進撃の巨人~もう一人の選択~   作:赤道さとり

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~前書き~


■注釈について

今回の注釈は、幼少期スピンオフ【進撃の巨人~Another Choice~】(https://syosetu.org/novel/368820/)からの補足が大半となります。


↓それでは、本編へどうぞ↓




#03 出会い①:エルヴィン・スミス

 

 

___広場の騒動から数時間後。

 

 

目を覚ますとそこは、病院のベッドの上だった。

 

しばらく天井をぼーっと眺めたのち、体を起き上がらせようとするも、全身に力が入らない。

 

仕方なく首を動かして辺りを見渡すと、ベッドの横には広場でカイルの腕を掴んだ兵士が座っていた。

 

病院で着替えを用意してもらったのか兵服姿ではなかったが、綺麗に整えられた前髪ですぐにその兵士だとわかった。

 

カイルが目を覚ましたことに気づいた兵士は、読んでいた本を閉じ、体の具合を尋ねる。

 

 

「気分はどうだ?」

 

「良くは……ないです。ここは……病院……ですか?」

 

「そうだ。私が君をここまで運んだ。……安心してくれ。君と揉めていた他の子らは、憲兵に事情を説明して別の病院へ移してもらったよ」

 

「そう……ですか」

 

「…まだ朦朧としているようだな。医者に君の意識が戻ったことを伝えてくる。君はまだ寝ていなさい」

 

 

そう言って席を立とうとした兵士の袖を、カイルが左手できゅっと掴む。

 

 

「貴方は……どなた……ですか?」

 

 

兵士は少し間を置いてから、姿勢を正して名乗り上げる。

 

 

「私は調査兵団で分隊長を務めている、エルヴィン・スミスという者だ」

 

「エルヴィン…さん。助け…ていただき……ありが…とう……ございます」

 

 

途切れ途切れにお礼を言ったカイルは、そのまま気を失うように眠りにつく。

 

エルヴィンが心配そうに覗き込むと…

 

 

キラッ…

 

 

閉じられた目元から一粒の涙が流れ落ちた。

 

その様子に眉をひそめたエルヴィンは、カイルの頭を撫でようと手を伸ばすも、何故か思い留まって手を引っ込めてしまう。

 

それからまたキリっとした表情に戻ると、そそくさと病室を出ていったのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___1時間後。

 

 

カイルは悪夢にうなされていた。

 

夢の中では、子ども姿のカイルが必死に“誰か”を追いかけて走っている。

 

その“誰か”が手を差し伸べてきたが、カイルの小さな手は何故かその手をすり抜けてしまう。

 

何度も何度も試みたが、一向に掴めやしない。

 

悲しくなったカイルは、泣き叫ぶ。

 

 

(待って!置いて行かないで!僕も……僕も一緒に行く!!)

 

 

しかし、カイルの叫びも虚しく、その“誰か”は霧のように目の前から消えてしまったのだ。

 

それを引き留めるように、カイルは再び叫ぶ__

 

 

「待って!!」

 

 

気が付くと、カイルは手を伸ばしながら上体を起き上がらせていた。

 

その横では、医者への報告から戻ってきたエルヴィンが丸椅子に座り、何かの“資料”を読んでいる。

 

 

「あ、あれ?……俺は、何を…」

 

「大丈夫か? かなりうなされていたようだが」

 

「えっと、確か……エルヴィンさん?」

 

「そうだ。意識の方はだいぶ回復したようだな」

 

「はい。ですが、なんだが変な気分です。昔の記憶を夢に見ていた気がするのですが……ダメだ、思い出せない」

 

「昔の記憶?」

 

「はい。俺は幼い頃にこの街に来たのですが、()()()()()()()がなくて…」

 

「そう…なのか」

 

「実は、お恥ずかしい話……俺は()()()()()()()()()なんです

 

「……」

 

 

突然の告白に、少し身構えるエルヴィン__しかし、カイルは平然と話を続ける。

 

 

「昨日まで住んでいた家は、俺の本当の家ではありません。ついでに、家族も……本当の家族のことは覚えていません。どんな場所に住んでいたのかさえも……物心ついたときから俺は、母さんの『奴隷』でした」

 

