進撃の巨人~もう一人の選択~   作:赤道さとり

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#21 心臓を捧げる相手

 

 

___時は遡り、暗殺事件発生の晩。

 

 

ブランカの逮捕を見届けたカイルは、レストランを出てリヴァイと共に馬車へ乗り込んだ。

 

ミケとハンジは別の馬車に乗り、4人は調査兵団のトロスト区支部へと向かう。

 

リヴァイは腕を組みながら馬車の窓から外の景色を眺め、カイルは罰の悪い顔で俯いている。

 

しばらくすると、リヴァイが馬車の窓からカイルへと顔を向け直した。

 

 

「気分はどうだ?」

 

「…良くはないです」

 

「…だろうな。とにかく、宿に着いたらお前は真っ先に風呂に入れ。頭から泥被りやがって……毛根一つ一つまで徹底的に洗えよ」

 

「はい、そうします。……兵長、不快な思いをさせてしまってすみませんでした。貴方にも泥を触らせてしまうとは…」

 

「気にするな。確かに俺は潔癖症かもしれんが、触れられんことはない。触れなくていいもんなら触れたくはねぇがな……お前みたいに好き好んで泥を被ることはない」

 

「ははっ、俺だって好きで被ったりはしませんよ。……でも、前に“馬糞”を全身に被ったときは、流石に自分でもどうかしてたと思います。当時、エルヴィンさんはそんな俺を担いで病院まで運んでくれましたが……今思えば、馬糞を被った見(・)ず(・)知(・)ら(・)ず(・)の子どもをよく担いでくれたな…」

 

「そいつは……正気の沙汰じゃねぇな。お前も、エルヴィンも」

 

「これに関しては、返す言葉もありません。……あ(・)れ(・)か(・)ら(・)もう、10年か…」

 

 

そう言って、今度はカイルが馬車の窓から外の景色へと顔を向ける。

 

 

(思い返せば、あの事件では本当に色んなことがあった…)

 

 

_家屋を包み込む炎。

 

_焼けた血肉の匂い。

 

_育ての父の死。

 

_精神を患った母。

 

_親友との決別。

 

_そして、“宿敵”との対峙。

 

ふと当時のことを思い出す度に、胃の中を引っ掻き回されたような吐き気を催し、目眩を伴った頭痛に襲われる。

 

それ程までにカイルが心に負った傷は深いのだ。

 

馬車の揺れと共に増幅する痛みを抑え込むように、カイルはゆっくりと瞳を閉じる。

 

そして、馬車の窓から顔を戻すと、リヴァイの顔をじっと見つめ始めた。

 

 

「…何だ」

 

「聞かないんですね……過(・)去(・)に(・)何(・)が(・)あ(・)っ(・)た(・)か(・)」

 

「聞いてほしいのか?」

 

「いえ、そういうわけでは…」

 

「…お(・)前(・)と(・)同(・)じ(・)だ」

 

「え…?」

 

「人を見るのに“外見”や“経歴”は関係ねぇってやつだ。……つっても、今のお前の見てくれはとても褒められたもんじゃないがな」

 

(!?……そっか、ミケさんとハンジさんを別の馬車に乗せたのは、過(・)去(・)の(・)詮(・)索(・)を(・)さ(・)せ(・)な(・)い(・)た(・)め(・)…)

 

 

カイルはリヴァイの気遣いに、冗談交じりの笑顔を向ける。

 

 

「ははっ、まったく貴方って人は……外(・)見(・)と(・)は(・)裏(・)腹(・)に(・)、本当に心優しいお方だ」

 

「…ふっ、一言余計だ」

 

 

そうして、2人を乗せた馬車は心地の良い音を立てながら、夜の街中を横断してゆくのであった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数時間後。

 

 

支部の宿舎で風呂に入り終えたカイルは、エルヴィンの部屋へ向かった。

 

扉の前で一呼吸置いたのち、小さくノックをしてみたが、返事はない__どうやらエルヴィンは、まだ戻っていないようだ。

 

カイルの胸が少しざわつく。

 

 

(処理に時間がかかってるのかな? 奴らは逮捕したし、事件はこれで解決し(・)た(・)は(・)ず(・)……だよな?)

