君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 八話です。
 本話で幼魚と逆罰編終了になります。
 真人の行く末をどうぞご覧ください。





第八話 Q. 魂 output ---.

 

 

 

「『吹っ飛べ』」

 

 

 "存在の禁止"。

 対象に、指定した場所への存在を禁止する術。そこに居させないとする強制力。

 術式は対象を摘み出そうとする。その結果。

 

 

「がはッ!?」

 

 

 ()()()()()()

 呟いた声の波が何百倍に増加されても、そうはならない。

 

 像が歪む速度で真人は吹き飛び、反対の校舎に激突。

 壁を突き破り、教室を突き破り、廊下まで達する程の威力。

 

 

「ハァ、ハァ……クソ、そもそも何でここに阿頼弥啓が、法坐は何して……」

 

 

 こういう事態を避ける為に、法坐が阿頼弥啓を足止めする手筈だった筈だ。

 それに備えて、法坐の術式も併せて対阿頼弥啓の改造人間を合作したというのに。

 

 

「いや、愚痴ってる場合じゃないか……今はとにかく」

 

 

 立ち上がって即振り返る。

 廊下の窓を割って出て、学校の柵を楽々飛び越える。

 住宅の屋根を駆ける。──逃げる。

 

 

即時逃亡(ガン逃げ)しろ……!)

 

 

 それが最善。

 以前とは違い、こちらの術式の特性もある程度バレている。

 

 神決呪法(かむはかり)の極ノ番ですら殺せないと判った以上、次はより高出力の術を阿頼弥啓は選択する。

 それらの出力次第では、肉体を消し炭にされて真人は死ぬ。

 

 故のガン逃げ。ただしあくまで一時的。

 人間の多い所へ行けば阿頼弥啓も派手な術は出せなくなる。

 そこで態勢を整えて迎撃の準——。

 

 

「……………は?」

 

 

 後方に気配(呪力)

 突然、いきなり現れた。学校の辺りから自分の後方まで。

 嫌な予感、ではなく確信。振り返る。

 

 

 ……いた。

 七三術師。虎杖悠仁。もちろん、阿頼弥啓も。

 

 

「んだよそれ……!」

 

 

 反転。"存在の許可"。

 対象に、指定した場所への存在を許可する術。そこに居て良いとする強制力。

 

 術式は対象を招き入れようとする。その結果、引力を生む。

 啓はそれを使い、高速の立体機動や物体の操作を行う。

 

 だが出力を最大にした時、通常とは結果が異なる。

 許可された"瞬間"に、そこに居なければならない。

 すなわち——。

 

 

(すげっ、悟空みたい……)

 

 

 空間を()()()

 それは下水道の崩落からも容易に脱出できる力である。

 虎杖のテンションがちょっと上がる。

 

 

「『止まれ』」

「ッ……!」

 

 

 直後。真人に命令語。

 逃亡の背中が止まる。好機。一瞬。

 

 

「虎杖君合わせて! 背中中央、首から二十センチ下です!」

「っ、うす!」

 

 

 紙一重。七海の声に虎杖はギリギリ反応する。

 互いに拳に呪力を込める。ネクタイを巻いた右手と剥き出しの左手。

 

 二人の一撃が刺さる。直前。

 無為転変。魂の形が変わる。

 

 

「クソッ」

 

 

 背中の長さ、形が変わり、七海の拳だけが七対三ではない点に直撃した。

 

 それでも、拳は真人を大きく殴り飛ばす。

 連なる屋根の上を転がりながら、真人は頭二つ飛び出た建物の壁にぶつかって止まる。

 

 すかさず虎杖の突き蹴りが真人に迫るのと、真人の姿が上へ消えるのは殆ど同時だった。

 

 

「っ、アイツまだ……」

「クヒッ、当然逃げるさ」

 

 

 ゴム人間のように腕を伸ばし、紙一重で六メートル上の屋上の縁を掴んでいた真人。

 選択肢は未だ逃亡。腕の収縮によって屋上まで到達している。

 

 

 ──を。見越してその高さまで浮遊している啓。

 その左脚には、気持ち悪いくらい呪力が集まっている。

 

 

(建物内に人の姿無し。今、ここで)

 

 

 "眼"で確認済み。巻き込む心配は無い。

 理解して、再び"許可"。空中から降下加速。

 

 

(閉じ込める……!)

