___841年の春。
いよいよ第95期生の訓練が終わりを告げる。
解散式では、訓練兵たちの最終成績が発表された。
「本日を以て第95期生の訓練を修了とする!これより最終成績上位10名を発表する!皆、心して聞くように。名前を呼ばれた者は前へ!…
首席、アデル・ブラッツァー!
2番、カイル・シャルマン!
3番、マチルダ・ロッテ!
4番、リリー・アルメイダ!
5番、ガール・リックマン!
6番、ファイ・ガントレット!
7番、ドーラ・フィッシャー!
8番、ニコ・フルーリング!
9番、ヴィド・ジンズ!
10番、ヨハン・リューベック!
…以上!」
がなるような教官の呼び声に一瞬の遅れもなく反応した10名が壇上に上がる。
その面持ちには一様に、3年間の訓練生活で培ってきた精神力と磨き上げた実力が垣間見えた。
「入団当初告げたように、訓練兵から憲兵団を志願できるのは、たった今目の前に並んでいる上位10名までだ!今期の卒業模擬戦闘試験では不合格者は出ていない。全体を通した95期生の成績は例年稀に見る出来栄えだ!詳細については食堂前の掲示板を確認するように。それから……~~~~」
眼鏡をかけた教官が黙々と説明を続けていく中で、一人肩を落とす者がいた。
「そ、そんな…」
おずおずと開かれた口から漏れ出た失意の声は、続く教官の言葉に掻き消されてしまう。
「明日は寮内や食堂、武器庫等の清掃を行ってもらう。各自教官の指示に従うように……その後、所属兵科の希望を問う!上位10名以外の者は、駐屯兵団か調査兵団の2つの選択肢から希望を述べよ。以上だ!では、本日はこれにて解散!!」
教官の話が終わり、食堂へと真っ先に駆け出したのはアンカだった。
その後ろ姿を目で追いかけていたカイルは、口を閉ざしたまま静かに壇上を降りた。
***
___夕食時。
食堂にアンカの姿はなかった。
カイルはそれに気づいていたが、敢えて様子を伺いには行かなかった。
自分にはアンカを励ます資格はない__それをよく理解していたからだ。
そんなカイルがアデルの隣で静かに食事をしていると、2年前と同様にマチルダとリリーが目の前に座った。
「なぁー、カイル。お前はいつからそんなにデキる奴になったんだ? アデルならまだしも、自分よりチビなお前にまで負けるとは……私も油断したもんだ」
「順位なんて大した指標にはならない。力ではマチルダに敵わないよ」
「そうだよなぁー? まぁ、謙虚なお前になら
そう言ってマチルダは隣の机の端にいたヨハンにスプーンの先を向けた。
それを注意したのは眉間にしわを寄せたアデルだ。
「おい、よさないか。行儀が悪いぞ。それに、今この場で成績の話はご法度だろ」
「あ? なんでだよ……
「そういう問題じゃない。悔しい思いをしているのは皆同じだ」
「はいはい、首席さんの言うことは絶対でぇーす」
口を尖らせ悪態をつくマチルダを、今度はリリーが非難する。
「ねぇ、マチルダ。さすがに悪ふざけが過ぎるよ。この3年間、みんな本当に頑張ってきた。マチルダだってそうだよ。トップを狙おうと必死だった…」
「それは、そうだが…」
「私、やっぱりアンカが心配だから先に部屋に戻る!」
「待つんだ、リリー」
「……え?」
立ち上がったリリーを引き留めたのは、真剣な目をしたカイルだった。
「アンカより上位にいる君がどんな言葉をかけても、たぶん嫌味にしかならない。今はその同情こそ、一番堪えるだろうから……こういう時はそっとしておくべきだ」
「そう…だね。わかったよ」
リリーが再び静かに腰掛けると、わざとらしく目を瞬かせたマチルダが茶々を入れてきた。
「おいおい、お前本当に
「さぁ、どうだろう。俺たちは3年間も
