〜前書き〜
今回の話では、『女型の巨人を捕獲する』という作戦に至ったそのいきさつを描いております。
タイトルはエルヴィンの台詞「君には何が見える?」からとっていますが、この台詞は本作中では出てきません。
その代わりと言ってはなんですが、読者の皆様へ問いを投げかけたく、このタイトルにしました。(詳細は後書きに記述)
↓それでは、本編へどうぞ↓
「うあぁぁああぁぁああぁ!!」
明け方早々、耳をつんざくような絶叫が辺り一面に響き渡った。
「ソニー!!ビーン!!………嘘だ……嘘だと言ってくれ!!」
悲痛な嘆きを振り撒く声の主は、他でもない__ハンジだ。
「一体、誰がこんなひどいことを!?………
「分隊長!落ち着いてください!!」
そこは、生態調査のために捕獲した巨人の勾留所。
頭を抱えて嘆き叫ぶハンジとそれを宥めるモブリットの目の前では、巨人の亡骸が異臭を放ちながら蒸気を上げている。
なんと、ハンジが手塩にかけて可愛がっていた2体の巨人が何者かによって
見張りの兵士によると、どうやら犯人は立体機動装置を身に纏っていたようで、気がついたときには遥か彼方へ逃走していたそうだ。
その報告を受けた兵団は、緊急招集をかけ、立体機動装置の検査を実施した。
検査の対象はもちろん、訓練兵にも及ぶ。
しかし、その後の憲兵団による懸命な捜査でも、無許可で立体機動装置を使用した兵士を見つけることは叶わなかったそうだ。
***
___その晩。
調査兵団本部の団長室では、ハンジが机に身を乗り出していた。
「敵は
息を荒げ、必死の表情で訴えるハンジ__エルヴィンは傍に置いてあった水を差し出しながらハンジを落ち着かせるように問う。
「結論から聞こう。問題は何だ?」
水を受け取ったハンジは、冷静な声色で一言発する。
「奴らの狙いは……エレンの
「「 !? 」」
団長室には他にも、ミケとカイルがいた__緊急事態だと言ってハンジが呼びつけたのだ。
水をガブガブと飲み干したハンジがカイルの隣に腰掛けると、まず口を開いたのはエルヴィンだった。
「一度、状況を整理する。まず、今回の【被験体抹殺事件】について、一般兵による逆恨みの説は薄い。気の迷いや衝動的な犯行の場合、隠密に実行するべき
この意見には、カイルが真っ先に見解を述べる。
「確かに……襲撃事件での彼らの行動には、“知性”が感じられました。それに、突然現れて突然姿をくらました点も、元の姿が人間なのであれば辻褄が合いますね」
エルヴィンは小さく頷きながら要点を挙げる。
「現在不明な点としては『敵の所在』、『人数』、『動機』といったところか…」
「
そう分析するのは、鼻を指でこするミケだ。
「あぁ。念のため、エレンを含むリヴァイ班が寝泊まりしている旧調査兵団本部*1の警備を強化しておいて正解だった。立て続けに事件が起きているこの状況下では、警備に充てる兵士も信頼に足るか不安ではあるが……とりあえずは、
エルヴィンの口から出た『5年』という数字に、カイルがすかさず反応する。
「敵が壁内に侵入したのが“5年前”の襲撃事件の時だとすると……いくら混乱に乗じてとは言え、紛れ込むのに大人数では目立ちます。現在も身を潜めて好機を伺っているあたり、敵の人数は
「同感だ。動機については……ハンジ、狙いは初めからエレンだったと思うか?」
話を振られたハンジは額の汗を拭いながら答える。
「いや……正確に言えば、奴らの狙いはエレン本人ではなく、エレンの持つ“力”の方だと私は考える。トロスト区の襲撃を途中でやめたのは
声色の重みから説得力を纏ったハンジの見解は、自然と頭に入ってきた。
カイルはゴクリと唾を飲み込むと、敵の『動機』についてさらに追究する。
「確かにそう考えると、狙いがエレンだというのも納得です。5年もの間、音沙汰もなく慎重に息を潜めていた敵がここにきて『被験体抹殺』という大胆な犯行に及んだ挙句、その痕跡も残した……リスクを度外視した犯行に出たのは、
これにはハンジも賛同する。
「私もそう捉えている。それに、エレンが狙われている根拠はそれだけじゃない……彼が
「だが、敵にとって袋のネズミとなる壁内でそれを実行することはない。敵が動くとすれば、それはおそらく
「……」
エルヴィンに思考を言い当てられたハンジは、しばらくの間黙り込む__もう一度エルヴィンの顔を見ると、その目つきは鷹のような鋭さを放っていた。