「奴隷…?」

 

 

聞き返すエルヴィンの声色には、少しばかりの困惑の色が見えた。

 

それを感じ取ったカイルは布団を握る手にぐっと力を入れながら、暗く沈んだ瞳をエルヴィンへ向ける。

 

 

「エルヴィンさん、少し……“昔話”に付き合っていただけませんか?」

 

 

そうしてカイルは、自分の生い立ちについて語り始めたのだった。

 

 

 

**

 

 

 

_まず話したのは、家のこと。

 

売られた先の家では母親に奴隷として扱われ、泣いたり口答えしたりすると飯の代わりに体罰を与えられる日々を過ごしたと語った。

 

さらには、幼い頃から牧場の仕事に明け暮れていたカイルは、毎日の重労働で自然と体が鍛えられたことまで話した。

 

 

 

_次に話したのは、学校のこと。

 

通っていた学校ではブランカを筆頭にいじめを受け、陰口を言われたり鞄を踏みつけられる日々を過ごしたと語った。

 

さらには、ブランカが学年で首位を取るために、カイル自身の成績を故意的に下げるよう命令されていたことまで話した。

 

 

 

_最後に話したのは、自身のこと。

 

()()()()()で男の振りをしているが、生物学上は“女”であることを打ち明けたのだ。

 

 

 

カイルは壮絶な過去のすべてを洗いざらい話した。

 

ただ一つ、『眼の能力』のことを除いては__

 

 

 

どんな内容でも包み隠さず話したカイルだったが、()()()()()()()()となった能力のことだけは話さなかった。

 

おそらくカイルの中で、それを打ち明けるという行為がトラウマのようになっているのだろう。

 

そんなこともつゆ知らず、エルヴィンは真剣な眼差しでカイルの話を親身に聞いていた。

 

そして、カイルが話し終えると、どこか申し訳なさそうな顔で口を開いたのだ。

 

 

「君の過去は想像に堪えないな。とても辛かったろう…」

 

「えぇ、しかし……この不遇さにも慣れたもんです」

 

「牧場の火事の件は、私も憲兵から話を聞いている。牛舎や馬小屋、それから家屋も全壊だとか…」

 

「はい。それと、育ての父も失いました。()()()()*1……おじさんは、いい人でした。少し、ぶっきら棒なところはありましたが」

 

 

哀愁を纏った笑みでそう話すカイル__その様子に、エルヴィンの膝の上に置かれていた拳に力が入る。

 

 

「すまない。もっと早くにこの街を訪れていれば…」

 

「えっ……何故、エルヴィンさんが謝るのですか?」

 

「実は、我々がこの街を訪れたのは、次の壁外遠征で使用する馬を調達するためだったのだ」

 

「…馬を?」

 

「あぁ。本日、君の牧場にも赴く予定だった。調査兵団は常に人員不足のため、兵団本部で馬を管理できる者も少ない……そこで、()()()()()も同時に探していたのだ。ともすれば、今回の事件が起こる前に君を救い出せていたかもしれない……と、考えたまでだ」

 

「そう…だったんですね」

 

 

訳を聞いてもエルヴィンが謝る理由がしっくりこなかったが、カイルはそれ以上に清々しい気持ちだった。

 

これまでの不遇な人生について、こんな風に人に話したことがなかったからだ。

 

 

「身の上話に付き合わせてしまって、すみません。だからと言うわけではありませんが、貴方に今一度お礼を言いたくて…」

 

「いや、礼には及ばない。私は何もしてやれなかった」

 

「いえ、そんな!貴方は『命の恩人』です。俺はあの時、あいつと()()()()つもりでした。“悪魔”と蔑まれ続けた俺は、この世に存在してはいけないと本気で思っていたからです。ですが、貴方があの場に現れた瞬間、不思議とまだ生きていたいと思えたんです」

 

「君の命を救えたことは、私にとってもこれ以上にない幸いと言える。君は類稀なる人格者だ。不遇な境遇に反し、“高潔”で“清廉”な人間に育った。……私は君を誇りに思うよ」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 

エルヴィンの率直な感想に、少し頬を赤らめるカイル__しかし、すぐにまた顔を曇らせると、この先の不安を吐露した。

 