話している途中で恥ずかしくなったのか__顔を俯かせたカイルの頬は火照っていた。
「はぁ!? お前っ…何赤くなってんだよ!」
「そういうマチルダこそ、赤くなってるよ」
「バッ…ちげぇよ、リリー!これは、その……ってお前もじゃねぇか!?」
「まぁ、今のは完全に不意打ちだったからね…」
「そそ、
「ヴィドったらそれは大袈裟だよぉ!でも、わかるぅ〜!」
「え、ニコすごい!今のヴィドの言葉分かったの?」
「どうせまたいつものシンクロだろ? ほっとけ、ドーラ」
「あっ!ごめん、ガール!今静かにするから…」
「別に……最後くらい騒がしくしても、構わねぇよ」
「へ?」
そうやって“赤い頬”は次々と同期たちの間に伝染してき、しまいには照れ臭そうに笑い合った。
「「 ぷっ……あははは! 」」
いつもはぶっきら棒な顔をしているアデルも、この時ばかりは肩を揺らして笑っていた。
「カイル、お前のせいでみんな調子が狂ってるぞ。グラスに酒でも入ってたか?」
冗談交じりにカイルの肩へ手を置くアデル__しかし見つめ返されたのは、やけに神妙な顔つきだった。
「いや、正直な気持ちを言ったまでだ。アデルも
カイルの最後の一言で、その場から笑顔が消失した。
3年間、共に歩んできた仲間がこうして顔を合わせるのも残りたった1日。
刻一刻と迫る“別れ”という避け難い現実を急に突きつけられたことで、食堂の空気は途端に湿っぽさを纏う。
「本当に、明日が最後なんですよね…」
心許ない気持ちを吐露するヴィド__そこにマチルダが水を差す。
「なんだ、ヴィド。寂しいのか?」
「だって、3年間も寝食を共にした仲間ですよ? 離ればなれになるのは寂しいに決まってます」
「それはわかるが、少なくともここにいる10名は同じ憲兵だろ?」
「同じ憲兵でも、同じ支部に配属されるとは限りませんから…」
「…ま、もしどこかで顔合わせたら挨拶くらいはしてやるよ」
「それは、ありがとう…ございます」
丁寧に礼を返すヴィドはまだ気が晴れないのか、口を尖らせたままでいる。
そんなヴィドを励ますように、ニコが陽気な身振り手振りで湿った空気を払った。
「ヴィドったら寂しがり屋さんだな〜!
それを聞いたヴィドが少し表情を和らげると、ニコの標的はカイルへと移った。
「…ねっ、カイルだってそう思うでしょ?」
突然話を振られたカイルは少し驚きながらも、すぐに笑顔を見せる。
「うん、そう思うよ」
この一言で、皆がまた頬を染めた。
その後は、湿っぽくなってしまった空気をカラッと吹き飛ばすような活気で、訓練生活の思い出話に花を咲かせるのだった。
***
___最終日。
訓練所内の清掃を終えた95期生たちは、訓練場に出て教壇の前に整列した。
壇上には担当教官のサトリッジとその横に調査兵団の幹部数名が並んで立っていた。
勿論そこには、エルヴィンの姿も__
「注目!これより【新兵勧誘式】を行う。各兵団の勧誘演説を聞き、最終希望兵科をこの場で決定せよ。まずは例年通り調査兵団より!……と、その前に。私から貴様らに賛辞の言葉を贈るとしよう」
そう切り出したサトリッジは、染み付いた仁王立ちに足幅を開く。
「皆、ここまでよくやった!私が担当した期の中で一人の脱落者もなく、卒業模擬戦闘訓練に全員が合格したのは前例がない。これは貴様ら全員で成し遂げた“偉業”だ!この先も誉れ高き兵士としての活躍を願う……以上だ!では、式を始めるとしよう!」
合図を受け、調査兵団の団長であろう人物が一歩前に出た。
