進撃の巨人~もう一人の選択~   作:赤道さとり

10 / 49
#10 訓練兵団解散式

 

___841年の春。

 

 

いよいよ第95期生の訓練が終わりを告げる。

 

解散式では、訓練兵たちの最終成績が発表された。

 

「本日を以て第95期生の訓練を修了とする!これより、最終成績上位10名の発表だ!皆、心して聞くように。名前を呼ばれた者は前へ!では、読み上げる……

 

首席、アデル・ブラッツァー!

2番、カイル・シャルマン!

3番、マチルダ・ロッテ!

4番、リリー・アルメイダ!

5番、ガール・リックマン!

6番、ファイ・ガントレット!

7番、ドーラ・フィッシャー!

8番、ニコ・フルーリング!

9番、ヴィド・ジンズ!

10番、ヨハン・リューベック!

 

……以上の10名が上位者となる!入団当初告げたように、訓練兵から憲兵団を志願できるのは、たった今目の前に並んでいる上位10名までだ!今期の卒業模擬戦闘試験では不合格者は出ていない。全体を通した95期生の成績は例年稀に見る出来栄えだ!成績の詳細については食堂前の掲示板を確認するように。それから…」

 

 

眼鏡をかけた教官が黙々と説明を続けていく中で、一人肩を落とす者がいた__アンカだ。

 

 

「そ、そんな…」

 

 

小さく漏らされた失意の声は、続く教官の説明でかき消されてしまう。

 

 

「明日は寮内や食堂、武器庫等の清掃を行ってもらう。各自教官の指示に従うように……その後、所属兵科の希望を問う!上位10名以外の者は、駐屯兵団か調査兵団の2つの選択肢から希望を述べよ。以上だ!では、本日はこれにて解散!!」

 

 

教官の話が終わり、食堂へと駆け出すアンカ__カイルはその姿を横目に、自分の部屋へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___夕食時。

 

 

食堂にアンカの姿はなかった。

 

カイルはそれに気づいていたが、敢えて様子を伺いには行かなかった。

 

自分にはアンカを励ます資格はない__それをよく()()()()()()からだ。

 

そんなカイルがアデルの隣で静かに食事をしていると、2年前と同様にマチルダとリリーが目の前に座った。

 

 

「なぁー、カイル。お前はいつからそんなにデキる奴になったんだ? アデルならまだしも、自分よりチビなお前にまで負けるとは……私も油断したもんだ」

 

「順位なんて大した指標にはならない。力ではマチルダに敵わないよ」

 

「そうだよなぁー? まぁ、謙虚なお前になら()()()()()()譲ってやってもいいぜ? しっかし、誰が想像できたよ……ヨハンがここまで成長するとはな」

 

 

そう言ってマチルダは隣の机の端にいたヨハンにスプーンの先を向けた。

 

それを見たアデルは眉間にしわを寄せながらマチルダを注意する。

 

 

「おい、よさないか。行儀が悪いぞ……それに、今この場で成績の話はご法度だ」

 

「あ? なんでだよ……()()()()()()()()()()奴は今この場にいないんだから、別にいいだろ?」

 

「そういう問題じゃない。悔しい思いをしているのは皆同じだ」

 

「はいはい、首席さんの言うことは絶対でぇーす」

 

 

マチルダが嫌味を言いながら口を尖らせると、今度はリリーがその悪態を非難した。

 

 

「ねぇ、マチルダ。さすがに悪ふざけが過ぎるよ……この3年間、みんな本当に頑張ってきた。マチルダだってトップを狙おうと必死になってたじゃない……私、やっぱりアンカが心配だから先に部屋に戻る!」

 

 

そう言って勢いよく立ち上がったリリーを、カイルが引き留める。

 

 

「待つんだ、リリー。君のその優しさが今のアンカには一番堪えると思う。それに、君はアンカより上位にいる。どんな言葉をかけても、たぶん嫌味にしかならない……こういう時はそっとしておくべきだ」

