進撃の巨人~もう一人の選択~   作:赤道さとり

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#20 復讐 〜エルヴィン暗殺事件〜

 

___847年。

 

 

【巨人捕獲作戦】が決行されてから約半年が過ぎた。

 

調査兵団では捕獲した巨人を対象に、『意思の疎通』、『弱点の追究』、『痛覚の確認』など様々な実験を試みてきたが、得られた“情報”としてはこれまでにも報告のある個体差による特性の違い程度のものばかりだった。

 

それでも壁外調査において更なる躍進を遂げていた調査兵団は、ウォール・マリア奪還作戦への行路開拓に勤しむ献身的な姿勢から、少しずつではあるが民意の支持も取り戻しつつあった。

 

そんな折、駐屯兵団の中でも立ち上がる者が一人__トロスト区で南側領土を束ねる最高責任者、ドット・ピクシス司令だ。

 

『巨人は()()()攻めてくる』という通説通り、2年前のウォール・マリア陥落事件では最南端のシガンシナ区が襲撃された。

 

そのため、次に狙われる可能性が高いトロスト区は最重要区とされ、その防衛の全権を任されているのがピクシス司令なのだ。

 

ある日のこと、かのピクシス司令より【晩餐会】の誘いを受けたエルヴィンは、幹部数名を連れてトロスト区の一画にあるレストランを訪ねることになった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___その日は、生憎の悪天候。

 

 

ドス黒い雲がトロスト区に蓋をし、降りしきる雨が数歩先の視界を奪うほどだった。

 

そんな中、馬車に乗った調査兵団の面々、エルヴィン、リヴァイ、ミケ、ハンジ、カイルの5名は、駐屯兵団の支部から少し離れた場所に位置するレストランに到着した。

 

馬車を降りると、駐屯兵で構成されている“警備兵”が建物の至る箇所に配置されているのが目に入った。

 

さらにレストランの入り口では、一人ずつ身分証の提示をも求められたのだ。

 

調査兵団一行は、その厳重な警戒態勢に気を引き締め直す。

 

その時、兵服についた雨露(あまつゆ)を払いながら兵員帳を取り出しているカイルの元へ、一人の女性兵士が駆け寄ってきた。

 

 

「…久しぶりね、カイル」

 

「君は……アンカ!?」

 

「よかった、覚えててくれたのね」

 

「もちろん……だけど、見違えたよ。さらに綺麗になってるもんだから…」

 

「あ、ありがとう……あなたも()()()()()のようだけど、あのカイルが“分隊長”とは驚きね。アデルは元気にしてる?」

 

「あぁ、今は俺の隊で班長を務めてくれているよ」

 

「そう、よかった。あの…こんな時になんだけど、私……あなたに謝りたくて…」

 

「卒団式でのことか?…それなら謝る必要なんか……俺がみんなを騙していたことに変わりはないんだ」

 

「ううん、違うの……あなたの言ってたことは間違ってなかった。2()()()、改めてそれを思い知らされたわ」

 

「!?……2年前って、まさか……確か君の生家は…」

 

「そう、シガンシナ区よ。当時、私はトロスト区に配属されたばかりだった。ずっとシガンシナ区からの異動を希望しててね?…ようやくそれが叶って、家族を一つ内側へ連れて行けると思った矢先に……今の私にはもう、()()()()()()()がなくなってしまったわ」

 

「…残念だ。とても辛かったろう」

 

「えぇ、とっても……でもね、その時気づいたの。現実を見れていなかったのは、私の方だった……だから、あなたの言葉を頼りに()()()()()()()()ことにしたわ。とりあえずは、トロスト区(ここ)で頑張ろうって。そうすれば、またあなたに会えると思ったから…」

 

 

そう話すアンカの笑顔には、悲壮感が漂っていた。

 

その表情にカイルが胸を痛めていると、先に中に入っていたリヴァイが扉からひょっこりと顔を出した。

 

 

「オイ、何もたついてやがる……さっさと中に入れ。ひでぇ雨だ」

 

「すみません、兵長!今行きます!……ごめん、もう行かなきゃ」

 

「いいのよ。呼び止めてしまってごめんなさい。私も警備班に戻るわ……またね、カイル」

 

「あぁ、また…!」

 

 

そうして、カイルはアンカへ小さく手を振ると、リヴァイの後に続いて建物の中へと入って行ったのだった。

 

 

 

**

 

 

 

