四話です。
決着です。よろしくお願いします。
※以下、自分で人物の音声を考えるのが面倒だなという方のみ参考にしてください。
・阿織桔梗(理想CV:坂本真綾)
・はじめてのともだち(理想CV:河瀬茉希)
私は人見知りだ。
今も昔も、それは持病か悪癖みたいに染み付いてる。
小学校最初の一年なんかで友達ができる訳も無く、そして出だしが悪ければ、ずっと悪いまま。
固まったグループは、そこから鎖国をして、あぶれた奴を寄せ付けない。
私の地域は小さくて、入る中学もほぼ小中一貫みたいな物だったから、新しい生徒も居たけど見飽きた人達の方も当然居た。
やがて新しい人達も、小学校のグループのどれかに吸収されていった。
私のグループは、中学まで私だけだった。
……中学まで。
高校に入って、全部変わった。
考え方も、自信も、視界の色付きも。傾いて、ひっくり返った。
阿織桔梗さん。
彼女も同じくあぶれてた。私とは違う理由で。
……彼女は綺麗過ぎた。綺麗過ぎて、近付き難く、触れ難く、畏れ多い。
神さまの前に立つ時と似た何かを、きっと誰もが抱いていた。
ある日、彼女が私の忘れ物を届けてくれた。
忘れ物も忘れて、私は舞い上がった。話し掛けられた事が嬉しかった。あんな、生きている次元が違うような人に。
嬉しくて嬉しくて、興奮して私は尻餅を突いた。
そんな私を見て、あの人は普通の女の子みたいに笑った。
──ヤバ。尊過ぎる。
それから幸運にも
その事実さえあれば、もう過去なんてどうでも良かった。
あの方の為なら何だってできた。全てを献げる覚悟があった。
それだけ、私はあの方に傾倒していた。し切っていた。
だから、あの方の為に何ができるのだろうと考えて。
虚無僧姿の男に、
──
と言われて。
純粋に……そうだと思った。
初動は僅かに、啓の方が速かった。
術式で自身も加速させ、強い一歩を踏み出した。
前傾の姿勢から即、啓は上体を戻した。
"眼"が捉えたそれ……上から降ったモノをそうして躱した。
啓の首を狙っていたのは、漆黒の長方形だった。
ギロチンめいた、大きく不気味な刃。
「"斬首"」
刃は消えて、遠くに少女の顔が見える。
彼女が微笑むのと同時、啓は再び避けた。
地面に手を付き、這うように姿勢を沈めた。"視えて"いる。
高速で伸びてきた長方形の刃が、啓の頭上を紙一重で通過する。
「"腰斬"」
上の刃も消える。間髪入れず、地面から黒の棘が飛び出した。視える。
いや、棘というよりは杭か。啓は左に身を投げ出つつそう思う。
「"串刺し"」
凛とした声は、真後ろから聞こえた。
回避の連続で僅かに眼を離した、その一瞬。回り込まれている。
黒い靄の脚。斬られた脚。無い脚。無いから、どこにでもある。
一歩脚を踏み出せば、彼女はもうそこにいる。
「"石打"」
振り向いた瞬間、巨大な立方体が消えるような速度で啓の体に直撃した。
黒のベイパーコーンを残して飛ぶ質量体を、右脚で蹴り砕く啓。
視界が開ける。
そして杭を見た。ざっと二百は下らない、杭の雨が飛来している。
啓にとってそれは、明確な
「『止まれ』」
一言。
それで杭が全て止まる。
「『戻れ』」
二言。
杭は真逆の軌跡を描いて飛ぶ。残像の線を残す速度で、発生源の下へ。
(まぁ、そうくるよね)
冷やかな笑みを浮かべる阿織桔梗。
自らの攻撃を奪われ、視界いっぱいに杭が広がっている。
と同時に啓は接近してきている。
杭の操縦権を奪っただけで終わるとは思えない。
……むしろ接近戦を誘う為にわざわざ向こうに有利な飛び道具を使ったのだ。これで良い。
後はタイミング。接近に合わせて、カウンターを当てる。
虚空から剣を出す。黒く塗り潰された剣。
「──"私は剣で滅ぼす"」
剣を宙へ放るとそれは瞬く間に巨大化し、少女を守る盾となった。
少女へと降り注いだ杭の雨は、その矛盾に突き刺さって止まった。
(キタ……)
剣の盾で視界が塞がれた状態。
先程自分がそうしたように、視線が途切れたその一瞬。
だから分かる。
タイミング。──今。場所。──背後。
口が裂ける程笑えた気がした。
「"幽閉"」
六つの紫の壁が啓を囲み、立方体となって密閉した。
逃亡を封じる。だが反撃は封じていない。
故に即時殺害。反撃の間を与えない。
