君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 七話です。
 感想くださった方、ぶっちゃけ嬉しいです。
 ありがとうございます。


 ※以下、自分で人物の音声を考えるのが面倒だなという方のみ参考にしてください。


 ・雷を纏う女性剣士(理想CV:花守ゆみり)





第七話 天敵

 

 

 

 地上で軽い地震が観測された直後のこと。

 住宅マンション近くの土手。虎杖は伊地知が電話に出ない事に頭を悩ませていた。

 

 このまま待つべきかと迷ったが、虎杖は我慢できなかった。

 

 

「あーっ! もういいや聞いちゃえ! なぁ、この前お前が行った映画館で人が死んでんだ。何か見なかった? こういうキモいのとか」

 

 

 問いの相手は同い年程度の少年、吉野順平(よしのじゅんぺい)

 長い前髪で右目を隠しており、大人しい印象を受ける。

 吉野は間を置かず答えた。

 

 

「いや、見てないよ。そういうのハッキリ見えるようになったの最近なんだ」

「そっかぁ……じゃあもう聞くことねぇや!」

「えっ、もう?」

 

 

 望んだ回答ではなかったのか、一瞬落胆の表情を浮かべる虎杖。

 しかしすぐにあっけらかんとして、豪快に吉野の隣を陣取り腰を下ろした。

 

 

「でも一応俺の上司みてぇな人が来るまで待ってくんない?」

「いいけど……」

 

 

 聞く事は聞いた。後は待つだけ。

 スッキリした顔付きで、虎杖は吉野と雑談をしようと思った。

 今日映画何見てたんだ?……といった風な質問から始めて、楽しい談笑を想像した。

 

 

 しかし──。

 

 

「改めてすいませんでしたぁぁ!!」

「いえもう落ちてます」

「どぅおぉぉぉぉッ!!? 上司みたいな人来たーーーー!?」

 

 

 ドズンッ。

 重い炸裂音と共に、虎杖達の眼の前に何かが落下した。

 

 土煙の向こう、薄い金髪のスーツ男と、同じ制服の少年。

 それは虎杖のよく知る二人だった。

 

 

「ナナミンに……阿頼弥も!? えぇてか何で空から!?」

 

 

 驚いて立ち上がる虎杖。その声を聞いてビクッとしたのは啓だった。

 

 あの夜以降、虎杖とは共に映画鑑賞と修行を繰り返した仲だ。

 もはや担任より見慣れた顔に愕然とする啓。

 

 加えて虎杖の隣にいる吉野順平、一般人かもしれない彼の姿を捉え、更に戸惑っていた。

 やがて考え込むように目を閉じて……開いた。

 

 

「………………奇遇だね悠仁!」

「奇遇にしろという強い意思を感じる」

 

 

 すごい目力だった。

 必死も必死、バキバキだった。

 

 

「落ち着いてください虎杖君。金曜ロードショーの視聴歴はありますか?」

「は? そりゃあもちろんあるけど……」

「ではラピュタはご存知で?」

「まぁ……うん」

「つまりそういう事です」

「どういう事!? ナナミンが頭悪そう!」

 

 

 要するに、こういう事である。

 下水道崩落からは啓の術式によって脱出できた。そこまでは良かった。

 しかし極ノ番の消耗が直後の術式行使に影響し、脱出位置が地上三十メートル程にズレてしまったのである。

 

 インフラ破壊もやらかした啓がたまらず上空で謝っていたら、いつの間にか地面で。これが落下時の騒ぎの経緯である。

 

 

「と、とにかくっ、僕らはこのままフェードアウトして悠仁に誤魔化してもらうしかないんだ……!」

「誤魔化す……って、何で?」

「そういう規則なんですよ。一般人に呪術の存在を知られては」

「別に順平一般人じゃないよ? 呪霊見えるし」

「………………」

「………………」

 

 

 後日談。

 ──言っちゃ悪いけどそん時の二人の顔マジで面白かった。何か画風がこう……真っ白になっててさ。

 

 

 


 

 

 

 2018年。8月30日。

 新井団地。

 

 

 スーパーの袋を持った女性。駐車場から部屋へ向かう途中。

 彼女は虚無僧の男とすれ違った。

 

 

「【ついてきて】」

「はい……」

 

 

 何も見えていないかのように通り過ぎた直後、女性は袋を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2018年。9月1日。

 神奈川県。川崎市東部。住宅街。

 

 

 

 家々の間に伸びる道路一本。子供と手を繋ぐ親子の姿が、一つ、二つ。

 

