君に傾く天秤   作:ウルトラレア

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 九話です。
 今回より交流会編になります。
 なにとぞ皆様の想像力を働かせ、おしゃれなキャラクターと神作画戦闘を思い描いていただきたいと存じます。
 

 ※以下、自分で人物の音声を考えるのが面倒だなという方のみ参考にしてください。


 ・女性剣士(理想CV:花守ゆみり)
 ・屈強な強面秘書(理想CV:楠大典)
 ・長身老女(理想CV:野沢雅子)
 ・帽子を被った少年?(理想CV:村瀬歩)
 ・スーツの男(理想CV:内田直哉)


 ・第二分家の従兄の少年(理想CV:山下大輔)
 ・第二分家の従妹の少女(理想CV:佐倉綾音)





京都姉妹校交流会
第九話 A.


 

 

 

 

 日本。関東。某県。都市部より離れた山間。

 秘境旅館の如く、人里離れた場所の荘厳な木造建築。

 高き門と塀に囲まれ、その威容を拝む事はできない。

 

 此処こそは排斥の大家──阿頼弥一族の宗家。

 他者を拒み、永く中立を掲げてきた者達の棲家。

 

 

「……知っての通り、啓の任務中に第十一分家と虚無僧野郎の襲撃があった。一連の騒動から判断して、『特級呪霊一派』『蟲』『天蓋野郎』の徒党は確定になった」

 

 

 当主執務室。阿頼弥の頂点に立つ男の部屋。

 四方五メートル以上の、広々とした部屋だ。

 

 玄は高そうな椅子に体重を預けながら話している。

 声の向く先は、向かい合うソファに座った男女五人。

 

 阿頼弥家十三代当主麾下小隊【阿衆(あしゅう)】。

 総員僅か五名。その面々。

 

 

「高専からも緊急協力要請が来た。もたもたしてられねぇ。先手を取るぞ」

 

 

 玄の言葉に応えたのは、黒を基調としたスーツの細身長身老女。

 目付きが鋭く、褪せた白髪を後ろで丸く纏めている。

 

 

「一応命令には従うけどねぇ……言っちゃあ悪いがボス、それらしい手はあるのかい?」

「私も同意見です。手を出したくても出せないのが現状だと愚考します」

 

 

 秘書の大男が老女の意見に賛成する。

 剃られた頭にまで傷の及ぶ強面に反して、彼は極めて礼儀正しい。

 

 

「今んとこ『蟲』『天蓋野郎』の狙いは啓と啓の身内だ。そこにお前らから見張りを付ける。特に天蓋野郎は今回の一件で無闇に他者を拉致ると俺らの監視に引っかかる事を理解した筈だ。一応ここ数日は緊急で麒麟(きりん)に似たような事させてたんだが、ダメ押しで更に一人追加する。まぁウチの『眼』でも所在が掴めねえ天蓋野郎の隠密性はクソ厄介だが、その詳細を明かす意味も含めてどうよ?」

「ふぅん?……分かった。文句言って悪かったね」

「申し訳ありません、差し出がましい事を申しました」

「構わねえよ。で、そのもう一人は久遠(くおん)に任せる」

「了解……」

 

 

 ソファの上で膝を抱えた少年が、主の命に頷く。

 黒い帽子とパーカー、ショートパンツが特徴の中性的な少年。

 麒麟共々、「見張り」であって「護衛」でない事は理解している。

 

 啓の護衛ができる人物なんて、せいぜい五条悟くらいの者なのだから。

 

 

「ただ真希ちゃんには個別で護衛を付ける。啓が居れば大丈夫だろうが念のためだ。これは(はふり)の婆さんに頼む」

「おや私かい、坊ちゃんがいるなら仕事無いと思うんだがね」

「あ、真希ちゃんには気付かれないでくれよ? 俺が怒られるから」

「ハッ、情けない事言ってんじゃないよ」

 

 

 困ったように笑いながら、残った二人に視線を移す玄。

 大柄の秘書と、全身に黒い包帯を巻いたスーツの男。

 