 

「これから、俺はどうなるのでしょう? 未遂とは言え、人を殺そうとしました。それに、俺にはもう()()()()()…」

 

「騒動の件なら心配ない。憲兵にはすでに手を打っておいた」

 

「えっ…!?」

 

「君はむしろ『被害者』だ。ブランカという少女が君の家に放火したことは間違いないだろう。現場から彼女が走り去るのを()()()()()が名乗り出たそうだ」

 

「も、目撃者…?」

 

「憲兵の調べによると、現場には“着火剤”のようなものが故意的にばらまかれていたこともわかっている。その着火剤の出所を辿れば、()()()()()()()()()()()()()()に結び付くのも時間の問題だ。それらの証拠が決定打となるだろう。また、広場では君たちの騒動を多くの住民が目撃している。私も目撃者の一人だが、先に襲い掛かったのは相手の三人だ。君は正当防衛を主張でき、火事の件も考慮すれば、情状酌量の余地は十二分にあるだろう。審議所へは、私が証言者として出向することも憲兵に伝えてある」

 

 

淡々と述べられる手厚い待遇に、理解が追いつかないでいたカイルは、口をパクパクと浮つかせることしかできなかった。

 

 

「そ、そこまでしていただけるとは……なんとお礼を言ったらいいか」

 

「いや、()()()()()()当たり前のことをしているだけだ。それと、君の今後についても一つ提案がある」

 

「…何でしょう?」

 

「訓練兵団へ入団し、憲兵を目指すといい。今回の騒動もあって、この街で君は生き辛いだろう。訓練所ならウォール・マリア南区にツテがある。そこで『新たな人生』をスタートさせるのだ」

 

「それは身に余るような有難い提案ですが……何故、『憲兵』なのですか?」

 

「憲兵になって地位を確立すれば、盾突く者を排除できるからだ」

 

 

そう答えたエルヴィンの手元には、モンテガルド校の刻印が押された紙があった。

 

エルヴィンは広場での身のこなしに加え、学校の成績からカイルの身体能力を高く評価した。

 

これは、訓練兵から憲兵を志願できるのが『成績上位10名まで』という制約があるためだ。

 

提案を受けたカイルは少しの間考え込んだが、答えは決まっていた__

 

 

「その提案、お受けします。エルヴィンさんに救ってもらったこの命、無駄にしたくありません……訓練兵団へ入団し、立派な兵士になると誓います!

 

「…この街を離れることに悔いはあるか?」

 

「いえ、ありません」

 

 

即答したカイルの瞳に、迷いはない__それどころか、固い決意を示すように輝やいていた。

 

 

「良い表情だ。では、入団の手続きも並行して進めておこう」

 

「ありがとうございます!」

 

「詳細は追って連絡する。もう一人、私の付き添いの兵士も広場での事件を目撃している。クライス・マイヤーという者だ。今後の連絡は、クライスを遣いに送る可能性がある。名前を覚えておいてくれ」

 

「わかりました」

 

「では、私はそろそろ失礼する。君はもう少し横になった方がいい」

 

「はい、そうします」

 

 

エルヴィンはカイルの素直な返事に優しく微笑み返すと、ガタッと席を立った。

 

しかし、病室を出て行こうとする背中に不意に懐かしさを感じたカイルは、思わずエルヴィンを呼び止めてしまう。

 

 

「ま、待ってください!エルヴィンさん!」

 

「ん、何だ?」

 

「俺、もしかして……貴方にどこかでお会いしたことがあるでしょうか?」

 

ピタッ…

 

 

足を止め、振り返るエルヴィン__その表情は、先ほどまでと変わらなかった。

 

 

「…いや、君と会うのは今日が初めてだ」

 

「そう…ですか。すみません、呼び止めてしまって……では、また」

 

「あぁ、また」

 

 

そうしてエルヴィンは、静かにその場を後にした。

 

 

 

病室に一人残されたカイルは、再び天井を眺め、先ほどのやり取りを思い返していた。

 

一瞬だが、エルヴィンの瞳が揺らいだように見えたのだ。

 

しかし、()()()()()()ではなかった__そのことに少し気を落ち込ませたカイルは、塞ぎ込むように布団を顔まで覆い被せる。

 

 

(あの感覚は何だったんだろう……ただの、気のせい…?)