 

「【おいで君達。あとそっちの君達も】

 

 

 二つ捕獲。

 その後、インターホンを鳴らされた二軒の家が蛻の殻となる。

 それを目撃した者達もまた、同様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2018年。9月5日。

 幼稚園。公園。小学校。

 

 

「【ぼうや達、こっちへ】」

 

 

 ぞろぞろ。ぞろぞろ。こども。たくさん。

 一緒に帰ろう。呪いの坩堝へ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ズ。ズズ。ズル。ズズズ。ズ。

 ()()蠢蠢蠢(ズズズ)蠢這蠢這(ズルズル)蠢蠢(ズズ)蠢蠢(ズズ)

 

 

 何かが、薄暗い排水溝の中で蠢いている。

 光の差さない細道を這いずる小さな影は、無数の肉片だ。

 細かな細胞塊の一つ一つが、意思を持ったように光の差す方へ向かっている。

 

 そして廃墟の排水溝から、大量の肉の破片が湧いて出る。

 人一人分程の量が出てきて、それらはやはり人型になった。

 

 

「よいしょっと」

 

 

 体中にある継いで接いだような痕。不気味で不吉な、明るくない白髪。

 

 人型の名は真人。

 まるで人間であるかのように立ち上がって、背伸びをした。

 

 人目の無い所とは言え、そこは屋外。

 体を戻し終えた真人は今現在全裸、スッポンポンだった。

 

 

「いやぁ、危なかったー。まさかあそこで無理やり()ってくるなんて。法坐に阿頼弥啓の術式聞いといて正解だったな」

 

 

 神決呪法(かむはかり)。あらゆる事象の禁止術。

 その力は対象の生死にすら干渉できる。まさに法のような力。

 

 と言っても生死の禁止等は条件が特に厳しく、使える場面は限られる。

 本来は低級呪霊等の格下にのみ使う力。まして術式対象が特級呪霊の魂ともなれば。

 

 

 

 

 だが啓は賭けた。

 極ノ番。"万神之是(カケツ)"。──禁止の力に、反転した「許可」の力を加える事で術の強制力を上げる神決呪法の奥義。

 

 生の禁止と死の許可を合わせ、全てを殺す衝撃波として真人にぶつけた。

 無為転変、対、神決呪法。勝者は──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、無事生き残ったみたいだね」

 

 

 法坐は、やはりフラリと姿を現した。

 相も変わらぬ無機質な天蓋だが、楽しそうな声色だけで十分感情は伝わってくる。

 

 

「これで証明された訳だ。やっぱり彼と君は相性が良くない。いやむしろ"良い"と言うべきか」

「逆に漏瑚達だとどうしようも無いって事になったけどね」

「いやいや、『天敵』がいる。これだけで大きな収穫だよ」

 

 

 機嫌の良い法坐というのは、こんな風に話すのか。

 いつにも増して、悍しい口調をしている。

 

 

「そういうもんか……あ、てか最近持って来てる人間達さ、あれ結局どうすんの?」

 

 

 悍ましい。恐ろしい。禍々しい。

 呪いの真人よりも、呪いのような。

 

 

「フフッ……嫌がらせ」

 

 

 

 


 

 

 

 

 高校生の息子がいる。

 普段は大人しいけど、やる時はやる子だ。

 自分が良くないって思った事には、物怖じせずちゃんと言い返せるし。

 

 割と自慢の息子だ。あ、私の子だなーって思わせてくれるから。

 まぁちょっと趣味が合わない所もあるけど、そこは家族だし。

 映画のことが分かんなくても、私達は全然余裕。

 

 

 でも物事を重く考え過ぎちゃう部分だけは少し心配かな。

 おまけに真面目だから、色々損もしてるみたい。

 

 

 だから言ってやった。

 私、めっちゃいい事言ってやったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ…………夢」

 

 

 深夜。だと思う時間的に。

 それに静かだ。寝る前の賑やかな記憶とは違う。

 

 

「うーん、悠仁君達もう帰っちゃったかなー……ん、何コレ?」

 

 

 大きく伸びをして、ガッチガチに固まった体をほぐしながら。

 視界に、見慣れない物を捉えた。

 

 

「指?」

 

 

 気持ち悪いなぁって、思った瞬間に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いね」

 

 

 虚無僧の呟き。

 天蓋の下は笑っているか、否か。

 

 

 

 

 


 

 

 

『ダメです。知っての通り敵は改造した人間を使う。──君が人を殺すのは、もっと後で良い』

 

 

 