 

(みつ)虹弥(にや)は引き続き斥候だ。結局"京都"の奴ら何も出なかったが分家の調査も大詰め……次は呪詛師だ。各地の呪詛師の動き、その流れ、元を辿るとどの分家に当たるか、できるだけ証拠固めてくれ。あとどういう呪詛師が()()()()()()()()()も分かると助かる。また面倒な仕事で悪いが、頼んだ」

 

 

 それに敵はもう、人間だけではない。

 啓を襲撃した分家、及びその大本である『蟲』は呪霊とも組んでいる。

 

 裏切り者と呪詛師、呪霊が巣食う阿頼弥家は、もはや伏魔殿。

 その全容を探るのはきっと簡単な事ではない。

 

 

「構わない、閣下の命令だ」

「同意です。存分にお任せ下さい、御前様」

「サンキュ」

 

 

 頼もしい二つ返事に思わず笑ってしまう。

 決して一筋縄ではいかないだろうが、やるしかない。

 やらずに啓達の未来が蝕まれるなんて、到底看過できない。

 

 

「……神奈川の一件でよ、流石に心配だったから啓に電話してみたんだ」

 

 

 玄は変わらず砕けた口調で、あえて関係の無い話を始めた。

 それでいて張り詰めていく空気を、五人は確かに感じ取った。

 

 

「アイツ、相変わらず()()()()()……………バカだよな」

 

 

 呆れつつ、どこか物悲しい声。

 目を閉じ、前髪を掻き上げながら肘に体重を掛ける玄。

 

 

「……(おれ)にくらい、弱音吐けっての」

 

 

 掠れて消え入りそうなくらい、弱々しい言葉が響いた。

 

 そして静寂が顔を出した瞬間、張り詰めた空気が限界に達した。

 空色の鋭い眼光が、五人を射抜く。

 

 

「これは最優先任務だ。ウチの息子に手出したクソ共を。──各自、全霊でブッ潰せ」

『了解』

 

 

 即座、全員が了承を示した。

 その瞬間、主からの命令の実行が開始される。

 

 "阿衆"。

 その実力により、当主から「阿」の字を与えられた者達。阿頼弥の矛。

 

 彼らが動き出す。

 腐り切って、傾いてしまった未来を取り戻す為に。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 子供の頃、家族以外の人に会った記憶があんまり無い。

 まあ本当は、外の人に会う事自体がダメらしいんだけど。

 後で父さんのおかげだったって、秘書の丑谷(うしや)さんに教えてもらった。

 

 

 阿頼弥の人間は任務やそれに準ずる行為、御家の為の行為以外で外部との関わりを持つ事をしない。許されない。許さない。

 

 そういう意味では、父さんは阿頼弥の人間じゃなかったのかもしれない。

 お祖父ちゃんの息子で、中立派と対立していた革新派筆頭。

 

 あの人のおかげで、僕は外の世界を知った。色んな人に会えた。

 楽しかった。嬉しかった。子供らしく燥いだのを覚えている。

 

 

 加茂家の嫡男だと言う、大人びたお兄さんに会った。

 ちょっとお酒臭い禪院家のおじさんにも会った。

 三人しかいない特級術師のお姉さんにも、変な事を聞かれた。

 

 

 そして何より、真希ちゃんに会った。

 その瞬間、僕の世界は致命的に傾いて──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が阿頼弥啓クン?」

 

 

 致命的に。

 息の仕方を忘れる程に。

 

 

「神童なんだってねー。あ、僕五条悟ね。最強だからよろしくー」

 

 

 本能で分かった。

 真希ちゃんとも違う、もっと異質で、傾くどころじゃない。──存在の格差。

 

 

 

 

 こんな風になれたら。この人を超えて、一番強くなれたら。

 ……僕も僕のこと、少しは。

 

 

 

 


 

 

 

 東京都立呪術高専。やや西に位置した場所。

 この時期のこの時間帯になると、そこには決まって一定数の生徒が集まる。

 

