で、前後を挟んだ。
(伏黒君がいてこその優勢……慣れられる前に短期決戦……!)
鬼人と少年。
身体能力に大きな差は無い。互いが互いにパワーやスピードで相手を押し切る事はできない。
この二人の間に明確な差があるとするならばそれは、伏黒の存在──。
「な」
……ではなく、
天与呪縛による呪力からの脱却は、膂力だけでなく人に備わった感覚機能までもを底上げする事ができる。
肉眼で呪霊を視認し、無生物の魂を捉え……空中の"面"を知覚する程に。
(は?……空中を、蹴った……っ?)
必中と思われたその攻撃を紙一重で躱す程に。
翻るように、男は久遠の頭上へ回り込んだ。
矛先を失った鵺の電撃は不本意にも久遠を襲い、防御の時間を奪った。
一秒程の硬直だったが、男には十分過ぎる。
左手の短槍を久遠の背中に刺し、そのまま左の拳で地面まで殴り落とした。
男は更に空中を蹴り、真下へ加速する。
確実に殺すべく、その右手の槍を振りかぶって。
「
突き刺したのは地面だった。
ほんの僅かに早く久遠の体は蛙の舌に巻き取られ、裏路地で待ち構える伏黒によって回収された。
(よし。ギリ間に合った……そんで)
少なくともまだ久遠は死んでいない。
家入が渋谷に来ている。間に合う可能性はゼロじゃない。
だが助ける為には、致命傷未満の範囲で伏黒自身がこの場を収めなければならない。
(コースは絞った。スピードは散々見た。目で追うな。後はタイミング。タイミングを外せば死ぬ)
左手の槍を最短最速で突き刺すべく、男はゆっくりと重心を落とした。
空気が張り詰める。今にも男は駆け出しそうだ。
今か。あるいは今。今、今今今今今今──
(タイミングを外せば)
今。
男の像が歪んだ。
それ程のスピードで、槍が迫って。
阿織桔梗の術式。
極ノ番。「
それは、術師の魂を代償に死者の魂を甦らせる至上の御業。
故に阿織桔梗という逸材を見つけた時、法坐は内心乱舞したものだった。
「でも彼女が特級レベルの怨霊になったのは誤算だったなぁ。人間のままじゃ術式を使える強度が無かったとはいえ」
──22:20。
渋谷。金王八幡宮前横断歩道。
聞いてもいない事を法坐は懐かしそうに、かつ生き生きと語っている。
内容は決して穏やかではなく、ましてそのように語る程爽やかなものでもない。
「だから代わりに阿織桔梗殺して、あの術式ごと傾世天秤に保存する事にしたんだ。当初の予定通り阿頼弥啓に天秤の呪いを移して殺して、阿頼弥啓の頭を操れば術式使えるからね」
まぁ全部無駄な努力だった訳だけど、と法坐は付け加えて肩を竦めた。
彼の夢は、彼のみぞ知る所で勝手に破綻して勝手に砕け散った。
「どけ。今テメェに構ってる暇ねえよ」
法坐の向かいに立っているのは玄である。
彼の両手には血塗れの布を首に巻かれた弟が抱き抱えられている。
「その子、流石にもう死んだんじゃない? これ以上何しようっての?」
「テメェにゃ関係ねえ」
唐突に現れた法坐に対し、話を聞きつつ隙を窺っていたものの、相手からは不気味な程敵意が感じられなかった。
不穏ではあるが今は一分一秒も浪費したくない。玄は法坐に構わずその横を走り去ろうとした。
すれ違う瞬間でさえ法坐から攻撃の気配は感じられなかったが、代わりに。
「君にはさぁ!」
突然大声で玄を呼び止める法坐。
玄の脚が止まり、肩越しに振り返って法坐の一挙一動に警戒する。
「……どうしても僕と同じ目にあって欲しかったんだ。僕の傷を理解してもらいたくてね」
「あ? 同じ目だ?」
半ばヤケになって吹っ切れたのか、存外に楽しげな口調で話す法坐。
それがノリなのか敢えてなのかは分からないが、法坐は自身の顔を覆う天蓋に手を掛け、ついにそれを取り払った。
栗色と色褪せた
右目は光を失い、その周囲の細胞も半ば壊死したように暗く変色している。
人としての様相を、瀬戸際で保っているかのような容姿。
それが、永年を生き抜いてきた彼の素顔だった。
「僕のかつての名は『