「調査兵団第12代団長、キース・シャーディスだ。我々調査兵団の主な存在意義は、壁外における『探索活動』にある。壁の外には巨人がいる。諸君らがこの訓練所で3年間学んだ通り、巨人とはまさしく人類の存続を脅かす“脅威”だ。我々は100年近くにも亘り、狭苦しい壁の中での生活を強いられてきた。これは巨人による支配とも言えよう。調査兵団が目指すところは、巨人による支配からの脱却と、人類の更なる繁栄の礎となるべくその使命を全うすることだ。『人類の“矛”となりて脅威へ立ち向かい、人類の“盾”となりてその身を挺す』__これが兵士たる諸君ら本来の務めだ。先ほどこのサトリッジ教官より称賛された諸君らは、さぞ優秀な兵士なのであろう。しかし、実戦は訓練と違って常に
キースの演説が終わると、前方にいたアンカがいの一番に振り返って歩き出した。
それに続くように大半の訓練生が一斉に動き出す中、マチルダは動けずにいた。
何故なら隣に並ぶカイルとアデルが、
「何…やってる? どうして動かないんだ、カイル!?」
「……」
返事がない__カイルはただまっすぐ壇上を見つめ続けている。
その異様な様子に、マチルダは困惑せずにはいられなかった。
「憲兵ならここじゃない!聞いてなかったのか!?……さっきから、何を見てっ……!」
こめかみに汗を浮かべながらカイルの視線を追うと、そこには見覚えのある兵士が立っていた。
柄にもなく子供のようなはしゃぎ声を上げたカイルの姿*1が目に浮かぶ__
「あの兵士は、確か……まさか!調査兵団になる気か!? それじゃあ、昨日のアレは嘘だったのかよ!!」
声を荒げながら詰め寄るマチルダ__しかし、リリーがそれを引き留める。
「無駄だよマチルダ。もう…行こう」
「いや、まだだ!!」
聞き分けの悪いマチルダはリリーの腕を強引に振り払うと、カイルの正面に割り込んだ。
「ふざけるなよ。私たちを裏切る気か!? 『もう二度と顔を合わすことはない』ってほざいてたのは、このことかよ!? 調査兵団なんかに行っちまったら、私はお前らに負けたままになる!そんなの絶対に許さねぇぞ!!……なぁ、アデル!お前も何とか言ったらどうだ!?」
「…すまない」
アデルは罰が悪そうに、目を伏せている。
「クソッ!『
「……」
尚も返事はない__吠え面で噛み付いてくるマチルダなど、まるで眼中にないといった冷徹な瞳だ。
「あぁ、そうかよ。お前の気持ちはよく分かった……でもな? 謝れよ、お前……アンカに謝れ!!鈍感だかなんだか知らねぇが、あいつは
「マチルダ!!……もう、十分。そいつらは友達なんかじゃない。ただの、『裏切り者』だ」
「クッ……あぁ、分かったよ……行こう」
そうして二人は、一度も振り返ることなくその場を去って行ったのだった。
**
教壇の前に残ったのは、カイルとアデルを含めた計9名。
壇上では、サトリッジが調査兵団の団長キースに横やりを入れている。
「今年も貴様の兵団は
「高説痛み入るぞ、シェイキッド。しかし、今年は上位の中でも首席とその二番手が残った。貴様が担当した期からの志願者は“変人”の率が高い傾向にあるが、今年は
そう言ってキースはエルヴィンにチラりと視線を送りながらも、すぐにまた残った訓練兵に顔を向け直した。
「では、今この場に残っている諸君ら9名を新たな調査兵団の兵士として迎え入れる!よくぞ勇気を振り絞ってくれた。諸君らには心から敬意を表する!調査兵団における敬礼とは、『士気の高さ』を誇示するものだ。心の準備はよいか?……心臓を捧げよ!!」
「「 はっ! 」」
こうして、自由の翼を獲得した少年たちはそれぞれの想いを胸に刻み込むように、威勢よく敬礼をしてみせたのだった。
***
___夕方。
勧誘式が終わり配属兵科から説明を受けた95期生たちは、各自寮へと戻った。
明朝には配属の兵団支部へ移動するため、旅立ちの準備に取り掛かっていたのだ。
カイルも同じく、自分の部屋で衣類の整理をしていると…
バーーン!