 京都姉妹校交流会、当日。

 予定された集合場所に集まっているのは、今回東京校を代表するメンバーである。

 

 

「お、やっと来たか。おっせぇよ啓」

 

 

 現在ここに集まっているのは計五人の学生面々。

 

 

「ご、ごめん、父さんからちょっと連絡来てて」

「玄さんから? 何だったんだ?」

「んーと、内緒」

「そうかよ……………ニヤつくなパンダ死ね!」

「ふむふむ、相手の親を名前で呼ぶ程度には仲良し……と」

「メモんな!!」

 

 

 二年。禪院真希。狗巻棘。パンダ。

 一年。伏黒恵。阿頼弥啓。そして。

 

 

「あれ、野薔薇さんは? 僕が最後だと思ってたのに」

「っ、しゃけしゃけ」

「何これ、何で真希さんキレてんの? てか何で皆手ぶらなの?」

 

 

 狗巻が指差した先。遅れてやって来た紅一点、釘崎野薔薇。

 愕然とした彼女の左手からはパンフレットが落ち、右手では大袈裟な荷物が引かれている。

 パンダが全員の代表をして返す。

 

 

「真希はいつもの事だ。荷物に関しては俺らが聞きたい」

「え、だってこれから京都でしょ? 京都で姉妹校交流会……」

「京都の姉妹校()交流会だな。東京で」

「嘘でしょ〜!!? おいどうしてくれんだ! アホみたいに荷物持ってきちまっただろうが! タイトル詐欺! フィッシング詐欺!! バーカ!」

「フゥ……自分よりキレてる奴見てたら落ち着いてきた……」

「あ、良かったおかえり真希ちゃん」

 

 

 釘崎の絶叫に真希の怒りも鎮まった。

 何とか自我を取り戻して、真希は額の汗を拭う。

 

 

「許さんぞ乙骨憂太ーー! 会った事ねぇけどよぉ!!」

「また会いたいなぁ憂太先輩、お礼もまだ全然できてないし」

「いや、憂太はもう腹いっぱいって言ってたぞ」

「え嘘、何で……!?」

「そりゃお前、あんだけ物贈りゃあな。あいつ元一般市民なんだから手加減してやれ」

 

 

 昨年のクリスマス。真希を助けてくれた恩は来世まで掛けても返せない。

 と思いお礼の品を贈っていたが、衝撃の事実にめちゃくちゃ驚く啓。

 相変わらずだなと真希が思った所で、足音が耳朶を打った。

 鋭い眼になった。

 

 

「おい、来たぜ」

 

 

 やってきたのは、同じ黒服を纏った集団であった。

 

 

「あら。お出迎え? 気色悪い」

 

 

 肩に満たぬ黒髪を弄りながら微笑を浮かべている少女。

 

 禪院真依(ぜんいんまい)

 真希の双子の妹は、管楽器のような透き通った高い声で、ハッキリと罵詈を放った。

 

 釘崎と真希の表情が険しくなる。

 確かな距離があるにも関わらず、犬猿のように睨み合っている。

 その空気を破れる者はいない。

 

 

「会いたかったぞ舎弟ぇ!!」

「久しいね、啓」

「今日こそ俺が勝つぞ阿頼弥啓」

 

 

 いた。三人も。突如として躍り出た、巨漢と青年と少年。

 左から東堂葵。加茂憲紀。そして。

 

 

「お久しぶりです、憲紀さん。(あきら)君も。あと貴方誰でしたっけ?」

 

 

 最後以外順当に挨拶していく啓。

 それに対し、加茂が最初に口火を切る。

 

 

「私が高専に入って以来か。本当に久しぶりだ」

「はい、お変わり無く元気そうで良かったです」

「ありがとう」

「ふん。相変わらずヘラヘラしてるようだな阿頼弥啓」

 

 

 再度棘のある言い方で割り込んでくる、パーマ気味の黒髪少年。

 

 京都。第二分家所属。阿頼弥明(あらやあきら)

 端正な容姿の持ち主とは言え、鋭い目付きと声の強さから高圧的な印象を覚える。が。

 