「波波羅……って、お前……
「そう。だから僕は、今の君の気持ちが痛い程よく分かるよ」
阿頼弥家の記録に残る歴代当主達の中で、それは最古の名前を示す。
人類史上最初の呪詛師を討伐した、阿頼弥家の起源そのもの。
現当主である玄は知っている。
その始まりの呪詛師が一体、どこの誰なのかを。
「……」
要するにこうだ。
自分で殺した弟を生き返らせる為に千年以上の時を生き永らえ、暗躍し、数多の人間の人生を引っ掻き回して。
最後の最後に自分の夢が叶わなかったからと自棄を起こし、自分の気分を和らげる為だけに雹霞を殺した……と。
「……っ」
認めるのは癪だが、阿頼弥の人間に相応しくネジのぶっ飛んだ下衆である事は否が応でも理解させられた。
しかし頭で理解してもなお、玄の内心は荒れ狂っていた。
傷を理解して欲しいだの気持ちが分かるだの好き放題言われて、体が痙攣しそうだった。
玄の怒りは肥大化して肥大化して肥大化し尽くして、爆発寸前だった。
「…………そうか」
だが。
その怒りを、玄はどうにか平坦な言葉と表情に出すだけに留めた。
「お前が可哀想なのは頭の方だよ。そりゃお前の弟も死ぬわな」
今優先すべきなのは私情の消化ではない。
……コイツを殺すのは、また後で良い。
「──は?」
一転。
その言葉で法坐、もとい波波羅の素顔は不機嫌そうに歪んだが、玄は無視して走った。
これ以上頭のおかしい人間の相手をしている暇は無い。
そうして走り去って行った玄を波波羅は特に追いかけようとはしなかった。
むしろそれを好都合だと思いながら、衝動に駆られそうな腕を震わせている。
「クソ餓鬼が………ま、イラついてるのはお互い様か。つーか今治療所向かっても
独り言を自身に言い聞かせながら、波波羅は激情を抑え込んでいく。
熱くなる必要は無い。狙い通りである。
玄のような戦力をできるだけ駅から遠ざけ、そこに釘付けにする事が優先事項だ。
「君の弟には、何が何でも死んでもらうよ」
布石は打ってある。
先刻、渋谷駅から脱出する禪院真希とその一行を見かけた。
負傷者も含めた彼女達がどこへ向かおうとしているのか、法坐には容易く想像が付いた。
なので法坐は、彼女らにその場所まで
「さてと。お遊びはこのくらいにして次の仕事進めようかな」
……それが何を意味しているのか。
全ての答えは、この男だけが知っている。
──22:21。
渋谷の建物の間を、一筋の風が吹き抜けた。
それは黒い残像と地面を蹴る音を伴なった、一人の少年であった。
少年は、名を阿頼弥啓といった。
『なぁ。お前あの虎杖って奴に嘘吐いただろ』
道中。
啓の頭の中に、清流のような綺麗な声が響いた。
自分の体に内在する少女の魂からの問いに、啓は走りながら答える。
「……嘘って?」
『右目治せるってやつ。お前今、
その指摘に対し、特に啓は反応せず静かに黙り込んだ。
啓の様子に少女──阿織桔梗は呆れた声色で続けた。
『私がギリ術式使えるくらいまで治してやったのに、お前はアレ相手にブラフを張って自分が治してると思わせた』
あの時、宿儺は啓が術式を使えるまで回復していないと判断したが、事実は異なる。
実際は術式が使える状態のまま、敢えて呪力操作のみを使用していた。
殺意に満ちたブラフが縛りの「手加減」に引っかからなかったから良かったものの、それでも平然と危ない橋を渡った啓。
少しばかり怒気も感じられる桔梗に対し、啓はあくまでも穏やかに口火を切った。
「……反転術式ってさ、技術だけじゃなくて治す対象への認識も結構大事みたいなんだ」
『あ? 認識?』
「今日一回死に掛けた時に結構無理しちゃってね、僕の中の自己認識みたいなものが今ぐちゃぐちゃになってて……だからか知らないけど、『僕』が僕の反転術式を拒絶してるっぽいんだ」
『??……何言ってんだお前』
全空との戦闘終盤。
啓が成し遂げた閉じない領域の部分展開。
その神業を実行する為、啓はもう一人の「啓」に領域の構築処理を分散させた。
