___翌日。
調査兵団本部の訓練場では、エルヴィン分隊の他の班たちが基礎訓練を始めている中、カイルは訓練場の横にある小屋の中で椅子に腰かけていた。
手にはエルヴィンから配られた編成図の資料を握り、虚ろな目で床の木目模様を追っている。
その瞳からは生気が感じられない__誰がどう見ても落ち込んでいるというのがわかるほどに、ずっしりと重たい空気を放っていた。
そこへ、リヴァイが入ってくる。
「オイ…ここはなんだ?」
カイルは床を見つめたまま、途切れ途切れにリヴァイの問いに答える。
「…作戦会議用の小屋です……訓練中、何か話し合いがあるときに使う…」
「なるほど。それでその訓練はまだ始めねぇのか?」
「…えぇ……この班には、もう1人配属したので……来たら、始めます…」
「そうか。ところで、この部屋に箒はあるか?」
「箒なら、そこに……何をするんですか?」
「あぁ? 箒ですることと言えば一つだろうが……掃除だ」
「そう、ですか……ご自由にどうぞ…」
カイルの返事を受けると、リヴァイは早速小屋の窓を開け、箒で床の埃を掃き始めた。
リヴァイの素早い箒捌きを横目に、ただ椅子の上でじっとしていたカイルだったが、時折手に持っている資料を見返しては大きくため息をつくのを繰り返していた。
その様子を見兼ねたリヴァイがカイルに突っかかる。
「オイ…さっきから何なんだ、お前。クソでも漏らしたみてぇに落ち込みやがって……俺の一撃を食い止めた時の威勢はどうした? 後から入った俺の下に付くのが、そんなに嫌か?」
「序列なんて気にしてません……
「だったら、なんだ……こうも四六時中湿っぽくされちゃ、こっちまでカビが生えちまうだろうが」
すると、カイルは手に持つ資料をくしゃっと握りしめ、訴えかけるような瞳をリヴァイに向けた。
「俺は、入団当初からずっと……ずっと、エルヴィン班だったんです!」
「…だから、何だ?」
「わかりませんか? この絶望が……今回、エルヴィン班を
「エルヴィン、エルヴィンって気持ち悪いな、お前……調査兵団だって立派な組織だろうが、編成なんてコロコロ変わる。いちいち文句言ってられねぇだろ」
「だけど、こんなのあんまりだ。貴方の補佐なんて、他の兵士がやればっ……俺より適任なんて、もっと他にも……~~~~」
「……」
リヴァイは箒を持ったまま、ぶつぶつとつぶやき続けるカイルに冷たい視線を向けていた。
しばらくつぶやき続けたのち、カイルは悲壮感漂う表情でリヴァイに尋ねる。
「もしかして、俺は……エルヴィンさんに見放されたんでしょうか?」
「知るか。チッ、めんどくせぇ……お前、本当は集団行動に向いてねぇだろ」
「…貴方に言われたくありません」
「そうか、お前に
「それはつまり……俺が、エルヴィンさんに1番信用されている、と?」
「そうだ。おそらく、この兵団の中で1番の実力者は、のっぽのミケとかいう奴だろう……だが、エルヴィンはそいつではなく、お前を俺の補佐に選んだ。ということは、お前に何かしらの
「!?……そこまで読めていましたか」
リヴァイに諭され、我に返ったカイルは内心驚いていた。
(凄いと言うべきか……むしろ恐ろしい“観察眼”だな。エルヴィンさんやハンジさんに引けを取らないほどの…)
カイルは握りしめていた資料を机に置くと、自分に言い聞かせるように言葉を発した。
「貴方の言う通りです。俺にはちょっとした特殊な力があり、この班に託された重要な任務のために貴方の補佐として選ばれました…」
「なら、物事の本質を見失うな。奴はお前を信用しているからこそ、この班を
「はい。……ははっ、まさかエルヴィンさんの命を狙った貴方に説き伏せられてしまうとは……すみません。情けない姿をお見せしました。もう、大丈夫です」