 

 

そして、大きくため息を吐いたのち、小さく寝息を立てながら眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___その頃。

 

 

病室を出たエルヴィンは廊下を曲がった先で、ある少年に出くわしていた。

 

その少年は、いきなりエルヴィンに素性を問い正してきたのだ。

 

 

「あ、あの!……あなたは()()()調査兵団の方ですか?」

 

「そうだが」

 

「何か、証明できるものはありますか?」

 

「そういう君は何者だ? 人に素性を問う際は、まず自ら打ち明けるのが礼儀というものだ」

 

「お、俺は……アデル・ブラッツァーと言います。彼の……カイル・シャルマンの友人です」

 

 

その少年“アデル・ブラッツァー”は、カイルの友人であり、ブランカの許嫁でもある人物だ。

 

エルヴィンは仕方なく胸ポケットから兵員帳を取り出すと、表紙の見開きをアデルに示す。

 

 

「これでいいか?」

 

「『調査兵団第2分隊長』……し、失礼しました!ご無礼をお許しください!どうしても確かめる必要があったんです。あいつはもう、()()()()()のには懲り懲りなんで…」

 

 

そう言って深々とお辞儀をしたアデルは、(こうべ)を垂れたまま話を続ける。

 

 

「さっきお見舞いに行こうとしたら、病室からお二人の話が聞こえて……すみません、盗み聞きするつもりはなかったんです!けど、カイルにあんな壮絶な過去があったなんて、俺知らなくて…」

 

「用件はそれだけか?」

 

「いえ!一つだけ、頼みたいことが……俺もカイルと同じ訓練兵団に入団させて下さい!

 

「…理由を聞こう」

 

 

すると、アデルはゆっくりと顔を上げた__その表情はどこか悔しそうに見える。

 

 

「牧場の火事は、()()()()なんです。だから……だから俺には、彼を守る責任があります!」

 

 

それを聞いたエルヴィンは、眉間に皺を寄せた。

 

 

「『アデル』……そうか。あの子を襲った少女の“許嫁”とやらは君か」

 

「…はい」

 

「君はあの子の“隠し事”を知っているのか?」

 

「…知っています」

 

「そうか。ならば尚更、君が傍にいることの方があの子にとって辛いのでは?」

 

「そう…かもしれません。でも俺は、嫌われてでもカイルを守りたい。()()の人生を奪ったのは俺です。大切な友達だったのに……俺には、一生をかけてこの罪を償う覚悟があります!

 

 

そう言い張るアデルの声には力が込められていた。

 

肩を小刻みに震えさせつつも、拳をしっかりと握りしめ、エルヴィンの顔をまっすぐ見上げている。

 

真剣な眼差しを向けられたエルヴィンは、しばらく考え込んだのち、顎に添えていた手をゆっくり下ろしながら口を開いた。

 

 

「…そうだな。君にはその責務がある。それに、あの子が訓練兵団で何不自由なく過ごすためには、事情を知っている者が内部にいるのも心強い。あの子に免じて君の入団も許可しよう」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「後日、君の元へも遣いを送る。君の姓は確か、ブラッツァーと言ったな? もしや……王室お抱えの()()ブラッツァー家*2の子か?」

 

「はい……そうです」

 

「やはりそうか……君の身元は承知した。詳細は追って連絡する。それから、兵団ではなるべく“身分”を隠すように」

 

「わかりました」

 

「では、私はこれで失礼する」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 

そう言って再びお辞儀をするアデル__頭の位置は先ほどよりも深かった。

 

そして、エルヴィンの後ろ姿を見送ると、すぐさまカイルの元へと走り出したのだ。

 

 

 

病室に入ると、すでにカイルは熟睡していた。

 

その健やかな寝顔にふぅっと胸を撫で下ろしたアデルは、ベッドの横に置かれていた花瓶に一輪の花をそっと生けてやった。

 

それからぐっすりと眠るカイルを起こさぬよう、静かに病室を出て行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___翌朝。

 

 

「カイル君、起きて!あなたの、お母様がっ…!!」

 

 

慌てた様子の看護師に起こされたカイルは、別の病室まで案内された。

 