 

「汗ものすごいけど、明君何してたの?」

「何でもない」

「うん、んな訳無いけど君が良いなら良いよ」

 

 

 滝のような汗は素直に無視する事にした。

 "第二分家"出身の明とは付き合いが長い為、想像はつく。

 昔からよく突っかかられたというか、つけ回されたというか。

 ライバル意識の強い彼の行動パターンは想像に難くない。

 

 たぶんだが、高専に到着した瞬間から啓の事を探して走り回り──迷った結果逆に回収され、こうなっている。

 あくまで想像だが、何にせよ息も整えずに我慢しているのは人体的にどうかと思う。

 

 

「にしても僕ら全員交流会出れちゃったね」

 

 

 啓は努めて冷静に話題を変える。

 東京京都両校含め、阿頼弥の人間が全て交流会に参加できた事についてだ。

 明は汗を拭いながら、なおも不機嫌そうに返す。

 

 

「まぁ、俺達を出さないのは総監部もバツが悪かったんだろ。奴らはいつも阿頼弥の顔色を窺ってる」

 

 

 東京校のような三年の代打という名目の無い京都校でも、明()一年生が参加しているのは、一つ疑問の浮かぶ所ではあった。

 

 だが何の事は無い。また上層部が阿頼弥におべっかを使ったのだ。

 もちろん、明達を交流会に出さなかった場合の不都合を考えて。

 

 

「別に出られなくても何とも思わないのにね」

「いや、俺はお前が出るんだったら意地でも出たぞ」

「あはは、そりゃどうも……。……ふぅ」

 

 

 談笑の雰囲気から一転、何だか疲れたように一息吐いた啓。

 落ち着いて眼を閉じて……その後声高らかに。

 

 

「それより誰か早くこの人剥がしてくれない!?」

 

 

 眼前の筋肉について訴えを上げた。

 出会い頭にハグしようとしてきたのを咄嗟に術式で禁止してからずっとハグ未遂で止まっている。

 

 しかし動かぬ我が身にもまるで動じていない東堂学生。

 どころか恍惚とした表情で力を強めてきて、ミチミチという音が聞こえている。怖い。

 

 

「フッ、その様子だとお前も会いたくて仕方が無かったようだなぁ舎弟よ。初めて会った時の事、もはや昨日の事のように思い出せる、そうだろう!?」

「まだ一回しか会った事無いですよね!?」

 

 

 八月某日。

 京都校学長が東京校を訪れた日。伏黒と釘崎と啓の前に現れた、東堂および真依。

 その中で、東堂が唐突に問いただした。

 

 どんな女がタイプか、と。

 啓は答えた。

 

 

『真希ちゃんです』

『………』

『………』

『………。真希って、禪院真希か? 堀北ではなく?』

『はい。……堀北?』

『………。恋バナじゃないぞ?』

『はい。してないですよ?』

『………』

『………』

 

 

 という具合に、一回目の出会いを果たした筋肉と神童。

 結果、東堂は啓を「舎弟」とし、啓はその日の記憶を奥底に蔵った。

 

 

「今日この血湧き肉躍る宴にて、存分に拳で語り明かそう!」

「嫌です!!」

「そうこなくては!」

「嘘だ聞こえてない!?」

 

 

 律儀に受け応えをする啓であるが、会って数分で大分疲れてきた。

 それを知ってか知らずか、加茂が助け舟を出す。

 

 

「おい東堂、お前まさか啓の事を舎弟と呼んでいるんじゃないだろうな。詳細に答えろ。返答次第では穿血も已む無しだ」

「というか東堂葵も加茂もそろそろ弁えろ。これは俺と阿頼弥啓の勝負だ、首を突っ込むな」

「二人共そういうのは僕を助けてから言って? 穿血今だから。今弁えさせて?」

「フン。早くもギャラリーが騒がしいな、だがそれも仕方の無い事。俺とお前の戦いに眼を引かれるのは高田ちゃんの目撃に等しい必然なのだから」

「少し黙っててくれません!?」

 

 