突然、部屋の扉が勢いよく開かれた。
またハンジでも入ってきたのかと思ったが、入り口にいたのは目に涙を溜めたアンカだった。
そのままアンカがづかづかと押し入ってきたため、カイルは慌ててトランクの蓋を閉める。
「お、驚いたよ。急に……せめてノックぐらい…」
パシン!
頬にしびれるような痛みが走った__アンカがカイルの頬を引っ叩いたのだ。
「この裏切り者!一年目の時、カイル言ってたわよね? 憲兵を目指してるって……あれは嘘だったの? 復讐したい相手がいるって豪語してたのは誰よ!?」
カイルはじんと熱を帯びる頬に手を添えながら答える。
「…ごめん。皆と話を合わせておくと都合が良かったんだ。君に嘘をついたのは、本当に申し訳ないと思ってる……でも、この平手打ちには
「ええ、そうよ。私は上位10名から外れたみんなの気持ちを代弁しにきた……『最初から調査兵団に入るつもりだったのなら、なぜ憲兵団の権利を他の希望者に譲らなかったのか』__ってね。ここにいるみんなは、色んな事情で兵士を目指してる。そのことは、あなたも知っていたはずよ!」
耳が痛い。
だが、耳や頬よりも、胸が__
「あぁ、すべて知った上で俺は……自分の都合を通した」
「それはつまり、アデルも巻き込むってわかった上で!?」
「そうだ。だけど、それでも君がそこまで怒る理由がわからない。俺にだって事情はある。『他者に忖度することなく、己の持てる力をすべて開放すること』__それが、俺に与えられた“使命”だ。
「…知ってたわ。確かに、あなたの言ってることは正しいのかもしれない。だけど…」
唇が震える__それでも、言葉にせずにはいられなかった。
「
「…え?」
カイルが咄嗟に聞き返すも、アンカは言い直さない。
それどころか、先ほどよりもさらに声を荒げる。
「調査兵団……いや、あんな『自殺集団』に入るなんて正気とは思えない!壁の外に出るなんて
「…自殺、か」
カイルが小さく呟く__しかし、アンカは構わず続ける。
「私は小さい頃からたくさん見てきてた。壁外から帰還する調査兵の数が、半数にも満たないことなんて珍しくなかったわ!それも帰還できた兵士たちが皆、五体満足とは限らない。腕や足を失って絶望に満ちた兵士たちの顔が脳裏に焼き付いて、夢にまで出てくる始末よ。巨人になんか勝てるわけないのに。
「……」
カイルは何も言い返さない__そして、アンカの気持ちも、もう歯止めが利かない。
「カイル、あなたはもっとずっと賢いはずよ!あなたほどの実力者が無駄死になんて許されない!!……そうよ!今から取り下げれば、まだ間に合うかもしれない!私も一緒にっ…」
「アンカ、聞いてくれ」
ここにきて、カイルがいよいよ話を遮った。
「人間はいつ死ぬかわからない。誰もが長生きできる保証なんてないんだ。避けられない死や理不尽な死もある。どんなに権力を持っていようと、そこが壁の中であろうと、同じだ……実際のところ、俺を育てたおじさんは人の恨みに
「でも、だからこそ!現実的に考えて行動して、避けられるリスクは避けるべきだとは思わないの!? 私は無様に足掻いてでも、長く生きていたい。それは、誰しもが生まれながらに与えられた権利だと思ってる。あなたにだってその権利はあるはずよ!」
「もちろん、君の考えは否定しない。そして、きっと
「自由、に…」
「そう。自分の都合で“自由”を追い求めた結果、志し半ばに断ち切られたとしても、俺はきっと後悔しない……そう
「そ、それならっ…壁の中にだって自由に生きる方法はいくらでもあるわ!」
必至に訴えるアンカ__だが、カイルの意思は変わらない。
「俺にとってこの壁の中は、檻と一緒だ。君も言ってただろ? 『目の前の壁が鬱陶しい』って。人間が勝手に作った狭苦しい檻の中で生き残る道を試行錯誤するのは、俺が思い描く“自由”に反する」
「そんなのただの博打よ!檻の中から出たって、そこに自由があるとは限らないじゃない…」
「そう、壁の外に何があるかは誰にもわからない……
「もういい!そんな屁理屈が聞きたいんじゃないわ!!カイルがそこまで死にたいのなら、勝手に死ねばいい!」
「うん。
何故お礼を言われたのか__この時のアンカにはまだ、その“理由”が分からなかった。
**
カイルの部屋を走り去るように出て行ったアンカは、廊下の先でアデルとぶつかってしまう。
ドンッ!