その眼光からエルヴィンの思考を読み取ったハンジは、
「狙われることが事前にわかっているのなら、
「あぁ、その
エルヴィンは一度全員の顔を順に見渡すと、息をゆっくりと吸い込み、声色を引き締めた。
「作戦を立てる。敵の襲撃を
「そ、そんなことが本当に…」
「可能だ。……理論上は、な」
言葉を返せないハンジ__すると、今度は顎に手を添えたカイルが口を開いた。
「問題は、襲ってくる敵が
「良い着眼点だ、カイル。しかし、私の推測では鎧の可能性も低い。報告によれば、全身くまなく硬質な皮膚で覆われているらしい……そのような状態では、いくら知性のある人間が動かそうと、調査兵団の馬より早く走ることは不可能だ。急襲に来るとすれば、エレン巨人のような細かい動きを可能とする
カイルが小さく頷くと、エルヴィンはさらに言葉を続ける。
「…ここからは賭けだが、敵が一体のみで来るとも限らない。玉砕覚悟の強襲で、複数体での一斉攻撃を仕掛けてくる可能性も否めない。その場合、生け捕りどころの話ではなくなる……この捕獲作戦は、
一同は沈黙する。
犠牲を出さずして、捕獲は不可能__その場の誰もがそれを確信していた。
表情を隠すように眼鏡を押し上げるハンジと、膝元で拳を握り直すカイル。
ミケは一度大きく鼻をすすったかと思うと、覚悟を決めた面持ちでエルヴィンに問いかけた。
「犠牲が出るのは承知の上で、それでも……やるんだな?」
「我々がここで動かなければ、人類復興への道は永久に閉ざされるだろう。例え『悪魔』とのたまれようと、切り開かねばならない……それが、我々調査兵団に課せられた“責務”だ」
すると、今度はハンジが口を挟んだ。
「悪魔になる覚悟はできているよ。だけど、他にも問題はある……
「それなら一つ“当て”がある……カラネス区の南東に位置する『巨大樹の森』だ」
「『巨大樹の森』!?……って、あの
「そうだ。この場所ほど立体機動を生かすのに適した環境はない……ここで敵を拘束する。そうだな……拘束具は
「なっ…一瞬で動きを封じる拘束具だと!? そんな都合の良い装置なんて、どこにもっ…」
「お前が作るんだ、ハンジ。巨人の捕獲はお前の
「そりゃまぁ、生きがいとすら思っているけど………
「構わないさ。壁内人類の命には代えられない」
「…ぃよっしゃぁぁぁぁぁ!!!なら、さっそく用意してもらいたいものが山ほどある!まずは、頑丈なワイヤーと筒を収束するための樽。それから…」
新兵器開発における発想の瞬発力では、ハンジの右に出る者はいない__カイルは感心を示しながら問う。
「すごい……もう装置の案が? 一体、どんな拘束具を作るおつもりですか?」
「それはもう……最高に
子供のように眼を輝かせたハンジは、今までで一番鼻息を荒くした。
「ただ……捕獲作戦を実行するにあたって、もう一つ“不安要素”がある。これは私の
こうして、調査兵団幹部の間では、敵の急襲に向けた【捕獲作戦】が内密に練り上げられていったのだった。
***
___数日後。
夜も更けた頃、カイルは旧調査兵団本部を訪れていた。
【捕獲作戦】の枠組みとして、目標点への誘導手順や拘束具の開発、兵士の選定・配置などの構想が仕上がったため、兵士長のリヴァイへその内容を伝達しにきたのだ。
伝達は秘密裏に行わなければならない__そのため、カイルとリヴァイは誰もいない食堂で密会した。
リヴァイはエルヴィンから託された書類を静かに読み終えると、食卓に灯っていた蝋燭の火にかける。
それを受け、カイルは詳細を補足するように話を切り出した。
「なるべく、
「イヤ……俺の班はむしろこのままでいい。エルヴィンにもそう伝えておけ」
「…わかりました。兵長の“勘”は信頼に足るでしょう」
そう言ってカイルはリヴァイの返事を承諾すると、食卓の角に肘をつき、少し体を前に屈める。
「兵長、俺……何だか嫌な予感がします。ここ最近、エルヴィンさんの様子が少しおかしいというか……時折、好奇心あふれる
「さぁな……俺から一つ言えることは、あいつが少しおかしいのは
「ははっ……確かに、エルヴィンさんは以前から不思議なオーラを纏っています」
「あぁ。あいつやハンジの言動に、いちいち目くじらを立ててたらキリがねぇ…」
「すみません、俺の思い過ごしですね。最近、
ピヒィィーーーーーーーーーッ!