 

 

未だに戻らないエルヴィンのことが気がかりではあったが、夜もかなり更けていたため、仕方なく自分の部屋へ戻ることにした。

 

その後、なかなか寝付くことのできなかったカイルは、頭から毛布を被り、ベッドに突っ伏した状態で朝を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___翌朝。

 

 

「カイル、大変だ!起きてくれ!……エルヴィンが倒れて、病院へ運ばれたそうだ!!」

 

 

「!?」

 

 

声にならない悲鳴と共にベッドから飛び起きたカイルは、急いで上着を羽織ると、宿舎のエントランスまで駆け下りた。

 

先に集まっていたリヴァイとミケの目の前には、伝令に来た駐屯兵と思しき兵士が一人__カイルはその見覚えのある顔に驚きながらも、険しい顔で問いかける。

 

 

「…伝令に来たのは、君か!? グ(・)ス(・)タ(・)フ(・)*1!」

 

「えぇ、そうですが……って、もしかしてカイルか!? お前、あんまり見た目変わってないな!」

 

「エルヴィンさ……いや、団長が運ばれた病院はどこだ!?」

 

「おいおい、そう焦るなよ。久しぶりに会った同期に挨拶も無しか?」

 

「いいから答えろ!!どこだ!?」

 

 

突然声を荒げたカイルの気迫に気圧されたグスタフは、身を縮めながら答える。

 

 

「…お、オレベリー南病院…」

 

 

すると、これにはハンジが真っ先に反応した。

 

 

「オ(・)レ(・)ベ(・)リ(・)ー(・)? 聞き覚えがないな……グスタフ君とやら、兵団所有の病院ではないのかい!?」

 

「…はい。聞けば、エルヴィン団長は毒(・)を(・)盛(・)ら(・)れ(・)た(・)そうで、その状況から『暗殺』の可能性が危惧されています。そのため、安全を期して敢えて民間の病院を選んだのです」

 

「なっ、『暗殺』だと!?……それなら昨日、阻(・)止(・)し(・)た(・)はずじゃ…!」

 

 

ハンジが額に汗を浮かべながら困惑している横で、カイルは言葉が出なかった。

 

そんな2人の様子に、グスタフもおどおどしながら話を続ける。

 

 

「わ、私も事件当時の状況は詳しく聞いていませんが……とにかく、エルヴィン団長の容体は良好です。毒(・)の(・)入(・)っ(・)た(・)ス(・)ー(・)プ(・)は少量しか飲んでいないそうで、昨晩のうちに意識も戻られています。団長ご本人の意向で、朝方にあなた方を呼ぶようにと言いつけられたのです。……さて、病院は少し入り組んだところにありますので、私が皆さんをご案内します。只今、馬車を手配していますので、それが到着したら…」

 

「その病院、外観に特徴は!?……近くに目(・)立(・)っ(・)た(・)建(・)物(・)はあるか!?」

 

 

グスタフの話を遮ったのは、必死の表情をしたカイルだった。

 

 

「さ、さぁ……外観は普通の病院と変わらないと思うけど……あ、確か目の前に養鶏場があったな。そこはいつも鶏がわんさかいて、屋根がト(・)サ(・)カ(・)み(・)た(・)い(・)な形をしてるんだ。へんてこな建物だから皆ちょっと気味悪がってる」

 

 

それを聞いたカイルは眼を閉じると、こめかみを押さえながらトロスト区の街並みを思い返す。

 

 

(『養鶏場』……『トサカ型の屋根』…………見(・)つ(・)け(・)た(・)!)

 

 

“眼の記憶”から場所を特定したカイルは、ハンジに一声かける。

 

 

「ハンジさん、すみません!俺……先(・)に(・)行(・)き(・)ま(・)す(・)!」

 

「えぇ!? 先に行くったって、馬車はまだ…」

 

 

だが、カイルはハンジの返事を聞く間もなく、エントランスから外に飛び出して行ってしまったのだ。

 

 

「あ、ちょっ!……待つんだ、カイル!!」

 

「無駄だ。行かせてやれ……今のあいつは誰にも止められん」

 

「でも、リヴァイ!あんな慌てた様子のカイル、見たことないよ!? それに道だって知らないだろうに、迷子にでもなったら……って、あれ? カイルはどこだ!?」

 