「あぁ。あまりに情けねぇもんだから、本当にあの時と同じ奴かと疑ったよ」
「あの時は、俺も無我夢中で……貴方を止められたのも、まぐれに近いです」
「だが、してやられた。勝てる気がしねぇと本気で思っちまうほどにな。お前に特殊な力があるとすれば、それはおそらく……“眼”だろ」
「えっ……どうしてわかったんですか!?」
「勘だ」
「ただの……勘?」
「あぁ、そうだ」
「……」
自身の能力を初めて人から言い当てられたカイルは、嬉しいような恥ずかしいような少しくすぐったい気持ちになった。
だが、遠征時のことを思い出してしまい、また顔を曇らせる。
「あの、リヴァイさん」
「…なんだ」
「勘のいい貴方ならお気づきかもしれませんが、先の遠征でエルヴィンさんが貴方に放った
「あぁ、わかってる」
「本当に残念です……イザベルはとても良い子でした。ファーランさんも…」
「イザベルもお前のことを『良い奴だ』と言い張っていた。ファーランは……昔、
「えぇ、偶然にも……ファーランさんは俺のこと、他に何か話してましたか?」
「…イヤ、お前ん家に盗みに入ったとしか聞いてねぇが」
「そうですか……
「…?」
ガチャッ……キィィ…
その時、数名の兵士を引き連れた女性兵士が扉を開けて部屋に入ってきた。
「カイル、お待たせ!連れてきたよ!」
「あぁ。ありがとう、セト」
カイルは立ち上がり、リヴァイの一歩前に出る。
「リヴァイさん。この班は俺ではなく、
そして、カイルはくるっと振り返ると、リヴァイに向かって笑顔で号令をかけたのだった。
「それでは、始めましょうか……『戦力特別強化訓練』を!」
***
___【第1分隊特別作戦班】
それは、調査兵団における全体兵力の底上げを目的とし、エルヴィンが提唱した案であった。
長距離索敵陣形を取り入れるにあたって課題となるのが、『戦力の均等分布』だ。
陣形を広範囲に配置すると戦力が分散されてしまい、各班の戦力は必然的に下がる。
そのため、長距離索敵陣形をより強固なものにするには、兵士一人一人の実力を上げる必要があった。
そこでエルヴィンは、ミケと互角__いや、
特別作戦班の存在意義は、リヴァイの立体機動の技術を分析し、他の兵士がそれを模倣することにある。
カイルを補佐につけたのは、リヴァイの技術を
カイルは『眼の能力』によってリヴァイの動きを細かく分析することができ、一度見た動きを再現できるという特性から、補佐として適任であると言える。
とは言え、カイルにはその特殊能力がある故に、一般兵への通用性の判断に欠けてしまう。
そこで、他の兵士へ伝授する前に、一般兵でも習得可能な技術かをテストするため、リヴァイと
そして、習得した技術を兵全体に広めるために、まずは各分隊の代表者1名ずつに伝授し、その代表者からそれぞれの隊へと徐々に伝授していくという計画だ。
各分隊の代表者として、第2~第4分隊からはそれぞれヘイター、アデル、ゲルガーの3名をセトが選出した。
さらにカイルは分析官の助っ人として、ハンジの班からカティを借り出していたのだ。
「…って、セト。君が連れてきたのは、全員俺たちの同期じゃないか。本当に直感で決めたのか?」
「大丈夫!『全員素質あり!!』と、私の直感は言ってるよ!……そう言うカイルだって、カティ連れてきてんじゃん!」
「カティは分析官だ。訓練所の時から頭脳派だったからね……まぁ、君の型破りな勘の良さは、マレーネさんのお墨付きだけど……カティ、どう思う?」
話を振られたカティは、まるでハンジのように眼鏡をくいっと押し上げながら答える。
「うーん、今回みたいに隊の垣根を越えて指導する訓練は、初の試みだし……勝手がわからない以上、同期とか近しい間柄で協力し合うのは合理的ではあると思う。全員高い潜在性を秘めているし、技術力も申し分ない。それに、