「おっと!大丈夫か?」
「だ、大丈夫。何とも…ない…」
目元が赤い__誤魔化しきれないとわかっていながらも、アンカは袖で涙を拭う。
すると、アデルは申し訳なさそうに話を切り出した。
「その、怒らずに聞いてほしいんだが……アンカの考えはもちろん間違っていない。だけど、あいつのことは許してやってくれないか?」
「!?……さっきの話、聞いてたの?」
「全部ではないが、まぁ部分的には。あんな大声で喋ってたら外まで丸聞こえだぞ」
「あ…」
頬だけでなく耳まで火照り出したアンカは、少し冷静さを取り戻したようだ。
「ごめんなさい。私、動揺しちゃって……えっと、アデルは彼と同郷だったわよね?」
「あぁ」
「カイルは昔からああいう感じなの?」
「俺も出会ったのは12の時だが、あの歯に衣を着せない話し方は当時から変わらない。それと、あいつが周りの人間を寄せ付けない性格なのは、幼少期の“トラウマ”からじゃないかと思う」
「え、トラウマって……何があったの!?」
「あいつは長いこと周囲の人間から虐げられていたんだ。親からは奴隷のように扱われ、学校ではいじめに遭う。そんな生活が10年続いたそうだ」
「10年も!?」
「極め付けに、いじめの
「も、燃やしたって…なんてひどいことを!? まさか、カイルが言ってた『育てのおじさんが巻き込まれた』ってのは…」
「その火事で死んだ親父さんのことだ。だから復讐したい相手がいるってのは
「あ…」
「だがあいつは復讐のために生きるのではなく、自由に生きることを選んだ。俺はその“選択”を尊重したい」
カイルの壮絶な過去を知ったアンカは罪悪感に苛まれた。
もし、自分がカイルの立場だったら__ふと軽率な考えが脳裏に過るも、アンカは首を振ってそれを振り払う。
「確かに、カイルは正しい道を進んでいると思う。そして、おそらく私の主張はカイルの“自由”を奪っている。だけど、それでもやっぱりカイルには、壁内で安全に暮らしてほしいという私の気持ちは変わらない。だって、カイルは私の“憧れ”だもの。長生きして幸せでいてほしい……だから、これだけは絶対に引き下がらない」
「あいつならきっと、アンカがそう思うことも『君の自由だ』とかって言うんだろうな…」
「!…」
それを聞いたアンカは、先ほどカイルに言われた『ありがとう』の意味が少しだけわかった気がした。
胸のわだかまりが解け、心がスッと軽くなっていく__
「ふふっ、カイルらしいわね……ところでアデル、一つ聞きてもいいかしら? もしかして、
聞いてもいいかと切り出したくせして、アンカは何故かその先の言葉を飲み込んでしまう。
「…ん、カイルが何だ?」
「ううん、やっぱり何でもない!アデル……彼のこと、頼んだわよ」
「あぁ。任せておけ」
**
アンカを見送ったアデルは、そのままカイルの部屋へと向かった。
開けっ放しになっていた扉を閉めながら部屋に入ると、そこには頬杖をつきながら窓の外を見つめるカイルの姿があった。
「お前も罪な奴だな」
「…アデルか。ノックぐらいしてくれよ。それに、盗み聞きなんて無粋だ」
「さっきアンカとすれ違ったが……泣いてたぞ」
「…それは、悪いことしたな。アンカは本当にいい子だ。長生きしてほしい」
「アンカはどんな相手にも喰らいつく度胸がある。心配ないだろう」
「そこが心配なところでもあるけど…」