そこには、育ての母“メアリ”*3の変わり果てた姿があった。

 

ベッドの上で上体を起こして窓の外を見つめるメアリは、小声で何かをつぶやき続けている。

 

その横顔は少しやつれていて、いつも綺麗に整えていた髪は鳥の巣のように乱れていた。

 

 

聞くと、メアリは昨日の昼頃から行方不明になっていたらしい。

 

 

牧場の火事の後、レンダー夫人の元で世話になっていたメアリは、その時から精神状態が酷く不安定になっていた。

 

そして、広場での騒動を耳にした途端、馬車を手配し一人でどこかへ行ってしまったのだ。

 

しかし、夜遅くになってもメアリは帰ってこなかった。

 

心配したレンダー夫人が憲兵に捜索願を出し、調査結果を聞くと、最後に目撃されたのは()()()()()()()()()()()()()だったという。

 

そして、明け方頃__牧場の焼け跡の近くで、泥だらけになって倒れているメアリが発見されたのだ。

 

 

 

発見当時のメアリに意識はあったが、まるで魂が抜けたように一人では歩けない状態だった。

 

さらに、身体の至る箇所に擦り傷や打撲痕があり、服はボロボロに破けていたそうだ。

 

看護師は事情を一通り説明し終えると、メアリを不憫そうに見つめながらカイルの肩に手を置いた。

 

 

「酷い有様でしょ……何を喋っているのか聞き取れないけど、ここに運ばれてきたときからずっとこうよ。先生曰く、火事のショックで過度なストレスがかかって精神病を患ったんじゃないかって。体はあちこち傷だらけ……おそらく自暴自棄になって暴れたようね。健康上は特に問題ないみたいだけど、もうしばらくここで様子を見ることになるわ。またいつ暴れ出すかわからないからね。あなたも大変だったろうけど、お母さんを慰めてあげてね」

 

 

そう言い残すと、看護師はカイルを置いて病室を出て行った。

 

カイルは言われた通り、母親に声をかけてみることに__

 

 

「母さん、俺がわかる?……カイルだ」

 

「……」

 

 

反応がない__声が聞こえていないのか、メアリは変わらず窓の外を見続けている。

 

そのなできった肩にかけられたストールは、片側だけめくれ落ちていた。

 

 

「ストールが落ちてるよ。体を冷やしちゃダメだ」

 

 

そう言ってストールに手をかけようとした時…

 

 

パシン!

 

 

突然、メアリがカイルの手をを引っぱたいた。

 

驚いて目を丸くするカイル__しかし、メアリはカイルの方を見向きもせず、自分の手でストールを直して見せた。

 

それからすぐにまた窓の外へ顔を向けると、今度は意味のある言葉をつぶやき始めたのだ。

 

 

「…触るな……汚れる……お前のせいだ……()()()()()……見放されて……私にはもう……何もない……夢や希望……未来も……全部……燃やされた……すべては……あの時から……お前なんか……いなければ……私は……悪くない……私は……悪くない…」

 

 

すると、メアリの瞳からボロボロと大粒の涙がこぼれた。

 

何とも見苦しい母親の姿を目の前に、カイルの心には“怒り”よりも“哀れみ”の感情が沸き上がる。

 

 

「ははっ……泣きたいのはこっちだよ、母さん。こんな無様な姿になっても尚、プライドを捨てられないなんて……まったく、哀れだ…」

 

「…うるさい……黙れ……目障りだ……消えろ……消えろ…」

 

「はいはい、わかったよ。こっちなんか見てないくせに」

 

「…消えろ……消え失せろ…」

 

「はぁ…こんな姿を見せられたら、貴方を憎んでいた自分が馬鹿らしく思えてくるじゃないか。俺はもう退院するから、気が向いたらまた様子を見に来るよ。それじゃあ…」

 

 

カイルは嫌味交じりに文句を垂れると、一度も振り返ることなく病室を出て行った。

 

それから自分の病室へと戻り、退院の準備を済ませ、エルヴィンに手配してもらった民宿へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___2週間後。

 

 

ガルド街の審議所にて、【牧場放火事件】ならびに【モルーロ広場暴行事件】に関する公判が執り行われた。

 