突然、掠れた高音が食堂に鳴り響く。
肩をびくつかせたカイルが音の出元を振り返ると、コンロの上でティーポッドがカタカタと揺れていた。
「ポッドだ……茶を淹れてくる」
そう言ってリヴァイは席を立ち、台所へと向かう。
「あ、いえ!お構いなく。俺はこれで失礼しますので…」
「…あぁ? こんな真夜中に予定でもあんのか?」
「い、いえ……そういうわけでは…」
「なら、一杯飲んでけ。もう茶葉を入れちまった」
「…はい。では、お言葉に甘えて…」
カイルは食卓に腰掛けたまま、台所で紅茶を淹れるリヴァイを待つ。
コポコポと心地良い音を立てながら紅茶が茶漉しを通ってカップへ注ぎ込まれると、ほんのりと芳しい香りが漂ってきた。
カイルは振り向いてリヴァイの後姿を伺う。
(兵長がお茶に引き留めるなんて、珍しい……もしかして、しばらく兵団の皆と話せてなくて寂しかったりするのかな? そうだとしたら、兵長にも可愛いらしい一面があるんだな……よし、戻ったらハンジさんに話そう…)
そんな風に少し意地悪なことを考えながらニヤついていると、ティーカップを持ったリヴァイが戻ってきた。
「オイ…何を笑ってやがる…?」
「…いえ、なんでもありません」
カイルは誤魔化すように渡された紅茶を行儀よく口に運んだ。
その様子に釈然としないリヴァイだったが、静かに腰掛けながら話の続きを伺う。
「それで……その『変な夢』ってのは、どんなだ?」
「あ、えっと……あまりハッキリと覚えているわけではないのですが、よく見るのは……ある街の上空をまるで
「鳥のように?」
「えぇ、上空からこう…見下ろす感覚に近いかと。不思議なのは、その街に
「…お前の眼が覚えてないとはな」
「そうなんです。一度見た景色は、
「ほぅ……そりゃまた物騒だな」
「夢で見るのはほんの一瞬の場面ですが、その内容はエレンとミカサが9歳の頃に巻き込まれたという誘拐事件と酷似していて……そこで、事件の報告書を見返してみました。すると、忘れていた“記憶”が一つ蘇ったんです。夢の中で刺殺した小太りの男は、昔……俺を攫った人攫いと
「!?」
「犯人の似顔絵を目にしたとき、さすがに衝撃を受けました。こんな偶然があるのか、と……夢で見たのは、エレンの視点。そして、横たわっていたのはミカサだったのでしょう。俺は自分の眼で見た記憶を夢に見ることはよくあるのですが、他人の視点というのは初めてで……もしかすると、エレンの『巨人の能力』と何か関係しているでしょうか? あの夢の光景が本当にエレンの視点なのであれば、兵長の見立て通り、彼の内に秘める“凶暴性”は確かです。それが、
「オイオイオイオイ、待て待て」
手のひらを前に出すようにして、カイルの話を遮るリヴァイ。
「鳥やエレンがどうとかよりも、お前……人攫いに遭ってたのか?」
「…あれ、話しませんでしたか?」
「初耳だ。……エルヴィンの奴は知っているのか?」
「はい。エルヴィンさんには、初めてお会いしたときにすべて打ち明けています。おそらく俺に
「…そうか」
「しかし、夢如きに翻弄されているようでは……俺の精神力もまだまだ未熟ですね」
「いや、一概にそうとも限らねぇ……“予知夢”ってこともある。まぁ、鳥になるってのはさすがに現実的とは思えんがな…」
「ははっ、確かに……しかし、巨人化する人間が現れた今となっては、もはやこの先何があっても驚きません」
「さっきポッドの音にビビってただろーが」
「あれは……
「ふっ……そうか」
リヴァイは意地っ張りなカイルを少し鼻で笑うと、静かに紅茶を嗜んだ。
その様子を見ていたカイルはリヴァイの手元を見ながら尋ねる。
「…前から気になっていましたが、兵長のカップの持ち方って独特ですよね。何かこだわりが?」
「特段こだわりはねぇが……
「こぼさない工夫……それは、どういうことですか?」
「…これは、俺が
そう話を切り出したリヴァイは、ティーカップを上から持つようになった所以について、過去の“出来事”を打ち明けた。
その話は、リヴァイの
「…それ以来、俺はカップの取っ手を持たねぇと誓った……一生な」
カイルは先ほど抱いた自身の邪悪な思考を恥じるように、紅茶を一口啜る__その深みのある味わいと美しい昔話を噛みしめながら。