「え、俺の立場…」
「ほらねぇ、カティもこう言ってんじゃん!」
セトはヘイターの言葉に被せるように、カイルの肩を叩きながらカティの意見に便乗した。
「わかった。カティがそう言うならこのメンバーで行こう」
カイルが納得したように頷くと、そっぽを向いたヘイターが小声で何かをつぶやいた。
「チッ…なんで俺がこんな犯罪者なんかと…」
「ん…ヘイター、何か言ったか?」
すぐにカイルが聞き返したが、ヘイターは目を反らしたまま不機嫌そうに答える。
「…別に。何でもねぇよ」
「…?」
カイルはやけに機嫌の悪いヘイターの様子が気になりつつも、気持ちを切り替えるようにリヴァイの方へと向き直った。
「では、早速見せていただきましょうか。まずは、馬術から……その次は、平地討伐演習、森林討伐演習と順に行っていきましょう」
「…あぁ」
リヴァイは少しかったるそうな顔をしていたが、その後も文句一つ垂れることなく、カイルの指揮に素直に従った。
**
それからは、とにかく
リヴァイの技術を初めて目にした時から気づいていたが、やはりその身のこなしは常軌を逸している。目で追うことはできても、何故その動きを実現できるのか不思議で仕方がなかったのだ。
(これが、エルヴィンさんを認めさせた力……とても敵う相手ではないな。あの時、俺が一撃を受け止められたのは、本当にまぐれだったと思わされる。まるで、
カイルは間近で見るリヴァイの洗練された動きに、唸るように感心していたのだった。
***
___その一方で。
エルヴィンは少し離れた位置から特別作戦班の訓練を眺めていた。
するとそこに、ハンジが意気揚々と割り込んでくる。
「おぉ~、始まってる始まってるぅ!エルヴィン、『特別作戦班』とはまた大きく出たね」
「あぁ、リヴァイの実力はとても無視できない。あの技術を少しでも多くの兵士に広められれば、調査兵団の戦力は格段に飛躍するだろう」
「それにしても、カイルを補佐につけるとは……何か考えがあるのかい?」
「リヴァイの経歴上、まだ調査兵団の中でも奴への印象は芳しくない。現状、奴の指図を快く受ける者は少ないだろう。そこであの子の
「はは、ごもっとも。しかし、あの2人の相性がいかなるものか……私は、カイルが奴に取って喰われたりしないか心配だよ」
「そうか?意外と良いコンビだと思うがな。ところでハンジ……お前、いつから私にタメ口なんだ?」
「あ、あれぇ!?…(小声で)自然な感じでイケてるかと思ったけど……あははは、すみません!ミケも別の隊になったし、そろそろいいかと…」
そう言ってハンジが機嫌を伺うようにチラッと目線をやると、エルヴィンは小さく微笑みながら振り返って歩き出した。
「ふっ…構わないさ。こちらも訓練を始めるぞ」
「了解っ!」
元気よく返事をしたハンジは、少し早歩きでエルヴィンの後ろについて行ったのだった。
***
___数時間後。
特別作戦班の演習は順々に進められていき、一同は森林へ移動していた。
森林討伐演習では、実際の応戦時のような状況を再現するためにヘイター・アデル・ゲルガーの3名も加わり、班で連携を取りながら巨人を討伐するというシチュエーションで行うことにした。
カイルはその班の後を追いかけるようにして、リヴァイの動きを観察している。
すると突然、ヘイターが想定外の動きを見せた。
リヴァイが巨人のうなじを狙おうと勢いをつけたとき、何故かヘイターが
リヴァイはぶつかる寸前のところで体を捻らせ、何とかヘイターをかわしたが、避けた先には巨人の模型が迫っていた。