 

 

 

 また置いて行かれた。

 七海も啓もいない。また一人。

 

 残された虎杖の中には、訳の分からない感情が渦巻いていた。

 無力感があるのに、怒りで力が抑えられないような。

 

 

 9:06。抑えられる。

 9:12。抑えられてる。

 9:17。まだ抑える。

 9:21。まだ抑えろ。

 9:24。抑えろ。

 9:26。抑え。

 9:27。抑。

 9:27。

 9:27。

 9:27。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2018年。8月。9:32。里桜高校。

 事前告知の無い"帳"が降りる。

 

 

 

 


 

 

 

 

 朝の空気。

 

 

 

 

 通学路。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い服の少年。

 暗い眼の少年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 非。泥中之蓮。

 

 

 


 

 

 

 車道。右手にマンション団地が建ち並ぶ、川沿いの道。

 そこを規制値超えのスピードで真っ直ぐ走る黒塗りの車。

 運転手は明るい金髪の女性で、後ろには白髪の少年が乗っている。

 

 

「すいません明さん、急いでもらって」

「良いんすよ、こういう時の為の補助監督っすから。ただ速度違反で捕まったらごめんなさいっす」

「大丈夫です。僕が警察の方止めるので突っ切ってください」

「わぁ、大分本気(マジ)っすね……」

 

 

 新田明は、今は触れぬが吉と判断した。

 五条が不機嫌な時と少し似ている。経験の為せる技だ。

 それ程に剣呑な雰囲気を漂わせている啓。

 実際、その内心は津波のように荒れていた。

 

 

「……っ」

 

 

 理由は今朝。父からの返信にあった。

 それは昨夜送った分家の刺客による襲撃の報告に対する返信だった。

 

 ──今阿頼弥(おれたち)は、"例の呪詛師"絡みの連続失踪事件を追ってる。

 ──麒麟(きりん)の奴がメインで調べてくれてるんだが。

 ──アイツが言うには、被害が全部()()()に集中してるらしい。

 

 

(今回の任務と同時期、同地域の失踪事件……それと昨日の分家による襲撃。……冗談キツいな)

 

 

 繋がっていく。勝手に。繋げられていく。

 まだ距離を保っていた筈の悪意達が、動き始めている。

 ……否。

 

 

「っ──止まって」

 

 

 もうとっくの昔から、悪意は燃え滾っている。

 

 

「え、はい?」

「すいませんここで降ります。警察じゃないのが来たみたいなので。新田さんは全速力で引き返してください」

 

 

 どいつもこいつも、一軒家程度の大きさがある。

 巨大な蛙。手の生えた大魚。マンションを這いずる百足。眼の飛び出た鳥。痩せぎすの巨人と人面蟹。

 大型呪霊、あるいは改造人間。視界いっぱいに無数の異形。異形。

 

 ……そして中央には、虚無僧の男。

 

 

「やぁ、一ヶ月ぶりかな。阿頼弥啓」

「──『死ね』」

 

 

 間髪入れず神決呪法(かむはかり)。"生の禁止"。

 真人と違い全て低級呪霊か元人間。条件はさほど厳しくない。以前のように不発となる可能性は低い。

 

 そしてそれは、半分正しい。

 

 

「っ!」

 

 

 見立ての通りに、全ての呪霊が爆散して消えていった。

 見立てに反して、呪霊()()が爆散して死んでいった。

 ……改造人間は、一切無傷である。

 

 

「すごいだろうこの改造人間。命と引き換えに()()()()()()()()()()()()()()()。結構頑張って作ったんだよ?」

 

 

 法坐の術式であれば、それも可能である。

 自死を強制する事も、その縛りで他の神決呪法への耐性を持たせる事も、死んだ改造人間の脳を弄り、操作する事も。

 その全てが、啓の神経に障る。

 

 

「何が引き換えだ、殺してるのはお前らだろ……」

 

 

 眼が見開かれて、底冷えするような声が響いた。

 闇のように冷たい言葉は、しかし意味が伝わっていないかのように。

 

 

「まぁまぁそう怒らずに。君はここで存分に彼らとの戯れを楽しんで──」

 

 

 軽薄で軽率で不快な声色……の後、轟音。

 摂氏三万度で熱され、急速膨張した空気の音。

 落雷のような、ではなく、まさしく落雷そのものだった。

 

 迅雷風烈。先頭にいた巨人の一体を縦に引き裂く青い雷光。

 雷が晴れた先では、一人の女性が刀を地面に突き刺していた。

 

 