「いかにも兵長らしいエピソードです。そっか……
「そんなもん、誰が淹れても同じだろーが」
「いいえ、全く違いますよ。実は、俺……紅茶が嫌いだったんです」
「あぁ? そいつは悪かったな……口に合わねぇもん出しちまって」
「あ、いえ!昔の話です……俺の育ての母も紅茶が好きで、よく隣町まで遣いに走らされました。けれど、俺が紅茶を飲むことを許されたのは、母に無理やり連れて行かされた晩餐会やお茶会のときだけ……お偉方のご機嫌を伺うためにとにかく
「……」
リヴァイは何を言う訳でもなく、ただカイルを見つめていた__悲壮感とも違う複雑な感情を瞳に浮かべたカイルは、手元の紅茶に視線を落とす。
「でも、兵長の淹れる紅茶は違う……あの時のものとは比べ物にならないくらい、
「あぁ……だが、あのクソメガネは連れてくるな。やかましくて敵わん…」
「ははっ、了解です」
この時、カイルは少しだけ胸が弾むような感覚を覚えたのだった。
***
___1か月後。
「口頭伝達!右翼索敵、壊滅的打撃!右翼索敵、一部機能せず!!」
血相を変えながらそう叫ぶのは、右翼側から駆けてきた伝令兵だ。
巨人化の力を有するエレンを連れた初めての遠征【第57回壁外調査】の最中、出発地点であるカラネス区の壁が見えなくなった辺りで、事態が一変する。
伝令兵曰く、
報告を受けたエルヴィンは、冷静に“あること”を確認する。
「その奇行種は……
「はい!たった一体に押されています!!」
「そうか、わかった……そのまま左翼側へ伝令に行け」
「で、伝達を聞いていましたか!?……もはや遠征の続行は不可能です!撤退すべきでは!?」
「指示が聞こえなかったか?……撤退はしない。このまま進路を少し東へ傾ける。君の役目は、それを伝令に行くことだ」
伝令兵はエルヴィンの指示に不満を露わにしながらも、急いで左翼側へと駆けて行った。
その後ろ姿を見送ったのち、エルヴィンが指令班の全員に指示を出す。
「
「「 はっ! 」」
こうして、敵の“正体”を暴くため、『捕獲作戦』がいよいよ決行されるのだった。
―【 続く 】ー
〜後書き〜
『リヴァイの独特な紅茶カップの持ち方……そのきっかけとなるエピソードは、原作第35巻【悪童】に収録されておりますので、是非!!』
…どうも、著者です(´-ω-`)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
皆様に投げかけたかった問いは、ズバリ……
『何故、アニが被験体(ソニー&ビーン)を始末したのか』についてです!
これは自分の考察力不足、あるいは、認識違いなのかもしれませんが…
まず前提として、いくら調べたところで無垢の巨人から得られる情報はないと認識しています。(ここから間違ってたらごめんなさい)
巨人研究をしていたマーレ組なら、そのことは知っていたはず……であれば、わざわざ被験体を始末する必要はないですよね?
その結果として、「立体機動装置を使いこなせる = 兵士として紛れ込んでいる」というヒントをエルヴィンたちに与え、策を講じられてしまっています。
何故、そんなリスクを犯してまで被験体を始末したのか__皆様には何が見えますか?
この点について、是非とも皆様の考察をお聞かせください!
【補足】
そもそもとして、被験体抹殺の犯人がアニではないという可能性も否めません。
地下通路の入り口でアルミンに言及されたときも、アニは明確に肯定していませんでした。
だとすれば、誰が被験体を……!?
本編にもある通り、著者は『本命の狙い(エレン)を悟らせないためのカモフラージュ』と考察していますが、もしかすると__
『こんな筈じゃなかった…』と心で言い訳をする内に、アニは無意識に誘い水を投げてしまったのではないでしょうか?
それは屠るべき悪魔への“宣戦布告”か、あるいは、せめてもの“贖罪”か…
考察って楽しいですね(´-ω-`)
◼︎次回予告:『#24 女型の巨人①:取捨選択』
【第57回壁外調査】が始まります!
女型の巨人の急襲時、カイルはどんな役目を負っていたのでしょうか!?