進撃の巨人~もう一人の選択~   作:赤道さとり

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〜前書き〜

後半、エルヴィンとカイルの会話が続きます。

↓それでは、本編へどうぞ↓



#37 夢と願い

 

 

___兵団による“新体制”確立後。

 

 

旧体制における議員一族、及び、その関係者は爵位を剥奪し、各地方の収容所に送り込んだ。

 

さらに貴族階級の者たちには兵団への協力姿勢によって税率の格差を設け、団結を阻害し勢力の均衡化を図った。

 

政治的な意味では人類の中枢に当たる人物の大半を失う結果となったが、代わりに得た物もある。

 

 

 

まず、兵器改良の余地へ繋がる“技術力”の解放だ。

 

これまで中央憲兵によって摘まれてきた技術革新の芽は、我々の目が届かぬ場所で秘密裏に保持されていたことが判明した。

 

この発見は、巨人の支配に対抗する術の発展に追い風を送るきっかけとなるだろう。

 

 

 

次に、『光る鉱石』による“生産性”の向上だ。

 

レイス卿領地の地下空洞は、巨人が生み出したものとみられる鉱石で形成されており、それが支柱や光源にもなっていた。

 

その『光る鉱石』はエネルギーを消費しないという特長があり、半永久的な資源として住宅や工場地を照らし、労働や生活における不便さの解消に貢献したのだ。

 

 

 

そして最後に、これが今回の事件における最大の功績と言えよう。

 

我々人類は新たなる()()()()()()を手にしたのだ。

 

その名も__【巨人の処刑台】である。

 

 

 

**

 

 

 

ガゴン!!……シュゥゥゥ…

 

 

トロスト区の外門付近で、何かが激しく打ち付けられる音が響いた。

 

外壁から張り出した2枚の薄壁の中には、巨人の侵入を防ぐように壁と同じ素材の支柱が斜めに重なり合っている。

 

張り出た壁の上部には丸太を垂直に落下させる装置が備わっており、2枚の薄壁の中に入った囮の兵士に食いついた巨人が壁の隙間に頭を入れ込んだ瞬間、上から丸太を落としてうなじを()()()()のだ。

 

この複雑な構造物を生み出したのはエレン__もとい、エレンの巨人だ。

 

ロッド・レイスが巨人化した際、エレンは崩壊する地下空洞からリヴァイ班たちを守るため、その場に落ちていた小瓶を口に含み巨人化した体から鳥籠のようなバリケードを生み出したという。

 

それはおそらく、女型の巨人が披露した『体の一部から鎧の皮膚のように硬い材質を生成する』という“硬質化”の能力だろう。

 

そしてハンジの指揮の下、幾度かの実験を経て、エレンは硬質化の能力を物にしたのだ。

 

 

『ウォール・マリアの奪還が現実味を帯びてきた』

 

 

これは夜間順路開拓の【進捗報告会】にて、ザックレー総統が放った一言だ。

 

ウォール・マリアを奪還するには、シガンシナ区の破壊された壁を修復する必要がある。

 

以前より提唱されていた『エレン巨人で穴を塞ぐ』という作戦は、エレンが硬質化の能力を得たことで実行可能段階にまで進展した。

 

残す課題は『シガンシナ区までの順路開拓』だが、これも例の光る鉱石がその真価を発揮し、巨人の活動が鈍る夜間での作業が飛躍的に進度を上げたのだ。

 

さらに調査兵団では、来る決戦に備え、ある“新兵器”の開発を進めていた。

 

その名も__【雷槍】である。

 

 

 

**

 

 

 

ドオオォォン!……ズシィィーン…

 

「威力は見ての通り、雷が落ちたようだろ?」

 

 

衝立の板の裏で興奮気味にそう話すのは、ハンジだ。

 

その視線の先にいるのは、104期の兵士を筆頭とした調査兵たち__彼らはトロスト区近辺のひらけた森林に集い、新兵器『雷槍』の使用方法について演習を講じられていたのだ。

 

雷槍とは、技術班の協力の下、鎧の巨人に対抗するための攻撃手段として開発されたもの。

 

白刃攻撃が効かない鎧への対抗手段としては、エレン巨人による締め技や関節技、さらに最近習得した『硬質化パンチ!』(ハンジ命名)も期待できるだろう。

 

