君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 三十話です。
 もしファンブック等で反転術式について新情報が挙がっても私は見なかったことにします。






第三十話 I am Lover

 

 

 

 

 ──22:18。渋谷。

 プリメーラ道玄坂前。渋谷中央通り。

 

 釘崎は駅北西側で続けていた改造人間駆除と一般人の保護に区切りを付け、駅の南西側へ向かっていた。

 駅構内への突入よりも優先すべき案件が先程発生した。

 

 

「っ……祝さん、祝さん! 大丈夫!?」

 

 

 傍らには見上げる程の氷塊の残骸が残っている。

 釘崎が介抱している祝は、この氷によって戦線を離脱させられたのだろうと釘崎は悟る。

 

 そして、同じように祝を案じて駆け付けてきた人物は釘崎の他にもいた。

 

 

「釘崎さん!」

「釘崎様……! 祝殿は無事ですか……っ?」

「伊地知さん、丑谷さん……っ、はい、まだ息はあります」

 

 

 遠目からでも、その体格とスキンヘッドはよく分かった。

 また彼の後ろには見慣れたスーツと眼鏡の男性が付いて来ている。

 

 目立った外傷は無く、命に別状は無い事を丑谷に伝える。

 

 

「祝さん、西側の改造人間と一般人保護の為に分身回してくれてたんだけど、それがいきなり消えたから嫌な予感して……」

「左様でしたか。こちらも西側にいた『眼』の者が祝殿からの応答が消えた事に気付きまして、我々が向かう事に」

「何はともあれ釘崎さんも無事で良かった」

 

 

 自分達の経緯を説明する丑谷に合わせ、釘崎の無事を喜ぶ伊地知。

 ちなみに伊地知含め丑谷が護衛をしていた坂上の方は、現役術師である事を加味して現在一人で持ち場に残っている。

 

 

「阿頼弥勢力の呪詛師達も多くが氷漬けにされていました。ここは危険です。急いで祝殿を治療所へ運びましょう。私が彼女を担ぎます故」

 

 

 丑谷は釘崎が抱える祝へと手を差し伸べる。

 両手で祝を抱き抱え、ゆっくり立ち上がる釘崎。

 

 丑谷へと祝を手渡すものの、何やら俯いた様子である。

 秘書としての経歴を持つ丑谷や付き合いの長い伊地知でなくとも、その表情には違和感を感じるだろう。

 

 

「釘崎様……? どうなされました?」

「……あの……丑谷さん。祝さんの事、お願いしても良いですか?」

「え、釘崎さん……っ!?」

 

 

 釘崎は祝を預けた後、丑谷達に背を向けた。

 伊地知は慌てて釘崎を呼び止めようとするが。

 

 

「行ってはダメですッ!」

「ごめん。でも、さっき宿儺の気配を感じた。伏黒の気配もする。アイツらまだ戦ってる」

「釘崎さん……っ」

「私一人だけ帰るなんて、できない」

 

 

 そう言って足早に走り去って行く釘崎。

 丑谷と伊地知は追うに追えない状況に奥歯を噛み締め、逡巡する。

 

 数多の葛藤と自問自答を繰り返し、一秒後。

 苦渋の決断の末、丑谷が動き出した。

 

 

「すみません伊地知さん、祝殿を。──っ!?」

 

 

 結論から言うと、決断はすぐに無為となった。

 頭上から、音も無く氷柱の雨が降った為である。

 

 

万物羽衣(よろずはごろも)

 

 

 無数の氷柱は、しかし間に割って入った硬質の布のようなもので悉く防がれた。

 それは布ではなく、布めいた形状と挙動を見せるアスファルトであった。

 

 その摩訶不思議な現象の主体は、当然ながら阿頼弥の矛の一翼を担う大男である。

 

 

「氷……貴様が祝殿を襲った輩か。その容姿を見るに白髪の呪詛師だな」

「チッ、阿頼弥はやはり面倒な者が多いな」

 

 

 遠くビルの縁に立つ人影は、夜の中でもハッキリ浮かぶ白い髪を有している。

 丑谷はそれが記憶にある人物像や、同胞に手を出した人間の特徴と一致する事に気づく。

 戦力差を鑑み、前に歩み出る丑谷。

 

