君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 六話です。
 ここから幼魚と逆罰編になります。
 正直主人公つよつよの作風でやる上で、このエピソードと八十八橋周りが一番キツかったです。
 真人の殺し方とか超真面目に考えちゃいました。





幼魚と逆罰
第六話 命令語


 

 

 

 阿頼弥には、相伝の術式が三つある。

 古い唄に記される、「眼」と「天秤」と──。

 

 それは、阿頼弥の「力」の象徴とされている。

 史上その「力」を手にしたのは、僅か十数人。

 阿頼弥一族のほんの一握りの者だけが、それを継承する事ができる。

 

 

『ありゃチートだよ。モノホンのチート。強いとか厄介だとかの話じゃないのさ。理屈もクソも無い術式の域を超えた「力」。いやまぁ僕の「無限」も負けてな──』

 

 

 と、どこかの最強が語るように。

 阿頼弥の裁きは誰しもに下り得る、とあるように。

 中立の阿頼弥に相応しき「力」がそれだ。

 

 

 だが、ある日。

 その希少性の法則は突如として崩れた。

 

 

 

 

 

 まず一人。「力」を宿して生まれた者がいた。

 阿頼弥命。

 

 また一人。「眼」と「力」を持って生まれた者がいた。

 阿頼弥玄。

 

 そして。たった一人──

 「眼」と「天秤」と「力」を手にした者がいる。

 

 

 


 

 

 

 轟音が響いている。

 二つの影が線となって縦横に舞い、交差している。

 

 

 風が疾る。風が破裂。

 地面が割れる。地面爆発。土煙が踊って弾ける。

 

 

 呪術高専。グラウンド。広大だが人は少ない。

 ……少なくて良かった。

 

 

「──赫」

「『吹っ飛べ』」

 

 

 空中逆様の目隠しと、空中水平の少年。

 二本指の銃。一本指の銃。射線は互いに直線。

 赤黒い球体が弾け、無色の衝撃が炸裂する。

 

 

「ぬッ!」

「グっ!」

 

 

 啓と五条。

 最強と最強は真反対に吹き飛び、グラウンドの端まで後退する。

 啓は鼻から、五条は口に赤い線が一筋。

 舌で舐めながら五条が声を上げる。

 

 

「懐かしいね啓!! 昔もこうしてドンパチやって玄さんに怒られたよねー!!」

「誤魔化さないでください! 僕は怒ってるんですよ!」

「うーん、そんなプリプリ怒られてもなぁ」

 

 

 語気は穏やか。声を大きく上げる啓に五条は独り言ちる。

 とは言うものの、啓が怒っている元凶は他でもない。

 五条(この男)だ。

 

 

 事の発端は僅か五分前。

 呪力操作および体術の授業途中。五条に声を掛けられ振り向いた啓。

 

 視界に映る五条の手にあったのは、実家から送られると聞いていた銘菓「有縁(ありより)」の箱と団子。

 啓の目が点になり、戦争は開幕した。

 

 

「すぐ受け取りに行けなかった僕の責任も確かにあります……でもあのお店のお団子は、家族や真希ちゃんが好きな思い出の品なんです」

(僕玄さん達にも殺されそうだな……)

「僕が勝ったら、もう二度と真希ちゃんのお菓子には手を出さないと誓って下さい……!」

「あ、啓のは良いんだ……ってちょ、ちょいそれはやり過ぎじゃね!?」

 

 

 決然と言い放つ啓に呆れ、直後慌てる五条。

 その術がそういうレベルの物だと知っている。

 同様に、五条も自身が出せる最大の術を組み上げる。

 二人が口上を述べる。

 

 

「極ノ番──ッ」

「虚式」

 

 

 紫の大砲。透明の銃座。

 両者装弾まで残り僅か。吹き荒れる風は強まり続ける。

 

 ……これ、また学長に怒られちゃうな。

 他人事のように思い、諦観の笑みを零す五条。

 啓も叱られるだろうが、当然自分の方が割合はデカい。

 

 