それにより今まで沈んでいた「啓」が深層から浮上し、独立していた両者の意識が中途半端に混在してしまった。
よって現在啓は反転術式による自己再生ができず、宿儺との戦闘時もそれは同様だった。
「でも治せないってバレるよりは、あぁした方が戦略的に良いかなって……」
『よく分かんないが、だからって軽々しく無茶すんな。お前が死んだら私も困るんだよ』
「ご、ごめんって。今後は気を付けるからさ」
何だかんだ心配してくれる桔梗を宥める間に、目的地が視界に入った。
啓は更に速度を上げた。数十メートルの距離を風のように駆ける。
「起きろよ……クソ術師!!」
道玄坂。109前。
辿り着いた先で、何やら泣き喚く男の服を啓は掴んで引っ張り上げた。
屈強な白い腕からその男を助け、建物の傍まで退避する。
当然ながら、目当ては助けた男ではない。
彼には目もくれず、壁にもたれ掛かった黒髪の少年二人を前に啓はしゃがみ込む。
スッと、両手を翳した。
「一回死にかけて身に染みたんだ。今まではさ、僕の命なんかかなぐり捨てても皆の事守りたいって思ってた。……でも」
要するに、それも認識の話だ。
治す対象の事を、まるで神様か何かのように考えていた。
……今も若干思ってはいるが、前よりは身近に考えられる。
それに死ぬ事を常に考慮に入れるような人間の呪力が、他人に受け入れられるとも思えない。
だからたぶん、今の啓が使う反転術式は……これまでとは少し違う。
「やっぱ死にたくない……ずっと皆と一緒にいたいよ」
次の瞬間。
伏黒と久遠の体を、優しい白色の光が包み込んだ。
それは紛れもなく、反転術式のアウトプット。五条悟ですら為し得ない他人の治癒である。
「……まぁ、流石にヤバくなったら桔梗さんに代わってもらう事にするよ。お願いね?」
『治すだけなら良いが、アレと戦うのは無理だぞ?』
啓は治癒を終え、伏黒達の前に歩み出る。
桔梗もまた、啓の中から視線の先の存在を見ている。
スクランブル交差点の中心に佇む、剣呑で雄々しい出で立ちの巨人。
白く美しい肌に、右手の甲に括り付けられた抜き身の刃。
目から生えた天使の如き二対の翼。
頭上に浮かぶ法陣。
(禪院家最強の式神──魔虚羅)
その存在を啓は知っている。
歴史ある御三家の相伝の情報は、同じく歴史の長い阿頼弥家にも伝わっている。
魔虚羅の強さが、自身の有するじゃじゃ馬と同程度である事も。
焼き切れた術式は依然回復中だが、領域展開と違い呪力を流した箇所だけが異常をきたしている。
したがって真蹟は使用可能。
(断罪星座で初見殺ししたいけど、相手が相手だ。神決呪法の拘束ナシで当てるのは難しい)
悪傾も式神相手には効果が薄いだろう。
虎杖との合流も考えれば、あまり時間は掛けられない。
短期決戦が望ましい。ならばどうするか。
「
決まっている。
……無茶をするしかない。
『ハァ……結局かよ』
真蹟の術式に、啓は呪力の極限とも言える怨嗟を流し込む。
空は暗雲に染まり、渋谷の街に吹き荒ぶ風。
神々しい光と共に、純白の女神は啓の背後へ降臨する。
女神……の首がバキッと折れた。
続いて腕、腰があらぬ方向に曲がり、折れた部分から真っ黒な肉が膨れ上がる。
純白の衣装や、両手の剣と天秤には黒い血痕のようなものが付着し、全体が黒く変色していく。
「思ったより見た目すごいな……」
女神の肉体を飲み込み、球状に固まる黒色の肉。
その周りを公転する、剣と天秤と女神の顔。
元の美しさとは似ても似つかない怪物であるが、左右の虚空に浮かぶ白い腕と二対の翼が唯一の面影だった。
「OOO────!!」
程なくして、魔虚羅が動いた。
先刻戦った宿儺とも遜色ない速度で、まっすぐ最短で接近してくる。
真蹟はまだ動かない。
というより動かせない。
本来の術式とは別物と思える程の変化により、ただでさえ強力な真蹟の制御は、更に困難を極めている。
既に魔虚羅は二メートル圏内の位置。
残りコンマ一秒もしない内に、魔虚羅の間合いに入る。