 

「漸く宿儺様の気配がしたというのに、貴様らのせいでどれだけ私が手を煩わされているか」

「伊地知さん。護衛を務められずすみません。ですが今は貴方にしか頼めない。祝殿を連れてお早く。できるだけ帳の外を通るように」

「っ、分かりました……!」

 

 

 一瞬迷った伊地知だったが、理性を働かせ感情を排した。

 丑谷の指示に従い、祝を抱え早々に離脱を図る。

 遠ざかっていく足音を背に、丑谷は静かに零す。

 

 

「釘崎様は啓様の大切なご友人。祝殿も御前様の部下であり我々の同胞だ。失う訳にはいかない」

 

 

 屋上の呪詛師を睨み付けながら、両手にまち針のような武器を生み出し、構える丑谷。

 

 その気迫、威圧は常人のそれではない。

 大きな体格も頭の傷痕も、今は相手を怯ませる要素でしかない。

 

 それで良い。

 今はただ、主から与えられた"阿修羅"の名の如く敵を倒すだけだ。

 

 

「邪魔をするな、呪詛師如きが」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 ──22:??。

 渋谷の裏路地を行く影がある。その軌跡には、真っ赤な花のような血痕が途切れ途切れに残っている。

 彼女は建物に寄りかかりながら、足を引き摺って、弱々しく、頼り無く歩いていた。

 

 

「ハァ……ハァ」

 

 

 踏み出す脚に合わせて、荒い呼吸が流れ出る。

 出血は右腕と額から。特に額の方は止まる気配が無い。今も頬を伝う。

 

 また内臓や骨の損傷も無視できない。

 日本人らしい綺麗な黒髪は汚れ、所々跳ねている。

 意識には靄が掛かり、視界は霞み始めている。

 

 満身創痍。疲労困憊。

 そのような状態で、阿頼弥花凛は当ても無く渋谷を彷徨っていた。

 最大の障害であり、最愛の人でもある啓の殺害を企てた犯罪者の末路が、この哀れ極まりない様であった。

 

 

「わ、私……何」

 

 

 何の事は無い。

 啓にしようとした事と全く同じ事が、花凛にも起き掛けただけだ。

 それは偶然で、必然性のある要因は存在しない。

 ただ近くに居ただけで花凛は危うく死に掛けた。

 

 理性の無い啓は花凛の事など眼中に無かった。

 自然災害の如く、一切理由の無い死であった。

 彼らの戦闘余波に飛ばされてから、それを悟った。

 

 

「何、してるんだろ………」

 

 

 思い出せない。

 気が付いた時には、どことも知れない建物の裏路地に居た。

 静かに、密かに、あの災害から離れていったのだろうと予想する。

 

 

「何で……啓従兄さんから、逃げた……何で」

 

 

 静かに、密かに──誰よりも愛しい人物を恐れ、逃げたのだ。

 最愛の人の死を望む程の愛情は、その実、自身の死にすら劣った。

 

 花凛にとってはげに恐ろしき事実である。

 目を見開いて、頭を掻く。

 

 

「違う……違う違う違うっ……私は、あの人を愛して……誰より……愛して、っ」

 

 

 花凛は呻くように呟いて、地面に蹲る。

 覆す事のできない、耐え難い現状が彼女の脳を焼いている。

 他でもない、花凛自身の感情が彼女を蝕んでいる。

 

 

「違うんです……っ、違うんです啓従兄さん! わ、わた、私は……」

 

 

 違うのだ。何もかもが。

 啓に全く見向きもされぬまま殺され掛けた時点から、死を恐れて逃げてしまった所から。

 

 何か別の理由があるに決まっている。

 これは夢か何かで、だから花凛の愛は"死にたくない"というだけで消えてしまったのだ。

 だから違う。

 

 

「もう……嫌」

 

 

 違うに決まっている。

 そうでなければ、どうすれば良いというのだろうか。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「クッソ、あのバカハゲ初代……これ狙ってやがったのか……っ」

 

 

 22:23。

 首都高速三号渋谷線。渋谷料金所。

 

 を。

 "帳"が覆っている。目算で半径三十メートルはあるだろうか。

 玄がそれに触れると、帳はその手の侵入を強く拒んだ。

 