「"斬首"。"腰斬"。"串刺し"。"石打"」
箱の上から長方形の刃が刺さった。側面からも刃が刺さった。
下から十数の杭が貫通した。新たな立方体が箱を押し潰した。
一瞬だった。瞬きの内に起きた、一連の即死。
真希には、声を上げる事もできなかった。
「ク、フフ、フフフフッ……アハハハ、アハハハハハハハ! アッハハハハハハ! ア〜ハッハッハッハッハ!!」
「ハァ〜……。……やっと死んだ。……最高だなぁやっぱり。アイツら殺した時みたいだ……ムカつくけど、死ぬ、程ッ……たのシー……」
愉悦。
殺意から一転して、恍惚の表情。生き生きとした、呪いらしい歪みだった。
歪な顔が、真希達の方を向いた。
「さ、待たせてごめんね。次は君達の番──」
いや。……いる。
後ろにいる。死んだ筈の奴がいる。殺した奴が、いる。
圧縮された思考で、そう確信した。
「『上がれ』」
一言が聞こえた。視界が縦に歪み、気が付けば上空にいた。
ゆっくり流れる須臾の世界で、夜空のような領域の天蓋を見ている。
「『落ちろ』」
そして降下。加速。
空気の円環を撒き散らして、黒い軌跡となり、地面へ激突。
恐ろしい轟音と共に、噴火のように砂が噴き上がった。
十秒程経ち、砂塵が晴れた先には極めて巨大な穴があって、中心では少女が弱々しく蹲っている。
それは二言で為された破壊の痕だった。
「ゲホ……ッ、ケホ……な、んで、生きて……クソが……」
阿織桔梗は震える手脚を使って立ち上がる。言葉にも力無く、眼が爛々とギラついているのみだ。
「んだよ、これ……馬鹿でしょ……痛過ぎだし……体ボロボロ……これ"善意"でやってんのかよ……嘘だろ、頭おかしいだろ……っ」
小さく、吐き捨てるような悪態。
苛立ちよりも呆れの方が強い独り言が、静寂の中を通る。
穴の傾斜を一歩ずつ、ゆっくり上がってきて、再び二人は向かい合う。
五体満足の少年。満身創痍の少女。
少女は平坦に言った。
「なぁ、その顔止めろよ」
「……」
「その私と向き合おうとしてる顔……ムカつくから止めろ……っ」
「……………。やっぱり」
「あ?」
「君だけは、僕の本音に気付いてる」
要領を得ない発言に、阿織桔梗は自然に疑問を持ってしまった。耳を傾けてしまった。
ここで有無を言わさず、何も聞かず、ただ殺せば良かったのに。
この少年がどんな人間か、何を言う人間なのか。
分からない筈が無かったのに。
「僕は君を
啓から言い放たれた言葉。それはとても慈悲に溢れた、優しい声色だった。
優しくて、穏やかで……気持ち悪い。
コイツは何を言っている。
救ける……と言ったのか。あまつさえ、呪いと化した自分を。
おかしい。頭がおかしい。イカれている。
苛立ちだけではない、何処か悔しさの混じった表情で阿織桔梗は歯噛みし、掌印を結んだ。
「"私は原罪を還す"……!」
瞬間、阿織桔梗の周囲から"泥"が湧く。
ただ泥のように見えるだけで、そのような代物ではない。
それは「穢れ」だ。
"彼"がかつて贖った、全人類に染み込んだ原罪の穢れ。
阿織桔梗。特級過呪怨霊。
術式名──「
「救けるとか……無理に決まってんだろ……っ! ふざけるのも大概にしろよ……っ!」
阿織桔梗の感情に合わせ津波のように泥が舞い、津波のような速度で疾り始めた。
真面に当たれば、体が半ばから折れるような質量と衝撃。
だが当たらない。啓を基点に、津波は分断されている。
「ク……ッッ!」
泥の進行を停止。地面に膜を張るように薄く延ばす。
そして膜から泥による無数の棘を殺到させる。
当たらない。止まる。
棘は膜に戻り、代わりに腕が生えた。拳縋を振り下ろす。
当たらない。止まる。
「"私は救わない"──【
泥が全て消える。別の掌印。
間も無く暗雲が立ち込めて、渦を作る。渦の中心では、青い光が煮え滾っている。
すぐに、空から地面へと青い柱が降りた。
だがその柱も啓の頭上で折れて、遠くの学校の壁を抉った。
やがて光が消え、熱線の痕は爆発を起こした。
青い爆炎と爆風が広がる。だが。
「っ……!! 化物がぁ……ッ!」
無傷。
その様を見て、阿織桔梗は苛立ちを吐き捨てた。
それは、これまで数多くの人間達が彼女に対して言った言葉と、全く一緒だった。
自分達と同じ「理不尽」の側にあって、しかし同じ場所にはいない少年。