 

「そう…だね。わかったよ」

 

 

リリーは少し悔しそうな顔でまた腰掛けると、隣にいたマチルダが目を瞬かせながら茶々を入れてきた。

 

 

「おいおい、お前本当に()()カイルかよ!? 人との接し方に口を出すとは……お前も変わったんだな」

 

「さぁ、どうだろう……俺たちは3年間も競争相手(ライバル)だったんだ。最後くらい、みんなとはただ()()()()()でいたい。ここにいる全員が俺にとって大切な友達だか…ら…」

 

 

そこまで話したところで自分の言っていることが恥ずかしく思えたカイルは、少し頬を赤らめながら俯いた。

 

すると、それに気づいたマチルダが声を裏返しながら立ち上がる。

 

 

「はぁ!? お前っ…何赤くなってんだよ!」

 

「そういうマチルダこそ、赤くなってるよ」

 

「バッ…ちげぇよ、リリー!これは、その……ってお前もじゃねぇか!?」

 

「まぁ、今のは完全に不意打ちだったからね…」

 

「そそ、()()()()()()()カイルさに言われっと()()()()()()!」

 

「ヴィドったらそれは大袈裟だよぉ!でも、わかるぅ〜!」

 

「え、ニコすごい!今のヴィドの言葉分かったの?」

 

「どうせまたいつものシンクロだろ? ほっとけ、ドーラ」

 

「あっ!ごめん、ガール!今静かにするから…」

 

「別に……最後くらい騒がしくしても、構わねぇよ」

 

「へ?」

 

 

そうやって“赤い頬”は次々と同期たちの間に伝染してき、しまいには照れ臭そうに笑い合った。

 

 

「「 ぷっ……あははは! 」」

 

 

いつもはぶっきら棒な顔をしているアデルも、この時ばかりは肩を揺らして笑っていた。

 

 

「カイル、お前のせいでみんな調子が狂ってるぞ。グラスに酒でも入ってたか?」

 

 

アデルが冗談交じりにカイルの肩へ手を置くと、やけに神妙な顔つきで見つめ返されてしまう。

 

 

「いや、正直な気持ちを言ったまでだ。アデル、君も()()()()()だろ? 明日、志望兵科を選択したらその先は各々の道を進む。……きっと、ここにいる全員が揃って顔を合わすことは、もう二度とない

 

 

カイルの最後の一言で、その場にいた全員の顔が曇る。

 

3年間、共に歩んできた仲間がこうして顔を合わせるのも明日で最後__刻一刻と迫る“別れ”という避け難い現実を急に突きつけられたことで、食堂の空気は一気に湿っぽさを纏ったのだ。

 

 

「本当に明日が()()なんですよね…」

 

 

心許ない気持ちを吐露するヴィド__そこにマチルダが水を差す。

 

 

「なんだ、ヴィド。寂しいのか?」

 

「だって、3年間も寝食を共にした仲間ですよ? 離ればなれになるのは寂しいに決まってます」

 

「それはわかるが……少なくともここにいる10名は同じ憲兵だろ?」

 

「同じ憲兵でも、同じ支部に配属されるとは限りませんから…」

 

「確かにそうか……ま、もしどこかで顔合わせたら挨拶くらいはしてやるよ」

 

「それは、ありがとう…ございます」

 

 

丁寧に礼を返したヴィドだったが、まだ気が晴れないのか、切ない表情で顔を俯かせている。

 

すると、その様子を隣で見ていたニコが陽気な声色でヴィドを励ました。

 

 

「ヴィドったら寂しがり屋さんだな〜!()()()()()()二度と会えないなんてことは絶対ないよ!きっと、みんなまた会える!」

 

 

そう言ってニコはヴィドの陰からひょこっと顔を出しながら、今度はカイルに向かって問いかける。

 

 

「…ねっ、カイルだってそう思うでしょ?」

 