しかし、それだけでは鎧を追い詰める決定打に欠ける__そこで、雷槍の出番というわけだ。

 

雷槍は細長い棒のような形状をしていて、装着した腕から発射し、対象へ槍のように突き刺して爆破させる仕組みとなっている。

 

その破壊力ゆえに()()()()()()()()()()()()()武器のため、雷槍で攻撃できる条件は目標の周囲に十分な立体物がある時に限られるのだ。

 

 

「…という弱点もある。こいつを鎧に食らわせてやるには、工夫をしないとね…」

 

 

このように、兵器の取り扱いはハンジによる説明と実演で伝授されていった。

 

その最中__104期の兵士たちはハンジの話に耳を傾けながらも、雷槍に薙ぎ倒された木の根元を険しい顔で見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___約1か月後。

 

 

シガンシナ区への順路開拓も大詰めとなり、雷槍を使用した戦闘訓練も磨きがかかってきた。

 

いよいよ奪還作戦の日取りを決めるばかりとなった頃、エレンから重要な情報を思い出したという報告があった。

 

それは1か月前にレイス卿領地の地下空洞でヒストリアと接触した際に見たという“記憶”の中で、巨人化の能力を持つ父グリシャと親しげに会話をしていた人物のことだ。

 

エレンの父であるグリシャが何故巨人化の能力を有していたかは未だ不明だが、その人物を訪ねれば何かが掴めるかもしれない。

 

そう考えたハンジは、リヴァイやエレンたち104期数名を引き連れ、ウォール・ローゼ南区にある訓練所へ赴いたのだった。

 

 

 

「話して下さい!知っていることすべて!!」

 

 

訓練所の一室にて、エレンがガタッと席を立つと、その人物は目線を落としたまま静かに答える。

 

 

「何も知らない。結論から言えばな…」

 

 

そう話すのは、元調査兵団団長キース・シャーディス。

 

キースはウォール・ローゼ南区訓練所にて、エレンたち104期を担当した教官でもあるのだ。

 

エレンが記憶の中で見た人物とはこのキースのことである。

 

 

「…だが、人類の利にはなり得ない話でよければ聞いてくれ。()()()()()()()()、私の思い出話を…」

 

 

キースが語ったグリシャとの出会いから判明したのは、グリシャが『壁の外から来た人間』であるかもしれないという可能性だった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___その日の夕方。

 

 

調査兵団トロスト区支部の執務室にエルヴィン含めた幹部が集結し、そこにカイルの姿もあった。

 

エルヴィンの横を取り囲むようにハンジ、ディルク、クラース、マレーネが座り、正面にハロルドとカイルが座っている。

 

リヴァイは何か思うところでもあるのか、壁際の椅子に一人腰掛けていた。

 

カイルはリヴァイの様子が気になりつつも、キースから得た情報を基に持論を展開するハンジに目を向ける。

 

 

「ライナーたちと同様に巨人化の能力を持っていた彼だが、違うのは壁の中の人類に()()()()()()ってことだ……~~~~」

 

 

ハンジはまず、グリシャがレイス家に受け継がれる思想の正体を知っていたかもしれないという可能性を主張した。

 

誰にも巨人化の能力を持つ事実を打ち明けず、独力で王政を探っていたことからもそれは裏付けられる。

 

そして、レイス家から『始祖の巨人』を奪い去るという強行に出たのも、成し遂げるべき()()()()()()があったのかもしれない。

 

そう考えさせられるほどにグリシャの行動からは凄まじい“意識”と“覚悟”が感じられた__と、ハンジは述べる。

 

 

 

「…そんな彼が死に際、『そこにすべてがある』と言い残した地下室……そこには一体、何があると思う?」

 

 

ハンジの問いかけに、エルヴィンは少し上の空で答える。

 

まるで、その言葉に何かを()()()()ように__

 

 

「言ってはいけなかったこと…」

 

 

その声色に何を感じ取ったのか、リヴァイがエルヴィンに鋭い視線を向ける。

 

だが、リヴァイがその場で口を出すことはなかった。

 

エルヴィンの言葉が続く。

 

 