駐屯兵による案内の元、カイルたちはレストランの一階にある個室へと通された。

 

そこではピクシス司令が待ち構えており、その後ろにはスラっとした体形の男性兵士や眼鏡をかけた小柄な女性兵士、それから顎の輪郭にひげを蓄えた男性兵士など、部下と思しき兵士たちも顔を揃えていた。

 

一同が席に着いたところで、ピクシス司令が陽気な声色で話を切り出す。

 

 

「久しいのぉ、エルヴィン……今日はよくぞ来られた。足元の悪い中、ご苦労じゃったな」

 

「ご無沙汰しております、ピクシス司令。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

「いやいや、まずは招いておきながら何とも()()()出迎えになってしまったことを詫びさせてもらおう」

 

「いえ、滅相もありません。しかし、この警戒態勢はやはり……先月の“暴動”を受けてのことでしょうか?」

 

「そうじゃ。いやはや、あれには参った……死人こそ出なんだが、支部の駐屯兵総動員での対応に迫られたからの…」

 

 

そう言ってピクシスは丸まった頭をポリポリと掻きながら話を続ける。

 

 

「ここウォール・ローゼが【最前線の壁】となった今、この壁内で最南端に位置し、()()()()()()()()()()()()であろう街がここトロスト区じゃ。ここに押し込められた住民たちの間では、内地への移住を希望する者が後を経たん。さらには、駐屯兵たちの戦力に対して不信感を抱く者も出てきておる。『いざという時、本当に使い物になるのか』とな……痛いところを突いてきよるわい。確かにごもっともな意見じゃ。“実戦経験”が皆無の我々には立つ瀬がない…」

 

 

そう話しながら肘をついて顔の前で手を組んだピクシスの顔つきは、いつのまにか真剣な表情に変わっていた。

 

 

「そこでじゃ……壁外調査において送迎の役目を持つ『援護班』を、今後一切、我々()()()()()託していただきたい

 

「!?……しかし、これまでにも援護班から犠牲者が出た例は幾度もあります…」

 

「無論、危険も承知じゃ。わしらは1年前の選定を免れた罪深き生き残り。犠牲を惜しむ口さえ与えられんじゃろうて………トロスト区の住民たちは()()()()()()()()()()()()()。『ここで生きてくれ』と、そう強いているのはわしらじゃ。ならばわしらも、腹を括らねば示しがつかぬというもの

 

 

その節々に“説得力”を纏ったピクシスの言葉は、重みを伴ってそれぞれの胸に落ちる。

 

エルヴィンたちが格の違う威厳に圧倒されていると、ピクシスがまたケロりとした表情に戻った。

 

 

「…とまぁ、今日お主らを呼び出したのはそういった要件なのじゃが、まずは互いの腹を拵えるとするかの。詳しい話はそれからでもよかろう」

 

「概要は把握しました。我々調査兵団としても、兵力のすべてを実行部隊に充てられるのであれば、これ以上に越したことはありません。願ってもないご提案です。……是非、詳細をお聞かせ願います」

 

「うむ、利害は一致したようじゃの………では、オーナーよ。食事の準備を」

 

 

そう言ってピクシスが促すと、レストランの主人は隣にいたウェイトレスに何やら指示を出し始める。

 

その時…

 

 

()()()()の姿を目にしたカイルは、身体が岩のように硬直した。

 

 

ふつふつと込み上げてくる感情を()き止めんと喉の奥にぎゅっと力が入り、まるで耳に綿でも詰められたかのように周囲の音が遮断される。

 

それほどまでの衝撃が、カイルを襲った。

 

なんと、そこにいたウェイトレスは、()()()()()()()の“因縁”、ブランカだったのだ。

 

 

(俯いててよく見えないが、赤毛に赤茶の瞳……間違いない、ブランカだ!!何故、こんなところに……俺に気付いてないのか!?……挙動不審だ、何か怪しい…!)