 "術師を入れない帳"が渋谷唯一の治療所に降ろされていた。

 

 

「よっぽど俺らを駅に近付けたくない訳だ……」

 

 

 治療所の封鎖。

 非常に由々しき事態である。反転術式を会得していない術師のリスクが跳ね上がってしまう。

 

 加えて帳内の面々が出てこない所を見るに、内側には"術師を閉じ込める帳"が降ろされている筈だ。

 そしてこれの対処に時間を割かせる事こそが、敵の本来の狙いだろう。

 

 

「チッ、サッサと壊ねぇとマズいな」

 

 

 玄は雹霞を抱き抱えながら、帳の破壊を試みるべく手を翳す。

 恐らくこの帳にも"基"はあるのだろうがそれを探す暇は無い。

 

 また恐らく何かしら縛りで強度が桁違いになった帳である。

 存在の禁止による衝撃波で破壊できるかどうかは五分五分だが、やってみるしかな

 

 

「っ!?」

 

 

 ドン。

 玄の後方に、複数の巨大な影が鈍重な着地音を響かせながら降って湧いた。

 

 すぐさま攻撃の気配がし、玄は術式を中止。

 飛来した大きな棘のようなものを神決呪法で止める。

 

 

「なる程な……帳内の皆も同じように奇襲されたのか」

 

 

 建物の合間合間から、無数の怪物、異形、悪霊が這い出てくる。

 大型トラック並の金魚、浮遊した巨大目玉、三本足の人型。

 

 呪霊、改造人間、改造呪詛師。実に百以上。

 ここに帳が降ろされる前は、この軍団に加えてあの虚無僧もいた筈だ。

 

 中の何人かは負傷しているかもしれない。

 玄の脳裏に嫌な想像がチラつく。

 

 

(この量は流石に無視できねぇ。マズイな。つかもし硝子ちゃんがやられてたら──)

 

 

 百に及ぶ軍団を全て止められるだけの神決呪法の技量が、今の玄にはない。

 多忙な立場が彼の修練の時間を奪い続けた為だ。

 仮にできたとして、その状態で帳を破壊する事は至難を極める。

 

 ……ただし、玄が一人でなければ話は別である。

 

 

「シン・陰流──簡易領域」

「激震掌!」

 

 

 軍団後方の呪霊、改造人間達が一斉に斬られ、殴り飛ばされ、次々と地面に倒れ伏していく。

 

 日下部とパンダ、に抱えられた六道の三人。それは頼もしい助っ人の登場だった。

 また玄から見て左翼の方からは、伊地知が祝を抱えてやって来た。

 

 

「皆……」

 

 

 更に続いて、軍団の中心に新たな人影が舞い降りた。

 彼は二人の人間を両脇に抱え、もう一人を傍らに浮遊させ、華麗に着地する。

 

 それは玄の最愛の人と同じ、綺麗な白髪を靡かせていた。

 

 

「──っ」

 

 

 少年の足元から黒い液体のようなものが薄く広がっていく。

 次の瞬間。液体が棘の形になって、異形全てを刺し貫いた。

 

 当然、味方の足元は的確に避けている。

 相変わらずの無茶苦茶ぶりだと、何だか久しぶりに玄は思った。

 

 

「啓!!」

「父さん!」

 

 

 思わず玄は叫び、啓もまた満面の笑みで返してくれる。

 小走りで近寄ってくるその仕草ですら、玄には愛おしかった。

 

 

「っ……やっぱ生きてたな。信じてたぜこの野郎」

「あはは、途中普通に死に掛けたけどね。皆にも、すごく迷惑掛けちゃった……し……」

 

 

 少し上擦った声で笑い掛ける玄に対し、啓はやはり浮かない表情を見せた。

 暴走していた間に自身がしでかした事に段々と顔を俯かせていって。

 

 すぐに玄の抱えた人物の血の気の無さ、青白さに気づいた。

 息を呑む啓に、玄は容赦無く……しかし優しく語った。

 

 

「あぁ……雹霞(コイツ)の事は、いいんだ。ちゃんと言いたい事言い合って兄弟喧嘩終わらせてきた。拗れてたけど仲が悪かった訳じゃねえんだ。だからいいんだ……お前は気にやむな」