衝突を免れるためガスを思い切り噴出し、勢いよく体を回転させながら模型の角を粉砕するリヴァイ__なんとか窮地を脱することはできたが、巨人のうなじは狙えずに仕切り直しとなってしまったのだ。
**
一悶着はあったものの、その後は難なく演習をこなしていき、森林討伐演習を終えたところで一旦休憩を取ることにした。
カイルは小屋の外に設置されている水飲み場で、リヴァイにボトルを差し出しながらその技術力の高さを称賛する。
「本当に驚きました……貴方の能力は底が知れない。立体機動装置への理解もさることながら、斬撃の進入角度や正確性、空間把握力、瞬発力、判断力、持久力、すべてにおいて非の打ちどころがありません。俺の“眼”でも追うのがやっと……常人の筋力・骨格ではあり得ないと思える瞬間もありました。
「人を『化け物』呼ばわりか?……褒めてるのか
「褒めてます。それにしても、貴方の…その…」
カイルはその先の言葉を少し躊躇ったが、顎に手を添えながらリヴァイの体格を再確認すると、また言葉を続けた。
「その
「オイ、さっきの間は何の意味があった?……お前、やっぱり俺を
「
「あぁ?何も仕込んじゃいねぇよ」
そう言ってリヴァイは左腕を少しまくって見せたが、カイルは首を横に振った。
「そっちじゃなくて、反対の腕です。さっきの演習で巨人の模型を粉砕した際、腕をぶつけているように見えました。それ以降、少し右腕を
「!?……ほぅ、どうやらお前のその眼も“本物”らしいな」
「これくらいしか取り柄がありませんが……応急処置をしますので、捲ってください」
「…あぁ。助かる」
リヴァイの右腕は袖に血が滲むほどの酷い擦り傷で、手首から肘に至るまで皮膚がずり剥けてしまっているほどだった。
カイルはその痛ましさに顔をしかめながらも、冷静沈着に処置を始める。
腕の血を水で洗い流し、傷口を消毒し、綿布を当てて素早い手捌きで包帯を巻く__その手際の良さには、班員たちも目を見張るほどだ。
すると、カイルの斜め後ろから覗き込むように身を乗り出していたヘイターが急にちょっかいをかけてきた。
「ほぉ~…カイル、お前手際良いな。
だが、カイルはそれを無視し、黙々と処置を続けている。
そして、包帯を巻き終え、立ち上がったかと思うと…
ガシッ……ドンッ!!
いきなりヘイターの胸ぐらを片手で掴み上げ、その勢いのまま小屋の外壁に押し付けたのだ。
「…ってぇーな、何すんだよ!」
ヘイターが声を荒げると、ゲルガーとセトがカイルに冷やかしを入れる。
「ふぅ~、お熱いねぇ!」
「ちょっと、カイル!ヘイターのおふざけはいつものことじゃん!?」
すると、カイルは凄まじい剣幕で2人を睨みつける。
「すまないが、2人は少し……黙っていてくれないか?」
その重々しい声色に気圧されたゲルガーとセトは、大人しく口をつぐむ。
カイルはヘイターに顔を向け直すと、胸ぐらを掴む手に力を込めながら問い詰めた。
「森林での演習時、君は……
「ハッ、だったらなんだよ……実践では、あぁいった
「君の言う通り、もちろん実践では想定外がつきものだ。連携がうまく取れず、兵士同士の事故が起こることだってある……だが、それは!決して
「だから、これも!そういった事故を想定した“訓練”なんだよ!!なら、故意にならざるを得んだろ?」
「訓練だったら何をしたっていいって言うのか? そんな屁理屈は通用しない。もし、リヴァイさんがあの勢いのまま模型に体を打ちつけていたら、最悪の場合……大怪我どころじゃ済まないぞ!」
「そしたら、この兵団から
ヘイターの言葉に顔の血管を浮き上がらせるカイル__その瞳からは光が消えていた。
「いいや。それは違う……最悪の場合、調査兵団は変革のための
「こいつがそんな大層なもんかよ!!どう見ても悪人ヅラだぜ!?」