 

 

ブランカの怪しい挙動に気を取られていると、オーナーから指示を受け終わったブランカはそそくさと厨房の方へ姿を消してしまった。

 

このまま放っておくわけにはいかない__慌てたカイルは咄嗟に、()()()()()()()()ガタッと席を立つ。

 

 

「団長、ピクシス司令……失礼ながら、少し離席させていただきます」

 

 

そう言ってカイルは二人に向かって軽くお辞儀をすると、早足で部屋を出て行ったのだ。

 

その後ろ姿を眺めながらピクシスがぽつりとつぶやく。

 

 

「ふむ、嘘をつくのが下手な青年じゃ。はたまた()()()か……エルヴィンよ、気になる様子じゃったの」

 

「えぇ、いつもは賢く立ち回る者なのですが……何か“意図”を感じます」

 

 

エルヴィンはピクシスに賛同しつつも、さらに思考を巡らした。

 

 

(さっきのが故意的に“不自然”を装ったのだとすれば……()()()()()()()()()()()内容か…)

 

「リヴァイ。すまないが、カイルの様子を見てきてくれ」

 

「…了解だ。エルヴィン」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___その頃。

 

 

扉の隙間から厨房の中を覗いていたカイルは、広い厨房にブランカ一人だけしかいないことに違和感を覚えていた。

 

ブランカはスープの入った鍋の前で突っ立っている。

 

 

「…これを、エルヴィン・スミスに飲ませさえすれば……私は自由!……大丈夫、簡単なことよ。きっと出来るわ…」

 

「!?」

 

 

カイルは耳を疑った。

 

よく見ると、ブランカは何かの薬品のような瓶を手に持っている。

 

それを目にした途端、これから起こり得ることを察知したカイルは、腸が煮えくり返るような怒りに肩を振るわせた。

 

 

()()()()()はさせない……絶対に…!)

 

 

暗殺計画(ブランカの企て)の阻止を決意したカイルだったが、すぐに行動に出ることはなかった。

 

カイルは何を思ったか、厨房を後にし、レストランのさらに奥へと消えて行ったのだ。

 

 

 

**

 

 

 

ちょうどその時、部屋から出てきたリヴァイがカイルの姿を捉えていた。

 

 

「あいつ…どこ行きやがる。手洗いは逆だが……覗き見の趣味でもあったか?」

 

キィ…

 

 

リヴァイが厨房の扉を開けると、酷く驚いた様子のブランカが薬品の瓶を体の後ろに隠しながら振り返った。

 

 

「こ、ここは厨房ですよ!?…お料理ならすぐにお持ちしますので…!」

 

「さっきここに、うちの兵士が来なかったか?」

 

「兵士?……あ、えっと……こちらにはいらっしゃらなかったかと…」

 

「…そうか、失礼した」

 

 

リヴァイは厨房にいたウェイトレスの不審な様子が少し気になりつつも、再びカイルを追うことにした。

 

だが、その時にはすでにカイルの姿が見当たらなくなっていたのだ。

 

不思議に思ったリヴァイは、辺りをキョロキョロと見渡しながらレストランの奥まで進む__すると、裏口の扉が開いているのに気づいた。

 

その扉の先に広がる土砂降りの景色は、まるでうごめく“闇”のようだ。

 

 

「チッ…ここの使用人は、ズボラしかいねぇのか?」

 

 

そう愚痴を漏らしながら扉を閉めに向かうリヴァイ__そして、取っ手に手をかけた時、外の納屋の前にうっすらと人影が見えた。

 

 

…ベチャッ……ベチャッ…

 

 

ねっとりとした鈍い音が雨音に混ざって耳に入ってくる。

 

人影に焦点を絞ると、見覚えのある翼のエンブレムが__それは、全身()()()()になったカイルの背中だった。

 

 

「!?……あいつは、一体何を…」

 

 

理解が追いつかないリヴァイをよそに、両手を広げたカイルが天を仰ぐ。

 

それから“何か”を拾い上げたかと思うと、静かに厨房の勝手口へと向かい、そのまま建物の中に入って行ったのだ。

 

釣られるようにして外に飛び出たリヴァイだったが、勝手口の取っ手に手をかけようとしたところで思い留まった。

 

そして、降りしきる雨の中、リヴァイは()()()()へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___一方、レストランの個室では。

 

 

二人の戻りが遅いことにエルヴィンが不安を募らせていた。

 

 

「司令……すみませんが、部下たちの様子が気になります。一度、私も席を外させて…」

 

「そう慌てるでない、エルヴィンよ。今宵は稀に見る悪天候じゃ……()()()も騒ぐじゃろうて…」

 

「しかし…」

 

コンコンコン…

 

 

その時、窓の外から音がした。

 

一番に立ち上がったエルヴィンが駆け寄ると、外にいたのはリヴァイだった。

 

 

「!?……リヴァイ、何があった?」

 

「正確に言えば、()()()()……だが、臭ぇ。事件の匂いってやつだ」

 