「……うん」

「よし。じゃあ即帳壊すぞ。阿衆が揃いも揃ってやられてるみたいだしな」

 

 

 最低限の話で玄は区切りを付け、部下達の負傷を見渡し苦笑い混じりに本題を提示する。

 右腕を切り落とされながらも、唯一意識のある六道が代表して答えた。

 

 

「面目ない、閣下」

「別に責めてねぇよ。見たとこ腕も回収してるし」

(いやいや宿儺相手に基本面目ある事ねぇから)

(やっぱ天然だな六道(コイツ)

 

 

 素直に頭を下げる六道であったが、経緯を知らない玄はともかく、日下部、パンダ両名には内心でツッコミを入れられていた。

 それはさて置き、帳の破壊のため玄は啓の方に向き直る。

 

 

「たぶん命を懸けた帳の筈だ。相当硬ぇが……啓、いけるか?」

「大丈夫だと思う。日下部さん、ちょっと二人お願いします」

「あ、あぁ……え、てかその浮いてる奴は?」

「さっき捕まえた呪詛師です。特徴からして交流会にいたっていう呪詛師だとっ……思います」

 

 

 両脇に抱えた伏黒と久遠を日下部に預け、帳の前で拳を構える啓。

 神決呪法で浮遊させている重面について日下部と会話しながら、啓は思い切り拳を突いた。

 

 千年蓄積した呪力量と、宿儺レベルの出力。

 発見されるリスクと命を懸けた帳だとしても、この神童の前では。

 

 

「えぇ……俺との会話のついでに壊したやがった」

「啓……お前もしかして強くなった?」

「え? どうだろ。もしそうだったら嬉しいけど」

 

 

 言いながら啓は日下部から伏黒を受け取る。

 あくまで希望的観測じみた返しをする啓に一同は溜息や苦笑いを示す。

 今に始まった事じゃないと早々に結論付け、それぞれが残ったもう一枚の帳の中へ入っていく。

 

 料金所を転用した治療所の周りには、戦闘の痕である改造人間の死体が数十体は残っていた。

 室内を隠すシートを潜り、中の様子を見れば、治療所で起きたおおよその出来事を察する事ができた。

 

 

「っ!……啓」

「啓様! 御館様も……!!」

「皆さん、ご無事で良かった……」

 

 

 慌ただしく動いていた中で最初に気付いたのは、やはり真希。

 次いで麒麟、その後七海も動きを止めた。

 

 一方の啓は珍しく落ち着いており、淀みなく動いている。

 空いたベッドに伏黒達を寝かせ、塞がっていた両手を空けた。

 そして、真希に向かい合い。

 

 

「啓、お前もう大丈」

「真希ちゃぁぁーーーんッ!!!」

 

 

 全力で抱き付いた。

 真横の軌道でロケットのように真希の首元に刺さった。

 真希が啓に気付いてから化けの皮が剥がれるまで、この間僅か三秒。

 

 

「は!? ちょっ、何だいきなりお前!? くっつき過ぎだ!!」

「また会えて良かったぁぁ〜〜!! ホントに良かったぁぁ〜〜! 真希ちゃん助けてくれてありがとう〜〜大好きぃ……!!」

「ぁ……ったく……泣き過ぎだバカ」

 

 

 こんな場所でも、どんな死闘を経た後でも相変わらずな許嫁に、真希は思わず吹き出した。

 また会えて良かった、という言葉には真希も概ね同意だったのもある。

 

 玄や麒麟を含め、周囲も二人の再会を素直に喜んでいた。

 一頻り喚いた後、啓は密着から「着」までほんの少し離れ、真希の顔を見た。

 

 

「……あれっ、真希ちゃん顔怪我してる……髪も」

「あぁ、天蓋野郎の奇襲の時にな。でもこんなの、結局私が弱えからだ。そのせいでジジイと学長は倒れて、硝子さんは毒喰らっちまった」

 

 

 真希の顔には、額から右目下に掛けて大きな切り傷があり、それに伴って普段の長髪が半ばから切り落とされてしまっていた。

 

 そして、負傷したのは真希だけではない。

 直毘人と夜蛾の二人は家入を庇った事で重傷を負い、今はベッドの上である。

 当の家入も外傷は少ないが、毒を受けたせいでその除去と真希達への指示で手一杯になっている。

 