理解の圏外。不条理の塊。
……アイツらのような。
学校の裏手。
唯一の友達が言った。
「阿織さん、これから毎日イジメてあげるね!」
そして笑顔で殴られた。
次の日。
"友達だった人"が、知らない女子を二人連れて来て、私をトイレに拉致した。
その内の一人が私を蹴飛ばした後、嬉しそうに言った。
「私っ、ずっと前から阿織さんと話してみたかったんです! すっごく嬉しいです!」
二日後。
「三人が阿織さんを虐めてるって聞いたよ。何でいきなり、こんな事を……」
「理由なんてどうでも良い。学校にはもう言ってある。二度とすんじゃねえぞ」
クラスで特に発言力のある男子二人に助けられた。
もう大丈夫だと思った。
翌日。
その二人に裏切られた。
次。
クラスメイト全員に裏切られた。
次。
担任に裏切られた。
次。
家族に裏切られた。
次。
近所の知らない子供に裏切られた。
次。
町の人間全員に裏切られた。
私は処刑された。
痛い。
眼が痛い。眼が無い。
痛い。
脚が痛い。脚が無い。
痛い。
首が痛い。死ねない。
痛い。
熱い。
笑っている。
クラスメイトだった奴が、先生だった奴が、近所の人だった奴が、家族だった奴が。
全員で私を嬲って、痛ぶって、傷付けて、楽しんでいる。
笑っている。
痛い。
痛いけれど──呪ってやる。恨んでやる。祟ってやる。
絶対に殺す。
殺して殺して殺し続けて、殺しまくって、殺し尽くして、殺し切って、殺し果てて。
その後は……
「私は……っ」
言葉は、口を衝いて出ていた。
この期に及んで止まるような口は持っていない。
「お前
声を荒げつつ、術式も行使する。
案外冷静なのかもしれないと、他人事のように思う。
両手を翳し、巨大な竜巻を水平に飛ばす。今の彼女は嵐を鎮めるのではない。
"彼女は
体を巡る呪力。脳を満たす全能感。繊細な術式操作は崩れない。
とは言え、啓に攻撃が届く訳ではなく。
どころか、強烈な風の渦の中を、彼は掻き分けて歩いて来る。
……来るな。
「救けるなんて無責任な綺麗事を吐いて!! 期待させて!! 結局最後は裏切るんだ!!」
掌印。
上空から巨大で黒い、半透明の"足"が降った。降ったというより、「踏んだ」。
罪深い者を踏み躙る、それは神のように。
"彼女は救わない"──【
山の落下にも等しい質量爆弾は、それでもやはり寸前で止まる。余波も届かない。
彼の歩みだけが止まらない。
……来るな。
「お前も! 誰も彼も! どいつもこいつも! この世界に善人なんて居ない!! 側だけ善人ぶったクズばっかりだ!!」
虚空の波紋から現れたのは、百をゆうに超える大魚の群。魚らしき異形達。
"彼女は
一斉に突撃しアギトを開くが、全てが啓に近づけなかった。
次の瞬間、全ての異形が弾けて消えた。
元凶は悠然と歩み寄る。
……来るな。
「私は私を救けようとした人間全員に裏切られてきた! 何度も希望を魅せられて何度も絶望した!!何度もだ!」
再び上空。
暗い空から覗く、極めて巨大な穴。その暗闇の入り口は、"鉢"である。
極大の雷。極大の雹。大地震。
三つの大災害が順に啓を襲うが、いずれも啓の体に触れる事は叶わない。
"彼女は救わない"──【
雷で地面が赤く抉れ、雹が土煙を昇らせ、地割れや隆起が地形を書き換えても、現れるのは無傷の少年。
地割れの上、足場の無い空中を歩いている。
……来るな。
「そんな私に
"原罪を還す剣"。
右手に黒い剣を握り、鋒を向けた先は、白髪の少年。
もはや一メートル圏内の化物二人。片や荒い呼吸で、片や静かな表情。
「なぁ……それでもまだお前は、救けるって言えんのか……!?」
言える訳が無い分かっている。
自分は化物で、コイツは人間。強くても人間。
ここまで拒絶されて救けるなんて言えたら、それこそ化物だ。
だから分かっている。
今日、自分は誰も殺せない……殺されて終わる。
「……」
静寂は僅か。
啓が動いた。視線を少し落としてから顔を上げる。
啓は徐に……向けられた剣を握った。
それを
「な」
緑の瞳がこちらを見ている。吸い込まれるような美しい翡翠。
赤い液体が、地面に落ちた。
「君にはたぶん、こうした方が早い」
黒い剣に赤い液体が伝う。黒い剣に肩を貫く感触が伝う。