「イヤ、……グリシャ氏が言いたくても言えなかったこと。つまり、初代レイス王が我々の記憶から消してしまった『世界の記憶』……だといいが」

 

 

そこまで話すと、エルヴィンは意を決したように顔を上げる。

 

 

「本日ですべての準備は整った。ウォール・マリア奪還作戦は2日後に決行する」

 

 

 

**

 

 

 

話がまとまり、他の幹部たちが部屋を後にする中、リヴァイだけが部屋に留まった。

 

ハンジは押し出すように扉を閉められたことに一言文句を漏らしつつも、すぐにまたマレーネと会話を交わしながらその場を後にする。

 

それは、ほんの一瞬のことだった。

 

だが、その“一瞬”が__『扉が閉まる瞬間に見えたリヴァイの背中と、その隙間から覗くエルヴィンの表情』が、カイルの脳裏に焼き付いて離れないのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___その日の晩。

 

 

決起集会という名目で行われた晩餐会にて、食前に奪還作戦の諸説明が行われた。

 

そこでは奪還作戦における日取りの詳細と共に、1か月前の事件で入手した『巨人化の注射薬』についてもエルヴィンから紹介があった。

 

注射薬の解明については兵団上層部にも報告済みではあるが、現在壁内人類が持つ技術では薬の成分分析が困難とされる。

 

それ故、これ以上下手に扱うよりも、当初の目的に使用する他ないという結論に至ったのだ。

 

 

 

「今日説明するのは、この注射薬の最も有効な活用方法についてだ。この薬を使えば『超大型巨人』や『鎧の巨人』、『獣の巨人』らの()()()()ことができる」

 

 

食堂の隅で1列に整列した幹部の中心にいるエルヴィンの手元へ、食卓に腰掛ける兵士たちの視線が集まる。

 

エルヴィンは注射薬を掲げ上げながら兵士たちへ説明を施した。

 

 

敵の巨人化の力を奪う__その術とは、注射薬で巨人化した兵士が対象を捕食し、()()()()()()()()()()()()()である。

 

 

さらに注射薬で敵の巨人化能力を奪うことの魅力的な“利点”として、巨人化の過程で本体(人間の体)が修復されることが挙げられる。

 

その作用はこれまでに目撃した巨人化後のエレンやライナーたちの体の状態から裏付けられる。

 

彼らは人間の姿で重傷を負っていたとしても、巨人化後はそれが完治していたのだ。

 

巨人化することで瀕死状態の人間をも蘇らせることができるのであれば、条件が揃い次第、注射薬は積極的に使用していくべきだろう。

 

しかし、注射薬はたった一本限り__そのため、最も生存確率の高いリヴァイにその薬の使用権が託されることになったのだ。

 

 

 

**

 

 

 

奪還作戦に関する説明が終わり、晩餐会の準備がなされた。

 

この日振る舞われたのは、その高級さ故に調査兵団では滅多にありつけなかった『肉料理』。

 

それが目の前に運ばれてきた途端、兵士たちは目の色を変えて騒ぎ出す。

 

 

『…~~!!』『…~?~~!…』

 

 

肉の枚数にケチをつけて取り合ったり、我を失って肉ではなく人の手にかぶりついたりと、収拾のつかない始末。

 

しばらくして、料理の奪い合いが落ち着いたかと思えば、次に始まったのは()()()()()()()だった。

 

 

ガタガタッ…

 

「いい調子じゃねぇか、イノシシ野郎!!」

 

「てめぇこそ何で髪伸ばしてんだ、この勘違い野郎!!」

 

ドコォ!……ドム!