「…あそこだ」

 

 

リヴァイが指差した先は、屋(・)根(・)の(・)上(・)だった。

 

 

「あ、なるほど〜!建物が行く手を阻むなら、それを乗(・)り(・)越(・)え(・)て(・)行けば問題ないってやつか!」

 

 

握り拳をポンっと置きながら納得しかけたハンジだったが、

 

 

「…って、どういうやつ!?!?」

 

 

と、すぐにまた騒ぎ立てる。

 

 

「ちょっ…うぇえ!?…き、危険すぎる!あんなところから落ちたら一溜りもないぞ!どど、どうしよう……そうだ、グスタフ君!急いで馬(・)車(・)を(・)呼(・)ん(・)で(・)く(・)れ(・)!!」

 

「…え? いやだから、馬車なら今呼んでる最中で…」

 

「それを急いでくれと言ってるんだ!!」

 

「ど、どう急げって言うんですか!?」

 

「だから、その……あれだよ!馬車を呼びに行ってる人をさらに呼びに行ってだね………ん? それって、つまり……どういうことだね!?グスタフ君!!」

 

 

ハンジはチグハグなことを叫びながら、グスタフの両肩をガシッと掴んで前後に揺らしていた。

 

すると、リヴァイがそれを叱り飛ばす。

 

「少し落ち着け、クソメガネ!埃が舞うだろうが……今から行ったって追いつきやしない。あいつもガキじゃねぇんだ。自分のケツくらい自分で拭くだろ……お前もいい加減、その鬱(・)陶(・)し(・)い(・)過保護から卒業しろ」

 

「鬱陶しいとはひどいなぁ……ね、酷いと思わないかい?グスタフ君」

 

「いや、私に言われましても…」

 

(皆が崇めてた『女神』って、本当にこの人か!?……ただの変(・)人(・)じゃないか…)

 

 

グスタフがハンジの扱いに手を焼く一方で__カイルはエルヴィンのいる病院へ向かって、放たれた矢の如く屋根の上を突っ走っていた。

 

 

(早く……早く、エルヴィンさんの元へ…!)

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数分後。

 

 

やっとの思いで病院に辿り着いたカイルは、息を切らしながら中に入る。

 

すると、受付にはアンカの姿があった。

 

 

「カイル、来たのね!……あれ? 他の方々は!?」

 

「ハァ…ハァ……いや、俺だけ先(・)に(・)来(・)た(・)!」

 

「え、先にって……ここまでどうやって来たの?」

 

「そ、それより……団長は!? エルヴィンさんの病室を教えてくれ!」

 

「え、えぇ……こっちよ!」

 

 

カイルは呼吸を整えるように胸を撫で下ろしながら、速足で歩くアンカの後ろをついて行く。

 

 

 

**

 

 

 

「…ここよ。この病室には、エルヴィン団長しかいないわ」

 

 

アンカの丁寧な案内を受け、早速病室の扉へ手を伸ばすカイル__だが、何故か途中でピタッとその手を止めてしまうのだ。

 

 

「……」

 

「カイル?……どうかしたの?」

 

「いや、その……いざ目の前にすると、緊(・)張(・)し(・)て(・)……知らせを聞いたときは、本当に心臓が止まるかと思ったんだ。だけど、ここへ来て君の顔を見たら、少し安心した。そしたら、急に体の力が抜けてしまって…」

 

 

それを聞いたアンカは少し照れ臭そうにしながら、柔らかい声色でカイルを励ます。

 

 

「安心して、カイル……さっき様子を見に来たときは、ぐっすりと眠っていらっしゃったわ。顔色もだいぶ良くなってた……きっと、大丈夫よ」

 

「…ありがとう、アンカ。昨日から、君には助けられてばかりだ…」

 

「いいのよ。……けど、険しい顔をしたあなたが駆け寄ってきた時は、本当に何事かと思ったわ」

 

 

そう言ってアンカは昨晩のことを思い返す。

 

 

 ―“ 『アンカ!君にしか頼めない!!エルヴィン団長が……狙われているんだ!!』 ”―

 

 

「あの時は、無理を言ってすまなかった。それに……あいつが吐(・)き(・)出(・)そ(・)う(・)と(・)し(・)た(・)言(・)葉(・)を君が止めてくれなければ、俺は……もしかして、アンカは俺の“正体”に気づいているのか?」