「…カイルはどこだ?」

 

「厨房だ。おそらくな……やつは()()()()()()。何か怪しい」

 

「!?……泥、か…」

 

「司令にはここにいてもらえ。……それから()()()()、エルヴィン」

 

「…わかった。頼んだぞ、リヴァイ」

 

「あぁ」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___その頃。

 

 

厨房では、カイルとブランカが対峙していた。

 

 

「痛っ…!」

 

 

そう小さく悲鳴をあげたのは、ブランカだ。

 

勝手口の扉が突然開かれたことに驚いたブランカは、スープカップへ傾けていた手元が狂い、自身の右腕に瓶の中身をかけてしまったのだ。

 

薬品がかかったブランカの皮膚が(ただ)れ始めるのを薄目に眺めていたカイルは、静かに口を開く。

 

 

「…君は何も学ばないな。()()()から何一つ変わっていない。心底軽蔑するよ」

 

「!?」

 

 

聞き覚えのある声に、目を泳がせながら振り返るブランカ__そして、カイルと目が合うと、身体だけでなく声までも震わせたのだ。

 

 

「ま…まさか、お前はっ……カイル・シャルマン!?」

 

「あぁ、そうだ。忘れたとは言わせない」

 

「何故、お前がこんなところに!?……それに、その格好……()()私を襲いにでも来たのかしら!?」

 

「いや、()()()君を殺しに来たんじゃない。俺はエルヴィン団長の“暗殺”を阻止しに来ただけだ。何故、君がそれを企てているのか知らないが……この際、理由なんてどうでもいい」

 

「な、何を勝手なことを……私が暗殺を企てている!? そんな証拠、どこにあるってのよ!」

 

「スープを調べればわかる。今、君が後ろの手に隠し持っている瓶の中身もだ……此方へ渡してもらおう」

 

 

そう言いながらカイルが一歩近づくと、ブランカはカイルが“木の柄”のような物を後ろに隠し持っていることに気がついた。

 

 

「…う、後ろに持ってるソレは何よ…」

 

 

カイルは右腕を後ろに隠したまま答える。

 

 

「あぁ、外に『巻き割り小屋』があったんだ。前は素手だったけど、今度は()()()()()()()()()と思ってね………そうだな、あの時と違う点がもう一つある。俺が“兵士”だってことだ。犯罪者の暴走を食い止めるためならば、その者への()()()使()も認められている」

 

 

顔色一つ変えずに淡々と話すカイルの冷ややかな瞳は、ブランカの背筋を凍てつかせた。

 

追い詰められたブランカは傍に置いてあった包丁を手に取ると、カタカタと震わせながらカイルの方へ差し向ける。

 

 

「…で、できるもんならやってみなさいよ!今度は()()()()()()()()()()()()()()()、試してみようじゃない!!」

 

「はぁ、くだらない……やはり君は生かしておくべきではなかった。あの時、息の根を止めていれば…」

 

五月蝿(うるさ)い!あの時死ぬべきだったのはお前だ!全部……全部、お前が悪いんだ!この……悪魔が!!」

 

「そう、俺は“悪魔”だ……だから()()()()()()()? 君が()()()()()んだ…!」

 

 

そう言ってカイルが後ろに隠していた右手を素早く振り上げると、ブランカは「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げながら尻もちをついてしまう。

 

そして、思い切り腕を振り下ろそうとした瞬間…

 

 

パシッ!

 

 

誰かがカイルの腕を掴んだ。

 

だが、カイルはそれを読んでいたのか__腕を掴んだ人物を振り向きもせず、ブランカを睨みつけたまま口を開く。

 

 

「止めないでください、()()……こいつには一度、地獄を見せておくべきです」

 

「あぁ、離せるもんなら今すぐにでも離してぇところだ。まったく……汚ねぇナリしやがって…」

 

「!?」

 

 

思わずバッと後ろを振り返るカイル__なんと、そこにいたのはエルヴィンではなく、リヴァイだったのだ。

 

 

「…兵長!?」

 

 

リヴァイは眉間にシワを寄せながらも、泥にまみれたカイルの腕をガッシリと掴んでいる。

 

カイルが目を見開きながらリヴァイを見つめると、その瞳を見たリヴァイもまた、驚きを露わにした。

 

 

「!?…お前が()()()をするとはな……地下街で散々見てきたソレだ」

 