 

突然話を振られたカイルは少し驚きながらも、すぐに笑顔を見せた。

 

 

「うん、そうだと嬉しい…」

 

 

この一言でまた頬を赤らめた95期生たち。

 

その後は、湿っぽくなってしまった空気をカラッと吹き飛ばすような活気で、訓練生活の思い出話に花を咲かせたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___訓練兵団最終日。

 

 

訓練所内の清掃を終えた95期生たちは、訓練場に出て教壇の前に整列した。

 

壇上には担当教官のサトリッジとその横に調査兵団の幹部が数名ほど並んで立っている。

 

そこには、エルヴィンの姿もあった。

 

 

「注目!これより新兵勧誘式を始める。各兵団の勧誘演説を聞き、最終的な配属兵科をこの場で決めるのだ。まずは例年通り調査兵団より執り行う!……と、その前に。私から貴様らに賛辞の言葉を贈るとしよう。皆、ここまでよくやった!私が担当した期の中で一人の脱落者もなく、卒業模擬戦闘訓練に全員が合格したのは前例がない。これは貴様らが全員で成し遂げた“偉業”だ!この先も誉れ高き兵士としての活躍を願う……以上だ!では、式を始めるとしよう!キース、頼んだ」

 

 

サトリッジの紹介で、調査兵団の団長が前に出る。

 

 

「調査兵団第12代団長、キース・シャーディスだ。我々調査兵団の主な存在意義は、壁外における“探索活動”にある。知っての通り、壁の外には巨人がいる。諸君らがこの訓練所で3年間学んだ通り、巨人とはまさしく、人類の存続を脅かす“脅威”だ。我々は100年近くにも亘り、狭苦しい壁の中での生活を強いられてきた。これは巨人による支配とも言えよう。調査兵団が目指すところは、巨人による支配からの脱却と、人類の更なる繁栄の礎となるべくその使命を全うすることだ。『人類の“矛”となって脅威へ立ち向かい、人類の“盾”となってその身を挺す』……これが兵士たる諸君らの本来の務めなのだ。先ほどこのサトリッジ教官より称賛された諸君らは、さぞ優秀な兵士なのであろう。しかし、実戦は訓練と違って常に()()()()()()だ。生半可な覚悟では到底太刀打ちできない。人類の未来のため、真に心臓を捧げる覚悟がある者のみこの場に残ってくれ……以上だ!」

 

キースの演説が終わると、前方にいたアンカは周りの様子を伺うことなく、いの一番にその場を去って行った。

 

それに続いてほとんどの訓練生が一斉に動き出す中、マチルダは何故か動けずにいた__隣に並ぶカイルとアデルが()()()()()()()からだ。

 

 

「カイル、何やってんだ?……何故、動こうとしない!?」

 

「……」

 

 

カイルは黙ったままマチルダを見向きもしないどころか、ただ背筋を伸ばしてまっすぐ壇上を見つめている。

 

その異様な様子に、マチルダはこめかみの汗を拭った。

 

 

「憲兵ならここじゃない!聞いてなかったのか!?……おい!さっきから何を見てっ…」

 

 

そう言ってカイルの視線の先へ目をやると、そこにはエルヴィンの姿があった。

 

 

「あの兵士は、確か……まさか!調査兵団になる気か!? それじゃあ……昨日の()()は嘘だったのかよ!!