 

 

_顔を青ざめながら殴り合いを続けるエレンとジャン。

 

_2人の様子をにこやかに眺めるアルミンとミカサ。

 

_誰かに殴られたのか鼻血が止まらないマルロ。

 

幹部組のテーブルにいたカイルはその異様な光景に少し()()()()を覚えつつも、斜め前にいたリヴァイに顔を向ける。

 

 

「…兵長、お願いできますか?」

 

「チッ…手のかかるガキどもだ」

 

 

カイルは文句を吐きながら席を立つリヴァイの背中を見送ると、今度はエルヴィンに顔を向けた。

 

 

「エルヴィンさん、話したいことが……少し、よろしいでしょうか?」

 

「あぁ、いいだろう」

 

 

そうして2人は席を立ち、荒れ狂う食堂を後にしたのだった。

 

 

 

**

 

 

 

その後、騒ぐ104期たちを諌めて戻ってきたリヴァイはすぐ異変に気付き、ハンジに尋ねる。

 

 

「エルヴィンとカイルの姿がないようだが?」

 

「あぁ、彼らならついさっき出て行ったよ。何でもカイルから話があるとか…」

 

「…そうか」

 

「私たちも行こうか?」

 

「イヤ、先に行ってろ……俺は少し、()()()()()がある」

 

 

そう言ってリヴァイが視線を向けた先は、アルミンとミカサに抱えられて食堂を出て行くエレンの背中だった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数分後。

 

 

「珍しいな。君から私に話があるとは…」

 

 

そう話すのは、執務室のソファに腰掛けたエルヴィン__その目の前にカイルも腰掛けている。

 

 

「2日後に控える奪還作戦を前に、団長へ一つお願いしたいことがありまして…」

 

「奇遇だな。ちょうど私も君に話しておきたいことがあった。……それで、どんな用だ? まさか()()()()()()()()『ここへ残れ』と?」

 

「やはり兵長は引き留めましたか……いえ、俺の目的は別にあります。もちろん貴方を引き留められるのならそうしたいところですが、それが叶わないことはもう知っていますから…」

 

 

わざとらしく眉を下げながら(かぶり)を振るカイルの様子に、エルヴィンの口角が少し上がる。

 

 

「ふっ…確かに、君に引き留められていてもリヴァイへ答えたものと同じ返事をしていただろう」

 

「ははっ、それはある意味で安心しました。……俺から言い出しておいてなんですが、団長の話というのを先に聞かせてもらえますか?」

 

 

エルヴィンは何故かもったいぶるカイルを不思議に思いながらも、素直に要望を受け入れる。

 

 

「…わかった。だが、話をする前に一つ質問したい」

 

「何でしょう?」

 

 

カイルが聞き返すと、エルヴィンは少し体を屈め、まるで相手の心を覗き見るように問い正す。

 

 

「カイル。君には……夢があるか?

 

「夢…? 考えたこともありませんでした。……それは、何か成し遂げたい目標のようなものでしょうか?」

 

「あぁ、その捉え方で考えてくれ」

 

「うーん……とても現実的とは言い難いですが、あるとすれば一つだけ…」

 

「何だ?」

 

 

カイルは顎に添えていた手をゆっくり下ろすと、エルヴィンの瞳をまっすぐ見つめながら答える。

 

 

「巨人のいなくなった世界で、エルヴィンさんたちとお茶をすることです」

 

「…お茶を?」

 

「はい。屋外でも、誰かの家でも……場所はどこだっていいんです。ただ皆で腰掛けて、兵長が淹れた香り高い紅茶とハンジさんが作った甘い焼き菓子を味わいながら、他愛もない会話をする……そこには壁という“隔たり”も、巨人という“脅威”もない。欠伸(あくび)が出るほど平穏な世界で、家族のように食卓を囲うこと……それが、俺の夢です

 

 

そう言い切ったカイルの表情は、どこか多幸感に満ち溢れていた。

 

その雰囲気を感じ取ったエルヴィンは思わず笑みをこぼす。

 

 

「はは、君らしいな」

 

「エルヴィンさんにも叶えたい夢が…?」

 

「あぁ。……1か月前の事件の最中に話した『父の仮説』を覚えているか?」

 

「えぇ、壁内人類は記憶を改竄されていたかもしれないと……その仮説は真実となりました」

 

「その仮説を証明することこそ私の“人生の使命”だった。それが達成された今、残されたのは『壁内世界が嘘偽りで塗り固められている』という事実だけ……何故、初代王は人類の復興を望まないのか。何故、ライナーたちは我々の死滅を望むのか。謎はまだ解かれていない…」

 

 

そう語るエルヴィンの声色からは、謎の解明に対する気勢の高まりと残酷な現実に対するやるせなさが同時に感じ取られた。

 