「外見や経歴は関係ない。大事なのはこの先どうするかだ。この人は、調査兵団の“未来”を変える……今の調査兵団に
「俺が邪魔したくらいで模型にぶつかってる奴が、か!?……ハッ、正気じゃねぇよなぁ? あの時、俺を避けずにそのままうなじを狙うことだって出来たはずだろ!?」
「…そうだ。あの時、リヴァイさんは君にぶつかってでも、うなじを狙いに行くことはできた……だが、
「は? しなかったって……な、何だよ、そりゃ……一体、どういうっ…」
「あの時、空中で君たちが交差する点の真下の枝には、別の訓練時に落としたであろうブレードが突き刺さっていた。もし、リヴァイさんが君を構うことなくぶつかっていたら、どうなっていたと思う!?」
「!?……ま、まさか…」
「君の落下点は、
「なっ!?……そ、そんな、
ヘイターの口から何度も発せられる『犯罪者』という言葉が耳に障ったのか、カイルは顔を強張らせ、さらに声を荒げた。
「さっきから犯罪者、犯罪者って……自分が同じ境遇でもそうはならないと、自信持って言えるのか!?地上暮らしで訓練所を出ていれば必ず真っ当な人間だと、そう言いたいのか!? デタラメもいいところだ!……君は今日、兵役違反を犯した!立派な『犯罪者』じゃないか!!……俺だってそうだ!俺は昔、人をっ…」
「カイル!よせっ!!」
ガシッ!
アデルに力強く肩を掴まれ、ハッと我に返るカイル__そんなカイルの瞳から光が失われていることに気づいたアデルは、宥めるように言葉をかける。
「少し落ち着け。瞳孔が開きすぎだ」
「ごめん、つい……もう、大丈夫」
冷静さを取り戻したカイルは、ヘイターの胸ぐらからゆっくり手を離すと、今度は落ち着いた声色で言葉を続けた。
「ヘイター、サトリッジ教官がよく言ってただろ……『訓練だろうが何だろうが、油断した奴から死んでいく』と。今日の訓練で油断していたのは、
そう言って宿舎を指差すカイル__それに対し、ヘイターは俯きながらか細い声で返事をした。
「…あぁ、わかった」
そのまま誰とも目を合わすことなく、宿舎の方へ歩いて行くヘイターの後ろ姿を見送ったカイルは、大きくため息を吐く。
「はぁ……皆さん、お騒がせしました。すみませんが、俺も少し頭を冷やしてきます。しばらく休憩していてください」
そう言ってヘイターとは反対方向に歩き出したカイルが向かった先は、馬小屋だった。
どうやら愛馬のシャルルを撫でて心を落ち着かせているらしい。
そんなカイルの様子を眺めていたセトが止めていた息を吐き出すように口を開く。
「っひゃあ~~、怖かった!!あ、あれってわざとだったんだ…全然気づかなかった……ねぇ、アデル!確か、カイルとは同郷だったよね?」
「あぁ、そうだが」
「カイルって怒るとあんな感じなの?」
「いや、あいつは滅多に怒らない。基本、いつも冷静だ。あれほど我を失ったのは、訓練兵時代に一度だけ……エルヴィンさんのことで俺が…」
―“『エルヴィンさんは信頼できる。それは心で感じてる…』”―
その時、カイルの言葉を思い出したアデルは、ハッとした表情でリヴァイを見る。
「…まさか、
アデルの意味不明な言葉に、セトはきょとんとしていた。
「え?何が?何この気まずい空気……ウ…ウンッ (咳払い)!えぇっとぉ~…リヴァイ班長?」
「…なんだ」
「お手洗い……行ってきてもいいですか?」
「今は休憩中だ。そんなもん、勝手に行け」
セトはリヴァイの返事を聞いた途端、逃げるように駆け出した。
それを怪訝そうな目で追っていたリヴァイだったが、何も言わずに立ち上がると、馬小屋の方へと歩き出した。
アデルはそれ引き留めようと手を伸ばすも、何故かすぐに思い留り、引っ込めた手でそのまま髪をぐしゃっと掻き上げた。