 

「…えぇ。実は、訓練兵時代から少し気づいてはいたんだけどね。昨日でそれが核心に変わったわ……安心して!誰にも言わない。それに……私(・)の(・)気(・)持(・)ち(・)も変わらない…から…」

 

「え、君の気持ち…?」

 

「はぁ…カイルって、ほんと鈍感なのね……私はあなたのことが『好き』なのよ!訓練兵時代から、ずっと…」

 

「!?…えっと、それは……つまり…」

 

 

目を見開いて赤面するカイル__その反応を見たアンカもまた、耳まで赤く染め上げた。

 

 

「もう、これ以上言わせないでよね!……けど、エ(・)ル(・)ヴ(・)ィ(・)ン(・)団(・)長(・)が(・)相(・)手(・)では、お手上げよ。私なんか到底敵いっこないわ……ほら、遠慮せず行きなさいよ!」

 

 

そう言ってアンカはカイルの背中を押すように軽く叩くと、ツカツカと足音を鳴らしながら受付の方へと戻って行った。

 

カイルはその後ろ姿を目で追いかけながら、火照った頬を人差し指でポリポリと搔く。

 

 

「『相手』って……そういうのじゃ、ないんだけどな…」

 

 

それから一度だけ深く息を吸い込むと、意を決した表情で病室の扉を開けたのだった。

 

 

 

**

 

 

 

エルヴィンは病室の一番奥にある、窓際のベッドに寝そべっていた。

 

窓から差し込んだ朗らかな朝日に照らされ、エルヴィンの髪が黄金色に輝いている。

 

その健やかな寝顔を見て安心したカイルは、ベッドの横に添えてあった椅子へ静かに腰かけた。

 

しばらく黙って眺めていると、エルヴィンがゆっくりと目を覚ます。

 

 

「エルヴィンさん!良かった……気分はどうですか?」

 

「カイル、来てくれたか……あぁ、良い方だ」

 

 

そう答えながら上体を起こそうとするエルヴィン__だが、カイルがそれを引き留める。

 

 

「あ、いけません!まだ安静にしてないと…」

 

「平気だ。医者も大したことはないと言っていた……だが、君には心配をかけてしまったな。すまない・・・」

 

「っ……本当に……本当に、心配しました…!何度も心が砕けそうになって……でも…」

 

 

その先の言葉を少し躊躇ったカイルは、膝の上に置いていた拳をぎゅっと握り直す。

 

それから、滲んだ視界を擦りながら言葉を続けたのだ。

 

 

「それでも……貴方はいつだって、俺(・)の(・)期(・)待(・)を(・)裏(・)切(・)ら(・)な(・)い(・)。……ご無事で、何よりです…!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___一方で、ハンジたちはというと。

 

 

カイルがエルヴィンの病室で切なる想いを吐露している頃、ハンジたち3名を乗せた馬車がようやく病院へと到着した。

 

すると、同時刻に病院の前で停車した馬車が一台__その中から出てきたのは、ピクシス司令だった。

 

 

「これは、これは……ちょうど良い時に来おったな」

 

「ピクシス司令!?……ど、どうして此方に…」

 

「此度の件については、わしも一役買っておるのでな。詳細はわしの口から話そう……ついでに、エルヴィンの容体についても医者から聞いておくとするかの」

 

「そうだったのですね……承知しました。お話は私とミケの2人でお伺いします。……リヴァイ、君は先に行ってエルヴィンの様子を見てきてくれ。ついでに、カ(・)イ(・)ル(・)の(・)こ(・)と(・)も(・)頼んだよ」

 

「あぁ、任せとけ」

 

 

そうして、ハンジとミケはピクシスと共に院長室へと向かったのだった。

 

 

 

**

 

 

 

アンカの案内の元、エルヴィンの病室まで向かったリヴァイは、何やら話し声が聞こえてきたために扉の前で足を止める。

 

よく聞くとそれは、カイルの声だった。

 

 

「…昨晩、暗殺は“未遂”で終わったはず。それなのに貴方は、ここへ運ばれた………つまり、貴方は自(・)ら(・)毒(・)入(・)り(・)ス(・)ー(・)プ(・)を(・)飲(・)ん(・)だ(・)。……違いますか?」