(そういや、啓に任務の連絡しに来たんだっけ)

 

 

 少し冷静になって、五条は漸く自身の用事を思い出した。

 啓と遊んでいて、少しはしゃぎ過ぎてしまったらしい。

 

 だがもう止まらない。止められない。

 極限まで力が込められ、後はもう引金を引くのみ。

 

 

 そして今、指が引かれ──

 

 

 

「やめろバカ」

「いッ!?」

 

 

 引き戻された。高い跳躍からの、重い一撃だった。

 

 全身がよく使われていて、美しさすら感じる槍の軌跡。

 槍を振るったのは学年一の呪具使い、禪院真希。

 

 

(……)

 

 

 いち早く危険を察知した釘崎から状況を聞き、急いでやって来た模様。

 現在、頭を押さえて蹲るバカに呆れて物も言えない様子である。

 

 

(……。二人)

 

 

 真希に厳しい説教を喰らう啓を見て、五条は素直に思った。

 

 

("二人で最強"。ってやつかな……)

 

 

 かつての自分と同じ。自分達と同じ。

 隠した眼には、彼らと遠い青春(きおく)が重なって見えてしまった。

 

 五条は笑いながら声を掛けた。

 

 

「啓ー、団子の事はごめんね! ちゃんと埋め合わせはするよ! ま、それはそれとして啓に任務があってさ!」

「え、ホントに怒りますよ?」

 

 

 

 


 

 

 

 記録─────

 

 

 

 2018年。7月。神奈川県。

 ある住宅団地内で行方不明者三名を確認。警察に捜索願が提出される。

 二級術師一名が担当。現場の残穢から、呪詛師による呪術的事件性が発覚。

 呪詛師事件の為、阿頼弥宗家への協力を要請。阿頼弥の術師二名と合流。

 

 

 

 

 

 

 

 2018年。7月。神奈川県。

 住宅街で一家失踪四件が発生。二級術師一名を追加派遣。

 警察と並行して原因究明に当たる。

 

 

 

 

 

 

 

 2018年。8月。神奈川県。

 "六歳児集団神隠し事件"発生。上記二項と同一犯の呪詛師と断定。

 一級術師一名を追加派遣。

 

 

 

 

 

 

 2018年。8月。神奈川県。

 担当術師全員死亡。任務危険度特級に指定。

 

 

 

 

 

 

 また現場に発見された残穢を再解析した結果、「阿織桔梗祓除任務」時の襲撃犯のものと新たに判明。

 

 被疑呪詛師の服装、声色等の特徴を全高専関係者、窓各位に伝達。

 阿頼弥の新規担当術師へ指揮権を移譲。

 

 

 

 

 

 

 ※以降記録は阿頼弥家任務担当者の報告書参照のこと

 

 

 


 

 

 

 

 神奈川県。某市内。

 乱立した住宅やマンションの間に一本の川が流れている。

 その中途にある橋と下水道管。

 脱サラ呪術師こと、七海建人は言う。

 

 

「なる程、それで到着が遅れてしまったと」

 

 

 遅刻の事情を説明すると、七海は納得の表情を見せた。

 だがその声色は酷く疲れており、呆れも多分に含まれている。

 

 

「ハァ………」

 

 

 溜息。眼鏡を直しながら。

 少し怒っているようにも感じる。やはり遅刻は悪印象だったか。

 

 内心で猛省しながら啓はすぐに頭を下げようとした。

 同時に、七海が言った。

 

 

「阿頼弥君、君はもう少し怒る事を覚えるべきです」

「え? あ、はい……はい?」

「歩きながら行きましょう。悪いですが、私は少し怒ってますよ」

 

 

 そう言いつつ、一切表情に出ていない七海は、正直流石と言わざるを得ない。

 術師としても人としても、怒りを制御できているのは尊敬に値する。

 

 

「言っておきますが、遅刻は確実に五条さんのせいです。君の物に手を出し、教職の義務を忘れてはしゃぎ、挙句連絡を怠り遅延を招いた。情状酌量の余地はありません」

「あはは……」

「だから私は不思議です。何故これで怒らないんですか? 誰でも怒る場面でしょう」

 