「兵長、お願いです。手を離していただけませんか?……この者に鉄鎚を喰らわせるのは、俺でなくてはならないんです」

 

「イヤ、もう十分だろう……よく見ろ。すでに反撃の力なんぞ残っちゃいねぇ…」

 

 

言われた通りブランカに目をやると、腰でも抜けたのか足をガクガクと震えさせていた。

 

その時、廊下側の扉が開かれる。

 

 

キィ…

 

 

厨房に入ってきたのは、ピクシス司令とエルヴィンだった。

 

エルヴィンの表情から察するに、どうやら物音が気になったピクシスが勝手に部屋を出てしまい、仕方なくついてきたといった様子だ。

 

 

「これは一体……どういう状況じゃ?」

 

 

厨房に居合わせた3人の何とも異様な状況にピクシスが動揺めいた声を漏らすと、ブランカがそこにしがみつくような声で訴えた。

 

 

「ひ、()()()です!ピクシス司令!……この兵士が突然、私を殺そうと襲いかかってきて…!」

 

 

そう喚きながらカイルのことを指差すブランカ__だが、ピクシスは顎に手を添えると、落ち着いた声色で分析する。

 

 

「そうは言っても、まだ争った形跡はないようじゃがな……あの者がそなたに襲いかかったというのであれば、そなたにも泥がついておろうに」

 

「そ、それは、その……凶器!…凶器で脅されたんです!ほら、右手に斧を持って…」

 

 

それを聞いたリヴァイは、掴んでいたカイルの右手を前に差し出しながらブランカに問う。

 

 

「てめぇの言う斧ってのは、この()()()()()のことか? だとすれば、俺の知る“斧”とは程遠いな……こんな棒切れじゃ、『凶器』とは言わん」

 

「枝!?……ど、どういうことよ!だって、薪割り小屋がそこにあるからって……そう言ったじゃない!」

 

 

足元をすくわれたブランカが顔を引きつらせていると、カイルが静かに答えた。

 

 

「確かにそうは言った……だが、そこで()()()()()()までは言っていない

 

「…は? 何よ、それ……騙したわね!?」

 

「君はいつも早とちりだ。そして、詰めが甘い。その時々の感情に身を任せるから跡が残る。()()()()()()()()()だってそうだった……犯行の計画性が脆弱極まりない」

 

「っ…!」

 

 

過去の事件を引き合いに出されたブランカは何も言い返すことができず、黙ったまま顔を伏せる。

 

 

「なんと……この者は“前科持ち”じゃったか……エルヴィンよ、何か知っておるのか?」

 

「えぇ、その事件については私も関わっています。姿を目にするまで気づきませんでしたが、そこにいる給仕はその時の『放火犯』で間違いありません。しかし、カイル……その泥は?」

 

「見苦しい姿をお許しください。慌てていたもので……外で派手に()()()()()

 

「…そうか」

 

 

咄嗟に嘘をついたカイルだったが、泥を被った“真意”を知るエルヴィンは少し顔を曇らせる。

 

そんな二人の空気感に何かを察したピクシスは、腑抜けたカイルの答えを笑い飛ばした。

 

 

「ハッハッハ…『コケた』と来たか!なかなか茶目のある冗談をかますわい……して、カイルよ。お主の口振りでは、今宵この者が()()罪を犯そうとしておったようじゃったが…?」

 

「はい。どうやらこの者は、エルヴィン団長の『暗殺計画』を企てていたようです。おそらく、夕食に提供するそこのスープに“毒”を盛って……訳あってその瓶の中身を自身の腕にかけてしまっていますが、皮膚の(ただ)れ具合から見るに、瓶の中身は劇物かと……俺がこの企てに気づいたのは、この者の挙動を不審に思ったためです」

 

 

カイルが冷静に状況を説明すると、まだ諦めきれていないのか、ブランカが苦し紛れの言い訳を並べ始める。

 

 

「ち、違うわ……それは思い違いよ!私が挙動不審だったのは、この錚々(そうそう)たる面々を前に緊張してたからで……それに、その瓶は()()()()そこに置いてあった。私は調味料だと勘違いして開けてしまっただけよ!」

 

「やれやれ、まだ言い逃れができると思っているのか? さっきも言ったじゃないか。『君は詰めが甘い』と…」

 

「な、何のことよ!?……まさか、まだ何か隠して…」

 

ドン!ドン!ドン!