カイルはそんなエルヴィンの心情に身を寄り添わせながらも、4年前に語った自身の仮説*1を思い浮かべる。

 

 

「人類の復興を()()()()()の存在……俺も初代王の話を聞いた時、イルゼが生前に綴っていた物語が頭に過りました*2

 

「その答えも例の地下室に眠っていると踏んでいる。そして……この世の真実が明らかになる瞬間には、私が立ち会わなければならない。それがどんな悲劇であろうと…

 

「地下室へ行き、真実を知る……それが、エルヴィンさんの夢…」

 

「あぁ。だが、リヴァイには()()()()とあしらわれたよ。手負いの兵士は現場を退くべきなのだろう。それを理解した上で、私は行く」

 

 

それを聞いたカイルはエルヴィンの右腕に目を向けた。

 

腕が通されていないシャツの袖が肩からストンと垂れている様はもう見慣れたはずなのに、あの日巻かれた包帯に滲む血が__激痛に耐えるエルヴィンの表情が__鮮明に蘇る。

 

その幻像を断ち切るように、カイルは瞼を下ろす。

 

 

 ―“『人類にとっての『希望(ヒカリ)』がエレンなら、私にとっての『希望(ヒカリ)』は君だ』”―

 

 

それから夕暮れの墓地での光景を思い出しながら、力強く瞼を上げたのだ。

 

 

「俺が……俺が、貴方の手足となります!この身を捨ててでも、貴方の夢は俺が必ずっ…」

 

「そうだ。君が()()()()私の夢を叶えて欲しい」

 

 

被せられたエルヴィンの言葉に、カイルは目を丸くする。

 

 

「…か、代わりに? それは、どういう…」

 

「そのままの意味だ。もし私が地下室へ辿り着くことができなければ、私の夢は君に託す」

 

「!?……俺に、ですか…?」

 

「あぁ、リヴァイでもハンジでもない。()()()()()()()、君でなくてはならないのだ」

 

「…もちろん。貴方の夢は俺の夢でもあります。しかし、俺でなくてはならないというのは…?」

 

「いずれ分かる。今が“その時”ではないだけだ…」

 

 

そう言ってエルヴィンは執務用のデスクへ目を向ける。

 

導かれるようにカイルも同じ場所へ目を向けると、そこにはまだ何も書かれていない羊皮紙とペンが置かれていた。

 

エルヴィンの言葉にどんな意図があるのか__それを考え始めようとしていたカイルの思考を、エルヴィンは強制的に引き戻す。

 

 

「カイル、引き受けてくれるか?」

 

 

その時、エルヴィンの目元にはいつもの鷹のような鋭利さはなく、丸みを帯びつつもキリッとした瞳が此方を見つめていた。

 

心を見透かされているように思えたが、それでもカイルが答えに迷うことはない。

 

 

「はい。もちろんです…!」

 

「ありがとう」

 

 

一瞬、エルヴィンの瞳が揺らいで見えた。

 

『ありがとう』__その一言にどれほどの想いが込められていたのか、今のカイルには知る由もない。

 

ただ、まっすぐ放たれた優しさを真摯に受け止めるように、カイルはコクリと頷いたのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「…ところで、君の頼み事とは何だ?」

 

 

今度はエルヴィンが質問する番__カイルは気を取り直したように座り直す。

 

 

「前にも1度お聞きしたことですが、改めて……暗殺事件があった際、病室で交わした『約束』を覚えていますか?」

 

「あぁ、無茶をしないという…」

 

「その約束ですが……忘れてください

 

「!?……理由は?」

 

「間違いに気づいたんです。エレンを取り戻すためライナーたちを追いかけた時も、中央憲兵を欺くため一芝居打った時も、貴方は俺が憧れたエルヴィンさんそのものでした。誰もが無茶だと諦めることを成し遂げる“実現力”と“精神力”……俺はそんな貴方に憧れました。そのはずが、いつの間にか『貴方を守りたい』とおこがましくも意気込んでしまっていたんです」

 

「しかし、その気持ち自体は間違ってはいない。それに私が君に守られてばかりなのも事実だ」

 

「いえ。俺が貴方を守ったのではなく、貴方が俺に()()()()のです。これはただの言葉のあやではなく、客観的事実……加えて、俺はその関係を望んでいます」

 