 三者三様、というか四者四様に騒ぐ四人。

 あの啓でさえ声を荒げざるを得ない状況を生み出す男、東堂葵。

 実に恐ろしい。

 

 

「真依ちゃん……アレ何?」

「見ちゃダメよ桃」

 

 

 少々離れた場所で、京都校の面々は身内の醜態を見ている。

 正直、見なかった事にしたい者、啓に謝りたい者多数である。

 

 堪らず声を上げた箒少女──西宮と共に真依は背を向けた。

 隣の人型機械が呆れた仕草をする。外観以外はとても人間味がある。

 

 

「アレはもう無視して良いだろウ」

「すみませんすみません本当にすみません……! ほら()()()早く戻って! 皆さん待ってるんだから!」

 

 

 焦燥の顔で明へ声を飛ばすのは、肩より少し長い黒髪の少女。

 

 京都。第二分家所属。阿頼弥花凛(あらやかりん)

 啓関連で暴走しがちな兄を宥めるのが、彼女の使命である。

 ループ映像のように何度も頭を下げている。

 

 

「啓従兄(にい)さんいつも兄がすみません! 本人に悪気は無いんです啓従兄さんの事が好きなだけなんです!」

「だ、大丈夫だよ花凛ちゃん、誰も迷惑なんて思ってないから」

 

 

 全身から罪悪感を放つ花凛に、啓はむしろ困ったように返した。

 

 

「いやいや、そのまま暴走するならアンタら全員交流会には出さないからね?」

「イエスマム」

「この加茂家次代当主の前で暴走したのが運の尽きだ貴様ら」

「交流会で決着を着けるぞ、阿頼弥啓」

 

 

 音も立てない異常な速度で、三人は京都校教諭、庵歌姫の傍に戻った。

 彼女から漏れた溜息は、チョロ過ぎる教え子に対する呆れか。それとも。

 

 

「で、あのバカは?」

「悟は遅刻だ」

「バカが時間通りに来る訳ねーだろ」

「誰もバカが五条先生だとは言ってませんよ」

「おまたーー!!」

 

 

 狙い澄ましたかのように、最強はいつも通り的外れなテンションで遅刻してきた。

 それに対し、いつも通りの表情が半数、呆れた顔が少数。

 穏やかに笑うのは啓だけで。

 

 

「チッ、五条悟……」

(五条悟っ!)

 

 

 苛立ちと感激も、それぞれ一人であった。

 

 

「皆お揃いだねー。私出張で海外に行ってまして、とりあえずはいお土産。京都の皆にはとある部族のお守りを。あ、歌姫のは無いよー」

「いらねぇよ!」

 

 

 京都勢の微妙な反応は意にも介さず、嬉々として人形らしき何かを手渡していく。

 最強ちゃらんぽらん独自の世界が広がっていく。

 

 呑まれてはいけない。

 誰もが分かっている。分かっているのだが。

 

 

「そして! 東京校の皆にはコチラ! 故人の虎杖悠仁君でぇーっす!!」

「はい、おっぱっぴー!!」

 

 

 その時点で、啓以外の一年は呑まれた。引き攣った顔をしている。

 

 虎杖の生存を知っていた側として、まだ啓は平常運転だった。

 だが続く五条の言葉に、啓も呑まれざるを得なかった。

 ……さらに言えば、明も含めて。

 

 

「あ、そだ。啓は今日神決呪法(かむはかり)使うの()()ね」

「ぇ」

「は……?」

 

 

 


 

 

 

 東京校サイド。

 ミーティング部屋から続く石畳の道を曲がって逸れて曲がって逸れて……やがて外れにある小さな寺。

 

 屋根の上には、体育座りの少年一人。

 黒帽子、パーカー、ショートパンツ。儚さすらある中性的な容姿。

 名を御宙久遠(みそらくおん)、という。

 

 

「こちら"阿僧祇(あそうぎ)"……前回の連絡より継続して異常無し……」

『"御阿礼(みあれ)"了解。こちらも継続して異常無し。これより会場外周南西部に警邏区間を移行します』

「了解……僕は東行くよ……」

 