その日はエルヴィンやクライス、それからカイルのクラスメイトであるエルリクにウッド*4、さらには広場にいた住民たちなど、各方面からカイルを味方する者が集った。

 

憲兵による火災現場の調査結果や各証人からの証言により、広場でのカイルの行為は正当防衛として認められ、罪は『不問』となった。

 

そして、数日後の裁判では、被告人ブランカ・メシュレヒトに対し…

 

 

殺人および殺人未遂罪・放火罪・動物殺傷罪における『有罪判決』が言い渡されたのだ。

 

 

有罪とは言え、被告人が未成年のため執行猶予付きではあったが、その間にラング商会が減刑を求めてくることは読めていた。

 

そこで、原告側として減刑を許す代わりに、慰謝料や損害賠償額の割り増しと精神的苦痛によってメアリが患った疾患に対する治療費の請求、ならびにラング商会の事業規模縮小または抑制を要求した。

 

さらに、今後互いに一切の関係を断ち切るという清算条項の締結を条件とし、裁判は“結審”となったのだ。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数日後。

 

 

【シャルマン牧場閉業のお知らせとお詫び】

 

そう書かれた貼り紙が、ガルド街の至る箇所に貼り出された。

 

掲示板にそれを貼って回っていたのは、他でもない__カイルだ。

 

裁判には無事に勝訴することができたのはいいが、牧場の復興は現実的ではなかった。

 

賠償金で牛舎などを建て直したところで、一から動物たちを育て上げられる“経験者”がいないためだ。

 

さらに、これまで経営の舵を取っていたメアリがあの様では、とても事業を立て直せる見込みはない。

 

それ故に、シャルマン牧場は閉業する運びとなったのだ。

 

 

 

貼り紙を見た住民たちは、カイルの境遇を気の毒に思った。

 

しかし、そんな住民たちの心痛とは裏腹に、貼り紙を持って走るカイルの表情は清々しいものだった。

 

 

(ようやくこの時がきた。俺はやっと……()()()()()から解放されるんだ…!)

 

 

貼り紙を貼る度に、心が軽くなっていくのを感じた。

 

その時、どこからともなくやってきた()()()()()が、手に持っていた貼り紙を搔っ攫っていった。

 

飛ばされた紙は風に揉まれ、宙でヒラヒラと左右に揺れ動く。

 

カイルはそれを薄めに眺めながら、

 

 

これから始まる『新たな人生』に、想いを馳せたのだった。

 

 

 

 

 

 

―【 続く 】―

 

*1
シャルマン牧場の主人。火事により死亡。(詳細は幼少期スピンオフ『#14 嵐』にて)

*2
アデルは王室専任シェフを父に持つ。

*3
シャルマン牧場の婦人。ネフェルの妻。カイルを奴隷のように扱っていた張本人。

*4
エルリクとウッドはブランカが火事現場から逃げ去るのを見た目撃者。





〜後書き〜

『エルヴィーーーーーーーーン!!!』

…どうも、著者です(´-ω-`)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


著者的最推し原作キャラ、エルヴィンの登場です!(拍手喝采)

エルヴィンは少しお堅めの口調なので、セリフの言い回しなどを考えるのが難しい反面、「これ言いそう!」って自分の中でしっくりハマったときに一番嬉しくなるキャラですね。

そして、この物語では、エルヴィンとカイルの“主従関係”が色濃く描かれます。

カイルがエルヴィンと出会ったのは『13の冬』__カイルにとって“13年”というのは節目の年になるのです。


さて!次の話では、カイルが育った街を飛び出して行きます。

訓練兵団まであと少し!

次回の話もお楽しみ下さい。



■おまけ

◎アデルが花瓶に生けた花:ブルーレースフラワー
だいぶ前に作成した設計書にそう書いてありました(笑)
選んだ理由はおそらく花言葉からだと思いますが、ちゃんと思い出したらまたnoteにでもまとめます。

◎裁判のシーンやけに細かくね?
もし気になる方いれば、下記の記事をご覧ください(物語には関係ありません)
https://note.com/singeki_satory/n/ndb66cf1f8a63
・記事:裁判はもう二度と経験したくないッ!!

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