「そのことに気づいたから約束を忘れろ、と……君の頼み事はそれか」

 

「正確に言えば、まだ続きがあります。先ほどのエルヴィンさんのお話にも関わってきますが…」

 

「…何だ?」

 

 

カイルはすぐには答えなかった。

 

一度間を置き、膝の上に置いていた拳を握り直す。

 

まるで、決意を固めるように__

 

 

「これは俺の『願い』です。どうか……どうか、夢を諦めないで下さい

 

「地下室のことか…」

 

「はい。奪還作戦で如何に不利な戦況になろうと、兵士をいくら犠牲にしようと、貴方は地下室へ辿り着かなくてはなりません。最後まで夢を追い続けて欲しいんです。その果てに、叶わなかった時は…」

 

「…君が引き継いでくれる、と」

 

 

返事の代わりに頷きを返したカイルは、想いを声に乗せながら誓いを立てる。

 

 

「その時こそ、俺は……真に貴方の希望(ヒカリ)となってみせます

 

「!?」

 

 

口を少し開け、眉をふわっと上げるエルヴィン__その反応に、カイルは少し照れながらもはにかんでみせた。

 

すると、エルヴィンの口から柔らかい息が漏れ出る。

 

 

「ふっ、いつだって君は頼もしいな……わかったよ。その頼み事、承知した」

 

 

………

 

 

 

窓から流れ込む冷たい夜風が、2人の首筋を優しく撫でていく。

 

この時、2人はまだ知らない。

 

積み上げられた屍の山にうつろう『夢』と『願い』の果てに、

 

 

目眩を覚えるほどの“不条理”が潜んでいるということに__

 

 

 

 

 

 

―*―*―*―*―

 

 

5年前の“その日”から、すべてが始まった。

 

イヤ……本当は、もっとずっと前からだったのかもしれない。

 

領土、命、尊厳を奪われ、幾度にも思い知らされてきた。

 

『人類は巨人の支配から逃れられない』__と。

 

 

 

だが、自由を求めた一匹の鳥が、それを拒む。

 

ある時、その鳥は籠という名の檻を飛び出し、巨人の遥か頭上を滑空した。

 

 

 

その翼に魅せられた人類は、どんな道を選択しただろう?

 

_ある者は、“知”に飢え。

 

_ある者は、“血”に塗れ。

 

_ある者は、夢見る“地”に囚われた。

 

 

 

…では。

 

ウォール・マリアを奪還したなら、人類はどこへ辿り着くだろう?

 

突き進んだ道の果てに、自由を望むことはできるだろうか。

 

そこに悔いはなかったと、言い聞かせることができるだろうか。

 

 

 

ウォール・マリアさえ、奪還すれば__

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

 

 

 

―【 続く 】ー

 

*1
『#19 疑惑』の冒頭でイルゼの手帳に関してエルヴィンに意見を求められた際に答えた内容

*2
イルゼの物語とは彼女が生前に残した小説(フィクション)のことで『#19 疑惑』にてエルヴィンに共有しています





〜後書き〜

『ジャンボォォォォォ!!』

…どうも、著者です(´-ω-`)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


今回、晩餐会後に差し込んだエルヴィンとカイルの会話シーンは、原作でのリヴァイ(奪還作戦の最中)と対比させたかったという思惑があります。

・エルヴィンに『夢を諦めて欲しい』と諭すリヴァイ
・エルヴィンに『夢を諦めて欲しくない』と願うカイル

対立した2人の想いが、エルヴィンの葛藤により拍車をかける演出としました。


◼︎次回予告:『#38 W・M奪還作戦①:投石』

■おまけ
◎原作との相違
・記事:【原作との相違③】《注射薬の説明》タイミング改変について
https://note.com/singeki_satory/n/n09680bd5a3dd

◎カイルの夢について
『そこには壁という“ 隔たり ”も、巨人という“ 脅威 ”もない。欠伸が出るほど平穏な世界で、家族のように食卓を囲うこと……それが、俺の夢です』

実はこのカイルの夢……叶います。(少し違う形で)
それはこの物語のエンディングに描く予定ですので、頭の片隅に入れておいてもらえればと思います。
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