「ふっ、言えてる」
アデルは鼻で笑い返すと、真剣な声色に切り替えた__改めて、カイルの“意思”を問い正そうというのだ。
「本当に行くんだな? 調査兵団に…」
「あぁ、俺はそのために
「そうか。まぁ、俺はお前の行く先にとことんついて行くまでだ。アンカにもお前のことを頼まれたしな」
「でも、君がついてきたことで、
「…あいつは知らん。別に俺についてきたとは限らんだろ?」
「はぁ……君も
「おい、やめろ……あいつは“男”だぞ!?」
「でも、お似合いだと思うよ?」
「なっ!? お前なぁ…!」
「ははっ、冗談だ。とにかく、俺たちは
「…あ、あぁ。礼はいらない」
アデルは咄嗟に、緩み出した口元を手の甲で隠す。
カイルはその仕草に見覚えのあったのか、首を傾げて此方を見上げてくる。
綺麗な瞳に映り込む自分と目が合いいたたまれなくなったアデルは思わず、目線を下に外した。
すると、窓のへりに一羽の鳥が止まっていることに気づく。
「あ、お前の鳥…」
「フィン!来てくれたんだね!」
フィンは利口にも、カイルが差し出した腕に流れるように飛び乗って見せた。
「すまない、フィン。俺は明日、ここを去らなければならないんだ」
先ほどのカイルのように首を傾げるフィン__この小鳥は人の言葉を理解しているのだろうか。
「君はもう野生で暮らしていけるほどに成長した。寂しいけど、ここでお別れだ。またどこかで会えるといいね」
カイルが話し終えると、フィンは腕から肩に移動した。
それから数回だけ頬をつついたのち、窓の外へと飛び立って行ったのだ。
その後ろ姿を、二人は目で追う。
沈みゆく太陽に向かって一直線に飛ぶフィンの翼は、炎のように赤く燃えている。
まるで、
儚さを纏うフィンの背中をうっとりと眺めながら、カイルはぼそっとつぶやいた。
「なんて、綺麗な“翼”だろう…」
こうして、カイルの『訓練兵生活』はようやく、幕を閉じるのだった。
―【 続く 】―
〜後書き〜
『生きてる限り二度と会えないことはない…(意味深)』
…どうも、著者です(´-ω-`)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
さて、訓練兵団の話が終わりましたが。
この先何名の同期がカイルとの再会を果たすでしょうかね?
次回!いよいよ調査兵団入団!!
■おまけ
◎アデル・ブラッツァー:名前の由来
アデルに関しても、ドイツの人物名一般サイトを参考にさせてもらってます。
・『Adel』:気高い
・『Blaz』 :断固たる守護者
名前は「Adel」そのままで、名字は「Blaz」に「er」をつけた造語で「Blazer」としています。
アデルがカイルにとっての『気高き守護者』となるよう願いを込めて__
◎95期生(W・M南区)から調査兵団を志願した訓練兵
1. カイル・シャルマン
2. アデル・ブラッツァー
3. ワンダ・テイラー (おかまキャラ)
4. カティ・カロライン
5. モルガン・ヤーン
6. セト・ベッケンバウアー
7. ウィリアム・カーラー
8. メルラ・シュナウザー
あと一人は、意外なあのキャラです。
次の話で出てきますのでお楽しみに!
※今後、名前も出ずに著者の中で死亡したことになってるキャラもいますので、ご了承くださいm(_ _)m