 

 

 超高速の脚が、真人の腹に突き刺さった。

 その勢いのまま、真人はビルの屋上を突き破った。次いで最上階の床を突き破った。二階の床も突き破った。

 

 一階の床にめり込んで、漸く真人は止まった。

 事務所オフィスのデスクや椅子が吹き飛び、部屋中に煙が舞う。

 追撃は終わらない。掌印を結ぶ。

 

 

「『死ね』」

 

 

 生の禁止。真人の体が爆発する。体だけが。魂には届かない。

 真人という呪いがこれで死ぬことは無い。

 

 

「その状態から体を修復するのは大変ですよね」

 

 

 散らばった肉片群はまだ生きているが、今啓の前で人型に戻るのは致命的な隙だ。

 

 一部集まっていた肉の塊を強く踏み潰して、啓は言い放つ。

 

 

「絶対に修復させない。呪力が無くなるまで、治った端から壊し続けて、貴方を祓う」

 

 

 眼は口程に殺意を語り、口は雄弁に呪いを吐く。

 少しして、七三術師や虎杖悠仁も屋上から降りて来た。

 

 

(ああ……)

 

 

 三対一。一級術師。神童。魂を知覚する天敵。

 絶望的劣勢。

 

 

(……なんて)

 

 

 の。筈なのに。

 それなのに。それでも。それ故に。

 

 

(なんて新鮮なインスピレーション……!)

 

 

 魂。

 

 

(これが、これが……!)

 

 

       魂。

           代謝。

    歓喜。

 

       本能。叫喚。

       

               産声。

 

 

「───。ありがとう、阿頼弥啓」

 

 

 不意の感謝。

 啓は一部形成された"口"を即座に潰す。

 

 

「ありがとう」

 

 

 だが再び声。後方。

 うんざりしながら振り返る。どんな言葉も呪いになり得る。言わせない。

 振り返って、その光景に一瞬硬直した。

 

 

「ありがとう」

「あありがとう」

「ありりがとう」

「ありががとう」

「ありがととう」

「ありがとう」

「う」

「ありが」

「とう」

「あり」

「が」

「とう」

「あり、あり」

「がととと」

「うありが」

「と」

「あ、ありががが」

「阿りり、りーが」

「とう」

「阿阿阿阿り」

「が、が、がとう」

「阿」

「阿」

「阿」

「阿りがとう」

 

 

 口。口口口口口口口口口口。無数。災いの元。

 災い。呪い。

 

 

「っ……」

 

 

 の中の一つ。明瞭な声。口の中の掌印。

 災い。呪い。真人(のろい)

 

 

「—─領域展開」

 

 

 ……それは通常の、ゼロから領域を構築する類のものではなかった。

 バラバラの体。魂の損傷。今の真人にそれだけの処理能力、呪力は無かった。

 

 

 故に節約。

 啓が真人を閉じ込めるのに使ったこの部屋をそのまま。

 ——()()()()()()()()()()()

 

 

自閉円頓裹(じへいえんどんか)

 

 

 ただし招くのは天敵以外。邪魔者には退場してもらう。

 死のインスピレーションが結界術の対象の選別というセンスを産む。

 

 

「ク、ヒ、ヒヒッ、ンフフフフ……アッハハハハハハハ!」

 

 

 真人は笑った。呪いとして、至極当然に。

 やりたいように。本能のままに。

 

 人間から見れば吐き気を催す程の不気味さも、呪いだからで説明できる。

 どこまでも、彼は呪いなのだ。

 

 

「はー……領域出そうなんて考えるなよ? 七三が死ぬぞ」

「………」

 

 

 ゆっくり体を構築しながら真人は告げる。自らの勝利と、啓の死を。

 

 

 無為転変。魂に触れその形を変える力。

 術式を必中にする領域内において、それは既に触れられているようなもの。

 