「新井団地拉致四名。一家失踪四件。六歳児行方不明二十一名。貴様が主犯の呪詛師だな?」

 

 

 長くきめ細やかな黒髪。肩章が目を引く軍服めいた装い。

 容姿や外見はもちろん、声色や出で立ちからも品が伝わる。

 また何より、雷電となって迸る呪力が彼女の術師としての強さを物語っている。

 

 

「阿頼弥家第十三代当主麾下小隊【阿衆(あしゅう)】。不肖一翼、禮麒麟(らいきりん)。推して斬殺致す」

 

 

 女性──麒麟(きりん)は昔と変わらず、刀を高く構えて言った。

 

 

「麒麟さん……!」

「啓様、ここは私が。先をお急ぎください」

「……ありがとうございます」

 

 

 お礼を言ってすぐ、啓は消えるような速さで川を大きく跳び越えマンションの屋上へと飛び移る。

 改造人間達はその背を追うが、空に稲妻の疾る斬撃が横合いから割り込んで、先頭の六体が両断される。

 法坐は大きな溜息を吐く。

 

 

「邪魔だなぁ……………君が相手じゃ意味が無いんだよ。分かるかなぁ?」

 

 

 腹の底、腑の底から忌々しそうに吐き捨てる法坐。

 笠の奥からは、きっと呪いでまみれた眼玉が覗いている。

 常人であれば、呑まれて溺れ死んでしまう程の呪詛の洪水。

 

 

「…………」

「ねぇ、聞いてんの?」

 

 

 だが。

 だが麒麟は、ただ天を仰いでいる。

 

 

(久しぶりに啓様と話せた……っ!! ア〜、疲れトぶ……)

 

 

 まるで、意味が伝わっていないかのように。

 

 

 

 


 

 

 

 いつだって、魂は肉体の先にある。

 肉体の形は、魂の形に引っ張られる。

 

 腕が折れても、足が千切れても、魂が壊れてなければ元の形に戻せる。

 そういうものだ。肉体なんてそんなものだ。

 人間が運動をして、健康に気を遣って、病院に行って、薬を飲んで、大事にしようとしているものなんて。

 

 

 

 体だけじゃない。

 人が心と呼んでいるもの、情と呼んでいるものも同様。

 喜怒哀楽は全部魂の代謝物。

 汗。垢。あるいは腹が減った時の食欲。眠くなった時の睡魔。

 

 全く同じだ。外界の情報に魂が反応しているだけ。

 汗や垢と変わらない物を、人間はまるで宝物のように大事にしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全く愚かで滑稽で馬鹿馬鹿しい。

 人間が貴ぶものは全部魂に支配されていて、その魂すら世界の輪廻に従って廻る。ひどく機械的に。

 

 

 何でもないんだ。全部。何でもない。

 どうって事ない。どうにもならない。世界は変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はアンタと闘わせようと思うんだ。今度は汗出(泣い)ちゃうかな」

 

 

 本ッ当に。下らなくて笑えてくる。

 自分で言っていて、だから何だと思う。

 

 

「現実と理想の擦り合わせができていない、馬鹿なガキは」

 

 

 垢と汗にまみれた理想の、本当に、一体何が良いのだろうか。

 

 

「それは違います。彼は今まさにその擦り合わせの真っ最中。どちらかと言えば」

 

 

 死ぬ間際にも真顔で減らず口の七三術師。

 とりあえず、その口を黙らせてマヌケ面にしてやろうと。

 思って近づいた、その時。

 

 

「馬鹿はアナタです」

 

 

 上方。パリン、と割れる音。

 真人は音の先を見上げた。逆光に浮かぶ人影。──()()

 

 眼を。見開く。

 

 

(命、魂に価値なんてない)

 

 

 まず魂を知覚してくる天敵(いたどり)が、こっちの右腕をへし折った。

 

 虎杖の方がまだマシだ。

 擦り合わせの真っ最中だから、魂殺し放題。

 

 

(そんなの……アイツには関係ない)

 

 

 だがもう一つの人影。もう一人の化物。こっちが大問題。

 

 

(アイツの魂はギチギチだ。擦り合わせしまくってて……殺す余地が無い)

 

 

 虎杖の延長線上、完成された善性の怪物。

 他人でのみ代謝し、その汗や垢を何より大切にする妖怪。

 

 

 の。呟き。

 

 

「『吹っ飛べ』」

 

 

 







 七話、読了ありがとうございました。
 どうにか頑張って真人生かします。
 次話もよろしければどうぞ。


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