 

「あぁ、その通りだ」

 

「っ……何故、そんなことを!? あんな奴らに情(・)け(・)を(・)か(・)け(・)る(・)なんて……あいつらには、貴方が身体を張るほどの価値はありません!」

 

「なるほど。君は私があの者らを庇(・)っ(・)た(・)、と……そう考えているのか?」

 

「…はい。貴方がこうして病院へ運ばれ、大々的に事件が明るみになれば、暗殺の“依頼者”は失態を犯したあいつらを始末しづらくなる。そんなことをすれば、裏で糸を引いている自分たちの存在を自ら世間に打ち明けることになりますから……だから、あいつらを始(・)末(・)さ(・)せ(・)な(・)い(・)た(・)め(・)に貴方はわざと…」

 

「少し、違うな……私はあの者らを利(・)用(・)し(・)た(・)のだ。暗殺における一番の失敗は、『殺人“未遂”事件として、世間に明るみになること』__それは、間違いない。違うのはその目的だ。敢えて事件を世に広めたのは、我(・)々(・)に(・)手出しさせないため。ここまで大体的に騒げば、暗殺の依頼者は今後しばらく様子を見るだろう……調査兵団の“未来”にこそ価値がある。あの者らは、それを脅かす者の存在を退けるために利(・)用(・)さ(・)せ(・)て(・)も(・)ら(・)っ(・)た(・)までだ」

 

「しかし、少量とはいえどんな特性を持った毒かわからない状態では、あまりに無謀というもの……貴(・)方(・)が(・)い(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)、それこそ調査兵団に“未来”はありません」

 

 

このカイルの切り返しには、さすがのエルヴィンも一本取られたと言わんばかりに顔を綻ばせながら答える。

 

 

「私の代わりはいる……が、今回のように独断で動いたことは、叱られて当然だ。せめて、一言断りを入れておくべきだった……迷惑をかけたな」

 

「いえ、そんな…!迷惑をかけたのは、むしろ俺の方です。いくら『暗殺計画を未然に阻止し、自白を促すため』だったとはいえ……私怨がなかったかと言われれば、否定はできません。エルヴィンさんの命が懸かっていたというのに、自分の“復讐 ”を満たすために利用してしまったんです。叱られるべきは、俺の方…」

 

「どんな形であれ、君が私の命を救ったことに変わりはない……君は『命の恩人』だ、カイル」

 

「!?」

 

 

それを聞いたカイルは、エルヴィンと初めて会った日のことを思い出した。

 

 

 ー“『…貴方は、『命の恩人』です』”ー

 

 

「…こうして貴方と病室にいると、1(・)0(・)年(・)前(・)を思い出します」

 

「あぁ、そうだな。前とは立ち位置が逆だが…」

 

「ははっ、確かに……あの時は、俺がベッドでうなされていましたね」

 

「…辛かったな」

 

「いえ、今となっては良い思い出です。何せ、貴(・)方(・)に(・)出(・)会(・)え(・)た(・)日(・)ですから……それに、こうして思い出してみて、一つわかったこともあります」

 

「何だ?」

 

「少し前になりますが……俺がエルヴィンさんに対して『絶対的な信頼を置く理由』について、貴方から聞かれたことがありました。その時の俺は、何故か答えられなくて…」

 

「あぁ、そんなこともあったな」

 

「でも、今なら……その“答え”が出せる気がするんです」

 

 

それを聞いたエルヴィンは、少し驚いたように一瞬だけ目を見開く。

 

 

「…続けてくれ」

 

「はい。身の上話になりますが……俺がシャルマン家の息子になって間もない頃、とある老人が奴(・)隷(・)状(・)態(・)の俺を見抜いて励ましてくれたことがあるんです。その老人はこう言いました……『いつか進むべき道を示す者が現れる。誰を信じるか、心の眼で見定めよ』と。それ以来、俺はその人物を探し始めました。いくら母親に暴力を振るわれようと、何度クラスメイトに虐められようと、その言葉だけを信じて耐え抜いてきました。そして、10年前……ようやくその人物を見(・)つ(・)け(・)た(・)んです。貴方に命を救われた時から俺は、エルヴィンさん……貴方に『心臓を捧げる』と誓いました。……そう、理由なんてありません。ただ、貴(・)方(・)だ(・)か(・)ら(・)信(・)頼(・)で(・)き(・)る(・)。それが“答え”です」