 啓が対抗して領域を出した瞬間、七海の魂は捻られるか。潰されるか。

 だがそもそも──。

 

 

「……。なぁ、最期に一つ聞きたいんだけど」

 

 

 啓の魂に触れながら、真人は問いを投げた。

 悠長だろうか。だが、どうしても気になってしまった。

 人間の呪いとして、この人間に聞いておきたい事があった。

 

 

「お前いつからそんなだったんだ?……いつから、優しさの化物になった?」

 

 

 その強さとは全く別に、阿頼弥啓の外れたネジの一つ。

 何を考えて、何をどうやったら、そんな風になるのか。

 

 啓は、平坦な声色で答えた。

 

 

「……たぶんそれ、貴方にいつから呪いだったんだって聞くのと同じですよ?」

 

 

 真人はその言葉を受け止めて、咀嚼して、反芻して。

 ……心の底から引いた。

 

 呪いが呪いであるように、阿頼弥啓は阿頼弥啓であって。

 産まれた時から、ずっと——。

 

 

「気持ちわるっ」

 

 

 苦虫を噛んだような顔。さっさと殺そ、と真人は思った。

 阿頼弥啓を殺す。百年後、呪霊の御伽話になる程の大偉業。

 

 真人は啓の顔を見た。

 ……笑っている。

 

 

「ぇ」

 

 

 笑っているのだ。これから死ぬ癖に、酷く穏やかな表情。

 酷く……吐き気を催す程に。

 

 

「来た」

 

 

 バリンッ。バキン。

 啓の呟きを理解するより早く、割れる音が響いた。

 結界の割れる音。次いで光が差し込み、人影が侵入してくる。

 それが誰なのかは、考えるまでもなく。

 

 

 これで、二度目──。

 

 

『言った、筈だぞ』

 

 

 気付けば御前。

 頭蓋の玉座から、忌々しげな視線が飛んで来ている。

 王の指が動く。

 

 

『──二度は無いと』

 

 

 キン。斬撃。鮮血。途端領域が砕け、真人の肩がパックリと裂けた。

 ……真人は倒れた。

 

 呪いの王。両面宿儺。

 その格の前に崩れた。

 

 

(……な、んだ……何が起きた……っ?)

 

 

 虎杖は侵入した勢いのまま駆けている。

 事態を把握しているのは恐らく虎杖以外の全員。だが。

 

 

(————殺せる————殺す……!)

 

 

 初動速度は虎杖が最も速かった。

 極限の思考で選択肢が凝縮され、残った上澄みの殺意が体を動かした。

 

 殺せる。何故かはよく分からないが、自分の攻撃だけは。

 それなら殺す。絶対に殺す。殺す。

 

 

 果たして、虎杖の拳は届

 

 

「待たせたね、真人」

 

 

 届かなかった。

 届く前に、その虚無僧は現れた。

 

 

 


 

 

 

 時は遡り数分前。里桜高校から二百メートル以上は離れた住宅街。

 

 

 雷光が迸り、粉塵が舞い上がる。屋根から屋根へ高速で影が移ろう。

 影の一方は天蓋を被り、一方は電雷を纏っている。

 天蓋めがけて雷撃じみた剣の突きが迫る。

 

 

「【逸れろ】」

「チッ」

 

 

 命令語。放電。閃光。

 鋒がズレて、纏っていた電雷が天蓋の右側を掠るだけで終わった。

 ただそれは、首を傾け回避行動を取った上での掠り。

 

 

(あっぶ……今のは特に効きが悪かったな)

(くそッ、どうしても遮断できない)

 

 

 互いに歯噛みしながら、法坐は距離を取り、麒麟は距離を詰める。

 勢いのまま袈裟懸けに一閃。

 だが命令語無しで躱され、入れ替わるように後ろへ回り込まれる。

 

 構わずに返す刀で斬撃三連。

 逆袈裟。八文字。太々(たいたい)

 最後の斬撃、横一文字の刀を反り返った体勢で躱しながら。

 

 

「【倒れろ】」

 

 

 命令語で麒麟の体勢を崩し、法坐は高く飛んだ。

 "許可"による飛翔。だが長く空中にいれば。

 