 

 

声を荒げながらカイルへ詰め寄るマチルダ__しかし、リリーがそれを引き留める。

 

 

「マチルダ……もう行こう」

 

「いや、まだだ!……ふざけるなよ、カイル!私たちを裏切る気か!? 『もう二度と顔を合わすことはない』ってほざいてたのは、このことかよ!? 調査兵団なんかに行っちまったら、私はお前らに負けたままになる!そんなの絶対に許さねぇぞ!!……なぁ、アデル!お前も何とか言ったらどうだ!?」

 

「…すまない」

 

「クソッ…()()()()ってか?……おい、カイル。何もアデルまで巻き込むことはねぇだろ? なぁ!?」

 

「……」

 

 

必死に訴えかけるも、カイルは尚も輝かせた瞳をエルヴィンに向け続けている。

 

吠え面で噛み付いてくるマチルダなど、まるで視界に入っていないかのようだ。

 

マチルダはあまりの手応えのなさに、とうとう呆れ果てた声を漏らす。

 

 

「あぁ、そうかよ。お前の気持ちはよく分かった……でもな? 謝れよ、お前……アンカに謝れ!!鈍感だかなんだか知らねぇが、あいつは()()()()()()…」

 

「マチルダ!!もう十分だ。そいつらはもう、私たちの友達じゃない!……ただの()()()()

 

「クッ…分かったよ、リリー。行こう…」

 

 

そうして、マチルダは最後にカイルを鋭く睨みつけると、一度も振り返ることなくその場を去って行ったのだった。

 

 

 

**

 

 

 

教壇の前に残ったのは、カイルとアデルを含めた計9名となった。

 

壇上の上では、サトリッジが調査兵団の団長キースに横やりを入れている。

 

 

「今年も貴様の兵団は()()だな、キースよ……去年よりは一人二人マシと言ったところか?」

 

「慰撫の言葉痛み入るぞ、シェイキッド。しかし、今年は上位の中でも首席とその二番手が残った。貴様が担当した期からの志願者は“変人”の率が高い傾向にあるが、今年は()()()()ようだ…」

 

 

そう言ってキースはエルヴィンにチラッと視線を向けたのち、残った訓練兵一人ずつに視線を移していった。

 

 

「では、今この場に残っている諸君ら9名を新たな調査兵団の兵士として迎え入れる!よくぞ勇気を振り絞ってくれた。諸君らには心から敬意を表する!調査兵団における敬礼とは、『士気の高さ』を誇示するものだ。心の準備はよいか?……心臓を捧げよ!!

 

「「 はっ! 」」

 

自由の翼を獲得した9名はそれぞれの想いを胸に、威勢よく敬礼をしてみせたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___勧誘式終了後。

 

 

訓練兵たちは各兵団からの説明を受けたのち、旅立ちの準備に取り掛かるため、各自寮へと戻った。

 

明朝には配属の兵団支部へ移動することになっている。

 

自分の部屋に戻たカイルが衣類の整理をしていると…

 

 

バーーン!

 

 

突然、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

またハンジが入ってきたのかと思ったが、入り口にいたのは目に涙を浮かべたアンカだった。

 

そのままアンカが何も言わずに部屋に入ってきたため、カイルは慌ててトランクの蓋を閉める。

 

 

「お、驚いたよ。急に……せめてノックぐらい…」

 

パシン!

 

 

その時、カイルの頬にしびれるような痛みが走った__アンカがカイルの頬を引っ叩いたのだ。

 

 

「この裏切り者!一年目の時、カイル言ってたわよね? 憲兵を目指してるって……あれは“嘘”だったの?復讐したい相手がいるって豪語してたのは一体誰よ!?」

 

「ごめん。皆と話を合わせておくと()()()()()()()()()。君に嘘をついたのは、本当に申し訳ないと思ってる……でも、この平手打ちには他にも理由がありそうだね」

 

「ええ、そうよ。私は上位10名に入れなかった()()()()()()()を代弁しにきた……最初から調査兵団に入るつもりだったのなら、『なぜ憲兵団の権利を他の希望者に譲らなかったのか』ってね!……ここにいるみんなは、色んな事情で兵士を目指してる。そのことは、あなたも知っていたはずよ!」

 

「あぁ、すべて知った上で俺は自分の都合を通した」

 

「それはつまり……アデルも巻き込むってわかった上で、都合を通したって言うの!?」

 