 

 周囲への警戒を途切れさせる事無く、七海は啓の方へ首を向ける。

 その先にある啓の表情は、それでも笑っていた。

 

 

「……何でですかね? 僕にもよく分かんなくて。最初はまだ怒ってたんですよ? でも何かこう、まぁいっかって思っちゃったんですよね」

「そこですよ。まぁいっかじゃないんです」

 

 

 雑談をしている内に、入口の光は粒のように小さくなっている。

 水道管内の僅かな光に白い髪が浮かんでいる。

 闇の中にあって、場違いなまでの白さだ。

 

 

「……確かに、君がぶっちぎりですね」

「ん、何です?」

「こちらの話です。とにかく、君が怒らなければあの人が付け上がるだけです。少しずつで良いので、怒ってください」

「フフ、はい。分かりました」

 

 

 温かく微笑む啓。

 全くもって、どっちが大人なのか分からないという感想だった。

 

 自分ではなく、他人でしか怒らない。絵に描いたような「仏」。

 術師としても人としても、それは"歪み"だ。

 

 五条から聞いていた通り……ぶっちぎりでイカれている。

 

 

「それはそうと阿頼弥君」

「はい、何です?」

 

 

 だが、平然と切り替える七海。質問をする。

 脇道から突然現れた異形を鉈で殺害しながら。

 

 

「君は反転術式が使える上、それを出力する事ができると聞きました。対呪詛師とは違って、これは今回の任務においては圧倒的なアドバンテージです」

 

 

 それも五条からの情報。日本でも有数の反転術式使い。しかもそのアウトプットは、五条にもできない芸当──。

 

 

「あ……すいません、実はそれデマです……」

「え?」

「昔父の怪我を治した事はあるんですけどその時は無我夢中だったというか、それ以降できた試しは無くてですね……」

「おや、そうでしたか……いえすいません、私とした事が五条さんの言葉を鵜呑みに……ですが反転術式自体はできるんですね」

 

 

 反転術式は、呪力から正のエネルギーを生む高等技術。

 回復能力と術式の反転を齎す時点で、その有用性は計り知れない。

 異形を両断する。啓も素手で殺している。

 

 

「というのも、今回の任務、敵は人間をけしかけています」

「あー……反転対策かもって事ですか」

 

 

 真正面から三体の異形。再度殺す。死屍累々。

 死体からは赤い血が流れている。人間だ。

 

 人間を"改造"し使役する呪霊。

 その実力を鑑みて、啓はこの任務に飛び入り参加する事となった訳だが。

 

 

「はい。もしそうならその情報の流出経路の洗い出しと、もう一つ」

 

 

 過去に類を見ない被害だが、二人は激情に流されない。

 握った拳の中でどれだけ爪が食い込もうと、まだ穏やかに。

 それは啓がこの世界で生きてきた時間の長さの現れ。

 

 幼少より人が人を呪う様を見続け、人を殺し続けてきた人生。

 啓からすれば、これこそが日常である。

 

 

「呪詛師の警戒も必要です」

 

 

 暗い下水道の中。水が噴き上がり、水柱が二つが立った。

 奇襲。いずれも刀や小刀を手に持っている。

 呪霊ではない、人だ。

 

 

 集中。

 跳躍してきた小刀持ちは降下。刀の男の方は正面から。

 小刀が振り下ろされ、刀が突かれる。

 リーチや速度差から、ほぼ同時に啓に到達する。

 洗練された連携。全ては一瞬で決まる。

 

 啓の右手が刀を半ばから千切り取り、左の指で小刀を挟む。

 千切った刀を素早く左右に振る。光沢が煌き、男達の喉を冷たく裂いた。

 情けない声を上げて男達は倒れた。終わった。

 

 

「……噂をすれば、ですか。やはり阿頼弥君対策の呪詛師と見るべきでしょうか」

 

 

 倒れた二人を見て、七海は冷静に判断する。

 それは状況や彼らの服装等から分かる、客観的な事実であった。

 