 

「っ……だから気にするな真希……この状況でお前一人を責める方が間違ってる……」

「真希様、家入様の言う通りです……」

「っ……!!」

 

 

 肩で呼吸をしながらも家入は真希を諌める。

 麒麟も差し出がましいと理解しつつも真希へ進言する。

 

 真希に返事は無く、ただ悔しそうに、強く歯を噛み締めている。

 啓は家入の方を向いた。

 

 

「硝子さん、受けた毒ってどんなのですか?」

「術式による未知の毒だ。だから毒性物質の特定に時間が……阿頼弥?」

 

 

 真希から離れ、啓は家入の方へ歩いて行く。

 目の前で片膝を付き、手を翳す啓を家入は訝しむ。

 啓は微笑みながら家入を見た。

 

 

()()()やりましょう。その方が早いです。硝子さんに合わせますから」

「は? 反転術式を、二人同時に?……いや、そもそもお前他人の治癒が」

「大丈夫。必死でやるんで心配しないでください」

 

 

 若干不安な表情も浮かべているが、啓の決意は固かった。

 反駁を遮られた家入は、言葉を噤みながらも啓の提案の実現可能性を推し量る。

 

 難易度。リスク。対するメリット。時間。

 願ってもない事であるのは、家入も理解していた。

 

 

「……四の五の言ってられないか。悪いが合わせる気はないぞ。マジで集中して付いてこいよ、神童」

「はい」

 

 

 啓が凛然と返事をした次の瞬間、室内に白色の光が満ちた。

 反転術式の光である。啓と家入の二人による毒物の除去が始まった。

 

 二人を囲む面々は、その現象を愕然とした表情で見ている。

 啓が他人を治癒できた事に驚いている暇など無かった。

 

 

(他者と自己治癒の同時進行って……え何してんのコイツら……っ!? 両方の反転術式が乱れて終わりだろそんなの……え、できてんの?)

(反転術式の手順、精度、呪力量を両者間で正確に合わせなきゃいけない。全てが啓と硝子ちゃんとじゃ違い過ぎる……マジでどうやってんだ)

(啓様……神……っ)

 

 

 日下部や玄を始め呪術に明るい者程、それが信じ難いものである事を理解している。

 そしてそれは、治癒を受けている側の家入も同様であった。

 

 

(コイツ私の呪力操作に合わせてどんぴしゃで反転術式を重ねてくる。もう一人の私が勝手に腕動かしてるみたいな感覚だ。ウケる)

 

 

 内心半笑いになりながらも治癒を続け、二人にとっては長い時間が体感で過ぎた。

 

 やがて、部屋を満たしていた光が徐々に引いていく。

 小さく、家入と啓の間に収束していく。

 そうして、完全に光が消えた。

 

 啓はゆっくりと家入から離れた。

 微笑みながら家入が言った。

 

 

「私がアウトプットの仕方教えただけはある。感謝するよ阿頼弥」

 

 

 立ち上がる家入の呼吸は落ち着き、顔も正常な血色を示している。

 目のくまはともかくとして、健康体と言って良い状態であった。

 

 毒物除去の成功に、啓は満面の笑みで応えた。

 

 

「いえ、上手くいって良かったです!」

「ほら。ここは私に任せて、お前はサッサと駅に向かえ。やる事残ってるんだろ?」

「……。はい。すみませんがあとよろしくお願いします」

 

 

 一秒程黙考の時間があったが、啓はすぐに家入の言う通り踵を返した。

 ただ治療所を出る前に、啓は一度真希の方を見た。

 真希もまた啓を見つめ返していた。

 

 

「……。もしかして治さない方が良い?」

「あぁ。……悪いな」

 

 

 表情がどうも神妙だった事もあり、啓が聞いてみればやはりそういう事であった。

 

 真希の顔に付いた大きな切り傷。

 今の啓なら当然治せる。治したいと思っている筈だ。

 

 だが、真希は治したくなかった。

 その弱さの証を、無かった事にしたくなかった。

 

 

「良いよ、むしろお揃いで嬉しいし」

「……ホントに悪い」

 

 

 自身の右目を指して言う啓に、しかし真希は謝罪を返した。

 啓は明るく続ける。サムズアップしながら言う。

 