「そうだ。だけど、それでも君がそこまで怒る理由がわからない。俺にだって事情はある。『他者に忖度することなく、己の持てる力をすべて開放すること』……それが、俺に与えられた“使命”だ。訓練所(ここ)に来たのはその使命を全うするため。屁理屈に聞こえるかもしれないが、“事情”というのは誰しもが平等に尊重されるべきだと思う。そして、アデルは自分の意志で俺についてきている……そのことは、()()()()()()()()()()

 

「…知ってたわ。確かに、あなたの言ってることは正しいのかもしれない。だけど…」

 

 

その先の言葉をアンカは一度飲み込む。

 

そして、カイルから目を逸らすと、唇を震わせながら小さくつぶやく。

 

 

()()()()()()()、裏切られたくなかった…!

 

「…え?」

 

 

咄嗟に聞き返すカイル__だが、アンカは言い直すことなく、今度は声を荒げ出した。

 

 

「調査兵団……いや、あんな()()()()に入るなんて正気とは思えない!壁の外に出るなんてバカなこと……そんなに死に急いで、何になるっていうのよ!!

 

「…アンカ?」

 

「私は小さい頃からたくさん見てきてた。壁外から帰還する調査兵の数が、半数にも満たないことなんて珍しくなかったわ!それも帰還できた兵士たちが皆、五体満足とは限らない。腕や足を失って絶望に満ちた兵士たちの顔が脳裏に焼き付いて、夢にまで出てくる始末よ。巨人になんか勝てるわけないのに。()()()()だってわかってるはずなのに……それでも壁の外に出るなんてイカれてるわ!」

 

「……」

 

 

何も言い返さないカイル__アンカは構わず続ける。

 

 

「カイル、あなたはもっとずっと賢いはずよ。あなたほどの実力者が無駄死になんて許されない!!……そうよ!今から取り下げれば、まだ間に合うかもしれない!私も一緒について行くからっ…」

 

「アンカ、聞いてくれ」

 

 

突然、カイルが話を遮った。

 

 

「人間はいつ死ぬかわからない。誰もが長生きできる保証なんてないんだ。避けられない死や理不尽な死もある。どんなに権力を持っていようと、そこが壁の中であろうと、同じだ……実際のところ、俺を育てたおじさんは人の恨みに()()()()()()形で死んでいった。おじさんは何の罪も犯していない、理不尽な死だ」

 

「確かに理不尽にも死は訪れるわ……でも、だからこそよ!現実的に考えて行動して、避けられるリスクは避けるべきだとは思わないの!? 私は無様に足掻いてでも、長く生きていたい。それは、誰しもが生まれながらに与えられた権利だと思ってる。あなたにだってその権利はあるはずよ!」

 

「もちろん、君の考えは否定しない。そして、きっと()()()。俺も長生きしたいとは思ってる……だけど、それと同じくらい『自由に生きたい』とも思うんだ。自分の都合で“自由”を追い求めた結果、志し半ばに断ち切られたとしても、俺は後悔しない……そう()()()()()んだ。受け入れる覚悟はできてる」

 

「そ、それならっ……壁の中にだって自由に生きる方法はいくらでもあるわ!」

 

 

必至に訴えるアンカ__だが、カイルの意思は変わらない。

 

 

「俺にとってこの壁の中は、()()()と一緒だ。君も言っていただろ? 『目の前の壁が鬱陶しい』って……人間が勝手に作った狭苦しい檻の中で、どうすれば生き残れるかと試行錯誤するのは、俺が思い描く“自由”に反する」

 

「そんなの、ただの博打よ!檻の中から出たってそこに自由があるとは限らないじゃない…」

 

「そう、壁の外に何があるかは誰にもわからない……だから、知りたいんだ

 

「もういい!そんな屁理屈が聞きたいんじゃないわ!!……カイルがそこまで死にたいのなら、勝手に死ねばいい!」

 

「うん。()()()()()、アンカ」

 

 

この時、何故お礼を言われたのか、アンカにはその“理由”が分からなかった。

 

 

 

**

 

 

 

カイルの部屋を走り去るように出て行ったアンカは、廊下の先でアデルとぶつかってしまう。

 

 

ドンッ!