 

 彼らの任務は啓周辺の監視、警邏。ジト目を凝らして警戒網を敷いている。

 麒麟も同様だ。任務中は"阿"の字のコードネームを使い、円滑な連携を図る。

 寡黙な久遠も任務となれば重い口を開ける。

 

 

「啓………一回は会いたいな………あ、いた……」

 

 

 立ち上がり、東側へ向けて屋根から屋根へ飛び移る。

 監視地点を変えて移動する中で、遠くミーティングルーム内の啓を捉えた。

 

 

「ぇ」

 

 

 久遠の口角が少し上がったのも束の間、その表情は困惑に染まった。

 久遠が見たのは、遺影のように額縁を持たされた少年と、白い布を顔に括られた啓の有様だった。

 

 久遠はぽつりと。

 

 

「いじめられてる………?」

 

 

 


 

 

 

 闇。闇。闇。

 海のような闇。深く冷たい、全身を緩やかに撫でる闇。

 眼を閉じれば、いつも世界がそう見える。

 残酷で冷酷な、暗い海に。

 

 

「……………」

 

 

 一際大きくて、眺めの良い神社。

 黒々とした瓦の上で、啓は立ち尽くしていた。

 目を瞑り、流れる風をただ受けている。肌を撫でる流体の感触に意識を割いていた。

 

 そうしていたかった。何も考えない事を、幾らでもやっていたかった。

 

 

「啓」

 

 

 だが、それを許さない声が掛かった。他の何よりも優先すべき声が。

 

 阿頼弥啓は眼を開ける。

 視線の先には真希がいる。朗らかに声を掛けた。

 

 

「野薔薇さん達と話してたけど、もう良いの?」

「別に。また後でできるさ。それよりどうした、こんな所まで来て」

 

 

 大した事ではないという風に肩をすくめて、真希は啓の方へ寄る。

 彼女の視線は啓から一切外れておらず、真っ直ぐに向けられている。

 

 眼を逸らしたくなる程真っ直ぐな瞳だったが、啓は笑顔を崩さない。

 すぐには応えず、穏やかな眼で真希を見てから、口を開いた。

 

 

「……。真希ちゃんはさ、僕が死んだら嫌?」

「別に」

「ゴハッ」

 

 

 あまりの即答に笑顔のまま吐血する啓。

 真希は構わず続ける。

 

 

「でも、お前が死んだら私も死ぬよ。約束してやる」

「ゴハッ、好きです」

「お前ホントはふざけてんだろ」

「いや今のは真希ちゃんが悪いって、死ぬかと思った」

「笑えねぇよ」

 

 

 真面目な顔で物騒な事を言う啓の頭を、真希の薙刀が叩いた。

 痛がる素振りをする啓を見ながら、つまりどういう事だと思う真希。

 

 

「で? 結局何が言いてえ?」

「……死んで欲しくない人達が死んだ。それで交流会に気乗りしてないってだけ。ごめんね、自分勝手で」

 

 

 交流会を楽しみたい気持ちも、頑張って勝ちたいという気持ちも当然ある。

 むしろ、皆の為を思うならその気持ちを優先すべきだ。

 

 しかし、内心に潜む呵責が啓を許さない。

 異常な善性は、呪霊を祓えなかった彼をずっと咎めている。

 ……純粋に生きる事を、許してくれない。

 

 

(あの日から、心のどこかから死ねって言葉が聞こえる……)

 

 

 あの日から、どうしたら祓え(殺せ)たんだと考えてばかりいる。

 どうしたら……どうしたら。

 

 

(……生きてていいって、思えるんだろう)

 

 

 その、答えは。

 

 

「じゃあ交流会で勝ったらデートしてやるよ」

「よっし頑張るぞぉぉーーー!!」

 

 

 

 







 九話、読了ありがとうございました。
 東堂って見ても楽しい書いても楽しい二度味がするキャラなんですよね。
 個人的に東堂と主人公の関係もそれらしくて気に入ってます。

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