 だが。だがしかし。

 啓の考えは七海とは決定的に異なり──最悪極まりないものだった。

 

 

「これ……()()()()()ですね」

「……はい?」

「一見呪詛師らしい服装に偽装されてますが、当て馬の呪詛師にしては連携が取れてましたし、顔見た事あります」

 

 

 七海は息を呑んだ。

 聞き間違いだと思いたくなる程に、それは信じがたい事実だった。

 

 間違っても存在してはいけない。

 このままでは、ある最悪の結論に達してしまう。

 

 

(推定特級相当の呪霊。そのアジトで阿頼弥家の術師による奇襲……まさか)

 

 

 ──阿頼弥家が、あまつさえ()()と。

 

 

「正解」

 

 

 声は暗闇の奥から響いた。

 直後、水が跳ね、影が飛び出してきた。白いツギハギの掌が現れる。

 触れてはいけないものだと、"眼"と本能で理解する。

 

 そこからは速い。左手で眼前の左腕を掴み、固定。

 すかさず右脚を突き出し、敵を吹き飛ばす。

 固定されていた上腕は千切れ、啓の手の中に残った。

 

 静寂。

 ゴミを捨てるように、啓は腕を下水に放った。

 

 

「アハハ。存外怖い顔してるんだねぇ、阿頼弥啓」

「すいません。もう貴方の事嫌いになったので、黙ってもらって良いですか?」

 

 

 


 

 

 

「阿頼弥啓と戦うなら、『言葉』に注意すると良い」

 

 

 数日前の記憶。

 いつものようにフラリと姿を現して、法坐はいきなりそのような事を言い出した。

 わざわざ買ってきたのか、手には花火のセットと水の入ったバケツがある。

 

 花火の一本を受け取って、漏瑚に火を付けてもらう。

 光の開花を見ながら、真人は半ば上の空で応答する。

 

 

「言葉ねぇ……どゆこと?」

「彼の術式は五条悟の無下限と一緒で繊細な呪力操作が必要でね。その為に彼は術式効果のイメージに合わせた超最低限の呪詞(ことば)を呟くんだ。それを聞けば術式発動の前兆を知る事ができる」

「へぇ〜。じゃあそれ聞いたら逃げろって事ね」

「いや? 彼の術式は避けられないよ」

「……んん?」

 

 

 まさか予想が外れるとは思わなかった。法坐の発言が要領を得なくて、真人は当然に困惑した。

 花火から法坐へ視線を変える。

 

 

「言っただろ。彼の術式は五条悟と同じ物理法則から乖離したデタラメだ。無効化するなら領域での中和しかない」

「えー何それ! なら前兆とか分かったって意味ないじゃん!」

「そんな事は無いさ。少なくとも、ある程度の予想と対処ができる」

「そんなのあって無いようなもんだろ」

「あはは、頑張れー」

 

 

 確かそんな風に、ヘラヘラと笑っていた。

 そして法坐は、あ、と何かを思い付いたように言って。

 

 

「でも一つだけ──」

 

 

 そこで、真人の意識は記憶から現実に戻っている。

 場所は下水道。眼前──阿頼弥啓。

 前兆無し。

 

 

(やっぱり……っ!)

 

 

 豪速で突き出して来た右腕を、呪力で強化した両腕で防ぐ。

 防いで、腕が凹んで、めり込んだ。衝撃は止まらない。

 そのまま後方へ吹き飛んでいく。

 

 

(意味ねぇじゃん!!)