 

「おっと!…大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫。何とも…ない…」

 

「ならよかった。あの、()()()()()()()()()()んだが……アンカの考えはもちろん間違っていない。でも、あいつのことは許してやってくれないか?」

 

「!?……もしかして、さっきの話聞いてたの?」

 

「全部ではないが、まぁ部分的には……あんな大声で喋ってたら外まで丸聞こえだぞ」

 

「あ…」

 

 

ハッと我に返ったアンカ__冷静さを取り戻すと、頬だけでなく耳まで火照り出した。

 

 

「ごめんなさい。私、動揺しちゃって……アデルはカイルと同郷だったわよね? その……カイルは昔からああいう感じなの?」

 

「そうなだ。俺も出会ったのは12の時だが、あの歯に衣を着せない話し方は当時から変わらない。それと、あいつが周りの人間を寄せ付けない性格なのは、幼少期の()()()()からじゃないかと思う」

 

「え、トラウマって……何があったの!?」

 

「あいつは長いこと周囲の人間から虐げられていたんだ。親からは奴隷のように扱われ、学校ではいじめに遭う……そんな生活が10年続いたそうだ」

 

「10年も!?」

 

「極め付けに、いじめの()()()はあいつの家を燃やした……あいつが兵士を目指したきっかけはそれだ」

 

「も、燃やしたって…なんてひどいことを!? まさか、カイルが言ってた『育てのおじさんが巻き込まれた』ってのは…」

 

「あぁ、その火事で死んだ親父さんのことだ。だから復讐したい相手がいるってのは()()()()()……それでも、あいつは復讐のために生きるのではなく、自由に生きることを選んだ。俺はそんなあいつの“選択”を尊重したい」

 

 

カイルの壮絶な過去を知ったアンカは、罪悪感に苛まれた。

 

もし、自分がカイルの立場だったら__ふとそんな考えが脳裏によぎったが、アンカは首を振ってそれを振り払う。

 

 

「確かに、カイルは正しい道を進んでいると思う。そして、私の主張はおそらくカイルの“自由”を奪っている。だけど……それでもやっぱり、カイルには壁内で安全に暮らしてほしいという私の気持ちは変わらない。だって、カイルは私の“憧れ”だもの。長生きして幸せでいてほしい……だから、これだけは絶対に引き下がらない」

 

「あいつならきっと、アンカがそう思うことも『君の自由だ』と言うんだろうな…」

 

 

それを聞いたアンカは、先ほどカイルに言われた『ありがとう』の意味が少しだけわかった気がした。

 

そう思った瞬間、胸のわだかまりが解け、心がスッと軽くなっていく__そうして、アンカはようやく笑顔を取り戻したのだ。

 

 

「ふふっ、カイルらしいわね……ところでアデル、一つ聞きてもいいかしら? もしかして、()()()()()…」

 

 

何か言いかけたアンカだったが、何故かその先の言葉を飲み込んでしまう。

 

 

「…ん、何だ?」

 

「ううん、やっぱり何でもない!アデル……カイルのこと、頼んだわよ

 

「あぁ。任せておけ」

 

 

 

 

**

 

 

 

アデルはアンカの後ろ姿を見送ったのち、カイルの部屋へと向かう。

 

部屋に入ると、そこには頬杖をつきながら窓の外を見つめるカイルの姿があった。

 

 

「はぁ……お前も罪な奴だな」

 

「アデルか……ノックぐらいしてくれよ。それに、盗み聞きなんて無粋だな」

 

「さっきアンカとすれ違ったが……彼女、泣いてたぞ」

 

「…それは、悪いことしたな。アンカは本当にいい子だ。長生きしてほしい」

 