血と肉の持ち主は、酷く穏やかな表情を浮かべている。
「何やって……っ」
訳の分からない現実が、阿織桔梗の眼を貫いた。
半ば反射的に、剣を引き抜こうとした。だが動かない。
斬った者を、肉体的にも霊的にも弱体化させる剣に刺されて、なお微動だにしない。
「っ、放せ……っ!」
「何で?」
「あぁ!?」
「──このまま殺しちゃえば良いのに」
腕が止まる。眼の前の男が何を言っているのか、全く分からなかった。
「今なら僕の体の中から何でもできる。なのに君は何で何もしないの?」
息を呑んだ。不意に投げられた問い。
自然と剣を引き抜こうとした自分には、答えられる筈が無かった。
何故殺そうとしなかった。何故殺せなかった。
大嫌いなコイツを。何故、コイツを──
「"殺したくない"」
「っ!」
一言。
今度は害の無い言葉。
「って、思ってる?」
「な、何、言って……」
言葉が追いつかない。もっと冷静だったなら、声を大にして反論できただろうか。
違うと言ってやれただろうか。
何も言わずに殺せた、だろうか。
「……君がただの復讐心でここに残ったなら、もう成仏できてる筈だ。でも君はいる」
少年は淡々と語っていく。少女を否定するのではなく、教え説くように。
少女に宿る呪いの起源。
神の子と呼ばれた、"彼"のように。
「君はここで待ってる。……偽善者じゃない。側だけじゃない。君が心から納得できる人を」
ここまでずっと、剣は肩に刺さったまま。
即ち、阿織桔梗が阿頼弥啓を殺す権利も、残ったまま。
しかし阿織桔梗は動かない。殺せる筈のものを殺さずに。
彼の言葉に耳を傾けている。
「君が思う、本当の善人を」
先輩。後輩。同級生。友達。先生。父。母。近所の人達。町の人間全員。
全員に裏切られた。味方だと思って、何度も殺され掛けた。
笑顔で襲われて、楽しそうに嬲られて、死を願われた。
けれど……それでも。
まだ。
過呪怨霊。
特定の一個人に取り憑く呪霊。
彼女も例外のようでそうではなく、「その人物」を待っている。
「……僕はどうだった?」
ふと問われた。
剣を掴む手とは反対の右手を胸に当てて、問うている。
すぐに言葉は出なかった。耳に入る言葉を咀嚼するので精一杯だった。
「君の綺麗な眼に、僕はどう映ってた?」
言われて、改めて少年を見る。白髪を結っていて、肌が白くて、緑の眼。
綺麗な少年だ。剣が肩に刺さっているだけの。
「君の言う"アイツら"と、同じだった?」
アイツら。
アイツらっていうのは、笑いながら人を殺す悪魔だ。
こんな風に、笑い掛けてくれる奴らじゃない。
「ねぇ。──桔梗さん」
小さく、優しい声。
名前。……名前。懐かしいような、どうでも良いような。
でも、誰もが「阿織」と呼んだのに。まるで。
そう。まるで。
(バカだろ……)
「……。……い」
俯く。剣を消す。
「もう、良い……分かった」
啓の顔は、まだ見られない。
「もう、分かったから」
阿頼弥啓を嫌う自分は、確かにいる。過去を消せない以上、その想いも消えない。
だがもう一つ、別の本心があるのも事実。程なくして、少女は顔を上げる。
コイツは強い。コイツは気に入らない。
コイツはバカで、頭がおかしくて、イカれていて。
「お前みたいな奴に、もっと早く……逢えれば良かった」
……でも、逢えて嬉しかった。
それが、阿織桔梗の選んだ本音。
「……。そっか……そう言ってもらえて良かった」
「……」
光。
淡く白い光が少女を包んで、少しずつ連れ去って行く。
光の先は、天国ではない所。贖いの苦しみが、向こうで少女を待っている。
再び下を向く。
もう何も無い。言い残す事も、未練も。このまま黙って逝くだけだ。
「じゃあ、桔梗さん」
それを知ってか知らずか、啓が最期に言葉を発した。
返答を聞くつもりは無い。一方的に言いたかった。
その、呪いの言葉を。
「またね」
俯く顔は見えない。それでも不思議と、彼女は笑っている気がした。
光が一層、彼女を包んで──
ぐさり。
貫く音。
美しい少女が……貫かれる音だった。
「僕も君達が再び出逢える事を」
頭上からの声。
紫の杭。男は、地面から突き出たそれの上に立っていた。
……虚無僧のような男だった。
「切に祈っているよ」
・虚無僧のような男(理想CV:宮本充)