 

逆雷(さからい)

 

 

 鋒から昇る雷。

 飛翔を解き、雷撃を避けて眼下の屋根に降り立つ法坐。

 

 

(……雷を操る術式。思考、もとい脳を弄る僕にとっては最悪の妨害電波。"天敵"って訳だ)

(それでも僅かに影響は受ける。現に攻め切れていない。こいつ自身も強い。平然と躱される)

 

 

 圧縮された刹那の思考。

 現実では未だコンマ三秒。

 

 

(しかもこの子、僕が阿頼弥啓の方向へ逃げるよう仕向けている。独力で攻め切るより挟撃で僕の隙を作って潰すつもりか)

(こいつは啓様と同様、空間の跳躍ができる。それでも一人で逃げないのは仲間の加勢の為)

 

 

 そして再開。動き出しは同時。

 先程よりも両者の速度は上がり、街を疾る影へと変わる。

 天蓋と雷光。彼らの向かう先には、阿頼弥啓の気配。

 

 

(仲間は恐らく啓様の下にいる。その近辺を目視できる間合いに入った瞬間こいつは跳ぶ。タイミングを逃すな。私の速度なら先回りでき──)

「いやいや」

 

 

 高速の思考へ割り込む、ニヤついた声。

 それは天蓋の中から響いている。

 

 

「僕が一度でも()()()()()()()使()()()()って言ったっけ?」

 

 

 ……阿頼弥の「眼」は、遍く見下ろしている。

 

 

 


 

 

 

 そして現在。

 法坐の乱入により、戦況は膠着を見せる。

 

 

(誰か分かんねえけど絶対………敵!)

 

 

 虎杖はその男を知らない。

 だが真人の隣にいるというだけで、敵であると即座に判断した。

 

 

「遅過ぎ」

「勘弁してよ。僕の"眼"の範囲そんな広くないし、相手も油断できない奴でさ」

 

 

 真人に愚痴を言われ、肩を竦める法坐。わざわざ姿を晒してなお余裕そうである。

 

 

「ま、とりあえず縮んで。逃げるから」

「ん」

 

 

 そう言うと、真人の体が掌大にまで圧縮され、法坐の手に収まる。

 そのまま懐に入れ、逃亡準備完了。

 

 

「逃がす訳ないだろ」

 

 

 掌印と共に駆け出している啓。

 見開かれた眼が怨敵を凝視している。

 

 

「『動くな』」

 

 

 命令語により行動を封じる。だが同じ神決呪法使いであれば、自身に術を掛け命令を相殺する事ができる。隙ができるのは一瞬。

 それで十分だと啓は判断して接近する。その隙を逃す神童ではない。

 

 

「ハハッ、若いね──【殺せ】」

 

 

 法坐は強い語気で命令語を放った。

 神決呪法の感覚。

 

 

(?……術を相殺せずに僕に攻撃……僕が向こうの神決呪法を相殺するまでの隙を狙って——いや)

 

 

 その矛先は、同じ神決呪法を持つ啓ではない。

 啓に術を掛けても同じように相殺される事を知らない法坐ではない。

 つまり、術式の対象は。

 

 

「クソっ、体っ、勝手にッ!!」

「く……虎杖君!」

 

 

 急反転し、()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()

 互いに本気の体勢で拳と武器を構えている。

 二人とも、そう強制されている。

 

 

「ッ——」

 

 

 啓に向けられているなら、啓はすぐ自己犠牲を選んで法坐を妨害できた。

 だが自分ではない誰かが傷付くのなら、彼は簡単に迷う。

 僅かな迷いが、踏み込んだ脚を軋ませる。

 

 

「若い、若いよ阿頼弥啓」

 

 

 若く、強く、清い。それ故に自らがやるべき、自分でやりたいと考える。

 その選択が結果的に間違っていたとしても、啓は今一人で前に出て、怨みを呪いに変えた。

 

 

「【じゃあね】」

 

 

 そんなテキトーな呪詞でも、法坐は空間の跳躍ができた。

 それ程の熟練者。神決呪法に対し、それだけの研鑽を積んだ者。

 