「アンカはどんな相手にも喰らいつく()()()()()。心配ないだろう」

 

「そこが心配なところでもあるけど…」

 

「ふっ、言えてる…」

 

 

アデルは鼻で笑い返すと、真剣な声色に切り替えた__改めて、カイルの“意思”を問い正そうというのだ。

 

 

「本当に行くんだな? 調査兵団に…」

 

「あぁ、俺はそのために訓練所(ここ)に来たんだ。最初から俺の目指す先は変わらない」

 

「そうか。まぁ、俺はお前の行く先にとことんついて行くまでだ。アンカにもお前のことを頼まれたしな」

 

「でも、君がついてきたことで、()()()()ワンダまで巻き込んでしまったよ」

 

「…あいつは知らん。別に俺についてきたとは限らんだろ?」

 

「はぁ……君も()()()だ」

 

「おい、やめろ……あいつは“男”だぞ!?

 

「でも、お似合いだと思うよ?」

 

「なっ!? お前なぁ…!」

 

「ははっ、冗談だ。とにかく、俺たちは()()()()()()()()()我が道を貫いた。この先、いつ死ぬかもわからない。だから先に伝えておくよ……いつも俺の傍にいてくれてありがとう、アデル

 

「…あ、あぁ。礼はいらない」

 

 

アデルは咄嗟に、緩み出した口元を手の甲で隠す。

 

その仕草に見覚えのあったカイルは、首を傾げながらアデルを見つめた。

 

カイルの綺麗な瞳に映り込む自分と目が合ったアデルは、思わず目線を下に外してしまう。

 

すると、窓のへりに一羽の鳥が止まっているのに気づいた。

 

 

「あ、お前の鳥…」

 

「フィン!来てくれたんだね!」

 

 

フィンは利口にも、カイルが差し出した腕に流れるように飛び乗って見せる。

 

 

「すまない、フィン。俺は明日、ここを去らなければならないんだ……君はもう野生で暮らしていけるほどに成長した。寂しいけど、ここでお別れだ。またどこかで会えるといいね」

 

 

カイルの言葉を理解したのだろうか__フィンはカイルの肩に移動すると、数回頬をつついてから飛び立って行った。

 

その後ろ姿を目で追う2人。

 

沈みゆく太陽に向かって一直線に飛ぶフィンの翼は、炎のように赤く燃えている。

 

まるで、()()()()()()()()()ように__

 

儚さをも纏うフィンの背中をうっとりと眺めながら、カイルがぼそっとつぶやく。

 

 

「なんと、綺麗な“翼”だろう…」

 

 

 

こうして、カイルの訓練兵生活は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

―【 続く 】―

 





〜後書き〜

『生きてる限り二度と会えないことはない…(意味深)』

…どうも、著者です(´-ω-`)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

さて、訓練兵団の話が終わりましたが…

ここから何名の同期がカイルとの再会を果たすことになるでしょうかね?

そして、95期生(W・M南区)のうち9名が調査兵団を志願しました。

↓以下、リストです↓

1. カイル・シャルマン
2. アデル・ブラッツァー
3. ワンダ・テイラー (おかまキャラ)
4. カティ・カロライン
5. モルガン・ヤーン
6. セト・ベッケンバウアー
7. ウィリアム・カーラー
8. メルラ・シュナウザー

あと一人は、次の話で出てきますのでお楽しみに!

※今後、名前も出ずに著者の中で死亡したことになってるキャラもいますので、ご了承くださいm(_ _)m


次回!いよいよ調査兵団入団!!


~おまけ~
◼︎アデル・ブラッツァー:名前の由来

アデルに関しても、ドイツの人物名一般サイトを参考にさせてもらってます。

・『Adel』:気高い
・『Blaz』 :断固たる守護者

名前は「Adel」そのままで、名字は「Blaz」に「er」をつけた造語で「Blazer」としています。

アデルがカイルにとっての『気高き守護者』となるよう願いを込めて……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。