 

 

ありのままの気持ちを打ち明けたカイルは、清々しい表情でエルヴィンの顔を見上げる。

 

すると、エルヴィンは何を言う訳でもなく、いつにも増して真剣な眼差しを此方へ向けていた。

 

その真っ直ぐな瞳に少したじろぎながらも、カイルはさらに話を続ける。

 

 

「…すみません、結局答えになっていませんね。ですが、本当にそうとしか言いようがなくて……貴方を一目見た時、何故か心(・)で(・)感(・)じ(・)取(・)っ(・)た(・)んです。だからあの日、俺は病室で貴方に尋ねました。『お会いしたことがあるか』と……残念ながら、その答えはNOでしたが…」

 

「……」

 

 

エルヴィンは依然として黙ったままだ。

 

それでも、カイルは話を続ける__いや、言葉が止まらないのだ。

 

まるで、ずっと心の奥底で絡まっていたわだかまりが解(・)か(・)れ(・)て(・)い(・)く(・)ように…

 

 

「…しかし、本当にそうなのでしょうか? 時折り考えてしまいます。あの時、貴方の背中に懐かしさを感じました。俺たち……本当は、ど(・)こ(・)か(・)で(・)っ…」

 

ズキンッ!

 

 

その時、鋭い爪で鷲掴みにされたかのような痛み、がカイルの脳内に走った。

 

 

「うぁっ…!」

 

 

突然の衝撃に耐えられず、ひしゃげた声と共にガクっと前に倒れてしまうカイル__何とかベッドの淵を掴んで体勢を保ちつつ、もう片方の手で頭をガシッと押さえた。

 

その苦しそうな様子をエルヴィンが心配する。

 

 

「カイル、大丈夫か!?」

 

 

カイルは脳内を駆け巡る痛みに耐えながら声を絞り出す。

 

 

「だい…じょうぶです……た(・)だ(・)の(・)頭(・)痛(・)…なので……それより、ハンジさんたちが……そ、そろそろ着く頃…かと…」

 

「無理に喋らなくていい。とにかく、医者に薬を…」

 

 

だが、すでに立ち上がることさえままならない状態になっていたカイルは、消えかかる意識の中でもがくように口を動かした。

 

 

「エルヴィンさん……最後に、約束…してください。……もう二度と…今回のような『無茶はしない』…と…」

 

「…あぁ、約束しよう」

 

「よかっ…た…」

 

フッ……

 

「!?」

 

 

エルヴィンの答えを聞いたところで力尽きたカイルは、全身の力が抜けたようにそのままエルヴィンのベッドへ突っ伏した。

 

そんなカイルを心配するように、エルヴィンが手を伸ばそうとした時…

 

 

…スーーッ………スーーッ……

 

 

小さな寝息が聞こえてきた。

 

カイルは眠ってしまっただけのようだ。

 

覗き込むと、さっきまでの悶絶が嘘かのように安らかな寝顔をしている。

 

それを見たエルヴィンが「ふぅ」と一息吐いていると、病室にリヴァイが入ってきた。

 

 

「…守(・)れ(・)ね(・)ぇ(・)約束はするもんじゃねぇぞ、エルヴィン」

 

「リヴァイ……盗み聞きか? 無礼な奴め」

 

「そいつは悪かったな……しかし、てめぇは一体何を隠してやがる……こいつの、何(・)を(・)知(・)っ(・)て(・)る(・)?」

 

「…逆に、お前はそれを聞いてどうするつもりだ?……この子を、ど(・)う(・)し(・)た(・)い(・)?」

 

「……」

 

 

2人はしばらく黙って睨み合ったが、先に折れるのはいつだってリヴァイだ。

 

 

「チッ…まぁいい。会話が終わったと思って入ってきたはいいが……こいつは寝てるのか?」

 

「あぁ、そのようだ。昨晩はあまり眠れなかったのか……酷いクマだ」

 

「当然だろう。一向に戻らないてめぇを心配して、夜中に何度も部屋を行き来してやがったからな……しまいには、てめぇの知らせを聞いた途端に、1人で勝手に飛び出して行っちまう始末だ」