やけに悔しそうなアデルの表情に居たたまれなくなったカティも、一旦その場を離れることにした。
「ごめんけど、私もちょっとハンジさんのところへ……分析結果まとめたから意見もらいに行ってくるね」
「あぁ、わかった」
こうして、班員たちは散り散りになったのだった。
***
___その頃。
馬小屋に向かったリヴァイは、黙ってカイルの隣に立つと、シャルルの横の馬を撫で始めた。
「馬ってのはいい。動物は
「…えぇ、そうですね」
咄嗟に返事をしたカイルだったが、内心ではかなり驚いていた。
リヴァイの口から出た言葉に、
カイルがゆっくりとリヴァイの方に目を向けると、一瞬、ジェイクの影と重なった気がした。
「リヴァイさん、あのっ……『ジェイク・アッカーマン*1 』という方をご存じですか?」
「…イヤ、聞かない名だ」
「そう、ですか…」
「お前の知り合いか?」
「はい、昔の恩人です。その方は、今のリヴァイさんみたいに俺を励ましてくれました。……また、会えるといいな…」
カイルは切なげな笑みを浮かべながらまたシャルルを撫で始める。
リヴァイもまた、黙って馬を撫でた。
その様子を遠くから眺めていたアデルは、一人悔しそうに拳を握りしめていたのだった。
***
___翌日。
訓練の準備をしていた特別班の元へ、バツの悪い顔をしたヘイターがトコトコとやってきた。
ヘイターはリヴァイの前で立ち止まると、突然声を張り上げながら頭を下げたのだ。
「本当に、すみませんでしたっ!!」
ヘイターはさらに深々と
「昨日までのご無礼を、どうかお許しください!俺が間違ってました!!……俺、貴方の才能に嫉妬してたんです!そんな理由であんな幼稚なことを……どんな処罰でも受けます!だから…だから、もう一度!この班でご指導いただけないでしょうか!?」
そう言って肩を震わせるヘイターに、リヴァイが静かに言い放つ。
「お前に罰を与えている暇はねぇ。調査兵団は
「この班の班長は貴方です。俺は、班長の判断に従いますよ」
「…だとよ。とんがり頭、お前が今すぐ取るべき行動は一つだ。馬鹿丸出しの
「…し、師匠ぉぉぉ~~~!!!」
「オイ、その呼び方はやめろ」
この日を境に、特別作戦班の訓練はより一層、活気に溢れていったのだった。
**
訓練では基本的にカイルとカティでリヴァイの技を分析し、2人が他の班員に指導する形式を取っていたが、随所でリヴァイも助言するようになった。
特に斬撃を繰り出す際に体を回転させる技は、同じ腕力でも斬撃の威力が格段に上がる。
さらには、回転の遠心力を利用することで、一度の攻撃における体力の消耗度合も著しく改善される利点もあるのだ。
そのため、この技の習得が『最重要項目』とされた。
しかし、この技を繰り出すためには鍛え抜かれた“体幹”と研ぎ澄まされた“瞬発力”が必要であり、習得は困難を極める。
そこで、基礎訓練の内容から抜本的に見直し、筋力・体力を増強させるところから始めることにした。
あとはひたすらに反復練習で体に覚えさせる__そうして、特別作戦班の兵士からそれぞれの隊へと技術を広げていくことで、精度に差はあれども数多くの兵士がその技を習得するにまで至った。
この頃には、リヴァイも調査兵団の中に打ち解けていき、いつからか特別作戦班は通称『リヴァイ班』と呼ばれるようになっていた。
そして、本来の特別作戦班であるリヴァイ・カイル・セト以外の班員は、遠征時には各自所属班での持ち場になるはずだったが、
***
___数か月後。
とある壁外調査にて…
「左翼前方、巨人3体出現!!トーマ班にかなり近づいています!」
巨人発見の信煙弾が打ち上げられたため、その発信元であるトーマ班の様子を目視で確認したカイルが声を上げる。