 

 

その時、厨房の扉が勢いよく叩かれた__扉を開けて入ってきたのはアンカだ。

 

 

「ご報告します!先ほど、この者たちがエルヴィン団長の『暗殺計画』について()()しました!そこの者、ブランカ・メシュレヒトも同様に実行犯とのことです!」

 

 

アンカは大声でそう報告すると、体の後ろで手を拘束された2()()()()をピクシスに向かって差し出した。

 

それを見たブランカが声を荒げる。

 

 

「リッツ!オリンダ!お前たち……なんてことをっ…!」

 

「だって!この女兵士がブランカは()()()()()()()()()()って…」

 

「『暗殺計画』を自白すれば()()()()()()って言うから…!」

 

「なっ…!?」

 

 

もはや言い逃れのできない状況に、ブランカは絵に描いたように唇を振るわせる。

 

 

「…よくも……よくもやってくれたわね!カイル・シャルマン!!」

 

「さぁ、もう言い逃れはできない……君も観念したらどうだ?」

 

「……ふっ…ははっ……あっははは!」

 

 

王手を掛けられたブランカが突然、不気味な笑い声をあげた。

 

そして、肩を小刻みに揺らしながら自白を始める。

 

 

「えぇ、そうよ……お前の邪魔さえなければ、エルヴィン・スミスは()()()()()()()()()!!この『暗殺計画』を成功させれば、過去の罪を不問とし、安全な内地での暮らしを保証すると言われたわ……そんな美味い話、乗らない手はないでしょ!?そもそも、エルヴィン・スミスがお前の肩を持ったりしなければ、裁判に負けることもなく、私やお母さんもラング商会から破門されることはなかった……元はと言えば、お前らが悪いのよ!人から()()()を奪っておいて、よくも平気でいられるわね!?

 

 

あまりにも理不尽な罵声に、さすがのカイルも言葉を詰まらせる。

 

 

「何を…言ってるんだ………人から帰る場所(すべて)を奪ったのは、君の方じゃないか…!」

 

「先に奪われたのは私よ!だから奪い返されたって文句は言えないわ!それに、私だけじゃない……アデルの人生さえもお前は奪った!噂によればアデルも家を()()()()()()と聞いてるわ。お前に巻き込まれたせいで!!一体、今はどこで何をしてるのか……可哀そうなアデル…」

 

「…アデルなら、調査兵団にいる」

 

「え?……今、なんて…」

 

「だから、アデルなら兵士になって()()()()()調査兵団に所属している。……知らなかったのか?」

 

プツン…

 

 

この時、ブランカの中で“何か”が切れる音がした。

 

 

「ふっ、ふざけるな!やっぱり……やっぱり、元凶はお前だ!!私から許嫁(すべて)を奪ったせいで……どこまで人の神経を逆撫でしたら気が済むのよ!この、(ばい)っ…

 

パーン!

 

 

突如として、ブランカの喚きは弾かれたような“音”と“衝撃”に遮られてしまう。

 

気づくと、頬がじんじんとした痛みを発している__そう、アンカがブランカの頬をひっぱたいたのだ。

 

 

()()()()は、言わせない!!……アデルから聞いてるわ。カイルをいじめてたってのは、あなたなんでしょ!? 許せない……何が『奪われた』よ!あなたにそんなことを言える資格があると思ってるの!? アデルがあなたではなく、()()()()()()()理由は明白だわ!!」

 

 

そう叱咤するアンカの目には、涙が浮かんでいた。

 

ブランカはとうとう観念したのか、頬を押さえながら床にぐったりとうずくまっている。

 

アンカは袖で涙を拭うと、ブランカの腕を掴み、ぐいっと背後に回してみせた。

 

 

「…ピクシス司令、この者も現行犯逮捕で構いませんか?」

 

「うむ、問題なかろう。……それにしても、なんともカオスな現場じゃ…」

 

 

こうして、カイルたちは【エルヴィン・スミス暗殺計画】の“実行犯”を拘束することに成功したのだった。

 

 

 

**

 

 

 

アンカがブランカの拘束を終えたところで、エルヴィンがピクシスに詫びを入れる。

 

 

「ピクシス司令。此方の事情でご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんが、『駐屯兵による援護班構成』の件はまた日を改めさせてください」

 

「構わん。そう急ぐことでもあるまい」

 

「感謝します。……リヴァイ、カイルを連れてミケやハンジたちと先に調査兵団の支部へ戻っていてくれ。後は私が対応する」

 