 

「そうか……申し訳ないことをした」

 

「しかし、俺は今までてっきりこいつの片(・)想(・)い(・)だとばかり思っていたが……どうやら違うらしい」

 

「…何が言いたい?」

 

「ここまで大袈裟に事を荒げたのは、犯罪者共の罪を重くし刑期を伸ばすことで、こ(・)い(・)つ(・)に(・)近(・)づ(・)け(・)さ(・)せ(・)な(・)い(・)た(・)め(・)だろ。調査兵団がどうのこうのは関係ねぇ……つまり、てめぇがわざと毒を飲んだのは、こ(・)い(・)つ(・)を(・)守(・)る(・)た(・)め(・)だ。……違うか?」

 

「…まったく、お前の勘の鋭さには舌を巻くよ……あのブランカという者は、2度もこの子に危害を加えようとしたのだ。団(・)長(・)と(・)し(・)て(・)、放っておくわけにはいかない…」

 

「『団長として』だと? まだシラを切るつもりか……『お前個人として』の間違いだろ。てめぇらは一体、どういう関係だ? ただの“師弟関係”にしちゃ、互いに熱(・)を(・)持(・)っ(・)て(・)る(・)……別に人の好みに口を出すわけじゃないが、兵団としても風紀というものがあるからな…」

 

「リヴァイ……何の話だ?」

 

「…確かに、てめぇが男(・)に(・)興(・)味(・)が(・)あ(・)っ(・)た(・)とは驚きだが……何せ、世の中には色んな人間がいる。恥じる必要はない」

 

「何か勘違いをしてないか? リヴァイ……そういった関係ではない」

 

「まぁ何でも良いが、今回の件……本当に敵の尻尾を掴んでおかなくてよかったのか?」

 

「…あぁ。大方検討はつくからな。暗殺において、民間人の私怨を利用する意図は『依頼者』という存在をカモフラージュするためだろう……となると、依頼者は世間への露見を頑なに拒む立場の者。どこぞの貴族の戯れか、あるいは政府関係者による隠(・)蔽(・)工(・)作(・)という説もある」

 

「隠蔽工作……俺たちは何かを知(・)り(・)過(・)ぎ(・)た(・)ってことか? だとすれば、考えられるのは一つ……あの『手帳』か」

 

「おそらくな。だが、我々がそれに勘づいたことを悟られないでおくと都合が良い。今は進み続けるのみ……撤退の瞬間(とき)は、まだ先だ」

 

「なるほど、目論みは理解した。……が、と(・)り(・)あ(・)え(・)ず(・)は(・)、こいつをこのままにはしとけねぇだろ。隣のベッドにでも移しておくか…」

 

 

そう言ってリヴァイがカイルの腕を引っ張り、自分の肩にかけようとすると…

 

 

ガシッ…

 

 

少し焦った様子のエルヴィンがリヴァイの腕を掴み、それを制止する。

 

 

「待て、リヴァイ……こ(・)の(・)ま(・)ま(・)でいい」

 

「あぁ? これじゃ、てめぇが寝られねぇだろーが」

 

「いいんだ、とにかくそっとしといてやれ」

 

「てめぇ、ま(・)さ(・)か(・)…」

 

 

リヴァイが眉間のシワを寄せながら一歩引きかけた時…

 

 

…バーーン!!

 

 

病室の扉が勢いよく開かれて、ハンジが飛び込んできた。

 

さらにその後ろから、ミケもそろりと入ってくる。

 

 

「エルヴィン!体調はどぅ……って、何この状況!?」

 

 

ハンジは目の前に広がる光景に困惑しながらも、順に指(・)を(・)差(・)し(・)て(・)状況を確認する。

 

 

「ベッドに倒れ込んだカイル……を、掴むリヴァイ……を、掴むエルヴィン…」

 

 

そこまで確認したところで何かを察したハンジは、表(・)情(・)を(・)悟(・)ら(・)せ(・)ま(・)い(・)とメガネをくいっと押し上げる。

 

 

「あ~~…っと……お(・)取(・)り(・)込(・)み(・)中(・)かな?……行こうか、ミケ」

 

「スン…」

 