それを受け、班長のリヴァイが分隊長のエルヴィンに指示を求めた。
「チッ、避けきれそうにねぇな。……エルヴィン!!」
「あぁ。リヴァイ班、出撃!!」
「行くぞ、お前たち!」
「「 はっ! 」」
特別作戦班はリヴァイの号令で進路を変え、トーマ班の元へと駆け出した。
その途中、リヴァイが班員に指示を出す。
「俺とヘイターで奥のでけぇのをやる!!……カイル!お前はセトを連れてトーマ班と合流し、手前の小せぇ2体をやれ!!」
「了解!……セト、行くぞ!!」
「うん!」
指示通りにトーマ班へ合流したカイルは、班長のトーマに作戦を伝え、2体のうち1体はトーマ班に任せることにした。
カイルとセトは狙いを定めた1体へと向かって行き、セトが囮となって巨人を引き付ける。
そして、カイルが隙を見て巨人のうなじを狙いに行こうとしたその時__すぐ傍の小屋の影に隠れていたもう一体の巨人が、ぬっと顔を出してきたのだ。
「カイル、下だ!!もう一体いる!」
セトの叫び声を聞いたカイルは、瞬時にアンカーを刺し直し、軌道を切り替える。
それから短く息を吐き、眼に力を集中させ、一気にガスを噴出すると…
ザシュッ!………ザシュッ!!
カイルは体を回転させながら1体目、2体目へと流れるように飛び移り、巨人のうなじを連続で削ぎ落してみせたのだ。
ズドドドーーーン…
うなじを削がれた巨人たちが次々と地面に倒れ込む音が響いた。
カイルは華麗に地面へ着地すると、腕で額の汗を拭う。
そこに、すでに奥の巨人を討伐し終えたリヴァイとヘイターが駆けつけてきた。
「なかなかやるじゃねぇか」
「に、2体同時は初めてで……さすがに、堪えますね」
カイルは少し情けない声でそう言うと、震える腕を押さえながら苦笑いしてみせた。
「ふっ……急げ、隊に戻るぞ!」
この時、カイルは初めて、リヴァイのはにかんだ表情を見るのだった。
***
___特別作戦班発端から、1年。
その間に実施された壁外調査では、長距離索敵陣形の効力に加え、特別作戦班の活躍や各班の戦力増強が大きく作用し、被害数が格段に激減していた。
それまでは王政府や納税者から冷徹な視線や批判的な野次を浴びせられてきた調査兵団だったが、ここ数回の壁外調査における右肩上がりな実績により、出資者が増えるという“味方風”も吹き始めていたのだ。
調査兵団の躍進はこれからだ__誰もがそう思っていた。
《その時》》までは__
この先、カイルは“苦渋の決断”を迫られることになる。
そして、その試練を乗り越えた先には、
壁内世界の安寧を
―【 続く 】―
〜後書き〜
『カイルのエルヴィン熱は著者のソレそのものです』
…どうも、著者です(´-ω-`)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、リヴァイが調査兵団の中で特別な存在へと成り行く過程にフォーカスを当て、かなりの要素を盛り込みました。
・カイルのエルヴィンに対する執着心
・ハンジとエルヴィンの距離感の縮まり
・ヘイターとカイルの衝突
・アッカーマンの伏線
・『リヴァイ班』の発足
・調査兵団に対する風向きの変化
…詰め込みすぎですね(笑)
◼︎次回予告:『#16 ウォール・マリア陥落事件』
いよいよ845年です!!
『あの日』の調査兵団の動きを描いています。
カイルに待ち受ける試練とは…!?
キースが調査兵団を去るに至った経緯とは…!?
※原作にかなりのアレンジを加えておりますので、ご了承くださいm(_ _)m
〜おまけ〜
今回ゲルガーが出てきましたが、カイルはナナバやゲルガーとも同期の設定です。(訓練所は違います)
設定上同期ってだけで今後あまり深くは関わらないです、すみません。(名前だけは出てきたりするかもです)