「了解だ。……行くぞ、カイル」

 

「…はい」

 

 

カイルはすれ違いざまエルヴィンに何かを言おうとしたが、エルヴィンが黙って頷いて見せたため、カイルも小さく頷き返した。

 

それからブランカを押さえつけているアンカに向かって一言だけ言い残す。

 

 

「アンカ……ありがとう」

 

「いいのよ、気にしないで」

 

 

そうしてリヴァイとカイルが厨房を後にすると、ブランカたちの処遇についてエルヴィンがピクシスに提案を持ち掛ける。

 

 

「ピクシス司令……この者たちの処遇について、私に委ねていただけませんか?」

 

「ふむ……何か考えがあるようじゃの。しかし、どこぞの息がかかったのか……此度の『暗殺計画』は、この者たちの背後に()()()の影を感じずにはいられまい。じゃが、それを素直に答えるとは限らんぞ?」

 

「えぇ、確実な情報を得られる見込みは薄いでしょう。もちろん、暗殺の依頼者は気になるところですが……今は大元をつつくよりも調査兵団の存続を優先させるべきです。我々はこの程度で足を止めるわけにはいきません」

 

「…ほぅ、命を狙われたばかりじゃというのに、気にかけるは()()()()()()か……よかろう、お主に任せる」

 

「ありがとうございます」

 

 

すると、今度はピクシスがアンカに向かって声をかける。

 

 

「それにしても、アンカよ。お主の平手打ちには容赦の欠片もなかったの?」

 

「あ……す、すみませんでした!上官の目前であんな大柄な態度を取ってしまって…」

 

「その根性、気に入った。……どうじゃ? わしの()()()として“参謀”を務めてみるというのは

 

「!?……身に余るご提案です!是非、お引き受けさせてください!!」

 

「うむ、期待通りの返事じゃ。それから、エルヴィン……お主の部下も大層なもんじゃ。あれほど度胸のある()()()()は貴重じゃからの…」

 

「!?……お気づきでしたか…」

 

「わしが“美女”に気づかんとでも思うたか? 何やら事情があると見た。安心せい……このアンカも気づいておるようじゃ」

 

「えぇ、私はカイルと同じ訓練所の出身です。確証はありませんでしたが、今日ではっきりしました」

 

「そうだったのか。……今回の一件で君にはすでに頭が上がらないところだが、()()()()協力を依頼したい。頼まれてくれるか?」

 

「はい、もちろんです!」

 

 

そう言ってアンカはエルヴィンに向かってビシッと敬礼をしてみせたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___翌朝。

 

 

【調査兵団トロスト区支部】にて。

 

昨晩の事件からもう何時間も経つというのに、エルヴィンは一向に戻らない。

 

そのことが気がかりで仕方のなかったカイルは、一睡もできないでいた。

 

そんなカイルの元へ、ドタバタとした足音が近づいてくる。

 

 

ドッ…ドッ…ドッ…ドッ…………バーーン!!

 

 

扉を勢いよく開いたのは、ハンジだ。

 

ベッドから飛び起きたカイルが目を向けると、ハンジは焦燥感を顔に浮かべながら大声で“緊急事態”を告げたのだ。

 

 

「カイル、大変だ!……エルヴィンが!!

 

 

それは、『エルヴィンが()()()()()()病院に運ばれた』という知らせだった__

 

 

 

 

 

 

―【 続く 】―

 





〜後書き〜

『潔癖症のリヴァイが大事な場面でそれを払拭するカッコ良さたるや…』

…どうも、著者です(´-ω-`)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


今回は『#02 心中』からのセルフオマージュ回となります。

また、ピクシス司令の初登場回ともなりますが、なぜ『援護班』を駐屯兵団が受け持つことにしたのか、詳細は下記の記事をご一読ください。
https://note.com/singeki_satory/n/n3b471d77fdcf
◎記事:【原作との相違②】トロスト区駐屯兵団本部との関わり


さて!

暗殺事件は一件落着と思われたが、何故か病院へと運ばれてしまったエルヴィン__

一体、エルヴィンの身に何があったのか…
そして、その知らせを聞いたカイルはどんな行動に出るのか…!?

次回の話もお楽しみください。


◼︎次回予告:『#21 心臓を捧げる相手』
エルヴィンに対するカイルの忠誠心について触れます。
(2人の関係の伏線も少しあるかも…)

850年突入前のラスト1話です!!!


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