「てめぇら……何、勘(・)違(・)い(・)してやがる。いいからさっさと手ぇ貸せ!眠っちまったこいつを隣に移すぞ」

 

「…!!」

 

 

ここでようやく正しい状況を察したハンジは、率先してカイルの胴(・)の(・)部(・)分(・)を担ぎ上げたのだった。

 

 

 

**

 

 

 

エルヴィンの隣のベッドへ横にされたカイルは、またすやすやと心地の良い寝息を立て始めた。

 

そんなカイルの頬をハンジがツンツンと指でつついている。

 

 

「まったく、人の気も知らずにぐっすりと眠っちゃって……君がエルヴィンを心配するように、私たちだって君を心配するんだ。……立体機動装置もなしに、屋根の上を駆け回るなんて聞いてないよ。どんな隠(・)し(・)芸(・)*2?……今度勝手なマネしたら、タダじゃおかないから…なっ…このっ…スカッ…ポンッ…タンッ…」

 

 

ハンジは小言を垂れながらつつく指を少しずつ強くしていったが、カイルが起きる気配は一切なかった。

 

 

「お、起きないや……まるで『眠り姫』みたい…」

 

 

その日、カイルはそのまま昼過ぎまで眠り惚けてしまったのだという。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数日後。

 

 

トロスト区の審議所では、【調査兵団団長エルヴィン・スミス暗殺未遂事件】に関する公判が執り行われた。

 

容疑者ブランカ・メシュレヒトは、全(・)て(・)の(・)容(・)疑(・)を(・)認(・)め(・)た(・)ことで『有罪判決』となり、懲役13年の刑が処された。

 

こうして、エルヴィン暗殺事件は幕を閉じたのである。

 

 

 

=====

 

 

調査兵団は、また“進撃”する。

 

奪われたウォール・マリアを取り戻さんと。

 

『戦い、進み、また闘う』

 

いつだって、その繰り返しだ。

 

人類の“尊厳”と“希望”をその背中に纏い、

 

彼らは今日も壁の外へと羽ばたいてゆく。

 

 

 

……本当の敵が、

 

壁(・)の(・)中(・)に(・)い(・)る(・)とも知らずに__

 

 

=====

 

 

 

 

 

―【 続く 】―

 

*1:
後にピクシス司令の参謀となる人物の一人。実はアンカと同じくカイルと同期。

*2:
幼少期【#12 森閑】で初披露したカイルの隠れた特技





〜後書き〜

『自分にとって『心臓を捧げる相手』は、諫山先生ただ一人です』

…どうも、著者です(´-ω-`)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


今回の投稿時(2025/4/18(金))、著者はなんと…

聖地!【大分県日田市】を訪れております!!

念願の夢が叶うと同時に、著者にとって思い入れのある回『心臓を捧げる相手』の投稿が重なるとは、何たる偶然か…

……いや、これはきっと“必然”だったのだ!!!

そう、思いたいです(笑)


さて、今回は病室のシーンを『#03 出会い①:エルヴィン・スミス』とリンクさせています。

ここで一つ!
まだ明かされていないカイルの秘密について、ちょっとしたヒントをご紹介しましょう。

実を言うと、エルヴィンとカイルは…

これまで一度しか触れ合ったことがないのです!

一度触れ合ったのは、【#02 心中】でエルヴィンがカイルを担ぎ上げた時のこと。その際、カイルは病室のベッドで不思議な夢を見ました。
さらに、カイルの能力や生い立ちには『記憶』が関わっている点もミソです。" 眼の記憶 "という便利な能力を持っていて、人攫いに遭う前は" 記憶喪失 "になっていますからね…

850年以降は、『エルヴィンとの関係性』や『眼の能力の正体』がさらに明らかになっていきますので、お楽しみに!

また、これまでのおさらいとして、ざっくりと情報をまとめた記事を作成しました。よろしければどうぞ(´-ω-`)
https://note.com/singeki_satory/n/n13f7188d59d7
◎記事:850年に至るまでの軌跡

◼︎次回予告:『#22 出会い④:エレン・イェーガー』
ようやく850年へ突入します!
原作主人公エレンの本登場!(#16でプレ登場済み)
エレンとカイルが接触する時、" 何か "が起こるかも…!?

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