 

 

 地面に線を引きながら、両脚で慣性力を止める。

 並走していたもう七海は、既に背後に回り込んで布の巻かれた刃を振りかぶっている。

 真人は瞬時に横薙ぎの鉈を回避し──

 

 

「『動くな』」

 

 

 反射の回避を抑え付ける何かが、この場に発生した。

 両手足上半身頭部含め、真人の全てが止まる。

 刹那、刃の無い刃物が側頭部に叩き込まれた。

 

 体が動く。

 よろめきながらそう認識するのと同時、重い蹴りが腹部を襲う。

 

 

「クソっ……!」

 

 

 吹き飛ぶ先、後方に阿頼弥啓(バケモノ)

 左脚の蹴りが頭部へと迫る。真人は腕を防御に使

 

 

「『防ぐな』」

 

 

 使えない。

 振り抜かれた回し蹴りは、真人の視界を尋常ではない速度で左に飛ばした。

 壁にぶつかり、もたれながら視線を前に向ける。

 

 

「ハァ、ハッ……」

 

 

 何度同じ事を繰り返したのか。睨み合いながら真人は思う。

 戦闘開始から十分弱で、啓が言葉を呟く度に訳の分からない現象が起きた。

 

 攻撃。防御。回避。

 命令語が聞こえた瞬間、何らかの行為が不可能になる。

 

 

(これが阿頼弥啓の術式……)

 

 

 阿頼弥の「力」の象徴。その正体を真人は知っている。

 金縛り。違う。念力。違う。呪言。違う。

 法坐から聞いた情報は、そのどれでもない。

 

 それは、あらゆる事象を()()()()事ができる。

 ──神決呪法(かむはかり)、という。

 

 

(法坐の言う通り超デタラメ……だけど)

 

 

 問題は術式(それ)ではない。

 次が来る。前兆無く、阿頼弥啓は一瞬で懐に踏み込んでいる。

 左の正拳突きを右へ躱し、傾いた体のまま左脚を啓に打つける。

 

 それは啓の右腕に阻まれ、滑るように真人の脚を両手が掴んだ。

 啓の異常な腕力は、真人の体を小石のように投げ飛ばす。

 

 

「グ……ッ!」

 

 

 空中の体勢から地に足を付けた先で、背後に七海が迫る。

 上段からの一撃。だが啓より遅い。回避は間に合う。

 

 

「『止まれ』」

 

 

 間に合わない。

 たった一言のせいで、その斬撃を受け入れるしかなくなる。

 程なくして、後頭部を鉈が打った。

 衝撃で倒れかけた体。

              に。

       飛び蹴り。

                 直撃。

 

「ゴハ──ッ!!」

 

 

 啓の右脚が、真人をくの字に飛ばした。

 水上を跳ねる真人は、勢いの弱まった頃に起き上がって、二つの影を睨み付ける。

 

 

「ハァ、反則だろ……っ」

 

 

 問題は術式などではない。厄介な術式は使わせなければ良い。

 だがそうさせてくれない戦闘力が、前提として異常なのだ。

 

 

(余裕……この状況……特級相当との戦闘で余裕を感じている……)

 

 

 反則。

 奇しくも呪霊である真人と、七海は全く同じ感想を抱いた。

 七海は一級術師。特級相当との戦闘経験もある。だがかつて無い程に、思考に余裕があるのを感じている。

 

 

(戦闘中にこの感覚は良くないな)

 

 

 横目で、少年の姿をした最強を見やる。

 その表情は間違っても余裕を感じているような物ではない。

 それどころか。

 

 

(怒っている、のでしょうね……五条さんにすら怒りを抱かなかった彼が)

「……。七海さん、奴の腕」

「はい、治ってますね。ただ通常の治癒とは違うように見えましたが」

「僕もそう見えました。奴特有の何かですかね」

「だとしても、向こうに何の消費も無いとは思えません」

「ですね、もう少し攻撃続けましょう」

 

 

 術式と呪力のように、呪術には必ず代償がある。

 その代償が微小な物であっても、相手を過大評価する事は無い。

 

 

「気付いたかな……じゃ、もう少しヒント」

 

 

 ほんの一瞬。

 純然たる呪いの笑み。悪戯小僧のような、悍ましい笑みが浮かんだ。

 

 警戒。二人は構える。

 真人の両手の内から二つ、何かが伸びた。

 

 

(人……っ!?)