 

「逃すかぁッ!!」

 

 

 建物に電雷と傷が走り、斜めに両断される。

 麒麟の乱入である。だが。

 

 虎杖と七海、そして法坐。

 その両者に対し今から神決呪法を行使するには、圧倒的に時間が足りない。

 例え啓でも、ほんの僅かの差で──。

 

 

「っ……」

 

 

 ……そう断じるより早く、法坐の姿は消えた。

 

 

 静寂。

 まるで、何事も無かったかのような。

 

 啓は掌印を結んだまま固まっている。

 虎杖と七海に掛かった神決呪法は既に相殺され、拳と鉈が互いの寸前で止まっている。

 啓の表情は、何とも酷いものだった。

 

 

「……待てよ」

 

 

 小さな呟き。

 口を衝いて出た、ほぼ無意識の言葉。

 それらは術式でも何でもない。何の力も持たない命令語である。

 

 

「麒麟さん今すぐ追ってください!!」

「御意!」

 

 

 啓も三千世識に全てのリソースを割き、急速に「眼」の範囲を拡大する。今すぐに天蓋の呪詛師の存在を知覚し、そこへ跳ぶしかない。

 

 啓が拡大できる「眼」の最大範囲は半径三百メートル。

 阿頼弥に所属する三千世識持ちの中でも、それは第二位の範囲を誇る。……のだが。

 

 

「…………………くそ」

 

 

 

 

 

 

 

 失敗:やりそこなうこと。目的を果たせないこと。予期した効果を得られないこと。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告書──「里桜高校事件に伴う最優先処理対象『天蓋の呪詛師』による被害と動向について」

 

               報告者:禮麒麟

 

 


 

 

 

「ねぇ法坐」

「何だい?」

 

 

 空間を跳ぶ影。町外れを抜けて、森林の中に数十メートル置きに飛び飛びで姿を現す法坐。

 既に里桜高校から六百メートルは離れている。

 

 


 

 

 里桜高校での事件と同時期、同県内で起きた団地、住宅街、小学校等からの集団誘拐の被害者数は四十四名。

 

 

 

 その内の十六名が里桜高校事件を担当した「阿頼弥啓」の妨害に使用された事を、本人と報告者の両名で確認。

 

 

 


 

 

「俺もうあんまり阿頼弥啓と戦いたくないや」

「おや、意外だね。君なら喜ぶ手合いだと思ってたけど」

 

 

 懐から聞こえた真人の言い分に、天蓋の下から驚いたような声が返る。

 

 


 

 

 十六名は「天蓋の呪詛師」による傀儡と化しており、現場の判断で已むなく処理を実行。高専東京校への遺体運搬作業は完了済み。

 残る二十八名については未だ確認できていない。

 ただし既に死亡しているものとして手続きを進められたし。

 

 

 


 

 

 

「だってアイツキモいんだもん……あんなの、胎違いの呪霊(おれら)じゃん」

「フフ、胎違いね……良い表現だ」

 

 

 優しさの呪霊。

 善性の呪霊。

 法坐の頭に浮かぶ、矛盾を孕んだ言葉。笑えるくらい的確な言葉だと思う。

 

 

 


 

 

 

 また「神決呪法」に加え、天蓋の呪詛師が「三千世識」を所有している事を新たに確認。これにより既存の逃亡範囲、潜伏予測範囲が1.43倍程広がると考えられる。捜索網の更なる拡大を要請する。

 

 

 さらに……──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※里桜高校事件の本被害、正犯呪霊ついては高専連携担当者の報告書参照のこと。

 

 

 


 

 

「……でも君は彼の天敵なんだ。いざって時は頼むよ」

「ちぇっ、はいはい。いざって時だけねー」

「お願いだって」

 

 


 

 


 

 


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三度目だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まただ。

 お前はまた逃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 成仏を望んでいたあの人を殺したアイツ。

 平穏に暮らす人達を弄って遊んで、何も考えずに殺した奴。

 この世界に要らない(ゴミ)共。三度も。

 

 

 