 

「髪もセミロングっぽくて良い。似合い過ぎ」

「おう……」

 

 

 真希は暗いまま返した。

 あまりの違和感に啓でなくとも気付いただろう。

 だが、今はそれを問い質す時間が無かった。

 

 啓が逡巡している間に、玄が声を上げた。

 雹霞を置いたベッドの前に立ち尽くしながら、玄は告げる。

 

 

「啓。俺も後から行く。少しだけ……待っててくれ」

「急がなくて良いからね?」

「そうは行くかよ。……麒麟に日下部君、啓の事頼んだよ」

「御意」

「えっ、俺っすか!?」

 

 

 玄が呼んだ戦力の中に、真希の名前は無かった。

 啓は出ていく直前まで真希の後ろ姿を見ていた。

 

 そうして啓達は治療所を後にした。

 真希の手の届かない、「あっち側」へ行ってしまった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 ──22:??。

 渋谷。某所。裏路地。

 

 

「あぁいたいた」

 

 

 ぐちゃぐちゃな感情の瀑布に沈む花凛に、ぬるりと差し掛かる声があった。

 どうにも嬉しそうな気持ちを抑えきれない、子供めいた声音だった。

 その声に、いつもの"笠"に遮られた籠りは無かった。

 

 

「こんな所でなぁにしてるのさ花凛ちゃん。しかも血塗れ息も絶え絶え……顔色も良くないねぇ。何か良くない事でもあったのかなぁ?」

 

 

 一目で「使い物にならない」と判ったのか、波波羅はより嬉しそうに独り言を捲し立てる。

 ただ声量を上げる程、肉体の傷や疲労が声に混じる呼吸を大きくしていく。

 

 

「ハァ、ははは……っ、奇遇な事に僕もねぇ、ちょうど嫌な事があったばっかりでさぁ……ん〜? どんな事があったかって?」

 

 

 その言葉を皮切りに、波波羅の口からは堰を切ったように呪詛が溢れ出た。

 

 

「昔ね、この世で一番大事な僕の弟が僕のせいで死んだんだ」

 

 

 千年の時を経て、節々が劣化してしまった遥か悠久の記憶の数々。

 その中でも、しかし色褪せずくっきりと残る傷痕めいた過去を波波羅は脳裏に浮かべている。

 

 一族の嫡男である自身と、その弟。

 兄弟に優劣は無かった。互いが互いを補うような存在だった。

 決別のきっかけは、ある悲運と波波羅が放った一つの言葉(のろい)であった。

 

 

「でも僕は諦めずに弟を蘇生させる道を模索した。誰彼構わず全部利用して使い潰して倫理を侵して道徳を汚して人の道を捨てて、腐る脳を無理やり再生させて腐る体を無理やり動かして生き永らえて生き永らえて生き永らえて……術師、呪霊、呪具……蘇生の可能性を模索して努力し続けた。そして苦節千年、あと少しで弟に再会できる夢がぁぁぁぁぁぁぁぁ……………爆散したんだ………」

 

 

 残念そうに「が」を伸ばしながら天を仰ぎ、ポツリと零した波波羅。

 原動力だった何かが抜けたような、やるせのない顔が言う。

 

 

「まぁ、その事はもう……良いんだ。うん。良いんだ。それより今は、今日までずっと協力してくれた奴に最後の義理を通そうと思っててさ……僕も一応人間だから。何とも思わない訳じゃあないんだ。結果的には彼の計画を盛大に邪魔しちゃったから、悪いとは思う訳さ。だから」

 

 

 何だかとっても自然に。さも当然のように。何故そう言えるのか不思議なくらいに。……言った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()。大丈夫大丈夫大丈夫。難しい事じゃない僕の言った通りに勝手になるから。いやぁそれにしても一級術師、その上阿頼弥家の複数持ちで生き残るような才能溢れる君を素体にしたら一体どうなるんだろうね。是非とも大好きな啓従兄さんを殺せるくらいになってくれると嬉しいよ」

 

 

 

 

 

 







 三十話、読了ありがとうございました。
 マジで阿衆の皆さんを退場させるのに苦労しました。
 味方の戦力過多については今後も悩み続けることを誓います。



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