 

 

 地面を蹴って後ろへ。

 うねる「人体」を回避する。視線を前へ。真人──居ない。

 

 視界の左端。影が動いている。

 七海側の人体の裏。真人が来ている。速い。

 そして流れるように……その掌を七海へ。

 

 

「『触るな』」

 

 

 させない。そのように禁止する。

 予想通りに、真人の動きは止まった。七海の衣服の僅か外で。

 

 しかし真人の腕が……伸びた。

 禁止によるその僅かを超えた。

 

 

「〜〜〜っ!!」

「ハハッ」

 

 

 咄嗟に鉈を振り下ろして、七海は真人の手を叩き落とす。

 その横合いから、脚。

 瞬くように速い蹴りが真人を壁まで突き飛ばした。

 

 壁に罅を作りながら真人は楽しそうな笑顔を浮かべた。

 同時に、馬の蹄のように変形していた脚が元に戻る。

 

 

「っ、すみません……」

「謝らなくて良いです。お互い、油断は禁物という事で」

「はい……」

 

 

 同様に、蹴られて歪んだ部分を治す真人。

 それが真人の術式。魂に触れ、その形を変える。

 無為転変(むいてんぺん)

 

 

 ──でも一つだけ、弱点がある。

 

 

 確かな自信が湧き上がるのと一緒に、法坐の言葉を思い出す。

 それはもう、楽しそうに言っていたような気がする。

 

 

 ──彼の術式は物理法則から外れてる。だから同じ法則外の術式に弱いんだ。五条悟の「無限」……あとは君の「無為転変」にもね。

 

 

 グッ、パッ、と右手を握りながら法坐の言葉の意味を確認する。果たしてそれは正しかった。

 頬まで達しそうな程に吊り上る口角を、真人自身も感じている。

 

 

「いつだって、魂は肉体の先にある。阿頼弥啓。君の術式は、俺の魂には届かない」

「魂…………魂か」

 

 

 ポソリと呟いて、納得したような声色。

 七海の背にすら、怖気が走った。

 

 

「僕の術式は指定した事象を『禁止』します」

(術式の開示……っ)

「事象をより正確に捉える必要がありますが、三千世識を併用すれば大体制限はありません。逆に言えば肉眼なら術の幅は狭まるし貴方のような物理法則から外れた術式相手だと、術式同士が矛盾して上手く機能しなくなります」

 

 

 もちろん、呪霊である真人も感じている。

 五条悟と同じ怪物の……本気の殺意。

 

 

「魂には届かない?……やってやるよ」

 

 

 殺意がこちらを見た。「眼」が見ている。事象を正確に捉える「眼」が。

 ……静かに掌印を結んでいる。

 

 

「ダメなんだよ。お前みたいな呪いは、骨身の一片、魂の隅々まで──」

 

 

 口角が上がっていく。非対称に偏った、三日月のような口。

 理由の無い寒気が、真人の全身を走る。

 

 

「『生きてちゃいけない』」

 

 

 それは、()()()()()()を禁止する事ができる。

 

 

「極ノ番。非邪式(アラヤシキ)──万神之是(カケツ)

 

 

 衝撃。音。天地鳴動。

 

 

「───」

 

 

 見えない何か。ただただ強い、道管内に横溢する威力。

 破壊の波濤が途轍もない速さで前進し、真人の体を撫ぜた。

 

 

 体。

 粉々。

 風の前の塵のように、肉や血管や骨や内臓が散り散りになって。

 そのまま絶大な衝撃波に流されて、奥の闇に消えていった。

 

 

 

 

 だけに留まらない。

 罅は留まる事を知らない。闇の奥の奥まで続いていく。

 やがて地下全体が音を立てて揺れ始める。

 壁が剥がれ始め、地震の如き崩落に繋がる。

 

 瓦礫が下水に溜まっていく。……瓦礫の雨の中、二人は。

 

 

「…………すみませんやり過ぎました」

「正直でよろしい」

 

 

 







 六話、読了ありがとうございました。
 とりあえず主人公のメインウェポン情報解禁です。
 呪言とは異なるので、あしからず。
 もしよろしければ次回もよろしくお願いします。


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