 

 いやいや。

 いやいやいや。ハハハッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう死ねよ。(おまえ)

 

 

 


 

 

 

 

     死体        死体

 

     死体        死体

 

     死体        死体

 

     死体        死体

 

 

 

 

 が置かれている。

 その凄惨さが見えないよう、黒い無機質なシートが掛けられている。

 

 供えられた花の横で、仄明るい蝋燭の光が部屋を照らす。

 むしろ暗さは増しているようだった。

 虎杖は、静かに見下ろしている。

 

 

「早まるな。って言いたくなる顔してるよ、悠仁」

 

 

 視線を引き上げられるような声が、後ろから掛かった。

 虎杖は振り返り、声の主の顔を見た。

 その顔は部屋の雰囲気に似合わない、柔らかい笑顔だった。

 

 

「阿頼弥……」

 

 

 啓はゆっくりと歩いてきて、虎杖の隣に立った。

 独りじゃないだけで、暗い気分が和らいだような気がした。

 

 

「重傷なんだから、安静にしてなきゃダメだよ?」

「……でも、お前も来たじゃん」

「まぁ……ね。じっとしてられなくて」

「俺もだ」

 

 

 啓も虎杖も、言葉を考えるより別の事が頭に浮かんで、会話が止まる。

 数秒程静寂が満ちた後、俯いた虎杖が口火を切った。

 

 

「……ごめんな、阿頼弥」

 

 

 それは、罪を懺悔する儀式だった。

 

 

「俺が、勝手に領域に入ったから……そのせいで、阿頼弥の邪魔になった……俺が居なきゃ、全部終わってた……っ、ごめん……っ」

 

 

 あの場に居なければ、啓が敵と自分とで迷う事は無かった。

 啓の手を煩わせる事は無かった。敵を祓って捕えて、それでおしまいだった。

 

 宿儺の気紛れにより結果的に貢献はしたが、そもそも啓が領域を展開すれば……それで。

 

 

「……悠仁。僕ね、()()使()()()()()()

「ぇ……」

 

 

 驚いて顔を上げた先の啓は、びっくりするぐらい穏やかな表情だった。

 

 

「術式を三つ持ってるせいでね、領域の構築手順が人より何倍も面倒なんだ。術式の制御自体難しいから、練習が後回しになっていって……で、今この様って訳」

「っ、な、ま、マジ……?」

「マジ。だから君が居なきゃ本当に終わってた。ありがとね」

 

 

 貶されこそすれ、お礼を言われるとは露程も思っていなかった虎杖に、その一言は不意打ちだった。

 泣いたような、怒ったような、困ったような忙しい顔を見せたが、すぐに伏せてしまった。

 構わず、啓は続けた。

 

 

「悠仁は悪くない。何も悪くないって言ったら君は怒るだろうけど、でも、絶対君のせいじゃない」

「っ……く、……ぅ」

 

 

 虎杖が返すのは、声にならない呻き声のような音だけだった。

 今は、そうするので精一杯だった。

 

 

(そう。悠仁()悪くない)

 

 

 ……その裏で、啓の思考は続いている。

 虎杖には聞かせられない、真っ暗な思考。

 

 

(領域も使えない、神決呪法も極めてない、もう一つの術式も出し惜しんで負けた……どうしようもなく愚図な僕)

 

 

 虎杖よりずっと危うくて、ずっと苛烈な自責。

 友達に見せる優しさからは、一番遠い感情。

 魂が代謝する。

 

 

(真希ちゃん居なかったら、真っ先に自殺(ころ)してたんだろうな)

 

 

 そういう事を、虎杖に微笑みながら考えている。

 殺意を内側に飼いながら、他人に優しくできる。

 

 これがもう一人の最強。善人の極限値。

 ……彼は好きな人がいなければ、生きる事もできない。

 

 

 

 

 






 八話、読了ありがとうございました。
 いやぁ、どうにか真人を生かす事ができました。
 どこかしら設定的に無理のある点、非合理的なシーンはあるかと思いますが、これが私の限界です。
 それでも良ければ、次話もどうぞよろしくお願いします。

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