次の瞬間……公転していた剣が止まった。
「くっ、ほんとじゃじゃ馬……っ!」
時が跳んだような速度で、真蹟は黒く染まった大剣を振りぬいた。
その尋常ならざる腕力により、小石のように弾き飛ばされた魔虚羅はビルを一つ二つと突き抜けていく。
真蹟は戦闘機のような高速機動で、吹き飛ぶ魔虚羅へ追随。
両腕を拳槌にして、ビルの屋上から一階まで叩き落とす。
その落下地点。啓は待ち構えている。
(魔虚羅──あらゆる事象に適応する禪院家の虎の子)
落ちてきた魔虚羅にタイミングを合わせて、強力な蹴りを繰り出す啓。
建物の壁を突き抜け、魔虚羅は道路の中央まで飛ばされる。
体勢を整え、視線を前に戻した魔虚羅の正面三十メートル先。
真蹟が今度は天秤を弓のように構え、矢を番えている。
禍々しい巨大矢が一瞬で魔虚羅の眼前へと迫る。
(今の真蹟ならコイツ相手にも十分優位な戦況を作れる。唯一懸念があるとすれば)
紙一重で右手の刃をぶつけ、矢の軌道を逸らした魔虚羅。
何とか右肩を抉られるだけに留めた。
間髪なく。
公転する女神の顔が止まる。
その口が開き、口腔の奥から黒く眩い熱線が放たれた。
魔虚羅は正の力を纏った刃を突き立て熱線を弾くが、飛び散った光の一部が魔虚羅の左脇腹を溶融させる。
(この単純明快な"力の差"にも、魔虚羅は適応できるのかどうか──)
吹き出す鮮血。蓄積するダメージ。
圧倒的劣勢の中で、魔虚羅の頭上に浮かぶ法陣だけは常に無傷で同じ形を保っている。
完全な調和と循環を司る法陣は、この状況にも。
ギギ。ガコン。
法陣が。廻った。
「ハッ、とんだチートだな」
啓は理解する。
この式神もまた、世の規格を外れた「あっち側」の存在だと。
故に。
「『止まれ』」
速攻。確実に殺す。
今の魔虚羅の性能把握の時間は、神決呪法の回復を待つ時間でもあった。
今度は正規の啓本来の呪力を流し、通常の術式効果を齎す。
だが禪院家最強の式神を止められる時間は、きっとそう長くない。
勝負はこの一瞬。
「極ノ番」
掌印。
魔虚羅をも一撃で屠る程の術を、この刹那に組み上げる。
「
瞬間。
上空の曇天が円状に開き、宇宙の暗闇が地上を覗いた。
闇の中に輝く星座は、すぐに消えて見えなくなってしまった。
その代わりに、ソレが降ってきた。
星座の起源がこの世界に現れたかのような。
……圧倒的に巨大な天秤が、宙から顕現した。
音速の壁を突破し、空気を切り裂いて降下する絶大質量。
十秒にも満たない内に、魔虚羅の頭上へとそれは迫って。
「──」
着弾。
と同時に衝撃。爆風。轟音。
有無を言わせず、質量爆弾が渋谷の一画に墜落した。
建物へ吹き付ける衝撃波は全て神決呪法で上方向に逸らしている。
巻き上げられた瓦礫や砂塵が高層ビルを超え、まるで噴火のように噴き上がり続ける。
雷鳴の如き音もまた、余韻を搔き消して周囲に響き続けている。
二十秒ほどして、やっと視界が晴れてくる。そこに魔虚羅の姿は微塵もない。
啓と、底知れぬクレーターと、罅割れた地面が残っている。
対象の消滅という結果だけが、本来の術式効果と同じである。
「真蹟。解除」
啓は一人、深くゆっくりと息を吐く。
戦闘開始から実に二分弱。その表情に疲労は見えども、目立った傷は無い。
「あー魔虚羅怖……殺せて良かったぁ……」
呪いの王、禪院家最強の式神と続く二連戦を経てもなお、である。
前者に至っては殆ど術式を使用していない。
常人を殺し、強者を蝕み、天才をも狂わせる異質な呪力をその身に受け、あまつさえ抑え込み、共存し、自らの力として使いこなし始めている。
縛りを科し、発動条件や発動時間等の仕様を調整する事で術式をも成立させた。
「よっし! 早く治療所に恵君連れてって悠仁に合流しなきゃ! 急ごう」
阿頼弥啓。
この世に生まれ落ちて十五年。
ここへ来て更に、最強への進化を始める。
二十九話、読了ありがとうございました。
魔虚羅の予測変換、「まきょら」って打つとすぐ出てくれるようになりました。